2-1 謝辞
「そう言うわけで、西住みほ。戦車道を履修します」
「同じく、みほさんと戦車道を履修することになった五十鈴華です」
「武部沙織です!よろしくお願いします!」
元々、香道を選択していた彼女達ではあったが、しかし最終的にはこの戦車道に腰を下ろすこととなった。一度選択した授業を変えることができるのかと疑問に思うが、しかしこの学校はかなり自由な校風らしく、そのようなことは造作もない事らしい。こうして、彼女たちも含めて合計二十四名(内一名無断欠席)にて戦車道の授業は進められることとなった。
「よろしく~。んじゃ、これから何をするんだっけ?」
「……これから、自身の乗る戦車を探しにいってもらう」
杏の言葉に、桃がそう答えた。どうやら、本当に戦車を探しに行かせる気らしい。しかし、本当に戦車はあるのだろうか。それが一番の心配だ。すでに愛里寿が聞いたことではあるが、まほはもう一度聞いてみることにした。
「戦車があるという保証はあるのか?」
「前の学校で戦車道をしていたお前なら知っているだろうが、戦車を廃棄する際にはそのための書類が必要となる」
「あぁ……そうだな」
「しかし、戦車道が廃止となった当時に、その旨の書類が提出されたという記録は残されていない」
「なるほど、だからこの学園艦のどこかに戦車が隠されている。そう考えるのだな」
「そういうことだ」
戦争に使われないとはいえ、戦車が危険なものであるという事は変わらない。そのため、戦車を破棄、もしくは売却する際にはその旨を記した書類を戦車道連盟に提出する必要がある。だがその記録が残されていないとするならば、彼女たちの言う通りこの学校のどこかに戦車が隠されている可能性が浮かんでくるのだ。その書類を制作する担当者がものぐさだったというだけという可能性も残されてはいるものの、しかしこれは有力な手掛かりとなりうる。
「それに、実は戦車を見たっていう目撃証言も生徒会に入っているの」
「だったらその場所に案内してもらえれば」
「でも、正確な場所は覚えていないって」
「あっ、そうなんだ……」
柚子の言葉に沙織が反応したものの、返す刀での即答がさく裂した。だが、少なくとも一輌はどこかにあるという事は分かった。最悪、足りなければ母から資金提供してもらえれば戦車はなんとかなるかもしれない、と愛里寿達は思っていた。
「そんじゃま、皆頑張って探してきてね」
「明後日までに戦車道の教官がお見えになるので、それまでに四輌探し出すこと……では、捜索開始」
「ほら、行こう愛里寿」
「うん、梓」
という桃の言葉で、しぶしぶ外に出て行く戦車道履修者たち。愛里寿もまた、梓と呼んだ少女に連れられて出て行った。愛里寿の友達らしきところを見ると、おそらく一年生なのだろう。
倉庫には、みほやまほ、みほの友人二人と、生徒会三人衆のみが残された。と、ここで沙織が言う。
「聞いてたのとなんか話が違う」
「ん?」
「戦車道やるとモテるんじゃなかったの?どうして戦車を探すっていう話になってんの?」
はっきり言うと、戦車道を履修するだけでモテるのだったら、世の中の女性たちは皆戦車道をしている。あと、もしかしたら男子も無理やりしている可能性すらもあるだが、そんながっかりしている沙織に向かって杏が言う。
「明後日かっこいい教官が来るから」
「本当ですか!?」
「ほんとほんと、紹介するから」
「行ってきまーす!」
と、沙織は嬉しそうに走って出て行った。だがそれでいいのだろうか。第一、先ほどの杏の言葉は男性にだけ当てはまる言葉じゃないことにまだ沙織は気がついていない様子だ。いや、というか戦車道は女性のみが行う武道である。そのため、来る教官というのは十中八九……。この事実は、伏せておくべきだろうと、まほは判断した。
「お姉ちゃん、私達も行こう」
「ん?……あぁ、そうだな、みほ」
みほに促され、まほもまた外に出ようとしたその時だった。後ろから、生徒会長の杏の声が聞こえる。
「あっ、妹ちゃんは残ってて」
「え?」
「はい?」
妹ちゃん、というのはおそらくみほの事である。杏はさらに言う。
「妹ちゃんは、戦略アドバイザーじゃなくて、戦車に乗ってくれるってことでいいんだよね?」
「え?あ、はい」
「ならば、それなりに戦車内部の構造を変えなければならない」
その桃の言葉に、まほは納得した。足が不自由なため踏ん張ることができず、少しの衝撃でどこに飛ばされるのか分からないみほの身体を固定するための機材等を取り付けたり、他様々なオプションを付けなければ満足に戦車道を行うことはできないだろう。彼女たちもまたそう考えていたようだ。
「とりあえず大まかな設計は工学部や自動車部の人たちでできているから、あとはみほさんに合わせた微調整が残ってるの」
「それと、時間短縮のためその機材は現在見つかっているこの戦車に合わせた物しか作れなかったため、お前には必ずこの戦車に乗ってもらう」
「と、言うわけでちょっと一緒に来てくれる?」
「わかりました。お姉ちゃん、お姉ちゃんは武部さん達と戦車を探してもらってきてもいいかな?」
「わかった、すぐに戻ってくるから」
「うん」
みほの安全を考えるとしょうがないことなのだ。そうまほは思っていたし、それに自分達はこれからどこにあるのかもわからない戦車を探しにいくのだ。もしかしたら車イスでは不便な場所にあるのかもしれない。その危険性を考えたら、みほは一緒につれていくべきではないだろう。まほは、生徒会三人衆にみほを預けると一人、倉庫のそので待っている沙織たちのもとに向かった。
「んじゃ、河島たちはここで連絡待ちね。私は妹ちゃんと一緒に自動車部のところにいってくるから」
「わかりました」
「んじゃ、いこうか妹ちゃん」
「あ、はい」
みほは杏にそう返事をした。それと同時に、杏はみほの後ろに回り込み、車イスのハンドルを持ち、ゆっくりと押し始める。
「結構重いねこれ?妹ちゃんってもしかして……」
「ち、違います。元々車イスが重たいだけで別に太ってる訳じゃありません!」
「そっかそっか、いや私はてっきりお腹に子供でもいるのかと」
「そっちですかって、そっちの方が失礼ですしありえないですよ!」
車椅子は、軽い物であれば10kgほどの物があるが、みほの使用している車椅子は15kgほどの物。少々重いかなと思えるぐらいの重さではある物の、そこに人の重さが加わると、動き始めるときに少しだけ強い力で押さなければ動かない。動き始めれば後は楽であるのだが、やはり押し始める時には安全性に対しても注意を払わなければ乗っている人間に危害が及ぶ可能性がある。そう考えると、杏はかなり簡単に車椅子を押しているような気がするというのが、みほの簡単な感想であった。
二人は、倉庫から少しだけ離れた場所いる自動車部の下に向かうための廊下に入っていた。そこには人の影はなく、広い廊下であるというのに二人だけであるため、少しだけ寂しく感じてしまう。そんな中であった。
「……妹ちゃん」
「?……何ですか?」
ゆっくりと停止し、ブレーキをかけた杏は、みほの目の前に回ったのだ。一体どうしたというのだろうか。
「え?」
みほが何かしらの理由を考え出そうとした瞬間、杏子は無言でみほの身体を抱きしめた。その身体は、何となく暖かかく感じた。サツマイモらしき、ちょっと甘い匂いを感じる。
「生徒会長?」
「……戦車道を履修してくれて、ありがとうね」
「え?」
杏は、それだけを言うとみほから離れる。今の言葉、ただ戦車道を履修してくれたことに対するお礼というわけじゃなさそうだ。嬉しかった、ただ自分が戦車道を取ってくれたことに対して本当に嬉しかったというような、そんな感情が見て取れた。それほど自分が戦車道を履修したことが嬉しかったのだろうか。しかし、自分の他にも黒森峰の隊長だったまほや、島田流家元の娘である愛里寿もいるというのに、どうして自分にそんな感情を向けてくるのか、今のみほにはよくわかっていなかった。
「さっ、行こっか……自動車部の作業場までもう少しだから」
「は、はい……って連れて行ってくださいよ!一人残されても困ります!」
「あぁ、ごめんごめん」
そしてまた二人は歩き出した。みほが、この時の杏の行動の真意を知ることになるのは、もうちょっと先の事となった。