「ついたよ~」
「ここが……自動車部の工場ですか?」
みほは、自動車部の使っている工場であるのだから、てっきり車屋さんにあるようなこじんまりとしたものであろうと思っていた。しかし、来てみると三階建ての建物で、まるで一つの大きな工場であるように思える。こんな大きな工場、本物の自動車を組み立てるような工場であればあっても分かる気もするが、ただの学校の一つが持つには少々手に余るような気がする。
「そう、でも調べたところによると、この学校に戦車道の授業があったころには、ここで戦車の大掛かりな整備をしていたらしいよ」
「そっか……」
いらなくなった工場がそのまま自動車部に送られたという事か。それにしても、車庫を外から見た時も思ったが、この学校に戦車道があった時は、学園艦全体で戦車道をサポートしていたのではないだろうか。巨大な車庫が五つに、ここまで巨大な整備工場を持たせてくれるのだから。この施設だけ見れば、中堅校よりもすこし待遇がいいぐらいの規模だろう。ここまでの施設があるのだから、それを受け継いだ自動車部はさぞかし嬉しかっただろう。
「その子が西住みほちゃん?」
「あなたは?」
「私は、自動車部三年、中嶋悟子。よろしくね」
オレンジのツナギを着た黒髪のショートヘアーの女性が工場の奥から現れた。なるほど、見た感じ工場で働いている人間のように見える。彼女が、戦車の整備や補助具の制作を一手に引き受けてくれるのだろう。
「そんじゃ、妹ちゃんを置いていくから、後はよろしく。他の戦車が見つかったらこっちから連絡するから」
「了解。それじゃ、手はず通りにね」
「じゃあね、妹ちゃん。またあとで」
「はい」
そう言って、杏はもと来た道を帰っていった。中嶋はそれを見送った後、みほの背中に手を当て言う。
「それじゃ、補助具の大体の設計図は工学部からもらっているから、あとは身長とか体重とか測って微調整したり、工学部の人にも追加で頼まないといけないものがあるかもしれないから、それについても聞かないとね」
「はい」
そして、中嶋はみほの車椅子の取っ手を持って進みだす。その途中、そういえばと中嶋がみほに言う。
「ねぇ、みほちゃんの足って……川に落ちてそうなったんだってね」
「え……はい……」
生徒会から聞いていたのだろうか。まぁ、車椅子の少女のために戦車道の部品を取り付けなければならないとなるのだから、何故みほが車椅子生活をしているのかについての説明をした可能性がある。中嶋は、それだけ言うと後ろからみほに抱き着いて明るく言った。
「ねっ、車椅子の改造案があるんだけれど、試してみない?」
「え?いや、その……」
「いつ川に落ちても大丈夫なように色々と取り付けて」
「いや、その前に落ちない方法とかは……」
「ほら、車とかにもエアバッグとかあるじゃん。あぁいうのを付けてさ」
「あの、私はこれでも十分ですから。というか、話を聞いてください!」
自分の事を色々と考えてくれる先輩で、頼もしくはある。しかし結局、車椅子の改造は自動車部の範疇を越えてしまっているのではないかというツッコミができたのは、かなり先の事となってしまった。
一方そのころ、山へと続くであろう森の中で、地図を確認しながらまほたちは進んでいた。しかし、森というのは学内よりも入り組んでいるうえに視界が悪い。そのため、戦車探しは困難を極めていた。
「これは、かなり手こずるな……」
「はい。せめて何か目印になるようなものがあれば……」
そう、優花里が言ったその時、華が突然立ち止まった。
「どうかした?」
「……」
華は、沙織の言葉を耳にしながら、何かの臭いをかぎ分ける犬のように鼻を動かす。
「あっちからかすかに匂いがします……」
「匂いで分かるんですか?」
「花の香りに交じって鉄と油のにおいが……」
「華道やっているとそんなに敏感になるの?」
「私だけかもしれませんけど……」
そういえば、彼女は華道の家元の娘であるとみほから聞いた。分野は違う物の、彼女もまた自分たちと同じようなものなのだろう。だからわかる。自分たちも彼女と同じように戦車に関連したことには急に敏感になり、荒野を進む戦車のエンジン音や履帯の音で戦車の種類が分かるようになってきているのだから。彼女もまた、長年花の匂いを嗅いでいたので、逆に花以外の臭いがあるのに違和感があるのだろう。
優花里は、一度まほに目配りをした後に華のいる方向を指さして言った。
「よぅし、パンツァー・フォー!」
「パンツのあほぉ!?」
あまりにもテンポのいいボケに、自分と優花里はよろけてコケかけた。
「パンツァー・フォー……戦車前進という意味のドイツ語で、まぁ戦車用語の内の一つだ」
「へぇ、そうなんだ……」
思えば、この子たちはこういった戦車道をする者にとって基本的なことでさえも知らないのだ。今後戦っていくうえでこのような戦車道の用語は少しづつ覚え、使って行った方が作戦の立案や指揮が円滑に進むので、これもまた今後の課題になるだろう。
ともかく、華の指し示す方向へと四人は歩を進めた。やはり道はどんどんと険しくなっていく。みほを連れてこなくて正解だっただろう。どうしてだろうか、戦車から離れたくて大洗に来たというのに、戦車がすぐ近くにあるというだけでここまで嬉しくなってしまうのは。やはり、自分はどれだけの綺麗事を言ったとしても戦車を捨てきれないのだろう。みほと暮らすにあたって、戦車から一切離れた生活をしたものの、少しばかりの虚無感を感じていた。それは自分の消失。戦車というアイデンティティを消失してしまったために自分の中に去来した空っぽのフラスコ。自分の中では、それをみほという最愛の妹によって満たしたと考えていた。しかし、改めて戦車と接したことで、それがただの自己満足であり、戦車が切っても切り離せない存在であることを思い知らされた。戦車だけが我が人生、戦車だけがわが命、戦車だけが、我が楽しみ。いや違う。きっと時間が足りなかっただけだ。もっともっと、みほと一緒にいる時間があったら、自分にとってみほは戦車以上の存在にできたはずだ。それが普通なのだから。それが、姉妹として圧倒的に通常な関わり方なのだから。それに気がつくのが、ただ遅すぎているだけなのだ。きっと。
「あ、ありました!」
優花里のその言葉にまほの意識は現在の彼女の身体へと戻ってくる。前を見ると、少し広まった場所に一輌の戦車が鎮座している姿が見える。四人は、すぐにそれに駆け寄った。
「38(t)……B/C型のハイブリッドか……」
「何かさっきより小さい、ビスだらけでゴツゴツしてるし」
「そう侮るほどでもないぞ。38(t)はポーランド侵攻からバルバロッサ作戦の初期まで、戦車が送られなかったアフリカ戦線以外のすべての戦場でドイツ軍の主力として活躍していたからな」
「はい!38(t)はロンメル将軍の第7装甲師団でも主力を勤めるほどの初期のドイツ電撃戦を支えた重要な戦車なんです!軽快で操作性も高くて……あっ、tっていうのはチェコスロバキア制ってことで、重さの事じゃないんですよ!」
「あぁ、ロンメル将軍はナポレオン以来の戦術家とまで言われたほど巧みな戦略・戦術によって戦力的に圧倒的優秀なイギリス軍をたびたび壊滅させるほどの人間で、そんな人間が使用していた戦車なのだから、頼りがいのある戦車なのは間違いない」
と、まほは現在進行形で戦車に頬をこすりつけている優花里の意見に同意する。だが、流石に優花里の行動には華と沙織は引いてしまった様子だ。まほもまたドン引きとまではいかないものの、自分もあまり戦車に接していなかったらああなっていたのだろうかと、もはや同業者のように優花里のことを見ていた。というより、戦車を近くにすると血がたぎってくるのだからもはや同類なのだろうか。
「了解、それじゃ直に取りに行きます」
「どうしたんですか?」
「戦車が一輌見つかったんだって」
「そうですか、よかった……」
身体計測を受けているみほは、中嶋からのその言葉を受けてホッ、と一安心する。やはり現在ある戦車一輌だけでは戦車道の試合をすることは不可能であるため、少しでも多く戦車を見つけてもらわなければいけない。自分がその手助けになることができていないため不安だったが、戦車発見の報告を受けて胸をなでおろすことができた。
「それじゃあホシノ、戦車の運搬頼んだよ」
「了解!」
自動車部の一員である三年生のホシノは、中嶋から戦車の大体の場所が書かれた紙を受け取ると、すぐさま外に向かって走っていった。他の戦車が見つかったら頼むというのは、整備という事だけじゃなく、見つけた戦車の運搬の事も言っていたのだ。
「すみません、自動車部の皆さんにこんなに迷惑をかけて」
「いいって、それよりもあと少しで身体計測も終わるから、その後私が倉庫前まで送ってあげるよ」
「何から何までありがとうございます。私にできることがあったら、なんでも言ってください」
「だからいいって礼なんて……そうだな、それじゃあみほちゃん専用車椅子に付ける機材なんだけれど……」
「え?またそれなんですか……」
「まず、水に落ちたらすぐに開くエアバックとか、ゴムボードが開くっていうのもいいかも……推進装置を背中に付けるって手も……」
「いや、あのだから……」
「せっかくだから、水陸両用車ならぬ、水陸両用車椅子とか!」
「……もういいです」
みほはいろいろと諦めてしまった。
「あっ!本当にあった!!」
「すっごーい、戦車だ!」
そして、一年生七人組はというと、ようやくとある場所で戦車を見つけることができた。その場所とは……。
「まさか、本当にウサギ小屋にあるなんて……」
「ごめんね、邪魔しちゃって」
愛里寿は、ウサギの一匹を持ち上げるとそう話しかけた。
あの日記には、『寂しくない』『あの子たちのように死んじゃう』という文面があった。これは、ウサギは寂しいと死んでしまうという迷信に基づいた文章であると彼女たちは考えた。ウサギは自然界で生き残るために、病気になっていても敵に察知されないように平穏を装うという習性がある。そのため、もしもペットとして飼われているウサギであってもその習性のために病気であることを隠してしまい、飼い主が病気に気がつかずに遠出している間に死んでしまうことが多くあったのだとか。そのため、ウサギ一匹になってしまう死ぬ。つまり、寂しいと死んでしまうという迷信につながったのだとか。
「この戦車、一体なんて名前かな?」
「M3中戦車リーですね。ここにいるみんなで乗ることができる戦車です」
「そうなんだ、よかった……」
「でもさ……」
「だよね……」
宇津木、大野は小屋の中を見渡して苦笑いを浮かべる。戦車のあらゆる隙間に藁が敷き詰められており、内部も敷き詰められている。恐らく、この戦車の中はウサギのすみかとして機能しているのだろう。と、いう事はこの戦車を出すためにはこのウサギ達には一端お引越ししてもらわなければならない。これは、かなり骨のいる作業になりそうだ。と、いうか……。
「どうやってこの戦車を小屋の中に入れたのかな?」
「あと、どうやって出そう」
トタンで作られた小屋で、さらに入口は金網で作られており、どう考えてもその入り口から戦車を入れることはできない。これでは戦車を入れることも、出すこともできないだろう。
「鶏が先か、卵が先かですね」
「何言ってるの愛里寿?ここにいるのはウサギだよ?」
「いえ、そうではなく」
「愛里寿が言っているのは、ウサギ小屋が先なのか、それとも戦車のためにウサギ小屋を作ったのか……ってことじゃない?」
「そうです。この内装から考えると、後者ではないかと」
確かに、そう考えると戦車をどうやって入れたのか分かる。いや、入れたというよりも戦車の周りに小屋を作ったと言った方が早いか。とにかく、すでに小屋はボロボロとなっており、いつ崩れてもおかしくない。これは、戦車を出す作業と同時に小屋の立て直しも検討しなければならない。
それから十数分後、池の底と、崖の中腹にある洞穴で戦車を見つけたという別チームからの報告があり、これにて全五輌の戦車がそろった。
『ってことで、運搬よろしく』
「……あのさ、森の中とウサギ小屋はまだしも、崖と池の底って、最後の戦車道の試合どんなものだったの?というか、当時の戦車道履修者はどうやってそんなところまで戦車を移動させたの?というか、どうやって見つけたの?」
『ん?細かいことは気にしない気にしない』
ナカジマは、どうやってそんなところから戦車を移動させようか頭を悩ませることとなった。
細かいことは気にしてはいけない世界観だとは思うけど、いったいどうやってそんなところに戦車を置いたのか本当に気になります。