ガールズ&パンツァー バタフライエフェクト   作:牢吏川波実

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※タイトルナンバー重複のため修正


1-7 理由

 必修選択科目のオリエンテーションがあった次の日の朝、西住みほが沙織に見せたのは、あの必修選択科目の選択用紙だった。ただし、戦車道ではなく香道の場所に〇のついた、である。

 

「ごめんね……私、やっぱり……どうしても戦車道をしたくなくってここまで来たの……」

 

 みほは、昨晩の事を思い返す。華たちと別れ、まほと共に帰ったみほは、その選択用紙と向かい合って、包帯を巻いた熊のぬいぐるみを抱きながら考えた。みほは、言葉の上では戦車道に未練などない、戦車道など嫌いだと言っていた。しかし、実は心の中ではしこりのように戦車という物に未練を感じていた。当然だ。何年も、産まれた時からともに歩んできたと言っても間違いではない戦車という心の恋人に近いものを、思い出という籠から解き放つことなどそう簡単にできやしない。本当は、戦車にもう一度乗りたい。大地を踏みしめ、あらゆる障害をも乗り越えて進む履帯の感覚、戦車の中だからこそ嗅げるあの鉄のなんとも言えない匂い。そう簡単に忘れられるわけがない。この学校で初めてできた友達の沙織にも誘われたこともあって、彼女の心はかなり揺らいでいた。

 だが、同時に今の自分が戦車に乗ったところでどうなるというのだろうという疑問もわいていた。確かに、座ってしまえば、黒森峰の時とはほとんど変わらないだろう。だが、足の踏ん張りがきかないため、少しの揺れで倒れてしまう恐れが多分にある。それに、戦車という物は中から見る分には視界が狭くてよく見えないため、立ち上がって入口となる場所から上半身を出して周囲の様子を見る必要がある。しかし、立てない自分がそんな事、できるはずがない。それに、戦略アドバイザーというのも……。

 だから、彼女は完全に思考の迷路へと迷い込んでいた。

 

「みほ」

 

 そんな時、まほが後ろから声をかけてきた。手には、ホットミルクの入ったコップが握られている。

 

「お姉ちゃん、ありがとう……」

 

 みほは、そのホットミルクを受け取って、少しだけ飲んだ。濃厚で、優しい味が口の中に広がっていく。それは、元々のホットミルクの味もあっただろうが、姉が淹れてくれたという事も相まっての事であることは簡単に想像できた。

 

「……みほ」

「え?」

 

 心が静まってきた頃、意を決したようにまほはみほに対して言った。

 

「……私が戦車道を選択する」

「え……」

 

 その言葉に驚いたみほは、危うく手に持ったコップを落としそうになった。さらにまほは続けて言う。

 

「あの生徒会の様子だと、たとえ断ったとしてもどうせみほや私……もしかしたら愛里寿の事もしつこく勧誘してくるはず。だから、私がみほの事を守る」

「お姉ちゃん……」

 

 みほは、姉に対して申し訳なくなる一方で、その反面嬉しくなる気持ちも少しはあった。姉が、誰よりも戦車の事が好きであるという事を知っていたから。その戦車にもう一度触れてくれることが嬉しかったのだ。

 そして、彼女は一人になって一晩考えた。ただ、やっぱりあの時の事がフラッシュバックしてしまい、彼女の手は戦車道の項目に伸びることをためらってしまった。だが、本当はそれでいいのだ。何故なら、最初から彼女は戦車道をするためにこの学校に来たわけじゃなかったのだから。戦車道から離れて、心を癒すために、この学校に来たのだから。

 だから、ただ一つ懸念事項があったとしたら、沙織の事だ。あの沙織の嬉しそうな顔、あのはつらつとした笑顔。それは、まるで戦車道を楽しいものだと信じていた頃の自分そのままだった。だから、自分が戦車道を履修しないと知ったら、彼女はどう思うのだろうか、それが心配でならなかった。そして、その沙織の反応は……。

 

「分かった。ごめんね、悩ませちゃって」

 

 そう言って、沙織はじぶんの必修選択科目の用紙を取り出すと、戦車道の項目に入れていた〇を×で消して、香道の場所に〇を入れた。

 

「え?」

「私も、みほのと一緒のにする」

「そんな、沙織さんは戦車道を選んで……」

「いいよ、だって一緒がいいじゃん。それにさ……私が戦車道をやると思い出したくないようなことを、思い出しちゃうかもだし」

「私は……平気だから……」

 

 しかし、机の上におかれたその手は小刻みな震えを起こしていた。流石の沙織でもそれにはすぐに気がつく。沙織は、その震えを止めるようにみほの手を持つと言った。

 

「みほが平気でも、私が嫌なの。みほが辛い顔をするの、私は見たくないから」

「沙織さん……でも、昨日は」

「あぁえっと……私は好きになった彼氏の趣味に合わせる方だから大丈夫!」

「沙織さん……」

 

 沙織は、まだ見知らぬ愛情よりも、今目の前にある友情を取った。将来的にどちらを取っていた方がよかったのか、それを考えるのはその時だ。今は目の前の少女の幸せを取ったそのことに、沙織は悔いはなかった。

 

「いい友達ができてよかったなみほ」

 

 一方その様子を教室の外から見るまほは、妹に真によき友ができたという事に、うっすらと喜びを感じていた。良き友といえばもう一人、華はどこに言ったのだろうか。

 

「まほさん、一つよろしいですか?」

 

 すぐ後ろにいた。

 

「何の用かな?」

「……みほさんの事、失礼ですけれど調べさせていただきました」

 

 まほは表情を変えないし、むしろやはりかと思っていた。

 

「どうして、みほの事を調べたの?」

「……みほさんがあまりにも戦車道を嫌っているのが気になったんです。私も、戦車道を履修しようとしていたのですが、その前にみほさんに何があったのか知っておかなければ、みほさんに嫌な思いをさせかねませんから」

「それで、どうだった?」

「……第62回戦車道全国大会決勝戦の悲劇」

「……」

「みほさんの足が動かなくなった原因となった試合……戦車道の事がトラウマとなってしまったのは、当然だと思いました」

「あれは……不幸な事故だったんだ。戦車道は、本当は安全でけが人なんて……ましてや試合での死傷者なんて出ることはなかった……だが……」

 

 思い出そうとするだけで自分の不甲斐なさを思い知る。いや、当時まほは別動隊を率いて崖からは遠い場所から相手の本隊を探していた。そのため、みほを力づくで止めることも不可能だった。しかし、自分がみほにフラッグ車を任せるような真似をしなけれなみほがあんなことをすることはなかった。その事実だけが、彼女を苦しめていた。

 

「昨年度の戦車道全国大会……試合が始まった時から大雨で、最初は試合の中止も検討されていたそうですが日程の問題や、前例から試合は可能であると判断されて、決勝戦は行われた。その最中、雨で地盤が緩んでいた道を走っていたことが災いして、一輌の戦車ががけ下に転落。その戦車に乗っていた仲間を助けようとみほさんは飛び出して……指揮する人がいなくなったフラッグ車……というのは、よく分かりませんが……」

 

 まほからしてみれば、初歩中の初歩の話ではあるが、知らない人間からして見れば戦車道のルールを知らないのは当然の事だろう。まほは華に教鞭をとるように語る。

 

「戦車道の試合は、主に殲滅戦とフラッグ戦の弐種類がある。殲滅戦は、文字通り相手の車両を全て全滅させることを目標とする試合形式、フラッグ戦は、双方のチームに一台づつ目印となる旗を立てた車輛を仕立て、その旗を持つ車輛を倒せば勝利となる形式の事だ。戦車道全国大会は、公平を期すために主にフラッグ戦で行われる。私は……一番信頼のおけるみほを、フラッグ車の戦車長に任命した。そして……」

 

 フラッグ車は、みほの最後の指示に従い随伴していたティーガーと一緒に後退した。しかし、みほから指揮を代わったまほとの距離があまりにも空いていて、結果ほとんどどうにもすることができずに、そのまま黒森峰は敗退。がけ下に落ちた戦車はその後回収、乗っていた人員5名は、多少のかすり傷はあったものの重症と言われるほどのケガではなかった。

 しかし、その戦車を助けに行ったみほ本人は、激流によって勢いが増した川の上流から流されて来た流木に激突したり、川底や岩肌に身体をぶつけ、脊髄を損傷してしまい、下半身不随や排尿障害と言った物も負ってしまった。そしてみほに残ったのは、戦車に対する恐怖と、自分のせいで十連覇ができなかった先輩達への慚愧の念、それから二度と歩くことができないという悲しみだけだった。

 

「みほさんは、現西住流家元である西住しほさんから怒りを買い、さらにみほさんをかばったまほさんまでも黒森峰から退学となった……それが、記事に乗っていたことの顛末でした」

「……大体はあってる。そして、後は知っての通り私たちは戦車道のない大洗に来た……はずだったのにな」

 

 瞬間、華は腕を組んでいたまほの手に力が入ったのを感じた。本当に悔しくてたまらないのだろう。自分たちは、戦車道とは何ら関係のない大洗に来たはずだったのに、まさかそこで戦車道履修を強制させられるとは思わなかった。みほのトラウマを軽減させるためにここまで来たというのに、これでは本末転倒ではないか。ふとその時、まほは思った。

 

「……五十鈴さんは、どうするの?」

 

 そう聞かれた華は、一瞬微笑んでまほの前を横切り、そして教室の中にいるみほと沙織を見て言った。

 

「私も沙織さんと同じ……これ以上みほさんが苦しむ姿は見たくありません」

「そう……ごめんね」

「……いいんです」

 

 まほは思う。自分が卒業しても、こんなにいい子たちが友達であるのなら、みほも安心して学園生活を送れることであろうと。それが、一番うれしかった。色々あった物の、結局のところこの大洗に来てよかった。それが、彼女の中の結論であった。

 次の授業があるため、まほはその場から離れていった。しかし、本当にこれでよかったのだろうか。それに、華には一つ気がかりなことがあった。それは、昨年度の戦車道全国大会の記録を探っていた時の事、ふと見えた関連項目、それは十年近くも前のある事故の事を記していた記事で、もちろんみほには何の関係もない記事のはずだった。しかし、どうにもその記事の事が気になってしょうがなかったのだ。その事故とは……。

 

『第53回戦車道全国大会決勝戦の惨劇』

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