うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる 作:madamu
音も出さず、だがそれでも速度を落とさない。
速く、静かに図書館内を移動する。敵は二人。それでも伏兵に注意し、曲がり角は少し慎重に移動する。
俺は特別閲覧室へ続く廊下まで来た。ホントこの高校の装飾センスは微妙だ。
敷地内の建物は統一の建築様式を採用せず、この図書館はどっちかというと近代建築、もっと言えばお役所や研究所チックだ。廊下の明かりは足元の非常灯のみ。だが昼間の太陽が入り廊下はそこそこ明るい。
まずは廊下の角で身を隠し、装備の中からマイクロファイバースコープを出し、タブレットに接続。スコープの先をそっと角から出し、呂剛虎と工作員の姿を視認する。
呂剛虎だ。ありゃ十文字前会頭よりでかいぞ。それにコスプレ。スゲーな古代中華風の鎧かよ。三国で無双しそうなカッコだな。
作業着の工作員はタブレットを使用し、特別室のドアのロックを外そうとしている。
前回のブランシュ襲撃からロックのレベルは上がっている。ほんの数分で破られることはないだろう。
廊下は直線距離で25m。行き止まりには特別室の扉。二人は扉の前。
呂剛虎は追手を遮るように工作員の盾となり、扉の前で仁王立ちだ。
鞄の中にスコープとタブレットを入れ、代わりに二つ特殊グレネード取り出す。一つは腰に吊り下げる。もう一つはピンを外す。
あまり時間がない。ドアロックが破られればヤバい。ごり押しだ、肉を切らせて骨を断つだ。俺は歯医者で我慢できる子!
手元のグレネードから少し煙が出る。廊下の角から廊下中央あたりにグレネードを投げ込む。
1秒で煙が廊下の視界を奪う。俺は先ほどスコープで見た光景を頭に浮かべ、廊下に飛び出し、PDWの引き金を引く。
数発発射したが、はじかれた音。気にしない。廊下の窓側に身を寄せ、身をかがめ、走りながら連射。標的は呂剛虎のあたり。
煙を抜けると呂剛虎が拳法の型で構えていた。
装備を身につけていようと25mなど一瞬だ。俺の最速は100m7.75秒だ。
一気に距離を詰める。虎さんは完全に待ちの構えだ。俺は移動速度を緩め、数歩離れたところから呂剛虎の頭部に射撃を加える。
呂剛虎は頭部の射撃に対して、顔の前で腕を組み耐えている。
あれがご自慢の硬気功か。45ACPなど顔の前でうろつくハエだな。
だが、弾丸が寸分たがわず自分の顔面を襲うためか反射的に顔を守る。
この射撃に慣れて反撃の体勢が整うだろう。次の手だ。右手は射撃を維持する。左手は腰のグレネードを掴みピンを外し、ヤツの少し先に投げつける。射撃の手は緩めない。
ボン
「ガァ!」
呂剛虎の動きが止まる。突然の閃光に視界が遮られ、反射的に体が丸まる。
この一瞬だ。それで充分。障壁も硬気功も維持できまい。
俺は引き金を三回引く。念のためだ。弾は肉体を貫通しなかった。
扉の前の工作員は膝から崩れ落た。頭部に弾着し絶命した。
これで負けは無くなった。呂剛虎は俺の奇襲で判断が遅れただけだ。俺の俊敏さが勝ったのだ。
◆
最初の銃弾を弾いた音の後に、呂剛虎の移動音があればヤバかったし、もっと言えば奴が煙幕を吹き飛ばすなり、排除する魔法を使用していれば負けていたかもしれん。
既知未来知識において、奴は十文字の坊ちゃん(違和感)のような障壁を移動させる術も、エリカ(上の兄貴にはため口で、下の兄には慇懃な言葉使うとかブラコン拗らせすぎかよ)のような自己加速による高速移動もしなかった。
半径3m内の近接格闘に特化していると判断し、そこに賭けた。そして奴は最初の煙幕内からの射撃を受けて、射手である俺に接近してこなかった。
つまりは壁役になったのだ。
豆鉄砲は通じないし、大抵の魔法は受けきる自信があったのだろう。玄関先で倒れた兵士を見て、国防軍の保有する装備では自分は負けないと過信したのか。
魔法は強力だ。だが戦場で判断するのは人であって魔法ではない。
俺が七草のお嬢さんみたいにツララを飛ばしていれば負けていた。
奴は弾速の遅いツララを目視し自分の魔法が負けないと判断し、硬気功を纏い突っ込んできたかもしれない。
45ACPの弾速は大体、時速900km。ツララはどのくらいだ?時速200km?
煙の中から来たのは何かしらの銃火器で、恐れるほどではない。
壁に徹して煙が晴れたら俺を仕留める腹積もりだったのかも知れない。
事実、最初の射撃後にこちらへは移動していない。
奴からすれば案の定、煙から出てきたのは銃火器で装備した人間。
的確に顔面を撃ってくるので、顔をガードした。
そしてボン!である。
煙幕を焚いてから10秒ほど。
俺は魔法で勝ったのではなく、顔面への攻撃を嫌う人間の本能を利用したのだ。
俺は自分の兵士としての技量と、神から与えられた「超人的肉体」による俊敏さを心の中で誇りつつ、次に来る衝撃と痛みを待ち構えた。
「ガァ!」
呂剛虎の振り回した腕が俺の体をガラス窓に飛ばす。
神に貰った超人的肉体でも痛いもんは痛いし、俺の肉体は人間の上限ギリギリであって、人間以上の耐久力はない。
つまりは魔法師の一撃は痛いのである。
こっちの「ボス、ボス、ボス」という小さな発射音から当たりをつけて殴ってくるわな。
痛い。
◆
窓を突き破り、俺は二階から飛び出る。
窓は強化窓だ。それを割るほどの衝撃が俺の身を襲い、着地を雑にさせる。
頭部や肩から地面に衝突することなく着地は出来たが、やはり衝撃は強く二呼吸ほど動きが止まる。
実のところ、閃光手りゅう弾、スタングレネードとも呼ばれる鎮圧用の手りゅう弾は俺にも影響を与えた。
閃光は投げたタイミングで目をそらしたので、視覚は大丈夫だが、耳が本調子じゃない。
平行感覚に影響がなければもう少し上手く着地できたはずだ。
呂剛虎は俺を追うように、二階から降りて来る。
俺はPDWの引き金を引こうとするが、う~ん銃身が曲がってる!
奴の視聴覚はどうだ?まだ完全回復はしていないはずだ。だが、兜があるので聴覚はそれほど影響ないのか?
PDWを投げ捨てハンドガンを抜くが、すでに奴は俺への目の前まで来ていた。
中国拳法の心得があるよね、そりゃ。なかなかの歩法です。80点をあげよう。
奴は俺の手からハンドガンを弾き飛ばすと、南拳に見られる細かい突きを連続で打ってくる。
中国拳法は大きく分けると北、南に別れるが~中略だ!
視力は完全ではないのだろう。接近距離で俺を仕留めるための連打だ。
ヤツの細かい突きを俺は捌き、捌き、捌く。
完全にカンフー映画だ。
突きの応酬の中で呂剛虎を俺のペースに引き込んだ。
武神は伊達じゃない。
ヤツの左腕が引かれた一瞬に俺は突きを見舞う。超人的肉体から放たれるショートパンチだ。
普通の威力じゃない。大人の胸を悠々陥没させる威力な上に鋼気功を見越し、鎧徹しの技法も含まれている一撃だ。
文字通り鎧を着ていても、鎧の防御を徹し、突きの威力を相手に与える。格闘マニア垂涎の必殺技。
「!」
ダメ。触れた瞬間、奴は体を震わせた。纏絲勁だ。身体のひねりを利用した勁。その勁で俺の一撃は弾かれた。
お互い大きく下がり距離を取る。
は~、よく勝てたもんだよ、渡辺摩利。褒めてやる。
お互いの距離は8mほど。俺はCADを起動。移動魔法で一気に距離を取りつつ空気弾を発動し牽制。
虎さんも魔法を発動し、距離を詰めようとする。硬気功を纏ったか?空気弾の発射方向へのダッシュだ。
逃げながら空気砲で牽制する俺と、追いかける呂剛虎。
空気砲程度の魔法では奴の突進の勢いを止めることが出来ない。
「ちっ!」
大きく舌打ちしながら、移動魔法を展開。大きく距離を取ろうとするが、奴の方が早い。距離が更に縮まる。
『逃がさん!』
呂剛虎が俺の舌打ちを聞き、嬉々として攻め込んでくる。言葉を発する余裕もある。
どうやら視力はある程度回復したようだ。タフやね。奴はさらに移動速度を上げ、俺との距離が短くなる。
空気弾を複数展開し、マシンガンのように浴びせるが奴は空気弾の威力をすでに見切っているのか
気にする様子もなく走り込んでくる。
俺は慌てた!わけではない。
今まで呂剛虎は遠距離攻撃を自分の装甲で防ぎ、接近し必殺の一撃を打ち込む戦闘ばかりだったんだろう。
ある意味では雪光や黒城兵介のようにスタイルが固まっているのだ。
そしてこいつの評価は接近後の体術&魔法で評価されている。
この男は「魔法の使える格闘家」なのだ。だから魔法は接近戦への布石か接近戦専用のものだ。
少しでも遠距離攻撃で俺を攻め立てれば状況は奴に有利だったはずだ。
「魔法を使う一流の格闘家」と「超人的肉体の武神」どっちが強いと思う?
呂剛虎が俺に体当たりをする刹那。合気で呂剛虎を地面にめり込ませた。
◆
俺は突っ込んできた呂剛虎の伸ばした腕に触れて、一瞬で力の流れを変え、地面に激突させたのだ。
「ぐう!」
地面にめり込むほどの勢いだった。呂剛虎は地面に沈んだ体を起こし立とうとした。
はい、ご苦労さん。
俺は奴の右手首を左手で掴む。奴の国の言葉で問いかける。
『ダンスは好きか?』
俺は合気の技法を嫌というほど、呂剛虎にご馳走した。
自分の身体とは思えないだろう。足腰に力が入らない。座り込もうとすると立ってしまう。
起立したかと思うと、前のめりになる。だが転ぶことが出来ない。
スケートリンクに初めて立つ子供のようだ。
そして突然投げられる。地面とキスするがすぐに立ってしまう。
奴の纏う魔法「硬気功」や「纏絲勁」の技法は基本打撃に対応している。
勿論、投げられた衝撃を硬気功で相殺することお出来るだろう。
だが、手首をつかまれ自分の身体を自由自在に扱われる中で魔法を起動できるのか?
魔法の発動に必要なのは1秒?.0.5秒?もっと短い?
俺は奴の手首から感じる動きで、少しでも魔法を発動するそぶりを感じたら集中できないよう振り回す。
中国拳法でいう「聴勁」だ。
この男が純粋な武術家で功夫をより積んでいれば、即座にこの状況に対応できたのかもしれない。
だがこの男は魔法を使う。防御面は魔法なのだ。
今、呂剛虎はどう考えている?魔法が使えれば勝てるのに?武術の実力差にショックを受けている?
呂剛虎は俺の魔法を見て、勝てると考えたのだろう。大した威力の無い空気弾、平凡な移動魔法。そして舌打ち。
弱い者を仕留めようと勢いよく飛び込んできた。はい、お終い。
一対一でこの人食い虎を倒せるのは、十文字、司波達也、光夜、雪光だけだろう。七草のお嬢ちゃんは戦術次第だが、体格面でアウトだ。触れられただけであの細い体はバラバラだ。
呂剛虎は弱くない。
俺はダンスの上級者が初心者を導くように、呂剛虎をコントロールした。
奴の息が上がり始めた。
両膝を突かせ、虎は肩で大きく息をする。
『お前は何者だ?』
魔法を使うことよりも敵対した者のを名を知りたいのか。
『疫病』
俺はかつてつけられた二つ名を言った。
呂剛虎は知っているだろうか。
右の拳を握る。人差し指の第二関節が尖るように握る。一本拳だ。
俺は一本拳で呂剛虎の急所「人中」を突いた。
奴はその衝撃で気を失う。
激しい衝撃波の応酬もない。高速の戦闘もない。建造物を吹き飛ばす光線もない。
俺の戦場は弾丸と拳と血で出来ている。
「動くな!」
正門方向で聞こえた銃撃音も小さくなっている。
国防軍の小隊が俺に銃口を向ける。
俺は両手を上げて声を出した。
「情報部だ。指揮官の野田大尉を呼んでくれ!」
良かったな。呂剛虎。死ぬのは次までのお預けだ。