うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる   作:madamu

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真面目な話は特別編、ちょっとした小話は余話、作者の現実逃避が駄話。月曜日の仕事が憂鬱。


特別編:”帳場が立つ”

捜査用車両がひしめく一角。

 

東京都国分寺。

かつての東京都横断鉄道路線の中央線は現在は「センターライン」という名称で東京横断のキャビネット用の専用道路となっている。

そのセンターラインの高架橋から一台の車両が降りて来る。

 

マニュアル(この場合は自動運転の反対で手動でのオートマチック車の運転を示す)での運転で千葉と部下の稲垣が現場に到着する。

 

片方は昼行燈の素養を見せる緊張の無い青年、もう一人は最近は眉間のシワが深くなり始めた中年一歩手前。

 

「まいったね。これはうちの仕事かな?」

「殺人ですよ。もう少し緊張感を持ってください」

年下の上司の軽口に対して眉間のしわを寄せつつ答える。

 

車輌から降りると目前の静止ロープをくぐり現場に入る。

(面倒な事件になりそうだ)

曇天とやる気の見えない上司の後ろ姿に稲垣の気持ちが一つ重くなった。

 

 

午前8時22分。

重い空と警官たち、鑑識班が忙しなく動く現場。

高架橋下は清掃しきれていないのか、薄くなった落書きが何か所かある。

 

被害者は千葉が現在対応している外事部案件に関係する人物だった。

【和図警備通信】

 

俗に言われる民間諜報組織である。

第二次世界大戦後の日本では日本軍解体に伴い諜報や防諜、特殊任務に従事する組織は悉く解散。

その諜報世界の穴を埋めるように元帝国軍人たちが企業として政府の下請けのように動いていたのが「民間諜報」の中興と言われている。

 

2096年現在では民間諜報組織は企業スパイ業務や防諜業務を担う「警備会社の変種」と言ったところだ。

 

そして今回の被害者となったのはUSNAとオーストラリア政府による共同研究に参加していた「国際粒子・量子力学研究所」という民間研究所の防諜を担当していた「和図警備通信」の第二警備課の課長である。

40代も後半の男性。左手の薬指には指輪をしているので既婚者だろう。

この時代でも左手の薬指に指輪は結婚の象徴で対外的に、既婚者を主張するにはわかり易い方法だ。

 

「奴さんの移動手段は?」

「犯人の車で上のセンターラインから捨てられたようですね」

 

千葉の言葉に所轄の担当者が苦い顔をして上を向き答える。

すでに周囲の聞き込みや街頭の監視カメラは確認済みだ。

確認されたのは自家用キャビネットがセンターラインの路側帯に止まり、遺体を投げ捨てた一連の動きだ。

「どうやら魔法で車内から遺体だけを浮かして投げしてたようで。犯人の姿は監視カメラには無し。サイオンセンサーの開示要請出しているから昼前には報告できます」

 

サイオンセンサーは所轄警察ではすぐに確認できない。

というのも、サイオン情報はそのサイオンパターンによって魔法師の個人特定につながる場合もあり、まずは裁判所への申請を行いサイオンデータを管轄する省庁への開示請求が必要となる。

 

DNAほど厳密な個人特定は出来ないがサイオンパターンの中には個人を特定しうる波形もあり、数十万人に1人といった特殊な血液型と同様に特殊なサイオンパターン、特に十師族の血脈の濃い人物が保有する波形は十二分に個人を特定しうる。

 

このような面倒な手続きが必要となったのは、十師族による圧力が関係していることをこの場にいる人間は誰一人知らない。

「被害者はそちらの担当案件って聞いてますが、帳場立つんですかね」

「立てざる得ないが、公安外事が幹事役になるから相当小さくすると思う」

所轄の刑事は少しだけ眉尻を上げて稲垣に聞く。

年若い千葉に比べればこの辺りの”帳場が立つ”ことの経験が多いと思われる稲垣が所轄刑事の「どの程度の面倒ごとなのか」を問い、稲垣の回答は「相当入り組んだ事件」であることを遠回しに伝えた。

 

捜査本部は20世紀の頃に比べれはより効率的にシステマチックに運用され、昭和時代のような捜査本部の規模によって事件の注目度を図ることは無くなった。

しかし、特殊な事件では捜査本部という形で情報の集約を目的とした臨時の指示系統を持たなくてはならない。

 

稲垣は所轄の刑事を情報交換を行い、今後の対応を簡単に協議した。

10分後には稲垣の情報端末に帳場(捜査本部)が立つことが決定した旨の連絡が来て、各所との調整の為千葉と現場を離れた。

 

 

「和図警備ってあそこは3代目社長の解任からこっち、相当質が落ちているので実質的な警備は和図じゃなくてTST(東京セキュリティテクノロジー)が提携で人出しているんですよ」

(公安経由で来た与党の代議士先生の要請で3代目の社長の不倫の証拠固めしたの支援課第二班なんだよな~)

 

相馬新こと関重蔵は千葉警部の「和図警備の警備能力はどの程度か」の質問に答え、一口コーヒーを飲む。

夕方の喫茶店。学生が寄り付かない高級感の漂う店。

店の一番奥のテーブル席にはスーツの男が二人、千葉と稲垣、そして一校の制服の少年相馬新が座っている。

狭い店内で藤林奏は気を使いカウンターの一番遠いところで1人紅茶を飲んでいた。

 

簡単な話であった。警備業界内部の企業間闘争。

そこに天下り先、政治献金、票田取りまとめ、ロビー活動、「娘婿」「大学の後輩」「元警察官僚出身の代議士」といったいくつかの要因と重なって「和図警備三代目の社長の身辺調査」を行うこととなった。

不倫の証拠は和図警備社内の反社長派に渡り解任動議が行われた。

 

最終的に企業間闘争に勝ったのは国防軍への太いパイプを持つ和図警備ではなく、警察官僚の天下りポストを十二分に用意した他の警備会社だった。

(和図の影響力は陸軍の一部人事にまであったので、整理整頓にはいい機会だったが)

物品の横流しまで手を出していなかったのは幸いだった。

 

特殊部隊や要人警護の経験者への早期退職打診と引き抜き程度であれば、経験者を軍務に復帰させる方法はいくつかある。

しかし銃器・装備・車両をまかり間違っても違法な手段を用いて横流しすれば、下手をすれば軍内の高級幹部の首が飛ぶ。

そして、いらぬ混乱と軍内派閥の喧嘩と権益問題へと変異していくのだ。

重蔵は紙のファイルを発見した晩のことを思い出し「燃やしとけよ」と独り言いったことも連動して思い出した。

 

「そうなると和図ではなく、TSTについて内偵を進めた方がいいと」

「あそこはどちらかと言うと親東南アジア諸国と関係深いリベラル系企業が最大株主で、和図の下請けは金銭的な理由だけだから調査すべきは被害者の個人の経歴と、研究所の研究内容とその卸先じゃないかな」

再度の千葉の問いかけに捜査の絞り込み先を答える。

 

相馬新と紹介された少年の回答に同席した稲垣は混乱の汗をかいた。

(なんで一校の学生がここまで知っている?)

30分ほど前。千葉警部が一校の通学路で車を止めるよう指示したところ、お目当てと称して一人の男子高校生に声かけた。

それが相馬新と自己紹介をした少年で、藤林奏を連れだって喫茶店での話し合いに応じてくれたのだ。

 

「ザっと考えられるのは、個人による恨みまあ愛人か家庭内の不和。次に和図警備とTSTとの警備方針の対立、そんでTST株主の和図警備を切りたい要望に関してのトラブル、あとは産業スパイ関係が原因か。大穴はシリアルキラーですかね」

拡げた手の指を一つずつ折りながら事件の動機を言う。

 

千葉は眉間にしわを寄せて、重苦しく小さく声を出す。

「どれが」

「わかるわけないでしょ。調査は依頼はこっちに来てないですし。調べるのは警察の仕事ですよ」

言葉を遮る。

 

千葉と稲垣の行動は警察庁の一捜査班の情報収集行動で、正式な国防軍情報部支援課への依頼ではない。

さらに言えば今は支援課に依頼したからと言って関重蔵が動くわけでもない。

 

相馬新の視線が楽しんでいるか、目の前の二人を無能として蔑んでいるのかわからない。

稲垣は自分たちがカンニングをしているような気持ちになった。

ただ目の前にいる高校生の目には楽しんでいるのか、楽しんでいるふりをしているだけなのか。

 

得体のしれない、という言葉よりも幼稚な表現だが「よくわからない人」と相対している。

千葉の横顔を見ると稲垣と同様の気持ちになったのか、必要以上に口元が閉まっている。

それは、未知なものへと相対する時に奥歯を噛みしめ耐える姿でもあった。

 

「何事も足で稼がないと」

それだけ言って、相馬新は立ち上がり恋人を連れて店を出た。

1分間の沈黙のあと千葉が口を開いた。

 

「ヤバいな・・・」

それは事件の規模の話なのか、事件の深度の話なのか、相談した相手の話なのか

それともすべてか、稲垣は考えながらも今は千葉へ同情をした。

 

 

「これでしょ」

「捜査資料のセキュリティ・・・」

カナデがタブレットを渡すと、写っている資料に重蔵は絶句する。

警察省で管理されている現在進行形の捜査資料。

それがタブレットに写っているのだ。

警察省のネットセキュリティは決して低くない。

シャワーを浴びている15分で資料を引っ張り出したカナデのネットランナーの腕は重蔵の想像以上だ。

 

夜。

藤林奏は関重蔵のセーフハウスに付くと即座に藤林響子に連絡し、無事帰宅したことを告げた。

先日「おじい様ではないけれど、あまり年配の人だとそれはそれで心配になる」と藤林響子に言われていたがカナデは気にすることなく「お姉さんが先に結婚すればその混乱に乗じてこっちも籍を入れる」と答えて苦笑いを誘った。

 

「重要な研究をしている民間研究所の警備を担当している会社の警備課長が殺された。犯人は?」

「断崖絶壁の岬の先で刑事が追い詰めて自白して終わり」

「火サス?もうちょっと真面目に答えてよ」

 

シャワーは重蔵が先に浴びたので、カナデはまだ制服姿だ。

ブレザーは脱いでおり、スカートのすそをつまみ少し上げる。

すでに、タイツは脱いでおり膝上が少し露出する。

 

「色仕掛けは通じません」

「ぶ~」

16歳らしく頬を膨らませる不貞腐れるカナデ。

重蔵は興味がないといった様子で台所から缶ビールとサイダーを持ってくる。

サイダーはソファに座る未成年に。

自分は対面して座り缶ビールを開ける。

 

「まあ、犯人は魔法師だけどこっち側じゃないな。プロでもフリーかそれに近い」

「なんで?移動魔法使ったから?」

「プロ、具体的に言えばでっかい組織とかスパイ関係者なら殺した後にあんなところに死体捨てない」

「自分達で処分が出来るから?」

「まあそれもある。もっと言えば殺害せずとも弱味を握ればコントロールできるし、それに撲殺なんてしなくてもいい」

タブレットをカナデに戻す。そこには死体検案書が表示されており、死因が側頭部への打撃による脳挫傷を示している。

 

タブレットを見ながらサイダーを一口。カナデは首を傾げる。

「で犯人は?」

「死体遺棄状況と死因で犯人がわかるか」

「でも被害者は分かってるじゃない」

「被害者の性格や家庭環境や生活状況なんかがわからないと何とも言えん。で、名探偵カナデンの名推理は?」

「カナデンって無理ない?」

「で、どうよ」

「う~ん、動機は不明。じゃあ現場の状況から考えると、死体が捨てられたのが24時頃。使われたモビリティの利用歴もプリペイド式カードでの支払い。これだと個人の特定が難しい…けど購入した駅から割り出せばある程度絞り込める。時間から見て大人かな。遅い時間に未成年者がいれば、目撃情報とかも出そうだし。あとは魔法。魔法師で・・・う~ん」

悩み始めたカナデの言葉を重蔵が引き継いだ。

 

「行動範囲はモビリティの運行経路を見ればある程度絞り込める。高架橋から投げ捨てるポイントを知っているんだから、あのモビリティ路線の利用頻度は高いだろう。過去現在含めてあのモビリティの運行範囲に一定期間の利用経験がある人間。そう考えるとあのモビリティ運行経路上の駅にある魔法関係の企業、工場に勤める人物。または一校の卒業生や魔法関係の教育機関の受講者だな」

 

監視カメラは設置数が多いが、必ずしもカメラの目が全ての空間を捉えているわけではない。

今回の事件では、モビリティ車内まで見通していない。

もっと言えばモビリティの搭乗情報もプライバシーに配慮し、年齢や性別などは収集されず乗車用カードの利用状況が記録されるだけだ。

個人を特定するにはカードに設定されている個人情報を専用の機器で確認する必要がある。

ただし外国人旅行者向けのプリペイドカードには個人情報もなく、追跡は困難となる。

 

「難しく言ってるけど、それって普通のことじゃない」

単に遺体遺棄現場を知らない、遠くに住んでいる人、移動に使われたモビリティの運行経路に関わりありそうな人が犯人である可能性を離しているだけだ。

カナデは少し訝しんで恋人の顔を見た。

その当の本人は、気にせずビールを一気に飲み、空にする。

 

「これで、東京に滞在経験のない人間は排除できる。行動範囲も絞り込まれたからあとは移動手段と過去の情報を洗い出せばもっと絞り込まれる。東京に出てきたことのない足の悪い魔法の使えない四国在住のフジ子さん88歳を容疑者として考えなくても済むだろう」

 

カナデもサイダーを飲み干す。

「屁理屈っぽい」

「屁理屈。屁理屈。結局は一つ一つ丁寧に調べれば必ず犯人に行き着くの。行き着かないのは、何かしら間違っているか、隠されているか」

もう一度頬を膨らませて不満そうな顔をするカナデ。

「はいはい、お風呂入ってきなさい」

重蔵はそんなカナデを子供のようにあしらった。

 

「なんか納得いかない」と呟きながらカナデは風呂場に向かう。

この後のベッドでの楽しみも今は中途半端な答えに不満が残る。

 

(まあ、きっとこじんまりと終わる事件だろう)

そんな重蔵の予想は裏切られることとなった。

 

 

合体

 

 

「どうした、寝不足か」

「いや、まあな」

小さく欠伸をした服部刑部少丞半蔵に声をかけたのは桐原武明だった。壬生紗耶香は剣道部の朝練で少し早く学校に行っており、今日は桐原は一人での登校だった。

先の日曜日に剣術の東京大会に参加したため、疲労を抜くため今週は剣術部は朝練が無い。

 

登校時間としてはやや遅めなのか早歩きの生徒もちらほらいる。

 

声をかけてきた桐原に顔を向ける服部。

「ズルズルと深夜放送を見てしまってな。4時間しか眠れていない」

「なんだ?エロいの」

桐原の言葉を遮り、ややきつい口調で答える。

「九校戦の歴史とその経緯をまとめた番組だ」

「会長、いや七草先輩目当てか」

桐原は口元に笑いを浮かべて服部を見る。

本人はそう言われることを予期していたし、そして実際言われたことに少し不機嫌な顔をする。

「七草先輩が目的じゃない」

 

服部の尊敬する人物、十文字克人と七草真由美。

七草真由美については服部のそれは尊敬というよりも恋愛感情に近いことは公然の事実であり、それを知らないのは服部、七草両名に面識のない人物だけである。

 

つまりは一校内の大部分の学生は服部刑部少丞半蔵が卒業した七草真由美に対してぞっこんだったことは知っている。

なので桐原のように服部が九校戦の特集番組を見ていることは即座に「妖精射撃手」(エルフィンスナイパー)と呼ばれたスピードシューティング女子三連覇の七草真由美を連想させた。

 

「怒るなよ。眉間にしわが寄ってるぞ」

「怒ってなどいない。眠いだけだ」

悪かったと桐原が目で謝るが、服部は眉間のしわについて機嫌と関係ないと主張する。

 

「おはよう」

並んで歩く男子生徒二人に声をかけたのは男女の生徒だった。

五十里啓と千代田花音。

「どうしたの、男二人で辛気臭い顔して。今日は壬生さんと一緒じゃないの?」

「おう。壬生は朝練。剣術部は今週は朝練無しでな」

五十里に省略した朝の挨拶を行い、千代田には彼女が同伴でない理由を簡潔に説明する。

桐原に対する恋人いじりも皆慣れたもので、今では聞かれた当人も自然に返事が出来るようになっていた。

 

校門をくぐるまでの数分間で服部が眠い理由の下りを今度は服部と千代田で再度行った。

「告白しておけばよかったじゃない!」

「そういう話じゃない!」

「まあまあ。そうだ、先日センターラインで事故が遭って朝の運行が時間が少し変わっていたね」

五十里がヒートアップしそうな二人の間に入り、話題を変えた。

千代田花音は目の前の自動失恋男子との言い合いよりも愛しい許嫁の話題の方が重視される。

「ええ、駅でアナウンス出てたよね」

 

二日ほどの前の事故により今日明日とモビリティの運行路線で時間調整が入ったのだ。

基本的には駅で待っていれば順次到着するモビリティだが、午前5時から1時間ほど車両の到着間隔が長くなるというのだ。

これは先日の和図警備の課長殺害に関係した現場検証の一種である。

 

既に死体発見時に行われたが再度の調査ということでモビリティの路線上に複数の鑑識が立ち入るための車両の到着間隔の調整だ。

「ああ、あれか。殺人事件絡みだろ」

桐原の言葉に他の三人は軽くうなずく。

既に情報は一校や周辺地域に薄く広く知れ渡っている。

緘口令、とまではいかないが多少の情報を抑えての発表。

 

「前はブランシュに、横浜、今度は八王子か~」

開いた指を一つずつ折りながらこの1年と少しで起きたことを数えていく千代田。

「まあ、外国勢力の侵攻とか大事にはならないだろうな」

先程迄の怒鳴り合い一歩手前からクールダウンしたのか服部刑部は息を整えた。

 

 

(くっそ!なんなんだ!)

 

最近は特化型の拳銃型CADの携帯をやめ、情報端末型の小型CADを使う様になったことを森崎駿は少し後悔した。

想子出力よりもCAD内のメモリやストレージ数の関係を考えると森崎の理想は拳銃型CADだったが、人と出歩くときにはやはり剣呑すぎるという点では持ち歩きづらかった。

 

以前の様な若者向けメディアから抜き出したような服装ではなく、ブラウンの七分丈のパンツに明るめのグレイのチェック柄のシャツと、須田曰く「色気づいてるね!」といった感じで確かに拳銃型の特化型CADは合わない。

 

夕刻。いつも世話になっている看護師が夜勤だというので昼から食事をして先ほど出勤を見送った。

その後、高円寺にあるカスタムCADショップを覗こうと裏の路地を進んだところ、棒状の何かを持った女性が道の先を通り過ぎたのを見かけた。

その棒状の物には血のようなものが付いていたので急いで追いかけた矢先である。

 

森崎の人生経験と洞察力では、少し先にいる女性の後ろ姿で年齢や他の特徴までは特定できないが、なで肩で地味な色のカーディガンを纏っており、少なくとも同年代ではなく年長者の空気に見て取れた。

歩き方は弱弱しいというよりか、浮くような力が入っていない歩き方で、妙な不安を持つ。

 

森崎は左手には情報端末、右手にCADを持った状態で、女性の後ろ姿が見える位置で遮蔽をとる。

2090年代には電柱は路上に存在せず、遮蔽を取れたのも個人住宅の壁の影で、少しでも気にされれば見えてしまう。

 

「警察ですか、はい、緊急です。喧嘩とかじゃなくて、場所は・・・」

極力簡潔に状況と位置を伝える。

「えっと後、血の付いた棒状の物を持った女性が近くで歩いています。ええ。僕には気づいていません」

警察からは少し距離を置いて警官の到着を待つよう伝えられる。

通話は切らず、状況を注視する。

 

高円寺の裏道は民家や個人店舗が入り混じった独特な場所だ。

 

歩行スピードの遅い女性が立ち止まり、近くの民家に入ろうと向きを変えた。

「あ、今!・・もしもし!」

通話は切れていた。森崎駿は意を決めて、ポケットに情報端末をねじ込み、遮蔽物から音を立てず出る。足早に女の後を追い、民家に入るのを妨げる。

 

「止まれ!手に持っている凶器を地面に置け」

森崎駿には女性の持っている棒状のもの、金属製の棒についているのがそれなりの量の血痕と小片となった肉がこびりついているのが把握できた。

極力冷静に、声を大きく張り上げる。周囲への喚起でもあり女性への威圧でもある。

「手に持っている凶器を置くんだ!」

 

 

「あじゃぱー」

結局事件は予想も出来ない方向へと進んでいった。

「その口調、爺さんがよくしてましたよ」

 

喫茶店。警察省の千葉と稲垣が新しく起きた事件を説明すると、相馬新は天井を見て一言。

その一言は平成という時代に生まれた千葉の祖父が「大昔の流行語」として教えてくれた戯言であった。

 

藤林奏では「風紀の仕事」で放課後は学校に残っており、警察官両名と男三人で喫茶店へと直行となった。

 

一校の学生が私人逮捕したのは、件の和図警備の死んだ課長の妻。

夫婦関係はやや距離があり、夫である課長は不倫と言わないまでも過去に浮気があったらしく一定時期は妻は実家に戻っていた。

決して円満ではなかったが、だからといって破滅的な関係ではなかったようだ。

 

妻の持っていた棒状のもには第三者の血痕が付いており、彼女の自宅には隠蔽されていたが家具が動かされた跡などがあり、何かしらの事件があったことが予想される。

 

妻は心神喪失状態で微量の薬物反応が出ており現在は高円寺警察署の特別留置室に留置されている。

特別留置室の隣室には近隣病院から医師、看護師が派遣され常駐する。

 

「四葉ですか?」

魔法、殺人からの連想で稲垣は事件の黒幕を推量する。

だが相馬新は口元を手で隠し3秒思案すると答えた。

「違う。四葉は処理をするときに魔法は極力使わない」

 

コーヒーが三人分運ばれ会話が数十秒途切れる。

 

「推察だが相当重要事案でない限り魔法師を投入してまで一般人は殺さない」

経験から導き出された関重蔵の意見だ。

 

過去四葉が魔法師を投入したと思われる事案では一般人の死傷はほとんどない。死傷したのは敵対勢力に属するもので、少なくとも殺人における方針は四葉内では統制されている。

さらに言えば、四葉であればこのような杜撰な遺体遺棄は行わない。

 

「では、今回は」

千葉がコーヒーの代わりにつばを飲み込み真相を訪ねる。

最初の事件だけでは、あやふやだった事件の輪郭ももう一つの事件で関は、事件の結末まで読め始めていた。

表情は渋い。高校生相馬新がする表情ではない。

この意図的に作った渋い表情により関は目の前の警察関係者に背後関係の面倒さを伝えていた。

 

「どこかの部署が揉み消しに失敗してる。女性からは薬物反応出たんだろ。それがすべてだ。来週辺りどっかの組織で人事異動がある。その異動した人間の部下が犯人だな。現場仕事にテンパっての仕業だよ」

 

(たまにある。証拠隠滅や段取りの失敗を「混乱」で誤魔化そうとするヤツだな)

 

支援課に依頼が来ていないことはこの杜撰な結末で証明されている。

古巣の動向は調べなくてもわかる。

関重蔵無き支援課は無能ではない。

彼らは時に人間性を消し、蔑むよられるような仕事も100%完遂する。

それがセーフハウスの掃除だろうが、殺人の隠蔽だろが。

 

「千葉さん、このまま行くと容疑者の女性は今日明日くらいで消されるよ。方法は拘留中の警察署での事故死」

関重蔵がコーヒーに口をつけると、千葉と稲垣は息を飲む。

「事故死になるんですか?」

余計な言葉を付けず、予測される結果だけを千葉は口にする。

「事故死だな。今すぐ連絡取って警察省から人間出して女性の身の回りの世話する人間を一気に変えな。時間が無いぞ!」

最後稲垣に向けて少し声を強くして言うと、稲垣は早速椅子から立ち上がり情報端末を出すとどこかへ連絡しながら喫茶店から一度出た。

 

(あとはアフターケアだな)

コーヒーを飲み干しコップの底に目をやり千葉に聞く。

「千葉さん、軍にコネあるよね?」

 

 

公安部警備班第三隊。

特殊部隊経験者を抱える公安きっての実働部隊だ。

この夜、彼らは同胞間のイザコザに対して使われることとなった。

 

全員黒の服装。身体には防弾装備に防塵用のマスクと暗視機能付きの軍用グラス。

手には貫通性よりも破壊力重視の弾丸が装填されたサブマシンガン。

 

今彼らは東京の高円寺警察署近くの有料駐車場に止められたワンボックスカーに待機していた。

 

15分後には高円寺警察署を含んだ一部の区画に停電が起きる。

理由は酔っ払いにのる建造物侵入によるもの。

筋書き用に「酔っ払いの人物」も30分前に確保済みだ。

 

「最終確認だ。極力発砲は控える。撃つ場合は1度目は外せ。当てる場合は防弾チョキ着用者だ」

 

隊長格の言葉を聞いて全員が小さく頷く。

車内には6人。

十分な戦力だ。

東京都下の警察署といえど、停電時に訓練された特殊部隊の急襲にはひとたまりも無い。

警察署の見取り図も全員把握済み。

少なくとも高円寺警察署には訓練された特殊部隊を迎え撃つ戦力は無い。

停電騒動で今晩詰めている警察官も大半は外に出るだろう。

 

この事件の真相は「都下における謎の集団による警察署襲撃とその中で拘留中の女性が死亡」という警察の汚点の大きさでかき消される。

テロリストに対応できない所轄警察署の責任。

公安はその理由を元に警察内での権限強化を狙う。またクライアントも安心して寝れる。

一石二鳥である。

これは上層部の特定の1人の思惑で部隊を預かる隊長格はその真相は知らない。

だが、この作戦を成功させれば「予算」が出てくる。

より良い装備、情報収集の精度を上げるための支払い、そして危険手当の真っ当な支払い。

 

魔法師の隊員の一人が手首に装備したCADを確認した瞬間。

 

ゴウン

 

一瞬、車内の誰一人状況がわからなかった。

だが瞬き1回分の時間が経つと車両が大きく揺れた。

車輌は2回、3回と横転をし、横倒しで止まった。

車内は隊員たちが悲鳴も上げずに、誤射を避けるべく皆指先で銃の安全装置だけはかけた。

 

「ドアを開ければ殺す」

今は側面となった車両の天井部を挟んで声が聞こえる。

落ち着いた男性の声だ。

「撃つ」

隊長格が最後の「な」を言う前に部下の一人が声に向かって発砲した。

それが間違いだった。

弾丸は天井部を貫通しない。

隊長格は二射目を遮るように、隊員の腕を抑える。

次の瞬間。

 

ゴウン

 

再度の衝撃。また車が横転する。

 

ゴウン

 

三度目の衝撃。車が転がる。

中にいる人間がお互いぶつかり、体勢が絡まり合う。

 

「今、車輛事故の通報を入れた。所轄は5分で来るぞ。チクタクチクタク」

そして、車輛の天井部分が二回ノックされた。

声は消えた。

 

「全員車から出ろ。急いで車を戻して撤退するぞ」

隊長格は声を潜め弱弱しい声で指示をすると部下の足に絡まった腕を抜き、ゆっくりとドアに手をかけた。

 

 

「結局は公安持ちで捜査本部は即時解体されました」

「で、どこがどうなった?」

下校。

駅へ向かう道すがら、千葉は関重蔵にコトの顛末を話した。

本来ではあれば徹夜を含めた8連勤をするほどの事件のはずが、事件発生から5日目で捜査本部は解体された。

 

「内密ですが…公安部の警部が来月辞職します」

「まあ、その辺りだな。千葉さん、もう少しこの話掘る気ある?」

「掘ったら堀ったでトラブルが出てくるんでしょ?」

千葉は陰鬱な表情を添えて聞き返す。

 

「俺の想像じゃ国会議員と警察省内の実力者の黒い関係が見えてくるからおすすめ」

(絶対ろくなもんじゃない)と関重蔵は心中で舌を出す。

 

「まあ、大急ぎで仕込むなら陽動かまして少人数で強襲。他の手段もあるけど相当腕のいい工作員でないと出来ないから、アイツらの段取りは間違いじゃない」

 

高円寺警察署に秘密裏に待機させたSAT(警察の特殊部隊)と千葉には「近くの公園に安月給の公務員がいたから帰るよう伝えておいた」と言い、同業者それも同系統の公務員がいたことを暗に伝え、この事件の裏が軽く踏み込むと生死にかかわることは十分に警察署の面々に通じた。

 

「千葉さん、もうちょい出世してくれる?」

「え?」

話が突然変わり、少し声が高い返事を千葉はする。

 

「公安には公安へのパイプ、警察省へは警察省のパイプが欲しいんだよ」

「今の立ち位置だと弱いと」

「人事権と決裁権に噛めるくらいにはなって欲しいね」

関重蔵は相馬新としてあっけらかんと表情を変えずに伝える。

 

モビリティのステーションについた。

周りには三々五々と学生たちが駅に入っていく。

 

「まあ今回の貸しは出世払いでね」

千葉は立ち止まり、関重蔵こと相馬新はステーション内に消えていく。

振り返らず、軽く手を上げ「頑張れよ」と軽く伝えて。

 

「まいったな…厄介な相手に貸し作ったな」

千葉は頭をかき小さくため息をついた。

振り向くと部下の稲垣が運転する車が近づくのが見える。

 

事件は終わった。

 

 

 




久しぶりに書いた。

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