風の街、風都の闇に潜む「ドーパント」。それを倒す正義の味方「仮面ライダー」が噂に上がり始めたその矢先。

 復讐に生きる男、照井竜は真紅の仮面ライダー「アクセル」として街に憤怒の車痕を刻み付ける。まだ彼が復讐という因縁を振り切れなかった頃の物語。

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仮面ライダーW サイドストーリー Re:Accele

 煤けた風が、鉄筋をむき出しにした廃工場の中をすり抜けていく。

 

 風都中央部から運ばれてくる風は、中心でこそ清楚な衣を纏ってはいるが、風都の端である湾岸部まで行けば醜い本性を露にするかのごとく、その風には饐えたような臭気が混じる。

 

 それは治安に関しても同じ事が言えた。中央部で頻発するガイアメモリと呼ばれる不審物が起こす怪事件に警察は躍起になり、市民の眼もそちらに注がれている。警察はガイアメモリを薬物と同等の視点で検挙しているが、ガイアメモリの害は通常の薬物の比ではない。

 

 ガイアメモリによって変異した人間を警察は「ドーパント」と呼称し、それによって起こされた事件を解決する存在を市民は「仮面ライダー」と呼んだ。そのような奇妙な都市伝説が共通の話題としてまことしやかに囁かれるほどに、風都中央部はどろりとした毒に冒されていた。

 

 だが、それは同時に風都中央部を根城としない人間からしてみれば都合が良かった。何せ、向こうが目を向けないがゆえに隠れる心配をしなくてもいいのだ。

 

 少し前までは憚るように拠点を転々としていた男が、風都の端にあるこの廃工場に腰を据えたのもそんな理由だった。今、廃工場には男の他に、数人の人々が厳かに鎮座していた。皆、白いローブを纏いフードで顔を隠している。一様に手元に蝋燭を握っており、風によってその火が獣の眼光のように揺らめいた。

 

 ドーム型の天井から差し込む蒼い月明かりが、くすんだ色の地面へと光の絨毯を敷いている。

その絨毯の上に男は立っていた。東洋人離れした筋の通った目鼻立ちをしており、オールバックに髪を撫で付けている。群集とは対照的な黒いローブを纏い、天に向けて片手を差し出している様は、この男がこの場において特別な存在であることを示していた。もう一方の手にはナイフが握られており、その刀身が月光を反射してぎらりと輝く。

 

 男は群集を見渡しながら、低く口を開いた。

 

「諸君。よく集まってくれた。この集会に集まった者たちの原罪は浄化され、真に清純なヒトへと変わることができよう」

 

 男が何度もそらんじた台詞を口にすると、群集が深々と頭を下げ感嘆したような声が所々から上がった。

 

 ――間抜けな豚どもめ。

 

 胸中で男はそう吐き捨てた。白いローブによって顔は隠されているものの、ここにいる者たちは利権にしがみ付き、自分かわいさに生に執着する亡者どもであることを男は知っていた。そして自分が、そこから搾取する人間だということも。

 

 その思考をおくびにも出さず、男は声を張り上げ決まりきった文句を言った。

 

「そのために罪深き贄が必要になる。さぁ、今宵の贄を前に!」

 

 男の言葉に白いローブの集団が二つに割れ、その中央には灰色のローブを纏った屈強な身体つきをした二人組みと、それに取り押さえられる形になった少女がいた。少女は後ろ手に縄で拘束されており、猿轡もかまされているため言葉を発することも出来ずにいる。その少女の身体に所々打ち身のような傷があるのを男は見つけた。どうやら、この〝儀式〟の前に信者の何人かが先走った真似をしたらしい。心底腐った奴らだ、と男は心中で舌打ちしてから、少女を前まで連れてくるよう目で促した。

 

 それに従い、灰色のローブの二人組みが暴れる少女を無理矢理男の前へと引きずり出した。「ご苦労」と二人組みに言い、後ろに下がらせてから、男は目の前の少女へと視線を落とした。見たところ歳の頃はまだ十八にも満たない、あどけなさを残した顔立ちをしていた。長い黒髪が乱れ、頬にかかっている。学生服らしい白いセーラー服は泥で汚れていた。

 

 少女が戦慄の色を含んだ瞳を男へと向ける。それを受け止め、男は口元を歪めた。

 

「原罪を身に纏った身体では、ヒトは有限の生と醜いタンパク質の肉体に縛られるしかない。だが、私ならばそれが変えられるのだ。見たまえ」

 

 男がそう言って天に向けて掲げた腕へと、ナイフの刀身が当てられる。そのまま、スッと滑るように刃を引くと、赤い線のような傷口から血がゆっくりと溢れた。鮮血が腕を伝い、少女の顔へと雫のように落ちていく。少女は顔を背け、充血した目を閉じて首を振った。その姿へと男の声が降りかかる。

 

「赤い血は原罪の証だ。無論、君の中にもそれが流れている。今、私がそれを浄化し、我が身の内に永遠に取り込もう」

 

 カラン、と鈍い金属音を立ててナイフが男の足元に転がる。男は空いた片手をローブの内側に潜り込ませ、そこから何かを取り出した。それは灰色のUSBメモリのような形をした物体だった。「B」の文字が刻まれたそのメモリを、男は先ほどナイフで裂いた自分の傷口へと押し当てた。

 

『Blood』の音声がどこからともなく響くと同時に、男の姿に変化が訪れた。ローブの下で男の身体がミシミシと音を立てながら折れ曲がっていく。僅かに見えていた肌色の部分は灰色に覆われ、皮膚からは細かい黒色の繊毛が生えていく。先の丸い人間の五指が、鋭利な黒色の爪へと転じ、骸骨と見紛うほどの灰色に変わった顔から眼が落ち窪み、鼻先から口を鋭い針のような一本の筋が覆い隠した。異形へと変身を遂げた男が、細長い針の先から息を吐く。

 

 それはさながら蚊が人の形を取った様な姿だった。落ち窪んだ眼底で小さな赤い光点が光り、その赤い眼が少女を見下ろす。少女は叫び声を上げることも出来ずに、わなわなと震える眼球でその眼を見返した。

 

 黒い繊毛に覆われた骨だけのような細長い腕が動き、少女を引き寄せる。その細さからは想像できないような力で一気に異形の顔が近づき、少女は覚えず目を閉じた。異形の姿へと変化した男――ブラッドドーパントは、「怖がることは無い」と奇妙に濁った声で言った。

 

「痛いのは一瞬だ。君は解放されるのだよ」

 

 ドーパントの針のような口が持ち上がり、少女の首筋へと刃のように突きつけられる。少女は次の瞬間に訪れるであろう死の予感に瞳を強く閉じた。

 

 ドーパントが針の口を、少女の首筋に突き立てようとした。その時である。

 

「そこまでだ」

 

 不意に割って入った声に、伸ばしかけた針を止めドーパントは声の主を探った。

 

 すると、白いローブの中に一際目立つ赤いジャケットを羽織った青年が立っていた。鷹を思わせる鋭い眼光がドーパントを真っ直ぐに見据える。ドーパントは気圧されるように少女を手離したが、その原因はその眼に宿った凶暴な光だけではなった。

 

 青年の右手に握られた、現代社会において程遠いような赤い大型の剣が目に入ったからだ。その大型剣の切っ先を引きずりながら、青年はドーパントに向けてゆっくりと歩いてくる。青年の足跡を示すように、剣がコンクリートの地面に鋭い爪痕を残す。

 

 白いローブの信者達がその青年に恐れおののいたように道を開けていく。腑抜けが、とドーパントは毒づき、顎をしゃくりあげて灰色のローブの二人組みに指示を出した。それに了解した二人組みが、青年の前に立ち塞がる。

 

 青年は屈強そうな二人組みを前にしても恐れる様子も無く、ジャケットの内側から黒い革製の手帳を取り出し、それを開いた。それを見た灰色の二人組みが息を呑み、後ずさる。それは警察手帳だった。

 

「警視、照井竜だ。ガイアメモリ所持の容疑、及び拉致監禁の現行犯で逮捕する」

 

 ドーパントの足元で蹲る少女を見、次いで奥に控えるドーパントを照井は睨みつけた。その眼にドーパントは圧倒されるものを感じながらも、「警察が、私に敵うとでも?」と平静を装って問いかけた。

 

 その言葉に青年は眉間に深い険を刻みつけ、怒りを滲ませた口調で言った。

 

「……俄かドーパントが、調子に乗るな!」

 

 叫びと共に獣のように凶暴に振るわれた大型剣が空気を割り、目の前の二人組みを威圧した。白いローブの信者たちはそれを見て散り散りになって逃げ出した。それに紛れるように灰色の二人組みも情けなくその場から離れる。

 

 ドーパントが舌打ちすると、「仲間に見捨てられたか」と照井は剣を引きずりながら皮肉めいた笑みを浮かべて言った。

 

 そちらに視線を移し、ドーパントは「仲間などいません」と簡潔に答える。

 

「彼らは所詮、愚者だ。私にすがりつくことしか出来ない人間のゴミども。……警察はそんな屑を守って何になるのです? あなたは自分のやっていることが埃を自由に泳がせていることだと気づいていないのですか? だとすれば――」

 

 ドーパントの言葉を、砲撃のような轟音が遮った。見ると、俯いた照井が大型剣を真っ直ぐに眼前の地面に突き刺していた。突き立った赤い墓標のような大型剣越しに、照井は顔を上げた。

 

「……黙れ。一端の口を利くなよ、ドーパント風情が。俺に、質問をするな!」

 

 その声に宿る殺意を超えた赤黒い憎悪にドーパントはたじろぐように後ずさった。照井は剣の柄から手を離し、ジャケットの中から何かを取り出した。それはバイクのスロットルと、両方のグリップ部だけを切り取ったような物体だった。腰にそれをあてがった瞬間、その物体からベルトのような帯が伸張されバックルのように照井の腰に固定された。

 

 次いで照井は掌におさまる大きさの細い物体を取り出し、目の前に翳した。それは赤いガイアメモリだった。ガイアメモリ越しに照井は鋭い視線をドーパントに向けたまま強く叫んだ。

 

「変、身ッ!」

 

 叫びと共にガイアメモリをバックルとなったスロットルに挿入する。

 

『Accele』の音声が、夜の静寂を砕くように廃工場内で反響した。

 

その瞬間、中央の速度計の前方に「A」のホログラムが浮かび上がる。右側のグリップを照井が捻ると「A」のホログラムが唸るかのようなエンジン音を響かせながら、メーターのように振れた。二度目、三度目とエンジンが噴かされ、そのメーターが振り切れた瞬間、照井の眼前に赤い円筒状の物体が輪を描いて現われた。日輪を思わせるように展開されたその物体が、照井へと赤い光を棚引かせながら集束する。

 

 その刹那、強い光が瞬きドーパントは腕で目を覆った。次に照井に目を向けたときには、照井の姿はそこには無かった。

 

 そこにいたのは網膜の裏に焼きつくような赤を鎧に宿した人型だった。鈍重そうな太い体躯に、バイクのような意匠が所々に施された装甲が機械的なフォルムを印象付ける。顔を青い円形の複眼が仮面のように覆っており、それを保護するかのようにある「A」の形状を模した銀色の角が鋭角的に輝いている。

 

 それを見たドーパントは後ずさりながら、まさか、とでも言った様子で呟いた。

 

「仮面ライダー、だと。なぜ、警察が」

 

 その言葉に仮面ライダーアクセルへと変身を遂げた照井が、青い複眼を闇の中に浮かび上がらせ忌々しげに言った。

 

「さっきも言ったはずだ。俺に質問をするな」

 

 照井――アクセルは眼前の地面に突き刺した剣を掴んだ。重さを感じていた先ほどまでとは打って変わって、いとも簡単にそれを引き抜き、構えて言い放った。

 

「――さぁ、振り切るぜ」

 

 その言葉と共にアクセルは駆け出した。

 

 それを見たドーパントはすぐさま攻撃態勢に移った。両手首から円筒状の突起を伸ばし、そこから鮮血が迸った。

 

 それが地面を濡らしたのも一瞬、血は液体の姿を保ったままドーパントの手首から伸びた状態で固定された。細長く、先端部が丸くなっている様は、赤い鞭を思わせる。ドーパントは血で構成された鞭を、アクセルに向けて振るった。しなりながら空気を割る音を響かせ、血の鞭がアクセルの進行方向にある地面を叩いた。その一撃で地面が捲れ上がり、アクセルは足を止めた。その身へともう片方の鞭が打ち下ろされる。アクセルはそれを剣で受け止めた。受け止めた衝撃か、アクセルの足が地面にめり込む。

 

「血の鞭か。こんなもので!」

 

 アクセルはそれを剣で弾き様、返す刀で切り裂いた。鞭を構成していた血が弾け飛び、地面を濡らす。再度、駆け出そうとアクセルが足に力を込めた瞬間、アクセルは何かが足に絡まった感触を覚えた。

 

 何だ、とそちらを窺う前にアクセルの身体が引っ張られたように後ろへと、仰向けに倒れこんだ。それと同時に剣を握っていた手を拘束するように地面から枷が掛けられる。見ると、その枷は血で構成されていた。

 

 それを見たドーパントが笑い声を上げながら言った。

 

「弾き飛ばした程度で安心しましたか? 短慮ですね。鞭を構成する血はドーパントの血。それが斬られただけでただの血になるわけがない。私がこの姿に変身している間、私から漏れた血液は全て私の意のままに操れるのです」

 

 眼底に沈んだ赤い眼を不気味に光らせて、ドーパントは身動きの取れないアクセルへと歩みを進めた。アクセルは腕に力を込めて振りほどこうとするが、まるで動かない。ドーパントはアクセルを見下ろしながら、嘲笑を浴びせかけた。

 

「単身で殴りこんだというのに、無様な姿ですね。見たところあなたの武器はその剣だけだ。諦めなさい。あなたは私の糧にしてあげますから」

 

 ドーパントの針のような口が持ち上がり、アクセルの左胸へと狙いを定める。それを見たアクセルが、仮面の下でフッと嘲るような嗤いを上げたのをドーパントは聞き逃さなかった。

 

「何か、おかしなことでも?」

 

「……短慮、だと言ったな。それは、お前も同じだ」

 

「何を、言って――」

 

 その時、ドーパントはアクセルがバックルのグリップへと指を掛けていることに気が付いた。ドーパントが気づくと同時に、アクセルはグリップを強く捻った。

 

 エンジン音が高らかと鳴り響き、アクセルの赤い装甲をさらに灼熱の赤が包み込んでいく。それは周囲の空気を一瞬で熱するほどの高温だった。その熱で枷が蒸発し、自由になったアクセルの剣が、斜め下から逆袈裟切りにドーパントへと襲い掛かった。回避も間に合わず、ドーパントは振るわれた一閃をもろに身体に受けた。

 

 その衝撃によろめき、次いで痛みが走った刹那、完全に立ち上がったアクセルが真上から剣を振り下ろした。ドーパントは咄嗟に血の鞭でそれを受け止めようと翳したが、高熱を纏った剣の前でそれは防御ともいえないものだった。一瞬で蒸発した鞭をすり抜け、縦一文字の一撃が纏っていたローブごと身体を切り裂いた。

 

「血は所詮、液体だ。高温に晒されれば蒸発し、全く意味を成さなくなる。もはや、お前に打つ手はない」

 

 剣を振り下ろした姿勢のまま、アクセルはドーパントに目を向けた。ローブを斬られたブラッドドーパントの姿は、まさに蚊の姿そのものだった。足腰は骨だけで構成されているように細く、黒い繊毛は胸部を覆っており生理的嫌悪感を掻き立てるものだった。

 

「醜い姿だな。終わらせてやる。メモリブレイクだ」

 

 剣を地面に突き立て、アクセルは前傾姿勢を取った。その姿勢のまま、左側のグリップにのみ施されたクラッチレバーを引いた。

 

『Maximum Drive』の音声が鳴り響くと同時にアクセルの身体が灼熱の炎に包まれていく。その炎の中、アクセルはグリップを捻り、エンジン音を響かせさらに高熱の中に身を委ねていく。「A」の角の奥で青い複眼がことさら強く輝き、必殺の一撃の気配を漂わせる。ドーパントは悪あがきと分かっていながらも、再度両手の鞭を展開し、頭上で両手をクロスさせ、そのまま振り下ろした。

 

 それと同時にアクセルはドーパント目掛けて疾走した。赤い残像が暗闇に引かれ、打ち下ろされた血液の鞭を一瞬で蒸発させる。空気中の酸素さえも振り切りながら、アクセルはドーパントに向けて突き進む。

 

 ドーパントの姿が目前に迫った瞬間、アクセルは跳びあがり、後ろ回し蹴りをドーパントへと斜めに叩き込んだ。

 

 回し蹴りはまるで車輪の痕跡のような赤い尾を空間に残し、それがドーパントの身体を断ち割っていた。

 

「――絶望がお前の、ゴールだ」

 

 着地時にアクセルがそう呟いた瞬間、車輪の跡が一際赤く輝きドーパントは断ち割られた部分を境に砕けた。

 

 あとには先ほどの男が残り、その場に倒れ伏した。同時に手首からガイアメモリが排出され、真っ二つに割れた。

 

 アクセルはそれを確認してから、アクセルメモリを取り出した。瞬間、熱を帯びていた赤い装甲が死んだように灰色となり、砕けた。

 

 変身を解除した照井は懐から手錠を取り出し、時計の時刻を確認してから男の手首に掛けた。次に拘束されていた少女を解放し、「大丈夫か?」と問いかけた。少女は震える身体を抱きながら頷いた。

 

 照井は携帯で迎えを寄越すように連絡を入れ、この数分間ですっかり閑散とした廃工場の中を見やった。

 

 つい先ほどまで狂気の集会が行われていたことを顧み、この空間を流れる煤けた風に眉をひそめた。

 

「嫌な風だ。これだから、この街は」

 

 呟き、照井は廃工場をあとにしようと踵を返した。五分もすればじきに迎えが来る。男はメモリブレイク後の副作用によって、しばらく目を覚まさないので心配は要らない。何より、照井自身が欲望にまみれた風の臭いを我慢できそうに無かった。

 

「……あの、刑事さん」

 

 その背へと少女の言葉が投げかけられる。振り返ると、少女は恐怖と好奇心の入り混じったような眼で照井を見つめ、尋ねた。

 

「あの、あなたが噂の仮面ライダーなんですか?」

 

 その言葉に、照井は首を横に振った。

 

「いや。その噂になっている奴は俺じゃない」

 

「でも、正義の味方なんですよね?」

 

 確認するように放たれた言葉に、照井は煩わしそうに再度首を振った。

 

「違う。俺は、正義になど興味は無い。……ただ、赦せないだけだ」

 

 言い捨てて、照井はもう話すことはないとでも言うように、背中を向けて歩き出した。

 

 ――赦せないだけだ。家族を殺したガイアメモリが。家族を守れなかった自分が。その罪を、清算するためだけに生きている。そんな自分に、正義など無い。

 

 照井は拳を強く握り締め、暗闇の中に屹立する無数の風力発電施設を見据えた。この風都に闇の風を撒き散らす機械の群れが、緩慢な動作を続けている。

 

 それを網膜の裏に焼き付け、照井は瞼を閉じた。

 

「……必ず、振り切ってやる。俺に纏わりつく、全てを」

 

 自身に向けて放った言葉に、照井竜は改めて決意を強く固めた双眸を風都に向けた。

 

 その眼光さえも飲み込むように、風都には濃い闇が立ち込めていた。

 



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