病気物件をなおしたい   作:くまさん in the night

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 今回は前回より遥かに短い内容でお届けします。

 各話ごとの文字数を揃えるのって思ってたよりも大変ですね。
 一話ずつをエピソードごとに区切れば文字数のばらつきが生まれ、文字数ごとに区切ればエピソードごとの繋がりが弱くなる。何という、何という二律背反!!

 何か良い方法でもあればいいんですが。


六位 死者の追憶

 気がついたときには、私の身体は例のアパートで浮いていた。

 ––––私はいわゆる地縛霊になっていた。

 

 ☆

 

 それからの日々は生前と同様に、日が沈んでからも私の目は冴えていた。一方で生前とは逆に––––私が娘と一方的に交わした約束を宣言通り守らなくてはという使命感からか––––朝日が昇る以前から私の意識は覚醒していた。

 

 ☆

 

 そして私が地縛霊となってから数日も経った頃だろうか。灰色の雲がどんよりと空を覆うある日、私の娘と妻がアパートを訪ねて来た。

 家族の姿を見つけた私は、文字通り二人の前まで飛んで行った。

 

 敷地内に足を踏み入れた娘は、キョロキョロとせわしなく周囲に目を配っていた。幸運なことに、娘は身体が痛そうなそぶりはひとつも見せず––––今にも泣き出しそうな顔をしているという一点を除けば––––まるで健康そのものだった。

 

 ––––娘はちゃんと生きていた。強盗に捕らえられても無事でいてくれた。よかった。本当に、本当によかった……。

 

 娘にもしものことがあれば、私はきっと死ぬよりも辛い苦しみを味わったことだろう。

 娘の命に別状がなかったとわかっただけでも、輪廻の輪に入らず地縛霊になった価値があるというものだ。

 

 ただ……娘も妻も、私が話しかけているにもかかわらず、ひとことたりとも返事をしてはくれなかった。

 私は何度も何度も、私の魂がまだ消滅していないことを二人に教えようとした。それでも私の口にした言葉は、そのことごとくが二人に届かず、私の行為は単なる無駄な足掻きとなってしまった。

 

 ––––「パパは、お化、けになって、ここにい、るって言っ、てたよ……!」。

 娘が嗚咽混じりに声を震わせるたびに、私は愛する家族が悲しむ様を、ただ眺めることしかできない自分自身に嫌気がさした。

 死ぬということが、そして霊体になるということが、一体どのような意味を持つのか。いまさらながら私は現実を突き付けられた。

 

 二人がアパートを離れてから、私はどうすれば娘に希望を抱かせられるか、夜を徹して考え続けた。

 それでも私にできそうなことは、何一つとして思い付きはしなかった。

 

 ☆

 

 娘は小学校に上がると、明け方や放課後の時間を利用して毎日のようにアパートへとやって来た。

 そんなとき私はいつも娘のすぐそばにいたが、娘は相変わらず私の存在に気がついてはいなかった。

 

 ☆

 

 アパートでは私が死んでから最初の梅雨を迎えた。

 この日はなぜか、ただの平日であるにも関わらず、娘はこのアパートに来なかった。

 もしや娘は事故に会ったのだろうか。それとも事件に巻き込まれたのだろうか。今までにも娘が来れなかった日は時々あったが、娘が来ないことに慣れていない私は、それらの日と同様に気が気ではなかった。

 

 ☆

 

 次の朝になると、アパートには神妙な面持ちの娘がやって来た。

 ––––「ママと新しいとこに引っ越すから、ここにはあんまり来れなくなっちゃっうみたい」

 そうか……。そうか、もう毎日は来てくれないのか。これからは娘の声をたまにしか聞けなくなるのか。ただでさえ、一言も話せてはいないのに。

 ––––「パパ……ごめんなさい。だけど……だけどがんばるから許して……!」

 娘の声は普段より落ち着いていたが、同時にその声は震えていて、朗らかさや希望といったものはまるで感じなかった。

 違う……! 違うんだ……! ムーちゃん、違うんだよ……!!

 どうかムーちゃんが悪いみたいに言わないでくれ……!! 悪いのは、許してほしいのは私だ……!! ムーちゃんは悪くない!!

 私がそう叫んだ途端、背後から金属のへし折れるような音が聴こえた。驚きのあまり振り向くと、そこには無惨にもアパートの階段が崩れ落ちていた。

 ––––「ひゃっ!? ……パパ……? やっぱり、やっぱりそこにいるの……!?」

 娘の腕は震えていた。膝は笑い、顔は恐怖に染まっていた。

 

 この日を境にして、娘がこのアパートを訪れる頻度は目に見えて減っていった。

 

 ☆

 

 私が死んでから初めての夏になり、秋になり、冬になり、そしてまた春になった。

 この間、私が娘に合えるのは盆と正月と誕生日と結婚記念日とゴールデンウィーク、そして命日だけだった。

 平均すると二ヶ月に一度会えたが、私にはそんなことなど関係なかった。

 

 今はただ娘に謝りたかった。たとえ娘が私のことをすでに許してくれているとしても、私はまだ私を許してはいないのだから––––。

 察しが悪くて怒らせてしまったこと。娘を(のこ)してひと足早く死んでしまったこと。私が死んでから、娘を辛くさせてしまったこと。いきなり理不尽な暴力を目にして、怖がらせてしまったこと。

 私はただ、娘に謝りたかった。

 

 …………しかし、もし仮に私が娘の前で姿を現せたとしても、私はどんな顔をして娘の前に立てばいいのだろうか。

 

 そもそも娘の心に消えない傷や、身を縮ませるほどの恐怖を刻んだ私が、のうのうと娘に会う資格などあるのだろうか。

 私はどうすればいいのか、どうするべきなのか、私にはまるでわからなかった。

 

 ☆

 

 私が死んでから十回目の春を迎え、桜のつぼみも膨らんできたある日のこと。

 その日は特に記念するようなこともないはずなのに、アパートには娘の姿があった。

 ––––「聞こえてるよね!! 時間がもったいないから!! しばらくはここに来れなくなるよ!! だけど来年の春までには!! なんとしてでも来てみせるから!! だから待ってて!!」

 敷地内に響き渡るほど大きな声でそのようなことだけ宣言すると、娘は死地に赴く侍のような顔をしながら急ぎ足でアパートを後にした。

 

 ☆

 

 食事を終えたらしいなんとか君が、なぜか私の背後からコソコソとこちらへ近づいて来た。

 なんちゃら君は一体何をしようというのだろう? 私、気になります!

 

 …………ま、いっか。

 

 さて、そんなことより掃除掃除っと。フンフンフーン♪

 ああ、楽しいなあ〜。フンフンフ––––。

 




 わりと頻繁に会う一人娘。

 しかしなぜか父の日には会わない。

 なんででしょうか? 子供は家でミルクでも飲んでるんですかね?
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