うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる 作:madamu
2097年1月1日。元旦。
雪光が驚いたのはスーツ姿の光夜だった。
細身の黒のスーツ。光沢のない黒のシャツ。黒のネクタイ。
凡人がすれば失笑されかねない服装だが、光夜がするとそれだけで恐ろしく禍々しく美しい。
真夜が黒を基調としたドレス姿なので、まるで親子のようにも見える。
その光夜がピッタリと真夜の傍らにいるのだ。
まるで従者か護衛か、母を守る子のように。
慶春会は特に遅れることもなく開始された。
本邸とは別に作られた純和風の屋敷。庭の見える広い数十畳の大広間での開催だった。
四葉の全分家と上位使用人、守護者が揃う。
雪光も司波家として分家が座る位置で座していた。
深雪は着物姿。その黒髪が映える白と桜色を基調とした着物だった。
達也は着物姿。昨年の正月も兄の服装にレオが「若頭」と笑っていた。
兄の正装に対する妙なこだわりには雪光も笑ってしまう。
雪光自身は紺のスーツをサッと着こなす。
余計な物はつけずに軽やかにするのが雪光のスタイルだった。カフスボタンも小ぶりで、ネクタイは細身のやや濃いめの青で紺のスーツと合わせてある。
寒風の庭先には蕾をつけた梅があり、この慶春会の中心である洋装の四葉真夜を異分子のように際立たせている。
白梅を対比する四葉真夜の暗き事。
深雪を初め女性陣は着物姿だ。
津久葉 夕歌や黒羽亜夜子、分家の女性陣は各々のイメージカラーを主とする着物を纏っており、会の華やかさを引き立てている。
「四葉の次期当主には深雪さんを指名します」
慶春会の新年の挨拶が終わると四葉の後継を宣言する真夜。
分家も使用人たちも騒がない。ある意味では既定路線だ。
深夜の娘であり、もっとも真夜に近い少女である深雪が指名されることに皆納得だ。
みな静かに頭を垂れ、真夜に平伏する。
「それと合わせて、深雪さんには婚約することとなりました」
次の言葉に深雪は背徳的な喜びを、達也は覚悟を、雪光は既定路線の未来を感じた。
真夜は朗らかな声で宣言をする。
「私の息子、光夜と」
分家、使用人、その場にいた数十人が突然の発表にざわついて。
真夜の目は深雪にも光夜にも向けられず、広間の中央に空いている虚空を見ているだけだ。
雪光の隣にいる深雪はその美貌を白くさせ、微かに震えている。
(何が起きた!)
雪光は深雪を心配しつつ達也の横顔を見る。
こちらも動揺していた。瞬きが増えたように雪光には見えた。
一方光夜は真夜の横で微動だにしない。
真夜は張り付いた笑顔で光夜が自分の冷凍卵子で生まれた存在であり、他の十師族を欺くため
その存在を四葉内でも誤魔化していたことを説明した。
誰ひとり納得はしていないが、あまりの驚きに疑いの声を出せずにいた。
(そうか四葉のお家芸か!)
光夜の無表情で全てを察する。
雪光は四葉真夜が洗脳を行った事を理解したのだ。
雪光自身も数度洗脳処置の場に立ち会ったことがある。
四葉への忠誠心を外部から登用したエージェントに埋め込む時だった。
洗脳された人間は日常に溶け込む程度の反応を当初見せた。
少し経つと完全に日常の自分になる。
だが、反抗心の強い人間に高硬度の洗脳をかけると感情面は圧倒的に希薄になり表情は固まる。
それが今の光夜だ。
「異議がある!」
雪光は声を上げ立つ。
(この女は、どれだけ自分勝手にすれば、気が済むんだ!)
雪光の心でこれほどまで怒りに満ちたことはなかった。
達也への冷遇と人体実験。
双子である深雪への身勝手な期待と人生を支配しようとする視線。
そして光夜を人格を否定する洗脳。
漫画やアニメで見た洗脳という行為がこれほど醜悪で憎悪を起こすことを、この時雪光は実感した。
いや洗脳を施すことを決めた人間の性根にこれほどまでに怒りを持つとは。
「異議がある?異議があるからと言ってどうなさるつもり?」
四葉真夜は雪光の態度を軽く笑った。
それは、悠然とした笑みではなく雪光をせせら笑うようでもある。
「司波深雪を当主にしてどうするんですか!?あなたの傀儡にするんですか?!深雪は、光夜はあなたの人形じゃない!」
分家衆からは「下がれ!」「不遜だ!」と声が上がる。
その声を四葉真夜は片手で静止し、雪光に返答する。
「あなたに伝える必要はないと思いますよ。あなたは司波家を継ぎ、この里の防衛に専念すればいい。当主としての考えなど知る必要はありません。貴方程度では何も出来ません」
声音は相も変わらず美しいがその口調は決定、断定を告げる。
糸の切れた道化人形。体裁だけ整えられ美しいがどこか呆けた感じもする真夜に雪光は心底の怒りを覚えた。
「そこにあるのは貴女の勝手だけだ!」
◆
「シッ!」
雪光は鋭く息を吐く。
そして仮想魔法領域に「最速」の魔法式を起動させた。
狙うは大広間の上座に陣取る四葉真夜だけだ。
「最速」の魔法は単なる移動魔法の最上位型ではない。
その真価は術者の思考と認知能力の高速化である。
高速世界では脳の処理速度は遅れる。
時速に直せばマッハに達する世界で、人間は周囲の状況を克明に認知するのは不可能だ。
特に市街地などの建造物や車両などが密集する地域での戦闘では、高速世界で障害物を瞬時に判断し行動するのは至難を越える。
だが、四葉の「精神干渉魔法」から派生した異形の魔法として雪光が身につけたのは「認知の加速、思考の加速」である。
肉体だけではなく認知、思考を速めることで「高速世界」での行動が可能となる。
最速使用中に文字を書くのも、周囲へ干渉し何かを動かすなど「当然」を可能としている。
既に分家衆は雪光の速さについていけていない。
空気が肌にまとわりつく。
加速された肉体に対して空気が重くへばりつく。
「最速」魔法は肉体と周辺との摩擦も調節され、空気との摩擦で肉体が損傷することを防いでいる。
だが、その調節を越える重圧感が雪光の行く手を遮っている。
光夜の視線が雪光に絡みつく。
この高速世界で光夜は雪光をとらえ、雪光と真夜を結ぶ空間上の重力子を操作した。
雪光の魔法始動を察知した光夜が「魔法の発動速度」でコンマ何秒か勝ったのだ。
戦闘下環境を変化させる魔法は、ガンマンの早撃ちのように先手をとった方が戦場を支配する。
雪光の「最速」は発動すれば何よりも早いが、発動時点は速度的には普通の魔法でもある。
光夜は「プラス重力子」の強化を情報強度よりも、上書きされないように情報硬度を優先した。
どれほど動くのが速くとも、重力の鎖からはそう簡単には逃げれない。
「くっ!」
雪光が空間の重力子に苦しみながらも前進するが、横合いからゆっくりと加速する新発田の当主が体当たりを仕掛けてくる。
同じ加速系の魔法でも、雪光のそれと比較するとまだまだ鈍足だ。
雪光の姿を完全に把握しているわけではない。空間の人影にめがけて突撃しているだけだ。
新発田家当主を躱すが、四葉真夜との距離は詰まり切らない。
「どけ!」
のろまな新発田当主を押し出すように蹴る。
次の瞬間には加速された想子弾が雪光の頬を掠める。
やはり光夜だった。彼は手を動かさず、フラッシュ・キャストによる魔法起動と視線による発動誘導だけで攻撃してきたのだ。
精密な攻撃ではない。一瞬に重力子の操作と想子弾を間断なく連続で発動している。
高速世界に対して通常の世界に居ながら完全に対応している光夜に雪光は改めて慄然する。
(なんで、敵なんだよ!)
雪光の内心の独白は悲しさなのか、その凄さへの憧憬なのか。
緊張が頂点に達し、一度「最速」が切れる。
ここまで3秒未満。
時間の速さが戻る。
「母に手をあげることは許さん」
光夜が雪光を睨む。
すぐ傍の四葉真夜は母という言葉に満足そうに微笑む。
「クソババア!」
雪光は叫びとともに『最速』を再度起動。既に手足の毛細血管は切れ、指先は赤黒く腫れ上がっている。
白目の部分も酷く充血している。
肉体内部の負荷軽減は行っていない。腹腔内の圧力上昇や、神経系強化における鋭い痛み。
本来専用CADが必要な最速を無理やり生身で起動している。
肉体的加速、思考的加速、周辺認知、摩擦調整そういった行動に関わる部分に仮想魔法領域を割いており
肉体内部の保護については、ほとんど行っていない。
この短い戦闘に勝つため、文字通り身を削り戦っているのだ。
(あの澄ました顔に蹴りくれてやる!)
直線的に動くのを止め、分家衆の方へ移動するが既に先手が打たれていた。
肩に鋭い痛みを雪光は感じる。すでに神経系も悲鳴を上げているがそれとは違う外部からの痛みだ。
雪光は状況を理解した。
不可視となった想子が有刺鉄線上に成型され、空間に存在している。そしてそれを行ったのも光夜だ。
あの一瞬会話の中で行ったのだ。
雪光は、自分の前に立つ光夜がそう行ったことを把握した。
この高速の世界の弱点を突いてきたのだ。
高速の世界は、敵対者との相対的速度での勝負には強い。だが静止物には相性が悪い。
そして残された手段はただ一つだ。
突撃。四葉真夜との直線上に存在する何かで自分の身体が傷つくこともいとわない。
高速世界の中に身を置きながらの更なる魔法発動。
硬化魔法で肉体は強化され、雪光の右目は死んだ。
呼吸を整える暇もなく一歩を踏み出す。
雪光への一撃は視界外から行われた。
「分解」の手刀は雪光の右膝から下を切断した。
◆
司波達也は精霊の眼により、雪光の想子を認知し行動の予測を行った。
万物の摂理を見分ける精霊の眼を使えば、限定的ではあるが想子を使用した魔法による移動はどんなに速かろうと先を読むことが出来る。
だが司波達也の程の反射神経でも「最速」の雪光を捉えるのは難しい。
精霊の眼を利用し行動予測を行い乾坤一擲の一撃。
司波家の長男として、一族の頂点に牙を向いたことを処断せねばならない。
下手に庇うとそれこそ深雪や雪光自身を殺しかねない。
家族による血を流す処罰。そこがこの数秒で司波達也がたどり着いた落としどころだ。
「処断いたしました」
「でも死んではいないでしょう」
真夜の数m前には他の分家衆に抑え込まれた雪光が朦朧としうめいている。
最速の後遺症と大量の出血で意識ははっきりしていない。右目は破裂したようにとめどなく血を流す。
だが「くそばばあ」と呟き分家衆に殴られる。
「まあいいでしょう。それを監禁しておきなさい」
「治療は?」
司波達也の質問に興味もなく真夜は答える
「好きになさい。適当な時期に処分します」
ここまで直接的に死を告げる真夜に周囲は驚いている。
「さあ、光夜さん行きましょう」
慶春会は混乱のまま終わった。
だが深雪の後継指名と、光夜との婚約は覆ることはなかった。