まほの予感は的中。森の中からⅣ号のことを狙っていたのはM3リー。そしてその戦車長の愛里寿を含めた十四の瞳は一直線に存在するⅣ号はまだしも、その中にいるまほたちのことすらも見ているように思える。
「ごめん、外した」
「愛里寿、どうする?」
「問題ありません。もとから、この攻撃で倒せるとは思っていませんから。一度、森の奥に隠れてください」
「あい」
冷たく、遠い空の向こうに存在する星をみるかのように彼女たちの目は鋭くⅣ号を見据えたまま、その姿は森の奥へと隠れてしまった。
それは、この試合が始まってすぐのこと。
「ここで止めてください」
「あい!」
愛里寿の小さな指示と、桂利奈の独特な返事が車内に響いた。M3リーが止まったのは森の中で、少しだけ道から離れた場所である。
「すごーい桂利奈!さっきまで運転の仕方も分かってなかったのに!」
「愛里寿の教え方が上手だったものね」
「……」
「へへ、ねぇ!もしかして私たちって才能があるんじゃない?」
「これなら、西住流も倒せるかも!」
と、愛里寿と梓、そして紗希以外の四人ははしゃいでいる。というより、紗希はほとんど無表情&無口な女の子であるため、実質的にはありすと梓以外の五人といってもいいのかもしれないが。
愛里寿に教えを請うたこともあって一年生チームは、というより桂利奈は初心者ながらも戦車の運転が上達していった。愛里寿は思う、たぶんこの6人にはもともと素質があっただろうと。そうでなければ、いきなり戦車に乗ってここまでまでの動きができるはずがない。元々戦車道のなかった学園艦に、ここまでの素質を備えた人間がいたのは驚きに値するものだ。
行けるかもしれない。戦車長・島田愛里寿、主砲砲手・山郷あゆみ、副砲装填手・丸山紗希、操縦手・阪口桂利奈、通信手・宇津木優季、副砲手・大野あや、そして副戦車長兼主砲装填手・澤梓。この七人であればこの戦車を棺桶にしなくて済むのかもしれない。
「皆、浮かれてばかりいないで。まだ敵と遭遇したわけでも戦ったわけでもないんだから」
因みに、梓を主砲装填手だけでなく副戦車長という役割に添えたのは、愛里寿が梓は命令を受けてただ動くだけには止まらず、自ら指揮をとる能力に長けていると思ったから。そんな彼女の能力を使わないのは勿体無いと思ったから。今は戦車道について全く知らないただの少女だが、2年も経てばこの大洗を率いる逸材である。そう愛里寿は考えていた。だから愛里寿は、彼女を成長させる事を目的として自分の右腕となる地位に添えたのだ。現在もこうして慢心しそうになっているメンバーの事を制止し、油断しないようにと釘を刺している。
だが、油断するのも無理はない。今は、人生で初めての乗る乗り物、それも自分で操作しているのだ。ただ動かすだけでも楽しいに違いない。問題は、今この状況で敵に遭遇してしまった場合。もしも、自分の思っている通りなら彼女たちは……。
「大丈夫だって!」
「うん!だって、私たちには……」
轟音と衝撃が彼女たちに伝わったのはそのすぐあとだった。
「きゃあ!」
「なになになに!?」
「落ち着いて!みんな周りを見て!!」
「機械ばっかりで何も見えないよ!!」
「戦車の中じゃなくて外!」
パニックになりながらも、少女たちは梓の指示に従って窓から顔を出して周囲を見る。だが、目を凝らしても暗い森の中にいる敵の姿は全く見えなかった。それから数十秒後、ようやくその姿を捉えたのは次の衝撃が来た瞬間だった。
「愛里寿!後ろにいた!距離は大体20mくらい!」
「20……かなり近いですね。どの戦車ですか?」
「えっとあれは……38(t)!生徒会の人たちのチームだよ!!」
その返答にたいして、愛里寿はやはりと思った。そもそもあの配置図において一番近くにいたのは生徒会のチーム。来るとしたらやはり彼女たちか。などと心のなかで思っている時にも、当然休むこともなく38(t)は3.7㎝の砲を放った。
「逃げて桂利奈!!」
「逃げるってどこに!?」
「それは……」
彼女の言うことももっとも。この場所ですら隠れるのに適していると言える場所。しかし結果的に見つかってしまった。いったいどこに逃げればいい。いったい自分達はどうすればいい。
「愛里寿!」
梓は、隣にいる愛里寿の名前を叫んだ。
「……」
しかし、愛里寿はなにも言わずに、ただ上部の入り口から身体を出して38(t)を見ていた。そして、三発目の弾が放たれる。今度は、地面には当たらずに近くの木に当たったようだ。弾があたった木はゆっくりと倒れ、M3リーのすぐ横に横たわった。その倒木が決め手となった。
「きゃぁ!!」
「愛里寿!」
「もう嫌だ!怖いよ!」
なにも言わない愛里寿。それに対比するかのように戦車内部の混乱は激しいものであった。
死ぬかもしれない。そんな考えが彼女たちの頭をよぎっていた。特殊カーボン素材というもので戦車の中は守られているということは知っている。でも、それでも何かの間違いで弾がそれを貫通することもあるのではないか。元々この戦車は十何年も前からあのウサギ小屋に放置されていた物だから、鉄のように劣化していたとしても何ら不思議はない。そしたら、自分達はどうすることもできないままに死んでしまう。そんなの、いやだ、いやだ、いやだ。畏怖、恐怖、それらが彼女たちの頭に浮かんだ瞬間に、この戦いの終着への道が開かれてしまった。
「助けて!ここ開けて!!」
「駄目!今外に出たらそれこそ弾に当たるかも!!」
「でもこのままここにいても!!」
「あッ……」
《七人兄弟の棺桶》または《七人用共同墓地》。この戦車を見つけ、愛里寿からその名前を聞いた夜に調べた時、このような文字がインターネットに浮かんでいた。車高が高いから被弾しやすく見つけられやすい。被弾した場合エンジンから発火しやすい。二つの砲それぞれにデメリットがある。そして装甲が脆いということその他諸々からそのような不名誉ともいえるあだ名がつけられてしまったのだとか。
本当にその言葉の通りにここが自分達の棺桶になってしまうのだろうか。いや、そんなこと愛里寿が一番したくないはずだ。でも、だったら……。
「……」
だったらなぜ愛里寿はなにも言わずに入り口から顔を出しているのだ。どうして先程までのように自分達に指示をくれないのだろうか。なんで……。
「愛里寿、あなたは死ぬのが怖くないの……?」
ふと考えてみる。今この状況で一番危ないのは誰なのか。それは紛れもなく愛里寿。言わずもなが、弾が当たってしまえば普通の人間は死んでしまう。それも、華奢な愛里寿にあの重い砲弾が当たってしまえばそれこそ身体が吹き飛んで、ただの肉片に変わってしまう。そこには、愛里寿という一人の人間がいたという痕跡すらも残らないほどのモノが残ってしまう。それは愛里寿自身もわかっていることのはず。なのにどうしてそんな危険な真似をしている。どうして表情ひとつ変えることなく砲弾を見送ることができる。恐れを知らないのか。怖いという感情を捨ててしまったのか。
昨晩、君は言った。戦車は人を傷つける道具だと。戦車の外にでたら危険なのだと。それなのに、どうしてあなたはまるで死にたがりのような真似をするのか。どうして友達をこんな危険な目に遭わせているというのにそんな冷たい目をしているのだろうか。いや、違う。危険じゃない。確かに衝撃は車内に伝わってきたし、その轟音で耳がつぶれそうだった。でも、自分達は無事じゃないか。弾が貫通したどころか、当たってすらいない。それなのに、どうして自分達はここまであせっているのか。まだ負けた訳じゃないのに、どうして紗希以外のみんなは逃げ出そうとしているのか。
「え、紗希?」
そういえば、もう一人だけ冷静な人間がいた。それが紗希。彼女もまた愛里寿と同じように表情も変えずに外を見つめているようだ。彼女も自分達と同じように戦車に乗るのははじめてなはず。そして怖いはず。なのに、どうしてあなたもそこまで表情ひとつ変えないでそこにいるのか。そこにいられるのか。梓はとてつもなく不思議な感覚に陥った。そして、ただ外を見ていたはずの紗希の顔がふと、梓の方に向く。そして彼女は……。
「……」
「紗希……」
ただ、笑っていた。
梓は、彼女のその表情から紗希が何を考えているのかを察しようとする。だが、答えは簡単だった。信じているのだ。昨晩愛里寿が言ったあの言葉を。車内にいれば大丈夫という言葉を。だから彼女はなんの心配もせずに笑っていられるのだ。愛里寿を、そしてこの戦車を信じている。
「紗希だって信じてる……だったら、私も!」
まだ手は震えている。今でも逃げ出したくなって、叫びそうになる。でも、逃げてたら勝つことができないのは当たり前とあのとき誰が言った。自分だ。愛里寿がなにも言わないのも信じているからだ。自分達が逃げないのを、そして反撃してくれるということを。きっとそうに違いない。だったら、その期待に答えるのが戦車長の下に付いたものたちの、自分達の役目なのではないか。梓は、震える手を握りしめて、大声で言った。
「みんなも愛里寿の言ったこと思い出して!!」
「え?」
「梓……」
瞬間、凍結。編みにかかった魚が死んだかのような静寂が辺りに流れた。あゆみ、紗希、桂利奈、優季、あや、そして愛里寿の目線が梓に集中する。
「逃げるなって言われたでしょ!逃げてたら勝てないって言ったでしょ!怖くて当然だよ……戦車は元々人を傷つけるための道具なんだから、恐ろしくてたまらないのが当たり前なんだよ。私だって、はじめて戦車にのって怖いけど……でもみんなまだ大丈夫!傷ひとつないでしょ!負けた訳じゃないのに逃げ出すのなんて、そんなの弱虫のすることじゃん!……私たち、もっと考えないといけなかったんだ。戦車に乗ることがどういう意味をもつのかって、人を傷つけるかもしれないものに乗るっていう覚悟を決めてからじゃなければ、乗っちゃいけないものだったんだ。戦車は、誰かを傷つけて、その人の人生を狂わせてしまうものかもしれない、みほさんのように……。みんなみほさんのように強くないから、誰かの人生を変えてしまうかも、殺してしまうのかもしれない。でも怖いって分かった。怪我するかもしれないって分かった!今の私たちなら、きっとなんでも乗り越えられるはずだよ。だから、逃げないで戦う。私たち7人ならこの棺桶を、ううん、この子を無敵の要塞にもできる。だって私たちは……恐れを知った子供たちなんだから!」
「梓……」
人を傷つけない乗り物など存在しない。戦車はもとより、車だって、バイクだって、自転車もそうだ。どの乗り物も人を傷つけ、簡単に殺すことのできる力を秘めた鉄の怪物。それを便利な道具にするのか、人を傷つけるための機械とするのかは、それを操る人間の心に委ねられている。恐れを持ったままそれを操るときっといつか取り返しのつかないことをしてしまう。人は失敗からなにかを学ぶ生き物。でもその失敗で一人の人生を狂わせた結果に残るのは、より多くの人間の狂った人生だけ。優しい人間こそ、その狂わせてしまった人生に悩み、苦しむことになる。大きな力に対する大いなる責任、その認識を持たないままに力を手に入れた者には破滅的な未来が待っている。例えそれまでにどれだけ輝かしき過去を持っていたとしても、純粋で優しい心を持っていたとしてもひとたび人を傷つけたものには幸せになる未来は待っていないのだ。だからこそ覚悟を決める。車にのるのも、バイクにのるのも、自転車にのるのも、そして戦車にのるのも、一回一回に全身全霊をかけるほどの気持ちを持っていなければならない。そうでなければ無意識な人殺しとなってもおかしくない。覚悟なき者が乗る乗り物ほど恐ろしいものはない。犠牲があっても仕方がないと思うものが乗るほどに悲しいものはない。そんなものに傷つけられることほどに狂わしいものはない。人を守るのは、傷つけられるという怖さを知ったものだけに許された権利なのである。
彼女たちは知った。傷つけられる恐怖、死ぬかもしれないという恐れ、それを乗り越えようとしている彼女たちは……。
「愛里寿、指示を出して。私たちは絶対に逃げないから」
「……うんそうだよ、愛里寿!どこに向かえばいい!?」
「私は、どこを狙えばいいの?」
「私たちは、愛里寿とこの戦車を信じるから!」
「みんな……」
そこには、先ほどまで逃げ出しそうになっていた少女たちの姿はなかった。みんな、敵に向かおうとしている、立ち向かおうとしている。怖いとわかっていて傷つけるかもしれないけど、それでも戦おうとしてくれている。今ここに、大洗最強の一年生チームが誕生した。愛里寿は、一瞬だけ目をつぶると言う。
「動かなくても平気、今のところ合計8発打たれているけど、一発も当たっていないから」
「え!?」
「そんなに!?」
それは二つの意味での驚き。ひとつは、そんなに打たれていたのかと言う驚き、そしてもうひとつはそんなに外れていたのかと言う驚き。確かに冷静に考えてみると自分達はかなりの時間足を止めていたと言うのに、一発たりとも弾がかすることもなかった。しかも20mという近距離にいるというのに一発も攻撃が当たらないというのは、むしろ才能ではないのだろうか。
「もしかして、生徒会の砲手の人ってノーコン?」
「そうかもしれません。生徒会の人たちも、戦車にのるのがはじめてであれば、砲を撃つのもはじめてで、まだ戦車になれていないということも考えられるけど……」
「愛里寿、もしかしてそれがわかったら顔を出してたの?」
「小窓から身体をだすのはよくあることです。小窓じゃ視界が狭まってよく見えないし、気がついたのは、二発目が当たらなかったとき」
「さすが愛里寿!」
「こんなときにも冷静に見れているなんて」
一方の38(t)。
「はっずれ~」
「桃ちゃんこの距離で外すの?」
「桃ちゃんと呼ぶな!次は当てて見せる!!」
といいながら桃は次の弾を装填する。愛里寿たちの予想は当たっていた。生徒会チームの広報河嶋桃はある種天才的なノーコンである。その精度は見ての通り、止まっている戦車を狙って全弾当たらないどころかかすりもせず、砲身がM3リーをとらえているというのに、何かしらの超能力でも発動したのかというほどに誰もが予想することのできない方向に飛んでいってしまっている。これならばいくら素人であっても冷静に戦えば勝つことは容易いであろう。
「桂利奈ゆっくりでもいいから砲身を38(t)に向けて」
「あい!」
「あゆみは主砲の用意、あやは相手が動いて主砲が外れたときのために副砲の準備をして。M3は主砲が回転しないから外れる可能性が高いから」
「「了解!」」
M3リーの武装は前方向かって車体前部左側に搭載されている主砲の75mm砲、砲塔搭載の副砲の37mm砲の二つ。それに加えて、機銃もあるにはあるが、こちらは戦車相手にはあまり効果が期待できないためやはり主に二つの砲を使っていくということになる。しかし、主砲の75mmは、砲塔の37mmとは違い左右に最高15度しか射角をとることができない。そのため、まだ戦車になれていないあゆみであればはずす可能性が高い。そう考えてのあやのバックアップであった。
「梓」
「え?」
「……やっぱり梓を副戦車長にしてよかった」
「愛里寿……」
心のそこでは、逃げ出しても仕方がないと思っていた。逃げても恨まない、そう思っていた。戦車に乗ることの恐ろしさは、自分がよく知っているから。でも、彼女たちは逃げなかった。梓が止めてくれたから。彼女が成長するのに2年もかからなかった。今この場所で、彼女の才能の一端が覚醒したのだ。
「愛里寿、私から提案があるんだけどいいかな?」
「なんでしょう?」
「まず……」
「動き始めた!」
「おのれ逃がさん!追え柚子!」
(あ〜なんか嫌な予感がする)
当初、一切の動きを見せていなかったM3リーはゆっくりと戦車を前後させながらその砲身を38(t)に向けようとしていた。しかし、M3リーは突如として急速発進し38(t)を置いてその場から逃走を図った。無論、生徒会チームはそれを追った、がこの時杏の中である一つの予感がした。もしかしてこれは愛里寿の策略なのではないか。そうじゃなければノーコンの桃から逃げるなどという奇妙な行動を取っている説明がつく。つまり、このまま行くと罠にはまって負けてしまうのは確実。では、そう考えているのならなぜ何も行動を起こさないのか。
答えは単純明快。全く戦車道について知らない自分には戦車道を、いや戦車の事をよく理解している愛里寿の考えが読み取れないからだ。知識の浅い自分でも考えるてはみるが、良くて待ち伏せ、もしかは別チームにばったり出くわして混乱させている間に撃破。いや、後者はない。愛里寿もわかっているはずだ。この近くには自分たち2チームしかいないのだと。だとすれば、待ち伏せか。いや、確か自分の記憶ではM3リーよりも38(t)の方が少しだけ速かったはず。待ち伏せをするのならこの戦車を引き離すほどの速度が出なければならない。まぁ、この道は整地されているわけではないのだからどちらも最高スピードまでまだせるとは思えないが。
杏の予想通り、その追いかけっこは双方ともに付かず離れずという様相を呈したままだった。途中、桃が何発か撃ってはみたが、当然のごとく当たらない。しかし、冷静に考えてみるとこの状態、意外と悪くないのかもしれない。M3リーの副砲を旋回するにはそれなりの時間が必要になるし、こうも全速力で後方にある戦車を撃破するにはテクニックが必要になる、ということはいつかは車体自体を回転させて、なおかつ停車して主砲で攻撃なければならない。そのためにはよくカーレースで見るようなドリフトをしなければならないが、先ほども言った通りこの辺りは整地されていないし木が生い茂っているため、もしもそのような真似をすれば最悪横転、自滅といった結果になってしまうだろう。他にも急停止する事で38(t)がM3を抜かし、逆に背後を取るというような作戦も考えられる。これならば、不整地の場所でドリフトなど危険な真似をしなくても済む。だが、それをするにはあまりにも車間距離が広すぎる。これでは自分たちの車が追い抜くということはまずないだろう。
「全く!どこまで逃げるつもりだ!!」
「そういえば、この先に整地された道があるよ!」
「なに!まさか、その道に出ようとしてるのか!させん!!柚子、先回りだ!」
「了解!」
(なるほどね〜)
この時、彼女の頭の中に2つのシナリオが浮かんだ。だが、それを発する事なく柚子の運転により38(t)はM3から離れ、道に先回りできるコース取りをする。この辺りの地形は、戦車道を復活させると決まった際によく見回ったため地の利は生徒会チームにあった。舌を噛みそうになるほどに少々乱暴な運転になったものの、なんとか3人は1年生チームより先に道へと到着する。
「さぁ来い!次は一撃で仕留めてやる!!」
狩人は我々生徒会チーム。獲物はお前たち一年生チームだ。そんな意気込みで待ち続ける桃。待つ、待つ、待つ、しかし、待てど暮らせどM3が来る気配はない。いくら先回したとはいえそれほど距離を開けてはいなかったはずだが。
「何故だ!何故あいつらはこない!!」
「あー、かぁしま」
「なんです!」
ここまで不動の態度をとっていた杏は、しかし入り口からひょっこりと顔を出して後ろをみていた。自分の想像が正しければ彼女たちは横か後ろか。ならば、入り口から180度みていれば戦車の姿が見えるはず。そう考えたのだ。果たして、彼女の予想通りであった。
「後ろから狙われてるよん」
「「え!?」」
安全のため、苦笑いを浮かべた杏が入り口の扉を閉めて車内に戻ったその瞬間であった。
「撃って」
38(t)の近くで大きな音が二つ、そして遠くからひとつの花火のような音。そして二つの衝撃がひとつの小さな戦車を襲った。M3リーから放たれた弾丸は、ひとつが38(t)の装甲を掠めて削り、反動で動いた38(t)を今度はもうひとつの弾丸がクリーンヒットしたのだ。それによって小さな爆発が起こり、38(t)は走行不能の白旗をあげる。
「す、すごい……」
「本当に、生徒会の人たちを倒せた……」
「気持ちいい……」
「やったね、愛里寿!」
「梓の考えてくれた作戦のおかげ」
梓はあの時愛里寿に二つ、いや正確に言えば三つの作戦を提案していた。ひとつが、生徒会チームが考えていたように整備された道に出る作戦。しかし、それは杏が考えていたようにドリフトすると言ったテクニックのいる作戦ではなく、本当にただ道路に出て戦いやすい場所で戦うというもの。また、これまた杏の予想通りいきなり急停止して38の後ろに回り砲撃を加えるというもの。ただ、この二つの作戦が成功するとは微塵も梓は思ってなかった。
本命は最後の一つ。確かに道に出た方が戦いやすい事だろう。しかし、そんな単純なことはすぐ見破られ、作戦を破るために動いてくることは必然。それならば、それを逆手にとった作戦。
恐らく、相手は自分達の作戦を破るために先回りして道に出ようとする、もしくは道に出た直後の無防備な自分達を攻撃してくることだろう。だとすれば、おのずとその待ち伏せするための場所は限られてくる。38(t)の有効射程範囲、それに木々に邪魔されない場所ということも重要。なおかつ、自分達が道に出ることがよく見える場所を相手は選ぶことだろう。そう辺りをつけてM3リーもまた後ろから38(t)を追った。この後ろからというのも重要となる。
真後ろというのは、戦車の死角、注意してみるということをしない場合以外はそこに敵がいたとしてもまず気付かれにくい。さらに相手は先回りをするためにもうスピードで目的地に向かっているため周囲に気を配りづらくなることだろう。それに、さきほど愛里寿がやっていたように入り口からから顔や体を出して後ろをみるという行為も、バランスがとれないためにやりづらい、そう梓は考えてこの本命の作戦プランをたてたのだ。
「ううん、今回は偶々……運が良かったから」
今回彼女にとって幸運だったのは、本当に相手が自分の作戦に乗ってくれたこと、そして勢い余ってなのか生徒会チームが道に出てしまったということ。これによって、森の中からみれば生徒会チームが丸見えとなってしまっていたため、よく狙いを定めて打つことができた。ちなみにもしも敵が自分の作戦に乗ってこなかったときは、もうその時はその時で真正面からぶつかるつもりでいた。そもそも、杏が考えていた通りノーコンである射手から逃げる必要なんてなく、その場で戦いを挑んだ方がすぐにけりがつく勝負だった。しかし、それをしなかったのは、もともとこの作戦は運転テクニックがまだ備わっていない桂利奈があの場で後ろを向くということに苦労していたことから、どうしたら敵を真正面にすることができるのかを考えた結果の代物。今回の戦いは、いくつかの運が重なった結果一番最良な終わりとなってしまっただけなのだ。
「それでもいいんです。複数のプランを用意できる時点で、優秀です」
「ありがとう、愛里寿」
愛里寿の言葉は社交辞令でもなんでもなく真実。あるひとつの戦いにおいてひとつの作戦をたてるなどということは、素人でもできること。大切なのは、もしその作戦が失敗したらどうするのか、敵がどう動いたらこちらはどう動くのか、戦場の状況をみるなかで自分のたてたプランのどれを早く採用し、そして動くことができるのか、それを考えられる人間こそが強い指揮官となることができる。確かに彼女の作ったプランはシンプルで単純なものだった。しかし、それがひとつだけではなく二つ三つ、さらにもしも敵が想定していない動きをした場合についても考慮していたことを考えると、作戦の精度等は横道にそらしてもいいくらいに賢明な作戦だった。今はまだこれだけではあるが、しかし彼女のこれからの成長を期待できるないようだったことは確かだ。
「愛里寿、このあとどうするの?」
「次のチームのところに向かいます。ただ、そのなかで一番の驚異となるのは……」
「西住流……みほさんのお姉さん……」
島田流と双璧をなす西住流であり、戦車道の名門黒森峰の元隊長西住まほ。生半可な相手ではないことは確かだ。
「気を引き締めないといけないね……」
「はい、敵は生徒会の人たちのように単純ではありません。今用いることができるすべての力を使ってください」
「了解!」
用心のために目の前にある道は使わずに、彼女たちは森のなかを再び突き進んでいく。もうそこには、油断し、満身状態にあった彼女たちの姿も、なすすべなく過去に倒されていった棺桶の姿もない。そこにいたのは動く要塞、そして7人の狩人だけであった。
書いてて気がつきましたけど、恐らく僕は愛里寿と機動戦艦ナデシコというアニメのルリの口調とかキャラクターのイメージがごっちゃ混ぜになっております。というかそれ以外の一年生チームの中で口調の再現ができるの紗希しかいないような(一言しかしゃべらせていない時点でキャラ崩壊させてるのに何を言うか)。