「今日帰りお茶していかない?」
「え、お茶?女子高生みたい」
「女子高生ですって」
昼ご飯を食べた後、みほたちはそれぞれ自分たちのクラスへと帰っていった。若干みほと離れることに対して後ろ髪惹かれる思いだったまほではあるものの、あまり過保護すぎるのも悪いと思って潔く自分のクラスへと帰っていった。
みほは、黒森峰女学園の時にはなかった女子高生としての会話にウキウキしていた。家では、厳格な母のため女子高生らしい生活ができず、彼女の周りにいた生徒たちも帰りにお茶をしようなんて誘ってくれる人達はいなかった。そのため、こうして自分を誘ってくれること自体が嬉しいものであるのだ。
「実は相談があってさ」
「え?」
「ちょっと悩んでて……」
と、沙織が突然話を切りだしてきた。その顔から考えるにかなり深刻な悩みのようだ。
「私って罪な女でさぁ」
「また、その話ですか?」
華の反応を見る限りその悩みやらは何度も相談し、答えの出なかったもののようだ。
「最近、いろんな男の人から声かけられまくりで……どうしたらいいかな?」
「いろんな?」
つまり、よくナンパに会うという相談らしい。まぁ、確かに彼女は整った顔つきをしていて、こんなにも明るい性格なのだから、恋人にしたいという人間が多く現れても不思議ではない気がする。
自分は、黒森峰女学園にいた頃はナンパというものには遭遇しなかった。だが、もしもそんな状況に陥ったらどうしようかと考えていたのは確かだ。結論から言って、あたふたして何もできないだろうなというのが自分の答えだったが。
みほは黒森峰時代から部員から戦車関連での相談事を多々請け負ってきた経験はあった物の、恋の悩みについては皆無だった。だから、一体どう返答したらいいのか困ってしまっている中、沙織はさらに話を続ける。
「いや、近所の人達なんだけれどね。毎朝『おはよう』とか、『今日も元気だね』って」
え、それって……。
「ですから、それはただのあいさつでは」
「でも、絶対私のこと好きだもん!」
「はいはい」
なるほど、ご近所でのあいさつを自分に対する好意として認識しているわけである。この反応から察するに、恐らく沙織は自分のようにまじめな恋愛を経験したことがないのだろう。そんな自分が大真面目に華のように反対することや、彼女を気遣って肯定してあげることは失礼にあたることだろう。あやふやな答えというのも彼女に申し訳が立たない。だから、一応みほ自身が思っていることを口にしてみた。
「武部さん、明るくて親しみやすいもんね。だから皆、友達になりたくなるんじゃないかな。誰とでもすぐ仲良くなれるなんてすごいと思うよ……。私、それから多分お姉ちゃんも式部さんや五十鈴さんが声をかけてきてくれて……足が不自由な私に優しくしてくれて、本当に嬉しかった。素敵な友達ができたなって……」
友達ができるか不安だった自分がしかし、式部沙織、そして五十鈴華という少女たちが友達になってくれて、救われたような気持になった。姉もまた、戦車に関係のない後輩として、友達になってくれた彼女たちに感謝しているに違いない。そうみほは思っていた。そんなみほに対して華は言った。
「西住さんこそ素敵な方です」
「わ、私なんて全然!五十鈴さんの方が落ち着いてて、心が強そうで……それに大人っぽくて……すごく羨ましいな」
「そんな、いつも堅苦しいって言われてしまって……」
華は、この時点でみほの何が自分たちを引きあわせたのか分かった気がする。もちろん足が不自由なのを憐れんだわけではない。彼女は、人を見る目という物がとてもいいのだ。優しく、穏やかな心持で誰かの眼を見ているそんな目をして、だれかのいいところを見つけるのが得意で、それでいてちょっとばかし自分に対して自信がないような。それに……。
「そうなの?私なんか前の学校だと皆にいつも頼りないって叱られてばっかりだったの。どうしたら五十鈴さんみたいになれるんだろう……」
「華道をずっとやっていたからそのせいかしら」
「えぇすごい!私もやってみたかったの!女らしくて華やかでいいよね!!」
随分な食いつきように、一瞬だけポカンとしてしまった華。どうしてだろうか、この少女からは自分と似たようなにおいが感じられるのだ。姉のまほに至っては、もはや同族嫌悪であるかのように仲間意識すら感じる。一体、みほの家は何をしているところなのだろうかと、疑問に思ってしまった。続けて、みほは言う。
「二人とも、友達になってくれてありがとう」
それは、きれいなお辞儀であった。華道をたしなんでいる自分から見ても、気品に溢れ、それでいて最上級に敬意を表している。そんなお辞儀だ。華は、それに対して微笑み。
「こちらこそ」
そう言って同じくお辞儀で返す。後ろに人の気配をいくつか感じながら。
みほが二人に対してお礼を言う寸前、三人の少女達が教室の中に入り、背の小さな少女を先頭にして教壇に立った。眼鏡をかけた少女は、何やらバインダーを持っており、先頭に立つ背の小さな少女は何やら細々としたものを食べている。その袋をよく見ると表面には干しイモという言葉が見えた。その姿を見た周りのクラスメイト達は口々に『会長』と言葉を発している。自分の理解力が正しいのであれば、会長とは生徒会長の事なのだろう。だが、どうしてそんな人間がこの教室に現れたのだろうか。
その時、眼鏡をかけた少女がバインダーから目を離して自分の方を指さした。なんだかとてつもなく嫌な予感がする。それに伴い、先頭に立った少女は自分に向かって手を振りながら言った。
「やぁ、西住ちゃん!」
「はい!?」
突然のご指名にみほは驚いた。もちろん、彼女は生徒会長と面識はないし生徒会に厄介になるようなことはしでかしていない。
そもそもその少女達、おそらく背の小さい少女が生徒会長であるとは思うが、それ以外の少女二人は何者なのだろう。みほは、思わず沙織に目線を向けた。その視線をキャッチした沙織は顔を耳元に近づけて言う。
「一番前の人が生徒会長、それと副会長と広報の人だよ」
などと教えられている間にも、三人は自分の目の前までやって来た。なんとも圧迫感というか、威圧感があるし、自分の思っていた以上に大きく見える。先ほどまで小さいと思っていた、生徒会長である少女ですら、自分と同じ身長に思えてくる。
果たして、みほが困惑している間にも眼鏡をかけた少女は言った。
「少々話がある」
「はい?」
「廊下まで来てくれ」
「は、はい……」
そう言われて、みほはそう返事をした。三人の中で一番普通に見えるポニーテールの少女が、手を貸そうかと言ってくれたが、自分一人でも車椅子を操作できるようにリハビリを積んできたのだから必要なかった。
そもそも、この大洗に来るまで一人で暮らさなければならないと思っていた彼女にとって、手伝いなしに動くという事など、簡単でしかなかった。
一人の力で廊下まででたみほに対し、生徒会長である少女が顔を近づかせて言った。
「履修選択科目なんだけどさぁ、戦車道取ってね。よろしく」
「え?」
みほは耳を疑った。履修選択科目?戦車道?確かこの学校は戦車道の授業はないはずだったのではないか。それに……。みほは、そう思いながら自分の足元をやんわりと見ながら動揺を隠しながら言った。
「あの……この学校は戦車道の授業はなかったはずじゃ……」
だからこそ、自分は、自分と姉はこの学校を選んだのだ。そうじゃなければ、この学校に入学するという判断もしなかった。続けて、眼鏡をかけた少女が言う。
「今年から復活することになった」
「わ、私この学校は戦車道がないと思って、わざわざ転校してきたんですけど……」
「いやぁ、運命だね」
運命、そんな言葉一つで解決できるような簡単な問題だったら、自分もこの少女のように笑い飛ばしているだろう。だが、事はそんなゆでた卵を立たせるかのように簡単なことではない。
「り、履修選択科目なら好きに選べるんじゃ、それに私足も……」
「いい時代になったよねぇ。最近は安全性を確保出来たら、障害者でも戦車に乗れるようにルール変更されたって聞いたんだけどさぁ」
「ッ!」
確かに、彼女の言っていることは正しい。数年前に、近年の社会情景からかんがみて、障害者であったとしても戦車道に参加できるようなルール付けが行われた。簡単に言えば、安全性を確保することができれば、身体身体障者であっても戦車に同乗することを許可するというルールにだ。だが、自分はそれ以上に……。
「戦略アドバイザーとかそんなんでもいいからさ、とにかくよろしく」
一人、ポニーテールの少女を除いて好き勝手に言っていた少女は、それだけを言うとそそくさと退散していった。
取り残されたみほの頭の中は、まるで台風に巻き込まれてしまった時のように滅茶苦茶となってしまい、混乱寸前だった。
せっかく戦車道がない学校に来たというのに、せっかく姉としがらみもなく楽しく暮らせると思ったのに、せっかく女子高生らしい生活を送ることができると思ったのに。青天の霹靂という物じゃすまされない。誰も望まなかったような悲劇。
とにかく、次の授業の準備をしないといけない。みほは、車いすの車輪を漕ごうとした。しかし、何故かそれが回ることなく、手すりから手が滑ってしまう。何故だろう。みほは、両の手を見た。そこには、まるで雨の後の地面のように汗がべったりと、粘っこく付着していた。それに震えている。尋常じゃなく、震えている。そんなみほの様子を沙織、華の二人は心配そうに教室の入口から見ていることしかできなかった。みほは、右手で左手を掴むとつぶやくように言った。
「お姉ちゃん……」
と。
一方、その姉の方にもまた、生徒会三人衆の魔の手が忍び寄っていた。
「今、何と言った?」
「だからさぁ、必修選択科目、戦車道履修してもらいたいの」
「断る。私は戦車道をするために大洗に来たわけじゃない」
みほも同じく、いや、みほの時よりもはっきりとまほは三人からの勧誘を断っていた。
「そんなこと言わずに」
「断る、と言っている」
鋭い目つきとどこからかあふれ出てくるプレッシャー、それによって会長の後ろにいた二人は後ずさってしまった。しかし、それでも生徒会長、角谷杏は退かなかった。元々断られるのは覚悟の上、ならばと、彼女も覚悟をしてここに来たのだ。それこそ、威圧感によって殺されようとも。
「私からしたらさぁ、そのあまりある才能をほったらかしにしているのは、ちょっとばかしもったいない気がするんだよねぇ」
「何を言われても、私は戦車道から足を洗った身だ。心変わりする気もない」
「……」
「……」
かたや大洗学園の現トップ、かたや元日本一の実績を持つ黒森峰女学園の元トップ、一触即発という状況に双方一歩たりとも退こうとはしなかった。その緊張は、クラス中にも伝わっており、無関係であるはずなのだが、その光景に対して息をのむばかりであった。角谷の後ろにいる生徒会広報の河島桃に至っては、もはや泣き出しそうにも見え、それに対して副会長の小山柚子がなだめている。自分たちは、とんでもないところに来てしまったようだと慄いてしまっていた。
しかし、そんな険悪な雰囲気も、学校のチャイムによって幸運にも途切れることとなった。
「チャイムも鳴ったことだし、今回の所はこの辺にしとくから」
「何度来ても私は……」
「あぁそうそう、一応言っておくけど、西住姉さん以外にもスカウトしてる人いるから。それだけは伝えておくね」
「私以外にも……?ッ!」
その言葉と言動に、まほはすぐに妹の顔が浮かんだ。例え足が動かなくとも、戦車道に拘わらせることなんて容易いことだ。特に、昨今のルール変更で、障害者であったとしても競技に参加できるようルール作りがされているため、可能性は確実にある。
まほは、すぐにみほの元へと向かおうと教室から出ようとした。しかし、ちょうどその時先生が来て、席に着くようにと言われてしまう。こんなチャイムギリギリに彼女たちが自分の元に訪れたのは、これが理由だったのだ。流石のまほも、しぶしぶ席に着くことしかできなかった。ただただ不安をその身に宿らせながら、時間を過ぎるのを待つしかなかったのだ。
しばらくは、どのくらいの間隔で投稿しようか考えてみようと思います。