何故か英雄になったけど俺は闇堕ちしない   作:月光法師

4 / 8
 まず、この前書きを読んで頂ければと思います。

 一つ。すみません。期間が開きました。そして長くなりました。一応、一日1000字以上は書いていたのですが……つまりはそういうことだ()
 小説0.3冊分くらいあります。ごめんね。

 二つ。今回は原作準拠な部分が強いです。ちょっと変えてもいますが。なので原作既読の方は、中盤辺りを読み飛ばして頂いても話がすんと理解できるかと。
 理由としましては、一言で言えば布石みたいなもんです。

 三つ。本当に長いから。時間あるときにお読み頂ければなー。という老婆心みたいな何か。

 それではどうぞ。時間潰しにでもなれば幸いです。





災害レベル【鬼】変身後は不明

 

 

 

 隕石襲来から早くも数日が立った。

 また一つ積み上げられた英雄の功績に沸き立つ民衆も、ほとほとに落ち着きを取り戻しつつある。

 当の英雄本人は次から次へと舞い込む怪人襲来の対処に当たっていたため、彼の中では一つの任務が終わった程度の認識であった。

 

 そんな彼にとって、その日は久々の休暇が認可された。

 実に一年ぶりの休暇である。

 

 今までは増加する怪人被害、ヒーロー協会の慢性的な人不足、スポンサーや協会役員によるヒーローの私的運用等により、セフィロスに休みが与えられず。

 重ねて、どれだけ働こうとも一寸の疲労すら見せず。剰え全ての任務を完璧以上に、最速で遂行してしまうのだ。

 涼しい顔でそれだけの成果を叩き出し続ける彼に、分かってはいても寄りかかってしまう協会を果たして悪と言えるか。

 

 ───ヒーローから緊急の応援依頼! 災害レベル【鬼】です! 近辺には対処可能なヒーローがいません! ………はい、分かりました! 直ぐにS級1位英雄セフィロスへ応援依頼を出します!

 

 ───シババワ様により大規模な津波が予知されました。対処はどういたしましょう。………了解。津波対処にS級1位英雄セフィロス、念を入れてS級3位戦慄のタツマキの二名。住民避難に他数十名のAからC級ヒーローを動員。

 

 ───緊急! 緊急! 災害レベル【竜】の怪人出現を観測! 対処可能なS級ヒーローは全員が現在、別の依頼に従事しています! ………! S級1位ヒーロー、英雄セフィロスから任務完了の報告! 至急、災害レベル【竜】の対処を求みます!

 

 以上。オペレーターの音声履歴から一部抜粋。

 

 惜しむらくは、セフィロスのフットワークの軽さ。完璧以上の任務完遂能力。S級の中でも頂点に君臨する力量。そして何より───運の悪さ。

 これ等はセフィロスの持っている、他の追随を許さぬほどに圧倒的なもの。

 故に緊急の事態にはセフィロスの名前が真っ先に上がり、他ヒーローは別の怪人に対処中で手を離せないなどざらである。

 

 はっきり言って間が悪いとかのレベルではない。狙ったようにポンポンと厄介事が舞い込むのだ。吸引力のセフィロス。商品名に出来るくらいだ。

 

 その上、セフィロス自身が休暇を取らずにヒーロー活動を続けているため、更に状況に拍車がかかる。セフィロス頼りが悪化するのだ。

 実際のところ、セフィロス自身は多忙過ぎる余り、どうすればより効率的に早く仕事を終わらせられるかに思考が傾倒していただけなのだが……。

 オブラートに包んでも社畜の鏡だった。

 

 そんなセフィロスから初めて休暇願いが出された。

 

 「「「な、なんだとーーー!!?」」」

 

 控え目に言って協会は騒然となった。

 あのヒーローの模範とも呼べるセフィロスが休暇願いを出すなど、すわ何事だ!? と誰もが叫び出す。

 

 ───あのセフィロスさんが休暇を取るなんて……。

 

 ───まさか休暇をしなければ成せない重大な事態が起こっているのか……!!?

 

 ───いやしかしセフィロスくんからは休暇を取りたいとしか聞いていない。理由は聞くなと言わんばかりだった。それほどの凄みがあった……!

 

 ───じゃあやはり……!?

 

 ───何かが起こる前兆かもしれん……。

 

 云々かんぬん。

 セフィロス本人が聞けば、なんでそうなるの? と白目を剥いて問い掛けたくなるだろう言葉の数々。

 セフィロスが築き上げてきた信用信頼()の賜物であった。

 本人は周囲や上役たちから睨まれたくなくて頑張っただけなのに。

 

 協会職員たちの話は移り変わっていき、やがて目の前の問題と相談をしだす。

 

 ───彼が一日とはいえ居なくて大丈夫なんですか?

 

 ───まずいかもしれんな……。

 

 ───緊急事態が発生したとき、他のS級たちが素直に動いてくれるのか……。

 

 ───金属バットやタンクトップマスターなら即座に動いてくれるだろう。

 

 ───しかしその二人だと機動力が足りない。他のヒーローもだが、彼等だと近場の事件にしか対処出来まい。閃光のフラッシュや戦慄のタツマキがいいんじゃないかね?

 

 ───タツマキはセフィロスと同等の実力者だが、彼女の戦闘は街にも大きな被害を与えるからな。あまり動かしたくはない。

 

 ───ならば閃光のフラッシュくんかな。個人的には大型新人のジェノスくんもアリだと思うけどね。

 

 ───ふむ、一理あるな。ならばその二人に緊急の事態は任せるか。近場に他のS級がいればソチラへも要請を送ろう。異議はあるかな?

 

 S級ヒーローは実力者であると同時に、内面的曲者の集まりでもある。

 まず休暇願いなど出さないし、出す前に勝手に休みの日を決める。依頼要請を出しても即断で断られることは少なくない。端的に言ってフリーダム過ぎるのだ。

 それもまたセフィロスが一因となっている部分があるのだが……。

 何はともあれ、そんなS級の中で一番真面であり、英雄の名に恥じぬ男がセフィロスであった。そして協会にとっての救いであった。

 依頼には断らずに即応してみせる。

 しかも依頼達成率100パーセント。S級の中では珍しくない数字だが、彼等彼女等の内情を考えればセフィロスの叩き出す数字は驚異のものだ。

 

 故に集まる信頼。際限なく高まる信用。周囲から最高のヒーローだと認識される要因の一つとなる。

 更にそれを形作る土台として、人格と能力も最高のものであると認識されている。

 

 信用、信頼、人格、能力。これだけ揃えているというのに、外見まで端麗ときた。

 まさに最高のヒーロー。民衆にとっても、ヒーローにとっても、協会にとってもだ。

 

 ここまで語って何が言いたいかと言うと、まあ簡単なことである。

 

 ───やばいぞ……ッ! S級1位英雄セフィロスがいないと仕事回らないんじゃ……!?

 

 はっきり言ってセフィロスに頼り過ぎていた。協会は以前から自覚していながらも、今回やっと身をもって知ることとなる。そしてそれは民衆も。ヒーローも。

 

 たった一人のヒーローがいないだけで、ここまで人間は脆いのかと、愕然とするのだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 我輩、久々の休暇である。

 もう一度言おう。

 

 久 々 の 休 暇 だ !

 

 ヒャッホウ! やったぜ! やってやったぜ! 今までは休暇とるとかいう発想が時空の彼方だったけど、そういえば普通に届け出だせばよかったんだよ!

 なんで今まで考えに浮かばなかったんだろうね!

 

 ……言うな。知ってる。狂ってたんだ、あの頃は(遠い目)

 常に舞い込む依頼に、出した答えは仕事の効率化。どれだけ早く仕事を終わらせられるかに終始思考を割いてたんだ。

 そして休んで何かする趣味もない(断言)

 共に遊ぶ友達もいなかった(血涙)

 

 でも今回はサイタマくんと遊ぶから頭絞って考えたよ! そして奮発し休暇を取ろうと閃き、一念発起。なんとか受理されたのだ……。

 

 休暇の理由で友達と遊ぶためとか言い出せなかったから、心の中で理由聞くな聞くなと念じてたけど、なんとかなって良かった!

 職員さんが何故か深刻な顔してたのが気になったけど、何も言われなかったし気にすることないでしょ。

 

 そして今日はサイタマくんとジェノスくんと、Z市の荒野で待ち合わせ。

 なんかサイタマくんが張り合える相手居なくて詰まんないらしいから、今日は俺と手合わせをするのだ。

 セフィロススペックは伊達じゃないからね! サイタマくんを満足させるとか余裕でしょ!

 や、勿論サイタマくんを舐めてる訳じゃないよ?

 でもさ、ほら。セフィロススペックだから! 今の俺に死角とかないから! なんとかなるなる! (脳筋)

 

 そして待ち合わせ場所へとやって来たんだけど……。ちょっと早く来過ぎたかな? 気合いを入れすぎたかもしんない。

 まあ今までボッチだったからね、しょうがないね。

 あっ、ちょっと自傷行為しちゃった()

 

 だけどそんなの気にしない!

 楽しみだからさ! ワクワクが止まらねぇ!

 

 殴り合いで深まる友情……。

 少年ジャンプ的サムシング……。

 遅いぞ! 我が青春ッ!!

 

 そして汗を掻いて握手をし、現在俺のイチオシたこ焼き店へ行き、食べ歩きながら次の予定を話し合うのだ……。

 完璧やな! (フラグ)

 

 あー、早く来ないかなー。

 たこ焼き店の看板娘が可愛いからその話もしたいし。サイタマくんとジェノスくんの好みも聞きたいよね。やっぱ異性の話とか盛り上がると思うし!

 

 一日の締めに一緒に晩御飯を食べに行くのもありだよね! 和食か、洋食か、中華か。シンプルに焼き肉とか? 気軽にファミレスとかファストフードでもありかも!

 

 いやでも居酒屋とかもありだな。この見た目だから一人じゃ入りづらいし、この機会にサイタマくんたちと行ってみようかな! あっ、でもジェノスくんって19歳なんだっけ? 

 居酒屋行ってお酒飲めないとか拷問かよ。

 

 ってあれ、俺ってば食い物の話しかしてないな。

 なんか会話のレパートリーが少な過ぎない?

 

 ははっ、そういえば今生は実験と仕事くらいしか経験してなかった(白目)

 賞金首で稼いでた時期もあったけど、そんな話されても相手は困るだろうし。

 

 食事が数少ない癒しだったんだなぁ(社畜)

 本当に多忙なときは食事すら満足に取れなかったし。5秒くらいしか食事時間ないときとかあったし。

 なんぞそれ、10秒チャージも出来ひんやん()

 

 もう本当におかしい。

 怪人とかホント多過ぎだし。そんでもって災害レベル【鬼】が出るだけで緊急要請入ってー、からの市を幾つも跨いでフルマラソンだよ!

 移動時間が数時間とかザラなんですよね。そして到着したら怪人を真っ二つにして、また別の市に数時間かけて移動(白目)

 

 俺知ってるよ。【鬼】は月一回以上のペースで出るとか嘘ですよね。

 だって移動中に【鬼】くらいの強さがありそうな怪人けっこう見かけるもの。そして襲われるもの(悲哀)

 絶対に協会は嘘ついてるね(確信)

 

 そして仕事は怪人退治だけじゃないのだ。色々とあるが、一番キツイのが警護任務。スポンサーの警護とか凄いキツイんです。

 なんか旅行に行くから警護してとか? パーティー開くから警護してとか? それ協会から断ってくれませんかねぇ。

 

 警護に行ったら行ったでさー、警護っていうより接待させられるしさぁ。

 知ってるか。俺、マダムたちとお茶会()したりしてるんだぜ(白目)

 その旦那たちと夕食を共にしたりしてるんだぜ(戦慄)

 そしてその最中に今度ウチで◯◯の仕事を頼みたいのだが……とか言われちゃうんだぜ(恐怖)

 

 仕事中の話だし、なんとか話を持ち帰って協会に報告するじゃん? 俺、やりたくないです! って言いたいけど協会はスポンサーたちのご機嫌とりで了承しちゃうじゃん?

 こうして仕事が増える(絶望)

 

 俺の事情も、考えてください……!

 

 でも言えない。だってこの年でクビ切られて無職とかキツイんですもの。俺の代わりなんてS級には大勢いるしさぁ。俺が使えないって分かった瞬間にポスト交代でポイ捨てですよ。

 逆らったり意に沿わない行動をするのだけは避けなければ(社畜の鏡)

 

 へへっ、笑っちゃうだろ?

 こんなんだけど俺、生きていけてるよ。

 クセーノ博士……取り敢えずまた助けて(懇願)

 

 はっ!

 いかんいかん。闇落ち(笑)しかけてたぜ。取り敢えず今日は遊ぼう。思う存分、心の赴くがままに遊ぼう。

 そして、たこ焼き店に行って看板娘に癒されよう。

 夕食にはちょっと良いものを食べよう。

 金は有り余ってるから大丈夫。使う暇が無かっただけとか、そんなんじゃない。そんなんじゃないゾ(二度目)

 

 ───プルルルルル、プルルルルル

 

 おっ、ジェノスくんから電話だ。

 なんだろ?

 

 えっ? 怪人が出たから行ってくる?

 えっ、サイタマくんと一緒に行くんだそうなんだ……。

 そっか、今日の予定は取り消しか……。

 

 電話を切り、パタンと音を鳴らして閉じた。

 一息つく。

 

 ふぅ……。

 ……うむ、これは俺も向かうしかないな!

 

 予定がなくなって虚しいからとか、そんなんじゃないぞ? 怪人退治した後にそのままサイタマくんたちと遊びたいからとか、そんなんじゃないぞ?

 折角なんだし俺を誘ってくれてもよかったんじゃない? とかそんなこと思ってないぞ?

 

 よーし!

 じゃあ行くか!

 

 休日出勤じゃおらー! (エリート社畜)

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 海人族襲来。

 災害レベル【鬼】。

 

 数日前からJ市にて怪人が発生していた。発生元は我等が母なる海からであった。

 

 最初は一体のみの襲撃。災害レベル【狼】の怪人。この程度ならばB級ヒーローで対処は事足りる。

 だがそれも最初のみ。次は数が増えた。その次は災害レベル【虎】レベルの怪人が現れた。次第に数と質を増していく怪人。

 災害レベル【虎】となればA級ヒーローが対処しなければならないレベルだ。

 ヒーローたちはなんとかその日も乗り越え、更に次の日。

 

 またもや災害レベル【虎】の怪人発生。数体の海人族たちによる襲撃であった。

 その怪人たちには偶然見回りをしていたため現場に遭遇したA級11位ヒーロー【スティンガー】が対処した。

 周囲を賑やかしていた見物人たちが、疲労困憊となったスティンガーを見て我が身の危機を感じ逃げ出した中。彼は見事に孤軍奮闘の末に怪人たちを撃ち破ってみせたのだ。

 

 彼を見守るのは上空を飛ぶヘリコプターに搭乗したアナウンサーたち。そして街の至るところに張り巡らせた協会の目を通し、現在もヒーロー協会本部にて職務を全うする協会職員たちのみ。

 

 彼等がいたからこそ、ソレが出現したこと、そしてA級ヒーローが一撃で倒された事実を認識できた。

 

 「はははははははははっ、おそらく災害レベル【神】くらいの怪物どもの襲撃を俺一人で防ぎ切った! これ英雄セフィロスを超えたんじゃ!? 俺すげえええええええ!」

 

 危機を乗り越え、高揚した気分のままに叫ぶスティンガー。眼前の敵を一掃し、海人族が全滅したなどと考えているわけでもなかろうに。

 つまりそれは、明確な隙だった。

 

 ボキュ。

 そんな音が鳴った。

 殴られたスティンガーの体から出た音だった。骨が幾つ折られたのか。もしかすると内臓も傷ついているかもしれない。

 

 やったのは筋骨隆々の巨漢。

 人の姿に酷似した怪人だった。

 

 「───あのね。あなた不快だから死んで構わないわよ」

 

 2メートルを超える人の体に、魚類のヒレを思わせる耳。口腔には鋭い歯牙が生え揃っている。

 頭頂には王冠を被り、鎖骨から背へと身の丈ほどもあるマントを帯する。

 

 それはまさしく王の出で立ち。

 

 他の海人族のように、魚類と人を組み合わせた怪物そのものの姿ではない。どこまでも人に似通った姿であった。

 唯一、人との大きな違いは肌の色。そして先も述べたヒレのような耳くらいだろう。

 

 彼の名前は深海王。

 海を支配する者たちの頂点であり、陸地の全てをも手に入れようとする傲慢な侵略者だ。

 

 彼が現れ、A級11位ヒーロー【スティンガー】が一撃で破れ去ったため、協会からは災害レベル【鬼】の怪人であることが改めて市民やヒーローたちへ伝えられた。

 災害レベル【鬼】。それ即ち、街全体の機能が停止、もしくは壊滅の危機であるということ。

 J市の住民は核兵器さえも防ぐ避難シェルターへと逃げ込み穴蔵を決める。力の及ばぬヒーローも幾人か紛れているが、それもまた懸命な判断であろう。

 J市外のヒーローたちは自発的に救援、もしくは手柄目的で向かう者。協会から要請を受けて救援に向かう者に別れていた。

 

 そしてスティンガーを救援するためやって来たヒーローがここにもいた。

 

 深海王から離れたビルの屋上に身を伏せ、コンパクトに折り畳める望遠鏡で戦場を俯瞰する男。

 

 「……ちっ、倒れてるのはA級のスティンガーっぽいな。間に合わなかったか」

 

 A級20位ヒーロー【イナズマックス】現着。

 

 「でも残りは一匹か? ううむ……応援を待つべきか。………いつもならS級のセフィロスが応援に来ている状況なんだが、今日に限って休みとはな………」

 

 セフィロス休暇の報は多くの人々が認知している。ヒーロー協会がヒーローたちに英雄の不在を知らせ、その上で発破をかけたためだ。

 そして誰がリークしたのか、ニュースにて報道されている始末。英雄不在の一日は大きなネタとなっていた。

 本人はそれを知らないのだが。

 

 「……タイマンならいけるか?」

 

 本来ならばA級の対処可能な災害レベルを超えているのだが、あくまでも災害レベルは災害レベル。基準でしかない。

 A級の中でも限りなくS級に近い実力者は存在するし、S級としてやっていける者も存在する。

 ヒーローランクや順位自体、ヒーローの実力を表すものではなく、複数の要素で決まっているものだ。実力はその複数の内の一つでしかない。

 つまり、ヒーローの順位がイコールで実力ではないのだ。

 

 故にもしかすると、A級20位ヒーロー【イナズマックス】も災害レベル【鬼】の深海王に勝てるかもしれない。

 タイマンならいけるかも、とイナズマックスが思っても誰も否定は出来ない。

 怪人たちも災害レベル【虎】や【鬼】等でランク付けされて一括りにはされているが、その強さの幅は同じ災害レベル内であっても大きく広いのだから。

 

 まあ、今回に関しては───

 

 「くぁせdrftgyふじこlp!?」

 

 ───どうやらイナズマックスでは対処不可能なようだ。

 

 いつ移動したというのか。イナズマックスの背後数センチに屹立していた深海王に驚愕し、理解不能の言葉を羅列する。

 直ぐ様、振り向き様に火薬仕込みのシューズを用いて強烈な蹴りをお見舞いするも、深海王には毛ほども効果が無さそうだった。

 痛いじゃない、なんて話す深海王は余裕綽々だ。

 

 一瞬で彼我の実力差を感じて逃げに徹するイナズマックス。その判断は彼の確かな実力故。

 しかし隙を見つけるためとはいえ、投げ掛けた言葉が不味かった。

 

 「俺は…ヒーロー……イナズマックスだ。……勝負しろ」

 

 そして気付けば殴り飛ばされていた。

 

 「勝負ね、いいわよ」

 

 拳を振り抜いた後に宣う深海王。

 その顔に浮かべる笑みは嗜虐心の表出。

 

 ビルの屋上から殴り飛ばされたイナズマックスは己の死を確信し、四車線の道路を挟んで向かいのビル内部へ叩き付けられた。

 

 「………ヴぐッ」

 

 (くそっ、セフィロスがいないだけでこんな直ぐに死にかけるのかよ。いつもなら怪人真っ二つにしてるころだろうに。他のS級は何やってんだ。……ああ、息が出来ねぇ)

 

 悪態を心で吐き出し、現状まだ生きていることを確認するイナズマックス。体の感覚はなく、動くことも出来なかった。

 そこへ響く、連続した重低音。

 ビルを破壊するために深海王が梁を破壊したのだ。

 

 なんとか逃げるため、死力を振り絞り立ち上がるイナズマックス。

 

 「くそ……」

 

 目の前に、深海王が立っていた。

 

 「嫌な野郎だ。ぶっ飛ばしてやるッ」

 「うふふ。ぶっ殺してあげる」

 

 窮地だからこその啖呵を切り、それ以上に現実的な言葉がぶつけられた。

 一世一代。

 命を賭けた男の勝負。

 

 渾身の必殺技を繰り出した。

 見事に的中させた。

 

 そして──顔面を深く殴打された。

 

 またもやビルを突き抜け吹き飛ばされ、しかし既にイナズマックスの意識は途切れていた。

 そしてイナズマックスを潰すためにビルが倒壊する。

 

 だが更なるヒーローが駆け付ける。イナズマックスはそれだけの時間を稼いだ。たったの数分にも満たぬ時間だったが、それはとても大きな功績だった。

 

 「S級ヒーロー【ぷりぷりプリズナー】。あなたに会いに脱獄成功!」

 

 イナズマックスをギリギリで受け止めて救った男は高らかに名乗りを上げた。

 その威容。深海王にも負けぬ筋骨隆々な巨体。だというのに囚人服。その上から手編み感満載のハートのセーター。

 遂に、S級ヒーローが現れた。

 その存在感は確かにS級だった。

 

 S級ヒーロー。

 災害レベル【鬼】に一人で対処可能。それがS級ヒーローとして必須な実力の最低限。ぷりぷりプリズナーもまた、その基準を満たしている。

 そして共にいる男がもう一人。

 

 名を【音速のソニック】。自身を最速最強と信じて疑わぬ忍者。サイタマをライバル視する男だ。

 そして頭痛が痛いみたいな名前のため、比較的常識のある者に侮られがちな男だ。

 だがその実力はヒーローではないものの、S級と遜色のないレベル。

 

 確かな強者が二人。

 

 だが彼等が力を合わせることはなかった。

 ぷりぷりプリズナーがソニックに下がるよう言ったからだ。

 

 「ジェノスちゃんに抜かれて最下位になってしまったが、俺はS級ヒーローだ。二人のようにはいかないぞ! 懲らしめてやるッ」

 

 堂々とした口上

 自信の漲る瞳。

 勝利を夢魅させる覇気。

 

 彼の背にいる者はこの上ない安心感を抱くだろう。

 

 「まずは半分程度の力で様子をみようか!」

 

 臨戦態勢へと移行するぷりぷりプリズナー。

 彼の肥大な筋肉は更に隆起する。そしてビリビリビリ! と絹布を引き裂くような音が鳴った。彼のセーターから聞こえる音だった。

 

 「だあああああああああッ!? 彼氏の手編みセーターが破けたあああ!?」

 

 うっかりだったのだろう。日常生活では珍しくないことである。何かに集中したり熱中したりすれば、より起こりやすい事柄だ。

 にしても、ぷりぷりプリズナーの叫びは凄かったが。

 

 「あああああああああああああああッ! あなたは絶対に許さああああんッ!」

 

 怒りと悲しみから発狂しかけるぷりぷりプリズナー。はっきり言って清々しいほどの責任転嫁であった。

 

 (はっ!? 恐ろしい奴だ……)

 

 戦慄するソニックの気持ちは仕方ないものだろう。

 

 だがそんなぷりぷりプリズナーとソニックに構わず舌嘗めずりをする深海王。

 

 「美味しそうなお肉。上物ねぇ」

 

 気付けば、ぷりぷりプリズナーは正面から深海王の拳を受けてしまっていた。

 だが流石にS級。彼は即座に反応し殴り返した。

 頬に一撃。更に腹部に一撃。

 その強打に深海王の体は吹き飛ぶ。

 が。

 

 「効いたわ。少しね」

 「こっちも効いた。少しな」

 

 全く効いていなさそうな深海王。それに比べ、ぷりぷりプリズナーは体幹に支障を来すほどのダメージを受けてしまった。

 恐らくもう、いつも通りのパフォーマンスは発揮出来ないだろう。

 ぷりぷりプリズナーの受けたダメージは大きく、体のバランスが取れなくなるほどに重いものだった。

 

 強がってはいるが、かなり危うい状況だ。

 

 故に必然。

 彼は全力を出すと即決する。

 

 「仕方ない、変身するか。覚悟しな。変☆身!!」

 

 ───ぷりぷりプリズナー、エンジェル☆スタイル

 

 それは目を釘付けにされる光景だった。気付いた瞬間に目を反らしたくなる者もいるかもしれない。

 筋肉を隆起させ、服は弾け飛び。彼は生まれたときの姿に戻ったからだ。

 結論。彼は裸だった。

 

 ぷりぷりプリズナー曰く、その姿を見て生きて帰ったものはいないらしい。

 ソニックは帰りたくなった。

 深海王は醜いと思った。

 

 「醜いわね……」

 

 というか口に出た。

 

 「遺言はそれだけか!」

 

 走り出すプリズナー。

 彼は跳躍し両腕を広げる。

 それはまるで翼のよう。見る者にそう幻視させるほど、華麗であった。それだけ何度も繰り返された動作だったのだろう。

 

 ───エンジェル☆ラッシュ!!!

 

 そして繰り出される怒涛の連撃。

 人類の中でも上位に入るプリズナーの腕力を以てして放たれるラッシュは、アスファルトの地面を豆腐か何かのように軽く破壊してしまう。

 そうして巻き上がる粉塵。

 何度も放った拳は確かに深海王へと直撃していた。

 

 だというのに。

 

 「連打は終わりかしら」

 

 煙が晴れた先から、両腕をクロスに組んで耐えきった深海王が現れた。

 

 「効いたわ…少しね」

 

 事実だ。

 深海王には、彼等にそう思わしめるだけの余裕があった。

 

 深海王が拳を放つ。

 プリズナーは避けることが出来なかった。連打を終えて息が上がっていた、その疲労の間隙を縫われたのだ。

 

 腹部に一発。

 右腕に一発。

 

 背中へと突き抜けるような一撃と、腕をへし折る一撃だった。どちらも強烈な拳撃だ。

 プリズナーは余りの拳の重さに体を硬直させた。

 

 そしてそれを狙っていたのだろう。

 深海王は初めて確かな構えを取った。

 

 「連打っていうのはね、相手を確実に仕留めるように、一発一発殺意をもって打つのよ。こんな風に……」

 

 構え、軋む筋肉。

 それが解放された瞬間。

 深海王の拳が──掻き消える。

 

 一瞬にして打ち込まれる数十発の拳。

 プリズナーの荒々しく力強い拳とは違い、深海王のそれは何処までも洗練された連打であった。

 無駄を省き、力を集中させる。

 そうして放たれたのは破壊するような拳撃ではなく、刺突のような鋭い拳。

 

 プリズナーは全身余すところなく滅多打ちにされ、最後に深海王が放った蹴撃により吹き飛ばされる。視界から消えてしまう程に飛ばされてしまった。

 

 それを見ても物怖じしないソニック。

 彼もまた、ヒーローではなくとも人類の強者の一人。その実力はS級ヒーローと遜色ないもの。

 積み重ねた修練による確かな実力と自信が彼にはあった。

 

 「ヒーローではないがお前を駆除してやろう」

 

 ポツリ、ポツリと。

 空から恵みの雨が振りだした。

 

 「雨、降ってきたわね」

 

 繋がらない会話。

 それは意図したものだったのか。

 

 深海王はパワーに秀でたS級ヒーロー【ぷりぷりプリズナー】を打ちのめした拳で、ソニックへと襲い掛かる。

 

 降り下ろした拳は地面を砕き、深く抉る。

 速度に圧倒的な自信を持つソニックは容易に回避するも、更なる追撃。それすら回避し、またもや追撃する深海王へカウンターの一撃。

 

 ───風刃脚!!!

 

 深海王の顔面へ直撃したソレは、まさに刃のような蹴りであった。

 

 「深海王……貴様の動きは完全に見切った。俺が貴様に負ける要素はない」

 

 ソニックは笑みと共に宣言した。深海王に対して、自身が上位者であると確信したような笑み。

 しかし深海王、無傷。

 

 「なに言ってるの」

 

 深海王は言葉と同時に更なる攻撃。

 人では成し得ぬ攻撃を放った。

 

 「体内ウツボ。噛んだらはなさないわよ」

 

 食道を通って口から姿を見せたのは、長く太く、凶悪な牙を持つウツボ。

 それがソニックを食い千切ろうと迫った。

 だが空振り。ソニックからすれば予想外の攻撃だったが、腹部の布を失っただけであった。

 

 続く二人の攻防は、深海王が攻めに攻め、深海王を凌ぐ速度でソニックが回避し攻撃を加えるというもの。

 深海王も遅いわけではない。ただソニックが速さに秀でていたという話。

 

 展開は一方的であった。

 だが、互いに千日手でもあった。

 

 ソニックは全ての攻撃を回避し、深海王に洗練された技を当てる。しかし深海王にそれほどのダメージなし。

 

 情勢は続いていくかに思われた。が、それが変わり始めた。何も唐突なことではなかった。

 

 雨だ。

 

 降り注ぐ雨が深海王に真の姿を取り戻させたのだ。

 正しく恵みの雨であった。ただし、深海王にとっての、と注釈が付くが。

 

 いつしか人に似通った姿の深海王は、魚類の特徴が目立つ姿になっていた。

 元々の巨躯であった身体は、更に大きく。

 鋼のようであった外皮は、更に硬く。

 パワータイプのS級ヒーローを完封せしめた筋肉は、更に太くはち切れんばかりだ。

 

 異形の姿、とは言えない。

 どちらかと言えば、人間の天敵たる上位生物。そう言った方がしっくりくる。

 

 その真の姿へ回帰した深海王を前にソニックは。

 

 (速い。でかい。強い。だが俺が負ける要素は……)

 

 雨で濡れた顔に、どこか冷や汗を流しているように感じるのは見間違いだろうか。

 

 攻防は続いていく。

 

 だが先程まで少しは効果のあった攻撃が全く通用しなくなっていた。

 ソニックの素手による攻撃は、深海王の硬質な外皮を打ち破れなかった。

 

 ソニックは決断した。

 深海王を倒すための武器調達を。

 それ即ち、一時退却。

 

 「そこで待ってろ……。次会うときが貴様の最期だ」

 

 そして掻き消えるように、深海王の視界から瞬時に見えなくなるソニック。

 ソニックにダメージはなく、無事に退却できるだけでも、彼がどれ程の強者か分かろうというもの。

 

 「消えた……ま、いいわ。雑魚は放っておきましょ」

 

 深海王は歩を進める。

 住民も、彼等を守るヒーローも居なくなった街の中を。

 

 そして、そんな深海王に近付く影があった。幾つもの巨大な影が、深海王に向かって歩を進めていた。

 深海王はそれに気付いているのか、いないのか。気にした風もなく、歩み続ける。

 

 そうして辿り着いてしまった。

 居なくなった住民たちが集まる場所へ。

 

 そこは核兵器さえ凌げる巨大シェルター。住民たちが一同に集まってしまった災害避難所。

 深海王にとってそこは──格好のエサ場だった。

 

 大きな破壊音と共に、災害避難所の隔壁が崩れ去る。

 

 「はじめまして。さようなら」

 

 その言葉がジョークなら良かった。だが誰もそうは思わない。

 顔を青褪めさせ、瓦礫の上に立つ深海王を見上げることしか出来ない。

 兎の檻に虎を入れれば、その末路は想像に容易いのだから。

 

 「…セフィロスがいてくれたら」

 「英雄さえいればあんな奴…」

 「でも、今日は……」

 「結局、頼りになるヒーローなんていないんだ…」

 

 住民たちは呟く。

 脳裏に浮かべるのは、いつも颯爽と現れて怪人を斬り払い、名乗りもせずに姿を消す涼やかなヒーロー。

 口数は少なく、直ぐに姿を消すためファンサービスは少ない。だがそれを嫌味に感じさせない華がある。そんなヒーローの姿。

 

 これまで住民たちは怪人が現れても危機感を感じなかった。近くのヒーローが対処するから。ヒーローが倒されても、すぐに彼が現れるから。

 自分たちはその光景を見て、スリリングな映画か何かのように、気分を高揚させて騒いでいればいい。

 ──それが当たり前だと思っていた。

 

 ヒーローがいないのはこんなにも恐ろしく、絶望的なことなのだと、今になって気付いた。

 セフィロスでなくてもいい。心の拠り所となれるヒーローは、今ここにいないのか。

 ヒーローでなくてもいい。寄り掛かれる何かは、今ここにないのか。

 誰もがそう思ってしまった。

 

 「うふふ。セフィロス、知ってるわよ」

 

 深海王が愉しそうに口を開いた。

 

 「天空王や地底王たちも皆知ってるわ。だから私も知ってるの。警戒すべき唯一の人間だから。そしてそのセフィロスが今日だけ居ないのも、私は知ってるわ。うふふふふ。だから今日攻めることにしたの。あなたたちって本当にバカみたいだから、私からも言ってあげる」

 

 少しの希望に縋る住民たちへ。

 それを的確に見抜いた深海王はメッセージを送る。

 アリを踏み潰して笑う子供のように。心底面白いと嗤っている顔、声音で。

 

 「───セフィロスは来ないわ。来たとしてももう遅い。あなたたちを人質にして、嬲り殺してあげる」

 

 突然、猛る雄叫びが響いた。聴くものの身体を振動させ、恐怖させ、動きを強制的に止めてしまうような雄叫び。

 

 「遅いわよ、あなたたち」

 

 深海王が誰かへ声をかけた。雄叫びを上げた者たちへかけるような声。

 それに答えるように、雄叫びを上げた者たちが姿を見せる。

 

 ───終わった

 

 それは、新たに姿を現した者たちを目にとめた、住民たちの心境であった。

 

 何故なら深海王の直ぐ背後に現れたのが、深海王の仲間だったから。

 なんといったか。

 そう。その者たちは──海人族。

 

 王の背後で控える海の戦士たち。

 まさしく捕食者。人の天敵たちであった。

 

 ここ数日間で現れた海人族は十体にも満たない。恐らくは斥候だったのだろうが……。

 今回は約百体にも及ぶ海人族が現れた。

 

 住民たちからは瓦礫の山があるため数体しか見えていないが、先程の雄叫びはその何十倍もの海人族が現れたことを容易く想像させるに足る。

 

 まだギリギリで、セフィロスでなくともいい。他のヒーローが駆け付けてくれるかもしれない。そう思っていた住民もいただろう。

 だがこの物量差。一人二人のヒーローが駆け付けたところでどうなるというのか。

 S級ヒーローを弱体化した状態で圧倒した深海王もいるというのに。

 更には住民たちを守りながらの戦いとなる。

 

 少なくともS級ヒーローが二人以上必要になるだろう。

 もしくはS級の中でもキング、タツマキ、ブラストならば一人で蹴散らしてくれるかもしれない。

 

 希望はまだ残っている。

 だが余りにも細過ぎる希望だ。

 

 そんなものに命運を任せられるほど、住民たちの芯は強くも、硬くもなかった。

 目に見えない希望よりも、目に見える絶望の方が圧倒的だった。

 住民たちの心を闇で覆う程度には。

 

 「……最下位とはいえ俺もA級の端くれ。何もしないよりは、少しでも抗ってやる。……お前たちはその間に逃げろ」

 

 一人の男が住民たちの前に出た。

 

 「ヒーロー……?」

 「…見たことあるぞ」

 「A級の……でも一人じゃ……」

 

 男、A級38位ヒーロー【蛇咬拳のスネック】という。

 

 彼はA級で最下位のヒーローだ。だがその実力も最下位とは限らない。攻防どちらにも安定性をみせる武術を駆使し、過去に退治した怪人の皮で作られた防護性の高いスーツを纏う。

 その戦闘力はA級の中でも低いものではない。

 また、武術を駆使して戦う者は近接戦闘や人型との戦いで真価を発揮するため、今回の相手はスネックにとって戦いやすいだろう。

 地力の違いすぎる深海王を除いて、だが。

 

 そんなスネックの登場に、住民たちは俯く。暗い表情は変わらない。

 住民たちは理解しているからだ。そしてスネック自身も。

 『A級が一人で戦ったところで状況は変わらない』と。

 

 だがその中で、スネックの登場を見て、言葉を聞いて、奮起する者たちがいた。

 

 「はあっ!」

 

 気合いで己を叱咤しながら飛び出す男が一人。

 B級ヒーロー【ジェットナイスガイ】。

 

 「う、うおお! 俺もやるぜ!」

 

 恐ろしさを噛み殺し、上着を脱ぎ捨てた男が一人。

 C級ヒーロー【ブンブンマン】。

 

 「お、俺もヒーローだ! オールバックマン参上!」

 

 ヒーローたちが歩み出る中、その勇気に当てられ声高らかに名乗る男が一人。

 C級ヒーロー【オールバックマン】。

 

 そして───

 

 「お前たちが海人族か。──排除する」

 

 ───災害避難所の窓ガラスを突き破り、威風堂々と登場した男が一人。

 S級17位ヒーロー【ジェノス】。

 

 ジェノスは言うが早いか、不意打ちとも言うべき速度で深海王を親玉と判断し攻撃。

 頬に拳を叩き付け貫き、そのまま体の内部へと焼却砲を掌から撃ち込んだ。

 深海王によって破られた避難所の隔壁は、ジェノスの焼却砲により更に大きく崩壊し。直線上に存在したアスファルトもビルも抉り、海人族の数体をも巻き込んで深海王を吹き飛ばした。

 

 「敵は……今のが親玉か?」

 

 住民たちの絶望を、図らずも吹き飛ばしたのだ。

 その光景は今まで俯くばかりの住民たちに、確かな希望を与える。

 今まで見えなかった希望。目の前を覆う絶望。それらが見事に反転したのだから。

 

 「お……おおお!」

 「大型新人のジェノスさんだ!」

 「S級のジェノスが来てくれた……!」

 「五人のヒーローが集まったんだ!」

 「助かる……! 助かるぞッ!」

 

 それは住民たちの前に歩み出で構えていたヒーローたちも変わらない。

 

 「すげえ……。こりゃ心強いぜ!」

 「ああ、なんとかなるかもな!」

 「いける…いけるぞ!」

 

 しかし一人。その豊富な経験と、深海王との実力差故に要警戒を続けていた男がいた。

 スネックだ。

 彼は現在この場での年長者。それは実年齢でも、戦いの場に身を置く者としても。

 だからこそ出た言葉だった。

 

 「油断するな! 奴はまだ生きているぞ!」

 

 スネックからジェノスへ飛ぶ鋭い助言。

 ジェノスは反射的に意識を深海王の方向へ向けた。かなり遠くまで吹き飛ばしたのだが、そちらに深海王の死体はなかった。

 むしろ姿は弱体化した状態になっているが、まるで堪えた様子がないように立ち上がっていた。

 そして──姿が掻き消えた。

 

 「ッ!?」

 

 いや、ジェノスにはその姿が見えていた。

 ジェノス自身にも劣らぬスピードで此方へ向かっているのだ。

 そしてそのままジェノスの前まで戻り、豪腕を振るった。

 

 見えていれば対処は容易い。

 バックステップで深海王の拳を回避し、ヒーローたちの元まで飛び退く。

 

 「どうだ。奴とやり合えそうか?」

 

 スネックがジェノスへ素早く問うた。

 

 「お前は……A級38位のスネックか」

 

 スネックを視認し、少し考えてからジェノスは答えた。

 

 「今のまま一対一ならば勝つことは可能だろう。だが……」

 

 周囲に視線だけを這わせれば、そこには百にも及ぶ海人族が。

 

 「分かった。何処までやれるか分からんが、出来る限りの足止めをしよう」

 

 スネックが冷や汗を流しながらも即答した。

 

 分かっている。己が力不足を。

 知っている。ここが死に場所だと。

 

 だがそれ以上に、もう逃げる気はなかった。

 避難所に逃げ込み、安堵していた己を恥じているのだ。

 そして、避難所へ姿を現した怪人たちが住民たちを絶望させ、それを見て奮起した己を自覚したのだ。

 

 彼等を救いたい。

 俺もヒーローだ。

 なにより。

 

 (セフィロスの背が眩しすぎて、弱い自分を諦めていた……。もう、止める時だ。……俺もなるんだ、ヒーローに…!)

 

 瞳に決意を顕とす。

 

 「お前たちもヒーローなら力を貸せ」

 

 スネックはジェットナイスガイ、ブンブンマン、オールバックマンへ声をかける。

 共に死ね。そう言っているのではない。

 

 ヒーローならば、戦え。

 

 そう言っているのだ。

 恐くても、力が及ばずとも、例え死ぬしかないような戦場でも。

 ヒーローならば、立ち上がらなければならない。

 

 「俺たちは……」

 「はっきり言っておくが、死ぬ確率は高い。お前たちでは力不足だ。嫌なら逃げろ」

 

 ジェノスが冷や水を浴びせるように言った。

 

 スネックが退く気がないのは見て分かる。覚悟の上だろう。

 ジェノスとしても、一人であれだけの数の対処は難しい。深海王がいるからだ。

 故に手を借りたい。

 少なくとも深海王を倒すまで、少しの時間でいい。海人族たちに手を出させないように頼みたいのだ。

 しかし数が数。

 深海王さえ倒してしまえば、ジェノスの焼却砲で焼き尽くせるだろうが……。それまで彼等が生き残れるかと言えば、否と言わざるを得ない。

 

 「……俺はやるぜ」

 

 ジェットナイスガイが、声を上げた。

 

 「あんたと同じで、サイボーグだから死ににくいしな」

 

 ニヤリと笑った。無理矢理に自身を奮い起たせている。

 

 「……くそォ! お、俺だって囮くらいなら出来る!」

 

 ブンブンマンが青褪めた表情ながら前に進み出た。

 

 「俺だって……ヒーローだ! やってやるッ!」

 

 オールバックマンは決然と拳を構えた。

 その顔にはスネックにも似た何かが宿っている。

 

 ここに真のヒーローが集った。ヒーローの心を持ったヒーローたちが。

 彼等五人は力を合わせる。

 

 そこへタイミングよくかかる声。

 

 「盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろいいかしらぁ?」

 

 深海王だ。

 怒りを耐えている様子の深海王が、傷を修復し終えて話しかけてきた。

 傷を癒すために都合が良かったため、これまで静観していたのだ。

 雑魚が増えたところで結果は変わらない、と。

 

 「あなた、さっきはやってくれたわね。まあ、もう治ったけど。でも、キレたわ。グチャグチャにしてあげる」

 

 遂に今日、幾度目かの戦いの火蓋が切って落とされる。

 戦士たちが、一斉に構えた。

 

 「シェルターから逃げ出せる者は今すぐに行け! 俺たちが勝てるとは限らない! 俺たちが奴らの相手をしているうちに行け!」

 

 ジェノスの言葉に、住民たちが悲鳴を上げながらも走り出す。激しい戦いの予感を感じ取ったのだ。

 

 「逃がさないわよ……。一匹もねぇ!」

 

 深海王の言葉と同時に散開しだす海人族たち。

 それが、この戦いの幕開け。

 

 ジェノスが飛び出し深海王に突撃する。

 

 スネックたちが海人族たちの意識を此方へ集中させるため走り出す。

 

 戦いは、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 スネックたちは数多の海人族の群れへ飛び込んだ。と同時にそれぞれが手近な海人族へ攻撃を加える。

 

 C級のオールバックマンとブンブンマンはダメージらしいダメージを与えられず。

 B級のナイスジェットガイはダメージを与えてはいるものの、大きな傷ではなく。

 

 唯一、A級のスネックのみが一撃で海人族を一体撃破していた。

 

 「お前たちは回避に専念しろ! 攻撃は余裕のある時だけでいい! 隙を突こうなどと考えるな!」

 

 一瞬でそれぞれの能力をある程度把握したスネック。

 彼は瞬時に指針を示した。

 

 「俺たちがすべきは怪人たちの注意を惹き付けること! ジェノスや住民たちへ怪人を向かわせないことだ!」

 

 喉笛を振動させながらも攻撃と防御、回避を行うスネック。

 

 スネックの予想では、オールバックマンとブンブンマンは戦力外。だが敵の注意は引ける。

 彼等でも的確に急所を攻撃すれば、海人族に痛手を与えられるだろう。だがそれほどの戦闘技術はなさそうだった。

 仮に攻撃できても、海人族が黙ってそれを食らうとは限らず。むしろその隙に他の海人族から攻撃を受けて行動不能にされかねない。

 

 海人族は幸い、パワーに秀でるタイプのようだ。一撃は重いが、スピードは其れほどでもない。

 あの二人でも回避に専念すれば、数体程度なら問題ないだろう。

 現に二人で死角をカバーしながら、囲まれないように立ち回っている。

 

 ジェットナイスガイは一撃で倒せる程の能力はないが、それなりにダメージを与えている。

 強力な兵器を搭載してはいないが、サイボーグ故の精密な攻撃と人間以上のパワー、スピードでなんとか戦いになっている。

 相性が良いことも理由の一つか。

 もし一対一ならば打倒できていたかもしれないが、今回は倒すにしてもかなり時間が掛かるだろう。

 

 回避をしつつもヒット&アウェイで海人族とやり合うジェットナイスガイ。

 海人族も彼を無視できず、それなりの数が彼を狙っている。

 

 スネックはそれを見つつ、自分たちを無視して行こうとする隙だらけの海人族を撃破していく。

 相手が隙だらけだからこそできる大技の連発だ。

 それに気付いた海人族たちに囲まれそうになっても、海人族にはない武術を駆使した技で撹乱し、抜け出す。

 

 すれ違い様に少しずつ攻撃を加えていく。

 敵は動きが鈍くなり、疲労は加速度的に増していくだろう。

 

 そうして元々の遅い動作が更に鈍くなった海人族たちを置き去りに、他の三人へある程度加勢して瞬時に離脱していく。

 

 オールバックマンとブンブンマンは何度か危ない場面もあったが、スネックが逃げ道を作ることで事なきを得た。

 ジェットナイスガイは二人より安定してはいるが、少々勇み足な部分が見受けられるため少し危ない。此方も小言と共に助太刀を行った。

 

 更に加勢に行った際には海人族へある程度のダメージを負わせることも忘れない。

 そうすることで、ダメージを与えられないオールバックマンとブンブンマン。ダメージは与えられるが致命傷には程遠いナイスジェットガイ。この三人の有利な戦場となる。

 また、スネックの負わせた傷を狙うことで、彼等にも海人族を倒せるチャンスが生まれる。

 

 総じて、戦況を徐々にヒーロー側へと傾かせることが出来るのだ。

 

 海人族に対して優勢なスネックだからこそ出来る活躍だ。

 ナイスジェットガイもそのお陰で徐々に優勢となり。オールバックマンとブンブンマンも攻撃が少しずつ通じるようになり、危ない場面も減少していく。

 

 それはヒーロー側の気炎を燃え上がらせる。

 

 「うおおお!」

 「オールバックマン! 後ろだ!」

 

 「へっ、ノロマが! そんなんじゃ俺は倒せないぜ!」

 

 しかし一人。この戦況を作り出すために幾つもの無茶を重ねたヒーローは危うい状況であった。

 

 「ハァッ……! ハァッ……!」

 

 スネックの獅子奮迅の働きは、それだけの体力を消耗させていた。

 

 自分たちを無視して住民やジェノスの元へ向かおうとする海人族を一撃で倒し。

 他のヒーローの加勢を行うため戦場を走り回り。

 常に戦場を把握するため意識を広く張り巡らせ。

 その両腕は海人族へ休む暇なく振るわれ続けた。

 

 海人族の数が数なだけに、ヒーローたちも傷を受けてはいるが倒れるほどではない。

 が、スネックだけは傷に加えて体力の消耗も無視できないものとなっていた。

 

 スネック自身に意識を割いていない海人族を倒し続けた成果として、当初は百ほどいた敵も三分の二にまで数を減らしていた。

 

 だが、まだ三分の一しか倒せていない。

 

 このままでは疲労の濃くなったヒーローたちが攻撃を回避仕切れず倒されるか。それとも体力が尽きて膝を折ることになるか。

 そうなる前に、と。

 スネックは願った。

 

 ヒーローがヒーローへ。

 住民を守るため、同じ志の下戦うヒーローへ。

 

 「頼むぞ…S級ヒーロー……! いや、ジェノス!」

 

 ───だが現実は非情であった。

 

 長く感じる戦闘時間。

 どれだけの時が経ったのか。未だにジェノスが駆け付けることはなかった。

 

 あれから戦い続け、海人族はヒーローたちが邪魔だと思考を一致させたらしい。

 ジェノスや住民の元へ向かおうとする者たちはいなくなり、攻撃は更に集中化、熾烈化した。

 

 すでにオールバックマン、ブンブンマン、ナイスジェットガイは倒れ、スネックも限界。

 海人族にダメージは与えている。血を流させてもいる。敵も体力の消耗を無視できない程に疲弊している筈だ。

 だが、人と海人族では元々のスペックに差があった。その差を覆し、人の領域を越えた者たちをS級ヒーローと呼ぶのだが、スネックは未だにS級の領域には届かない。

 

 ───ジェノスは、来なかった。

 

 それでも四人のヒーローは逃げなかった。

 降り続ける雨の中、薄々考えていた可能性から目を逸らすことなく。

 

 (ジェノスは苦戦をしているか……それとも敗北したか)

 

 満身創痍のスネックが思い浮かべるのはジェノスの言葉。そして深海王の恐ろしい姿。

 

 あのときジェノスが攻撃したことで体の水分が蒸発してしまったのだろう。恐ろしい姿から、人に近い姿へと変わっていた。

 ジェノスはそれを知っている。当たり前だ。ゼロ距離でジェノス自身が攻撃したのだから。

 

 そしてだからこそだろう。

 

 『今のまま一対一ならば勝つことは可能だろう』

 

 おそらく『今の状態のまま一対一で戦えば勝てるだろう』と言ったのは。

 

 そして。

 

 『俺たちが勝てるとは限らない』

 

 住民たちへ避難所から逃げるように言ったとき、確かにそう言った。

 深海王が再び恐ろしい姿へと変わったとき、ジェノス自身が敗北するかもしれないと、そう考えていたからだ。

 

 スネックはその可能性が十分にあるとは思っていたが、もしそれが事実であったとしてもジェノスを謗る気はなかった。

 

 それはコンクリートの壁に叩き付けられ、生死の分からないオールバックマンとブンブンマンも同じだろうと思う。勿論、腹部を貫かれてしまったナイスジェットガイだって。

 

 スネックたちはヒーローだ。ヒーローであることを選んだ。

 だからこそ、やることは変わらない。例え自分たちの敗北が確定してしまったとしても。

 

 ジェノスの勝敗は分からない。

 

 ──だがここにいる海人族たちを見逃すわけにはいかない。住民たちを再び絶望させぬために。

 

 ──次のヒーローたちが来るのなら、一体でも海人族を減らしておこう。彼等の負担を減らすために。

 

 ──そして敗北する定めであっても逃げない。最期の時までヒーローであるために。

 

 スネックは戦う。

 

 戦って、戦って、戦い続けて。

 

 そして、遂に……限界が訪れた。

 

 避けきれぬと判断した攻撃を、持ち上げるのも億劫な腕で受け流す。平時ならばなんてことのない、力を受け流す技術。

 だが疲労からか、体力が尽きたのか。

 力を受け流し切れず、体は硬直し、衝撃に耐えきれなかった足が膝を着いた。

 今までにないほど酷使し続けた足は、スネックの意識から離れてしまった。

 

 そこへ殺到する数多の海人族の、恐ろしい力を秘めた攻撃。

 スネックはそう感じながらも、目を逸らさなかった。

 何がそうさせるのか、自分でも分からなかった。

 

 瞳に光を堪え、真っ直ぐと前を見据えるスネック。

 そんな彼に苛立ちを感じたのか、勝鬨とは似て非なる雄叫びを上げる海人族たち。

 

 攻撃がスネックに当たる。

 

 一片の抵抗すら出来なかった。

 

 だが、自然と笑みが溢れた。

 吹き飛ばされ、体は歪に曲がり、奇怪な音を立てているというのに。

 意識はすでに、消えようとしているのに。

 

 悟ったからだ。

 

 憧れたヒーローとは、どういうものか。

 

 (ああ……当然だった。俺が()()止まりだったのは)

 

 攻撃を受ける直前、確かに見えた。

 犇めく海人族たちのその向こう。

 少し前に見た、光る頭部が。

 

 自分たちは敗北したのではない。勝利したのだ。

 抱いていた確信が、クルリと裏返った。

 

 ヒーローたちは、繋げた。

 確かに、届けた。

 

 ヒーローは、しかとバトンを受け取った。

 

 倒すだけがヒーローではなかった。

 守るだけがヒーローではなかった。

 

 (憧れるだけでは見えなかった……。だが今なら確かに見えたぞ、セフィロス)

 

 彼の英雄は休むことなく戦い続けてきた。

 それを得点稼ぎだと謗る者がいる。

 協会の犬だと嘲る者がいる。

 バカみたいな人生だと憐れむ者がいる。

 

 称賛ばかりの存在などいる筈はなく。

 強烈な光の影が暗く濃いのは当然のことだった。

 

 そんな声が届いていなかったわけでもあるまいに、英雄は戦い続けた。

 

 スネックは英雄に憧れていたし、憧れ通りでいて欲しかった。だから、真面目だとか、凄い実力の持ち主だとか、良い方向に受け取ろうとしてきた。

 その憧れの影に隠れた妬みや嫉みを見ぬふりして。

 

 だが違う。

 本当に何も見えてはいなかった。

 

 英雄はヒーローとして動いていただけだった。

 ヒーロー協会所属のヒーローとしてではない。職業のヒーローとしてではない。

 彼は真のヒーローとはなんたるかを知っていたから、理解していたから、戦い続けていたのだ。

 

 民を守り、敵を倒す。そんな子供でも知っているヒーロー像ではない。

 

 ヒーローたちからの救援という名のバトンを受け取ること。

 モデルや広告塔などといった商品としての扱いを受けようと、次世代のヒーローへバトンを繋げるためにやっていること。

 多くのスポンサーと懇意にしていることを訝しがられようと、今と未来のヒーローたちのために地位と信頼を積み重ねていること。

 

 全てが民たちのためであり、ヒーローたちのためである。

 全てが今のためであり、未来のためである。

 その全てが届けるためであり、受け取るためである。

 

 スネックは再度、心の内で呟く。

 

 (当然だった。俺が()()止まりなのは。だがそれも)

 

 ───今はまだ、な

 

 殴り飛ばされビルへ衝突するスネック。

 意識を失ったその表情には、不敵な笑みが浮かべられていた。

 

 ここが彼の、始まりだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 ジェノスと深海王は激しい肉弾戦を繰り広げていた。

 

 パワー、スピード共に互角。攻めに重点を置いたジェノスが、ジェット噴射も交えながら緩急を付けて巧みに戦っているため、ほんの少しジェノス優勢といったところか。

 とは言っても、その優勢もあってないようなものだった。

 

 深海王には高速再生があるからだ。

 少しのダメージでは瞬きの間に回復してしまう。

 故に、攻防においてはジェノスが若干の優勢を見せてはいるが、総じて戦況は深海王優勢で進んでいた。

 

 防御の姿勢を取ることもなく殴り合う二人。

 これだけ高速の拳打脚撃を応酬していれば、一瞬防御を取ってしまっただけで後は一方的にやられてしまう。

 二人のスピードが互角となれば、それも必然のものとなろう。

 

 (このままではいずれ負ける。……ならばッ!)

 

 ジェノスは戦況を読み、流れを己へ傾けるために変化球を繰り出す。

 

 深海王の片腕が打ち出される。次手にて片足が薙ぎ払い。もう片方の腕も打ち出される。

 

 その打ち出される瞬間を見計らい、ジェノスが仕掛けた。

 

 握り構えた拳を瞬時に後方へ。

 片腕だけのジェット噴射による高速移動だ。

 

 その加速による強力な膝蹴りを、深海王の顎へ。

 

 その威力を感じ取った深海王は、反射的に攻撃を中断。首を体ごと傾け避けきった。

 ジェノスは勢いそのままに深海王から離れて背後に着地。

 

 ジェット噴射を行った掌とは逆の掌が、熱をエネルギーを収束していた。

 

 「お前に時間は掛けられない──焼却」

 

 掌から、熱が吐き出された。

 

 だがその攻撃は二度目だ。深海王はその破壊力を知っている。

 回避に全力を注いで深海王は地を蹴った。

 

 後先考えぬ全力の踏み込みは深海王をビルへと激突させた。深海王はビルの中だ。

 そして深海王が立っていた場所を焼却砲が通り過ぎ、図らずもジェノスに深海王の居場所を見失わせる。

 焼却砲が遮蔽となってしまったのだ。

 

 しかし。

 

 (ビル内部から生体反応)

 

 「そこか」

 

 今度は両腕を構えた。焼却砲の連射だ。

 

 近接戦闘では勝機が薄いと判断したのだろう。そうでなくとも時間が掛かるだろう、と。

 ジェノスは遠距離戦に切り替えていた。

 

 連続する焼却砲の発射音と着弾音。

 ビルは瞬く間に崩壊していく。

 

 ピピッ、と機械的な音が鳴る。またもやジェノスの生体反応が仕事をしたのだ。

 

 (反応が上へ登っていく……?)

 

 崩壊するビルから別のビルへ内部を破壊して移動したらしい深海王の反応が、瞬く間に上へ移動。数瞬でビルの屋上へとコンクリートを貫き姿を現した。

 その間も絶え間無く焼却砲を打ち続けるジェノス。

 

 (何故やつは屋上へ? このままでは自身が不利だと認識している筈だ)

 

 深海王の行動を訝りながらも焼却砲を連射し、屋上すらも崩壊させていく。

 深海王は跳び跳ねるように屋上を移動し続け、追うように焼却砲が浴びせられる。

 その姿は破壊の煙で包まれていくものの、ジェノスに関係ない。

 

 クセーノ博士が組み込んだ生体反応は優秀だ。屋上にいるのも現状は深海王のみ。

 戸惑うことなく連射を続行。

 

 不安なのは避難所から逃げていない住民がいることだが、そちらへ気を回す余裕はない。

 出来ることは深海王をなるだけ早く焼却することだ。

 

 そして焼却砲を打ち込み続け、周囲のビル群に屋上がなくなった頃。煙を突っ切り深海王が高く跳躍し空中へと躍り出た。

 

 格好の的だ。

 

 エネルギー充填の時間ありのサービス付き。

 

 「───終わりだ」

 

 一際太い焼却砲が滞空中の深海王へ撃ち込まれる。

 命中。

 

 ──するかに思われた。

 

 深海王は腕を振りかぶり、風圧がジェノスまで届くほどのパワーで殴り抜いた。打ち上げるような一撃。

 焼却砲は深海王の腕とぶつかった瞬間に爆発。

 

 深海王は殴った反動で地上へ向けて加速し着地。

 焼却砲の爆心地から簡単に移動してのけた。

 だがダメージは負っているだろう、と予測したジェノス。その思惑は裏切られる。

 

 「ちょっと火傷しちゃったじゃない」

 

 殴り抜いた拳に火傷を負っている程度。

 その火傷も雨によりジュウジュウと音を立て、急速に冷やされていく。

 それと共に、深海王の高速再生により瞬く間に火傷は癒えてしまった。

 

 「まあ、もう治ったけどね」

 

 その姿は初めてジェノスが深海王を見たときと同じ姿であった。人よりも魚類に近付いた捕食者の姿だ。その巨体も更に見上げるものとなっている。

 

 (避難所で出会い頭に撃ち込んだ焼却砲は深海王に確かなダメージを与えていたというのに、何故だ)

 

 その答えをジェノスは瞬時に導き出す。

 とは言っても簡単で単純な答えだ。

 

 あのときは深海王の内部へ直接焼却砲を撃ち込んだ。だが今回は外部からの攻撃。

 

 (焼却砲では貫けない強固な外皮、か)

 

 不味い。純粋にそう考えた。

 怪人は変身の度に強力な個体へと成長していく。ならば目の前の深海王は?

 

 こちらの答えも簡単で単純なもの。

 

 「うふふ、元気出てきたわ。約束通りグチャグチャにしてあげる」

 

 先までとは比べ物にならないスピード。そしてパワー。

 気付けばジェノスは地を舐めていた。

 

 「グ、ウッ……!?」

 

 恐らくは視認できない程の速度で地面へ叩き付けられるように殴られた。

 証拠にジェノスはその場で地面へと埋められたような状況だ。

 気付けばクレーターの中心で伏臥位となっていたのだ。

 

 ジジ……と音がする。

 バチバチ……と音が弾ける。

 電力が行き場を無くしていた。サイボーグとしての体の損傷は甚大だった。

 

 殴られたのであろう肩から右側がごっそりと抉れているのだ。

 右肩、右腕だけならまだ戦えただろう。だが深海王の巨大化した腕はジェノスの右肩から腰にかけても深く抉り取っていた。

 右半身がほとんど無い状態だ。

 

 幸い生身の脳と、胸部に格納されているエネルギーコアは無事だが……。

 果たしてそれもいつまで無事だと言えるのか。

 

 「あら? 思ったより脆いのねぇ、あなた」

 

 思った以上にダメージを与えてしまった。しかも今気付いた。そんな声音だった。

 

 「まあいいわ。次は左いっとこうかしら」

 

 振り上げられる拳。狙われたのは左腕、ではなく。左脚だった。

 立てなくなった。これで万が一の逃亡は不可能。

 

 「忘れるとこだったわ」

 

 すぐに左腕が潰された。

 ジェット噴射での移動を思い出したらしい。

 これで完全に移動は出来なくなった。匍匐前進すらも不可能。

 芋虫のように這うことは可能だが、その行動にどれだけの意味があるというのか。

 

 「じゃ、最後の一本よ」

 

 残った右脚が潰された。

 言葉通りにグチャグチャに、体を分解していく。

 

 「あなた私に軽症を負わせたのは高く評価するわ。ま、元に戻った私に傷を付けるのはもう不可能でしょうけど」

 

 そして再び拳を振り上げ。

 

 「死ね」

 

 終わった。

 ジェノスは思った。

 

 少し離れた避難所から、まだ逃げていない住民たちが覗いていたが、彼等の心境も同じであった。

 

 「ああ……ジェノスさんが…」

 「おい、あっちも…」

 「スネックたちがやられてる……」

 「ちくしょう…全然ダメじゃねぇか……」

 

 またもや心は闇に覆われていく。

 だが繰り返されるのはそれだけではない。

 新たなヒーローもまた、現着した。

 

 「ジャスティスクラッシュ!」

 

 自転車だ。

 自転車が深海王にぶつけられた。だが痒みすらも与えられない。

 それを行った男は一人。

 

 「正義の自転車乗り──無免ライダー参上!!!」

 

 (C級ランキングトップの……)

 

 「よ、よせ!」

 

 ジェノスは瞬時に男の正体を把握。そして制止の言葉を放った。

 明らかに無謀な行為。

 自殺と何ら変わりない。

 

 「む、無免ライダーだ!」

 「無免ライダーが来てくれたんだ……」

 「でも……」

 「………」

 

 徐々に尻窄みとなっていく住民たちの言葉。それはこの状況がどれだけ絶望的なものか、そして無免ライダーがどれだけ無力なのか、理解しているが故。

 誰の目から見ても、C級の無免ライダーに勝ち目はなかった。

 

 「とうッ!」

 

 走り出す無免ライダー。

 彼はこの状況を理解している。

 だが、それでも走り出す。

 

 「もう飽きたのよ」

 「おりゃ!」

 

 繰り出される無免ライダーの拳撃は容易に受け止められ、その拳は虫カゴに自ら入る虫と化す。

 拳は深海王の拳で更に握り込められ、振り回される。

 虫の入った虫カゴが振り回されれば中の虫は瀕死となろう。

 そんな一方的で、拭えぬ格の差がそこにはあった。

 

 地面に二度叩き付けられ、血を吐き出す。そのまま無造作に放り投げられ、また地面に激突する。

 

 「あーごめんね、トドメ刺すの遅れちゃって」

 

 最初から無免ライダーに興味などなく、動けなくなればそれで良かった。

 だが無免ライダーは立ち上がる。

 

 「ジャ……ジャスティス、タックル」

 

 たった三度の、深海王からすれば攻撃とも呼べない攻撃で息も絶え絶えな無免ライダー。

 その行動は深海王を酷く苛つかせるものだった。

 

 「あうううう………」

 「はあ?」

 「うう……期待されてないのは分かってるんだ…」

 

 四度目は腕を振っただけ。蚊を払うように。力など込めずに。

 

 「っぷ!」

 

 それだけで吹き飛ばされ、地面を滑る。

 既に満身創痍だ。

 あと一度でも攻撃を受ければそれだけで意識が飛ぶほどに。

 

 「C級ヒーローが大して役に立たないなんてこと、俺が一番よくわかってるんだ!」

 

 天から打ち付けるように降る雨。

 彼はそれに抗うように、立ち上がる。

 

 「俺じゃB級で通用しない。自分が弱いってことは、ちゃんとわかってるんだ!」

 「な~にボソボソほざいてるの。命乞い?」

 「俺がお前に勝てないなんてことは、俺が一番よくわかってるんだよぉッ……!」

 

 彼は、弱かった。

 けれど、強かった。

 

 ジェノスすら制止の声を忘れて、耳を傾けるほどに。

 

 「それでもやるしかないんだ。俺しかいないんだ」

 

 彼の魂の叫びは皆を惹き付ける。

 その言葉に、皆が釘付けとなる。

 

 「勝てる勝てないじゃなく、俺はここで、お前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!」

 

 その言葉に何も感じないのならば、その者は人の心を持たないか、それとも知らないのか。

 

 「訳わかんないこと言ってないで、早くくたばりなさい」

 

 それは深海王であった。

 

 だが確かに、その言葉が届いた者たちは存在する。しかと彼を両の瞳で見て、認識している。

 心を揺さぶる言葉は、聴く者の心も揺さぶった。

 

 誰の目から見てもC級ヒーローである無免ライダーに勝ち目など無かったが、しかし彼等は。

 

 「がんばれえええええ!」

 「無免ライダーがんばれえええ!」

 「ガンバレ!」

 「がんばれえええ!」

 

 住民たちは、確かに揺さぶられた心のまま、叫んだ。

 

 「そいつをやっつけてくれぇぇ!」

 「あんたが頼りなんだよおおお!」

 「勝ってくれーッ!」

 「無免ライダー!」

 「がんばってくれぇぇぇ!」

 

 人々は最後の希望を、彼に託していた。

 

 「無免ライダー勝てえええ!」

 「がんばれえええ!」

 「がんばれ!」

 「ファンだ! 死なないでくれえええ!」

 

 人々の声援はヒーローの血肉となり。

 無免ライダーはまるで傷などないかのように雄々しく吼え猛る。

 

 「ぬぅおおおおおおああああああ!!!」

 

 拳を握り締め、人々の声を力にし、いざ戦いのとき。

 

 「がんばれえええ!」

 「無免ライ……」

 

 だが、それでも力の差は如何ともし難く。

 ただ一撃、頬に受けた深海王の拳で沈められてしまった。

 

 「無駄でしたぁ」

 

 にやけた表情で、その場の全てを嘲り、嗤っていた。

 深海王に倒された無免ライダーを見て、言葉を無くす人々。

 雨がアスファルトを叩く音だけが、周囲を包み込んでいた。

 

 だからかもしれない。

 カツリ、と鳴った靴音が雨音の中を走り抜けたのは。

 

 次いで、声が聞こえたのも。

 

 「───無駄じゃないさ」

 

 それは、深海王の言葉を否定する言葉だった。

 

 場違いなほどに酷く涼しげで、けれど言葉の中には隠しきれぬ温かみがあった。

 

 「ま~たまたゴミが……」

 

 しゃしゃり出てきた、と言葉は続かない。

 

 その男の姿を深海王は知っていたから。

 天空王も、地底王も彼を警戒している。故に深海王も彼を警戒していた。あの天空王たちが警戒するほどの相手だから。

 

 初めて彼を知ったのは、たった一人の人間を天空王が警戒していると聞き及んだとき。

 ついで、海に流れてくるゴミの中から、彼に関する品も多くあったことが幸いし、それらでセフィロスという男の容姿や噂を知った。

 

 なるほど。これが事実ならば、空から地上を見下ろしている天空王が実際に彼を目撃し、それから警戒をしている可能性は考えられる。

 

 噂によれば今まで負け無しの、人間の中で最も強い戦士らしいのだから。

 

 はっきり言って人間を警戒するなどバカらしい。だが、この男は一応警戒しておくか。なに、実際に戦えば自身が負けることもあるまい。

 

 深海王にとってはその程度の認識だった。

 

 だが、なんだこれは?

 

 なぜ強いのか弱いのかすら()()()()()()()

 

 それが深海王にとって大きな疑問だった。

 どこか今までの人間たちとは全く違う気がするのは、深海王のただの直感ではあったが、それが間違っているとも思えなかった。

 

 「なぜ……あなたがここにいるのかしら?」

 

 深海王は今までに感じたことのない戸惑いから、攻撃よりも対話を選ぶ。

 そしてそのこと自体に、深海王は気付いていなかった。

 

 「お前を倒すためだ。……ヒーローだからな」

 

 自信に満ちた言葉ではなかった。

 覇気に溢れた言葉でもなかった。

 

 なんでもない日常会話の延長のような、そんな声音であった。

 

 だがその泰然自若としたセフィロスの様相に、住民たちはハッと止まっていた時間を取り戻す。

 セフィロスが来た。それを認識したから。

 そして、安心した。

 セフィロスのみがこの絶望的な戦場で、日常を過ごしていることを異常には思えなかった。

 

 この場でセフィロスのみが日常の中にいるなど、本来ならば異常に映る筈なのに。住民たちは誰もそうは思わなかった。

 住民たちの心を代弁するならば……。そう、まるで帰り方の分からなくなった日常へと連れ出すために、帰り道へ導いてくれているような……。

 そんな、迷子から抜け出せる確信、にも似た安心感を住民たちは抱いた。

 

 セフィロスが来たこと。そして、セフィロスが目に見えぬ手を差し出して住民たちを導びこうとしていること。この二つだけで、住民たちが意識を取り戻し、安心するなど簡単なことだったのだ。

 

 「あ…ああ……セフィロスが、来てくれた…」

 「勝てる、よな?」

 「彼が負けるわけないでしょ!」

 「でも同じS級でも勝てなかったんだぞ…」

 

 安心感を抱き、冷静になった住民たち。

 絶望は拭えた。だが今度は一抹の不安が生まれる。

 先ほどまで次々と地に平伏すヒーローたちを目の辺りにしてきたのだ。仕方のないことである。

 

 そんな中、セフィロスがスルリと何かを指差した。

 深海王の背後だ。

 

 深海王の背後の方向。少し離れた位置には海人族が多数いる。

 

 そこでふと、深海王は気付いた。

 セフィロスの指差した方向に存在する気配が、恐ろしい速度で減少している。

 風を切るように深海王は振り向いた。

 

 「一体なにが……!?」

 

 その深海王の眼前へ、何かの肉片が吹き飛んできた。

 

 海人族だ。

 それも、海人族最後の一体のようであった。

 

 感じる気配はゼロになっていた。

 そちらから歩いてくる一人の男。

 まるで強そうに感じない。見ただけならば弱そうにしか感じない。

 

 「おっ、こいつで最後か」

 

 なんでもないように、深海王を見てそう言った。

 誰も彼が戦っているところを見ていなかったが、飛んできた方向と肉片を見て、更にその言葉を認識すれば、誰が海人族を倒したのか瞭然とするだろう。

 

 「なんだあいつ……ヒーロー?」

 「……あ、C級の新人だよ。名簿で見た気がする」

 「セフィロスが来たのに今さらC級が来ても……」

 「でもあっちの怪人全部やっつけたの彼なんじゃ……?」

 

 戸惑うこと人々。

 なんだかセフィロスが来てから戦場の冷たい空気が吹き飛んだようだ。

 

 「あなた……私の手下たちを倒したの?」

 「……ん? おいジェノス! おまっ、それ大丈夫なのか!? こっちにも倒れてるやついるし、あっちにもいたし、けっこうヤバかったのか?」

 「……先……生…」

 

 会話が成立していない。

 彼はC級ヒーローサイタマ。故に仕方がなかった。

 彼は興味のないことにはとことん意識を向けないから。

 

 「あれ? セフィロスもいんのか。もしかして怪人倒すとこだった?」

 

 何処までも日常的な声音と雰囲気。

 またしても現れた同じような存在は無名。

 故に住民たちが今度感じたのは戸惑いだった。

 だが。

 

 ───いつの間にか、不安すらも消し飛んでいた。

 

 「いや、折角だ。今回はお前の力を見せてくれ」

 

 セフィロスは静観の構え。

 

 「え? セフィロス戦わないの?」

 「なんで……?」

 「あのC級が戦うって……」

 「いや無理だろ」

 

 口々に住民たちがざわめき出す。

 サイタマはそちらにも意識を向けず。

 

 「そうか」

 

 納得して一言返し、深海王の前にサイタマが立った。

 

 「んじゃそういうことだ。海珍族とやら」

 「海人族よ!」

 

 流石にほのぼのとした雰囲気に騙されなかった深海王は、名前を間違えた人間を潰すため頭部を殴打。

 だがサイタマは倒れない。

 

 「あら? あなた、私の殴打で倒れないなんてやるわね……。セフィロスほどではないにせよ、今までのゴミとは明らかに違うわ」

 「なぁに……テメーのパンチが貧弱すぎるだけだろ」

 

 その光景にざわめきは一層増す。

 殴られたように見えた。いやそれは見間違いだ。

 そんな住民たちの声。

 

 彼等はただの一般人。深海王の攻撃を視認するのは不可能だった。

 

 深海王はセフィロスほどの強さではないにせよ、多少強いからと傲岸不遜な態度の人間へ、相手をしてやることに決めた。

 

 「私は深海王、海の王……。海は万物の源であり母親のようなもの。つまり海の支配者である私は世界中、全生態系ピラミッドの頂点に立つ存在であるということ。その私に盾ついたという」

 「うんうんわかったわかった。雨降ってるから早くかかってこい」

 

 深海王の折角の口上も、耳をほじるサイタマに遮られてしまう。

 そこが沸点だった。

 

 常人には知覚不可能な速度で殴りかかった深海王。

 その深海王を後だしのパンチ一撃で仕留めるサイタマ。

 

 ───一瞬の決着だった

 

 この場でそれを正確に把握できたのはセフィロスのみ。

 住民たちは深海王が腹に大穴を開けて倒れ伏すのを見て、事態の終息を悟った。

 なんと呆気ない終幕か。

 だがそれを視認し理解した人々からは、自然と歓声が溢れだした。

 喜びと安堵が涙となって流れ出した。

 

 だが、どんな時代でも安全な場所から無粋を働く輩は存在するもの。

 

 「実はあんまり強い怪人じゃなかったんじゃね?」

 

 たった一言が、またもや空気を変えた。

 

 近くの者が暗に否定する。

 

 「いや、でも色んなヒーローが負けてるぞ……」

 「負けたヒーローが弱かったんじゃね?」

 「それは……」

 

 次の言葉に否と言えなかった。

 敵は強く見え、味方は弱く見えたから。戦いの経過ではなく、勝敗に引き摺られているから。

 けれど人々に個体の強弱を見抜くなど不可能なのだから、この話はどこまでいっても無意味なものだろう。

 

 そしてもう一つ。

 

 「確かに今の見ると敵が弱く見えたけど」

 

 無名のヒーローが、数々のヒーローを退けた怪人を一撃で倒した。

 その事実が住民たちを余計に混乱させる。

 敵が強く、ヒーローが弱かったのか。それともその逆か。もしくはまた別の結論となるのか。

 住民たちにはどれが事実なのか判断できない。

 

 「そこにいるC級ヒーローが一撃で倒しちゃったんだぜ(笑) 負けたヒーローってどんだけ……。A級とかS級とか、肩書きだけでぶっちゃけ大したことないんだな」

 「おいやめろよ。一応命張ってくれたんだぜ」

 

 制止の声がかかるも、男は言葉を止めない。

 得意気に無粋を吐き出し続ける。

 ニヤニヤとした笑いはヒーローたちを嘲っているのか、侮っているのか。

 もしやヒーローを弱いと決めつけて馬鹿にすることで、自身が彼等より上等な存在だと錯覚する愚人であったか。

 

 「命張るだけなら誰でもできるじゃん。やっぱ怪人倒してくれないとヒーローとは呼べないっしょ。今回たくさんヒーローに重傷者が出たらしいじゃん? そんな人たちを今後も頼りにできるかっつーと疑問だよね」

 

 それに、と男は続けた。

 ちらりとセフィロスを見た。

 

 「S級1位で英雄とか呼ばれてるけど何もしてない人もいるし。なんで来たのか分かんないよね。戦いもC級の人に任せるし、本当は弱いんじゃね? っていうか来るの遅すぎ(笑)」

 

 住民たちの視線がセフィロスへ向く。

 それにより、セフィロスは静観の姿勢をやっと崩した。

 歩き出したのだ。

 

 サイタマは、何も言わずに雨の中で佇んでいる。

 セフィロスがどう動くのか、それを見ているように思える。

 

 「ヒーローのトップのくせに肝心なときに休暇取るし、来ても活躍してないし。ニュースとか特集とか噂とか、当てにならないよね。他のヒーローだって結局ヒーローらしい活躍してないしさ。時間稼ぎなんて工夫すれば誰だってできるじゃん」

 

 セフィロスは歩みを進めて避難所と、そこから少し離れた場所にいるサイタマたちの元へと進む。

 チャキリ、と音がした。

 

 声と雨音の中で、一つだけ鳴る金属音。

 それはまたもセフィロスへ視線を集める。

 

 そして住民たちは息を飲む。

 セフィロスの手が刀の柄を握っていたから。

 

 「……知らねーぞ。お前が怒らせたんだからな」

 「温厚なセフィロスが怒るとか、死んだな」

 

 誰もが怒りを堪えているのだと思った。

 当たり前だ。この状況で刀の柄を掴んだのだから。

 

 「…す、すぐ実力行使? ほんとにヒーロー? 敵と戦わないで人を攻撃するとか有り得ないよね……!」

 

 先まで饒舌だった男が冷や汗を流して後退りした。

 

 それを一瞥すらせず、セフィロスは刀身を見せ付けるように、ゆっくりと刀を引き抜いた。

 その長刀は改めて見ても異様な存在感だ。

 

 誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 

 セフィロスはサイタマを通り過ぎた辺りで立ち止まり、刀を構えた。

 力を溜め放ったのは、大振りの一太刀。

 

 その刀身が振るわれた先は──空。

 

 薙ぎ払う一太刀は極大の剣圧を発生させ、雨雲を両断。そのまま散り散りに霧散していく。

 遅れて人々を襲う、体ごと吹き飛ばされそうになる突風。

 反射的に顔を隠し姿勢を低くした人々は、ゆっくりと目を開けると変化に気付いた。

 

 「雨……止んでる……」

 「……うそ」

 

 空を見上げれば、天が二つに割れていた。そのまま細かく千切れていく雲たちを認識し、誰がそれを行ったのか理解する。

 

 まるで信じられない。そう言わんばかりに、言葉もなく空とセフィロスを見比べる人々へ、セフィロスが言った。

 

 「もう敵はいない。雨もやんだ。ならばやることは一つだ」

 

 長刀を腰に納め、振り返り様に少し笑んだ。

 馬鹿をする可愛い我が子へ優しく促すように。

 

 「───さあ、帰るぞ」

 

 そして気を失っている無免ライダーを担ぎ上げ、ポツリと囁くように呟いた。

 その視線はここにいるヒーローにも、いないヒーローにも向けられているような。

 

 「お前たちもよく頑張ったな。よく、ここまで繋いでくれた」

 

 小声は風に乗って人々の耳に入る。

 優しく、温かく、誇るような声音であった。

 

 そこに含まれている意味を、言葉にしなくとも容易く受けとることができた。

 

 『誰が何と言おうと、お前たちは凄いやつだ。命を賭けて戦い抜いたお前たちこそが、ヒーローだ』

 

 何故か人々にはそう聞こえた。

 セフィロスの放った声音がそう思わせる程に深く、彼等を肯定していたからかもしれない。

 

 先まで無粋を吐き出していた男は戦ったヒーローたちをこう言った。

 『ヒーローらしい活躍をしていない』

 『時間稼ぎなんて工夫すれば誰にだってできる』

 

 それは事実だろう。

 誰もがその言葉に、心の内で大小あれど頷くほどに。

 

 だが、だからこそ否と言える。

 

 ヒーローらしい活躍など臨めなくとも、彼等は戦うことを選んだ。

 誰でもできる時間稼ぎを人々は行動に移さなかったが、彼等はやり遂げて魅せた。

 ──命を懸けて。

 

 そんな彼等がヒーローでなく、なんだというのか。

 

 彼等こそが、ヒーローだ。

 それもまた事実で、現実だ。

 

 セフィロスはそう言っている。

 人々はそう捉えた。

 

 「そうだよな……皆おれ達のために戦ってくれたんだよな」

 「私たちは見てるだけだったけど、それだけでもこわかったんだから。実際に戦ったヒーローたちは凄いわよね」

 「ありがとう!」

 「戦ってくれてありがとう!」

 

 晴天の下、濡れた世界がキラキラと光る。

 そこへ溢れる人々の言葉を背に、無免ライダーを背負ったセフィロスは去っていった。

 その後を追うように、ジェノスを背負ってサイタマも去っていく。

 

 二人は並んで、人の気配がない街で帰路についた。

 

 数日前と似たような光景だ。

 

 「いやー、さっきは人斬っちゃうのかと思って焦ったけどさ、なんか映画のエンディングみたいになったな」

 「たまたまだ」

 「っていうか皆セフィロスのこと知ってるみたいだったけど、お前有名なのか?」

 

 そういえばと、ジェノスが補足する。

 

 「先…生……」

 「おいジェノス、あんま無理すんなよ」

 「セフィ…ロスは、S級……1位の、ヒーロー、です……」

 「……………えっ?」

 

 そんなリアクションのサイタマを見て、セフィロスが笑みを浮かべた。

 

 「どうした。間抜けた顔だぞ」

 「いや…………まじで?」

 「ああ、まじだ」

 「……そっか」

 

 セフィロスの笑みに返すように、サイタマも笑んだ。

 サイタマの胸の内にストンと落ちた納得が、そうさせたようだ。

 

 「あっ、そういや今日はごめんな。約束守れなくて」

 「いいさ。約束は守れなくても、埋め合わせることができる。だが命の埋め合わせなどないからな」

 

 怪人被害でもし人命が失われていれば、その命は戻ることなどない。代わりもいない。

 果たせなかった約束の埋め合わせはできても、命の埋め合わせなど人には不可能だ。

 サイタマ。お前はヒーローとして間違っていない。

 

 セフィロスの言葉にはそんな意味が籠っていると、サイタマには容易に受け取れた。

 

 「でも、今日はお前休み取ってくれてたんだろ? ヒーローに休みってのも何か変な話だけどさ」

 

 そう言うサイタマをちらと一瞥して、セフィロスは言った。

 

 「なら、そうだな。今日は俺に付き合ってくれ。お前たちが暇なら、だが」

 「おう、暇だしいいぜ」

 

 無駄にキリリと引き締めた表情で答えるサイタマ。怪人退治のときより真面目で格好よく見えるほどだ。

 しかしセフィロスはさらりとそれを流す。

 

 「そうか。それならば行くとしよう」

 「行くって何処に?」

 「たこ焼き屋」

 

 (あのセフィロスがたこ焼きだと……。…………たこ焼き。……なぜ、たこ焼きなんだ)

 

 ひっそり驚くジェノス。

 ハッとして二人に言った。

 

 「なら…ば……俺、は置いて…行ってく…ださい…」

 「え、でもそんな状態だとヤバくないか?」

 「クセーノ博士に、回…収を、要請するので……問題ありま…せん」

 「クセーノ博士って確か………誰だっけ」

 

 安定のサイタマ。興味がなければとことん物事を覚えない男だった。

 聞いておいて、それでも興味なさそうなのは流石にちょっと……。

 

 だがセフィロスの方は興味深そうにジェノスを見ていた。

 

 「ジェノス。お前はクセーノ博士と親しいのか?」

 「……? 俺の、恩人……だ。サイボーグ化……もクセーノ博士…に行って、頂いた……からな」

 「そうか」

 

 二人を見てセフィロスが言った。

 

 「悪いな二人とも。予定変更だ」

 「え、たこ焼き屋いかねーの?」

 「ああ。ついでと言ってはなんだが、俺も久々に挨拶をしておこうと思ってな」

 「そのクセーノ博士ってやつにか?」

 「そうだ」

 

 二人の会話を尻目に、ジェノスはまたしても驚く。

 

 (セフィロスとクセーノ博士に繋がりが……? いや、まさか……)

 

 ふと思い返すのは、未だクセーノ博士の拠点にて世話になっていた頃のこと。

 時折クセーノ博士へ差出人不明の手紙が届いていた。

 それを見てはクセーノ博士が様々な表情をしていることを、ジェノスは知っていた。

 

 (あれはセフィロスからの……? だとすればどのような繋がりが? ……いや、まだそうと決まったわけではない)

 

 すぐに分かることだ。

 そう結論付けて、一行は行き先を定めた。

 

 「──さあ、行こうか。クセーノ博士の元へ」

 

 颯爽と方向転換をするセフィロス。

 その後を追うサイタマが困惑顔をした。

 

 「結局クセーノ博士って誰だよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


 今回の話で、ヒーローがそんなにチヤホヤされる存在ではない。ということが描写できてたらいいのですが。

 因みににヒーローたちをdisってた男の言葉は、大なり小なり人々の誰もが思ってることです。っていうちょっとした設定があったり。 勿論、良識を持っていれば口に出すことの方が少ないです。
 どんなに脚光を浴びていても『テレビ越しに見る有名人』みたいな感覚は誰もが持っており、だから賛否があって、事実や実力を正確に把握できない。みたいな。

 なお強すぎると原作サイタマみたいになる模様。

 けど恐らく、原作の方でもそういった設定はありそうですね。ヒーロー以外のセリフとか読んでると、なんかね。



 あと関係ないし今更ですけど、オバロ二次の某アルシェ憑依転生ものとか、某エミヤさん(というか作者さんが)消えてて絶望した。絶望した(重傷)
 楽しみにしてたんだよ! すごい楽しみにしてたんだよ! 続きが気になってやばいよ!
 本当、面白い作品が消えていく。これは人類の損失だと思うの。
 某アルマちゃん小説とかも更新して欲しいし! 片翼の天使(笑)は言うに及ばずだし!
 誰かー! 書いてくれー!!

 はい。
 それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。