「おいどうしためぐみん。なに不貞腐れてるんだよ?」
先ほど俺とこいつの二人で朝の日用品の買い出しを済ませ、屋敷に帰ってきたのだが…
がちゃりと玄関を閉めた瞬間、背後から視線を感じ振り返ってみれば、むすっと頬を膨らませたそれはもうご機嫌斜めと誰が見ても分かるめぐみんが、こちらをジロリと睨んでいたのだ。
「今日は楽しかったですね?カズマっ!」
紅いジト目を鈍く輝かせたまま、乱暴にそう言う全然楽しそうじゃないめぐみんの様子に眉をしかめる。
「…俺、なんかした?」
「いえ!なんにもしませんでしたよっ!」
あぁ、分かった今ので確信した。
めぐみんは買い出しの時何かしてほしかったらしい。
原因の見当がつきほっとした俺は、そのまま彼女に背を向け荷物をよっこらせと床に置く。
何かめぼしいマァジィックアイテェムでも見つけたのかもしれないな。
「カズマ。今日は二人っきりだったじゃないですか」
「あぁ、うん」
ええっとアレはこっちで…これはどこにしまおうか。
あぁったく!トイレの洗剤にこだわりすぎなんだよあの駄女神は!
なんで複数種類の洗剤買って自家製ハイブリッド作ってんだよ!
もう浄化魔法でいいだろうがっ!てゆうかうっかり触れて浄化しちまえ。
よし決めた、今日一日はトイレの女神と呼んでやろう。
異論は受け付けない。
「ちょっと!聞いてます!?」
「聞いてるよ。それで、何が欲しかったんだ?」
アクア依頼の洗剤をポイポイと机に投げ捨て、買い忘れがないか今一度メモ用紙を懐から取り出し目を細めながらチェックする俺の背後からめぐみんの怒気を含んだ声が聞こえたが、話ならこのままでも聞けるから大丈夫だろう。
ダクネスが絶対忘れずに買ってきてくれと頼んできた、何に使うのか知りたくもない「対人用ろうそく」なんて物騒な名前のアイテムを取り出し深いため息を吐く。
そして…
ツカツカと明らかに普段より足音を荒げさせためぐみんが背後から近づいてくるのを感じ、ここまで来てようやく俺は彼女が割と本気で不満を抱いていることに気がついた。
「欲しいもの…?違いますよ!全然違います!そういうことではないのです!」
流石にこのまま背を向け続ける度胸もなく恐る恐る振り返ると、そこにはギリギリと歯ぎしりをし瞳どころか頬まで真っ赤にした、予想をはるかに上回る不機嫌顔のめぐみんが降臨なさっていた。
「え…えっとぉ…な、何か買い忘れたとか、めぼしいものを見つけたとかじゃ…ないの?」
いかん。
俺はそんなに彼女の逆鱗にふれるようなことをしてしまったのか?
あ、いや、何もしてないって言われたんだっけ。
オロオロと視線を泳がせる俺とはうってかわってジロリとこちらの顔をガン見するめぐみんに思わず後ずさる。
「だから違います!確かに日用品の買い出しは生活に欠かすことのできない大事な用事ですけど、ほら…あの…さっきも言いましたけど、今日の当番は…わ、私たち二人っきり…だったじゃないですか」
「へ?」
突然言葉尻が弱くなりモジモジとしだしためぐみんの言わんとすることが今度こそ分かって、俺は安堵からほっと胸をなでおろした。
「なんだ…そういうことか」
「な、なんだとはなんですか!いいじゃないですか!私はこれでも今日の買い出しを少し楽しみにしていたんですよ!?」
めぐみんはぶんぶんと両手を振りながら小さな身体で目いっぱい不満をあらわにする。
「いや確かに、そういえばまたとない絶好のデートチャンスだったな」
うんうんと腕を組みながら冷静にそう呟く俺に、めぐみんがずいずいと歩み寄…って顔が近い!
「なんでそんなに冷めてるんですか!カズマは悔しくなかったんですか!?」
「く、悔しいって何がだよ?」
視界いっぱいに広がる彼女の端麗な顔に、勝手にドキドキと高鳴り始める男の性が恨めしい。
「今日!アクセルの街に新しくできたというお店に行ったとき、店員に言われたことです!」
「えっと…なんだっけ?」
たらりと頬を一筋の汗が流れるのを感じながら、めぐみんがぐっと口を引き締め心底悔しそうに吐き捨てるように言った言葉を聞く。
「兄妹で仲がいいですね…と」
「あ」
そうだ。確かに言われた。
自分で言うのもなんだが、今や俺たちのパーティーはここアクセルでは良い意味でも悪い意味でもちょっとした有名人集団と化している。
新しくできたお店で店員の人もおそらくこの街には来たばかりだったのだろうから、俺達の関係を知らなくても無理はないのだが…
「しかもその後カズマ、自分でなんて言ったか覚えてます?『ははっ、そう見えますか?』って…なんでちょっと嬉しそうだったんですか!」
「いやあれはその…仲良さそうに見えたんだなぁって思って嬉しくなってつい…」
しどろもどろになりながら必死の言い訳をする俺は、次のめぐみんの言葉に完全に思考が停止した。
「カズマが私に言ってくれた好きって言葉…どういう意味だったんですか?」
プルプルと身体ごと声を震わせながら、今にも泣きだしそうに表情を歪ませた今まで見たこともないめぐみんの様子に何も言えなくなってしまう。
「友達としてとか…兄妹愛みたいなものだったんですか?」
不安そうな上目遣いで潤ませた瞳からはすぐにでも涙がこぼれそうで、流石の俺もこれはマズいと脳内で鳴り響くアラーム音に胸が痛くなり急いで誤解を解こうと…
「カズマさーん!めぐみーん!もう帰ってきたんでしょ?私ね!すごいこと思いついちゃって!」
「カ、カズマ!めぐみん!頼む!私の力だけでは止められなはぅぅぅぅぅ!!!」
あっと口を開きかけたところで廊下の奥からいつものようにドタバタと騒がしいアクアとダクネスの声が聞こえ…
いつもの雰囲気とはかけ離れてる俺たちの目の前に姿を現した。
「とりあえず、話だけでもきいてみましょう。カズマ」
やれやれと背を向け二人の方に振り向くめぐみんが瞳を拭ったのを俺は見逃さない。
「あ、あぁ…」
そんなめぐみんを見てなお、気の利いた返事をできない自分自身に、久々に本気で怒りという感情を覚えていた。
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あぁ…やってしまった。
背後からひしひしと感じるカズマの視線。
その部分だけ焼けたように熱くなるのを感じる。
彼から視線を向けられるのは喜ばしいことのはずなのに…
「だぁ~かぁ~らぁ~!私の考えに穴は…」
「そもそもアクアが言ってることは根本的な部分から破綻しているんだ!」
目の前でアクアとダクネスが何か言ってるが、申し訳ないけど今の私の耳は右から左に受け流してしまっていた。
カズマにめんどくさい女だと思われてしまっただろうか。
ただの日用品の買い出しでデート気分になってた私がおかしいのだろうか。
でも…
私は許せなかった。
カズマと兄妹という関係に見られてることに。
「すいません。話を聞くと言っておいてアレなのですが、私、ちょっと疲れてるみたいです。部屋に行って休んでていいですか?」
ふらふらとした足取りで3人の返事を聞かず、自身に割り当てられた部屋へと歩き出す。
背後からカズマの声が聞こえた気がしたけど、私の足は止まらなかった。
それでもぼっーとしながら彼のことを考えてただただ足を動かしていたら、目の前にはもう自分が慣れ親しんだベッドがあって…
私は着の身着のままそこに身を投げ出した。
カズマは本当に私のこと、異性として見てくれてるんでしょうか…
『俺もめぐみんのことが好きだと思う!』
『お、おいめぐみん、大変だ!俺、本当にお前のことが好きかもしれん!』
『俺だってなぁ、お前のことが好きなんだ』
今まで何度かカズマの口から直接聞いた、私に好意を寄せていると思われるセリフを思い出し口元がにやけてしまうのは、きっともう骨の髄まであの男に惚れこんでしまっているからなのだろう。
でも…あれは本当に…
そう思う一方、異性として意識していなければあんな発言や言動はとらないだろうと思い当たることも多く、心が一喜一憂するのがはっきりと分かってしまった。
「カズマ…」
名前を口に出してみればキュゥと胸が締め付けられるような、それでいてちっとも不快ではない安心感をもたらしてくれる。
私の最愛の…
「よし。謝りましょう」
次に顔を合わせたら、私から頭を下げよう。
彼とこれ以上気まずい感じには絶対なりたくない。
今日の件は考えすぎだったのだ。
それに私たちはまだ仲間以上恋人未満という中途半端な関係。
デートっぽくなかったからと言って私に怒る権利は実のところ無いのだから。
布団からむくりと上半身を起こした私は、お昼ご飯に遅れないようみんなのもとへ戻ろうとし…
コンコン
部屋の扉を叩くノック音でピクリと動きを止めた。
「あの…俺だけど。めぐみん。今、入っていいか?」
「え!あ、ちょ」
ぶわっと頬に広がる熱気を感じ、さして乱れていない髪の毛を慌ててわしゃわしゃと整えてから、ベッドの上に座ったままピンと背筋を伸ばし、私はゴホンと一つ咳払い。
「い、いいですよ」
「お、おう」
ガチャリと
恐る恐る遠慮がちに入ってきたカズマがらしくなくて、でもそんな彼の様子に緊張してしまう自分がいて…
トクントクンと、胸が高鳴り音を奏で始めた。
「えっとだな…アクアとダクネスに様子を見て来いって言われて…そんでさっきは本当に悪かった」
入室早々ベッド脇に来て深々と頭を下げて謝るカズマにはっと我に返った私は、慌てて首をぶんぶんと横に振る。
さっき私から頭を下げようと思っていたのになんという不意打ちだ。
「カ、カズマが悪いわけではないですよ!私こそ、意識しすぎていたというか…ですね」
言ってるうちに頬がどんどん熱を帯びてきて、無意識のうちに引っ張り上げていた掛け布団で顔を半分ほど隠しながら、チラチラとカズマを盗み見る。
下げた頭こそもとに戻してくれたものの、本当に申し訳なさそうな表情は崩れていなかった。
「いや、俺こそ全然気づいてやれなくて…」
「いえ!ですから私こそ…」
だけどお互いにペコペコ頭を下げるその絵がなんだか実に私達らしくなくて…
「「………ぷっ」」
吹き出したのはほぼ同時だった。
「あはは!もういいんですよカズマ。私たちはまだ仲間以上恋人未満の関係。デートっぽくなかったからと言って怒る権利は私にはないのですから」
ほぅと胸のつっかえがとれスッキリとした私は、きっと晴れやかな笑顔を彼に見せられていることだろう。
そうだ。イチャイチャしまくるデートは本当の恋人に昇格してからたっぷりすればいい。
「……………」
だがそんな私の笑顔を見ても、カズマの顔はなんだかまだ硬さが残るままで
「ふぅ…はぁ…よし」
パァン!
「え!ちょっと!?何してるんですかカズマ!?」
いきなり自分の両頬を挟むように叩いたカズマは、今まで見たこともないような真剣な表情だった
「めぐみん。俺と正式な恋人になってくれ。俺が言った好きって言葉はそういう意味だ」
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ぎゃぁぁぁぁぁ言っちまった言っちまった!!!
覚悟を決めたつもりだがこれ緊張するってレベルじゃねぇぞ!
心臓が爆発しそうだよ!
仲間以上恋人未満とか中途半端なこと言うなよとか思ってごめんなめぐみん!
お前は大物だ!
なんて心の中で今の発言の恥ずかしさを打ち消すように言い訳する俺の目の前で、何を言われたのか脳の処理が追い付いていないのか、めぐみんはあんぐりと口を開けたまま瞳の輝きだけを徐々に増しつつじーっとこちらを見ていた。
…え?もしかしてこれ、もう一度言わないとお話が進まない感じですかね!?
「あの…だからめぐみん…俺と…」
自分でも情けないぐらい震えて枯れかけているボソボソとした声を精一杯ひねり出し始めた俺に、突然めぐみんががばっとベッドから跳ね起きて…
そのまま俺にダイブするかの如く猛烈に抱き着いてきた。
「聞こえています!断るわけないじゃないですか!」
ぎゅぅぅぅとそれはもうウルトラディープなハグで背中がミシミシと音をたてそうなのだが、ここは男の余裕を見せつけて俺も抱きしめかえ…
「あ…めぐみんめぐみん?あのね?ハグはすごく嬉しい。嬉しすぎてカズマさんのカズマさんが元気いっぱいになりそうだけど、背骨がね?悲鳴をあげているんだ」
無理だった。
顔を青くしてそれでも口からの悲鳴だけは懸命に堪えていた俺の表情を見て、めぐみんが慌てて距離をとる。
「ご、ごめんなさい…でも、あの、やっぱりもう一度言ってくれませんか?」
過去に類を見ないほど爛々と紅い瞳を輝かせ、めぐみんはスタスタともう一度駆け寄り俺の両手を取りながら上目遣いでそう言った。
やっぱりもう一度言うんですね言わなきゃダメですかそうですか!
「あ、ちょっと心臓破裂しそうだから待って」
正直あんな発言をした後こうして手を取られ至近距離で見られているだけでもういっぱいいっぱいで、そんな余裕は女の子とまともに付き合ったこともない俺にあるわけもなく…
顔から火が出そうな程熱くなっているのを感じながらおろおろと視線を泳がせるのだけで精一杯だった。
「…ふふっ…肝心なところで決めてくれないのはカズマらしいですね。私はそんなところも大好きですが」
今度は力を加減してくれたらしい優しいハグでふんわりと俺の身体を包み、頬をスリスリと胸元に擦り付けてくるめぐみんはもう色々と堪らないけど
「いや、一応俺はキッパリ言ったからな?めぐみんこそまだ断らないとか言っただけで、ちゃんとした返事してないぞ」
「なります。カズマの恋人にしてください」
「…え?あ、うん。はい…え?」
あまりにも早い、そしてきっぱりとした決断に俺の方が面食らってしまう。
そうだ。コイツはこういう好意をハッキリとぶつけてくる奴だったじゃないか!
それで何度ドキドキさせられたことかすっかり忘れてたぜちくしょう!!!
「カズマの恋人になりたいんです。今だからもう本音をぶっちゃけちゃいますけど、私も早くカズマと恋人になってイチャイチャしたかったんです。みんなにカズマは私の男だと思い知らせて手出しさせたくないんです。だからなりましょう。なってください」
「め、めぐみん!?」
なんでコイツはこんな恥ずかしいことを堂々と言えるのだろう。
俺なんてその半分でも途中でどもる自信がある。
「そして…ありがとうございます。カズマ。私を選んでくれて」
焦って返事をする前に、きゅっと抱きしめる力をわずかに強めためぐみんが頬を擦りつけていた胸元の辺りに僅かに湿り気を感じ、俺はコイツにはホントに敵わんと思いながら
「当たり前だろ。お前以外に誰を選ぶってんだ」
めぐみんの華奢な身体に腕を回しクイッと抱き寄せてやった。
「浮気症のカズマには似合わない言葉ですね」
「おまっ!どうしてそういうこと言うの!?まぁ俺もちょっと似合わねぇとは思ったけど!」
「でも」
俺の渾身の恥ずかしい言葉をいとも簡単に一蹴しやがっためぐみん。
「これからは他の女の人に目移りなんかしないようにしてあげますから、覚悟してください。カズマ」
ぱっと顔を上げて、涙の跡を顔に残したままのクセに自信満々のドヤ顔でそう言うもんだから、さっきの仕返しをしたいという気持ちも手伝って俺の中でいたずら心がむくむくと芽生えて…
「なぁ、確か正式な恋人に昇格するまでえっちなことはお預けって話だったよな」
「ぇ?」
言わんとしてることが分かったのか、はっとして慌てて離れようとするめぐみんの肩をもう一度優しく引き寄せて
俺は唇をそっと重ねた。