Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯   作:馬の羽根

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第14話 1日目 夜 『黒より黯い夢』

耳をつんざく轟音が響き渡る、まるで戦闘機が通ったかのような局地的な暴風が吹き乱れる。しかし、この地に戦闘機があるはずもなく、それは人の形をしていた。

 

時折散る火花で、フラッシュが焚かれたかのように激しい戦闘が月下の元、写し出される。下から突き上げられ、上から振り下ろされる。右に躱し、左にいなす。この赤く染まった視界の中でも一際、真紅と朱色の残像は目に焼き付くほどだ。

 

霧雨魔理沙は全力で向けられる殺気に内心怯えながらも、遊び無しの光弾を放ちキャスターの援護をしている。だが神秘が強いこの地の人間であっても、たかが現代の魔術師の攻撃魔術はランサーの対魔力により弾かれてしまう。

 

「多少熱い程度だぜ、嬢ちゃん。もっと本気で撃ってこ……い、よっと!」

 

「余との共演中によそ見とは……なかなかの余裕があるようではないかランサーよ!」

 

「ハン、どうだかねぇ。妙な武器を浮かせやがって、耳がうるさいったらないぜ」

 

斬撃を繰り返しながらもキャスターはランサーを取り囲むようにパイプに似た砲門が浮かびランサーの隙を突くようにレーザーを乱射していた。

 

「うま我が劇場礼装の砲撃は良き音色であろう?存分に聞き惚れるがよい!」

 

地面が溶けるほどの熱線を最小限の動きで躱す様はさすが最速のクラスであるランサーと呼ぶべきだろう。そうでなくてもこの英霊は捌き切るのだが。

 

「アンタの歌声は……中々の豪快さとい得べきだろうが、決まり手にかけるように思えるな」

 

「豪快さあってこその余である!それに、まだまだ序曲よ。これから更に苛烈になっていくぞランサー」

 

「充分苛烈に思えるが」

 

戦闘とは違うところを何となく指摘するのは魔理沙である。攻撃的に響き渡る歌声は、本当に攻撃になるという驚きの仕様。その歌声は劇場礼装により魔力に変換され、純粋な熱量として砲から放たれる。

 

──音を攻撃に変えるとは、どこぞの幽霊楽団みたいだな……。それはともかくとして私が今すべきことは……。

 

思考を巡らせる魔理沙はキャスターと不意に目が合う。それは事前に決めていた合図。魔理沙は懐から瓶を取り出しランサーの足元目掛けて投擲した。

ランサーは危険を察知し、その瓶を叩き割る。中身は辺りに霧散し、白い煙幕のように広がっていった。

 

「なんだ、目くらましか?」

 

「へへん!あんたも視界が塞がれば、四方八方から迫る熱線の対応が遅れるだろうよ!」

 

と、強気に言ってみたは言いもののあの機動力の前では煙幕の効果なぞ誤差の範囲だろう。さらに言えば──

 

風が巻き起こる、魔術ではなく単純な力技。ランサーの朱槍のたったの一振で煙幕は取り払われてしまった。

 

「へぇ、いい煙幕だ。良く見えるぜ」

 

 

 

 

ところ変わってアサシンと門番の戦いは一方的であった。アリスの予想をはるかに上回る実力、紅魔館の門番はアリスが操る人形たちを全て防ぎきっていた。

 

「手応えがありませんね。それでもサーヴァントですかアサシン、まだ咲夜さんの方が手強いですよ」

 

紅美鈴、種族の知れぬこの妖怪はアリスの人形の猛攻を防ぎながらアサシンを凌ぐほどの力を見せていた。四方から繰り出されるレーザーと八方から現れる槍を持った人形。それを体術をもって全て捌き切る。

ランサーには劣るとはいえ超人的な身のこなし、そもそも人ではないのだから当然なのだ。

 

「そうね、ちょっと予想外だったわ。今ので傷一つ負わないなんて。()()()()はやはり勝てないか……あなたどんな体してるのよ」

 

「気を張り巡らせているのですよ。その気になればたった1歩で貴女の動きを止めることだって出来ます」

 

その気にならないのは、恐らく彼女に殺す気がないからだろう。アリスは少なくともその覚悟できているのだから、舐められてるととれる挑発だった。

 

「…………」

 

そして、その傍らで口も開かず物も言わぬアサシンはまるでアリスの手足となる人形のようだ。

──いや、アリスの人形だ。そのものである。

 

辺りに煙が立ち込める。赤い霧に紛れすぐに消えた、それが合図であるかのように美鈴の背後から()()()が飛来する。完全な死角、そして不覚。その暗器は美鈴の背中に深く入り込んだ。

 

(伏兵か────ッ!)

 

それでも隙は見せない、彼女はその名に似た紅の血を流しながらも伏兵に反撃をする。すぐさま抜いたくないを飛来した方角へと投擲を行った。

文字通り、お返しの一撃だ。

 

しかし、それはただ空を切るのみだった。

さらに言えば……その反撃は相手にとっての絶好のチャンス、隙を作る行為になってしまった。

 

足元が急に隆起する。地面から現れ出たのは複数の人形、それらは美鈴の脚をがっしりと掴んで離さない。

 

「くっ───!小賢しい!」

 

一呼吸、力を取り込むため息を吸い込む、全身の"気"を込めて足を震わせる、まとわりつく人形が内部から砕けるように破壊されていく………。が、しかし──一体どれほどまでに仕込まれていたのか……足元にポッカリと空いた穴から()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

少なくとも美鈴の目にはそう見えている。

 

 

 

「───ッ!?美鈴!呼吸を止めろ!霧を吸い込むな!」

 

「流石に気づくかランサーよ、だがもう遅い!あの美しい女は既に夢を見ているだろうな」

 

赤い霧に混じり、それとは違う……白い煙が辺りに蔓延していた。

ランサーの目には美鈴の足元には()()()()()()の人形がまとわりついていた。美鈴は既に破壊されたその人形にもがく様に寸勁を打ち込んでいる。

 

「魔法の森産の"ダチュラ"の煙さ、くないにも仕込ませてもらった。普段からあそこの瘴気に慣れてる私たちからしたら多少眠くなる程度だが……アイツには何が見えるかな」

 

魔理沙は大量の触媒を用いてマジックアイテムを作ることに長けていた。魔法の森の隅々まで探索し、薬になるもの武器になるもの……様々な()()()を採集し、それらの特性は度重なる実験によりほぼ全て把握していた。

外来から漂着し、魔法の森に自生を始めた朝鮮朝顔(ダチュラ)は外の世界のものと比べ、魔力が宿り簡単な魔術加工で擬似的な指向性を持たせることが出来る。つまり、製作者やその工程を知るものであれば魔術でレジストできるのだ。

 

「へぇ、昨日の今日でそれなりの準備は終えていたというわけか……油断ならねぇやつだ」

 

「我がマスター故な、貴様の想像なんぞ一つ二つはゆうに越えるのだ!」

 

「魔術師は狡猾なもんだよ、まだ試してみたいことは沢山ある」

 

ランサーの睨みに少し怯みつつも不敵に笑う魔理沙。キャスターの戦闘にそぐわないような急な賛辞で、少しは気は楽になっているが……その弁は強がりに過ぎない。放った言葉の真偽は真ではあるが、偽でもある。様々な戦略や武器は頭に浮かぶが準備時間は短く、実際に施行できるものは片手で数えられるほどしかない。

 

「魔理沙、後は手筈通り」

 

美鈴はしばらく戦闘不能、事前に示し合わせた

 

「わかった!あとは頼む!行くぞ、キャスター」

 

「うむ、では許せランサー。今宵の目的は貴様ではないのだ」

 

そう告げ、魔理沙とキャスターは館の正面玄関へと駆けていこうとする。

 

「行かせるかよ──ッ!」

 

通してはならぬ、というマスターへの忠誠ではなく。上等な獲物を逃したくないという思いで全力で追いかけようとするが……その行く手をアリスの傍らにいた(サーヴァント)が阻んだ。さらにその刃、一つではなく───。

 

「これより先はこのアサシンが貴殿の相手を承りまする」

 

背後から声が聞こえた。()()()()、寸分違わぬ姿のアサシンが直刀をランサーの背中に突き刺していた。

 

「ぐっ!」

 

「多少なりとも阿呆薬(幻覚)が効いていたようですね。それでも、とっさに霊核への直撃を避けたのは流石の槍兵の英霊ですか」

 

確かに不覚をついた、それでも対応するのはランサーの戦闘センスによるものだろうが……ここ神代とまでは行かずとも、濃厚な神秘を残す地に根を張る植物となれば。対魔力があるランサーであっても、多少の油断を誘う程度の効果はあったようだ。さらに言えば、アサシンによる気配遮断、()()アサシンのスキルがうまくダチュラの煙幕と噛み合った結果だろう。そうでなければ門番共々、不覚をとるのは有り得なかった。

 

「はは、まさか。アサシンから……不覚を取られるたァな……だが」

 

ランサーがその朱槍の柄を引き、アサシンの腹部めがけて刺突する。難なくアサシンは躱すが、距離は置かれてしまった。直刀はまだランサーに刺さったままだ。

 

「てめぇがオレに勝つには、まだまだ足りねぇなあ───ッ!!」

 

ランサーは尚も、吼える。刀一本程度では彼を止めることは出来ない。それは伝承が証明しているのだから。

 

 

 

 

 

 

「それで?何か言いたいことは?」

 

魔法の森、博麗神社境内裏周辺。そこには樽に詰められた黒い髭の男と緊縛符にて拘束された金の御髪の妖女がいた。

 

「いえ、特にありましぇん……」

 

樽に詰められた男はわざとらしくしょぼくれた表情でそう答えた。

 

「この聖杯戦争の裁定者としてはあんたの行動は別にどうだっていいんだけど、私個人としてはアンタ達は不味いって巫女の勘が言ってるのよね」

 

「れ、霊夢。その辺にしては……」

 

おずおずと慧音が霊夢に意見を出す。さっきからお祓い棒でライダーの頬をグリグリと捻っているのだ。ライダー自身はどこか嬉しそうだが、絵面があまり宜しくない。

 

「ふん、で?この異変は本当にあなた達が起こしたんじゃないのよね?」

 

お祓い棒を髭の頬から離し、今度は手のひらでパシパシと叩きながら詰め寄る。その姿はまるで外の世界で言う不良学生のようだ。

 

「全くわからんですぞー!!!そんなに追求されても出るもんは何も無いなどとキメ顔で言ってみる…………あっ、ごめんなさいそんなに睨まないで。ちょっと興奮するから」

 

でゅへでゅへ、とおおよそ一般人からは出ない笑い声を漏らすライダーに心底嫌そうな顔をする霊夢は続けて問う。それを聞く時はその嫌そうな顔を引っ込め、神妙な顔つきで詰めた。

 

「では、別のことを。()()()がいるということ、それはこの聖杯戦争で何らかの異常が起こるということです。それについて、何か心当たりは?」

 

「ない」

 

「…………」

 

ライダーは先程までのお巫山戯を辞め、即答した。発言の真偽はどうであれ、その行為は明確な答えだった。

 

「全く検討がつかないですなぁ〜。この黒髭、ここに召喚されてから一日も経っていない故……上も下も右も左もAもBもさっぱりわからないですぞー!幻想郷ビギナーな僕ちんよりマスターに聞いた方がよろしいでFA」

 

「あんたと喋ってると頭がおかしくなりそうだわ。まあこの弱小妖怪にそんな幻想郷を揺るがすような異変や、聖杯戦争のイレギュラーに()()()()()()()か」

 

そう言って霊夢はライダーとルーミアに背を向ける。

 

「ねぇ、なんで私に何も聞かないの?」

 

ルーミアは十字架に張り付けられたかのように木に縛られている。先程から黙って霊夢たちの話を聞いていた。

 

「今のアンタに聞いても、しょうがないからよ」

 

それはとても霊夢らしい返事だったが、いつもよりどこかトゲのある言い方だった。

 

「どちらにせよ私に協力しないなら放っておくわ、でも邪魔はさせないから。まあ安心しなさい2時間程度で効力は失われる……それまではゆっくりそこで勝ち抜く方法でも相談してなさい」

 

霊夢はそう言い残しその場から風のように去っていった。

 

「すまない、二人とも。私達も行くよ。いずれは衝突するだろうが、その時はまた話そう」

 

完全に霊夢に任せていた慧音とセイバーもあとに続いてライダー達の目の前から去った。

 

取り残された二人の間には沈黙が流れた、風の音と擦れる葉の音のみが闇を駆けていく。

 

「ねぇ。ライダー」

 

数十秒経ってから不意にルーミアが呟いた。その声色は平坦で感情を感じさせないものだった。ライダーはその呼びかけに顔を向けることで返事をする。

 

「ちょっぴりね、ほんの少しだけ、むかついちゃったかも」

 

少しずつ、泥がこぼれだしている。

 

「まだ何をしたいのか分かってないけど。あの巫女に仕返ししたいわ」

 

無邪気な笑顔は、まるで闇のようで。

 

「まぁ……まずは、リグル殿達が戻ってくるのを祈るしかないですなぁ」

 

欲望すらも映さない、ただの傷んだ鏡面のようだった。


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