原作は最高でした。あれでいいんです。二人でいれば何でも大正解。つくみず先生ありがとう。
ある日の終末世界某所。今日も廃墟の中を一台のケッテンクラートと少女たちが旅をしていた。もちろん、チトとユーリの二人である。いつものようにチトは運転、ユーリは背中を向ける形で荷台に乗り、ゴトゴトと揺られている。
「ちーちゃん」
「なに」
「結婚しよう」
そんな中言い渡された相棒の爆撃発言に、チトは思わずケッテンクラートのアクセルを捻り、急加速したのちハンドルを思い切り右に回し、ギャリギャリとドリフト走行からのスピン。ダイナミックな回転を繰り返したのち、都合よくジャンプ台のように折り重なった瓦礫を飛び越えトリプルアクセル。美しい着地を見せた後、停止した。
もちろん、荷台のユーリは過去に類を見ない大回転を経験することになった。しかし以前にもこうして突拍子もないことを言ってチトを驚かせたことがあったので、それなりに身構えていた。よって今回は荷台で転がることも目を回すこともせずに済んだ。
「ちーちゃん、これは喜びの舞いか何かなの?」
「うっさい。というか、本当になんだ急に。何度目だよ」
「三回目かな」
「仏の顔も三度までって知ってるか?」
「十回くらい待てばいいのに」
「随分寛大な仏だな。いや、じゃなくてだ。なんで結婚なんだ」
「よくぞ聞いてくれました」
むふふ。どや顔でユーリは荷台に立ちあがると、腕を組んで口を開いた。
「私たちは晴れて恋人になり、それなりにデートをしたりして時間が経ちました」
「だからその次の段階の結婚をしようってことなんだろ」
「スン」
先に言われてしまい、ユーリの顔が原作タッチになる。そんなことだろうと思ったよとチトは前に向き直り、エンジンを再始動させて再びケッテンクラートを発進させる。
「にしても、どこからそんな知識を覚えたんだか」
「なんとなく覚えてた」
「そう……」
「でも、結婚したら私たちどうなるのかな?」
「しようって言っておいてそれか」
勢いだけにも程があるだろうとチトは目を細める。するとラジオにノイズが入り、第三者の声が二人に届いた。
『ケッコン……フタリデズットイルコト』
もぞもぞとユーリの胸元が動くと、中からにょき、とヌコが顔を出した。温かいのはわかるが、お前そこ好きすぎるだろとチトは突っ込む。
『ユーノナカ……アタタカイ』
「あーそれはわかる」
『ヌイー』
「ヌコー、お前もあったかいぞ~」
すりすりとユーリはヌコを頬ずりする。最近はそれが心地いいのか、ヌコも気持ちよさそうな顔で受け入れている。
「……で、結婚ってなに?」
「振り戻しに戻るのか。まぁ……ヌコが言った通りだよ。恋人関係が上手くいったら、家族になるために結婚するんだ」
「結婚してどうするの?」
「子供を作って生活していくんだろうよ」
「それって楽しい?」
「楽しいかって……ユーはおじいさんと暮らしていた時楽しくなかった?」
「楽しかったよ。はっ、そうか。じゃあ楽しいのか」
「そういうことだ」
さて、これでようやくこの話題から離れられるかなとチトはクラッチを踏み、ギアを上げる。だが、今日のユーリはなかなか食らいついてきた。
「じゃあ、結婚しよう」
「ええいそのまま忘れていればいい物を」
「楽しくなれるんならしようよー。ちーちゃん私と結婚してー」
あーだこーだと言うユーリ。チトは進路を変更しながら勘弁してくれよと思うが否定ばかりしていても何も進まないだろうから、まずは肯定的な思考で考えてみることにした。
(どうやって結婚するかはさておいて……私とユーが結婚したらどうなる?)
チトは自分が過去に蓄えた本の知識をフルに活用して、結婚というものについて真剣に向き合ってみる。最初にぶち当たる壁は、性別の問題である。結婚というものは男女間で行うものだと書かれていた。果たして女同士で結婚することはどうなのだろうか。
(というか、私たち女同士なのに恋人になってるから、あんまり関係ないか)
第一関門はクリアである。そもそもこの世界で今更女同士で結婚しても特に何も変わらないような気もする。誰か何を言うわけでもないのだ。
(あれ、でもそれだったら結婚する意味もないんじゃ?)
結婚すると、よく分からないことがいっぱいあった気がする。もう具体的には思いだせないが、その全ては文明と文化が存在しているからこそ成り立つものだった。
(ユーは知っているのかな。結婚とか考えなくても、今の世界だったらこのままでもいいだろうし、何か大きな変化が起こるわけでもないし)
チトはますますわからなくなる。なぜ、ユーリは結婚しようというのか。キスの件やデートの件は理解できる。キスはチトを安心させるため、そしてお互いの昂った感情を表現するための特別なコミュニケーション。デートは日常を忘れてただひたすらに二人で遊んで親睦を一層深めていくコミュニケーション。いずれも自分たちに取ってそれなりな恩恵があった。
しかし、今の自分たちが結婚をするにしても、何が変わるのだろうかと理解に苦しむ。結婚しました、夫婦になりました。それで? することは普段と何ら変わりもない。
先も思ったように、結婚は文明、そして文化が成り立っているからこそ成り立つのだ。チトの覚えている範囲では、結婚するにはそれを周囲に知らせるために色々なことをするとあったはず。
今の自分たちが結婚したところで、誰に報告するのだろうか。
(……強いて言うなら、おじいさんかな)
でも、恐らくもう会うことはできない。ますます意味を見出せなくなってしまい、チトはどうしようと少しだけ唸った。すると。
「ちーちゃん、前見て前!」
「へ?」
チトが前を見ると、いつの間にかケッテンクラートが廃墟に向けてまっしぐらに進んでいた。考え込むあまりに進路を完全に見失ってしまったのだ。
「う、うわっ!」
大慌てでブレーキをかけ、ケッテンクラートは衝突寸前のところで停止する。ユーリはほうと息を吐き、チトはそれ以上に大きな息を吐いた。
「ちーちゃん大丈夫?」
「ああ……ごめん」
「疲れちゃった?」
少し心配そうに覗き込むユーリ。いや原因はお前なのだがとチトは思ったが、そんな彼女の気遣いがとても心地よく、それですべてを許してしまった。
(はー。ユーに対して本当に甘くなってしまった)
チトは頬が熱くなっているのを感じながらも、ユーリに心配をかけないように否定する。
「いや、大丈夫だよ。でもちょっと休憩にしようか。レーション一本食っていいぞ」
「やたー」
ユーリは万歳すると、ヌコを首に巻いてレーションを取りだし、ケッテンクラートから降りる。それからうきうきとした顔でチトの方に回りこみ、レーションを一本差し出した。
「はい、ちーちゃん」
「ありがと」
「ヌコは12.7ね」
『アリガテェ、モガモガ』
ヌコは手渡された弾丸を口に入れて、おいしそうに丸呑みすると満足げな顔になってユーリに頬ずりする。本当においしそうに食べるから不思議だ。チトはレーションを口に入れる。今日はチョコ味だった。
ユーリの方を見てみると、おいしそうな顔でレーションを半分ほど食べたところだった。チトは少しだけ考えて、何でユーリが結婚をしたいと言いだしたのか聞いてみることにした。
「……ねぇユー。結婚したいって言ってたけどさ。なんで?」
「え? んー、結婚って恋人以上になるってことだよね」
「そう言えるな」
「なら、私はちーちゃんと恋人以上になりたい」
「…………」
まるで、そこに道があるから歩くのだというようなノリである。そうだ、こいつはそうだったとチトは思いだした。
「考えるだけ無駄だったか」
「え、なにが?」
「なんでもないよ。結婚か」
チトは水を一口飲んで再び頭を回転させる。どうやら意味を深く考える意味はなかったようだ。世間がとか、決まり事とか、そんなのはユーリには関係なかったのだ。
手に入るなら得る。それがユーリの考えだった。
「……あー、よく分からん」
「ちーちゃんさっきからどうしたの?」
「結婚だよ。したところで私たちの関係は変わらないし、家族になると言っても昔から一緒だから家族のようなものだし」
「じゃあ私たちは一回恋人に退化してるってこと?」
「いや、子供の頃は姉妹みたいな家族で、今求めてるのは夫婦だから、まぁ進化ともいえるかな。でもそれをどう捉えるかは人次第だと思う。そしてそれを決めるのも、私とユーしかいない」
結局のところ、この終わりを迎えた世界では物事の概念を決めるのは自分たちだけなのだ。つまり、自分たちがルール。自分たちが世界。二人きりの世界だったら、それで成り立つのが今の世界だ。
「じゃあ、結婚しても特に問題ないってことだよね」
「……そうだね」
「する?」
首をかしげるようにユーリはチトを見つめながら問いかける。ああ、その首をかしげる仕草が妙に可愛く見える。チトはもう一度だけ思考を巡らせて、途中でやめる。細かいことはもう気にしないほうがいいと思ったからだ。
しかしだ。どうせするのであれば、もうちょっと心に残るような形がいいと思う。そう、二人の貴重な思い出なのだから。
(って言うか、私ユーにプロポーズされたのか)
実際その通りだ。すっかり忘れていたが、チトはユーリからプロポーズを受けていたのだ。あまりにも自然すぎて危うくスルーしかけるところだった。
プロポーズとは。異性、主に男性が女性へとアプローチする行為であり、その際には婚約指輪を手渡し、愛を誓い合うのだと本に書かれていた。それを行う場所は夜景が美しいところだったり、夕日が綺麗だったり、人の心に響く場所が多いと。
そして雰囲気を盛り上げたところで、相手から素敵な言葉を述べてもらい、結婚を言い渡されるのだ。
ならば。どうせならユーリにはそれなりに考えて言ってもらいたい。ユーリの気持ちを、自分に対する気持ちをすべて言ってもらいたい。
「ねぇユー。結婚を申し込むことをプロポーズって言って、本来は男性が女性へそれなりに言葉を並べて自分と結婚してほしいって言うんだ」
「どんな風に?」
「それを考えるのはお前だよ。ユーが最初に言いだしたから。だから、私が喜びそうなことを言って結婚しようって言ってほしいかな」
「そうしたら結婚してくれるの?」
「ああ。さっきみたいにあっさりしたのでも悪くないけど、一回きりなんだ。昔の人がしていたみたいな風にしてほしい」
「ちーちゃんロマンチストだもんね」
「うっさいな、それくらいいいだろ」
「ダメって言ってないよー」
ニヤニヤと頬づくユーリは、チトの真っ赤になっている耳を見つめる。その視線を感じながら、チトはわざとぶっきらぼうな態度を取ることにした。
*
その夜。屋根のある廃墟を見付けた終末少女一行は本日の移動を終了とし、火を焚いて暖を取っていた。運転をしていたチトはそれなりに疲労がたまっており、早めに眠りについた。
一方、荷台でたっぷりと眠っていたユーリは睡魔が乏しく、ぼんやりと焚火を見つめていた。ヌコが何をしているの? と言いたそうな顔で覗き込んできた。
『ユー……カンガエテル』
「およ。ヌコ分かっちゃう?」
ひょいとヌコを抱え上げ、腕に抱くとユーリはよしよしと頭を撫でてやる。ヌコは心地よさそうに目を細めた。
『ヌィ~~……』
「えへへ、よしよし。いやー分かっちゃうか」
『ワカル……チトノコト』
「だいせいかーい。ご褒美に拾った9mm弾をあげよう」
ポケットから拾った弾丸を差し出すと、ヌコはおいしそうに丸呑みした。
『オヤツニ……チョウドイイ』
「じゃあ次見付けたらまた拾っておくよ」
『ユー……チトトケッコンシタイ?』
ごくりと弾丸を飲みこんだヌコは、進路変更してユーリに問いかける。ユーリは少しだけ頭を回転させて、とりあえず思ったことを口にする。
「したいよ。でもどうやったらちーちゃんが喜んでくれるかって考えると難しいなって」
『チトハ……ユーノコトバナラ……ナンデモウレシイトオモウ』
「たぶんそんな気はしてた。でも、普段言わないことを言ったほうがいいと思うんだよねー」
普段言わないこと。さて一体どんなことがあっただろうかとユーリは思い浮かべる。
「うーん、結構難しいね。特別な言葉って」
『ユーハ……チトノドコガスキ?』
「どこって……そりゃ」
それはもちろんたくさんある。可愛くて、賢くて、頼りになる大事な人だ。細かいところガミガミ言う所もあるけど、それも優しさだって知っている。
だからこそとても繊細で、傷つきやすくて、寂しがり屋なのだ。一緒に寝るとくっついてきて甘えてくるし、びうを飲んだ時も抱き着いて来たりした。
そんなチトはとても可愛い。だからずっと一緒にいたい。失うばかりの毎日の中で少しでも増やせるものがあるのなら。ユーリはそれがほしい。チトのためにも。だから、結婚を願ったのだ。
『ソレヲイエバイイトオモウ』
「え、これでいいの?」
『ソウ。ユーガチトニソレヲイッタトコロ……ミタコトナイ』
そう言われてユーリは今までのことを思いだす。ああそうだ、言われてみれば自分が思っている以上に自分の気持ちをチトに伝えたことがない。
好き、は幾度となく言ったことはある。でもそこまで頻繁かと言われればそうでもない。お互いが好き合っているのはもうずっと前から知っていたからだ。長い付き合いになると、自然と言葉がなくともお互いが理解できる関係になるものだ。
しかし。それでも時々は言葉にした方がいいのだろう。そこでユーリはチトが改めてプロポーズを求めた理由を完全に理解した。そうだ、きっとこういうことだったのだ。チトは言葉にしなくても分かることを改めて言ってほしかったのだ。
「なるほど。ヌコありがとう、何を言ったらいいのか分かった気がするよ」『ソレハスバラシイコトダ』
「ほんとにね。とにかくちーちゃんの好きなところを考えてみるよ」
『トイウワケデ……ホウシュウガホシイ』
「なるほど、やられた」
してやったりのヌコ。これは一本取られてしまったとユーリは追加で12.7mm弾を差し出し、ヌコはおいしそうに丸呑みした。
『ナマガイチバンダゼ』
「……これ、本当においしいのかな」
ユーリはふと、愛銃の三八式に使う6.5mm弾を取りだしてみる。光に当てるとキラキラ光って綺麗だ。そこで気づく。この色、びうと同じ金色だ。
ペロリ。ユーリは薬莢部分を舐めてみる。
「……まじぃ」
もちろん、真鍮と火薬の味しかしなかった。
*
次の日。チトとユーリは不思議な形をした建物を見付けた。階層都市特有の四角く角ばった建物とは印象のちがう、三角形の屋根が重なりあったかのような建物だ。
「なんだろうね、これ」
「これは、たぶん教会って奴だと思う。前に本で見たことがある」
「おー、チトペディア発動」
「変な愛称つけるな」
「それで教会って?」
「まぁ、神様を祭るところ、かな。前に行った寺院と少し似てる」
ケッテンクラートから降りてチトは軽く周囲を見て回る教会が目に入ったのはやたらと建物が明るく見えていたからで、見上げると階層都市の一部上層が崩落して光が差し込んでいた。
「それと教会は……結婚式を上げる場所でもある」
「またいいタイミングで見つかったね」
「世の中本当に狭いな」
特に驚きもしなくなったチトは、ちらりとユーリの様子を伺う。じっと教会の扉の上にある女神が描かれたステンドグラスを見つめていた。
「綺麗だね」
「うん。割れて無いガラスなんて滅多にないし」
「入ってみようか」
「そうだね」
二人は扉を開けて中に入る。中身はあちこちボロボロで、高い天井は少しばかり抜け落ちて光が差し込んでいた。下を見ると様々な装飾が施され、横並びの椅子がずらりと並んでおり、その真正面に十字架が掲げられていた。
「なんていうか、不思議な感じだね」
ユーリがきょろきょろ見回しながら一歩先を進む。見たことない像が置いてあったり、その中に交じって謎の石像が立っていたりしていた。
「おー、謎の石像だ」
「こっちは昔の神様だ。たしか……きりすと、だったかな」
チトが写真を撮りながら探索をする。これも古代人が遺した貴重な物。言わば遺跡である。ついつい細かいところに目を向けてしまう。寺院の次に教会を見付けられたのだ、興味が湧くのも当然である。
「ねぇちーちゃん。ここって結婚式するところなんだよね」
「うん。そうだね」
「じゃあしようか」
ふんすふんすと期待に胸膨らませるユーリ。それはいいのだが、はて私が言ったことは覚えているのだろうかと一応確認してみる。
「その前に私の言ったことちゃんと準備できてるのか?」
「それなりには」
「本当かよ……そうだな」
でも、ユーリが素直に言うということは本当なのだろう。ならばそれはそれで気になるし、ここで挙式を上げるのも悪くないかもしれないと思う。
「ま、そこまで言うなら聞かせてもらおうか」
「うん、いいよ。じゃあこっちに来て」
ユーリはチトの手を握ると彼女を引っ張り出す。少し予想外だったチトはよろけながらどうにかついていく。
ユーリは教壇の前にたどり着くと、チトの方に向き直る。そして自分のヘルメットと手袋を外し、チトはその仕草が妙に色っぽく見えて少しどきりとしてしまう。
次にユーリはぬっ、と顔を近づけてくる。いや待て、いきなり? チトは一瞬『覚悟』するが、ユーリはチトのヘルメットのベルトを外し、そして流れるように手袋を外した。
「ユー?」
「これでよし」
ユーリは最後に自分のフードにしまってあった髪の毛をすべてさらけ出す。その髪の毛が差し込んだ太陽の光に反射して美しく輝く。ああ、なんてきれいなんだろう。チトは一瞬でユーリの魅力に心奪われていた。
「ちーちゃん」
ユーリはチトの前で微笑みを浮かべる。その顔がとても優しくて、本能的に察する。私は、今からこいつに口説き落とされるのだ。
「私はね、ちーちゃんのいろいろなところが好きだよ。まず、可愛いところが好き。まん丸の目とか、黒くて綺麗な髪の毛とか。あとねあとね、日記を書いていたり、本を読んでいるちーちゃんはとっても楽しそうで」
ユーリは自分が思いつく限り、チトの魅力を語っていく。あの時の夜、ほぼ徹夜で考えた精一杯の告白を、自分の愛を彼女に届けるために。
「それで頭がよくて、なんでも知っていて……あと、細かいこといっぱい言うけど、全部私のためなのも分かってるよ」
チトの手をぎゅっと握る。どきりとチトの心臓が飛び跳ねた。
「高いところが苦手で怖がるところ。本を見付けた時の嬉しそうにするところ。カメラ向けると身だしなみ整えたりするところ」
ユーリの中からいろいろなチトが溢れる。最初こそ湧き水の様な勢いで、しかし次第にその勢いは増していき、最終的には止まらない間欠泉のように言葉が噴きだしていた。
「寝るときに私にくっ付いてきたり、それで寝顔も可愛いくて」
「ゆ、ユー……」
「それと、キスしてる時とても幸せそうな顔、大好きだよ。時々甘えん坊になって私のこと押し倒してきたりするところも」
「えっと、ユー」
「あと、服脱がすといつも赤くなって、耳触ったら声出しちゃったり、私の髪の毛を触るのが大好きなところとか」
「待って、ユーリ。ちょっと待って」
チトが手を出して「待った」のジェスチャーをする。ユーリはさすがにそこまでされると言葉を止めざるを得なく、一旦口を塞いだ。
それを見てチトは、手で顔を抑えてしまう。ユーは自分が何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうかと危惧する。おかしい、自分の思った通りの好きなところを述べたのだが。
「えっと……ちーちゃん、私何か間違えちゃった?」
「いや、その、そうじゃない。なんていうか」
チトは顔を抑えた指の隙間からちらりと目を除かせて再び顔を隠す。そして、か細い声で口を開く。
「……しい」
「え?」
「……恥ずかしい」
しーん。と謎の静寂が教会を包む。恥ずかしい、とは? チトがそれなりのプロポーズをして来いと言ったのに。
「その、だな……まさか、そこまで言われると思っていなかったというか、こんなにさくさんのことを考えて言ってくれるとは思わなかったというか……だから、恥ずかしい」
そう言ってチトは肩をすぼめて縮こまる。ユーリは少しだけ頭を回転させて、そして理解する。自分の言った言葉は、効果てき面だったのだと。
ニンマリ。ユーリは少し意地悪をしたくなる。
「えへへ、そっかぁ。じゃあ」
ユーリは握っていたチトの手を引っ張り、一気に手繰り寄せる。完全に油断していたチトは勢いそのままにユーリの胸元に飛び込む形になった。
「わっ、ぷ。ユー、なにを——」
なにをするんだ、びっくりするだろ。チトは抗議の目を向けようと顔を上げるが、それを待っていたかのようにユーリはチトの額に口づけをした。
「!?!?」
目を回すチト。よし、これでおとなしくなったに違いないとユーリはチトを強く抱きしめ、耳に優しく触れるように囁いた。
「そんな風に恥ずかしがったり、簡単に目を回しちゃうちーちゃんが本当に好き。今まで言ったところも全部全部大好き。だから」
ユーリは体を離し、チトと改めて向き合う形になり、肩膝を着いて手を握る。
「私と、結婚してください」
上目遣いで結婚を申し込むユーリは、真剣な顔で、それでいて朗らかな笑みを浮かべていた。
(あぁ……ああ)
チトはごくりと唾を飲みこむ。油断していた。予想外だ。完全に見くびっていた。
けど、ユーリなら言う。もっと考えれば分かったことだ。こいつは口に出す言葉はすべて直接的なのだ。そんな奴に告白してみろと言ったら、思っていること全部言うに決まっているのだ。
でも。それが何よりも嬉しい。想いを言葉にしてもらうことがこんなにも嬉しくて、胸が高鳴る。チトは嬉しさのあまり涙を流していることには気づかない。
ユーリの顔と同じ高さになる様に、チトは両膝を着く。じっと青い瞳の中に写る自分の姿。ああ、なんて幸せそうな顔なんだろう。自分なのにまるで他人事のように思ってしまう。
だから、その言葉は簡単に出てきた。
「よろしく、お願いします」
どちらとも言わず、同時に顔を近づいて唇が重なる。まるでそれを待っていたかのように、崩れた天井の隙間から太陽の光が差し込み、二人を祝福するかのように照らし出す。
一瞬が、永遠になる。長い長い誓いが交わされる。ずっとこのままでいたい。このまま消えてしまうのもいいかもしれない。
ユーリと一緒なら。チトと一緒なら。それでいい。それだけでいい。二人は、握りあっていた指を絡め、強く握る。
それこそが。世界最後の婚約が成立した瞬間だった。
*
「したはいいけど何も変わらないね」
そしてこれである。二人が婚約してわずか十分ほど。空気を読んでどこかに行っていたヌコを抱き上げながらユーリはそう言った。
「結婚って言うのは、周囲の扱いが変わって、それに合わせて私たちも変わっていく感じなんだよ。確か結婚したら苗字が変わるけど、私とユーは元々おじいさんに育てられたから同じだろうし、というか苗字があるかどうかも知らないし」
「そっかー。じゃあ、子供ってどうやって作るの?」
ぶはっ。チトは突然の子作り発言に完全に不意を突かれ、一口入れた水を吹きだして綺麗な噴水を作り上げた。
「どしたのちーちゃん、一発芸?」
「……ああ、試作段階のな」
「そっかー」
「うん」
「で。どうやって子供って作るの?」
こいつ掘り起こすのが上手くなってやがる。チトは冷静さを失いかけつつも、まずは深呼吸。大丈夫、しっかり答えてやればすぐに納得して興味を無くすに違いない。
「前にも言ったよ、私も知らないって」
「言ってたっけ?」
「お前が雪だるまで大家族作ったときだよ」
「あー、そう言えばそうだったような」
「人類の謎だよ。だから私にも分からない」
ふーん。とユーリは足をふらふらと揺らして、飽きたのかヌコとじゃれ合いを始める。やれやれ助かった。チトは改めて水筒の水を飲み、安堵のため息を吐いた。
「あーあ、ちーちゃんとの子供が作れたら、もっと楽しくなるだろうになぁ」
『フタリノコドモ……ヌコノキョウダイニナル?』
「そうだな。ヌコがお姉さんだな! いやお兄さん? そもそもヌコって男女どっち?」
『ヌコ』
「そうかー、ヌコはヌコだもんね。まぁお姉ちゃんでいいや」
『ヌイ』
「そういえば雪だるま作ったとき、私がお母さんでちーちゃんがお父さんって言ったから、プロポーズするの逆じゃない?」
「えぇ……今更かよ」
チトは色々なものを通り越していっそ清々しくなった。
「というわけで、ちーちゃん私にプロポーズして」
「いやいやいや待て待て。今ここでかよ」
「だって教会だし?」
「そうかもだけど……」
「はい、ちーちゃんやってー。じゃないと結婚してあげなーい」
「ああもう面倒な奴め……」
『タチアイニンハ……マカセロ』
「ヌコも加担するなよあーもう」
ここは階層都市某所。今日もまた、彼女たちは終焉を迎えた世界の日常を平和に生きていた。