体育館の中は、大洗学園中の生徒でごった返していた。
無理もないだろう。先ほどの放送から察するに、この場所には大洗学園の全生徒が集まっているのだから。しかし、正直言えばこの学校にこれだけの人数がいたというのは驚きに値する。
無意識に耳に入ってくる言葉を統合すると、クラスごとに分かれているというわけではなく、それぞれに好きな場所に座って、生徒会役員が現れるのを待っているようだ。そのため、みほ、他四名は一番後ろで待っていることにした。
それにしても、生徒会は一体何のために全校生徒を集めたというのだろうか。百歩譲って先生が生徒を招集するというのならまだ何となくわかるが、しかし生徒が生徒を呼び出す、並びにそれほどの権力を保持しているのは一体なぜだろうか。
「一体、何が始まるんだ?」
「さぁ?」
「生徒会のやることですから」
「こんな事……前にもあったの?」
「まぁ、何度もね」
「へぇ……」
と、姉は自分が保健室で言ったような言葉を吐き、愛里寿は納得したような納得していないような表情を浮かべていた。
因みに現在の並び順はというと、沙織、華、みほ、愛里寿、まほの順番で座っている。生徒会の人間が来る前に、まほは少し愛里寿と話をしてみることにした。その際、戦車道の話になるかもしれないため、まほはみほには聞こえないように声のボリュームを小さくして話し始める。
「ところで……何故ここにいる?」
「……」
「次期島田流の家元であり……私の記憶だと確か中学生であるはずの君がどうして?」
華道に多くの流派があるように、戦車道にもいくつかの流派が存在する。中でも、二大流派と言われている物が、西住流と島田流なのだ。まほとみほは、色々あって現在進行形で勘当同然の扱いとなっているが、一応西住流家元の娘。島田愛里寿は、島田流の家元の娘である。
実際に会って話したことはなかったものの、西住流の次期家元としてはライバルとなる家の家元の顔ぐらいは覚えておかなければならないと、写真で現家元、そしてその近くで一緒に映っていることの多かった娘である愛里寿の顔を見たことがあった。しかし、自分の記憶が正しければ、彼女はまだ中学生だったはず。まほは、そんな彼女がどうして高校に、それも戦車道のない学校にいるのかが不思議でたまらなかった。
「……まほさんは、戦車道大学選抜チームの話をご存知ですか?」
「ん?当たり前だ。戦車道を嗜んでいた身としてはな……」
大学選抜チームは、文字通り古今東西日本中の大学から優秀な選手を集めて作られたチームの事である……とまほは記憶していた。
「そのチームの隊長に、私が任命されました」
「なに?だが君は……」
「私は、年齢的に言えばまだ中学生だけど、飛び級して大学生としての身分を持っているから……」
正直、飛び級制度が日本にあったこと自体が驚きである。そのようなものは、アメリカなどの実力主義の国特有の文化であるという認識だった。だが、愛里寿が大学生であるというのなら、なおさらこの高校にいるのはおかしな話だ。
「そうなのか……だが、それだったらなおさら……」
「戦車道連盟で私が大学選抜の隊長を勤めることについて会議を行った時……反対する人が多かったみたいで……」
「……理由は?」
「若すぎる、人をまとめるのに力不足じゃないか……というような」
「……なるほど」
もっともな意見である。確かに彼女に実力があるとしよう。しかし、彼女がまとめるのは、自分から見ても年上の大人になるギリギリの女性ばかり。そんな年上の少女達をまとめる力があるか、いやもし力があっても自分よりもはるかに若い愛里寿が隊長になることに反発する人間もいる事だろう。戦車道連盟の人間のように。さらに言えば、大学選抜という事は最高で九つも年の違う人間と接することとなるのだ。ジュネレーションギャップで話が合わず、意思疎通、コミュニケーションに支障をきたすという事もありうる。ともかく、若い愛里寿が力不足だと言われたのはそのような要因があったからであると簡単に推測できた。
「それに、確かに大学に入学できるほどの学力があるとはいえ、中高六年間の人生を奪うのは、かわいそうだっていう意見も出ました」
「あぁ、それは何となくわかる気がする……」
「でも、大学生の中で一番統率能力があるのは私だからどうしても隊長として置かなければならないって話になって……そしたら母さんが……期限を付けないで高等学校に通わせるのはどうかって言ってくれて……」
「……そうなのか」
これは、現島田流家元の島田千代と戦車道連盟、さらに文部科学省と有識者が何日間にも及ぶ協議を行った結果に導き出された結論であった。
だが年上の人間と一緒にいる感覚になじませるのであれば、普通に大学に通っていればいいだけの話なのではないだろうかとまほは思っていた。確かに、彼女が思った通りの意見が会議でも出た。しかし、多くの人間が知っている通り、大学というのはクラス制ではなく単位制である。それこそ学部学科によっては数百人という中に愛里寿は埋もれてしまう。大学生との会話について行けないであろうと予測される愛里寿にとっては、その状況は年上に慣れるという目標を達成すのには不都合なのである。そのため、所属する人数は数十人単位であるクラス制のある高等学校が一番この場合には適しているのだとある有識者からの意見があったのだ。
さらに、高等学校に対しても島田流家元は二つの条件を付けた。
一.戦車道のない学校に通わせること。
二.女子高に通わせること。
という物だ。戦車道のない学校に通わせることを条件に入れたのは、愛里寿が敬われては意味がないと考えたことからだ。
戦車道をしている者の多くが、島田流という流派を、そして島田愛里寿という名前を知っていることだろう。それこそ、島田愛里寿は雲の上の存在に近い人間である。そんな人間が入ってきたとなると、愛里寿の事を対等の関係として見てくれる人間なんていなくなってしまう恐れがある。確かにこの問題の終着点が、隊長として大学生選抜をまとめ上げられるようになるであるが、敬われるとまとめ上げるという物は似て非なる物。そのため、対等に友達関係を築けるであろう戦車道のない学校に入学させるべきである、というのが島田千代等の意見であった。
それから、女子高に通わせることという物は、共学校に行って、変な男に引っかけられたら自分がその男を殺しに行きたくなるほどに嫌だからという、どちらかと言えば親バカに近い理由であった。
その条件に当てはまる高校はいくつもあった。楯無高校、竪琴高校、英星高校……最後には有識者の意見も交えて島田千代が決めた。その結果が……。
「大洗に来た……という事か」
「……」
愛里寿は、首を縦に振った。とりあえず、自分たちのように戦車道から逃げたくて来たわけじゃないと分かって、少しだけ安心した。だが、戦車道がないから大洗に来たという事は、大洗の戦車道が復活するといった状況は少しまずいのではないだろうかとも思い始める。だが、どっちにしろ最後に決めるのは愛里寿なのだから、これ以上自分がどうこう言っていいわけがない。
「静かに、それではこれから必修選択科目のオリエンテーションを開始する」
いつの間にか目の前の舞台に立っていた生徒会役員の少女がそう言った瞬間、体育館の照明は落とされ、プロジェクターが稼働し、真っ白いキャンバスに薄っすらと文字を映し出した。
それまでは、ただ単にオリエンテーションのために集められたのだなと思っていた。しかし、異様だったのはその文字が出た後である。白地にでかでかと映し出された書道で書かれたような字体、そこには、彼女たちがよく知る言葉が記されていた。
≪戦車道入門≫
と。
「必修選択科目のオリエンテーションでしたよね?」
「まぁ、戦車道も一応必修選択科目っていう名目らしいから」
という愛里寿とみほのやり取りも聞き流して、プロジェクターはナレーターの言葉と共に映像を映していく。
『戦車道、それは伝統的な文化であり、世界中で女子のたしなみとして受け継がれてきました』
最初に映し出されたのは富士山をバックにしてたたずむ『マークⅠ戦車』。イギリスが第一次世界大戦中に開発、使用した世界初の実用戦車だ。当時は、機械的信頼性の低さや操縦性が劣悪であることを始め、歩兵との連携を得られない事、さらに、稼働できたのが十八両という少なさも災いして、それに見合う戦火を残すことができなかった。だが、このマークⅠからマークⅡ、Ⅲ、Ⅳと改良開発が続けられ、兵器の研究・開発が各国で進められることになる。このマークⅠ戦車から、今の戦車の歴史が始まったと断言しても良いのだ。
次に映し出されたのは、枯れた大地を進む『突撃戦車A7V』である。第一次世界大戦末期の一九一八年に実戦投入されたドイツで最初の戦車である。イギリスが前述のマークⅠ戦車を始めて実戦に投入したのが一九一六年なので、そのたった二年後の事だ。あらゆる地形に適応したうえで、塹壕を突破できる能力を有することを義務付けられたこの戦車は諸説あるが、世界初の戦車戦と言われる戦いにて前述のマークⅠの発展形のマークⅣ戦車三輌とこのA7V三輌の間で行われたと言われている。殺伐とはしているが、これが戦車道の始まりであると指摘している歴史学者もいるのだとか。
三枚目に映し出されたのはバックに城とビルの両方が映っているという現代の写真であるということをありありと思わせる物だった。その戦車は、後ろからの写真ではあった物の、イギリス陸軍の『マークAホイペット中戦車』だ。一期一会とペイントがなされている。こちらも、先ほどまでの戦車と同じく、第一次世界大戦時の戦車であり、マークⅠを開発した人間によって、戦車供給部に対してより高速で、より安い戦車が従来の重たく遅い戦車が作る突破口を切り開くために作られなければならないと提唱し、その後承認を得て作られた戦車だ。ホイペットは、第一次世界大戦中に最も成功したイギリスの戦車と言われることもあり、戦時中のどのイギリス戦車よりも相手国に犠牲者を出したと評されている。どの戦車も、現代の戦車の歴史において重要な役割を担ってきたと言われる物ばかりだ。生徒会もそう言ったことを考えて選んだのだろうと三人は勘ぐってしまう。
次に場面が切り替わると、そこからは映像となった。それは、まさしく戦車道に関連する女性たち。恐らく社会人チームだろうか。その映像が出された瞬間、みほはその映像から目線を外すかのように下を向いた。その様子は、まるでアレルギーを持った患者のようにも見える。
『礼節のある、淑やかで慎ましく、そして凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸でもあります』
カメラに一礼、続けて戦車に礼をした女性五人が、後ろにあるⅢ号戦車に乗り込んだ。Ⅲ号戦車は、一九四一年から一九四二年までの間ドイツ戦車隊の主力であった戦車だ。こちらは、黒森峰にも長砲身を使用したJ型が存在しているので見慣れている。戦車長である女性が、サイレントのためどう発声しているか分からないが、前進と言っているのだろうと、口の動きから分かる。
『戦車道を学ぶことは、女子としての道を、究める事でもあります。鉄のように熱く強く、無限軌道のようにカタカタと愛らしい。そして、大砲のように情熱的で必殺命中』
大砲が火を吹く瞬間、今までサイレントであった映像から大きな、自分にとっては聞き慣れた破裂音がした。しかし、ほとんどの生徒にとってはそう言うことではなく、隣にいる姉、それから愛里寿が無反応である以外には皆それぞれに驚いている様子が、真後ろから見て分かった。特に、自分だけ車椅子に乗っているため一段高い場所から生徒たちを見下ろせているため、目線を外した自分でもその様子が簡単に見て取れる。
まだ、耳の奥で大砲の音が鳴り響いている。その内、まるで自分の事を耳元であざけ笑っているのではないかというような笑い声に変化していく。笑い、罵り、そして蔑むようなそんな声。みほは、心の奥底に害虫が侵入してきたような感覚を感じた。
『戦車道を学べば必ず良き妻、良き母、良き職業婦人になれることでしょう』
ダメだ、もう耐えることができない。今すぐここから逃げ出したい。戦車の映像が流れるたびに、痛みを感じることがないはずの足に電気が流れるような痛みを感じる。奥歯を噛み締め、必死になってその衝動を抑えてはいるものの、この身体の奥底からなだれだしてくるような感情は抑えきれない。ちょっと前までは、戦車の事が大好きで、自分自身ナレーターが言っているような人間になれるであろうと信じて疑わなかった。でも、今となってはそれらが甘い綺麗事にしか聞こえなくなって、そんな自分が嫌で嫌で仕方がない。叫びたい、吐き出したい。映像は、戦勝パレードのような映像に切り替わった。
『健康的で、優しくたくましいあなたは、多くの男性に好意を持って受け入れるはずです』
やめて、そんな歓声欲しくない。私は、ただみんなで楽しく戦車道をしたかった。それなのに、みんなはそれを間違っているといって、そんな感情勝負の世界に入らないといって、ただ勝つためだけの戦車道を自分に押し付けて、鳥肌が立つほどのプレッシャーを自分たちに押し付けて、心を飲み込もうとする。
車いすに座っているとはいう物の、みほに立ち眩みを起こしたかのような感覚が襲った。めまい、頭痛、吐き気、様々な物がみほの身体を、心を蝕もうと働きかける。みほは、そこにいることが怖くなってしまった。
「西住さん、大丈夫ですか?」
「えッ?」
その声は、みほの心に精神安定剤を注いだかのように優しく、また自分の手の上に乗せられたそのか細い手は、彼女の身体をも優しく包んでいるように見えた。ふと気がつくと、五十鈴華が自分の手を抑えてくれていたようだ。どうやら、少し手が震えている。いや、彼女が心配してくれるのだとしたら、少しばかりではないのだろう。それに握りこぶしを開いてみると、手のひらにはくっきりと爪の跡が残されていた。無意識のうちに強く握りしめていたのだろう。痛みを感じなかったという事が不思議でならない。
『さぁ、皆さんもぜひ戦車道を学び、心身ともに健やかで美しい女性になりましょう』
最後に、『来たれ乙女達!』という書が映し出され、まるでヒーローショーのような爆発と煙を最後に、そのプロモーションビデオのようなものは終わった。必修選択科目のオリエンテーションなのに戦車道の事しかしていないだとか、もしも乙女じゃなかったらどうするのだとかいろいろとツッコミどころがあった物の、みほは別段そのことについて突っ込まなかった。というよりも、突っ込む気力がなかった。
ところで、戦車の種類はアニメの画と写真を照合して多分これだろうなという物を選んでいったので、本当にこれであっているのかは不明です。