うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる   作:madamu
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ジュークボックス

20分程度の時間でビールを4本も空けたのは

酒に強いからと思ったが、それだけではないのだろう。

酒の力で無理やり心の壁を低くしたのだ。

 

そして話し相手に俺を選んだのは俺が原作の登場人物ではなく、転生者であっても「主人公」の位置にいないと判断したからだろう。

この人は「主人公」に言えない悩みがある。

今、欲しいのは答えじゃない。壁だ。

 

「漫画の世界」

俺は出来る限り、感情を出さずにオウム返しした。

「そう漫画の世界。達也と深雪が主人公の世界。魔法があって、敵がいて、バトルがあって、九校戦もあって。そんな世界」

俺は彼女の方を見つつ、一口ビールを飲む。

こちらに顔を向けることもなく、一瞥もせずに話を続ける。

「私はそこの脇役の妹に生まれるの。凄いのよ、機械とか触らなくても使えちゃうんだから」

少し声に涙を感じる。まだ彼女はうなだれたままだ。

「でもね、全部達也と深雪が持ってくの。主人公だから。注目も、喝采も」

「お前も注目や喝采されたいのか?」

正しい質問をしろ。この人のヒントはシンプルだ。

「いえ、違う」

声色は無機質に戻った。理性の人なのだ。きっと。

俯いたまま彼女はその無機質な声で続ける。

「主人公の近くにいないとね、物語から消えてくの。最初の頃に登場したあのキャラクターが最後にはいない。よくあるでしょ」

彼女はビールを一口飲む。それは息を整える代わりなのだろう。

「あいつはどこ行った?あの爆発で死んだの?作者が番外編でフォローするはず?そうじゃないわ、いないのよ。必要な時に出てくるだけでどっかで待たされているの。条件が満たされないと出てこない」

身振りなど一切交えず、声音だけ変え、悩み、驚き、心配、そして無機質の声に戻る。

「条件?」

 

「主人公の役に立つこと。そして読者の興味を引くこと」

 

なにが理性の人だ。この人はこの世界を『魔法科高校の劣等生の物語内』と認識し、主人公、脇役を認識し、そして読者がいると思っている。

会えもしない、交流もできない、声も聞こえない、干渉することのない読者がいると思っている。

彼女はその読者を意識している。気にしている。どこかにいるであろう、存在しない読者をだ。

俺は心が震えた。これほどまでに表情を留めるのに苦労したことはない。

 

この人は狂う寸前だ。いや正しい見方をしているのか。彼女は物語世界のキャラクターになったと思っている。物語世界だから読者が存在すると思っている。

 

「俺はその世界に登場したのか?」

「登場するわけないじゃない。アラタはいてもいなくても、あの二人には影響しないわ。読んだ小説じゃ、描写もないわ。だから話すの」

顔を上げこちらを向いた。彼女の顔は緊張しているのか弛緩しているのか、ただ虚脱しているか読み取れない。

手のビール缶が嫌に冷たく思う。俺は動揺しているのか。

 

「じゃあ、光夜や雪光は?」

少し声を震わし質問した。

「あの二人は特別。私の読んだ中にはいなかった。きっと二人はこの世界に来た別の人間で、あの位置に生まれたの。主人公の家族。絶対に物語からは離れないの。強くってかっこいいのよ。読者の興味も引くし、何より生まれ設定から主人公に絡むもの」

彼女は本当に漫画の登場人物の設定を言うように他人事で説明する。声には感情を感じない。

この人への質問は?正しいヒントは?お前は人間だ、とでも言えばいいのか。

「あ、・・」

ミスだ。次の言葉が出ない。読者の興味?俺が生きるのにそんなものが必要か。必要ない。読者など俺には見えないし、感じない。

彼女は意地悪に微笑んだ。いや自虐的な笑顔か。どっちだ。

 

「変でしょ。でもね、気持ちの中じゃ一番苦しいのは私、残業帰り、ふと気が付くと赤ん坊で、姉と慕うのは心の中だと年下の女の子」

俺は目を少し見開いたのかもしれない。顔のどこかの筋肉が動く。無表情を取り繕えない。

主導権はどっちだ。彼女か、俺か。

「どんどん暮らすうちに、ここが魔法科高校の劣等生の世界だと知ったわ。起こった事件と記憶を合わせると達也と深雪は同級生。そしてあたしは藤林の娘」

司波兄妹の名前を出した瞬間表情が変わった。眉尻が下がり、眉間にしわが寄る。彼女は今までに見せない怒りとも哀しみともつかぬ顔をしている。

声が荒げないのは理性なのか、それとも怒鳴り散らすことを諦めているのか。

「世界の中心で始まりはあの二人。私は外野で途中参加。でもついていかないと、この世界だと不用品。お姉さんみたいな引き立て役にもなりゃしない。カウンセラーみたいに読者に媚びればいいのかな。深雪を庇って死ぬくらいは必要かも」

「死ぬのか」

「死ぬわけないじゃない。死ねるの?深雪を庇って代わりに死ぬって、あたしそこまであの子のこと好きじゃないわ。でもね、そうでもしないと置いて行かれる!」

彼女の瞳からほんの少しの涙が流れる。これが本音だ。

 

もし、俺の心を覗く読者がいるなら言っておく。

俺は女の涙に弱いんだ。

 

俺の愛した女は泣き顔を見せた。そのことを思い出して、途端に冷静になった。

やっぱりこの世界は魔法科高校の劣等生の物語内の世界じゃない。

今、心のさざ波が収まったのも司波達也も司波深雪も関係ない、俺の女達のおかげだ。

一番最初に女性の涙が俺の人生に影響を与えたのは、通夜での母の涙だ。

俺の人生は女性の涙に支配されていると言っても過言ではない。

 

この人は脇役でいることが嫌なのだ。いや、正しくは『魔法科高校の劣等生の物語』から脱したいのだ。

光夜や雪光に協力するのは、あの二人が「達也と深雪の共同体」だからだ。

原作にいない二人の存在は、原作から外れるが、読者とやらの興味は継続されるし主人公と同一視しても構わない、とこの人は考えた。

そして二人に協力することで物語に関与し続ける。つまりこの世界で生きている意味を確保できる。

 

でも、そんな意味は無いのだ。物語?原作?そんなものはすでに俺はホテルの廊下に捨ててきた。

だがこの人は捨てられない。確証がないのだ。この世界が司波達也生誕の前に存在したのか?

司波達也と司波深雪がアダムとイブで、それ以外は二人が生まれたことで発生したのでは、と。

 

俺はいつの間にか、顎に手をやっていた。ルーチンのつもりが癖になったかな。

 

椅子から立ち上がり、彼女の前で片膝を着く。

「お嬢さん、飲んでばかりじゃ楽しくない。一曲いかが」

手首のCADを起動させ、プレイリストからムーンライト・セレナーデを選択する。

トーラス・シルバーの最新CADも、時と場所によってはジュークボックスだ。

こんな複合機能有りのCADを贈ってくれた風間さんには改めてお礼を言わないと。

 

彼女は怪訝な、相当怪訝な顔をして俺の差し出した手を握り、一緒に立ち上がる。

「気持ち悪いと思わないの?頭のおかしい女だよ」

「ダンスは踊れるかい。俺が女性に求めるのは正気や狂気じゃない。夜のホテルでダンスを踊ること」

冗談めかして言ってみた。なおも怪訝な顔の彼女は黙ったまま、俺と体を合わせ、体を揺らしダンスの真似事を始めた。

 

彼女の腰に右手を回し、体を揺らす。

俺の左手と彼女の右手が握りあう。

「ステップは?」

「知らない」憮然としている。零れていない涙が目元に見える。

「じゃあ、俺についてきて、まず右足を・・・」

一曲使って簡単なステップを教える。

そこで俺はプレイリストから古めのダンスナンバーを選択した。

男性ボーカルグループがカバーしたバージョン。

「何?これ?聞いたことがある」

「君の瞳に恋してる」

「ほんと?」

「曲名」

彼女は少し笑った。

女性ボーカルよりもゆったりとムードのある曲調、ディスコナンバーらしくテンポが上がる。俺もそれに合わせてステップを変えた。

彼女もそれについて来ようと、ステップを踏むが少しもつれる。

そして笑う。

 

次の曲になる。歌い出しに戸惑っているようだが

知っているメロディになると、彼女はゆったりと身体を揺らす。

「FLY ME TO THE MOONでしょ。知っているのと違う」

懐かしさがこもる声だ。

俺と繋がる手も少し柔らかい握りになる。

「達也の話に俺は出ないけど、俺の話にあいつは出ない」

彼女の眼が少しだけ、少しだけ見開かれる。

「いいとこ、雪光の兄貴ぐらいの立ち位置だ。全部で100文字も話さない」

「でもここは『魔法科高校の劣等生』の」

彼女は少し焦ったような声色。俺はそれを遮る。

「達也の話だ。俺にすりゃ『凄腕諜報員の冒険譚』だ」

「センスないわね」

「ほっとけ」

もう一度笑う。

 

「この曲も今から120年か130年前。でも達也は知らない。70年代はディスコフィーバーだ」

彼女は俺の腕の中で真剣な顔をしている。

「読者がいても、正直関係ないさ。俺だって興味ない漫画や映画はある。でもそれが消えたりしない」

彼女の手が俺の手を強く握る。

「『魔法科科高校の劣等生』の世界でも別にその通りに生きなくていい。深雪が嫌いなら横っ面を叩けばいい」

そう言われて彼女が反論する。どちらかというと言い訳か。

「あれは言葉のあやよ。彼女はいい子だわ。嫉妬深いけど」

じゃあ諜報員向きだ。

「でも読者」もう一度言葉を遮る。

「会ったことも無い奴の興味のアリナシなんて知らないね。そいつは夜のホテルで君と踊ると俺を消す?」

彼女は体を俺に寄せ、小さく言った

「消えてない」

「そういうこと」

 

曲を変えた。明るいアップテンポのディスコナンバーだ。

「これは」

「Love Train。120年くらい前の洋楽」

「これいいわね」

彼女は無機質な声でもなく、カナデの声でもない。

「昔から好きなんだ」

「昔って、いつよ」

「ずっと昔、ずっと」

ほんの少し思い出す。今では古く古くなった映画。上映初日にスタッフロールにこの曲が流れてきた日を。

もう二人とも踊っていない。抱き合っているだけだ。

「なあ、これから名前を呼ぶときはどうすればいい?」

質問の意図がわかるまで10秒ほどかかったようだ。

「カナデでいい」

口数少なに言うと、もう一度俺に身を寄せた。

「ねぇ」

「なに」

彼女が少し上を向く。俺の方がやや身長がある。

唇が触れ合った。

 

もし、俺の心を覗く読者がいるなら言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供は寝るんだ。大人の時間だ。

 








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