うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる   作:madamu

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水波は顔が赤くなる

小淵沢の駅を越えて4時間。桜井水波の認識が正しければ9時を少し過ぎた頃だ。

枯れた木々の間には日が差し、山の斜面には枯れ葉が積もっている。

冬の低山といった光景だ。

 

桜井水波の足元には日常使いのサンダル、服装も部屋着に申し訳ない程度の防寒用のカーディガン。

1月の夜には、厳しい服装だった。

 

「はっはっは」

規則正しい呼吸で、線路わきの雑木林を走り抜ける。

部屋着のまま、足元もおぼつかない。何かを買うためのお金も持っていない。

既に四葉からは追跡部隊が出されているだろう。

CADも追跡用アプリが混入されている公算が高いので手元にはない。

戦える状態ではない。

 

単一障壁のうち、物理障壁に関してはフラッシュキャストでCAD無しに発動できる。

幾つかの移動魔法も問題なく使用できる。だが戦闘を想定すると不安でたまらない。

 

桜井水波は普通の少女ではない。

殺人者を育てる四葉で生まれた少女だ。それも護衛となるべく決められた少女だ。

運動能力も、不意の状況への対応も訓練されてきた。

だが、今の状況には不安しかない。

それは追ってくるのが四葉だからだ。

 

昨日の事件から時間を置かずに司波深雪の守護者が脱走したのだ。

あの四葉真夜の曖昧な表情、夢現の違いがわからないであろう表情を思い出すに、水波は自分への追跡は生死問わずの命令が出ていると思った。

 

特に逃走先の宛は無い。

まずは四葉の支配地域から抜け、人里で連絡を取る。

誰がいいだろうか、と冬寒の中で水波は思考する。

冷たい空気が思考力を冴えさせる。

 

一校にいる人物で頼りになる人物は少ない。

七草、七宝と十師族や準ずる家系はいるが若年だ。組織をひきいているわけでも無いし、何より個々人の能力では四葉のエージェントに対しては実力に不安が残る。

 

上級生でも、個人でならば四葉のエージェントに対抗出来る人物はいる。

だが、今は自分を庇護し四葉と事を構えられる実力のある家が必要だと水波は判断する。

千葉?吉田?北山?十三束?明智?

水波の中では「藤林奏」一択だ。

 

家の格、実力、人脈。

 

四葉光夜を除けば、一校で魔法師界に影響力を持つ最大の実力者。

北山や十三束以上に魔法師界で重要な家。

魔法師界の有名人を輩出する家。

藤林奏が学業や課外活動での功績が目立たないが、その重要性は昨年卒業した七草真由美と遜色ない。

 

横浜事件での活躍や、達也に隠れてはいるが九校戦でCAD調整を担当した選手が優勝を飾っている。

九校戦での桜井水波のCAD調整を担当したのも藤林奏だった。その手際は達也と比べても遜色ない。

 

全国の魔法科高校生をランキングにつければ、総合で五指に入るのが藤林奏と水波は考えている。

古式魔法師とも縁を結んだ最も強大な魔法師集団。

その一族の姫なのだ。

 

水波は藤林ひいては九島と連絡を取り、守って貰おうと決断した。

何となく九島のイメージから九島光宣の顔が浮かんで、水波は顔が赤くなる。

今並走している線路の先にはコミューターの駅がある。人の姿も出てくるだろう。

 

四葉の支配地域は隠者名の里だが、完全に外部と没交渉というわけでは無い。

百年未満でこの地域を隠れ里にしたが、それ以前にこの地域の住人の中心は山間部にある寺社であり、各町村の古老達であった。

 

村や町は金と脅しでどうにかなったが、宗教だけは現在も生き残っている。

隠れ里に隣接する形で山間部の寺社は今でも人がおり、かつての住人や親、祖父母が隠れ里近くの村出身の若い人々が時折、それこそ正月や盆暮れに、四葉の隠れ里近くとは知らずに寺社を詣に小淵沢にやってくる。

 

そして今は正月三が日、1月2日。

水波はこの幸運に感謝をし、その幸運に気づいた穂波叔母に感謝している。

このまま駅で寺社参拝の人たちと合流できれば安全に九島の管轄地域へ行ける。

 

そう思っていた水波の視界に人影が見えた。

水波は即座に窪地の枯れ葉たまりに潜りこんだ。

夜露が枯れ葉の中にしみこんでおり、服が濡れる感覚を味わうこととなった。

水波の時間感覚で10分、しかし実時間では3分ほどして複数の足音が枯れ葉たまりの近くを通る。

 

「探索範囲は?」

「これ以上拡げるなら、確認を取らないとまずいな」

「一度戻ろう」

「いや時間をかければ逃げられる。次の駅までは捜索を続行しよう」

「だが観光客に見つかるぞ」

 

数名の男性が水波の数m先で話し始めた。

(早く向こう行って!)

心の中で舌打ちをするが身動きを取ることはできない。

水波の小柄な体格のおかげもあり、窪地の枯れ葉たまりには全身を隠すことに成功した。

だが、この緊張状態で動きを止めるには限界がある。

姿は隠せても、緊張による不意の動きと言うのはある。

 

いくら守護者としての訓練を積んでも彼女は15歳の少女でしかない。

瞬間的にストレスを逃がすというメンタルテクニックはまだない。

 

男たちの会話が止まった。

足音が近づいてくる。

(何かあったの?音?音?)

自分のミスはどこにあったのか?そんなことが頭をよぎる。

急速に混乱が水波を支配する。

だが、混乱は逆に作用した。混乱での行動が突破口になった。

 

水波は自分の足元に移動の魔法を使用する。

枯葉の窪地から上空数mに一気飛び出る。

眼前には四葉の警備員が4名。すでに追跡者はここまで来ていた。

 

相手がCADを操作する前に水波は空中で加減もせず、広大な障壁を展開し眼前へと落とす。

男たちは質量のない壁に押しつぶされる。

水波は不格好に受け身を取ると、振り返らずに走り出した。

移動魔法を展開し距離を稼ぐ。

男たちが動けるようになるには何十秒かかるだろうか?5分は稼げたか、それとも10秒後には追い付かれるのか。

漠然とした不安は後方から聞こえる「いたぞ!」という男の声で現実のものとなった。

桜井水波は障壁と簡単な魔法だけで逃げねばならない。

 

「っはっは、はぁ」

規則正しかった呼吸は既に乱れている。

 

桜井水波は奇跡的に一時間以上追跡から逃れている。

移動魔法、障壁、そして閃光を駆使し、追跡者との距離を稼いだ。

 

足元は霜が溶け、ぬかるんだ山道。

左手の斜面下には建物の屋根が見える。目的とは違うが寺社に到着したようだ。

水波は追跡者に追われるうちに線路をはなれ山間部を進んでいた。

 

だが後方からは追跡者の気配がついてくる。

覚悟を決めて斜面を降り始める。

(寺社職員でもいれば助けてもらえるかもしれない)

淡い期待ではなく勝手な想像だけが頼みだ。

 

サンダルが斜面のぬかるみにはまり脱げる。

「あ!」

そのまま、水波は10m以上斜面を転がり落ちる。

建物の裏に転がり降りるまでに一度、木の幹に体をぶつけ、何とか敷地の中に入る頃には全身土まみれだ。

体の痛みに倒れ込み、少しの間動けなかったことが彼女の現状を悪化させた。

 

「逃がすか」

身を起こす水波の周囲には4人、四葉の警備員が囲む。

全員が魔法師。それも実戦でも使える程度には熟練している。

「くっ!」

水波が魔法を発動するために一瞬集中した瞬間、右後方の一人が石を投げつけた。

こぶし大の石を腰にもろに受けて、水波は倒れる。

 

男達は対魔法師の基本戦術である「集中を妨げる」を実行したのだ。

手に持った石を水波に投げつけながら、四人の追跡者は包囲の距離を縮めていく。

水波は両手で頭部を守りながら、痛みの酷い腰をかばい這うように逃げる

いや、すでに包囲は出来上がっている。10秒後には男たちに身柄を確保される。

 

「たすけ・・・」

桜井水波の声は途中で消えた。

追跡者の一人の魔法により、水波の口元の酸素濃度を調節し失神させたのだ。

 

追跡者の一人が水波を担ぐ。

四葉真夜の命令を達成でき、4人とも安心した。

その時だった。

 

「その人を放せ」

 

西日本魔法師連絡会の会員が小淵沢近くの山寺に職員として常駐している。呪禁の法に熟達した人物で古式では大物に数えられた1人だった。

旧第九研究所の筆頭血族の一員として、西日本魔法師連絡会と関係強化のため、一族手分けしていくつかの寺社、特に古式の有力者がいる所をめぐり年始の挨拶周りをしていた。

ここにいるのは偶然だ。

呪禁師が彼の体質を改善させる新たな方法を提供し、その返礼の意味で今日この日に山寺を訪れた。

 

「その人を放すんだ」

 

ブレザー姿の少年。育ちの良さと気高さが溢れる。

穏やかながら芯の強さを魅せる表情に、追跡者達は魅入ってしまう。

司波深雪、雪光に匹敵するカリスマ性。

 

少年は右手を突き出す。

追跡者達は即座の離脱をすべく移動魔法を展開した。

その瞬間、移動魔法は発動せず逆に追跡者達は体勢を崩す。

そして一人一人を囲むように想子の檻が現れる。

 

「彼女に乱暴を働くとは」

少年は地面に投げ落とされた桜井水波の元に歩み寄る。

口元に手をやり、手首に触れ、彼女が生きていることを確認した。

水波を抱え上げると、檻に入った男達に怒りと威厳を持って宣誓する。

 

「貴様らがどこの人間が知らないが、これだけは知れ。九島光宣に容赦という文字はない」

 

光宣が踵を返すと、檻が徐々に小さくなっていく。

歩き出した光宣の耳には男達の断末魔と骨の折れる音は届いていない。

 

「あ、しまった」

水波を抱え上げた光宣は、先生と呼ぶ関重蔵の「男子一生のうち一度は決め台詞をいうタイミングがある」という下らない話を思い出した。

「確かに、決め台詞は必要だったな」

 

好きな子の前でカッコよく決めるチャンスを逃した。

そんなことを残念がる九島光宣は天才魔法師の前に16歳の少年だった。

 




仕事帰りの電車の中でスマホで書くの大変だった。
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