ガールズ&パンツァー バタフライエフェクト   作:牢吏川波実

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 今回、ちょっと書き始めから疑問に思っていたことがあったため短いですが投稿します。


2-9 衝撃

 あの日、人生で最も最悪な目覚めを迎えたあの日から数日の時が脱兎のように過ぎていった。自分の足のこととか、試合のこととかについて教えられてから、ひとしきりに泣いてて、それから数人の見舞い客が来たような気がする。けど、その時のやり取りは全くと言っていいほどにお覚えていない。先生や看護師の話なんてものも、一切耳に入ってこなかった。もう歩くことができないという絶望。それが、彼女の心を大きく蝕み、ガラスの靴のように少しだけの衝撃で壊れてしまいそうだった。だからなのだろう、彼女が目覚めたあの日、それ以来の言葉は……。

 

「オムツなんて、赤ちゃんだけがする物だと思ってたな……」

 

 他人事であるかのようにそうつぶやいた。だが、それは彼女の心が行った精一杯の反逆なのだろう。そうすることでしか、己の心をに平穏をもたらすことができなかったのだろう。だが、とりあえず彼女の呟きは確かに他人事のようではあるが、自分自身の状態について簡単に表した言葉であったと言える。彼女が障害を患ったのは足だけではなかった。脊髄は損傷した部位によってそれぞれに症状が個別に変化する病なのだ。そもそも脊髄とは四つの部位に分けられている。上から頚椎、胸椎、腰椎、仙椎と呼ばれており、さらにそこからそれぞれに番号で分けられている頚椎はC1~7、胸椎はT1~12、腰椎はL1~5、仙椎はS1~5という様に。そして脊髄損傷をした場合頚椎損傷から障害を受ける部位が多くなる。みほの脊髄はTー10の部分が損傷してしまっているためそれより下のT10~S5までの神経が繋がっている部位が障害を受けているのだ。そして、その間には排尿に関する神経、並びに直腸に繋がっている神経があり、それらが麻痺を起こしたため排尿障害と排便障害を患ってしまっていたのだ。これにより、みほは膀胱に尿が溜まったという感覚も、排尿を我慢するという機能も一切感じなくなったため失禁、つまりおねしょをする確率がかなり高い状態にある。それに加えて、足も動かないためトイレに立つこともできないため、排泄セルフケア不足となっている。オムツを使用しているのは、垂れ流しになる尿を受け止めるためだ。だが、それだけではまだ足りない。

 排尿に限らずとも、人間のすべての行動、生理現象というものはどれもそうではあるのだが、下腹神経や骨盤神経等多くの神経、膀胱排尿筋や内・外尿道括約筋等の筋肉が脊髄という道を介して相互に作用することによって起こる複雑な物なのだ。それこそ、全てのメカニズムを事細かに書くとかなり長いものとなってしまうため簡単に書いては見たが、みほはT10という道が寸断されてしまったため、排尿、また蓄尿といったものが障害されてしまっている。そのため、自由に排尿することができないどころか、完全に尿が溜まって、少しづつ尿道を通って漏れだすまで自分の膀胱に尿が溜まっていたという事実に気がつかないのだ。それだけ聞けば、ただおねしょするだけじゃないかと感じるかもしれないが、実は排尿が障害されるという事は、かなりまずい状況になる。血圧の上昇や膀胱痛、頻脈、果ては腎臓へダメージを与えて尿毒症にまで陥るリスクがあるのだ。これもまた、詳しくメカニズムを説明すると長いので、割愛するとして、最悪なところまで至ると、死に直結してしまうという事を頭に入れてもらいたい。

 そうならないために、みほは脊髄損傷したその日から膀胱留置カテーテルを用いての導尿を行っているのだ。ただし、それを使用していてもなお、いや異物が体内に入っているのであるから、なおさら尿路感染症のリスクは大きい。だから毎朝彼女の陰部を洗浄するために病院のスタッフが来て彼女の下を洗ってくれていた。みほはそれに関して、本当だったらみじめに思わないといけないのだろうかと思いながらもしかし、腰から下の感覚が全くないからと別に気にも止めていなかった。

 みほは窓の外の景色を見る。もうここに何ヶ月ほどいるのだろうか。みほは時間の感覚が全くなかった。一体何日この部屋で寝起きして、病院が出してくれる食事を食べて、ただ何もせずに一日が過ぎているのだろうか。実際には、みほの思っている通りの月日が流れていることはなかった。実のところ、あの事故があってからまだ数日しか経っていないのだ。ただ彼女にとってはその数日が永遠のように感じていただけの事。みほは改めて自分の足を見て思う。

 

「早く治して、お姉ちゃんたちとまた戦車道したいな……」

 

 治療して、リハビリをして、そうしたらまた歩けるようになるだろう。走れるようになるだろう。みほは現実を直視していなかったしかし、それが普通なのである。障害受容の過程の一つに、コーンの段階理論という物がある。コーンとは、この障害受容の過程の一つを提唱した人間の名前であるが、それを深く語ることは止めておこう。コーンは障害発症直後を『ショック』であるととらえた。感覚がマヒし、実際には自分自身に起こっていることのはずなのに、まるで他人事のように感じてしまう時期。この時期には集中的なケアや医療を受けていて、治療を受けていれば完治すると淡い希望を持っている患者が多いそうだ。今のみほはまさにそのショックの時期に値するのだ。

 みほは、できるだけ早くあの場所に戻りたかった。姉や仲間たちと共に戦う、あの勇ましく進む戦車の中に自分もまたいたかった。みほにとっては、それがまほと繋がっていられる唯一の時間であるから。今後、おそらく姉は戦車道界で大きな存在となっていくだろう。もしかしたら、日本代表として選ばれて、日本という国を背負って戦うことになる。そうなったら、自分とまほとの間は離れて行って、もう二度と一緒に走ることができないかもしれない。自分のような凡庸な人間が、姉と共に走ることができるのは、この高校生という限られた時間の中でしかないのだ。だから、その短い時間をもっと有意義に使いたかった。こんなところで立ち止まっていてはいられなかった。姉の背中を追いかけていたかった。姉に、必要な人間としてみていられたかった。ただただ、姉と一緒にいたかった。

 その時、みほの個室に一人の来訪者が現れた。




 ちょっと質問したいことがあります。分かる人がいればいいのですが……活動報告の方をちょっと見てください。

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