ガールズ&パンツァー バタフライエフェクト   作:牢吏川波実

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1-10 覚悟

「見たところ、私達を入れて十九人ですか」

「少ない……が、仕方がないか」

 

 朝早くに出ていたまほは、学校近くのコンビニでニ、三時間暇をつぶしたのち、集合場所となっている倉庫の前にまで来ていた。

 そこには、愛里寿を含めた戦車道履修者が集まっており、皆それぞれ知り合いと話し込んでいる様子だ。しかし、どういうわけか、制服を着ていない面々もいる。体操服や、何かのスポーツのユニフォームを着ている者が四人、それから一応は制服を着ている物の、何らかのコスプレに身を包んでいる者が四人。

 果たして、ここまでバラバラのチームがまとまるだろうか。いや、メンバーの質など最初からあきらめていたようなものだ。そもそも戦車道のない学校で戦車道を復活させるのだから、戦車の事を理解している人間など少ないはずだ。その中で、自分や愛里寿、さらにみほがこの学校にいるなどは奇跡にも近いものなのだ。

 

「みほ……」

 

 今頃、華や沙織と一緒に香道の授業に出ているのだろうか。今朝は、少しでもみほに戦車道の事を思い出させたくないから、一人勝手に家を出て行ってしまったが、ちゃんと学校に来ているのかも心配だ。こうなってしまっては、黒森峰にてすれ違っていた時と何ら変わらない。西住流として、隊長として、妹であるからと言って甘やかしてはいけない。そう思ったからこそ自分は黒森峰では素っ気ない態度をとっていた。だから、その分この大洗では自分は姉らしいことをしてやろう、そう思ったのだが実際には姉らしいことをした結果またすれ違いが起こってしまった。まったくもって前途多難な始まりである。

 そんな、まほの心のことなど露も知らない生徒会三人衆はまた別のことについて論議していた。実は、昨日杏が出向いた用紙の未提出の少女ばかりでなく、普通に選択履修用紙も提出していた二年の生徒がまだ来ていないのだ。用紙未提出である少女に関しては、自分はそもそも『道』と名のつく物が好かないという理由のためどの授業も選択しなかったらしい。授業を取らなければ単位を取得できないため、名前だけは戦車道履修者として登録はしているが、来るか来ないかに関しては保留している最中なのだとか。

 

「どうします?」

「いいんじゃない?風邪とかで休んでるだけかもしんないし」

「分かりました。では、これより戦車道の授業を開始する」

「質問があります」

「何、愛里寿ちゃん?」

「この学校で戦車道が廃止になって久しいらしいですが、そもそも戦車はあるのですか?」

「当時使用していた戦車が、どこかにあるはずだ。いや、必ずある」

「……つまり、新しい戦車じゃないという事ですか」

「保存状態が良ければいいのだがな……」

 

 戦車道が廃止になって何年になるのかは正確には不明であるが、経年劣化という物がある。雨風に晒されている場合は鉄等が腐食して脆くなってしまうのだ。そのため、大昔に使用されていた戦車を使うというのは、かなりリスクがいるように感じる。

 

「一応、今一輌はあるんだけど、見てみる?」

 

 そう言うと、倉庫の重厚な扉が開かれた。もはや懐かしいとすら感じてしまう。この鉄のなんとも言えない香り、錆の香りもする。やはり、かなりの年月が経っているのだろう。実際に近くで見てみないと分からないが、まるで戦後に敗戦した国の基地に置かれている戦車のように遠くからでも錆が見える。

 まほ、そして愛里寿はゆっくりと戦車に近づいていく。だが、見れば見るほどに錆がいたるところについており、履帯に至っては片一方はちぎれており、片一方は紛失しているようだ。なるほど、先ほど自分が敗戦国の戦車と思ったのはこれが原因だろうか。推測ではあるものの、この戦車は戦車道の試合の後にしかるべき修理をされずに放置され続けてきたのだろう。そうでなければ、履帯紛失等という事にはならないはずだ。だが……。

 

「装甲も、転輪も問題なさそうだな」

「えぇ、履帯も右のは新しくしないといけないでしょうが、こっちのほうは繋げれば……」

「錆取りをして、古い塗装を剥がして……」

「行けそうですね」

「あぁ……後はエンジンや車内の確認もしなければならないが、なんとかなるはずだ」

 

 確かに見た目では廃棄同然ではある。しかし、その実装甲には大きな穴もなく、転輪も軸から折れているというところは見当たらない。整備をすれば、動かすことができるはずだ。それに、まほは感じるのだ。この戦車の心を。まだ、自分はやれる。まだ自分は走ることができる。そう言っているように感じるのだ。それは、単なる想像に過ぎなかったのかもしれない。しかし、戦車と長い間一緒にいたまほにとって、愛里寿にとって、その想像は真実であると、そう思ってしかるべく事であると思っていた。

 

「この戦車、何て名前だっけ?」

 

 まほは、杏の言葉に振り向いた。

 

「あぁ、これは……」

 

 その時だ。彼女はその人物の姿を捉え、そして固まった。

 

「まほさん?……あ」

 

 愛里寿も振り向いた。そして、同じく彼女の姿を見て固まった。

 

「ん?」

 

 そして他の戦車道履修者もまた振り向いた。しかし、その者を知っているのは、三人しかいなかった。それは、この場所に来ることはないと思っていた少女。来ないで欲しいと思っていた少女。そして覚悟を決めた少女だった。

 

 

 この学校に来た時から感じていた。自分の事を凝視するような視線を、それから人の気配を。けど、悪意のような物じゃない。背筋が凍るほどの気持ち悪い目線などではない。果たして、いったい何者なのだろうか。

 今日もこんなに朝早くから誰かの視線を感じる。こっそりと後ろを見ると電信柱に隠れながらこちらに目線を向けている少女がいる。おそらく、あの少女がそれなのだろう。

 

「みほさん、どうしましたか?」

 

 後ろを気にしているみほの事を心配したのか、車椅子を押してくれている華がそう言ってくれる。みほは、後ろの少女に気がつかれていないことを確認すると小声で二人に言った。

 

「しっ……誰かが後ろの電信柱から見ている」

「え?何それストーカー!?」

「違うと思うな……でも、ちょっと話をしてみる。そこの角を曲がって、二人はちょっと離れてて」

「大丈夫ですか?」

「うん、多分大丈夫」

 

 そして、みほの言う通り、三人は曲がると、そこで華と沙織は離れる。

 

「みほ、何か変なことされたら大声で助けを呼んでね」

「大丈夫だって」

「お気を付けて」

「うん」

 

 その言葉の後、二人は物陰に隠れ、その姿は見えなくなった。みほは、一人で車椅子を回転させ、その少女をの事を待つ。そして数秒後、やはり少女は現れた。

 

「私に、何か用ですか?」

 

 シフォンショートヘアの少女、身長から察するに同じ二年生であろうか。曲がり角を曲がって、もっと先にいるであろう自分がこのように近くにいるのだから、その驚いた表情を見せるのは無理ないだろう。みほは、その顔から彼女が人畜無害であることを察した。

 

「え、あ、あの……」

 

 まるでハムスターのようにおどおどとして、これを小動物系というのだろうか。みほは、その少女に何かシンパシーを感じてしまう。まるで自分に自信がないような、そんな風に見える。

 

「貴方、名前は?」

「わ、私は普通二科、二年C組の秋山優花里といいます!」

「秋山、優花里さん?」

「はい!え、えっと……私は……その……」

 

 明るかったはずの少女はしかし、しだいにろうそくの炎が小さくなっていくように小声となっていった。そして言う。

 

「去年の戦車道全国大会を、見ました」

「え?」

「私は元々戦車というか、ミリタリーオタクで、それで戦車道にも憧れていて、試合もよく見ていたんです。それで、西住姉妹殿が大洗に来るって聞いて、私にとってまほ殿もみほ殿も……憧れの存在で、でも私……私が話しかけると、みほ殿にいやな記憶を思い出させてしまうかもしれなくて、だから……私は……」

「……」

 

 それだけ聞いて、みほは察した。この少女は、嫌われることが怖いのだろう。ミリタリーマニアという物は、男性の人数は多いものの、女性の人数は少ないのだ。特に戦車道の授業のなかったこの学校において、彼女の孤独もまた人一倍であったと考えられる。その中で、自分の事を受け入れてくれる可能性を持った自分が転校してきた。しかし、その自分は戦車に、戦車道に対してトラウマを持っている。あの試合を見ていたからこそ、彼女は自分と話すことができなかったのだろうと思う。けど……。

 

「ありがとうございます。気を使ってくれて……」

「え?あ、はい……」

「でも、それは理由になりません」

「え?」

 

 思えば、あの試合で自分はどれだけの人を悲しませたことだろう。戦車道を愛している人達、戦車道をしたいと思っている人達、戦車道にあこがれを抱いている人達。それら全ての人たちの心に、決して消えることのないであろう不安を残してしまった。そして、自分はその一番の中心にいる人物であるというのに、たった一人逃げ出してしまった。いや、逃げ出して当然であったのだ。逃げても誰も文句は言わない。ただ一人、自分の中にいるソレだけしか文句を言う資格はないのだ。自分が自分の心の中に眠っている、戦車が好きであるという、楽しい思い出があるというこの気持ちだけが。

 

「確かに、私は……戦車の事を考えるだけでも、戦車のエンジン音を聞いただけでも、今でも身体が身震いするほどだけど……でも……。何か行動を起こさないと、誰も何も言ってくれない。逃げてばかりじゃ、一歩も前に進めないんです」

「みほ殿……」

「確かに、怖いのかもしれない。傷つけてしまうのかもしれない。でも、それでも私と友達になりたいという気持ちが本当の事なんだったら、怖いとか、恐れとか、そんなの乗り越えてでも前に進むべきです」

「……」

 

 みほは忘れていた。自分にはもう一度戦車に乗る義務があるのだ。戦車道が楽しいものであるという事をもう一度証明する義務があるのだ。だが、確かにそれは義務ではあるが強制されている物ではない。だから、無視して逃げ続けてもいい。自らの足で逃げ出せばいい。人はどうしても立ち止まってしまうようなことがある。恐れや恐怖で立ち止まることがある。だが、本当はそれで正しいのだ。痛む足で歩んでも悪化するだけ。骨折した手で殴り続けても、自分の心が痛いだけ。ならば、一度立ち止まろう。立ち止まってしまえば、そこで休むことができるのだから。だが、立ち止まったのならもう一度歩き始めなければだめだ。立ち止まったまま、一歩も歩こうとしないのは、それは逃げることと同じなのだ。顔を上げろ、前を向け、立ち上がれ、例え足が動かなくても、例え歩くことができないほどにズタボロにされたとしても、足がなかったら腕がある。腕がなかったら身体がある。心がある。前に進むという気持ちを持っていなければ、人は生きる意味も価値も失ってしまうのだ。だから、歩く。歩いていく。今を生きていく。それは、同意義でなければならないのだ。死なない限り、人は自らの心の足で歩むことができるのだ。

 

「優花里さん、一緒に来てください」

「え?」

「……五十鈴さん、武部さんもういいですよ」

 

 かくれんぼで遊んでいるかのように、みほは二人の名前を呼んだ。すると、二人はすぐに現れた。そして、みほは言った。

 

「五十鈴さん、武部さん、優花里さん……私は……」

 

 

 そして、場面はあの倉庫内部に移った。まほや愛里寿達の眼に映った物、それは車椅子に乗るみほと、それから五十鈴華、武部沙織、そして秋山優花里の姿があった。みほは、一人車椅子を漕いで、戦車の目前、まほの目の前にまでやってくると言った。

 

「Ⅳ号D型……まだ走れそう」

「みほ……」

「お姉ちゃん。私、もう立ち止まりたくない。自分に負けたくない。私のために、私のせいで大勢の人たちに与えてしまった戦車道の悪いイメージを払いたいの」

「……」

「戦車道は、人を傷つける物なんかじゃない。人を育てる物だから、楽しむものだから、それをみんなに教えたい……それができるのは、戦車道を傷つけた私の役目だから」

「みほ……」

 

 思えば、どうして戦車をトラウマとしてしまったのだろう。確かに、自分は戦車に乗っていた生徒たちを助けるために川に飛び込んで、こんな大怪我を負ってしまった。けど、戦車は関係ないのだ。あれは、ただ単に運が悪かっただけなのだ。タイミングが悪かっただけ。もしも、もう少し時間がずれていたら、流木に当たることはなかった。それに、自分はあの事によって二つの物を失った。身体の機能、それと戦車道を楽しいと思う気持ちだ。身体の機能はどうあっても取り戻すことはできない。しかし、戦車道は取り戻すことができる。自分の心持一つだけで、取り戻すことができる物なのだ。

 人の心の中のトラウマは、他人が介入しただけで解くことのできない大きな傷だ。例え、九十九%取り除いたとしても、たった一%残った物によってどれだけでも傷を広める結果になってしまう。その一%は、決して取り除くことはできないなぜならば、トラウマとは所詮記憶なのだから。記憶は決して消えることのない、思い出と同じだ。忘れたと思っても決して忘れることのない鍵のかかった部屋。それが記憶、思い出、トラウマなのだ。なら、どうすればいい。決まっている。トラウマもかすむほどにいい思い出を作ればいい。誰にも文句を言われることのないまごうことなき思い出を作ればいい。逃げたらトラウマはより大きくなっていくだけ。向かえば、トラウマは小さくなる。それが、人の記憶なのだ。それに……。

 

「私は、作りたい。トラウマもかすむほどの思い出を、みんなと……お姉ちゃんと」

「みほ……あぁ」

 

 まほは、みほから差し出された手を取った。その手は、暖かかった。太陽をその手で掴んだかのように暖かく、気持ちよかったのだ。それは、まるで幼い頃のような。幼い頃、ただ戦車道を楽しんでいたころのような。そうだ、もしかしたら自分は戻りたかったのかもしれない。戦車道がない姉妹にではなく、戦車道を一緒に楽しんでいたあの幼い頃の自分たちに。西住流として等関係ない、二人で楽しく戦車道をしたかったのだ。この学校だったらそれができる。勝利にこだわらない西住流じゃない、西住まほとしての西住みほとしての戦車道ができるかもしれない。

 ここは大洗学園艦。たくさんの人の思いを、未来を運んで大海原を突き進むたくさんある学園艦の一つ。この船で人は、数々の知識を得る、数々の人々と出会う、そして数々の思い出を持って生きていくのだ。




 この先、作者が実生活で地獄に入るため、最低一ヶ月は投稿しない可能性が高いです。
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