うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる   作:madamu

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行きます

「仕事始めに北海道か」

この人物が酩酊状態にも似た感覚の中覚醒すると、低く荒れた男の声が聞こえる。

目は開けているが、何も見えない。アイマスクのようなものと、口枷、そして手足は背中で結ばれており、まるで海老のように体は反り返り、床に転がされている。

 

地面の冷たさからは、ここが自宅や勤め先ではないことがわかる。

 

「でも、北海道で下拵えして沖にばらまくんだろ?勿体ね~」

「そう言うな。ジュウさん怒らせたんだ。死ねるだけめっけもんだろう」

「なあ、その前にいただかない?」

「変な病気持ちだったらどうすんだよ」

「大丈夫だって、ツバで濡らせば問題ねーよ」

 

外気を感じない。上半身には袋か被せてあるのか外の空気は感じない。どこか移動中なのか振動だけが横たえた体に感じる。

下半身には、やや冷えた空気が感じられる。ズボンの裾が少し上がり、足首だけに外気を感じる。

 

「バレても知らねーぞ。前やらかした奴がタマごと引きちぎられたからな」

「あの人ならしそうだな」

「それでも手を出すか?」

「ちょっと明日聞いてからにするわ」

「そうしとけ、そうしとけ」

「かー、それにしても来週には魚の餌なんだよな~。やっぱり勿体ねー」

「それに着くまではこのままだ。クソ小便垂れ流しだぞ」

「そうか~、どうっすかな」

 

 

「枝原さん」

後ろから声がした瞬間、「はい?」の声と共に振り返る前に腰の後ろ辺りに熱い何かを感じた。

一瞬の思考の後、「刺された」と感じた。距離を取ろうと動こうとするが、相手は身につけているベルトをしっかりと掴み、刺したモノを体の中から引き抜かせない。

枝原清二は今年40歳になる「背広組」だ。

 

「君、四葉だろ」

刺した相手の声は穏やかだ。昼の防衛省。廊下には一人もいない。

「君、四葉だろ」

もう一度聞かれる。すれ違った男は制服姿で、階級は尉官だ。年のころは50代だっただろうか。

国防軍らしからぬ暴力とは縁遠そうな顔をしていた。

「何をいきなり!誰か!通り魔だ!」

枝原はあらん限り声を出したが誰も返答はない。

防衛省の上階、地方施設の統括部門のあるフロア。

ごくごく日常の昼下がり。仕事はじめも滞り無く終わり、昼にはランチの天丼を食べ、午後2時には年初の定例会議がある。

昨日と変わらぬ明日へと続く今日だった。

 

「無駄だよ。これは情報部の仕切りだ。誰も来ないよ」

背後にいる男の声は優しい。まるで新人を指導する定年間際の職員のようだ。

「君、四葉だろ?この省内にはどれだけ協力者がいるの?」

柔らかい声で、諭すよう。

 

下手に回答すれば言質を取られると思った枝原はまずは黙った。

「幹田、蓮下、根野はゲロったよ。君も答えればすぐに衛生兵呼ぶよ」

もう1度柔らかい声。衛生兵という言葉で腰の痛みがうずく。

そして、出た名前は面識もない名前だが彼らも四葉の【落ち葉】なのだろう。

「君たちのしていることはね、機密漏洩幇助だ。懲役刑で四、五年どころの話しじゃない。ことの重大さわかっている?」

承知はしている。すでに防衛施設のパスコードを数回漏らした。

事件には発展していない、はずだ。だが重要な機密を四葉に盗まれていないと言い切れない。

四葉は陰に潜み情報を漁ることにかけては世界一だと枝原は信じている。

「なんで、四葉なんて手を貸してるの?奥さんの実家関係だから?」

男の口から妻の実家関係を持ち出されて枝原は力が抜けそうになった。

確かに妻の実家は四葉の関係者だった。

そして妻が【落ち葉】…四葉の外部協力者、を募るために自分に接触してきたことを泥沼にはまってから理解した。

 

制服姿の男は一段低い、言葉はどこにでも聞かれるが声音は違った。

「息子さん、サッカー頑張ってるね」

男の握ったナイフが数ミリ深く差し込まれる。

お前の次は息子だ、とナイフが言っているようだった。

「警察省の警備部にいる葉芝です…」

枝原の口から唯一知る【落ち葉】の名前が出た。

枝原は無性に息子を抱きしめたかった。それが今生の別れでもいい。そう思った。

「そうか、そっちにもいたか」

男はあっけらかんと言った。

まるで近道を教えられたかのような反応だった。

 

 

「お父さんのお友達を知っているだけ教えてくれるかな」

重い色をしたスーツ姿の男が6人。

葉芝純太34歳は突然家に乗り込んできたこの6人が公安の、それも相当ヤバい部署の人間であることを直感的に感じていた。

 

リビングのソファでは妻が4歳になる娘を抱きしめている。

この異常事態におびえている。

娘も6人の男たちを恐怖の目で見ている。

男が一人屈みこみ娘に質問している。

 

恐怖で胸が張り裂けそうだった。

葉芝の母親が四葉の関係者だったのが全ての始まり。

年に2度、四葉から連絡があり、今している仕事や知っている警察の動きを事細かく聞かれた。

子供の時から、「おじさん」が来て近況を聞かれていたので抵抗はなかった。

だが警察でのキャリアが続くうちに、この行為が恐ろしい行為だと嫌でも認識することとなった。

 

娘はただ恐怖に震える。泣き声をあげられぬほど怯えている。

一人の男。6人のうち最も背の高い男が葉芝に近づく。

「葉芝さん、あんたが白でも黒でもこっちは仕事でね」

高圧的ではあるが何かしら感情のある声では無かった。

男達は1時間近く家捜しをした。

台所、寝室、子供部屋。土足で踏みいられなかった場所など無い。

葉芝は男達の目的は四葉との関係を指し示す何かだと思っていたし、実際男達に与えられた指示に四葉との関係を証明するモノを探す事も含まれていた。

 

「明日以降、別途指示あるまで出勤しなくていい」

男が去る際に葉芝に言葉を投げつける。

妻と子供を子供部屋に居るよう怒鳴りつけると

葉芝は自分の記憶だけにある連絡先に秘匿回線で連絡をとる。

 

 

「はぁー、やだね素人で」

葉芝家の近く『青心工業』と書かれた企業の工事車輌の中には関重蔵と、関が「自分の小隊」と呼ぶ8人チームの最年長、古沼上級曹長がいた。

防衛省で古沼が枝原から仕入れた情報は、公安部の国内事案を対応する部署が協力する形で即時次のステップが行われた。

 

葉芝純太を脅し、恐怖で混乱させ彼が助けを求めるよう仕向けたのだ。

 

本人だけではなく家族も脅迫の対象として。

家族への危害が明確化すれば、危害を加えようとする者への防衛策をより上位者に求める。

 

葉芝は警察省の人間だが公安が出張った事件、それも内部情報漏洩が疑われている状況では同じ警察省内の人間には助けを求めにくい。

助けを求めた上司や同僚がタレコミ屋の可能性もある。

 

ならばどこに助けを求めるか。

元凶に連絡をし、「お前のせいだ!」「あんたに巻き込まれた!」と

責任転嫁とも事実とも言えることをわめき立て、救いを求める。

 

そうなることを読んで関と古沼は『青心工業』という架空会社の作業車輌から葉芝家のネットワーク回線を盗聴していた。

 

公安が去って10分もすると葉芝はどこかの誰かに連絡を入れてわめき立てている。

「公安が来たぞ!どういうことだ!?」

あとはお決まりの泣き言を言って葉芝は対応方法と指示を請うている。

 

「少佐ならどうします?」

古沼は葉芝の素人丸出しの対応に苦笑いをしつつ、関に質問をした。

「家庭持ちの弱点だな。家族が絡むと一気にメンタルにヒビが入る」

嘆息しつつ、関はスピーカーの音量を調整する。

その手つきは弱点を晒す相手を憐れむようである。

「ですが、藤林のお嬢さんとは?」

「古沼さん、俺がこういった件で後手を踏むと思うか?」

関重蔵が家族を弱みとして握られるのか?

彼の実家が諜報の対象にならないのは小沼の知らない「彼の小隊」以外の存在があるからだと思っている。

この1,2年は大人しく(普通の工作員や諜報作戦に比べればハードだが)支援課で過ごしていたが

古沼の知る時期の関重蔵は、もっと剣呑に、朝食を選ぶのと同じレベルで人命のやり取りをしていた。

 

国防軍内の「殺しのプロ」達が関重蔵に心酔しているのはカリスマ性によるものなどではない。

圧倒的な兵士として、工作員としての実力だ。

 

USNAとの交渉を優位に運ぶため、外務省が「何かUSNAを驚かすことをしてほしい」と言われたとき

関が行ったとされるのは「USNA国防総省の国防長官室」から骨董品の灰皿を盗んできたことだった。

当時の日本の外務大臣はUSNA国防長官に「最近灰皿を失くされたそうで」といって新しい灰皿を贈り

日本の諜報能力を見せつける芝居をした。

 

大した準備もせずにペンタゴンに忍び込んだ関の度胸と実力に、諜報の現場で蠢く工作員たちは唖然とした。

古沼はこのことを関に聞いたときニヤッと笑って「NYの骨董品屋は便利だな」と言ったことを覚えている。

 

「愚問でしたな」

 

古沼は自分の愚問を思い返し苦笑いをする。

情報部防諜一課に在籍した時、空挺上がりの特殊部隊員を指導した。

二、三年で一人前になるよう指導した古沼だが、一ヶ月後には課のエース工作員になっていた。

関の横顔を見て、11年ほど前の事を古沼は思い返した。

 

「そういうこと。さて、次は……なんだ四葉の外注が相手か」

スピーカーから聞こえる盗聴内容は、葉芝と接触し事態の解決方法を与えると言う声。

重蔵はそれが葉芝の処分であり、その実働は四葉の外注、悪名高き「反社会」「反政府」に犯罪を犯した者達であると理解した。

 

既に四葉に耳目無く、次は四葉に操られる芋虫退治と重蔵は内心笑った。

 

 

「寂しいんだな」

街娼と阿加井良助は判断する。

 

6年ほど前に流行ったフェイクファーの付いたコート。

胸元を下品に、当時はセクシーに、開けた服。

色っぽいとグロテスクの境界線上にある口紅の色。

 

そして疲れた瞳と化粧で隠した目の隈。

路地裏の非常階段下で座って情報端末を弄っていた女に声を掛けられ

一言二言話したら、5分と話し10分経った今は路地裏の影で抱き合える距離まで近づいている。

 

明け方には雪がちらついた正月の6日目。

 

阿加井の懐は寂しい。四葉は制約が多いし、仕事もキツい、金払いは悪い。

40を超えた人生と体には重い仕事だ。

確かに政府に楯突き、民間人の命という実害も出した。

その因果が巡って今は四葉の下請けだ。

「殺されないだけありがたく思え」と四葉の人間は言い放った。

国と十師族の密約の元、反社会的な犯罪者、つまりはテロリストは四葉の元に集められ手駒として操られる。

だが何時しか、その密約は国と十師族から「一部の政治関係者と四葉」へと変容していた。

 

「あんたも寂しそうだね」

少し低めの声で女は阿加井に呟いた。そこには期待と憐憫と同情とそして淡い感情が混じっているようだった。

 

「寂しいというか、人肌が恋しいよ」

阿加井は過去の暴力で折れた歯を見せ少し笑う。

くたびれた服の男と、時代遅れの女。

(お似合いだな)と自嘲して微笑むのは阿加井で、女はその笑みを理解していないようだった。

 

女が服の胸元をはだけ左の乳首を見せ、阿加井の手を取り自分の胸へと誘導する。

少し化粧は濃いがうら寂しい表情は男の情念を燃えさせる。

 

背後には殺気も何もなかった。

女の胸に触れた瞬間、後頭部から地面に投げ落とされた。

後日それが柔道の技であることを知らされ日本武道の神髄に触れた気が男はした。

 

「子飼いには金をしっかりと渡さないとダメだよな」

 

阿加井が頭部に受けた衝撃で意識が混濁しているところに聞こえたのは子供の声だ。

ハイティーンくらいだろうか。紺のパーカーの上に灰色のダウンベストを着たどこにでもいる少年。

地面に大の字になり、意識が鮮明化する前に少年は阿加井の腕を取り、仰向けからうつ伏せへ阿加井の体勢をコントロールする。

腕の関節が決められ阿加井は身動きが取れない。

「貴様!」

恫喝の第一歩を口にした瞬間、阿加井の腕があらぬ方向へ曲がる。

躊躇など一切ない。

右ひじの関節が一瞬でダメになった。

 

「知っていること話せば、もう少しマトモな生活をさせてやる」

阿加井の首の後ろに少年の靴底が押し付けられる。

強く踏み込めば阿加井の首は潰れるだろう。

 

「何も喋らなければ?」

精いっぱいの強がりだ。

折れ肘は痛みを発している。

それだけではない。少年を撥ね退けようともがこうとしても身体に力が入らない。

ただ首の後ろを踏まれているだけなのに身動きが取れないのだ。

上半身も下半身も電池が抜けた玩具のように動こうとしない。

 

「首をねじ切る」

少年の言葉に嘘が無いように聞こえる。

「……わかった」

その返事を聞いて少年は路地の向こうに手を振る。

数人の男性が近づいてくる。

 

「よし、もうおっぱい仕舞っていいぞ」

「もう少し見てもいいんですよ。良かったら今晩相手しましょうか?」

女は服をさらに着崩して、少年を誘う様に身体をくねらせる。

それを少年は冷めた目で見る。

「やだよ。レズビアンに誘われても本命の当て馬にされるだけじゃねーか」

少年は口を尖らせる。

女はクスクス笑う。

「そっちの方が相手が燃えるんですけどね」

「ほら見ろ」

少年の声は呆れ声だった。

 

 

「誰だ」

目の前にいる男は40代で軍属と思われる。

 

四葉の執事補佐を務める工藤公彦は緊急事態という連絡に、大急ぎで東京調布の四葉所有のビルから都心へと脚を伸ばしていた。

明け方の雪で東京の気温は低い。

 

連絡をよこした工作員は待ち合わせのカフェには来ず、変わりに来たのはダークスーツにトレンチコートを着た40代の軍属と思わしき男だった。

 

工藤はかつて民間軍事会社のリクルーターで数年だけだが国防軍にもいた。

その工藤の目から見て、男の立ち居振る舞いと服装から軍属と容易に看破できた。

 

軍属らしき男は何も言わずに工藤の前の席に座る。

「初めまして。【疫病】と呼ばれている」

男は足を組み、余裕のある声で工藤へ自己紹介をした。

顔つきは狼のようであり、獣性と知性が融合している。「殺す」と「殺さない」の二択しかない顔だ。

 

「その【疫病】が何か用か」

工藤はとぼける。50歳迎えたばかりの工藤にしてみれば、伝説を名乗る目の前の男は嘘つきでしかなかった。

以前に一度【疫病】について調べたが情報部関係ではなく、噂の発信元は東欧でPKO活動に駆り出された普通科連隊からだった。

連隊の一部が暴走した結果【疫病】という架空の存在を作り上げたと工藤は判断。

それを裏付ける証拠もないが反証するものもない。

 

正月早々から四葉では重大事件が起こっている。

外注の面倒など見ている余裕もないが、緊急事態ならば誰かが接触せねばならない。

その役目が工藤であった。

 

「四葉執事補佐、元国防軍人事部少尉、4年在籍し除隊。民間軍事会社で6年、その後軍事系リクルーターとして傭兵斡旋を7年、今は四葉で外注工作員の統括補佐。未婚だが婚外子が一人。神奈川で繊維工場に勤めている。間違いは?」

工藤は自分に付加された嘘情報に踊らされている目の前の男を内心笑う。

未婚だが婚外子はいない。神奈川の繊維工場に勤めているのは死んでも痛くない赤の他人だ。

(疫病…嘘をつくならもう少し賢くありたいな)

手元のコーヒーに口をつけ工藤は薄く笑う。

情報に踊らされた相手と飲むコーヒー程美味いものはない、と工藤は思った。

「その情報が正しいかどうかはこの場では関係ない。私の待ち人はお前じゃない」

「死にたくないだろう。ついて来い」

男の高圧的な言葉に眉を動かし不快感を表す。だが工藤の内心は笑いが止まらない。

あの【疫病】を名乗る人物が四葉の情報に踊っている。

(これほど面白いことはないな)

「拒否する。お前にその権限はない。警察か?」

男の動きが一瞬止まる。

マウンティングで工藤は勝った。

店の入り口に親子連れが来る。遅い初詣なのかワイワイと騒がし、何かしゃべろうとする男の言葉を遮る。

「ここは支払っておけよ。アマチュア」

そう言って工藤は席を立ち上がる。

次は本家の執事に報告。そして国内に潜伏している外注の存命を確認し、何が起きているのかの調査だ。

 

工藤が店から出るとき、先ほどの親子連れの子供が情報端末を持って工藤を追い越し店を出る。

店の外に出た瞬間、扉の脇に先ほどの子供、16,7歳位の少年が情報端末を片手に立っている。

 

「そうそう、もう車回してくれ。身柄は確保した」

恐ろしく剣呑な会話だが、少年特有の仲間内で強い言葉を使っているのだろう。

「相手も馬鹿だから、周りの状況見てないんだ」

そう言って少年は話しながら工藤を見る。

「工藤さん、あんたの情報操作無駄が多いね」

名前の呼ばれた工藤が振り返り走りだそうとすると

店の中にいた親と【疫病】が店から飛び出し進路をふさぐ。

 

「初めまして。俺が【疫病】だ」

少年の言葉を聞いた3秒後、工藤は頭部に打撃を喰らい気絶した。

 

 

目が覚めた工藤は目隠しをされ、手足を拘束され何か車輌らしきものの荷台に寝転がされていた。

揺れる地面と小さく聞こえるモーター音が車輌と判断される。

「尋問は?」

「こっちでやるよ。その後の処分も」

「新年そうそうやってもらえますかね?」

「北の方に伝手があるからそっちに任すよ」

 

【疫病】と少年の会話を聞き、工藤はこの少年が本物の【疫病】と痛む頭で思っていた。

 

 

「関少佐!」

ブリーフィングルームに入り込んで来たのは三人の人物だった。

 

スーツ姿の男性、かつて関の同僚だった名倉三郎、とその雇い主の娘七草真由美、そして中条あずさだ。

女子二人はフォーマルとは程遠い格好だ。新年のパーティー帰りと言えるような格好だ。

 

七草真由美は昨年まで一年生だった男子が、実のところ20歳近く年長の男性と最初は驚いたが

起きた事件を知り、そんな驚きなど吹き飛んでいた。

きつめの声で関重蔵の名前を呼び、大股で近づいてくる。

部屋にいた小隊の面々も突然の十師族の登場に困惑している。

名倉は真由美の後ろから関に手を合わせ「すまん」と唇を動かす。

 

「やあ、七草のお嬢ちゃん」

「お嬢ちゃん?!」

声のニュアンスは馬鹿にするものだった。

だがそんな侮りに反応もせず真由美はここに来た理由を話す。

「私と中条あずささんの帯同を許可いただきたいのです!

「嫌です」

秒で即答。

 

「今回の作戦は十師族の特に四葉の事件です!四葉の次代が巻き込まれているのです!十師族の次代である私が行って現地での事態を把握したいんです!」

明らかな嘘と関重蔵はじめ小隊の面々は看破していた。

(下手な嘘だな~)

(あれが七草の長女か)

(名倉君も苦労してそうだ)

(あ、名倉さんだ。白髪増えたな)

(JK?なんでJK?)

(これだから十師族は)

(黒髪の娘はタチでもネコでもいけそう~)

(たしか情動干渉の中条家だよな)

(ちくわ大明神!)

関重蔵は内心茶化してみせた。

 

九島から七草、七草から名倉、名倉から作戦というか四葉への干渉が漏れ、七草真由美が中条に伝え中条あずさが光夜に会いたがった、と関重蔵は事態を推察した。

後輩思いの可愛い配慮ではなるが、関重蔵がどんな存在か知らない無知な少女の我儘とも見える。

 

「いいかい、これから行くところは、状況次第で挨拶代わりに人を殺すようなことが起きるんだ。十師族だがなんだか知らないが、非戦闘員の民間人、それも女子高生をホイホイ連れてく場所じゃない」

関は視線を真由美から緊張で震える中条あずさに移す。

 

「これは十師族ではな」

「個人の願いなら尚更だ。人様の内臓を後輩に見せたいのかい?」

言葉は優しいが関は真由美を指さす。

指先から「殺し合いの場に他人を巻き込もうとするな」と念を押すようである。

真由美も関の言葉に二の句が継げない。

 

「相馬君!これは、これは前生徒会長として、どうしても行かなきゃいけなんです!」

「生徒会長は関係ない」

意を決したように中条あずさがいつもより音量の大きい声を出す。

だがこれも間を空けず断られる。

「では、先輩が後輩の身を心配しているんです」

「それでもダメ」

言い訳をする子供を諭す親のようでもある。

 

中条あずさはもう一度しっかりと関重蔵の顔を見る。

「好きな男の子がそこにはいるんです!」

小隊の一人が口笛を吹く。他の面々は少女の言葉にニヤニヤが止まらない。

 

「怖い所ですよ。それでも行きますか?」

「行きます!それでも行きます!」

関の問いかけに中条あずさは秒と置かず答えた。

ただの恋する少女だ。だがこの恋する少女こそ、この場にいる誰よりも強い。

 

関はため息を一つ。三人の闖入者からブリーフィングルームの小隊の面々の方を向く。

「紳士、淑女諸君!先ほどまでの殺戮作戦は破棄!お姫様を王子様の元に輸送する作戦に切り替える」

関の眼には異論の欠片もない小隊の顔が映る。

「異論は無いな!」




2018年投稿納め。良いお年を。

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