うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる   作:madamu

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血に鉄に月の光

「貴方の本邸への出入りは制限されております」

「退け」

四葉本家の本邸は洋館である。

1900年代のアメリカ上流層を思わせる玄関前の車止めや、左右対称の屋敷の作り。

外見は白を基調としており、階層も3階までに抑えられた空間的には高さを抑えた屋敷である。

 

小振りのシャンデリアが照らす玄関ホールで、筆頭執事の葉山が怒りに満ちた光夜の前に立ちはだかったが、たった一言で退場させられた。

本邸に足を踏み入れるまで警備の者からも詰問されたが、光夜はその度に厳しい視線を向け「退け」「邪魔だ」と蹴散らしてきた。

 

(大旦那様どころの話ではない)

四葉の大黒柱とも言える葉山も内心では戦慄した。

先々代当主四葉元造の血を濃く受け継ぐ光夜に見たのは、かつての主人ではなく主人以上の支配者としての威厳であった。

 

分家が司波達也を「四葉の罪」と呼ぶことを葉山は承知していたが、光夜については「四葉の罰」と裏で呼んでいることも承知していた。

圧倒的な才能、畏怖するほどのカリスマ性。

それは四葉の枠組みを崩しかねない存在として恐怖していたのだ。

司波達也が四葉の手で行われた罪ならば、その罪に与えられた罰。それが光夜なのだと。

だからこそ四葉真夜が光夜を成人後分家に押し込めることを決め、それを本人が承諾したことを分家は安堵した。

 

四葉光夜はこの夜、大晦日の夜に最大の怒りを持ち四葉真夜と対決しようとしていた。

 

 

慶春会を明日に控え、四葉真夜による後継者指名が行われた。

夕食後のひと時。

四葉真夜主催で、司波三兄弟妹、黒羽の双子、津久葉の長女、新発田の長男が集められた。

光夜は同席することを許されず隣室で待機という扱いだった。

 

既知未来知識として光夜も雪光も、慶春会で起きることを把握していた。

深雪の次期当主への後継指名。そしてあの婚約発表。

 

四葉の里へ向うまでの妨害工作は光夜と雪光、そして達也によって悉く潰された。

人造サイキックに関しては9月にあったある事件の影響によって、雪光の想像より容易な形で決着。

新発田長男との対決は、達也による戦闘ではなく里に戻ることへの不満がある光夜による八つ当たり的な圧勝となった。

「少しは手加減しろ」とため息交じりで達也は光夜を抑えた。

 

慶春会前夜では問題なく深雪が次期当主の後継指名となった。だが問題はその後だ。

達也と四葉真夜の会話。

達也を真夜の息子として深雪と婚約させる。

遺伝的な懸念は完全調整体としての深雪の肉体が諸問題をクリアさせる。

明日の慶春会で達也の真夜の息子である嘘と、深雪の婚約を公表する。

 

その情報を達也からメッセンジャーとして送り込まれた桜井水波から聞かされた。

 

光夜の怒りに火をつけたのは伝えられた情報の中に達也、深雪の「即時退学」を真夜が決めたことである。

それは四葉真夜は二人の日常を握りつぶす宣言だ。

その行為に光夜は無限の怒りを感じた。

母の手から自分を奪ったように、今度は二人から自由を奪うことに。

 

 

洋館を進む光夜に追いついた葉山は「奥様は書斎におります」と伝え案内する。

先に立ち屋敷内を進む葉山は背中に汗をかいていた。

葉山の背後の圧力は人ではなく獣のようで、恐ろしく冷たく恐ろしく熱く、人間の恐怖を直接刺激する。

 

「こちらです」

書斎に光夜を案内すると葉山は恭しくお辞儀し離れる。

慇懃な態度を崩さなかったのは職業人としての矜持だった。

 

ノックもせずに書斎のドアを開け光夜は部屋に入る。

壁には本で埋まった本棚。

ランプ調の明かりで部屋は暖色の光に包まれており、落ち着いた雰囲気だ。

光量も抑えられており、部屋の隅々には家具の影がアクセントとして残る。

 

「てっきり雪光さんが来るかと思ったけどあなたでしたね」

黒を基調としたドレス姿で書斎の奥でゆったりとイスに座り真夜は待っていた。

雪光を予想していたと口にするが、声に驚きはない。光夜が来るのも想定済みだった。

 

「なぜ即日の退学なのですか」

「あら前段階の話はしないの?」

光夜の言葉に真夜は微笑みをたたえていた。

突然の訪問についての非礼について謝罪もなく光夜は話を進める。

 

「深雪の次期当主指名は可能性が高かった。達也との偽装婚約も貴女の性格を考えればありえなくはない」

光夜は極力激情を抑えるよう話す。語気は強くない。平静な物言いだ。

「だが、あの二人が自由でいられる時間を奪うのは許さない」

 

「すでに達也さんは高校生のレベルではありません。魔法やCADの研究なら四葉でやればいいのではなくて。設備や研究材料については国立の研究所をしのぎます」

事実、四葉の研究施設は国立の研究所と同等かそれ以上だった。実験材料も含め。

 

今この場の四葉真夜は表面上はわからないが常軌を逸している。

四葉後継指名と達也と深雪の婚約。深雪が生まれる前から温めてきた願望が結実した。

その興奮があるからこそ、光夜をこの場に招き入れ話をするのだ。

いつか処分する気でいる光夜を部屋に招き入れたのだ。

 

「研究の問題だけではありません。彼らには時間が必要です」

光夜は抗弁するが真夜にとっては時間稼ぎか言い訳だ。

だからこそ余裕をもって会話に応じれる。

 

「時間?なんの?」

「限られた自由を噛みしめる時間」

「半分は本当だけど、半分は嘘ね」

「・・・」

「自分たちの力を蓄えたいのでしょう。彼らも貴方も」

「昨年からの一連の事件であなたはUSNAの人間と二度交流を持ちましたね」

光夜の顔つきが険しくなる。

真夜は秘密を抑えたと思った。フリズスキャルヴを使えば情報はいくらでも探れる。

「その意図はなに?人脈の拡大?新技術の獲得?それとも避難先の確保?」

誰かと友誼を結ぶ、という発想は四葉真夜にはない。

たしかに光夜はタツヤ・クドウ・シールズと空港で一回、大阪では行動を共にしていた。

 

残された者の中でもっとも血が近い存在。

 

 

もし味方なら世界の半分を手に入れたのと同じだけ価値がある。

真夜には潜在的な敵だ。

その光夜がUSNAのそれもスターズと接触している。

敵対と見なされる行動だ。弟が爪を研ぎ始めたと真夜は判断した。

 

光夜は真夜の質問に、アラタの顔を思い出しつつ答えた。

心の中で謝罪した。この話題でしか四葉真夜を崩せないと思ったのだ。

「タツヤ・クドウ・シールズ。あなたの遺伝子を持つ人物だ」

威厳と哀れみと後悔の混じった声。それは真実の声だ。

 

「貴方にしては面白い冗談ね」

「お前の息子だ。四葉真夜」

「今は機嫌が良いと言っても限度があります」

真夜の声が震え始めた。興奮は動揺へと姿を変えた。

「黒羽からの報告では」

声の震えは増した。光夜の言葉に真実を感じ始めたからだ。

 

「知らなかったか、意図的に隠したんだろう。自分達が崇める貴女の動揺を誘わないために」

一呼吸だけ間が空く。

「いや崇めているわけじゃない。達也のあの力。あの力があるのは全て大漢事件での四葉の怨念によるものと信じて疑わないからだ。貴女に達也の力の因果を求めているだけだ」

「そうです。達也さんの力は私が望んだもの。深夜が私に残してくれた息子よ」

間を空けず、真夜は返す。自分の子供は、意志と復讐を成就してくれる子供は達也だけであることを確認する。

 

「だが、貴女の本当の息子はいる」

「証拠はあるの?」

「話をした。司波達也とうり二つ。高度な魔法力。俺の直感では疑う余地はない。貴女は俺の直感を疑うのか」

疑えない。真夜は動揺する中でも光夜の頭脳と直感の正確さを信じていた。

「大漢の時に失った内臓と、失われた七草弘一の目。きっとそこが関係しているはずだ」

七草弘一の名前が出たとき真夜と声にならぬ悲鳴を上げた。

(止めて!聞きたくない!その先は…言わないで!)

「タツヤ・クドウ・シールズは貴女と七草弘一氏の遺伝上の子供だ」

 

光夜はそれが事実だと思った。アラタはそこまで調べたかわからないが、神がいるならそこまでするだろう。

転生者だけが持ちうる直感だった。

 

 

真夜の心には、あの日の弘一との交流会での一コマが思い出されていた。

 

「君と結婚するのが十師族的には一番良いそうだ」と弘一は年長者の冗談として言った。

「それはよろしいでしょうね。貴方が深夜と私の違いがわかれば」と真夜は冗談で返した。

思春期同士の大人びた、大人の真似をした会話。

 

真夜の記憶はここまでだ。ここから先は記憶ではなく、経験でもなく、知識だ。

その後、弘一に「君は笑うときに頭が少し右に傾く。笑いのある家庭なら区別が楽だろう」と言われたのは自分という実感はない。

映画か、小説のような知識でしか覚えていない。

自分の淡い気持ちはあの日を境に消えている。

消したのは姉だ。消させたのは父だ。

 

「嘘よ!嘘!そんなこと言って貴方は私に復讐しているつもり?!」

混乱の渦に入りつつも四葉真夜は光夜の復讐心を忘れていなかった。

親から子を、子から親を離すことを認めたのは自分だ。それが復讐心になっているのも知っている。

 

「いるわけないでしょう!?35年前にそれはありえなくなったのよ!」

あの日の「笑いのある家庭なら区別が楽だろう」が頭の中でリフレインする。

夫がいて、子供がいて、姉がいて、姉の家族もいて。

姉妹で四葉を統括し、ただただ笑い合う人生。

 

だが、それは嘘だ。真夜の中の一瞬の妄想だ。

目の前にいるのは「四葉元造の最も濃い遺伝子を残す」という老人たちの妄執の結果に生まれた弟。

姉弟愛や家族愛から最も遠く、そして自分と同じように人生を砕かれた存在。

 

敵対する分身。真夜は光夜をこの場でそう感じ始めた。

 

「わかるだろう。四葉真夜。貴女が行おうとしていることは意味がないんだ。達也に息子を求めなくてもいい。本当の息子がいたんだ」

 

四葉真夜沈黙したまま俯く。

言葉で心を刻まれているのか、それとも沈黙という殻で心を守っているのか光夜には区別がつかなかった。

 

混乱する四葉真夜に交換条件として光夜は自分の人生を捨てることを告げた。

「貴女の息子を貴女の手に取り戻す。だから司波家を自由にしてやれ。それでも足りないなら」

(俺が息子の代わりになる)

 

母親の顔が脳裏をよぎる。

司波の三人の顔がよぎる。

アラタ、カナデの顔がよぎる。

タツヤ・クドウ・シールズの顔がよぎる。

 

そして中条あずさの顔がよぎる。

 

犠牲の言葉を口にする前に真夜は詠うように喋りだす。

 

「夜の騒ぎ。血に鉄に月の光。庭には咲き乱れる青い薔薇」

(青い薔薇?不可能の象徴)

突然の詩に光夜は言葉を挟めない。

「そんな薔薇などその手で砕いてしまいなさい!」

 

洗脳のキーワードを一単語に収めた場合に日常会話の中で何かの拍子で出てくる場合がある。

重要な洗脳だからこそ、日常会話ではあり得ない「文章」をキーワードとする。

四葉真夜の悲痛な、そして何かに裏切られたかのような声で洗脳のキーワードは言われた。

 

光夜は膝をつき、そのまま動きを止めてしまう。

脳がその機能を緩める。周囲の認知も四肢の挙動もコントロールできない。

感情が固まる。意思が沈んでいく。

(洗脳…精神干渉…)それだけを思い出し、四葉光夜は瞼を落とす。

 

14才のある晩。四葉の精神干渉系魔法による最硬度の洗脳。

 

この隠里の誰よりも魔法の高みに駆け上った光夜への制約だ。

光夜は「現時点での最高傑作」と目されている。

それは「四葉の中の最高傑作」という意味ではない。

「全魔法師の中で現時点での最高傑作」という意味だ。

 

知らぬ技術なら綿が水を吸うように覚える才能。

現代魔法から古式まで、時に精霊魔法を自在に扱う光夜は間違いなくこの100年で最高の天才の一人。

あと一年、魔法科高校で経験を積めば「世界最高の魔法師」となるだろう。

魔法大に進み、卒業する時には「史上最高の魔法師」となるだろう。

 

動きを止める光夜に近づく真夜。

傍らにしゃがみ込み、そっと光夜の頭を胸に抱く。

まるで、母親が子供を慰めるように。

 

「光夜。私と深夜の弟。この狂った世界の証人になるのよ。みんな魔法を使って死んでしまえばいいのよ」

 

その言葉には意味が有るようで、一つを除いて全く意味は無かった。

四葉真夜は世界中の人間を呪った。

 

 

 

翌日、光夜は雪光と死闘を行う。




ついにここまで来たぞ!

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