Fate/Grand Orderの二次創作。
終局特異点冠位時間神殿ソロモンで、ロマニ・アーキマンや集った英霊達のあれこれ。
描写が無かった英霊や、対話を選んだ魔人柱達の妄想をカタチにしたもの。

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時間神殿の死闘とドクター・ロマンの疾走

01:溶鉱炉

 

 幾らかの時間が経った。

 "マスター"がここを通り過ぎてから、相当の時間が経過していた。

 そして、この溶鉱炉を含む戦場という戦場で変化が起きていた。それは、味方(サーヴァント)達の敗走という変化であった。

 旗を握る手に力を込める。共に旗を握る同胞の力を感じる。

 この旗がたなびく限り、我々(じんるい)は勝利しうる。

 根拠の無い直感、あるいは啓示──私はそれを疑ったことなど、今まで一度もなかった。

 ならば、最後の瞬間までこの旗は翻り続ける。

「よーしっ! ここだ、ここだ! ここに逃げこむとしよう!!」

 決意を新たにしたそんな折、この場にひどく似合わないひょうげた声が聞こえた。

「やぁ、久しぶりだね。聖女さま! 非力な星1サーヴァントとしてはこの戦場は些か手に余りすぎる! 勝手ながら、助けに貰いにきたよ! なに! ダメと言われたところで勝手に居座る! そも、たかが音楽家が単騎で魔神の相手などできるものか! 四騎士なら有利? 知らないな!」

 その、地獄もかくやという現在の戦地に余りに相応しくない声に、そして彼のそのあまりの態度の変わらずさに思わず(本当に思わず)呆気に取られてしまった。

「──お。地獄の沙汰にあってそんな顔ができる余裕があるとは頼もしい。流石は聖女、流石は聖女(ラ・ピュセル)。それに隣におわすは、かのジ・ル・ドレェ元帥か。うん、やはり僕の逃走本能に間違いはないとみた! 独奏会も悪くは無いが、これだけのフル・メンバーだ。大楽団(オーケストラ)で行こうじゃないか」

「もう! アマデウスったら、ジャンヌを困らせちゃダメよ。ちゃんと説明しなさい。それと御機嫌よう、ジャンヌ。息災かしら?」

 そのアマデウスの後ろにガラスの馬に乗ったマリー・アントワネットが居た。

 いつかのフランスで友となった、誰も彼もが愛せずにはいられない王女が。

「む、マリー。火急の事態なんだ。僕は『死神のための葬送曲』(レクイエム・フォー・デス)演奏()るから、キミも早く『愛すべき輝きは永遠に』(クリスタル・バレス)を!」

「もう終わってるわよ、アマデウス。さ、ジャンヌ。少し楽になったのではなくて?」

 私の持つ旗をまるで護るかのように周囲にガラスの王宮が展開されていた。初めて見たが、どうやら味方の能力を上昇(バフ)するものらしい。

「さて──音楽家である僕から言うのも差し出がましいが、一つ提案だ。僕たちは他の区域のサーヴァントに比べると些か、戦力が落ちるようだ。第一戦級は、キミ。そしてヴラド侯。それにジークフリート。あとは、マルタ様か。だから、僕たちは全力で君たちのサポートをしようと思う! 彼らはココを通り過ぎたようだけど、まだ時間稼ぎは必要だろう?」

 東洋の諺に、「大の虫を生かすために小の虫を殺す」というのがあるという。彼はそれを言っていた。

「ジャンヌ。既にサンソンや、デオンは斃れました。黒鎧のお方は無謬の強さですが、連携はとれそうにないですし、迷惑でなければココでお手伝いをさせてくださらないかしら?」

 無論、断る謂れなど無い。この旗さえ折れなければ、わたし達に勝ちの目はあり続ける。

 ──カレがココを通りぬけるのに、それは大きな助けとなるであろう。

「有難う……マリー。アナタと友達になれて、よかった」

「私もよ、ジャンヌ。『フランス万歳!』(ヴィヴ・ラ・フランス)ふふっ、大好きな人と大好きな人を守る、すっごく、すっごく楽しいわ!!」

 

 

 ──走る。

 ────走る。

 ──────走り抜ける。

 横目に多くの魔神柱を見ながら。

 走る彼を守る為、その身で魔神の攻撃から彼を守って逝く数多の英雄を見ながら。

 彼がそこに到達できるか、否か。

 それがこの闘いの分岐点であると全てのサーヴァントが理由なく理解していた。。

 だから、守った。

「嗚呼、クリスティーヌ……!」

 とある怪人は、その身をなげうち人間を守った。己が護れなかった最愛の人を護るかのように。

「──あぁ、本当にガラでも無い事はするもんじゃない、わ」

 女吸血鬼はその身を挺して、その人間を護った。人間相手では敵がなくとも、同族(かいぶつ)相手では分が悪いと自嘲して逝った。

 その怪物たちの献身を見て、馬上のゲオルギウスは思わず呟いていた。

「成る程、竜に善心があるならば、悪となった者たちにもまた善心は、ある、か……」

 今散った二名こそは、その名こそ歴史に染み落ちた影の如きの悪なれど、その身を挺した献身は、"人"の輝きに相違なかった。

「ジョージ! 感慨に耽るのはいいけど、手は動かしなさい!! あぁ、もうっ! 結局、わたし拳使ってるし!!」

 近くで文字通り辣腕を振るう聖女マルタの叱咤で、再度愛剣を振るうゲオルギウス。

 走るカレに最も近い彼ら聖人が、最も苛烈な激戦の中に居た。

「いや、失礼。マルタ殿。だが、これは、些か」

 誰かを護る。

 その一つだけで言うならば、自分は五指の一つであろうという確固たる自負はあった。

 マルタや、ジャンヌ・ダルクよりもその一事においては優れているというのは揺ぎ無い事実でもあるだろう。

 故に、この配置。この戦略──聖ジョージをここに置くというのは、全く正しいというしかなかった。

「ちょっとジョージ? もしかして諦めるとか、無理とか、言うんじゃないでしょうね?」

「まさか。しかし、マルタ殿。防御はすべて私にお任せください。わたしは攻撃の一切を貴女に委ねましょう」

「へぇ、アタッカーとディフェンダーを完全に分けるってわけね? 男女で役割が逆の様な気がしますが、水に流しましょう。わたしとジョージなら、連携も問題無いし……その案、いただきます」

 ゴツン、と自らの正面でゲンコツを鳴らし、聖女は昂ぶった。

「ヤコブ様、モーセ様。お許しください……マルタ、本気で拳を解禁します」

 一撃一閃。魔神たちが驚嘆した。

 同時に、その場に居た魔神の全てが思った。

 コイツこそ、この瞬間に倒さねばならぬ、と。

 一斉に襲いかかる、致命の暴力。

 だが、そのマルタを狙った攻撃のすべてをゲオルギウスが防いだ。

 一瞬でも長い間に一拳でも多く、マルタの拳が振るわれるように。

 総力戦に、なった。

 マルタへ届くはずの致死の攻撃は、そのすべてをゲオルギウスが身を呈して庇った。

 彼の五体がヒトとしての身体のカタチを無くしてまでも、ゲオルギウスはうめき声一つあげることなくマルタの盾としての役割を全うし消滅した。

 なお、それでもマルタの呵成は治まらなかった。

 両の拳、両の足、両の肘に、両の膝、それに頭。肉体の悉くを武器と化して、魔神柱たちを屠り続けた。

 それは、だが、不意に訪れた。例えば、人間がふと足元のアリの一匹を、見た感覚なのかもしれない。

 

 ナゼ? 

 

 アレガ?

 

 ──ココニイル?

 

 ソコにいる魔神柱の全てに悪寒が奔った。

 マルタはすでに満身創痍だった。

 それでも、自らへの攻撃が急に止まった意味を瞬時に悟った。

「──こんのぅ!」

 彼を見た。走っている。背後に魔神の触手が伸びている。

 手当たり次第、ぶん殴って、吹っ飛ばした。

 ───だって、アレはまずい。アレは死ぬ。ここに英霊はもうわたししか居ない。わたしの目の前で、何もかもが終わってしまう。

 走る彼の後ろに触手が伸びる。いや、他の方向にも────合計で三方向の触手に彼の生命は貫かれ、人類史の焼却はここで決定付けられる。

 

 

「───秘剣『燕返し』!」

 

 

 マルタがそう思ったその瞬間に襲いかかる3つの触手が同時に斬って落された。

 英霊では無い。此処に英霊はマルタしか居ない。

 名前すら無い。英霊でない彼には本来名前などはない。

 ただの、亡霊。剣に生き、剣に死んだ名も無き亡霊が、いつの間にかそこに門番の如く屹立している。

「さて、いつぞやの悪魔とやらでは物足りなかったが、魔神ともあればアレよりは斬りごたえはあろう……願わくば、あの日の燕を越える難敵であってほしいものだが」

 雅に、飄々と、名も無き剣鬼は構えた。

 

 

 

「……助かった……助かったけど、ちょっとそこのどっかで見たSAMURAI!!! あとで一発殴らせなさい!!」

 

 

02:情報室

 

 

「うん、お待たせ……ハハッ、ちょっとドジっちゃった、よ」

「……そんな事は無い。あの膨大な魔神柱たちを前に愛馬と共に単騎突撃など並大抵の英雄の為せる業ではない。ましてや、その後にこうして生きて戻るなど」

「そりゃあね、こんな大いくさ。なるべく長く見てたいさ。ローマの皇帝たちをはじめ、ドキドキするような英雄がこれだけいるんだからね」

 ……赤毛の少年は相対している長身の男にそう言って遥かな戦場を見た。

 霊基が深く傷ついて、少年の身体の至る箇所にはヒビが入っていた。

 自らの単騎突撃で得た致命傷だが、その突撃によって時間を稼げた甲斐があって、ローマ皇帝連合軍は体勢を立て直す事ができたようだ。

「──すまないな。期待に沿えることはできそうにない」

「いいよ、先生はこの戦場に必要だもん……恐らく、この僕よりも」

 空間の端、戦地を遠く望める位置でつかの間の休息を得ながら二人は話している。

 この情報室は、他の戦地よりも特殊だ。

 多くの軍団を統率するのは勿論サーヴァントであるが、それを構成するのは兵たる人の亡霊だ。

 ……無論、ただの人間の亡霊が魔神に抗えるはずが無い。

 だが、そのただの人間が光り輝くカリスマに率いられたら?

 万里を見通し心理さえも捉えきる神算鬼謀の策に導かれたら?

 恐らく、その()()()()()()()()()こそここで証明してみせねばならないことだろう。

「……もうすぐ、スパルタクスの宝具が発動する。不気味な異形とならずにあれだけの大きさになるとはな。この空間が特殊だからか、あの"マスター"の為だからか……あの大きさなら恐らくは対城宝具クラスを越える威力規模にはなる。本来なら、この戦場全体が巻き込まれるほどだが、魔神柱の数と質量を考えれば、我々に被害は及ぶまい。その瞬間が機だ、キミは案内役としてブケファラスで観測所までの最短距離を作ってやれ」

 一息に、黒髪の軍師はオーダーを告げる。

 その、強張った声に赤毛の少年は少し不思議な顔をしながらも愛馬に再び跨った。

「ん。よし、っと」

 ぼろぼろの霊基では、どこまで出来るかと不安が少なからずあったが、戦友とも言える愛馬に騎乗した瞬間にすべての不安は消し飛んだ。

 いや、一つだけ残っている。それは、不安というよりは純粋な疑問だった。

「先生はどうして、そんな難しい顔を?」

 難しいオーダーだからこそ、全ての疑念はここにおいていきたかった。

「……別段、普段どおりだが?」

「うそ、先生はいっつも鉄面皮だけど、だからこそわかりやすいっていうか」

 そう。確かに、先生はいつも通りの顔だった。

 いつも通りの喋り方、いつも通りの策のキレ、いつも通りの少し難しい"オーダー"。

 ──だけど、まったくいつも通りじゃないこの空間で、それはいかにも怪しかった。

 それに、いつもの先生なら出る悪態がただの一度も出ていない。

「……二度目だ」

 素朴な疑問を素朴なままにぶつけたら、返ってきた答えも素朴だった。

 それでは、いったいぜんたい何一つ分からないと赤毛の少年は小首を傾げる。

「これで、二度目だ。我が"未来の王"よ。死地に赴くあなたを、非力なわたしがその背中を見送ることしか、できないのは……」

 その言葉で堰が外れたのだろう。

 "未来の臣下"は、感情を露にして言の葉を紡いだ。

「いずれかの"聖杯戦争"で交わった話ではない。わたしが、わたしの歴とした過去での話だ。幼く、無知で、傲慢であったわたしを貴方は臣にしてくれた……否、今ならわかる。そうすることで逃れられぬ死から救ってくれたのだ! その恩に報いるため、研鑽を積んだ気でいたが、今なおこの死地の中の死地で、わたしは王を見送ることしか……」

 先生は泣いていた。

 不思議とその泣いた顔をみて、安心している自分がいることに気付いて、少し驚いた。

「センセイ……いいや、エルメロイ……うぅん、これも違うな……ウェイバー、そう。ウェイバー・ベルベット」

 臣下が顔を上げた。

 特異点の神秘とでも言うべきか、その厳つい顔はあどけなさが残る顔に、見上げていた立派な体躯は親しみやすさを感じる程にまで縮んでいた。顔を上げた臣下に赤毛の少年は笑ってみせる。

「そう泣かないで。戦の先駆けこそは未来の覇王たる僕の務め、臣下のキミはその背を見て、諸人に語り告ぐが務め。 ……さぁ、征こう! ブケファラス!」

 愛馬が応、と(いなな)く。

 背中を見守る臣下が居る。

 それだけで、(ぼく)がどれほど強くなれるか。

 

 ────かくして、幼き覇王は愛馬に跨り、戦場を一直線に切り開く。

 その眩い軌跡を見ながら、ウェイバーは一人、呟いた。

「全く……言うことも同じなんだからなぁ……」

 その瞳は、輝きながらいつまでも、王の背中を追い続けていた。

 人の可能性を切り開く、光り輝くその道を。

 

 

03:観測所

 

 

 空間を、二艘の船が寄りそうように泳いでいる。

 

 『黄金の鹿号』(ゴールデンハインド)を駆るのは、世界一の海賊。フランシス・ドレイク。全長37メートル。船首と船尾に4門づつの砲を持ち、両側舷には14の砲を備えている。威容すら感じるその船に、寄り添うのは悪名高き『アン女王の復讐』(クイーンアンズ・リベンジ)。全体に四十門の大砲を備えた怪物船。その船長の黒髭ことエドワード・ティーチは、憤慨していた。

「えぇーい! ババァ! さっさと拙者の船に移るでござる! 拙者の船は、サーヴァントが乗れば乗るだけパワーアップするチートなのは識ってるでござろう! ババァがその船と死ぬのは勝手でござるが、せめてエウリュアレ氏だけでも置いてってくだち!」

 共に、『アン女王の復讐』(クイーンアンズ・リベンジ)に乗り込んでいる女海賊の二人、アン・ボニーとメアリー・リードの二人も今回ばかりは軽口を叩かなかった。

 それほどまでに状況は逼迫していた。

 何せ敵の数が違う。ティーチの(言い方はともかく)言い分には、この歴戦の女海賊二人にすら異議はなかった。

 だが、肝心のドレイクといえば、ティーチの言葉などどこふく風で、船首に立っては楽しそうに戦場を眺めている。

 他のサーヴァント、例えばアルゴー船はこの広大な戦場をところ狭しと駆け回り、アタランテはアルテミス(オリオン)と矢雨を降らし、ヘラクレスは万夫不当の大暴れ。

 いずれも目覚ましい奮闘には違いないが、勝機とは成り得ない。とドレイクは見た。

「黒髭ぇッ!」

 まるで雷のような声で、ドレイクは吠えた。

「ど、どうしたでござる!?」

 その余りの変容ぶりに若干気圧されながらも、黒髭は答えた。ついに、あのドレイクが拙者の船に……?

「アンタ、いま、これ、どれくらいある?」

 そう言って、指で輪っかをドレイクは作っていた。

 つまり、これ=マネー。

「な、何を急に! も、もしやカツアゲ!?」

 その問いに、ドレイクは大きく頷いた。

「──ハッ(嘲笑)、とうとうボケたでござるか~? BBA!」

 黒髭は嗤った。

 いかに死地とはいえ、いかに共闘しているとはいえ、海賊が海賊のお宝を欲しかったなら、奪えばいいだけの話。

 それが、それだけが海の(おやくそく)だろう。

 その黒髭の答えを聞いて、ドレイクは満足気に頷いた。

「あぁ、そうさね! 海賊ならそーゆーもんさ! だけどね、黒髭ぇ? アタシはあんたと違って海賊ばかりをやってたわけじゃあない。軍人のアタシ、冒険家のアタシ、今あんたに話したのは商人としてのアタシさね! つまりはこれは商談さ」

 ドレイクは笑いながら言った。

「あんたの船にある、ありったけの金銀財宝で、アタシの秘中の秘を見せてやる! アタシが、フランシス・ドレイクが! このエル・ドラゴが! ()()()()()、太陽を撃ち落としたかってのを、特等席で見せてやろうじゃないのさ!」

 それは黒髭にとって、いや、あらゆる海賊にとって抗いがたい誘惑だった。

 ドレイクの言った言葉の意味は、船乗りであるならば誰でも分かる。

 史上名高い「アルマダの海戦」の再現。

 見たい。見たい。見たい。

 海賊ならば、誰もが憧れる海戦。

 それを、見られるなら──

「ふんっ! 一昨日来やがれ! それより、早くエウリュアレ氏をよこすでござるよ!」

 そう頭で、いや心で思っていても口は全く勝手に悪態をついていた。

 好きな女子に素直になれないDSG(だんししょうがくせい)の如く。

 仕方ないのだ。だって拙者はダメ人間だから……

 涙がキラリ⭐

 と、その横でアンが、メアリーが、エイリークが船の財宝という財宝をドレイクの方に投げ渡していた。

「ぐわぁぁっ!? なにしやがるでござる~?!」

「どうせ溜め込んでたってロクなことに使わないんだし」

 と、メアリー。

「っていうか、中年男性のツンデレに付き合って一緒に無駄死にとか流石に許容範囲越えてますし?」

 と、アン。

「何より、俺たちも、見たい」

 とエイリーク。

 観念したティーチも加わり、綺麗さっぱり、所持していた一切合切の財宝をドレイクへと渡し終える。

「おうおう、流石は黒髭! よくもこんだけ溜め込んだもんさ!」

 瞬間、その空間に、生暖かい風が吹いた。

 ──嵐が来る。

 そこにいた海賊たちの全てがわかった。

 今までに遭遇したことも無いような途轍もない、大きな嵐が。

「サア、野郎ども! 時間だよ! 準備はいいかい? 嵐の王! 亡霊の群れ! ワイルドハントの始まりさ!」

 山と積んであった財宝が消失していく。

 同時に『黄金の鹿号』(ゴールデンハインド)の周囲に数々の船が展開されていく。

 ──フランシス・ドレイクの宝具は財を散らせば散らすほどその威力は上がっていくのだ。

 ドレイクの従兄弟にあたるジョン・ホーキンスのヴィクトリー号や、ドレイクの副官を務めたこともあるマーティン・フロビッシャーのトライアンフ号を始めとしたガレオン級が四十数船。

 その合間に小型のガレオン級が配置されていく。

 さらに大小様々な武装商船、小型帆船に快速船はゆうに百を越える数。

 そして、赤く燃え広がる火船たちが眼前に広がっている。

「すっご……」

 と絶句するメアリーとアン。

「ねぇ、船長」

 と黒髭の顔を見てみようと、二人は振り返った。

 感動しているようなら、からかってやろう。

 素直に見れずにそっぽを向いているなら、見せるようにしてやろう。

 そう思って振り返ったが、二人は微かに微笑して再び眼前に広がる艦隊を見た。

「仕方ない人ね」

 とアン。

「仕方ないね」

 とメアリー。

 だって、あんな顔をされたら声の一つもかけられない。

 分かることは一つだけ。

 海賊黒髭の夢は、今一つだけ叶ったのだと。

 

 

 目下に広がる大艦隊、その一斉攻撃の威力は凄まじかった。

 そこにいる誰も彼もがその圧倒的な光景に目を奪われる中、ダビデだけが別の箇所を注視していた。

「が……」

 思わず口が動いてしまって、慌ててダビデは自分の手で言葉を封じた。

 ──うん。今現在を最大限に頑張っている人間に頑張れっていうのは、ちょっと違うかな。

 そう思い直して、なんて声をかけたらいいのかと少しだけ逡巡した。

 遥か下を走る、一人の人間。

 自分が声をかける資格なんてあるはずないと知りながら、届かぬ声援くらい送ってやりたい気まぐれが彼の中に生じていた。

 自身のその見識の深さゆえか、それとも走る彼をよく知る故か、これから彼がなにを為そうとしているのか理解していた上で。

「うん、じゃあ、そうだな……少しだけ早いけどこう言うとしよう。『頑張ったね、お疲れ様、■■■■』」

 嬉しそうに、悲しそうに、誇らしげに、優しそうに。

 ダビデは誰にも届かぬ言の葉を紡いだ。

 

 

 

04:管制塔

 

 

 ──なぜだ。

 なぜだなぜだなぜだなぜだ。

 理解不能。理解不能。理解不能。

 数で勝り、質で勝り、地で勝り、機で勝る。

 即ち──百戦百勝に他ならない。

 なのに、なぜ、こうも()()()()

「知るか。テメェらが弱ぇからだろ。戦場っていうのは強ぇ方が弱ぇヤツラを蹂躙する場所だ」

 常時全開。

 苦悶の声を無情にもモードレッドの剣が切り伏せる。

「有り得ぬ。たかだかサーヴァントに劣る我々ではない。貴様の言う事は不条理だ」

 その剣でも絶命を免れた魔神は、反撃をするでもなく、ただただ疑問を投げかけた。

 チッ、とモードレッドは舌打ちをした。

 絶好の機で仕留め切れなかった自分への苛立ちと、絶好の反撃の機にマヌケにも疑問などを投げかける魔神への苛立ち。

 その問いへの答えは己の剣に乗せようと、強く柄を握り締めたところでさらにマヌケな声が割って入った。

「ほう。ようやく俺の出番か、引っ込んでいろ単細胞。コイツはオレが相手をしよう」

 その苛立ちをいっそう沸き立たせるその声に、剣を無造作に振るわなかったのはそういうリアクションをとればとるほど、コイツを喜ばせると知っているからだ。

 ──ハンス・クリスチャン・アンデルセン。性格が歪んでる性悪のキャスター。

「ようやく重い腰を上げたとこ悪いけどな、作家センセイ。自殺ならどっか他所でやってくれ。こちとら、これでも一応騎士なんでな。目の前で無力なパンピーを殺られたとあっちゃ面目丸つぶれだ」

「ハッ、これは驚きだ! 今更お前に潰れる面目があったとは! 慣れない気遣いなどことさら無用だ。いいからコイツは任せておけ。騎士たるお前が護るべきモノはこんな矮小な俺個人などではあるまいよ」

 ふてぶてしく、不満をあらわに、モードレッドはその場を去った(口汚いスラングを大量に吐き捨てながら)。

 それを見送ったアンデルセンは、切り出した。

「さて、問いを投げたな? 魔神柱──恐らくは、序列十一位のグシオンよ」

「如何にも、我はグシオン也。脆弱なる魔術師の英霊よ。貴様が、我が問いの答えを得ると?」

「馬鹿め。なんでもすぐに答えを得ようとするな。試験終了のチャイムに追われる受験生か、貴様は。そも貴様の疑問は他人からの答えで納得できるものなのか?」

「意味が分からぬ。魔術師の英霊よ。解が正しければ、それが他所から享受されたものであろうが、自己で見出したものであろうが違いがあろうか?」

「ほう。ならば、教えてやろう。なぜ貴様ら魔神が圧倒的優位であるのにも関わらず、この場に限らず英霊達に勝ちきれていないのか? そういう問いであったな?」

「如何にも」

「答えは簡単だ。魔神グシオンよ。玉座にたどり着いたあの最後にて最新のマスターこそがその証左だろうよ。──即ち、ヤツの思いはたった一つにすぎない。最も直截的で、最も愚かしく、最も頑なな原初の意思、有態に言ってしまえばただの()()()()だ」

「……馬鹿な」

 有り得ぬ、と魔神は絶句した。救いを差し伸べた手を払い除け、地獄へ自ら邁進していく様なその愚行は彼らの理解の埒外だった。

「ふん、だから言っただろう。所詮、オレも偽りの生命と言える英霊などという存在だ。答えを聞いても納得できるとは思ってないさ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、貴様らにも響くかもしれんが」

 そう語りながら、それでも五分か。とアンデルセンは思った。

 個にして総体を誇る魔神柱に、他所の言葉など聞く必要性など無い筈であった。

 ──議論はすべて内々に。

 72の魔神柱は、一にして全となり全なる一として最も愚かしい理想(ユメ)を叶えようとしている。

 だが、此処に英雄が集ったときか、それともあのマスターが玉座にたどり着いたときか、いつ頃かは分からないが魔神柱は変化している、とアンデルセンは推察した。

 魔神柱の中で現在、このグシオンのみが攻撃行為を全くしていない。即ち前提である一なる全が崩れている。

 そもそも魔神たちとて本来は、個性があった筈なのだ。伝承に曰く、姿かたちや役割すらバラバラであった。それを統合した故の柱の姿であるとアンデルセンは予測している。

 ──とはいえそれを勝機と思ってやっているわけではないのだがな。

 勝敗など、アンデルセンには分かりきっていることだった。

 奇しくも、あの単細胞──モードレットの吐いた啖呵の言うとおりだと思っている。

 人間はいつか必ず滅ぶだろうさ。だけどもそれは、こんな滅び方じゃない。いや、何も人に限った話では無い。この地球、いや、この宇宙すらも必ず滅するのだ。だが、こんな滅び方では断じてなかろう。

「──話をしよう。己の欲の赴くまま、この星ごとに全ての生命と繋がろうとした愛と欲に塗れた女の話を。ユメしか識らない魔神よ、聞くがいい。愛と恋こそ、貴様達に刻むべき物語だ」

 

 

05:兵装舎

 

 

 ロビンフッドは息を吐きながら、岩にもたれかかった。

 土手っ腹に綺麗に真円が開いていて、もはや消滅は免れない。

「うん、まぁ、なんだ」

 残していたタバコを咥えようとしたが、腕が上手く動かせずにタバコは虚数空間の底へと落ちていった。

「ったく……締まらねぇなぁ……」

 横目でチラリと戦況を見る。

 ビリーもジェロニモもエリザベートも、凄絶に果てたが今もなおこの戦場は、魔神達と英雄達が戦い続けていた。

 狂王となったクー・フーリン、その師のスカサハ、ラーマにアルジュナにカルナといったロビンフッドにはチートとしか思えないインドの大英雄達。万夫不当とは正にこれで、自分が鼠のように逃げ回って闘っていたのが少し馬鹿らしくなるほどだ。

「ハァ……ホントの騎士様への道程はまだまだ遠いようで……」

 微睡みの中、いつかの時代のいつかの聖杯戦争を思い出す。

「……わかってますよ、いつか、また、旦那に呼ばれた時には、もうちょいまともな英霊になってますから」

 クー・フーリンにスカサハにアルジェナにカルナに──綺羅星の様な英雄達に及ぶ事などは無くとも、契約者と一緒に並び立てる誇りある闘いを諦める理由にはならないと微笑して、五月の王は風の様に消え去った。

 

 

「ふむ、ロビンフッドが消滅したぞ。いや、滑稽なほどに泥臭い闘いであった」

 愛槍を振るいなが、、フィン・マックールがディルムッドに語りかけた。

「我が君よ、どうかこの場に集いし英雄達を揶揄するのは控えあれ……」

「ふむ、いや、しかしだ。ディルムッドよ、ロビンフッドの恐ろしさは確かに対集団戦。とはいえ、その対象は対人でこそ輝くものであろう? 魔神の相手など、荷が勝ちすぎるというものだ」

 再三のディルムッドの忠言が届いているのか居ないのか、フィンの口は止まらない。

「我が君! 御冗談は程々に!」

「冗談? あぁ、なるほど。これは確かに、冗談か。堕落した神霊をも屠った我らフィオナ騎士団よりも、あの無法者(アウトロー)達の方が現在の撃墜数(スコア)が上回っているとは!」

「な、んと──」

 ディルムッドは絶句した。

 彼らとて、互いに背を預けながら少なくない数の魔神を屠っている。

「こんな空間では、得意の罠すら作れまい! それでも彼らは、我々よりも多くの魔神を仕留めた! ふふっ、ディルムッドよ、奮起しない訳にはいかないな?」

「えぇ、我が君よ。魔であれ神であれ──人に仇なすモノを討つのが我らの誉れでありますれば!」

 破魔と必滅の槍を華麗に振るい、ディルムッドの顔はその異名の如く輝いた。

 

 

 ──それは、穏やかなある日の午睡。

 王宮の庭にある陽の暖かい木陰で、微睡みから目覚めた。

 起きてすぐさまに夢だと分かった。

 霊体と成ってから見る夢は、契約者との繋がりとして現れると伝え聞いたが、この夢は自ら見たものという自覚ができた。

 いや、サーヴァントは夢を見ないという。であるならば、これは呪いなのかもしれない。

 何故ならこの夢は遠い昔日に確かにあった出来事であったからだ。

 自らの王宮の庭に愛する妃と居た、ただそれだけの輝かしい日。

 ──なんど、この夢を見るのか。

 英霊となる前から、何度も何度もこの夢を見た。

 確かに、確かにあった日であるのだ。

 ただ、そこには()()()()()()()()()()

「シータ、シータ!」

 声をあげた。何度も何度も見た夢で、ただの一度も愛する妃に会えた事はない。

 それでも、今回こそはと思わずには居られなかった。

 夢の中ですら、自分はシータに会えない。

 庭を、城を、街を、森を。

 張り裂ける声をあげて、何処かに居るかもしれないシータを探す。

 やがて、声を上げる事が適わなくなり、次に足が覚束無くなり、倒れ伏した。

 ──大丈夫。

 自らに、言い聞かす。

 シータの顔も、声も、匂いすらも、まだ覚えてる。

 幾千と幾万、否、幾千億の昼と夜を越えても、絶対に、絶対に忘れるものか。

「シータ、シータ、シータ……!」

 仰向きになって、天を仰ぎながら声をあげた。

 必ず、この声はシータに届くと信じた。

「僕は、本当は、君さえいればよかったんだ……。君と、日々を慈しめる事ができるだけで……! 花が咲いたとか、雨が降ったとか、そんな些細なことを分け合えるだけで……よかったんだ……」

 頬を涙が伝った。

 どれほど後悔しただろう。その後悔を背負う度に、負けるものか、と意地を張ってきた。

 やがて、涙と共に意識は沈殿していく。

「……」

「…………」

「………………」

 

 

「 ラー マ  ……さ……まっ……」

 

 

 

 その、微睡みと覚醒の間に、確かに懐かしくも愛おしい声を聞いた。

「──シータ!? シータか?!」

 赤髪の少年王は、そう言って跳ね起きた。

「ナイチンゲール? シータは? シータは何処に行」

「──確認しますが、ラーマ。シータ、とは貴方の奥方の事ですか?」

 傍らに居たナイチンゲールが冷静、いや、冷徹に答えた。

「いや、寝惚けた。許せ。大丈夫だ、精神が疾患したわけではない。そのメスと拳銃を構えるのを止めよ」

「──2秒程度の睡眠でしたが大分変わりましたね。少しでも、言動に乱れが見られたら強引に退かせるつもりでしたが」

 ラーマの眼を見て納得し、ナイチンゲールはホッと臨戦態勢を解いた。

「うむ、婦長は2秒とは言うが余には久遠にも等しい休息であった。何せ、夢とはいえ余は聞いた! 我が愛しきシータの声を!」

 確かに、確かに聞いた。幾度と夢に堕ちようとも声も形も無かったのに、今回は声が届いた。

「返事を出来なんだは名残惜しいが、奮迅の活躍を持ってシータの声に応えよう──そして、うむ、余の敵たる貴様たちにも感謝を。この空間で無ければおきえなかった奇跡かもしれんゆえな」

 気合一閃。

 ラーマは深く呼吸をして、『羅刹を穿つ不滅』(ブラフマーストラ)を構えた。

「余の王気(オーラ)は、いま正に空前絶後の絶好調よ。魔神柱どもよ、逃げるのならば追いはすまい。だが、向かってくるなら容赦はしない! その肉体、我が剣の錆としてくれよう!」

 

 

06:覗覚星

 

 

 この区画の最前線に立つのは太陽王オジマンディアスと、大英霊アーラシュであった。

「フハハハハッ! 良い! 良いぞ!」

 オジマンディアスは、その宝具のすべてを開放している。

 『闇夜の太陽船』(メセケテット)は、全方位に光線を放っている。

  『熱砂の獅身獣』(アブホル・スフィンクス)は、群がる魔人柱をオジマンディアスに寄せ付けない。

 『光輝の複合神殿』(ラムセウス・テンティリス)は、より()()()()()魔人柱を見るたびに大質量攻撃を繰り出している。

「フハハハハッ、この余にそれほどまで宝具を使わずに追いすがるとは! 流石勇者よ!」

 そう、そのオジマンディアスの横ではアーラシュが弓を撃ち放ち続けている。

 まるで機関銃を想起させる弓の乱射だが、恐るべきことはそこではない。

 その一発一発が、並の宝具の威力を凌駕しているという点であろう。

「へへっ、ファラオの兄さんもやるじゃないか。よーし、もうちょっと頑張ってみるかぁ!」

 いや、それすらもこの大英雄の底では無かった。

 更に矢は放たれる数も速度も威力さえも上がっていく。

「なんと! まだ余力を残していたとは! フハハッ、だが余も様子見を終えようとしていたところ! この勝負、神々さえも予想がつかないものになろう!」

 心底に楽しそうに、太陽王の声は響き続けた。

 

 

 

 ふむ、と純白の獅子の兜を被った騎士──即ち獅子王は傍らを見て停止した。

 徒歩の従者である銀腕の騎士の疲労が著しい為だ。

「どうしました?」

 その従者は、自らの困憊をおくびにも表情に出さずにそう聞いた。

 顔に似合わぬ鉄面皮に思わず獅子王も仮面の下で苦笑をしてしまう。

 素直に自重しろだの、少しは休めなどと言っても聞かないであろうとわかってはいるものの、そう言わずにはいられなかった。

「お言葉ですが。王が自ら率先して敵を薙ぎ倒すので、私などいまだ禄に闘っても居ないのですが」

 ──これは、困った。

 そんな筈は無論、無かった。英霊と化した今でなお、その右腕を振るうのは酷な筈だ。

 王宮魔術師曰く、振るうたびに魂が全焼するほどの痛みがあったという。それが英霊と化していくらかマシになったからといっていかほどのものか。

「それに、我が王よ。私の身を慮って頂くのは良いですが、いいのですか? 撃墜数(スコア)を太陽王とアーラシュ殿に迫られておりますが?」

 思わず、笑みを零してしまった。

 慣れない下手な煽り方をするベディヴィエールと。

 それに乗ってしまうこの霊基に。

「ならば良し。その右腕、片手で振るうには重すぎようが今暫く貸与しておこう。 ふむ、そして見るが良い。 私が獅子王としてこの最果てに現われた意味を識れ! 聖槍、抜錨」

 聖槍ロンゴミニアドの最大出力──特異点では最大級の火力宝具の1000倍以上を計測していたが、流石に損耗している霊基ではそれほどの火力は出ない。

「地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。すべて、 ()()()()()()()……! 聖槍よ、果てを語れ!『最果てにて輝ける槍』(ロンゴミニアド)

 だが、それでも女神と化した彼女が放つ一撃は凄まじい。

 光の柱は放流し、魔神柱の肉片が存在することすら許さない。その悉くを抹消した。

「……この宙域における全ての魔神柱の撃破を確認。太陽王とアーラシュ殿に、推定ですが三倍差(トリプルスコア)です。」

 ベディヴィエールは嘆息を交えながら、状況を報告した。

 ふむ、と満足気に展開していた聖槍を元に戻すと獅子の意匠を施した兜を脱いで言った。

「では、行くか。我が騎士よ」

「えぇ、勿論どこまでも」

 

 

 今、この場に、数多の戦場があり、数多の英雄どもが魔神柱を相手取っている。

 その中でも我々こそが最も過酷に戦っている、と暗殺者は自嘲した。

 ──百貌のハサン。

 月光、虫飼、狭域、白亜。

 あとは、わたし、か。

 あれほど居たわたしたちは、もう五人しか居なくなっている。

 それも道理だ。

 わたし達の強みは、個にして群。群にして個。つまり──

「──我々と在り方が同一である」

 対峙している魔神柱が語った。

「諦めよ、暗殺者よ。英雄達なら、なるほど。我らを一時は停止させることも可能。然し、貴様ら暗殺者にそれは不可也」

 そんな一から分かっていることを。

「呪いの腕。脅威足りえぬ。我らは心臓に値する概念を持って動かない。毒の身体。脅威足りえぬ。我らは毒には致死足りえぬ。短刀の類、脅威足りえぬ。神秘もないその武器では我らの薄皮をも切れまい」

 一々。

「貴様達は、無為也。在り方が同一である以上、素体が優秀な我らの勝利は覆らぬ」

 黙れ、と放った短刀はもちろん魔神柱に刺さる事無く、虚数の海へ落ちていった。

「……分からぬ。分からぬ分からぬ分からぬ。在り方が同一な我らならば、我が意が伝わる筈。答えよ、応えよ暗殺者よ」

 そうか、とわたしは納得した。

 魔神柱の言い分にでは無く、何故戦闘向きではないわたしがここまで生き残っていたのかを。

「あぁ、貴様たちの言いたいことはとっくに分かっている。分かっているとも。抵抗が効果的ではない、否、苦痛を感じる分だけ非合理だと言うのだろう?」

「然り。然り。撹乱とは脅威足りえて成せる事。我々に届く武器が無い以上、抵抗の継続は報酬無き苦痛にすぎない」

「その通り。その通りだよ、魔神柱。ただ、まず、暗殺者としてはまず無いことだが礼儀として名乗らせて頂こう。わたしは百貌のハサンの一『説諭のハサン』。魔神よ、アナタの名は?」

「我が名はオロバス──説諭の暗殺者よ。何故だ。何故無意味に抵抗する? 我は最も我々に近いオマエ達にこそ問いたい。個にして総、全にして一……目指した先が同じであるなら、この対話こそ我らを量る標になろう」

 ──対話。

「或いは」

 魔神柱が続ける。

「──貴様との対話によって得る真理こそが、我々に必要であるのかもしれぬ」

 説諭のハサンはその舌を持ち、魔神柱にただ一人異色の闘いを挑んだ。

 

 

07:生命院

 

 

 流離譚の一。

 自在天眼・六韜看破。

 まずは──自軍を圧倒的有利に、そして敵軍を圧倒的不利に強制的に転移させる。

 即ち、イシュタルとエルキドゥによる両面からの圧倒的な大火力による先制攻撃。

 やがて、態勢を立て直した魔神柱達もゴルゴーンやケツァルコアトルらの強力な神性による攻撃に翻弄される。

 だが、幾ら圧倒的優位に戦況を進めても無限に沸く命がある限り消耗していくのは、サーヴァント達からであった。

 その攻勢から守勢に回る時に、牛若丸は指揮権をまるまるレオニダスに渡す。

 そこからは、レオニダスの指示で遊撃に回り、統率の取りにくい神霊サーヴァント達のフォローに回る。

 薄緑・天刃縮歩による縮地による斬撃。

 弁慶・不動立地による防御。

 壇ノ浦・八艘跳で翻弄し。

 吼丸・蜘蛛殺で、魔人柱を同時に仕留める。

 機械よりも正確に。

 牛若丸は最速で最善を選び続けている。

 

 

 

「やあ。君は出張らないのかい?」

 魔神柱も、数多の英雄も視覚できないような空間に、一人の黄金が立っている。

「──声だけを寄越すとは、戯け。厚顔も程々にしておけよ? 我の寛大さはあくまで我が臣民に向けられたモノだという事を忘れるな?」

 その穏やかならざる言葉とは裏腹に、声色は少しどこか愉しそうだ。

「いや、そこはかつての縁と今までの働きでどうにか相殺していただきたい。僕とて行きたいのは山々なんだが──僕のことは、まぁ置いておいて、君が出張ればここのエリアはだいぶ楽になるんじゃないかな?」

「ハッ、それこそ無用よ。イシュタルめと……いや、いい。此処の戦力は過剰な程よ。あのウルクよりも過酷な戦場などそうありはせぬ。レオニダスや牛若丸に似合いの戦場であれば、我の指揮も不要であろう」

「──で、眺めのいい場所で彼を見てる、か。」

「アレを認める度量こそ我にしか出来ぬ責務ゆえな」

 眼下、その赤い双眸に映るのは一心不乱に走る一人の男。

「──最も愚かな願いを抱いた王を?」

「我が許す。ヒトに成ってみたいという興味によって世界を燃やし尽くした王などを許せるのは天上天下に我のみであろう。であれば、許す」

「──自らの責務と、最も愚かな選択を選ぶ人を?」

「我が許す。己が望みをなげうって、果たすべき責務をただ果たす為にすべてを投げ打つなど王の在り様とはいえまい。であれば、許す」

 それ以降、一言も黄金は口を開かなくなった。

 聞くべき事は聞いた男は、最後に呟いた。

「──では、そうだな。僕からは礼を──ありがとう。ロマニ・アーキマン」

 

 

08:廃棄孔

 

 

 唐突な話なのだが。

 この時間神殿という場所は、文字通り時間というものを奉っている。

 その委細については省くが、ようはここでの時間の流れ方はおかしい。

 ただ、コツさえ知っていれば現実には一瞬で現れたかのような事も可能っていう事がいいたいわけだ。

「廃棄孔……に……着いた……」

 ぜぇぜぇ、と全身で大きく息をする。

 こんなことなら、もう少し身体を鍛えていればよかった、などとも思って苦笑した。

 走ったのは、怖かったからだ。

 ──アレをやっておけば。

 ──これがしたかった。

 そんな荷物を持てば持つほど今から自分がやることが()()()()()()()()()仕方なくなってしまう。

 走っていれば、そんな考えを持つ暇もないと……

 そんな姑息な考えだったのだ。

 ……眼を閉じる。

 鮮明に焼き付いている、死に様が……いや、生き様があった。

 やるべきことを、見付けて為した僕の、いや、カルデアの娘。

「……君の勇敢さを、もう少しの間だけ、僕に」

 顔を上げて、廃棄孔に入った。

「あっ、おっそーい。まったく、ボクもう少しで消滅してしまうとこだったよ」

「あ、アストルフォ?! なぜここに!?」

「んー、いやさー。ほら、縁を紡いで来たはいいけどさー。ボクって実は弱いじゃん? 勢いで特攻しちゃってさーまさかの0コマ落ちってヤツ? にゃはは、まいったーまいったー」

 実際、アストルフォはなんとか現界出来ているのも不思議なほどの損耗ぶりだった。

「──でも、そう。ボクの直感なんだけど! 急いでいるんだろう? ボクのヒポグリフに乗っていきなよ!」

 

 それからは、少し話をした。

 アストルフォは理性が蒸発しているとはいうが、意外なほどの聞き上手だった。

 僕は、人間になってからの事を彼に話した。

 コタツのこと、花火のこと、仮装のこと。

 最後のマスターのこと。

 レオナルドという相棒のこと。

 そして──

「──? どうしたんだい? ドクター。もうすぐ到着するよ?」

「いや、うん、そうだな……僕なんかがそんなことを言っていいなんて、とても思えないんだけど……。うん、そうだな。最後なんだから、口を滑らしてしまおう。うん、そう、娘……娘のように……」

 視界が、滲んだ。

 口に出さなきゃ良かった/口に出して良かった

 だが、そこからはもう言葉にはならなかった。

 沢山の、思い出が……走馬灯の様に思い返した。

 ──うん、不謹慎かもしれないが。

 楽しかった。

 大変なことはいっぱいあった。

 でも、みんなと居たカルデアは楽しかったんだ。

 そう思えば思うほど、涙は止まらなかった。

「到着……っと? 大丈夫かい? 僕もついていこうか?」

 消滅しかけながらアスフォルトはそう、聞いた。

 涙をぬぐって、答える。

「大丈夫。為すべき事を、為すさ。僕の娘のように、ね」

 それを聞いてアスフォルトはそっか、と何事もないことのようにわざと微笑んでから消滅した。

 

 

 

01:溶鉱炉

 

 

 ……かくして、ゲーティアは倒れた。

 魔人柱達も、その多くが崩壊していく。

【許せぬ】

 そして、この場に集った星々の如き英雄も──

【許せぬ許せぬ許せぬ】

 また、その役割を終えて消滅をしようとしていた。

【許せぬ認めぬ断じて、断じてあり得ぬ】

 否。

 否。否。否。

 否。否。否。否。否。否!

 多くが崩壊していく魔人柱達。

 その中にあって、一つが思った。

 この、狂った結末を起こした()()を、許すわけには行かないと。

 そうとも。

 あの聖女ジャンヌ・ダルクだけは──!

【許せぬ】

 

 ──輝ける王宮は、輝けるまま夢と消え。

 不思議なほどに、心を穏やかにさせた音楽も無い。

 そもそも、隣で旗を持った戦友も。

 彼らの助力があってこそ、自分はこの戦いの結末を見届ける事が出来た。

 悔いはない。

 消滅寸前の魔神柱が、死なばもろともと私を蹂躙しようと目の前まで迫ってきて居るが。すでに人理の焼却は防がれた。

 ならば、と眼を閉じる。

 もう少し、もう少しだけ見届けていたかったがそれは贅沢がすぎるというものだろう。

 ──私以外の見届け人もいるようですし。

 だが、不思議と魔人柱の決死の攻撃は、なかった。

 うっすらと目を、開ける。

 眼前とまで迫っていた魔人柱の姿は、無かった。

「……ジ……ル?」

 なんとなく、そう思った。

 ()()()()()()()()()()が、声も無く身を呈して私を守ってくれたような。

「そう。この光景をしっかりと霊基に刻めと、そう言うのですね。ジル……」

 ──退去の前、黄金の英雄王が此処にやって来るまでの少しの間。

 ジャンヌ・ダルクは、この光景を決して忘れぬようにと願いながら、崩壊する神殿を見つめ続けていた。



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