ダメだ落ちないでくれ。蹲りながら、彼女はいるはずもないであろう神様という物に祈っていた。妹を助けてくれなかった残酷な神様の事なんて、絶対に信じない。そう思っていた彼女だったが、しかし今その時だけはその神様に祈りたい一心であった。目の前で、みほの、そして自分に初めてできた本当の意味での友達。それが、橋の下へと落ちようとしている。彼女は思う。もしも、自分がこの橋を渡ることを提案しなかったら。もしも、誘導したのが自分じゃなかったら。もしも、自分がⅣ号に乗ることを提案しなかったら。あの崖を渡ることを提案していなかったら。まほの心は後悔で埋め尽くされていた。しかし、後悔先に立たずとはよく言った物。今更そんなことしたところで全ては遅すぎる事なのだ。あそこまでバランスの崩れた戦車が持ち直すことはない。何らかの外部因子がなければ、そう遠くないうちに戦車は川の下へと落ちて行ってしまうだろう。だが、外部因子などそう多くはない。台風並みの風や、クレーン等の機械で持ち上げると言ったようなことしか思いつかない。
「ッ!」
いや、もう一つあった。そう考えた瞬間、一つの砲弾がⅣ号を襲った。その衝撃でⅣ号は若干前進し、奇跡的にバランスを立て直した。橋の左端に寄っていたその巨体は、橋の中心へと寄り、落下を逃れることができた。それともう一方もまた。
「……ぇ」
「大丈夫みほさん?」
「は、はい。ありがとうございます」
手すりに頭をぶつけようとしていたみほは、しかしそのすぐ隣にいた蝶野が咄嗟に腕を彼女の身体の下にいれたことによって手すりの数センチ手前で止まることができた。もしもあのまま頭をぶつけていたら、怪我をしていたかもしれない。
「あ、そういえばⅣ号、皆は?」
「大丈夫。Ⅲ突が助けてくれたわ。向こうはそんな気はなかったかもしれないけどね」
「Ⅲ突か……偶然でも助かった」
撃破時の旗が上がっていない所を見ると、どうやら撃破認定はされていないようだが、一体だれが撃ったのか。気になったまほは爆風と煙が収まったころ、Ⅳ号の後ろに隠れながらその戦車の後ろを見た。そこにいたのはⅢ突、そして後ろからは八九式が向かってくる様子が見えた。恐らく距離的なことを考えると、Ⅲ突の放った砲弾がⅣ号に当たったのだろう。向こうからしてみれば、こちらを助けようとする意図はなかったかもしれないが、むしろ撃破しようとしてくれたために調度良い場所に弾が当たってくれたのだ。後で感謝しなければならない。そう思っていたまほではあったが、ここでⅣ号から悲鳴にも似た声が上がったのを聞いた。
「五十鈴殿!」
「華大丈夫!?」
「どうした!」
「操縦手失神!行動不能!」
その言葉を受けてⅣ号の上にあがったまほは、操縦席上部の窓から顔を出して気絶している華を見た。おそらく、先ほどのⅢ突の攻撃による衝撃で気絶してしまったのだろう。軽く見たところ大きなけがはしていないようだが、そのまま放っておくわけにはいかない。
車内に入ったまほは、華を右前の席、開いていた通信手のイスへと座らせる。観察した結果、やはり怪我は見当たらないため脳震盪による気絶であると考えていいだろう。この訓練が終了した後にちょっとした検査は必要はなるだろうがしかし、大事に至ることはないだろうと思う。だがどうするか。操縦手がいなければ当然戦車を動かすことはできない、こうしている間にも後ろにいる2チームは迫ってきているのだ。何とかしなければ。
「やるしかないか。あまり得意ではないが私が操縦手を……」
まほは基本的に指示をする側の人間だ。そのため、実際に戦車を動かすという能力に関しては平凡であった。幼少期や戦車道をやり始めたころには自分で操縦していたこともあったが、こういった試合形式のなかでするのは実質はじめてだ。果たしてうまくいくだろうか。まほが操縦席へと移動しようとしていたそのときである。戦車が突如として揺れたのだ。
「撃ってきた!?」
「いえ、違います!これは……」
「あぁ、間違いない、Ⅳ号が動いている。だが誰が……」
砲撃を受けた時には、一度大きな揺れがあってから徐々に収まっていくような振動を感じる。しかし、今彼女たちを襲っているのは小刻みな揺れ。恐らく、誰かがⅣ号を動かしているのだ。しかし何者なのか。華は見ての通り気絶しいる。沙織も優花里も今自分の目の前にいるから彼女達ではない。透明人間でも乗っていたのか。いや違う。一人いるではないか。この試合中にⅣ号に乗ってきた人間が。
「……」
「冷泉、お前か」
冷泉麻子である。彼女は優花里が持参していた戦車の教科書を見ながら操縦していたのだ。しかもかなりうまい。左斜め前を向いていたⅣ号が、少ししたら橋の端と平行に、そして橋のど真ん中へと戻っている。これは、ただ本を見ただけでできるようなものじゃない。才能だ。彼女の中に備わっていた操縦手としての素質が、この動きを可能としているのだ。こんな短時間でここまでの操縦技術を見せてくれる、ワクワクさせてくれるような少女、黒森峰でもあまり類がない。
「麻子運転できたんだ!」
「今覚えた」
「今!?」
「流石学年主席!」
ぶっつけ本番でここまでの操縦技術を見せることができるのだ。彼女を鍛えればきっといい操縦手になる。いや、それだけにとどまらず鍛え方次第では以前杏が言っていたように本当に日本代表として選ばれるような人間になってしまうかもしれない。また一つこの学校への興味と欲求が増えた瞬間であった。
「とにかく撃ち込め!」
「連続アタック!!」
「「「それそれそれぇい!」」」
そうこうしている間に八九式の副武装である九一式車載軽機関銃が火を噴く。しかしそれぐらいの攻撃だったらⅣ号に傷をつけることができないのは想像するのは難しくない。一方のⅢ突だが、今のところ砲撃の間隔から見るに、おそらく砲弾の装填に時間がかかっているのだろうと思う。75mmの砲弾の重さは最大で6,8キログラム。それをつい昨日まで普通の女の子だった彼女達がそうやすやすと持てるわけがない。八九式の装填速度がやや早かったのはおそらく元々バレーボールをしていた分筋力があったためであろう。しかし、この場面で主砲ではなく副武装の機関銃を選んだのは彼女たちのミスだ。もしも八九式が主砲を撃っていたのであれば、まだⅣ号にダメージを与えることができていたであろう。しかし、彼女たちは主砲ではなく機関銃を選ぶ、それは恐らくⅢ突が砲撃するまでの時間稼ぎをしているからだ。確かに八九式の57mm主砲である九〇式五糎七戦車砲よりはまだⅢ突の75mmの方が威力はある。それは間違いないしかし、乗り手側のスペックから考えれば、一発の威力にかけるよりも連続して攻撃できる法を選んだ方が効率がよかった。この大きなミスが、彼女達の運命を決定づけた。
「麻子後ろに下がってるけど!?」
「分かってる」
まほが教科書をチラ見すると、そこにはそれぞれの戦車のスペックが書かれていた。おそらく彼女もそれを見て自分と同じ考えを持ち、少しは時間の猶予があることを確認したのだろう。そのまて、ゆっくりと助走を取る時間があると考えたのだ。それに、一応橋の真ん中付近にまで戻ったとはいってもまだ体勢的に見ると少しは左寄りになっている。橋の走行と平行になるように整えたかったとしたら、助走をつけようとしているのにも納得がいく。
数秒後、麻子がブレーキをかけてギアを変える。どうやら、準備が整ったらしい。後退していたⅣ号は急停止したすぐ後に急発進する。Ⅲ突、八九式双方ともに装填が完了して発射したがすでに手遅れだった。砲弾は動くⅣ号を捉えることができず、そのすぐ前へと着弾した。結果的には煙幕のような煙が上がって視界を遮った物のしかし、どのみちまっすぐ行くしか道がなかったためⅣ号の速度が落ちることなく、煙の中からⅣ号は無傷で現れた。
「ッ!外れた!!」
「次だ次!」
「冷泉!橋を渡り切ったら急停止!秋山は砲塔を右90度回転!沙織は周囲を警戒してくれ、Ⅲ突と八九式は無視してもいい!」
「おう」
「分かりました!」
「了解!」
「う……ん」
「あっ華が起きたよ!」
敵が装填をしている中、次の行動を素早く指示するまほ。それはもはや通信手や装填手の役割を逸脱し、彼女本来の持ち場でもある戦車長の役割を思い出したかのような行動であった。そうやってあわただしくなり始めたⅣ号の中で、先ほどの砲撃で気絶していた華が目覚める。
「華、大丈夫か?」
「はい、すみません……」
「いやいい、それより今は休んでいろ」
「いえ、大丈夫です。頭もクラクラとしてませんし、目もはっきり見えますから」
「そうか……だがもしも頭が少しでも痛くなったら言ってくれ。……医者か養護教諭に診てもらう方が一番安全なんだがな……」
「はい」
「とにかく、華も周囲の警戒に当たってくれ。何か異変を感じ取ったらすぐ伝えてくれ」
「分かりました」
「秋山、指示を変更する。左に90度砲を回転させてくれ」
「分かりました!」
脳震盪だけで済めばいいが、もしかしたら脳出血などの脳血管疾患を起こしている可能性も考える。今は大丈夫であってもこの時の傷が後々に大きくなって重大なダメージとなる恐れがある。そのため、まほはこの試合が終わったら保健室へと直行することを薦め、華はそれに対して了承した。
ともかく、今のところ華は心配ないだろう。ここからは再び試合に戻らなければならない。麻子は、まほの指示通り橋を渡り切り、Ⅲ突、八九式の対岸へとたどり着いた。橋の中ほどで砲塔を回転させてもこの砲身であれば引っかかることはない為橋の上で戦うことも考えた。だが、問題は今見えていない戦車二輌、38(t)とM3である。もしも二輌のどちらかが対岸にいたならば、後ろの八九、Ⅲ突と合わせて挟み撃ちとなってしまう。そうなる前に二輌を撃墜できたとしても、砲を再び前に戻している間に撃たれてしまえばどうしようもない。特にM3リーには彼女が乗っているのだ。逃げ場を確保しないで戦うか、逃げ場を確保して戦うかであるならば、逃げ場を確保して戦った方が得策であるのは素人でもわかることだ。
「早く回って!撃たれる前に撃っちゃってよ!」
「はい!」
「Ⅳ号の砲の回転は自動だから、せかしても意味はない。冷泉、橋と垂直になるように向きを変えてくれないか?」
「左だな?」
「あぁ」
麻子は、戦車を細かく動かして戦車の向きを変える。本当にこの少女は戦車を操縦するのが初めてなのだろうか。随分と手慣れているようにも感じる。練習無しでここまでの動きを見せれるのであれば、ちゃんと鍛錬を積んでいけば全学校の操縦手の中でも一、二を争うほどまでに成長してくれるだろう。等とまほが考えている間にも、Ⅳ号は方向を変え終えて、橋に向かって右側で止まった。実はこの試合でまだ一度も砲を打っていないのはⅣ号だけだった。停車したことによる揺れが収まった直後、ついにⅣ号が待ち望んでいた瞬間が訪れる。
「発射用意!!」
「ッ!」
まほのその言葉に、優花里は再度引き金に力を籠める。今自分の右手人差し指がその引き金を引けば、砲塔から弾が飛び出すのだ。それは、彼女が長年待ち望んでいたことと言っても過言ではなかった。いつかはこの引き金を引きたい、いつかは弾を撃ってみたい、そう願っていたのだ。いま、その彼女の夢が叶う瞬間だった。人をも殺しかねない危険な砲弾。トリガーハッピーと言われても構いはしない。他人がどう言おうとも、その瞬間は彼女にとって最も幸せな瞬間だったのだから。一度、二度瞬きをして深呼吸をする。その普通の動きですらも、なにかの儀式のように感じられた。その緊張感に思わず周囲もまたかたずを飲む。まほは発射するタイミングを見極め、沙織は緊張緊張している優花里を見つめ、華は上部の窓から顔を出して周囲を警戒し、麻子は先ほどまでと同じように眠たそうに操縦席に座って待つ。まほの声を待っている時間。それは、永遠に続くのではないかと誰もが思った。しかし、ついにその瞬間が、あまりにも突然にやってきた。
「撃て!!」
「ッ」
反射的に、優花里は引き金を引いた。轟音とともに一発の砲弾がきりもみ回転しながら飛び出し、Ⅳ号は大きく揺れる。それは自分たちの方が撃たれていた時にも感じていた物と似て非なる物であった。弾はまっすぐと凄まじき速さでⅢ突へと飛ぶ。もちろん、Ⅲ突がそれを避け切れるはずがなかった。Ⅲ突の主砲のすぐ左に着弾した砲弾は爆風と煙を吐き出した。そして、煙の中から現れたⅢ突はしかし、着弾した場所から煙を上げて動く様子もない。それから間もなく、行動不能を示す白旗が掲げられた。
「うわ、凄……」
「ジンジンします……」
「なんだか、気持ちいい……」
弾を撃った瞬間まほの隣から排出された大きな薬きょうと火薬のにおいが戦車内部に充満する。衝撃も音も撃たれていた時の二倍、三倍以上の力強さを持っていた。表情の乏しかった麻子ですらも、驚きの表情へと変わる。足先、指先から体の奥にまで浸透するかのようなその振動は彼女たちの心をもまた揺さぶったのだ。遊園地で危険なアトラクションに乗った後のような感触といったしまえば簡単であろう。血肉が意識しなくても沸騰し、頭も興奮状態にあるであろうことが分かる。瞬時にアドレナリンが分泌され、一種の麻薬を直に頭に撃ち込まれたかのような同じ感覚に陥ったのだ。華の光悦とした顔つきだけはある意味で危ない気もするが、しかしそれは純粋にその場にいた全員の気持ちを代弁していたと言ってもいいだろう。
「有効!Cチーム行動不能!やるわね」
「あの動き……操縦手と戦車長が変ったんだ……」
試合の様子を見ていた蝶野はCチームのⅢ突が行動不能、走ることも砲を撃つこともできなくなったことを告げた。戦車の撃破基準は複数ある。剣道の一本判定よろしく、有効な命中弾、つまり本当の戦争であったらそれで戦車内部にいる乗員が死亡している可能性が高いという攻撃を受けた場合。弾がエンジンに当たる、もしくは整備不良で完全に壊れて運転が不可能となった場合。戦車からすべての乗員がいなくなった場合。さらにごくまれではあるが操縦者が戦闘不能とした場合にも白旗が自動的にあがって撃破となる。ともかく、そこからどう立て直そうとしても整備班が入らない限り満足に運転できなくなった場合に撃破認定されるとい思ってくれても構わない。今回は、有効弾を喰らったから撃破認定を受けたという事だ。
みほは、Ⅳ号が落ちそうになってからⅢ突を撃破するまでの戦車の動きが変ったことに注目した。操縦もそうであるが、それ以外の動きもほとんど無駄がなく、まさしく戦車道をよく知っている物が指揮を取っていると言っていい動きを見せていたのだ。
「お姉ちゃん……」
戦車長が姉に変ったという事は間違いない。今この状況から見るに、八九式が落とされるのも時間の問題となった。やはり、まほは強かった。自分等足元にも及ばないほどに。相手も味方も素人であるというのに、そのなかで随一の能力を見せて立ち回っている。その姿は、暗闇で光り輝くホタルのよう。
「敵わないな」
「あら?」
「え?」
その時、蝶野が双眼鏡を覗き込んだ。何かに気がついたようだ。みほもまた、彼女のがのぞいた方向に向けて目を細めてみた。そして見つけた。森の中ほど、そこから立ち上るソレを。
「あれって……まさか」
「蝶野さん!すぐに確認を!」
「え、えぇ!」
みほは、蝶野が通信機の周波数を合わせている間に、橋の前で八九式と対峙しているまほたちの搭乗しているⅣ号の方を見た。当然ではあるかもしれないが、彼女達もまだ気がついていないようだ。今はまだ距離的にも大丈夫ではあるかもしれないが、もしも気がつかないままであれば、勝負は一瞬の後に決まってしまう。何が起こったのか理解できないままに。
「お姉ちゃん……」
第三者の立場で戦場をみるみほには、姉に助言をする立場にはなかった。だから、彼女にできるのはⅣ号に乗っている五人の無事を祈ることだけであった。
「手を休めるな!今度は八九式を!」
「はい!」
四人が放った弾丸にしびれ、酔いしれている中でもまほは冷静に飛び出した空の薬きょうを片付け、新しい砲弾を装填し指示を出した。それに答えた優花里は、すぐにまた砲を撃つ準備に入る。
「まずい!フォーメーションB!」
「はい!」
協力関係にあったⅢ突が一撃でやられた姿を間近で見た八九式に搭乗するバレー部の面々は、すぐに次の弾を発射した。だが、彼女たちは慌てていた。こういった動揺する場面でこそ落ち着かなければならないがしかし、経験の全くない彼女達にはそんな余裕は全くと言っていいほどに存在しなかったのだ。明後日の方向にそれた照準では、まともにあたるわけがなく、八九式の砲塔から放たれた弾はⅣ号にかすりもせずにⅣ号の横を通過していった。
そして、先手を取られたⅣ号ではあったものの、こちらはバレー部とは違い、至極落ち着いていた。その原動力となったのは間違いなくまほだ。彼女の的確な指示、判断力、そして圧倒的なカリスマ性、それらを兼ね備えた言葉は間違いなく彼女たちに自信と勇気を与え、それぞれに割り振られた役割に集中する。指揮をする人間が変っただけで、ずぶの素人のチームであったのが、まるでプロのチームに入れ替わったのではないかというほどにすべてが変ったのだ。そんな化け物を相手にして、素人であるバレー部チームが勝てるはずがなかった。
「撃て!」
Ⅳ号から放たれた弾は、見事に八九式の真ん中を貫いた。着弾した装甲には一つの穴が開き、そこから白い煙が噴き出した。
「まともにアタックくらった!」
八九式は走行不能となり白旗が上がる。これで自分たちを追っていた二つの戦車が倒れ、元戦車長であった沙織はホッと一息をついた。
その瞬間、華が叫んだ。
「まほさん!こちら側の森の奥から煙が!」
「何?」
こちら側の森、つまり今走行不能になった八九式やⅢ突がいる方の崖とは反対の場所から上がっている煙。その言葉を受けたまほは、数秒後にはその意味を理解し、上部のハッチから上半身を出して森の方を見た。そして、目を皿のようにして森の中を凝視したまほが下した決断。それは……。
「麻子!前にフェイントを入れてから下がれ!」
「おう」
麻子は、その言葉通りにⅣ号を数センチだけ前に進めた後、すぐにバックギアに切り替えて後ろに下がった。
その瞬間、Ⅳ号の目の前に二つの弾が着弾する。一つは先ほどまで自分たちが止まっていた場所。そしてもう一つは、Ⅳ号がそのまま進んでいたら間違いなく当たっていたであろう場所。もしもまほの判断が遅れた。もしくは判断を間違えていれば間違いなくⅣ号は走行不能になっていただろう。
Ⅲ突、八九式を倒して若干浮かれ気味であった沙織は、華の叫びから始まった数十秒足らずで起こった出来事に対し、パニック状態になって聞いた。
「え、ちょっと何なの一体!?煙ってなに!?」
まずはそこからだった。果たして、華が見た煙とは言った一体何のことなのか、沙織はまだ理解が追い付いていなかったのだ。
「戦車が撃墜された時の煙だ。八九式やⅢ突が出しているような……な」
「え?それが私たちのいるほうの崖に見えたってことは……」
「そう、こちらの崖に残る二輌がいたという事……そしてすでに一輌が走行不能になったという事だ」
華の報告を受けそう考えたまほは、すぐにハッチを開けてその戦車を探した。一体どのくらい前からその煙が上がっていたのかは判断がしづらいが、しかしもしも自分たちがⅢ突と戦っていたあたりから上がっていたとするならば自分たちの車輛の近くにまで来ている可能性が高かったからだ。
事実、彼女の目に映ったのは一輌の戦車。そして、森の中にあったためにその姿がよく見えなかった物の、着弾した二つの弾、さらには残った戦車の搭乗員の関係から十中八九あの戦車であることは間違いなかった。
「まだ遭遇していない戦車は二輌ある。だが……お前以外であるはずがない、そうだろ?」
彼女達であることを確信していたⅣ号の目の前に現れたのは、やはりまほの想像した通りの戦車。ある意味では今のⅣ号と似ている。自慢ではないが、自分が戦車長になったことによって、麻子や秋山などの能力は飛躍的に上昇した。先ほどの戦闘での圧勝がそのよい証拠である。思えば、Ⅲ突や八九式相手に対しては、あまりにも不公平な戦いをしていた。向こうが全員が戦車道に対しては素人であるというのに、こちらは戦車長として自分というあまりにも戦車道知りすぎている人間が指揮していたのだから。
だがこの先は違う。一対一で戦うことになる彼女達もまた、自分のように戦車道の事をよく知っている人間が指揮をしているのだ。おそらく、激闘となることはほぼ間違いないと言えるだろう。だが負けられない。模擬戦だとしても、相手は自分とみほのいわばライバル。みほの姉として、そして最上級生として一年に、そして中学生に負けることはあってはならない。というか、負けたくないといったほうがあまりにも身もふたもなく簡単な言葉だろうか。
ともかく、だ。
「島田愛里寿!」
ここに、今世代初めてとなる島田流VS西住流の次期家元候補同士の対決が始まった。