少年が砂浜で倒れている艦娘、綾波を見つける話。

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綺麗な死体に思いをはせて

 今は冬の季節である12月。

 午後4時という時間は夕日が早く落ちて、寒さがより強くなっていく。

 高校の授業が終わった僕はそんな寒い空気の中でもなくまっすぐ帰るという気がしなかった。

 それは1人でいることが寂しくなったかもしれないし、ただ帰ることがつまらなかったのだと思う。僕が女子ならおしゃれな喫茶店に行くのだろうけど、そんなお金も度胸もない。

 ただ、なんとなく海が見たくなって、1人で海岸へとやってきた僕は「わーお」と驚きの声を静かな声でつぶやいた。

 それは林を抜け、砂浜にやってくると長い黒髪の右サイドポニーな小さな女の子が仰向けで波打ち際に倒れていたからだ。

 だから、驚きの声をあげるのはごく自然なことだった。

 僕の立っている場所から約50mほど離れている彼女の服装は女子中学生が来ているような夏服だった。僕が来ている学ランとコート、手袋、ニット帽といった冬装備と比べるまでもなくおかしいことに気付く。

 海風が肌に刺すような強い痛みを持つほどに寒いというのを通り越し、凍えそうな恰好なのに彼女は何の動きもしていなかった。

 生きているなら何かの動きがあるはずだけれど、この距離では呼吸の動きはわからない。

 これはあれだ。ごくたまに見る、死体が流れついたというものかもしれない。

 もしそうだとしたら近づくのはダメだ。死んだ体からは臭いもすごく、近づいて顔や体を見たら吐き気だけじゃ済まず、長いあいだ脳裏に焼きついてしまうだろう。

 でも鮮やかな夕日が落ちていく光と彼女の体が重なって、どことなく幻想的で美しく見える。

 彼女を見続けていると、ふと、あることに気付く。周りには角ばったモノがいくつか大小含めて落ちている。海岸によく流れ着く流木やゴミとは何か形が違うようだ。それに光も少しばかり反射していて金属のような。

 それがなんなのか興味を持ち、近づくことを決める。彼女へと近づきすぎないようにと決めて。

 風向きを見て、女の子の風上に位置するように近づいていく。しゃり、しゃりと砂を踏む音だけが響いて聞こえてくる。

 少しずつ近づいていくと、角ばったモノの正体がわかる。

 鉄の塊だ。

 それは映画やアニメで見ることもある武器の形をしたもの。ほかには軍艦につける煙突、砲塔や砲身。魚雷やライトのような物が周囲に散らばっていて、それらの物から出たのか、黒い油が砂浜に染み込んでいた。

 初めて見る戦うための道具を見ることに夢中になってしまい、いつのまにか彼女のそばまで来てしまった。

 近くで見て、彼女が僕よりまだ若いと思う。そして表情が間近でわかる。

 彼女は死んでいた。

 空を見上げていて動かない両方の目。力なく開いている口。弛緩しきっている手足。

 それらを見ても、僕には心に氷を突っ込んだような冷たい感覚と何も感情が浮かばないのを感じる。

 遠くから見たときは、動いていないように見えるだけで実際には生きているんだろうという、かすかな想いが消えていた。

 

「あの、生きていますか?」

 

 無駄とわかっていながらも良心が声をかけて確認しろと言っている。でも彼女は身じろぎもしない。

 しゃがんで彼女の顔へと近づく。

 臭いがしないことから、死んでからそんなに時間は経っていないと思う。体は海水を吸っていて膨らんでいるでもないから。

 服があちこち破れていたり、胸のあたりに穴が開いているだけ。

 それ以外は手足や指などの欠損もなく、綺麗な状態と言えるだろう。

 こんな変わった死に方を見て、あることを思い出す。

 それは『艦娘』という存在だ。

 一般人には情報が制限されていて、都市伝説的な話も多くある存在。

 小さな女の子たちが兵器として深海棲艦と呼ばれる人間じゃない敵と戦う。

 僕にはそれだけの情報しか知らない。

 彼女は敵と戦い、待っている人のところにも帰れず流れ着いてしまったんだろうか。

 待つ人が誰もいないさびしい海岸で。

 僕は沖合へと体を向け海を見る。

 この彼女が戦っていたであろう海は何も見えず、普段と変わらない静かな景色だ。

 僕は生前の彼女を想像する。死んだあともしっかりと仰向けになっている姿は力強く最後まで一人で奮闘しただろう。

 なのに、誰ひとり迎えが来ないのが寂しい。

 ……艦娘でも遺書というのは残すんだろうか?

 気になって彼女へと振りかえり、破れている服のあいだから何か見えないかと注意深く見る。

 雪のように綺麗な白い肌、体の肉つき具合もいい。生きていたときはとてもかわいくて綺麗で素敵な笑顔を見せてくれる女の子だったと思わせてくれる。 

 スカートのポケットに白い便せんが入っているのを見つけ、『綾波』と端に筆で書いてある名前が読めた。

 きっと遺書だろう。

 開こうと手を伸ばしかけるも、興味本位で見ようとするのは死者に対して侮辱だろうと思いなおし、手を引っ込める。

 僕は自分がかぶっていたニット帽を脱ぎ、彼女の顔へとかぶせる。これは死者に対する僕の自己満足。僕なりの死者を弔う行為だ。

 そうしたあと、僕は砂浜から離れる。時々振り返りながら。

 警察に電話しようかと思ったけれど、それはやめた。彼女が『仲間に見つけてもらいたい』と言っているかのような気がしたから。

 砂浜から離れ、林へと入る前に振りかえり彼女を見る。

 遠くにいる彼女は変わらずそこにいた。僕はそんな彼女に感謝の心をこめて言う。

 

「おつかれさま。国のために戦った小さな女の子」

 

 つぶやいた言葉は誰に聞かれることもなく、波音や海風によって消えていく。

 僕は自分たち一般人や国のために戦った彼女のことを覚えていこうと強く思った。

 今まで知ることがなく、これからも知られることがないというのは寂しいことだと思うから。



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