私、メリーさん。47日後に逢いに行きます   作:歌うたい

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私、メリーさん。47日後に逢いに行きます

 

 

 

『私、メリーさん。今、沖縄に居るの』

 

 

それは、とても美しい声だった。

 

 

「……それはまた、遠いな」

 

 

指摘するべき場所は、そこではない。

 

しかし、返答はどこか他人事のようだった。

 

 

 

『ガンガラーの谷ってとこに居るんだけども、此処についてはご存知? 数十万年前は鍾乳洞だった場所が崩れて出来た場所なの』

 

「……あぁ。知ってるが」

 

『そう、良かった! 亜熱帯の自然や息吹きを楽しめる場所ね。私のオススメは、目一杯に広がる緑苔で出来た一面を楽しめる断崖よ! エキセントリックだわ!』

 

「そ、そうか」

 

『冬の沖縄は良いわね。海は入れないけど、見る分だけなら充分綺麗だし。観光スポットなら他にも沢山ある。旅行には最適ね』

 

「……」

 

 

私、メリーさん。

 

そんな一文から始まるストーリーと聞けば、日本人ならば誰もが、かの有名な怪談を思い出してしかるべきであろう。

 

最初は遠くから。

やがて段々と近付いていって、最終的にはその電話口の相手の真後ろに現れて──という、都市伝説。

 

けれど、正直これはどうなんだ。

電話口の向こう側とこちら側をキャストとしても、プロローグからして(つまず)いている。

 

 

──先ず、遠すぎる。

 

 

自分の居る場所から彼女の居る沖縄とでは余りに遠い。

ジワジワと距離を詰めるのが醍醐味に近い怪談話において、初っぱなから危機感を抱かせなくてどうする。

 

 

──次に、普通に観光してる。

 

 

別に都市伝説だって少しくらい羽目を外す権利というのもあるのだろうが、せめてバカンスは合間合間に、見えない所でやってくれと。

オマケに観光スポットの蘊蓄(うんちく)まで披露してくれている。

メリーさんとやらには怪異としての自覚がないのだろうか。

 

 

──最後、はしゃぎ過ぎである。

 

 

苔の美しさ、自然の紡ぐ緑のオーケストラ。

 

それに胸を打たれるのは分かるし共感を覚えるが、エキセントリックって、どういうキャラクターなのか。

つらつらと述べられる評論は見事だが、これではまるでリポーターだ。

 

沖縄県特使、メリーさん。

何だそれは、新し過ぎる。

 

第一、メリーさんと沖縄との関連性は無いに等しい。

一応フランス人形が母体だろう、フランスは何処に行った。

 

ぐるぐると疲れた頭にアレコレと駆け巡る下らない考えに頭痛がして、どこかぐったりとした溜め息を漏らすが、電話口のメリーさんには自分の苦悩はまるで伝わってないらしかった。

 

 

『それでは、今夜から貴方のお耳の恋人、メリーさんでした。明日の夜もまた、素敵な夜を過ごしましょうね、ジェントルメン。それじゃ、Au revoir(オ フヴォワーフ)』

 

「…………別れの挨拶はフランス語なのか」

 

 

ツー、ツーと虚しく鼓膜に溶ける断線の音に、どこか疲れた様な台詞を捨てて、力なく受話器を置いた。

まるでラジオのDJみたいな爽やかな別れ際の言葉といい、顔も知らないメリーさんとやらは、怪談とは名ばかりで自分を怖がらせるつもりは全くないらしい。

 

それともこれが彼女なりの演出なのか。

だとしたら、取り敢えずホラー映画でも見て、幽霊役のいろはについて勉強するべきだろう。

 

けれども、これが子供の単なる悪戯ではないという事だけは間違いないのは、自分にも分かる。

 

というか、分からざるを得ない。

 

これは確かに、怪奇現象というカテゴリーに含まれる現象なのだろう。

 

その、証拠に。

 

「……」

 

何ら特別な事はない、シンプルな固定電話から繋がる電線を、しかめっ面を浮かべながらも手繰り寄せれば。

 

これなら繋がる筈もないと、誰もがそういうほどに別たれた電線の片割れ。

 

他でもない、『自分自身の手』で断ったソレを見詰めながら、大きな大きな溜め息を落とした。

 

 

──

 

2日目

 

──

 

 

「私、メリーさん。今、鹿児島に居るの」

 

 

「…………」

 

 

メリーさんは随分とスローペースな怪奇現象らしかった。

 

いや、実際には沖縄から鹿児島までも相当な距離があるので、一概にはスローペースというべきではないのだが、どうにも一歩近付いただけという感覚が拭えない。

 

しかし、もっとこう、這い寄る恐怖の演出にしてももう少しギアを上げて行かないと今一つ緊張感を抱けないというか何というか。

 

 

『今回は名物桜島を紹介するわ。やっぱりポイントといえば、カラフルな空の色がバッチリ映えるその雄大なシルエットよね。特にオススメは、朝焼けの赤みがかった空と桜島のワンショット! スーハー……スーハー……んーっ、デリシャス……』

 

もう普通に紹介するって言ってるし。

胸一杯に桜島の空気を味わって、ついにはデリシャスと来た。

昨日に引き続き、もう完全に旅番組のノリである。

 

 

『ところで、ジェントルメン。一つお尋ねしても宜しくて?』

 

「……あぁ、うん。どうぞ」

 

『つかぬことを聞くのだけれども……パンダとライオンと虎って、いつから恐竜の仲間入りを果たしたのかしら?』

 

「あー…………キミ、桜島自然恐竜公園に寄っただろう」

 

『あら、良く分かったわね。ティラノサウルスだったりディプロドクスを模した遊具があるって事で、ついつい遊んでしまったのよね。でも、名だたる恐竜達の中に何故かパンダ達の遊具がいきなり出てきて、ほんとアンビリーバボーだったわ』

 

「……だろうね」

 

 

建設上の都合か、何か狙いがあるのか。

しかし、大概の人間からしてみれば霊的存在であるメリーさんの方がよっぽどアンビリーバブルである。

 

というか彼女が遊具を楽しむ場合、それはポルターガイストな現象になるんじゃなかろうか。

 

そんな懸念はよそに、どうやら今夜のチャンネル不明の"ラジオ放送"はこれで終わりらしい。

 

 

『さて、今夜はここまで。私のチャーミングボイスを子守唄にして、どうか良い眠りを、ジェントルメン。それじゃ、Au revoir』

 

 

「……」

 

 

別れの挨拶はフランス語で固定なのか、とどうでも良い感想を抱きながら、そっと受話器を置いた。

果たして、彼女が此処に来るまで一体どれくらいの月日がかかるんだろうか。

 

いや、それこそどうでも良いか。

 

 

──

 

8日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、福岡に居るの』

 

「ついに九州踏破か」

 

 

結局、予想通りメリーさんはスローペースを乱す事なく、1日置きに九州地方を順繰りに観光していき、その最後の砦に王手をかけた。

 

 

『ところでジェントルメン、お茶はお好き?』

 

「まぁ、好きだね」

 

『なら、そんな貴方にぴったりのスポットね。私が今居るのは、八女中央大茶園よ! 展望台から見える緑茶畑の階段の美しさといったら、もう……それに、お茶の香りも実にGood! まさに一粒で二度おいティーというヤツね!』

 

「……………………」

 

 

『に、二度おいティーという──』

 

「分かった、降参だ。おいティーね、うん、それでいいんじゃないだろうか」

 

 

とりあえず、1週間を折り返した今日この日にまで分かったことは、彼女はとても陽気でユーモア溢れる性格らしい。

ラジオのDJとしては良いことなんだろうが、やはり怪奇現象としては落第も良いとこだ。

 

 

『何だか投げ遣りじゃない、ジェントルメン?』

 

「そんなことないさ、(へそ)で茶が沸くよ」

 

『へ、臍で? なになになに、ジェントルメンったらそんな特技があったの?』

 

「モノの例えだよ」

 

『へぇ、どういう意味の例えなの?』

 

「そうだな、キミがとてもチャーミングという意味だよ」

 

『あらあら、口説かれてるのかしら、私ったら』

 

勿論、嘘である。

 

しかし、ここは笑顔でお茶を濁させて貰うとしよう。

もっとも、電話越しでは伝わらないだろうけれども。

 

 

『さて、貴方のお耳の恋人、メリーさんとのひとときも、ここまで。お休みなさい、ジェントルメン。今夜は私が良い夢を見れそうだわ、ウフフ』

 

「そうか、それは何よりだ」

 

『えぇ。それじゃ、Au revoir』

 

 

そして受話器を置いて、頭のなかの地図を広げれば、次は四国か中国地方のどちらかだろうと思い至って。

 

 

「参ったな……」

 

 

本当に、参った。

メリーさんからの電話を、何だかんだ心待ちしている自分が、そこに居たから。

 

くすんだ姿見に映る自分の顔は、小皺を増やしてしゃがれた声で苦笑していた。

 

 

──

 

11日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、愛媛県に居るの』

 

 

先に上陸したのは、四国地方からだった。

 

高知県の五台山公園、徳島県の四方見展望台と来て、次は愛媛。

四国制覇も、あとは香川県を残すのみか。

 

 

『今回は、愛媛と高知の県境にある、四国カルストにやって来たわ。日本三大カルストの一つとして有名ね。四季折々の良さもそれぞれあるけれど、私としては夏に来るのがオススメかしら。一番高い標高から見れる、夏の放牧的な草原と肩を出した石灰石との凸凹とした風景はとっても綺麗だけれど、どこかチャーミングなのが良いわ』

 

「そして何より、連なる山脈と、その境目に出来た白雲の橋が架かる時に瑠璃色の朝焼けが差し掛かれば……そこは、現実と空想すら迷子になる」

 

『あら、言いたい事を言われてしまったわ。ジェントルメンは、此処がお気に入りなのかしら?』

 

「……あぁ、勿論」

 

 

何せ、自分が初めて欲しかった賞を手に入れる事が出来た『1枚』を撮った場所なのだから。

 

 

『ふふ、喜んで戴けて良かったわ。"私も"迷い込んでしまいそうね、ここは』

 

「……君の姿を目にした事がないから何とも言い難いが、なかなかに強気な発言じゃないか」

 

『勿論、私はメリーさん、他でもない貴方のお耳の恋人よ。きっと白いドレスに袖を通せば、神様だって見惚れちゃうかも知れないわ』

 

「ノーコメントと答えるのが、紳士の嗜み、で良いのかな」

 

『野暮を言うよりは、正解ね。それじゃ、今夜は特別、貴方のエンジェルことメリーさんでした。Au revoir、貴方に幸あれ』

 

 

メリーさんには、どうやら自分の事ならば大抵お見通しらしい。

四国カルストの頂上から撮影した写真のタイトルは、天使が迷う場所。

 

……まさか、日本を股にかけて迷子になっているという隠れたメッセージではない、だろうか?

 

割と有り得そうで、少し困る。

 

 

 

──

 

16日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、広島県に居るの』

 

「広島か。とすれば、有名な観光名所は厳島神社だが」

 

『うふふ、残念でした。今日紹介するのは三段峡よ。日本の渓谷においては5つの特別名勝の一つに数えられているだけあって、色んな大きさの滝や淵がお目にかかれるわ』

 

「……確かに。では、いつの時季に訪れるのがオススメかな?」

 

『欲しがり屋さんね、ジェントルメン。リスナーとしてのヨイショも上手くなって来たじゃない……さて、メリーさん一押しの季節は、やっぱり秋ね。遊歩道から見上げた目一杯の紅葉と、その間から水飛沫をあげる滝。秋を目で耳で噛み締めるそのひとときは、きっと素敵な思い出になるでしょう』

 

「…………」

 

 

あぁ、全くもってその通りだ。

 

流水の呼吸、紅葉の微笑み。

 

そこで見た景色は、写真に残さなくとも、今も強く脳裏に色付いている。

 

 

『ふふふ、頭の中のアルバムを開いているのかしら、ジェントルメン? 今夜も素敵な夢を見れそうね。それでは、貴方のお耳の恋人、メリーさんでした。Au revoir』

 

「Au revoir」

 

 

別れの言葉を口ずさんで、今更思い当たる、一つのこと。

 

この別れの挨拶が、フランス語であると自分が知っている理由。

 

簡単だ、『彼女』がいつも言っていたから。

 

シャッターを切るのを忘れてしまうほどに、美しいプラチナブロンドを(ひるがえ)して、自分に微笑んでくれていた、『彼女』が。

 

 

 

──

 

22日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、和歌山県に居るの』

 

 

「ふむ、和歌山か。しばらくぶりの再挑戦と行こう。今回は白良浜かな?」

 

 

『コングラッチュレーション!! やるじゃない、ジェントルメン……正解よ。今日紹介するスポットは白良浜! 真っ白サラサラな砂浜とオーシャンビュー、夏になればカラフルなパラソルの花々が咲き乱れる……風物詩ってやつね』

 

 

「海水浴には持ってこいだ」

 

 

『えぇ、勿論! けれど、今日は視点を変えてみましょう。そう、この白良浜は上から見下ろすと、まるで鯨のような形をしているの』

 

 

「!」

 

 

『大きな大きな、白い鯨の下で海を楽しむ人々。陸と海の交差点、それはまるで鯨が見ている夢のよう。それとも人の見る夢? ふふ、貴方はどちらだと思うのかしらね、ジェントルメン』

 

 

「……」

 

 

『さぁ、今日はここまで。ロマンチズムを想いながら、素敵な夢の中を泳ぎましょう。それじゃ、Au revoir』

 

 

 

どうして場所を当てられたのか、なんて。

 

とっておきの1枚を、ヘリコプターの上空から撮影した場所なんだ、分かるよ。

 

そして、君があえてそういう場所を選んでいるから、分かるんだよ。

 

受話器を置いた、左手の薬指。

暖炉の灯りに反射して、シルバーの指輪が赤く煌めいた。

 

 

 

そして、気付いた。

 

これはきっと、メリーさんの気紛れな観光名所巡りなんかじゃないんだという事に。

 

埃が被りはじめてしまったアルバムを、一緒に(めく)るだけの。

 

不思議な不思議な、思い出語り。

 

 

──だからこそ、それからの日々は趣旨が変わっていった。

 

 

 

──

 

24日目

 

──

 

 

『私メリーさん。今、京都府に居るの』

 

 

「原谷苑の桜の雨は、どう"だった"かな?」

 

 

『えぇ、ホント素晴らしかったわ! 桜さくらの空一面。肌の白さには自信があるけれど、この雨にエスコートされちゃったら、きっと一瞬で染められるんでしょうね』

 

 

「死ぬまでに一度は見たい桜、がキャッチコピーだからね。乙女でなくとも、誰でも頬を染めるだろうさ」

 

 

『ふふ、ジェントルメンとしては、女性のエスコートに関しては、負けられないかしら?』

 

 

「どちらが上"だった"かな?」

 

 

『──そうね。一粒で二度美味ティー、とでも』

 

 

「つれないな」

 

 

 

──

 

30日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今は岐阜県に居るの』

 

「とすると、苗木城か。あそこからのパノラマはまさに絶景だったな」

 

『360度を見渡せる城の跡。時代の移り変わりの侘しさと、それでも確かに芽吹く木々たち。なつくさや、つわものどもが、ゆめのあと──ほんと、良い詩よね、ジェントルメン?』

 

「詩、か。これは俳句というんだと教えたのも、そういえばあそこだったか。不思議な響きだと、君は目を丸めていたね」

 

『──えぇ。五・七・五、だったかしら。そういえばあの時、一句作ってみせてと言ったけれど……あの時は断られちゃったわね、恥ずかしがり屋さんなんだから』

 

「私は写真家だからね。筆を取るのが本職じゃないし、アドリブというのは苦手なんだ」

 

『あら、うふふ、言い訳かしら? 優れた芸術家は、他の分野でも花を咲かせれるもの、ってのがジェントルメンの持論じゃなくて?』

 

「……若かったのさ、あの頃は」

 

 

──

 

33日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、東京都に居るの』

 

 

「……東京、か」

 

 

『貴方がエスコートしてくれたお台場のバーから見た夜景。メトロポリス、東京タワー、そしてレインボーブリッジの光と波のコンチェルト。ふふ、夜景を背にしながらシャンパングラスを傾けるジェントルメンは、なかなか絵になっていたわね』

 

 

「恥ずかしいな。しかし、あの時初めて、キミがお酒に弱いという事を知ったな」

 

 

『紳士の皮を脱いだ狼に差し出される、か弱い乙女は演じられていたかしら?』

 

 

「ハハ、そう強がらなくて良いよ。顔を真っ青にした相手に手を出すほどに落ちぶれちゃいない」

 

 

『……意地悪ね。今日はジェントルメンで居てくれないの?』

 

 

「女性の可愛らしさを見る為なら、紳士だって時には意地を悪くするのさ」

 

 

──

 

36日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、神奈川県に居るの』

 

 

「……キミと出逢ったのも、もう随分昔に思えるよ」

 

 

『桜木町の臨港パーク。道が分からない上に日本語が話せなかった私に、声を掛けてくれたのは、若い男の人。ほんとう、ありふれたドラマのワンシーンみたいだったわね』

 

 

「全くだ。それも、フランス語が分かる訳でもないのに、ね。全く、困った男だよ。カメラレンズの隅っこで、ぼーっと空を見上げていた美女に心奪われて、いてもたっても居られなくなったのだから」

 

 

『顔、真っ赤だったわね。けれど、身振り手振りで、困っている私を何とかしてくれようとしてくれたのは、とってもキュートだったわ』

 

 

「若気の至りだったな、あれは」

 

 

『けれど、私も若かった。だから、あんなにも簡単に私の心を捕まえられちゃったのかしら。写真家の才能って怖いわね、うふふ』

 

 

「写真を取ると魂が抜かれるって話でキミをからかった事、まだ根に持っているのかな」

 

 

『さぁ? でも、どっちにしろ良いわよ。若きジェントルメンに心を撮られちゃったのは、一緒だもの』

 

 

「うん、根に持ってるね」

 

 

 

──

 

41日目

 

──

 

 

 

『私、メリーさん。今、宮城県に居るの』

 

 

「……」

 

 

『そう照れなくても良いのに。遅かれ早かれ、だったでしょう? 少なくとも、一目千本桜の下を眺めながらっていうのは良かったわよ。シチュエーションも、それに、ジェントルマンのプロポーズも』

 

 

「……だってキミ、笑っていたじゃないか。結構本気で。そりゃあ、可笑しかっただろうさ。汗はだらだら、まともに目も合わせられず、それでいて肝心のプロポーズは噛んでばかりときた」

 

 

『そうね、顔だって真っ赤だったし。御世辞にも、格好良くは無かったわね。でも、私は笑っていただけかしら?』

 

 

「……紳士、紳士とキミは言ってくれるがね。女性を泣かせるのは、紳士の風上にも置けないんじゃないかな」

 

 

『嬉しくても、人は泣く。そう言って抱き締めてくれた人が言う事かしら』

 

 

「違いない」

 

 

 

──

 

46日目

 

──

 

 

『私、メリーさん。今、青森に居るの』

 

 

「白神山地の青池か。美しい、ブルーインキを溶かしたような池だった」

 

 

『私の瞳の色と同じだって、褒めてくれた。ジェントルメンの心だって、同じように深い青色をしてるわよってつい言い返しちゃったけれど、その後なんて言ってたっけ?』

 

 

「……"池が、綺麗ですね"」

 

 

『っぷ、あはは、本当に面白い人よね、ジェントルメン。ナツメソウセキの真似、してみたかったって言ってたものね、ふふふ』

 

 

「正直、あれは黒歴史だったよ」

 

 

『……でも、私はちゃんと御返し、出来てたかしら?』

 

 

「…………」

 

 

『……私はね、ホントに……ホントに、嬉しかったの。貴方に会えて、貴方に恋をして、貴方と結ばれて、貴方に愛されて。ねぇ、ホントよ。だから……あの言葉だって、嘘じゃないの』

 

 

「……僕、は……」

 

 

『……私、メリーさん。明日、貴方に逢いに行きます。ねぇ、ジェントルメン』

 

 

「…………?」

 

 

『一つ、聞いて良いかしら』

 

 

「なんだい?」

 

 

『アルバムって何の為にあると思う?』

 

 

「……思い出を、懐かしむ為だ」

 

 

『えぇ、そうね。懐かしんで、惜しんで、時には恥ずかしくもなったり、胸の奥がギュッてなったりもするわ。でも、でもね。それは"囚われる"べきものではないの。『追いかける』ものじゃないのよ。"思い出"ってそういうものでしょう?』

 

 

「──ッ」

 

 

『ねぇ、"アナタ"……?』

 

 

「……あぁ、そうだな。そう──だった」

 

 

『ふふ、"思い出"してくれたみたいね』

 

 

「……キミの、おかげだよ。ありがとう」

 

 

『どういたしまして……さて、明日で最後の夜。私とアナタの思い出語りも、最後になる夜よ。だからこそ……素敵な夜にしましょうね』

 

 

「……あぁ、勿論だ」

 

 

『それじゃ、Au revoir』

 

 

「Au revoir ……"メアリー"」

 

 

──

 

47日目

 

──

 

 

こうしてスーツに腕を通すのは、本当に久しぶりだ。

 

自分の中の時計が動くのを止めてから、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 

 

彼女の蒼い瞳。

 

 

それを空に重ねてしまうから、それを海に見つけてしまいそうだから、手を離してしまった相棒のカメラも、すっかり埃を被っていた。

 

パチパチと、冬の寒さを和らげる暖炉の炎の音も、今更だって呆れてる。

 

 

髭を整え、ボサボサだった髪を切り、身嗜みを整えて。

 

さぁ、メリーさんを、お迎えしよう。

 

 

陽気で、よく自分をからかって、よく自分を笑わせて、楽しませてくれて、そして人一倍、心配性な彼女を迎えよう。

 

けれども、彼女は自分の驚いた顔も、好きだと言っていたから。

 

 

「私、メリーさん。今、アナタの後ろに居るの」

 

「……相変わらず、キミは僕を驚かせるのが好きなんだね、メアリー」

 

 

暖炉の前の、ロッキングチェア。

 

そこに座って目を閉じていれば、そっと寄り添うように回された、メアリーの腕。

 

メアリーの、花のような、香り。

 

鈴が転がるような、優しい声。

 

私の中のアルバムは、今だって懲りずに彼女を収め続けている。

 

 

「ねぇ、アナタ?──分かる? 分かるかしら?」

 

 

「──分かるとも、メアリー。"覚えてくれて"いたんだな、僕の夢を」

 

 

「えぇ。だって、私とアナタの夢だったじゃない。ほんの些細な夢。ポケットの中に収まるくらいの、小さな夢。こうして、『一緒に年をとって行こうね』って、約束したものね」

 

 

回されたメアリーの手には、小さなシワが出来ていた。

 

声も、少ししゃがれていた。

 

すっかり年老いた『僕』に、追い付いてくれたように。

 

 

……あぁ、それこそ、まるで夢みたいじゃないか。

 

こんなにも『美しくなった』キミを見れるなんて──

 

 

「ふふ、もっと気を利かせた方が良かったかしら? 男の人だもの、若い方が本当は嬉しいんじゃなくて?」

 

 

「まさか。だって、これは──あの日から、キミと一緒に進んで、これた、みたいでさ……泣、きそ、うだよ……」

 

 

「……バカね。ずっと、傍に居たんだから。アナタの心の中に、ずっと。それこそ、アナタが撮ってきた写真みたいに、ずっと居たのよ」

 

 

彼女に先立たれてから、ずっと一人の世界に閉じ籠っていた。

テレビも見ず、新聞も見ず。

こんな私を未だに必要としてくれている友人達からの声すら"ハサミで断ち切った"。

 

だから、心配性な彼女にこうして世話をかけてしまったのだろう。

 

あまりにも不甲斐ない私の、背中を押しに、こうしてわざわざ。

 

 

「本当に、バカ。アルバムを眺めながら、いっつもポロポロ泣いちゃうんだもの……だから、私もすっかりシワだらけよ、ふふ」

 

 

「……そうか。なら、泣いた甲斐(かい)があったよ」

 

 

「あらあら、強がっちゃって」

 

 

「強がるさ、キミの前なら。キミが──見ていてくれるなら」

 

 

辛いものは辛い。

 

けれど、心配性な彼女を困らせるのは、もう止めないといけない。

 

だから、これは約束だ。

 

もう一度、空を見つめる為の。

 

もう一度、海に微笑む為の、約束。

 

 

「……約束ね、アナタ」

 

 

「……約束だ、メアリー」

 

 

あぁ、だから、一枚良いかな?

 

強がってばかりも、大変なんだ。

 

もう一度、歩き始める為に。

 

 

 

 

──

 

111日後

 

──

 

 

 

「いやぁ、やっぱり先生は凄いや! ほんと、『負けないぞ』って思うよりも、この写真買おうかなって思ってしまうんですもの……」

 

 

「そうかい? 嬉しい事を言ってくれるね」

 

 

「……そういえば、あの、少し聞きたい事が。先生は、その……ずっと、看板を下ろしていた訳じゃないですか? 俺、先生に憧れてこの業界に入ったから……それが、どうしていきなり復帰しようと思ったんですか?」

 

 

「……いや、なに。『負けないぞ』って思う写真が撮れたのさ」

 

 

「お、おぉぉ……あの、もし良かったら、お見せしていただいても……?」

 

 

「……ふふ、少し、恥ずかしいな」

 

 

そうして。

 

胸元に、自分の心の直ぐ傍にある、銀のロケットを彼に見せる。

 

その中には、写真が1枚。

 

 

泣いてる自分と、笑う彼女のツーショット。

 

 

彼の反応が少し大袈裟で、やはり照れてしまって、視線を逃がした先には。

 

もう、怖いと思わなくなった……青色春々、空一面。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、メリーさん。

ずっと貴方の心の中に居るの。

 

 

 

__Au revoir.



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