まほたちの方を見すぎていた結果、彼女たちはすでに四号の首を狩ることのできる位置にいた。瞬時の判断によって最悪の事態は避けられたが、敵は森のなかに潜んでしまった。果たして姉はどう戦うのだろうか。みほは双眼鏡で彼女たちの姿を目視しながら固唾を飲んでその戦況を見守るしかない。
「まさか、Eチームの車輌が撃破されていたなんて気がつかなかったわ」
「森の深いところ、見えないところで戦っていたみたいですからね」
蝶野は38(t)のなかにいるEチームと通信しながらみほに言う。どうやら、撃破された衝撃で通信装置にトラブルが発生してしまったため撃破の報告ができていなかったらしい。戦車が中古品であるのならば通信装置もまた中古品。大会までには何とかする予定ではあるが、古いまま使ってしまっていたことがこのトラブルを産んでしまった。だが、それ自体はこの戦況を左右するものではなかったため彼女たちの戦いに水を指さずに済んだ訳だが、この先は恐らく森の奥深くに入り込んでの戦いになる。となるとこの場所からはよく見えないだろうから、彼女たちの報告がみほや蝶野にその結果を伝える唯一の手段となる。姉や友達の戦いをみることができないと言うもどかしさを抱えたまま、みほは森のなかに入った四号を見守るしかなかった。
そして、号砲が鳴り響く。
「どうしますかまほ殿!」
「……」
麻子に森の中から狙い撃ちされないように細かく動くように指示を出したまほは、顎に手を添えて支えて考える。この状況は非常に不味いのだ。
確かに表向きはこちらと向こうとでは戦車長以外は素人、この場所で戦うのは今日が初めてと双方ともにアドバンテージなど微塵もない関係に見える。しかし、だからこそ最初の位置取りというものが大事となる。今回の場合、四号はM3リーにとって有利な場所をとられてしまった。所謂、地の利を取られたというものだ。
「森の中は木々が生い茂っているから外からは狙いにくく、当たりづらい。それに日光が遮られていることもあって暗くて見えづらい。一方森の中からはそれがまるっきり逆となってこちらが狙い放題になる。最初の攻撃で撃破されなかったのが奇跡のようなものだ……」
森の中というアドバンテージを持っていかれた今、彼女達にできることはあまりない。まほが悩むのはその数少ない危険な作戦に彼女達を巻き込んでいいものか。先程の吊り橋のような奇跡的なことはもう起こらないだろう。危険か、安全か、どちらを取っても運に左右される非常に無責任な作戦だ。
「じゃあどうすんの!」
「突っ込むか?」
「まぁ、それは大胆ですね」
「麻子アバウト過ぎ!そんなのすぐやられちゃうじゃん!」
「いや、それもいいかもしれない」
「「え!?」」
自滅覚悟とも思えないようなその麻子の提言を、唇に笑みを浮かべて採用したまほにたいして、優花里と沙織は驚嘆の声をあげた。
事実、この作戦を採用すると言うことは敵の中に突っ込んでいくということ。向こうの位置も把握できていないと言うのに、そのようなことをすれば、最悪真正面から飛び込んで二発の砲弾が当たって終了ということにもなりかねない。明らかな大博打となってしまう。それに、森の中は障害物がたくさんあるから、弾に当たらなかったとしても木や石その他もろもろに当たって撃破という間抜けな自体にもなり得ない。しかし、それ以外の有効な方法があるかと聞かれればはっきりと言えばなかった。
「愛里寿ほどの人間が、こちらの何らかの作戦にのってこの開けた場所に来ることが考えにくい以上、森のなかに入って戦うしかないのは明白。なら……」
「まほ殿……」
まほは、一度目を瞑り、数秒後決心したように目を開けていう。
「華、頼みたいことがある。麻子!」
「はい」
「おう」
まほは、麻子に操縦手の役割を渡して事実上手の空いてしまっている華、そして麻子をエンジンの音に負けないくらいの大声で呼んだ。
「……」
二人には、それぞれの位置についてもらい一度深呼吸を入れて心を整える。まほは、恐らくこの先こうしてゆっくりと休める状況など作られないだろうと考えていた。ここからはノンストップ、やるかやられるかの世界に入っていくため息つく暇がない。何時以来だろうか、こんな気持ちになるなんて、どのくらい前からだろうか、最後に運で勝利することができたのは。一度神様に投げ捨てた幸運ではあるが、再びそれを返してもらえるように祈りながら、まほは叫ぶ。
「パンツァー・フォー!!!」
その時の履体の回転速度は、その試合で一番速いもの。しかし、それを知ることができるのは、他でもない神の視点を持つものだけだ。その試合最高にボルテージが上がったタイマン勝負が今始まった。
押しつぶされそうな重力に歯を食いしばって耐えながら、5人ののる四号は、飛行機が不時着するかのようにその地に足を踏み入れた。勢いよく飛び出したために数センチだけではあるが本当に中に浮いたのだ。着地の衝撃もまた大きかったが、発進するときの比ではない。そして、死地に降り立って早々に、最初の攻撃が彼女達を襲う。
「見つけましたッ」
「ッ!右ッ!」
「ッ!!」
麻子が右にドリフト走行したその刹那、進行方向にあった地面に一発の砲弾が落ち、土煙を上げた。あとコンマ一秒動くのが遅かったら交わしきれなかっただろう。その攻撃を切り抜けたまほは、すぐさま隣にいる優花里に指示を飛ばす。
「撃てッ!」
「はい!」
その命令を忠実に守った彼女によってその指示が飛んでからタイムロスも一切無しに一発の砲弾が飛んだ。そして・・・・・・。
「ッ!痛いッなッ!」
弾は潜んでいたM3に当たることなくその奥にある木に当たって弾け、お返しとばかりにまたも弾丸が飛んできた。しかし、麻子が悪態をつきながら左に避けたため、双方合計して3発の弾丸はひとつたりとも相手にかすることなく無駄弾となる。いや、無駄というのは間違いだ。この結果、互いの位置がわかってしまったのだから。先ほどのまほの攻撃は、もう見逃すことも見送ることもしない。逃がすこともしない。どちらが先に倒れるかの勝負の鐘が鳴り響いたということを愛里寿にも知らせるための、宣戦布告だったのだ。
ちなみに、麻子の言葉からわかるようにまほは麻子の肩を勢いよく蹴っている。これは、この試合が始まる少し前に沙織に教えていた走行路を操縦手に教える方法である。先ほどにもましてうるさくなった現在、間近にいる砲手の優花里にたいしては辛うじて指示が聞こえるものの、麻子にたいしては全く声が届かない。そのためこの方法を選択したのだが、これには問題もある。
勝負は油断した方、そして少しのミスが命取りとなって負けてしまう。判断の遅れも、その判断の伝達にもロスがあってしまえばそれだけで負けてしまう。現に撃たれた二発は少しでもまほの指示が遅かったらまともに当たっていたもの。入り口から上半身を出してすぐにしたにもぐって麻子の肩を蹴る。この下に潜るという動作がどう考えても無駄だったのだ。そのため、麻子に操縦手の席を譲り、事実上仕事のなくなった華に入り口から上半身を出してもらい敵の位置を教えてもらうという方法をとった。これによって無駄などうさがひとつ消え、麻子が即座に動くきっかけとなったのだ。
「ここからは作戦もなにもない!あとは・・・・・・」
「倒すか、倒されるかです」
「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」「おう」「……」
双方、辛うじて聞こえたそれぞれの車長の指示に答える。ここから先は作戦、戦略、それらはもうなにも通用しない。どちらの乗組員の地力が強いかの勝負だった。
赤信号が青信号に変わったかのように二つの車輌はほぼ同時に走り出する。先ほどの急発進の比ではないがしかし重力を身体に感じるのは同じ。胃や腸が押し出されそうなほどに潰され、無意識に歯を食いしばってしまい、満足に声すらもあげることができない。戦車の中にいる少女達ですらそうなのだから、入り口から上半身を出している華、そして梓の二人などは手の力を少しでも緩めると文字通り振り落とされてしまうだろう。
そう、一年生チームの愛里寿もまたまほと同じように一人をもう一つの目として使っていたのだ。今回の場合一番信用ができ、なおかつどんな急事にも動ずることのない梓のことだ。とはいえ、M3の車内の大きさと四号を比べた場合M3の方が狭いため操縦手に指示を伝えるだけで見るのならば、まほが使っているような方法をしなくてもよい。彼女の場合は、入り口から上半身を出した愛里寿の背だとギリギリ届くという位置に入り口があるため、いざという時に踏ん張りが聞かない。後々M3の戦車長に正式に就任することとなった時には、自動車部に座高の高さを調整してもらう予定だが、今回の場合は梓に目になってもらった方が視野を広げるという意味で得策であると考えたのだ。
まるで合わせ鏡かのように同じ戦法を用いていた二組の戦車は、しばらく並走しながら主砲で牽制を仕掛けていた。何故牽制であると断言できるか、それは二人とも自分たちの攻撃が当たるとは思っていないからだ。この試合の経過を見てもらってわかる通り、動いている戦車を、撃破するというのは相当に難しい。仮に止まっていたとしても自分の方が動いているのであれば同じこと。ということは、動きながら走行している戦車に弾を当てるのは何倍も難しくなるということだ。では、一体二組はなにを待っているのか、答えを簡潔にいうのならば、それはイレギュラー。整備もされていないこの道をほぼ全速力とも言えるスピードで走っていれば、熟練のF1レーサーでさえ必ずミスを起こしてしまう。そうすれば必ず隙ができる。二人ともそのわずかだが、しかし決定的であるその隙を狙っているのだ。
「ッ!」
果たして、その一瞬の隙を作ってしまったのは同時に走り出してから1分足らず後のこと。どんな障害物を乗り越える履帯ではあるが、しかしその乗り越えるという利点が仇となった。中くらいの大きさの石の上に乗り上げたのだが、その石が突然砕け、一瞬だけバランスを崩したⅣ号が右、つまりM3リーが走る方向に進路をとったのだ。
「愛里寿!」
「行って」
「あい!」
梓の声を聞いた愛里寿は、桂利奈の左肩を優しく蹴る。それに反応した桂利奈は左に速度を落としながら進路を向けた。この結果、M3リーはⅣ号の背後をとることに成功しただけでなく、これまでは真正面にしか撃てなかったために使うことができなかった副砲も使用することができるのだ。
万事休すとはこの事だ。そう心の中で呟いたまほは、えぐるように麻子の右肩を蹴った。
「だからッ痛いぞッ!」
刹那、Ⅳ号は突如右にドリフトする。その遠心力でなかにいる四人、そして華は飛ばされそうになったが奇跡的に耐えることに成功し、Ⅳ号はM3リーを真正面にとらえる。その瞬間だった。華のすぐ横を砲弾が飛んだ。ドリフトしたことによって着弾点がずれたため、M3の主砲が通りすぎていったのだ。華は、火薬や、なにかが焦げ付いた臭いを感じ、そして鳥肌と冷や汗が突如として吹き出した。腰が抜けた華は、座っているまほのひざの上に座り込む。おそらく恐怖で腰が抜けてしまったのだろう。今のは二つの意味で危険だった。砲弾が華に当たりそうだったというのもあるし、もしあのドリフトでさらにバランスが崩れていれば横転し、転がっていただろう。そうすれば、どちらにしろ華の命が危なかったかもしれない。
ひざの上に湿った温もりを感じながら、これ以上華に危険なことはさせられないと感じたまほは、そのままの体勢で優花里に指示を出す。
「秋山!M3の近くの木に当てろ!どこでも構わない!」
「了解!!」
下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとはよくいったもの。照準は定まらないものの、これだけ木がうっそうと生えているのだから、どれかひとつには当たるだろう。そう考えたまほの指示を忠実に守った優花里の放った砲弾は、見事にM3近くの木に当たった。そして、優花里はすぐさま砲弾を装填する準備に入った。
「キャァッ!」
「梓、大丈夫!?」
「う、うんなんとか……」
「梓、下に降りて!主砲、早く撃ってッ!」
「ッ!!こんのお!!」
あやは、愛里寿の言葉を聞いた瞬間、いや少しだけ遅れたか、主砲から75mmの砲弾が発射される。だが、すでに体勢を建て直したⅣ号にそれが当たることはなかった。まほが、優花里に木を撃つように指示したのは、ほとんどやけくそぎみな発想だった。そうすることで、M3リーが怯んで主砲の発射タイミングを一瞬でもいいからずらすことができたならば、麻子のテクニックなら十分避けることができる。しかし、怯まなかったらそれまでという行き当たりばったりに近い作戦。しかしそれが今回こうをそうすこととなる。
「突っ込め冷泉!」
「いいのか?」
「構わない!!」
「こっちに向かってくる!」
「うそぉ!!」
それは、超巨大な砲弾と行ってもいいもの。重さ25トンの車体が、全速力で迫ってくるのだ。それは、もはや恐怖としか言い様のない瞬間。
愛里寿は、愕然とした。まさか、そんな方法を使ってくるとは思っても見なかった。戦車同士の戦いは砲弾と砲弾の撃ち合いで、その終わりかたも砲弾が当たることによる撃破、ただそれだけだと思っていた。しかし、まさか車体自体を砲弾とするなんて思いもよらないこと。そうほうともに全速力での衝突。その衝撃は今まで自分ですら経験したことのないものになるだろう。重さではM3が勝っているものの、先ほど怯んだ関係でM3の速度が若干落ち、さらに大きさも向こうの方が上、吹き飛ばされることになるのはM3の方だろう。だが、その衝撃で四号の方もただではすまないはず。それに耐えきればまだ……。
「あっ」
気がついたときには、すでに手遅れだった。
今までに聞いたことのないような鈍い音が彼女たちの耳に届いた。
「きゃあぁ!!」
「クゥッ!!」
「……」
その衝撃に、戦車に乗ることになれているはずの愛里寿でさえも苦しい声を上げる。が、なぜか紗希だけはやはり無言のままであった。愛里寿の予想通り、勢いよくぶつかった四号後からによって、M3リーはその衝撃をそっくりそのまま受け取ったかのように転がっていく。それは、まるで子供が蹴ったサッカーボールのように。ぶつかってきた四号もまた同じように転がっているが、M3と比べたらまだ規模は小さい。2、3回回転して止まった四号と違い、M3リーは何度も回転、内一度の空中での一回転を加えて木にぶつかってようやく止まった。
「みんな、無事?」
「なんとか生きてる~」
「あれだけあって怪我一つないって奇跡じゃん」
「これが戦車道のすごいところ」
そう、あやの眼鏡以外にはかすり傷一つおっていない7人。普通の交通事故であれば死者が出てもおかしくはないはずなのだが、これが戦車道に使われる戦車のすごいところ。といってしまえばこれほど楽な説明というのもないだろう。
「あっ、愛里寿!」
「……」
声をあげたのは梓だった。どうやら入り口の方が上になって止まっているらしく、そこから梓は体を出して外の様子を見ているらしい。梓に呼ばれた愛里寿は確認の意味も含めて梓に続いて入り口から顔を出した。そして、彼女が見たのはこちらに砲身を向けている四号の姿だ。もう発射する準備を整えているらしい。
「早くこっちも撃たないと!砲塔を回転させて!」
「無駄です、梓」
「え?」
早くこちらも撃つ準備をしなければならない。そう考えた梓の指示であったが、しかし愛里寿は冷静にそんなことをしても無駄であるということを伝える。なぜならば・・・・・・。
「砲身が曲がってます」
「あっ……」
おそらく、あのぶつかったときの衝撃で曲がってしまったのだろう。二つある砲の砲身がどちらも曲がってしまっている。これでは、奇跡的に撃てたとしても、先ほどの生徒会チームの桃の撃つ弾のように明後日の方向に飛んでしまう。一方の四号はぶつかった際に砲身が少しだけ横を向いていたためそのあと転倒しても何ら問題がなかったように見受けられる。
「っていうことは……」
「あれが西住流……ですか」
これらの事象から導き出されるもの。それは……。
「次は負けません」
初めてだ。ここまできれいで、そして潔い負けというのは。