ベル・クラネルが復讐者なのは間違っているだろうか 作:日本人
読み専さかな様、報告ありがとうございました。
────少年には両親がいなかった。彼の家族は祖父ただ一人。少年は祖父と共に辺境の村で暮らしていた。少年は祖父が大好きだった。祖父が渡してくれた英雄譚────後に祖父が書いたものだと知る────は少年の心を鷲掴みにした。少年は何度も英雄譚を読みふけり、やがて英雄に憧れた。
────自分も英雄になりたい
────物語の英雄の様な冒険をしてみたい
そんな少年の夢を祖父は笑顔で応援してくれた。だったら強くならないとな────そう言った祖父は微笑ましそうに笑っていた。少年は祖父が大好きだった。ただ少年には気がかりな事が一つあった。祖父の寝言である。祖父はいつもいつも寝る時に決まって同じ事を口ずさむ。
時には誰かに謝り(謝罪の対象が少年である事もあった)、時には誰かに懇願し、そして何より────
────おのれフレイヤ・・・ッ!
それは少年が聞いたことのない怨嗟の声。祖父は決まって〝フレイヤ〟という人物を恨む様な声を上げていた。少年はそんな祖父に恐怖を抱くと共に────フレイヤに対して激しい怒りを抱いた。自分が愛する祖父をこうまで苦しめるフレイヤと言う人物に怒りを。やがてそれは深い、深い憎しみへと変わっていった。その憎しみは子供が持つには不分即応のもので────少年の運命はこうして決まってしまったのだ。そんな祖父との生活が終わったのは少年が7歳の時だった。
────モンスターの襲撃
それは突然であった。人類の敵である異形の怪物────モンスター。それが村を襲ってきたのだ。運の悪い事に少年は逃げ遅れた。狼のモンスターは逃げ遅れた少年に飛びかかり────その鉤爪が少年の左眼を切り裂く。悲鳴を上げる間も無く、モンスターは少年の右腕に喰らいつき、引きちぎる。少年はあまりの痛みに気絶することすら出来ずにのたうち回る。モンスターは少年にトドメを刺そうと────
────した所で少年の祖父に叩き潰される。祖父と共に救出にきた男性は少年を抱え、祖父に逃げようと叫ぶ。
────儂はコイツらを片付けてから行く!先に行っておれ!
────それが祖父の最後の言葉だった。少年はそのまま応急処置を受け、一命を取り留めた。祖父は姿形も無かった。恐らくモンスターに食われたのだろう────と少年は聞いた。少年は泣いた。それはこの世の終わりが来たかの様な慟哭だった。やがて少年は怪我が完治した後、祖父が死んだと思われる場所に来ていた。何をする訳でもなくただ少年はそこに居た。もしかしたらひょっこり祖父が帰ってくると思っていたのかもしれない。しかしそんな事は無く時間だけが過ぎていった。しばらく経ち、日が落ちようとする中、少年が帰ろうとすると視界の端に一枚の布切れが目に入る。普段なら気にしないのだがそれがもしかしたら祖父のものかもしれないという思いがあったのだろう。少年はそれを手に取って見てみると、そこには共通語で何か書かれていた。その布切れにはこう書かれていた────
────フレイヤ・ファミリアと────
────それを見た瞬間少年は理解した────
────この魔物の襲撃はフレイヤ・ファミリアが仕組んだものだと────
────祖父を殺めたのも奴らだと────
────翌日、少年は家にあった数本のナイフと金を持って村から姿を消した。机には旅に出るから心配しないでくれといった旨の手紙が置いてあった。村人達は心配したがどうする事も出来ず────数年経った今では一人の村人によって管理されているその家は帰ることの無い主を待ち続けている。
────そして少年は旅に出る────
────黒焦げた憎悪に身を任せて────
────ただ復讐のために────
────少年が祖父を失った7年後物語は動き出す。
────オラリオ郊外にあるとある〝黄昏の館〟。そこでは館の主である〝ロキ・ファミリア〟の入団試験が行われようとしていた。
「ほい、じゃー1人ずつ実力見ていくからよろしゅうなー」
関西弁を話す1人の女性────このファミリアの主神であるロキは入団試験を受けに来た30人程の者達に告げる。ロキ・ファミリアは〝フレイヤ・ファミリア〟と双璧を成す迷宮都市オラリオ最強と呼ばれるファミリアである。その知名度から入団したいというものが後を絶たない。よって、こういった試験を設けてファミリアにふさわしい人間かを判断するのである。
「そういう事だよ。皆、楽にして欲しい」
そう言うのは小柄な小人族の少年────ロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナ。レベルは6。オラリオでも最強クラスの人物である。見た目は少年だが年齢は40歳を超えている。これは
「あぁ、それと殺す気でかかってきて欲しい。その方が実力が良くわかるからね」
フィンがそんな事を言って試験は始まる。が、ロキは〝今回も〟駄目だったかと内心落胆していた。フィンと立ち合う入団希望者は全てフィンを舐めてかかっている。最初の男は入団試験用に支給された剣を振るい、フィンの剣をはじき飛ばしてドヤ顔をして入団希望者の列に戻っていく。〝誰も勝負は終わったと言っていない〟にも関わらず。アレでは背後から殺られるのがオチだ。次も、その次も同じ様な有様である。
「(こりゃー不作やなー。フィン達みたいなのはそうそうおらんのは分かっとったけど…、いくら何でも酷すぎやで)」
ロキは5人いった所でやる気を無くし、「へぇー」とか、「おぉー」とか言って表面上取り繕う。フィンも同様で「へぇ」や、「そう来たか」などと言っている。オラリオ最強クラスから一本取れたことで彼らの中では入団が確定しているのかいずれも晴れやかな顔だ。中には手加減されている事にも気付かず、「レベル6も大した事ねぇな」などとほざいている輩もいる。その様な状況が数十分間続き、フィンが「次で最後だね」と言ったことでボーッとしていたロキは眼前の最後の入団希望者に目を向け、顔を顰める。希望者は黒いフード付きのマントを頭からすっぽりと被り、顔は見えない。全体的に薄汚れた格好をしており、ロキは「浮浪者か」と聞こえない様に呟く。フィンはレベル6の聴力でそれを聞き取り、軽く顔を顰める。しょうが無いだろと思ったロキは黒フードがこちらを見ている事に気付く。
「なんや、どないしたん自分?」
ロキは黒フードに問う。黒フードはただ一言、
「浮浪者かどうか、見れば分ります」
そう若い声で告げてフィンに向き直る。ロキは自分の独り言を本人に聞かれたことに軽く焦る。黒フードはフィンに一言、
「────行きます」
そう言って支給された剣をその場に捨て、フィンに高速で接近する。マントの中からナイフが飛び出し、フィンの頬を掠める。
「────へぇ」
それは黒フードに対する感嘆の声であった。油断していたとはいえ、レベル6にナイフを掠らせたのだ。それは目の前の黒フードが途方もない技量を有している事を示している。それを見ていたロキは驚愕する。
「(んなアホな!?恩恵の無い子供の動きとちゃう!あれはレベル1の上位・・・下手したらレベル2!?)」
黒フードは高速で〝左腕〟でナイフを振るい、フィンを追い詰めようとする。が、流石レベル6。あっさりとナイフを打ち払い、黒フードに剣を突きつける。他の入団希望者はそれを見て失笑するが、彼らは気付いていない。フィンがこの試験で〝初めて剣を振った〟事を。黒フードはナイフを回収して列に戻っていく。ロキはフィンを呼び、黒フードの事を確認する。
「フィン、どうやった?」
「言うまでもないだろう?…黒フードの、恐らく彼はレベル2相当の身体能力とそれ以上の技量を持っている。片手しか使っていなかったけど…両手であのナイフを捌くのは骨が折れそうだ」
「フィンにそこまで言わせる子供か…こりゃ決まりやな」
「ただ…」
「ん?どした?」
「…いや何でもないよ」
「?ま、いいか。よーし、それじゃー結果を発表するでー!」
ロキは希望者達に告げて、フィンと共に列の前に立つ。
「それじゃー合格者やけど────」
一様に満面の笑みを浮かべる────黒フードは分からない────希望者達。自らの合格を疑っていない様だ。
「────そこの黒フードのキミ。あんただけや」
それを聞いた瞬間周りの希望者達がざわめく。遂には1人がロキに食ってかかる。
「何でだよ!そいつは負けたじゃないか!」
「誰も勝敗が合格に関係するなんて言うてへんよ?」
「だとしても何故そいつだけ!」
「…それが分からんのやったらウチじゃやって行けへんよ。さて、それじゃー黒フードのキミ?取り敢えず顔を見せてくれるか?後、名前も」
ロキはそれだけ言って、黒フードに向き直る。
「…神にお見せできる様な顔では御座いません。」
黒フードは顔を見せようとはしない。
「ええってええって。ほら、見せてみ?」
「…それでは」
黒フードはフードを捲り上げる。その際、はマントが捲り上がって黒フードの右腕が〝無い〟事にロキとフィンは気付く。ロキ達が驚いている事に気付くこと無く黒フードはフードを捲りきる。そこには白髪の髪を持った隻眼の少年の顔があった。片方しかない右眼は紅く輝いている。年の頃は14、5程の少年であった。ロキ達は予想外の若さに驚く。そして黒フード改め、少年は己の名を告げる。
「ベル────ベル・クラネル。それが僕の名です」
此処に、復讐者兼冒険者ベル・クラネルがオラリオに誕生した────