ガールズ&パンツァー バタフライエフェクト   作:牢吏川波実

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試合、やります
3-1 傾斜


 音か、振動か、それとも第六感だっただろうか。ともかく、彼女の意識は突如として覚醒して眼は漆黒の中へと開かれる。目を開いたのに漆黒であるのはどういう事だろうか。自分は、確かに眠たいからと授業をさぼってしまってはいるが、確かにここに来たのは朝早くだったはず、もしも今が夜であるとするならば、自分はおよそ10時間以上も眠っていたことになる。いくら何でもそれほど自分は寝ない。それに、夜であったとしても星が一つもないのも不自然だし、それに頭が重たいのもまた奇妙である。

 あぁなんだ、至極まともで簡単な理由ではないか。顔の上に本が乗っているのだ。そういえば、確かに自分は眠りに入ってしまう前まで読書をしていた覚えがある。彼女は何故か安心する。もしかしたら眠ってしまっている間に何らかの事故が起こって死んでしまったという事も考えられたからだ。いくら眠ることが多い彼女であったとしても、永眠することだけは嫌いであるため、まずは一つ安心だった。では、その次の不安材料を何とかしよう。何なのだこの振動は。それに、この重たいエンジン音は一体なんだ。まるで大砲の弾が落ちたかのような振動と音もする。まさか、眠っている間に戦時中の日本にタイムスリップしたとでもいうのだろうか。などと、家に置いてあるタイムスリップ物の漫画のようなことを考えて、すぐさま否定した。そんな非現実的なことが簡単に起きるわけがないし、その振動は戦時中じゃなくても現代普通に感じることができる物であるからだ。

 振動は次第に大きくなり、そしてエンジン音もまた近づいてくるのを感じた少女は、顔に被せた本を落とさないように支えながら起き上がる。こうやって眠りから覚めて起き上がる時が一番嫌なのだ。どうして安らかに眠っているというのにわざわざ起きなければならないのだ。よく食べ、良く寝て、よく勉強しなさいと言うのが学術評論家たちの言い分ではないか。なのに、どうして彼らの方から寝ることを邪魔してくるのだ。よく寝ろというからには、ちゃんとよく寝られる時間を作ってもらいたい。などと寝ぼけた頭で訳の分からない事を考えながらも、起き上がり本を取って前を見た。すると、やはりすぐそこに戦車があった。戦車についている小窓からは見覚えのある女性が姿を見せている。このままだと自分は引かれてしまうなと他人事のように思いながら少女、冷泉麻子は引かれる寸前にその車体の上へと飛びついた。だが、そのまま立ち上がるなどという格好の良いことなどできるはずもなく、麻子は転んでしまう。結果、本は落としてしまったが引かれずには済んだので良しとしよう。

 

「君は……」

「やはりお前だったか。いや、確か先輩だったな」

 

 今朝あったばかりの少女だ。何故このような場所にいるのだろうか。少なくとも今は全学年選択授業を受けている最中なはず。だというのに、彼女は今野原に寝転んで本を読んでいた。それが授業であるとは考えづらいことであるが……。

 

「あれ?麻子じゃん。また授業さぼってたの?」

「沙織か、あのクマはもういいのか?」

「取り上げられて……ってそうじゃなくて、また授業をさぼって、そんなんじゃ進級できないよ?」

「眠い物はしょうがない」

「眠いから授業をさぼっていたのか?」

「朝は眠いのが当然だ」

 

 高校生がそのようなことを言っていていいのだろうか。社会人になったら毎朝眠くても会社に行かなくてはならないというのに今のうちにさぼり癖のようなものを付けては、などという事を言っても後の祭りである歳なのかもしれないが、ともかく今現在生身で外に出ているのはかなり危険である。そんなことをまほが思っている間にも砲撃が彼女たちの戦車を襲う。

 

「とりあえず中に入れ!外に出ていると危ない!」

「おう」

 

 砲撃は何とかⅣ号のすぐ後ろに着弾したために彼女達には何ら被害はなかったが、麻子が外に出ている限り危険であることには変わりなかった。まほ自身、みほの事もあってもう戦車で悲しい思いをする人間を見たくなかったこともあってか、麻子を戦車内部に入れるのはそう遅くはなかった。

 

「誰か中に入っていったわね」

「あれは確か今朝あった……でもあの人は戦車道を履修していなかったはずじゃ……」

 

 一方、その様子を見張り台から確認していた蝶野とみほ。有言実行とはまさにこのことで、蝶野は本当に車椅子ごとみほを階段の上にある見張り台にまで運んだのだ。結構な重労働であったはずなのに息切れどころか汗を全くかいていないところが、彼女が自衛官らしいといえる部分であろうか。とにかく、二人はそこから双眼鏡を使ってそれぞれの戦車の様子を確認していた。今のところ戦況としては三突と八九式の二輌が手を組んでⅣ号を追っている最中。Ⅳ号が道を外れて二輌が向かい合ったというのに、双方一発たりとも放つことがなかったところから見て、同盟を結んだという事は想像しやすいことであろう。その二輌の近くに姉の乗っているⅣ号があっただけという事も考えられるが、戦車道経験者が乗っているⅣ号を先に潰そうと考えたのだとすれば、歴女チーム、バレー部チームどちらかになかなかの策士が乗っていると考える。それにしても不可解なことが一つだけある。

 

「でも、なんだかⅣ号の動きが変……お姉ちゃんが戦車長だったらあんな動きしないはずなのに……」

 

 行動が何もかもが遅い。まほであったら、試合開始と同時にその場所から動こうと考えるはず。蝶野から場所の指示があった際、それぞれの位置関係を示す地図が全員の前で公開されていた。その時間はわずかであったため記憶力の良い人間でなければそれぞれの位置など把握することはできないだろうが、しかし最初にスタートする位置がばれている危険性があることには変わりない。そのため、試合開始とともにいち早く動いて、ともすれば自分たちの事を潰そうとする戦車を待ち伏せでもするはずだ。それなのに、Ⅳ号は一度八九式からの砲撃を受けた直後に動き始めた。もしかして戦車長は姉ではないのだろうか。

 

「そういえば、Ⅳ号から入る通信は、まほさんの声に聞こえるけど……もしかして通信手をしているんじゃ」

「え?通信手と戦車長は、役割の内容から一緒にすることはないはず。という事は、やっぱりお姉ちゃんが戦車長じゃない……でもなんで?」

 

 通常通信手と戦車長は同じ人物がやるような役割ではない。何故ならば、どちらも言語的コミュニケーションを用いる難しい役どころだからだ。戦車長は、その戦車のリーダー的な役割として一つの戦車を操作するために乗組員に指示を送らなければならない役割を持っている。通信手は、他の戦車からの指示を受けたり、また逆に指示をしたりする役割。自分の戦車に指示を出したり、他の戦車に指示を出したり、指示を受けたりと、これだけの言語的コミュニケーションの方法をいっぺんに取ろうとするとこんがらがってしまうことは間違いないだろう。姉であれば、それぐらい容易いことなのかもしれないが、わざわざ指揮系統が混乱しかねないリスクを背負う意味が分からない。今は訓練でバトルロワイヤル方式になっているため他の戦車と連絡を取り合うことはないだろうから通信手の役割は実戦よりも少なくなっているであろうが、それでも蝶野からの通信が入ることもあるだろうからおろそかにはできない。

 やはり、姉は通信手のみ、もしくは通信手と戦車長以外の役割を行っていると考えるべきなのだろう。しかしどうして姉はそのようなことをしているのだろうか。自分のためなのか。後々自分が戦車に乗ることになるから、下手に戦車長として指揮を取って自分の指揮のクセを沙織達に教えないようにするためなのだろうか。それとも、また他の目的があるのだろうか。今度姉に聞いてみよう。もしかしたら、何か答えが返ってくるのかもしれない。

 

「Aチームは、どうやら吊り橋を渡るようね」

「吊り橋……」

 

 まずい、追い詰められている。それがみほの第一印象だった。確かに吊り橋を渡れば今彼女達を追っている戦車を突き放すことができるかもしれないが、それは渡り切れればの話である。橋は洞窟のように入口と出口がはっきりしているため、その両方から挟み撃ちにされれば文字通りに逃げ場所がない。おまけに洞窟とは違って左右からも攻撃される可能性が高く、正直言えば吊り橋を何の援護もなしに渡るなど、自殺行為に等しいと言ってもおかしくないのだ。それに、みほにはそれ以上の大きな不安要素と言ってもいいものがあった。それは……。

 

「吊り橋か……危険だが、ここを渡るしかない。私が外に出て先導する」

「でも、今出たら砲弾が……」

「今までの砲撃間隔の通りなら、もうしばらくは時間がある」

 

 大体の体感では、八九式の一発目と二発目の間隔は30秒、二発目と三発目の間隔は19秒、三発目と四発目の間隔は35秒、そして四発目と五発目の間隔は22秒、平均すれば約26秒という事になる。その間にⅣ号の影に隠れて敵戦車の射線の死角に入りさえすれば、危険は少なくなる。一つ気になるのは三突の行方だ。最初に一度撃っただけでその後は一度もこちらに砲撃を加えてこないが彼女たちはどこに行ってしまったのか。だが、先回りしていたとしても橋の向こうにまでは行っていないはず。それに、三突は砲塔が回らない上に基本的に上下も動かすことができないため、地面と平行にしか砲弾が進まない。きしんだりして上下に位置が変わる橋の上の目標物を相手にして致命傷の一撃を与えられるとは思えない。よって、この場合は三突は問題にしない方がよいだろう。不確定要素として考えられるのが、M3リー戦車と38(t)軽戦車の居場所。もしも橋の向こうで待ち伏せでもしようものなら、それこそ一巻の終わりだ。こうなった場合、迅速かつ冷静な対応が必要になる。簡単に言えば、さっさと渡ってさっさと隠れるべきであるということだ。

 すばやく吊り橋の上に降り立ったまほは、両手を大きく使ってⅣ号Dの先導を開始する。華はそれに従って徐々に戦車を動かし始める。やがて、橋の上に乗った。普通のつり橋であったら、この時点で戦車の重みに耐えきれなくなって落ちてしまう事であろうが、この橋には戦車の履帯の幅に合わせて鉄板が置かれており、そのおかげもあってか木の板が壊れることなくⅣ号は確実に進んだ。だが、それも橋の半分を通過する直前までの事。徐々にⅣ号が左に進み始めている。戦車どころか車すら運転したことがない華にとって、揺れてきしむ橋の上をまっすぐに進むという事は難しいことこの上なかったのだ。その事に気がついたまほが右に行くように指示を出したが後の祭りである。Ⅳ号の履帯が吊り橋の横に張ってあるワイヤーの一本を切ってしまった。その一本を切っただけでは橋は落ちることはないが、しかしそれによってバランスを一時的に崩した橋は左右に大きく揺れ始める。その揺れに足元をすくわれてしまい、まほは蹲ることがやっとで、立ち上がることができない。そのうち、段々橋の揺れのバランスが左に傾き始めた。無論、そちらに重たいⅣ号Dがあるからだ。

 

「あぶないッ!」

 

 その様子を双眼鏡で見ていたみほはそう叫んだ。このままではⅣ号Dが浅い川へと落ちてしまう。そうなったら、Ⅳ号から身を乗り出している沙織達がけがをするかもしれない。場所は違う。天気も違う。だが、その様子はまさしくあの時のソレとあまりにも似た姿に見えた。そう、あの時。増水した川に落ちて行ったティーガーの姿。あまりにも衝撃的なその様子、地面がえぐれて、川に土砂崩れに巻き込まれたかのように落ちて行ったその巨体。離れた場所ではどうすることもできない。もう二度と立ち上がることができないと知っている。なのに、みほは発作的に車椅子から立ち上がろうとした。腕に思い切りに力を入れて、前のめりになった。だが、足は当然前には進まない。そんな事、あの時もう知ったはずだったのに、それでも彼女は沙織達を助けに行こうとしていた。気持ちだけでも、思いだけでも、だがそんなものは無意味だったのだ。その時、足を置いていたフットサポートの上から足が滑って落ちてしまう。バランスを崩したみほはそのまま前に倒れ始める。その時の様子を、彼女はまるでスローモーションのように感じていた。そして、彼女の頭が目の前にある手すりに当たろうとした、その時であった。二つの爆音が鳴り響いた。


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