Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯   作:馬の羽根

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第12話 1日目 夜『決意』

 西に傾いていく陽の光。

 斜光に照らされた竹林は橙色に染まろうとしている。

 ――もっとも、月が顔を見せる頃になれば全てが紅く染まっていくのだが。今はまだ竹林は疎か、結界に守られている神社に霧はまだ到達していない。

 

 紅葉とは違う赤く染まった竹林にて風変わりなドレスを着ている少女が空を見上げていた。風変わりというがこの幻想郷においてはさして変わったような服装ではないのだが。

 そう、変わった装いなどではない。例えば少女の頭部に獣のような耳が生えていても。例えば少女の腰から獣のような尾が生えていても。この幻想郷では普通のことなのだ。

 

「満月も終わってだんだん収まってきたかな?本当、やな体質だわー……」

 と言ってドレスの右袖を左手でさする少女。

彼女が気にしているのはその袖の下の事、暗喩や比喩表現などではなくそのままの意味で自身の袖の下の腕が気になっているのだ。

 彼女の種族は人狼、国が違えば呼び方が様々でワーウルフやルー・ガルーとも呼ばれる存在だ。と言ってもそれらが全て同一の存在かと聞かれれば否と答えるべきだろう。

 神秘とは統一できるような認識存在などではなく名の通り神秘に溢れたあやふやな存在である。こと幻想郷においてはその境界があやふやであり、その場所ですら()()()()()()()()()()()定かではないのだ。

 その秘匿された地区に住まう神秘の存在である彼女、その種族、人狼は大きく分類した場合の呼称であり細分化するならば狼憑きや生まれ持っての狼人間など様々である。

 彼女は狼憑きのような後天的存在ではなく、どちらかと言えば狼人間のような人間から狼へと変質するような存在でもない。変身する条件を満たしても満たさなくても彼女は狼人間である。

 素の状態で耳と尻尾が生えている人間、昔の姿は知らぬが現在の姿になっていたのは物心ついた時からだ。満月を見たら変質する訳でもなく多少毛深くなり色々と漲る程度である。

 そんな彼女"今泉影狼"の種族的悩みはそのあやふやな存在感などではなくその毛深くなること一点に尽きるのだ。

「はぁ……なんで満月になる度に毛が伸びるのかしら……処理もめんどくさいし。こんな体に生まれた私がうらめしいわー」

 彼女は幻想的存在であるが悩みは実に現実的であり乙女的だ、人狼などと獰猛な響きを醸し出す種族の割に影狼は大人しく控えめ性格なのだ。

 そんな今日も今日とて昨日の難敵(毛の処理)をやっつけていた影狼は一旦息抜きをしようと竹林を散策していた。そして、その知らずのうちに日課となっていた夕方の散歩は思わぬ邂逅を生むのだ。

 風に乗って聞こえた自分の名を呼ぶ声に耳をピコピコと揺らし反応する。この声は確か……。

「あぁ、蛍の……どうしたんだろう」

 ぐっと袖を手で伸ばし呼び声の方へとゆっくりと足を向ける影狼、迷いの竹林と言えどはっきりと方向がわかる指針があれば迷うことは早々ない。

 距離はさほど遠くなく、すぐに声の発生源を視界に収めることが出来た。その場にいたのは黒いマントを羽織った緑髪の女の子とその仲間達?見覚えがあるのは黒マントの子と夜雀の子ぐらいだ、あとの者達は……。

「うわぁ……何あれ、犯罪臭がぷんぷんするわ〜」

 そこに居たのは幼女と言っても差し支えない体格の黒い服を着た金髪の子と、その子を肩車する2m程の背丈を持った気持ち悪い笑みを浮かべる巨漢がいた。

 迷いの竹林に妖精や妖怪以外の者が立ち入ることは稀なのできっとあの男も妖怪の類に違いない、おそらく"黒髭妖怪ペドロリコン"とかそんな感じの種族なのだろうと様子を伺っていると……その暫定妖怪と目が合った気がした。

「リグルたんリグルたんひょっとしてあのケモ耳美少女が今泉氏ではないでござるか?」

「あっ本当だ。おーい!影狼さーんこっちこっち!」

 見つかってしまった、ならば出ていくしかあるまいと竹の間から姿を現した。

「どうしたの?私に用だなんて珍しいじゃない――それに」

 と影狼は黒いヒゲを蓄えた大男を見上げる。

「なにこれ?」

 と妙な笑みを浮かべている男の眼前に指を指す。どう見ても竹林に迷い込んだなんて感じの一般人ではない。

「デュフフww拙者の名は人呼んでライダー!騎兵の身でござるが今は幼女の馬と甘んじている……だがここで終わるような男ではなーーい!!!人狼と聞いて想像していた通りの見た目!!!狼耳に尻尾……それに最っっっっ高に美少女じゃねぇか……!!!ぐふふふ……おっふヨダレが」

「うわぁ」

 影狼の知る限りでは一般人ではない常軌を逸した返答にドン引くしかなかった。しかし、しばらく一緒にいたリグル、ミスティアは慣れてしまったのか影狼に苦笑いを向けるのみだった。

「おー貴女が影狼さんなのか。この人はサーヴァントっていう結構すごい使い魔さんなんだよ。変わってるけど面白くていい人なんだ」

 ルーミアがライダーの上から見下ろしながら説明した。その内容に対して影狼は少しだけ納得がいった。と言うのも――

「あぁ、新しい決闘ルールの一つみたいなものね。今度は使い魔同士を闘わせて勝敗を決めるわけ?」

 この幻想郷には妖怪と人間の力関係を保つために決闘ルールというものが制定されていた。それは主に魔力や霊力、妖力なんかを使い他人を傷つけない云わばスポーツのようなものである。少し前に新しく弾幕ごっこなるルールが出来たらしいが今度は使い魔で戦いごっこなのだろうかと影狼は考えていた。

「うーんちょっと違うような気がするけど」

 ミスティアがやんわりと否定するが大体似たような事なので強くは言わなかった。それにミスティアもリグル大してわかっていないのだから。ルーミアは理解しているのか否か普段通り振舞っているので他人目には分からないが本質は理解しているように見える、あれでも選ばれたマスターなのだから。

「それで?決闘ルールを伝えに来た訳でもないんでしょう。なんで私を探していたのかしら」

「そうそう影狼さん折り入って頼みがあるんだ」

 リグルは畏まった風に向き直って話し出す。

 

「私たちとチームを組んでほしいの」

「…………チーム?」

 

 どういう訳かリグルたちは自分を勧誘しているようだ、こうやって頼られるのは嫌な気分はしないので断るという選択肢は今のところはない。――しかし、前後が把握出来ないために即座に答えることは出来ない。それもそのはず、ルーミアたち妖怪様御一行はどうしてチームアップするに至ったのかを話していないのだから。

「とりあえず事情を教えてくれる?それがないと返答に困っちゃうもの」

 自身にデメリットがないのであれば乗ってあげよう、そう思って事情を聞くことにした。

 

「では、不肖このライダーがどうして美少女に囲まれこうして珍道中を送っているかをハイライトでお送りするでござるよ。

 ほわんほわんほわん、くろひげ〜」

 

「何その効果音」

 

「そう、あれはあの満月の夜のことだった――」

 

 

 

 

 呼び声が聞こえる。

 歌が聞こえる。

 なんとも楽しげで無邪気な(うた)だ。

 

 なにか惹かれるものを感じ、俺は初めてこの戦いに身を投じた。

 いや、おそらくの話だが。

 

 ――聖杯戦争?バカバカしい。

 

 奪うものは奪ってきた。

 富に名声(悪名)、力に女。命に至るまでに好きなものは好きなだけ奪ってきたのだ。

 

 自分の体すらも求めてうみをおよいだことだってあったさ。死ぬ前にやるだけのことはやった。だから聖杯なんざいらねぇ。

 

 まぁ、満足したってぇ事だ。

 

 俺は疲れたんだ、好きなことをしていただけでまさか自分の記録すらよく分からないヤツらに略奪()されて、拘束されて。

 

 縛られるのは真っ平御免だと思っていた。

 

 だが呼び声が聞こえた、何故だかはっきりと。

 

 満たされないと叫んでいた。

 

 誰が?俺が?呼び声(彼女)が?

 

 ――満たされない、満たされない。

 

 その声が俺を呼んでいた、本当は満たされてなんかいなかった俺を呼んでいた。

 

 光が見えた、闇に浮かぶ光の芸術(Lumia)が。

 

 俺はその光を追った、呼び声に従ってたどり着いた場所は荒れた工房だ。

 

 辺りを見渡すと外に俺を呼んでいた声の主がいた。

 

 純真、無垢、無邪気にして邪気。目にした時の印象はそれだった。

 

「……闇か」

 

 たどり着いた先にいたのは光などではなく闇だった。己を飲み込まんとする重圧を放つ闇だった。

 

 不完全な召喚であるがゆえに中途半端に繋がった魔力のパス、完全な召喚であったならば強制的に狂化――いや黒化されていただろう。

 

 目を離してはならない、あの箱に押し留められているのは財宝などではない。

 

 あれは――――パンドラの箱だ。

 

「おもしれぇ……最初から俺の手元にこんなものがあるとはな」

 

 浮かべたのは恐怖などではなく笑み、生前よく浮かべていた歓喜とも狂気とも呼べる笑みだ。

 

 海賊、エドワード・ティーチはこれを誰の手にも渡してはならぬと決めた。それは海賊としても――英霊としても押しとどめていなくてはならない代物であるからだ。

 

 であるならばこの聖杯戦争を放棄するわけにも行かない。これが野に放たれれば自身が求めたこの世界も終わりかねない。

 

 そして黒髭は―――考えるのをやめた。

 

 具体的に言うとシンプルに勝ちに行きマスターを守るべきであると考えたのだ、ならば普通にやっても同じだ。ならば考えても仕方ない。彼女をマスターとし勝ち抜く。勝利、支配、それだけのこと。

 

 やることは決まった。まずはマスターとともに聖杯戦争を勝ち抜く、その為に仲間(クルー)を集めること。自身の宝具がより強固になるのと、万が一に備え彼女を押しとどめることができる。ならば最優先は仲間を集めることだ。

 

 そこで思考をやめて黒ひげは意気揚々とルーミアの前に現れたのだった。

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「それでそのなんでも願いを叶える聖杯ってのを勝ち取るために、仲間を増やすと力を増すそこのライダーさんの力を高めて……確実に勝ち抜きたいから私に声をかけたわけね」

 影狼が受けた説明はこんなところだ、ライダーが語ったのはリグルたちにも説明したような真意を隠した簡素な説明だ。

 

 聖杯を巡ってサーヴァントと呼ばれる使い魔で戦う聖杯戦争。

 

 聖杯は勝利者に魔力で出来る限りの願いを叶えてくれる。

 

 7人のマスターと7騎のサーヴァントが存在している。

 

 サーヴァントには宝具と呼ばれる最大の切り札を持っており、ライダーの切り札は仲間が多いほど強くなる。

 

 よって、多くの仲間が必要。

 

 ライダーが語った情報はこんなところだ。だが、彼の口調的にしっかり語ったとも言い難いだろう。合間合間のリグルの補足で大体は伝えることは出来た。

 

「どう……?嫌なら嫌でいいんだけども」

 

「いや?いいわよ。協力してあげる」

 

 リグルが弱々しく尋ねるが言い切る前に影狼は思ったより快く勧誘を受け入れた。

 

「ケモ耳美少女 が パーティーに 加わった。うっひょーー!!!あちし嬉しいわー!!!!やはりこの世界は黒ひげ中心に回っている……ッッ!!!拙者、愛叫んじゃうもんねー!!!」

 

 やけにテンションの高いライダーを無視しながらミスティアが理由を尋ねる。

「戦うのは基本的にライダーなんでしょ?それに運良く勝ち抜けば願いが叶うんなら竹林で暇してるよりはいいからね」

 妖怪の生は長いならば退屈を持て余すよりだったら程よいスリルがあった方が良いだろう。聖杯戦争の危険性を理解していない影狼は能天気にもそんなことを考えていた。

「よーし、これでまた戦力も増えたよライダー次はどうする?」

 ルーミアはぐるぐると回わされながらライダーに訊ねる。

「うーんそうでござるなぁ。まだもう何人か欲しいですな。いや……べ、別にもっと美少女を見たいってわけじゃないんだからね!」

 まるで定型文を話しているかのような振る舞いには影狼は慣れる気配もなく終始冷ややかな目線を送っている。だがその言葉にとりあえずちゃんと答えは返すのだが。

 

「それだったら私の知り合いを当たってみる?ちょっとした繋がりというか寄合があるし」

 

 その提案は受け入れられ、影狼はその知り合いの元へと向かうようだ。そしてライダー達はというと……。

 

「拙者の宝具、アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)を浮かばせる場所を確認したいですなぁ。それなりにでかいですしおすし」

「それじゃあ一旦二手に分かれる?ライダーさんは霧の湖の方へ影狼さんについて行くのは……」

「いや一人で大丈夫よ、リグルたちもそっちに向かいなさい」

 と、最初と変わらぬ編成で動くことになった。影狼曰く「あの子大勢で向かうとあってくれないから」だという。

 黄昏時も過ぎ、すっかり空は暗くなっていた。しかし視界は紅を捉え未だ黄昏時であるかのように錯覚する。つまりライダー達に仲間は増えたが特に変わることは無いのだ、この者達に変化があるのはもう少し先のことだ。それまではしばらく珍道中が続くだろう。

 

 

 

 空に紅が塗られていく、暗いはずの夜は目が明くほどの紅色だ。昼にはまだ気付かぬものはいたが夜になりしばらく経てばすぐに気づくだろう。すなわち紅魔の霧は既に幻想郷に蔓延していた。幻想郷を見通せる博麗神社の境内にいる慧音、セイバー、バーサーカーの三人も必然的に異変を察知していた。

 

「バーサーカー、あれは……」

「あぁ、あの方向は紅魔館の方だろうね……あの霧には少しだけだけど僕のマスターの魔力を感じる」

「君はどうするんだ?私たちに義理立てするような理由はないだろう。マスターの元へ帰還するべきなのではないか?」

 

 セイバーはなぜ今もなおバーサーカーが自分たちと共にいるのか疑問に思っていた。それもそのはず、元は敵の陣営。妹紅を串刺しにした朱槍の男はバーサーカーと同じ陣営であると慧音から聞き及んでいるのだから。

 

「……信じてもらえないかもしれないが……今あなた達といるのは完璧に僕の独断だ」

 バーサーカーは目を泳がしている。何かを伝えようとして口を動かす、それは声にならない。何度かそれを繰り返した後に決心したように背筋を伸ばし、やっと言葉にすることが出来た。

「僕は――迷ってるんだ。マスターの語った願いは正しいものだと思った……だが君たちの振る舞いも正しいものに見える。

 教えて欲しいんだ、なぜ聖杯戦争の終結を望むのか。なぜ()のことを知っている貴女が僕を遠ざけないのか。

 

 ――君たちの……正義を教えて欲しい。

 

 それを理解できれば僕は僕を決められる。」

 

 揺れる碧い瞳、その目の奥には迷いの他に不安が垣間見えた気がした。

 

「……わかった、もとより参加者全てに説明して説得する気だったからな……」

 

 もとは幻想郷の外界で執り行われていた聖杯戦争、それがこの幻想の地に流れ着いたのには幻想郷の成り立ちに関わった賢者たちの暗躍あったと語った。

 

「幻想郷の聖杯戦争は今回が1度きりではない。それはここに来る前に語ったな」

「あぁ――確かあの烏が開始宣言をした時に言っていたね。()()()()()()()()()……本来ならば()()()()()()()()()であり、過去に二度起こったものであると」

「そう、私はその過去の聖杯戦争を能力で知った。記録だけでも酷い……ものだったよ。

 第一次ではこの場所に住む人妖の半分が重傷、そのうち三割の妖怪が弱体化し記憶すらも失っていたようだ。外傷という訳ではなく、純度の高いマナを大量に浴びたために起きた事だった。

 サーヴァントがどうこう以前に聖杯戦争という儀式をこの地で行う時に無限とも言うべき魔力が漏れだし続けたらしい。ただ不幸中の幸いと言うべきか死亡者は出なかったが……しかしその聖杯戦争の影響で耐性のないものには幻覚を見せる毒性のマナが森の植物に貯まるようになってしまったんだ」

 

 魔法の森、博麗神社の目の前に広がる広大な森林地帯。聖杯戦争のマナの暴走により魔力が溜まり続けるようになった森、今では魔法の森と呼ばれるようになっているが、元は異常など無い果実や薬草が取れる静かな森だったのだ。

 人の通る林道は博麗の巫女の手により人体に影響のある瘴気は祓われているが、それでも一度奥に迷い込めば時間が経つにつれ体に異常が出てくる。妖怪であるならば幾らか息苦しい程度であるが人間であるならば……少なくとも立ち入るべきではない場所だ。

 

 ――余談だが……魔理沙はその魔法の森のより瘴気の濃い場所に居を構えている。毒性の瘴気に対抗できる身体であれば、自身の魔力を高めることが出来る……魔術師にとっては恰好の場所なのだ。

 

「第一次で残されたモノは決して悪いものだけではないのだが――それはそれだ、聖杯戦争が無くとも出来たことだろうにそれをあの賢者達は……。

 いやともかくだ私が聖杯戦争を止めるべきだと考えたのは第二次で起こった騒動からなのだが……」

 と慧音は申し訳なさそうな顔をしながらセイバーとバーサーカーの顔を見ている。

「どうした?マスター続けてくれ。そこから先はオレも知らぬ事柄だ、聞かせて欲しい」

 先程から沈黙を保っていたセイバーが話を促してきた。恐らく彼もずっと気になっていたのだろう、聖杯戦争を終わらせると語る彼女の思いの原点というものを。

「いや……気を悪くしないでくれ、今までサーヴァントというのは碌でもないものだと思っていたんだ……。自分の私利私欲で集い、己が願望の為に動く矮小なものであると」

「ははは、随分な評価だなぁ」

 バーサーカーは自分らの存在にかなりの苦言を呈されてるにも関わらず流すように笑った。

「……第二次では7騎以上のサーヴァントが召喚され――幻想郷の各地で暴れだしたんだ。それは私の能力と関係なくこの目で見てきた事だ。

 業火と煙幕が渦巻き。毒が撒き散らされ。地形すらも破壊する。挙句の果てには人里を襲って来たのだから……。

 

 サーヴァントにも対抗できうる妖怪すらも殺されて……人間も……。

 

 私の……っ!私の両親も…………っっ!!」

 

 拳を強く握りしめ肩を震わせる慧音の顔は悲しみでもあり怒りでもあった。セイバーとバーサーカーは彼女の様子を見て何も言えなくなっている。彼らには関係の無いことであるはずなのにそれでも申し訳ない気持ちになるのは彼らの性分か。

「すまない、マスター」

「……なぜ謝るんだ。貴方達には関係の無い、当事者が起こしたことだ……私は貴方達に怒りを感じている訳では無いよ」

「それでもだ、過去の英霊であるはずのサーヴァントが未来に生きる者達に危害を与え、あまつさえ……貴女を傷つけてしまった。それならせめてオレに謝らせてくれ。

 ――どうか過去(英雄達)を恨まないでくれ」

 申し訳なさそうに少しだけ頭を下げるセイバーは心からの謝罪を送っている。本当に彼には関係の無い事柄であるはずなのに、この男は。

 

「セイバー……あなたは、優しいんだな」

 

 慧音は少しだけ笑顔を向けると改めて話を続けた。

「第二次幻想聖杯戦争では幻想郷の六十年周期に起こる異変と重なったことにより、計16騎のサーヴァントが召喚され幻想郷で暴れだした。その聖杯戦争では大量の虐殺や地形破壊が起こり聖杯戦争という儀式の進行すら危うい状態だった。

 ――最終的にはどっかの誰かの手によって聖杯は破壊され儀式は終わったよ」

 

 と言って慧音は廊下の先に視線をやる。その先には妹紅がいるであろう神社本殿がある。

「その、()()と言うのは彼女のことなのかい」

「そうだ……彼女は成り行きでマスターとなり最後にはサーヴァントを失いながらも聖杯を破壊した。――私の命の恩人でもある。

 聖杯戦争の終結を誰よりも願っているのは私じゃなく一度聖杯を破壊したことのある彼女かもしれないな」

 慧音が参加の決意をしたのはつい最近のことだった。満月が近づく度に自身のトラウマが蘇る。目の前で引き裂かれる人々、消滅していく親しかった妖怪、見慣れた景色も潰されていき……最後に残ったのは灰になった視界だ。

それでも参加したのは、やはり許せなかったからだ。

 

 理不尽な暴力、無力な自分、そしてそれを許容している妖怪の賢者。

 

 許せない、そう――許せなかったのだ。

 

 ………………。

 

「……そうだな。思い出したよ」

 

 彼女は無意識のうちに迷っていたのだろう。今もこうして広がる赤い霧、それを目の前にして動かずにじっと神社に留まっていた。

 彼女はすこし妹紅に依存しがちなところがあった、それ故に治るまでと動かずに……いつ治るのかも分からずにじっと。心配であるのは本当だ、それでも彼女には心に決めた使命があったはずなのだ。

 ――そして、改めて自分の動機を見つめ直した慧音は動き出す。

 拳を胸に当て改めて決意を表明する。

 

「二度と惨劇を起こさないために、二度と私の身に降りかかった不幸が誰かに向かないために。この聖杯戦争を終わらせる。

 今一度私はここに誓おう。そしてセイバー、バーサーカー。貴方達の願いを教えて欲しい」

 

 ぐっと握ったその拳には彼女の決意の証とも呼べる令呪が宿っていた。

 

「サーヴァント、セイバー。オレの願いは貴女と共にある。――誰かのために、オレの信じる者のために戦うのが望みだ」

 

 セイバー、ジークフリートにも迷いはない。ここではない外典(どこか)で既に見つけた答えに淀みはないのだから。

 

「……サーヴァント、バーサーカー。僕は……僕の願いは」

 

 バーサーカー、ジキルにはまだ迷いがあった。何故ならばここで答えてしまっては……ここにはいないマスターの願いに反してしまうからだ。

 

 しかし――。

 

「僕の……願いは、正義を貫く事だ」

 ()()()。その答えはマスターに対しての謀反になり得る。

 

 だがバーサーカーのその言葉は同意ではなく否定だった。

 

「僕の願いは正義を貫くこと……だけど、君たちにはついていけない」

「……理由を聞かせてもらえるか?」

「僕のマスターの語った願いは誰かの為を思った願いだった。――それを裏切ることは……出来ない」

 

 バーサーカーは慧音とセイバーのやり取りを見て考えていたのだ。マスターと共にあるサーヴァント、その主従関係について。

 マスターに誠実に振る舞うセイバー、過去のことで偏見を持たずにセイバーに接するマスター。それらはとても良きものに映り……バーサーカーの中にあったモヤを払ったのだ。

 

 妹紅を治すため神社に運び込むその道すがら、考えていた。

 どう動くべきか、何をすべきか、何に従うべきか。

 そして彼のモヤは他人に委ねるべきものではなく、自身で判断するものだと気づいたのだ。

 

 怨恨の連鎖を断ち切るために己に誓った慧音。

 自身の信じる者のため刃になると誓った騎士。

 

 彼らを見てバーサーカーは自らがサーヴァントであることを思い出したのだ。

 マスターの願いを無下にすることは出来ず、それは自分の望むような『正義の味方』なんてものではないと。

 

「そうか……それは残念だ。では貴方は紅魔館、マスターの元に戻るんだな?」

「あぁ、僕はサーヴァントだ。願いのために召喚に応じたとはいえ僕のすべきことは考えなしに誰かに流されることではない。

 君たちにあった正義に寄り添いたい気持ちはある……。でも()に機会を与えてくれたマスターを裏切ることは絶対にしたくない」

 それがジキルの決意表明だった。それは敵対の証、それを受けても慧音達は彼を引き止めることも攻撃するようなことは無い。

 例えばセイバーが剣を握っていようとそれは敵対者を滅ぼすためのものでは無いのだ。

 

「バーサーカー。君とオレは敵になる、だが討ち滅ぼす目的で戦うことはないだろう。

 この剣を交えるその時は、最大の敬意をもって君と闘おう」

 

 それはセイバーなりの励ましの言葉だった。

 

「ありがとう、セイバー。恐らく……今夜、()達は闘うことになるだろう」

 

 そう言ってバーサーカーは紅い霧に交じるように霊体となり紅魔館へと向かった。

 洛陽を迎えたはずの空は相変わらずの紅だ、宣戦布告とも取れるその色は彼のマスター達の決意の色なのだろうか。

 

 

 

「話、終わったかしら?」

 

 余韻も束の間、慧音の背後から声が聞こえた。その声は無感情なようにも何かの感情を抑えてるようにも聴こえる。

 

「霊夢か、妹紅の調子はどうだ?」

「……そうね、一晩寝かせておけば治るわよ。心配しないで慧音」

 今度の声色は慈愛がこもっていた、何故だか霊夢はどこかいつもと違う。数時間前は憤りを隠し、数秒前は不明な感情。そして今は慈愛。

 彼女はここまで感情が入り乱れるような人物では無い。

 

「貴方達はこの聖杯戦争を止めるのよね。ならその前にちょっと協力をして欲しいのだけれど」

 

 らしくない、らしくない振る舞いだ。

 

 

()()と共に異変を解決してもらいたい」

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