ウサギ小屋づくりは、人数をかけたおかげもあってかスムーズに終わりを迎えることができ、ウサギ達は綺麗に、前よりも多少豪華となった新しい家に住み着き始めた。途中、家の外装を西洋の城にするか、日本風の城にするかでCチームがもめるというハプニングがあった物の、そのほかは何の問題もなく終わって何よりであった。
それから間もなくに解散して、一時間が経った頃、みほは、沙織達三人と一緒に自分の家に帰宅していた。大洗学園艦の治安がいいと言っても、もしかしてという事もある。車椅子のみほ一人で帰らせるわけにはいかないというのが彼女たちの意見であった。そして理由がもう一つ。
「みほ殿!ご飯は何合炊きましょうか!」
「飯盒で作るの……?」
「痛ッ!すみませんみほさん、手を切ってしまって……」
「大変!絆創膏どこにしまったっけ……」
「皆意外と使えない……」
生徒会の仕事を手伝っているまほだが、その仕事の量が多く、晩御飯時までに帰ってくることができないという連絡があったのだ。そのため、みほが一人で晩御飯を作るという話を聞いた沙織達は、皆で一緒に作って食べたほうがもっとおいしくなるし楽しいという話になって今に至った。しかし、優花里は軍用のレーションや飯盒での料理しかしたことがなく、料理が得意そうに見える華もまた花しか切ったことがないようなお嬢様であったことが災いし、包丁でジャガイモを切ろうとして指を切る始末。なので普通の料理を作るという点で言えば戦力になるのが四人中二人という状況にあった。
とにかく、華には包丁を使わせてはいけないと判断した沙織は、ピーラーで皮を向くように指示を出し、優花里にはしょうがないから飯盒でご飯を炊くという事を許可してそちらを任して、自分とみほの二人を中心として料理をしていこうという事となった。と、その時沙織があることに気が付いた。昨日の朝にもみほの家に来ていた沙織。その時は気にも止めなかったが、よく考えるとこの寮の台所は少しだけ低く設計されているように思える。料理をするためには中腰にならなければならないため、長時間料理をするというのはかなり辛くなる。
「ごめんね、車椅子の私に合わせて寮母さんに用意してもらったから。もしも立ってるの辛くなったら椅子用意するから」
「あっそっか……ううん、大丈夫。もうそろそろ足腰も鍛えないとなって思っていたから」
みほの言葉を聞いた沙織は、なるほどと思った。確かによく考えればこの高さは、座っていれば高さもちょうどよくなる。普段自分が使っているような台所では高すぎて、車椅子に座っているみほだったら高すぎて料理をするのがしんどいだろう。それ用に椅子を買ってきて料理をするということもできなくはないが、料理によっては台所中を右往左往するような場合もあるため、車椅子で移動したほうがスムーズであるに決まっている。
みほの言葉に納得した沙織は、料理を続ける。みほもまた、華が皮を向いたジャガイモをまな板の上に置くと、手慣れた手つきで乱切りに切っていく。
「すばやいねみほ、料理上手なの?」
「はい……戦車道は良妻賢母を育成するための武道だから、そのためには炊事洗濯、とにかく家の事は一通りできるようにって、お母さんとか、お手伝いさん……お姉ちゃんにも教わったの」
「へぇ……」
「それに、もともとこっちで一人で暮らす予定だったし……」
「……」
そう、みほは元々こっちに一人で来る予定だった。まほも付いてくるなど想像もしていなかったのだ。だからこそのこの台所であり、バリアフリーなのだから。ふと、沙織は思った。みほの母親が一体何を考えているのかと。
「ねぇ、みほの家って三人姉妹だったりする?」
「え?ううん、私とお姉ちゃんの二人だけだよ」
「そう……」
「?」
その言葉を聞いた沙織は、ますますみほの母親が分からなくなった。みほを勘当するのは、西住流として不甲斐ない結果をもたらしたからという理由で、分かりたくもないが分からなくもない。しかし、まほもまた勘当してしまったら、西住流を継ぐ者がいなくなってしまうではないか。ここ二、三日の間にネットで見たところによると、西住まほの能力はかなり高く、それこそ将来的には現家元のしほよりも強くなるのではないか。とも言われている。そんなまほまでも家から追い出すなんて、一体何を考えているのだろうか。はっきり言ってしまえばやりすぎであるし失格である。西住流家元としても、みほとまほの母親としても。
それから数十分後。
「「「「いただきま~す!」」」」
食卓には肉じゃがと、グラタン、酢豚らしきもの、刺身の盛り合わせ、みそ汁等とかなり豪華な食卓になっていた。因みに、これらのおかずは全て沙織の監修の元に作られた物である。まず手始めに、みほは肉じゃがに箸を伸ばした。口の中、舌で簡単に崩れるほどにジャガイモは柔らかく、さらに中にまで汁がしみ込んでいる。
「おいしい……」
「いやぁ、男を落とすにはやっぱ肉じゃがだからね」
なるほど、これもまた沙織にとっては持てるための一つの道具だという事だ。
「落としたことあるんですか?」
しかし、ここで華が痛烈な一言。
「何事も練習でしょ!」
「というか、男子って本当に肉じゃが好きなんでしょうかね?」
「都市伝説じゃないですか?」
「そんなことないもん!ちゃんと雑誌のアンケートにも書いてあったし!」
みほは苦笑いするしかなかった。そもそも人の好き嫌いなど人それぞれであるため、万が一その雑誌のランキングで肉じゃがが一位だったからと言って、全ての男子が肉じゃがが好きであるとは限らない。仮に肉じゃがが好きであるとしても、それを作った人間にもよる可能性がある。特に肉じゃがという物は家庭によって味付けが違うおかずの一つである。肉じゃがが好きという物も、自分の母親が作る肉じゃがが好きという落ちが付いている可能性すらもある。果たして真相は、いや別にこの真相など知らなくてもよいであろう。特に、雑誌の記事を信じて疑わない沙織にとっては。とその時、みほは花瓶に刺さっている白い花に注目した。
「お花も素敵……この花は五十鈴さんが?」
「御免なさい、こんな事しかできなくて」
華は指を切ってみほから絆創膏を貰った後は、料理ができない自分がいても仕方がないという事で、少し外の方に出て花を探したのだ。もちろんのことだがそれは他人の花壇から引っこ抜いてきたようなものではない。たまたま近くの空き地に自生していた物である。しかし、それでも綺麗な花であることには変わりはない。みほは、謝罪する華に向かって言った。
「ううん、お花があると部屋がすごく明るくなる。この部屋も少しだけ、殺風景かなって思っていたし……」
「ありがとうございます」
「殺風景っていうかさ……」
「はい……」
みほの殺風景という言葉に対して顔を曇らせたのは沙織と優花里である。確かに、みほの部屋にはある物以外何もないなとは思っていたが、しかしこの部屋の内装を見る限り殺風景という言葉は似合っていない気がする。むしろ……。
「殺伐としているような……」
「なんで熊のぬいぐるみが包帯巻いてたり眼帯したりしてるの?」
「え!?ボコられグマだよ!知らないの!?」
「え?」
みほと出会って史上、一番であろうテンションを浴びた沙織と優花里は椅子に座っているため実際には動きでは見えない物の、心の中では一歩だけ下がってしまう。というか、一見しておとなしそうだった少女が、ここまで声色高くなると、そりゃそうなるだろう。沙織は、みほの言ったボコられグマという言葉にどこか聞き覚えがあった。はてどこであっただろうか。
「ボコられグマというと、確か昔アニメ化もされていましたよね」
「うん、ボコはね、世界一可愛くてどれだけボコボコになっても立ち上がる強い子なの!!」
「ボコ……あぁ、そういえばそんなアニメが昔あったような……」
ギリギリではあった物の知っていた華のアシストのおかげでようやく沙織も思い出すことができた。そういえば、自分がまだ幼かったころに、そんなぬいぐるみが爆発のように流行して、脱兎のように流行りが過ぎ去っていった覚えがある。正直身体中のいたるところを汚しているあまりにも痛々しい見た目は、何故当時ちょっとだけブームとなったのかという果てしない疑問へと彼女たちをいざなってくれるのかもしれない。
「そう!そして今もお昼16時30分からアニメが放送されているの!知らない?」
「え゛ッ」
「まぁ、そうだったのですか」
「知りませんでした……」
このみほの発言に三人ともある意味で驚いた。一昔前にブームが過ぎ去ったアニメが、まさかまだ放送され続けているとは。いや、もしかすると再放送であるという可能性もある。しかし、もしもそうだったとしても再放送という物はかつての人気番組を中心に放送する物。数多ある番組の中から選ばれるのだ。その中に、ちょっと流行っただけのボコのアニメが食い込んでくる等想像もできなかった。
「それでね、ボコの何がいいのかっていうとね!」
「うわぁ、長くなりそう……」
「私、家に帰りが遅くなるって電話してきます」
みほの状況から、沙織と優花里は何かを察した。優花里にとって、今目の前にいるみほの表情その他が、まるで戦車を目の前にした自分そのもの、つまりマニアの表情であると言っても過言ではない。そう感じ取った優花里は、実家の理髪店に自分が幾分か帰るのが遅くなることを伝えに外に出ようとした。しかし、ドアを開けようとしたその時、ドアノブが回り、外開きのドアが開いていく。
「優花里さん、来ていたんだ」
「まほ殿、はい!お邪魔しています!」
「私達もいます。今、晩御飯を食べ始めたところなんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
まほは、そう言いながら食卓へと来た。そして、その雰囲気をみて、姉妹二人での食事もいいが、やはり大人数での食事という物もいいのかもしれないと思った。
「あ、お姉ちゃんお帰りなさい。生徒会のお仕事どうだった?」
「ん?あぁ……」
まほは、みほにそう聞かれて思い返してみる。だがしかし、どうだったかと聞かれれば一般的に考えればかなり大変だったと言わざるを得ないような仕事の量だった。まほは要領よく仕事をこなし、少しだけ自動車部の仕事を手伝って帰ってきた。どちらかというと自動車部の仕事のほうが肉体労働であるので疲れたが、しかし体中が疲れ果てるほどに働いたとは思えなかった。
「まぁ、滞りなく終わったよ」
「そうなんだ、今ねッ!」
「まほさんに質問があります!!」
「ん?」
みほがまほに向かって何かを喋ろうとしたその刹那、沙織がみほ以上の大声を出しながら手を挙げた。沙織は、まほが帰ってきて話が少しだけ中断した今しか話を変える時間はないと思ったのだ。まほは、そんな沙織の様子を見てもしかしてとボコの方を一瞬だけ見て察し、沙織の話を聞くことにした。
「なにかな?」
「あ、明日戦車に乗るじゃないですか。だから、えっと……コツみたいなものを教えてもらいたいです!」
「コツ……か」
まほはそう言われて考える。コツと言われても自分やみほは戦車長として戦車に乗っていたわけで運転の経験は、一切とまでは行かないがほとんどしたことがない。他の役割に関しても自分が教鞭をとれるほどに強く言えるほどエキスパートであるわけでもない。それにもしもそのようなことで沙織達に伝えたいことがあるというのならば、その現場で指揮を取ればいい。ならば、とまほは心構えについて説くことにした。
「そうだな……では一つだけ忠告したい」
「忠告?」
「あぁ、それは……」
「絶対に逃げるなって……それがコツなの?」
「はい、そうです」
まほが沙織達に話しているころ、一年生チームでも同じく戦車に乗る際の心構えについて愛里寿が語っていた。なお、こちらもまたみほ達と同じように愛里寿の家で晩御飯中である。因みにメニューはスタンダードなオムライスだ。
「でも、そんなの当たり前じゃない?」
「うん、逃げてたら勝てないもんね」
そう、彼女たちも知っている。戦車道だけじゃない、何事においても逃げていれば、絶対に勝てるはずがないという事を。だが、愛里寿は知っている。洗車に乗るときのあの感覚を。今ではもう忘れてしまっている。もう慣れてしまっている。生まれたころから戦車に乗っていた自分にとって、戦車という物は自分の友達も同じ。だから、恐れなんてものはなかった。だが、彼女たちはどうだ。自分とは違い、戦車とは縁遠い生活を送っていた彼女たちにとって、戦車はどう映ってしまうのだろうか。そう考えた時、愛里寿はこの答えを無意識に出していた。
「そうかもしれません。しかし、実際に戦車に乗ってみた時を考えてみてください」
「戦車に?」
「はい……戦車の中は、普通の車のように広々としているわけありません。それに、クッション性のある車とは違って、戦車は履帯から直に移動するときの揺れや衝撃が中に伝わってくる。M3リーの最大時速は39km……軽自動車よりも遅いですが、それでも中に伝わる衝撃はあります。それに、弾が当たった衝撃、いや当たらなくても地面に弾が当たっただけで内部にも衝撃が来る。私はもう慣れてしまっていますが、狭い車内でそんな怖い目にあったら……きっと、逃げ出したくなるかもしれません……」
「でも、戦車道で使う戦車って特殊なカーボンで守られているんじゃ……」
現在戦車道の試合に使われる戦車は、特殊なカーボンによって装甲がコーティングされて乗員の安全が確保されている。それに、砲弾が命中して、装甲が貫通したと判断されて行動不能となれば、それ以上攻撃をしてはならないというルールもあり、安全性には留意しているのだ。
「確かにそうです。私の言う逃げるというのは、戦車の外に出て逃げないでくださいという事です」
「戦車の外……」
「はい……戦車道の歴史の中で、重傷者や死者が出ることがあったんです。でも、それは全部戦車の外に出ていた時……みほさんも大怪我を負ったのは……」
「……」
みほもまた、激流の中に落ちた戦車を追って川に飛び込んだが故にあのような大怪我を負ってしまった。みほも知っていたはずだ。外部からの衝撃については大丈夫だという事を、彼女が危惧したのは、内部にある機材によるケガであった。しかし、結果的にあの出来事は、戦車の中は安全であり、戦車の外はより危険であるという事を証明しただけにすぎなくなってしまった。
「戦車は、確かに今では戦車道にのみ使われるようになっています。でも、元をただせば、人を傷つけるためだけの道具、それを忘れないでください」
「……」
そう、結局はそれだ。戦車は元々、人を殺すために作られた道具。守るためという建前を使って使用されていたこともあったがしかし、結局は人殺しの道具としてしか使われたことはなかった。本当の意味で誰かを助けるために使ったという記録は、ごくまれにしか文献に登場することはないだろう。よしんば、そんな出来事があったとしても、数多くの人殺しの歴史の中に紛れて消えてしまっているだろう。多くの善行であったとしても、たったひとつの残虐な殺戮に優るものはないのだから。
愛里寿の言葉は、その場にいる六人の心に大きく響いた。そう、これから自分達が乗ることになる戦車は、たくさんの負の歴史の積み重ねの先にあるものなのだ。愛里寿の言葉は、それを自分達の心に刻み付けるためのものだったのだと、彼女たちは思った。
「では、晩御飯も食べ終えたところで……」
「え?」
愛里寿は、オムライスの乗っていた皿を片付けると、どこからか長細い箱を二つ持ってくる。そして、それを梓たちの目の前に置くと、一枚のDVDのパッケージを箱から取り出すと言う。
「ボコのアニメの全話を見ましょう」
「え……」
愛里寿は、今までに彼女たちが見たこともないほどの純粋な笑顔でそう言った。実は、愛里寿もまたみほと同じようにボコのファンであった。しかし、みほにとってのまほとは違い、愛里寿の周りにはボコについて聞いてくれる者はいなかった。けど、人間の習性なのだろうか、自分が好きな物を他の人にも知ってもらいたいという抑えることができない欲求なのだろうか、愛里寿は自分の部屋に友達を連れてきたその時から、ボコの話をしようと思っていたのだ。
他の一年生六人はというと、明日は授業がないとはいえ初めて戦車に乗るために家に帰って寝たかった。だが、その愛里寿の笑顔と、楽しそうな姿を見ると、断る気にもなれなかった。かくして、愛里寿の部屋でボコのアニメ上映会が始まった。
そして……。
「頑張れー!ボコーッ!」
「結局、アニメを全話見ることになってしまった……」
「ハァ、家に今夜は帰れないと言ったら母に『赤飯を炊こうか』と言われてしまいました」
「まぁ、しかしそれは確か初めて……」
「ごめんね、みほはボコの事となったら私にも止めることができないから……」
「いえ、良いんです。高校生になって徹夜で勉強することが多かったから、慣れていますし」
「それになんだか、あんなに楽しそうなみほを見るのも、楽しいし」
「ありがとうみんな……」
こうして、二つの寮の部屋で同じアニメを見ることになった。結論から言えば、この二組にとっていい夜を過ごせたという事は確かである。