Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯 作:馬の羽根
満月の夜、魔術の世界では魔力が満ちる特別な一時。しかし魔術の世界だけでなくまた別の裏の世界――人外の世界でも重要な時間だ。
月光が
東方の幻想種『
時は遡ること一刻、魔法の森に新たな参戦者が生まれる少し前。人里にて召喚の儀が執り行われていた。決められた詠唱は既に終えあとは英霊が像を結ぶのを待つのみだった。
生命の息吹を感じさせるマナの流れは大気を震わせ、その場にいるもの全てに不思議な高揚感を持たせるだろう。しかし、そこにいる二人は神妙な面持ちで召喚陣を睨みつけている。
「慧音、何度も言ったが聖杯戦争なんて碌でもないものだ。あんたが召喚するサーヴァント、特に反英霊が現れた時には――」
燃えるような白銀の少女はあからさまに殺気を漏らしている。それを
そして、今の彼女の特徴とも言うべきもの――その双角、側頭から生える異形の主張は彼女がただならぬ存在であることを知らしめている。
「分かっています。だからこそこの満月の夜を選んだのだから。もし私の手に余るようならその時は……頼みます」
今宵の彼女は
「呼び寄せる者が人類を守った英雄であるというのなら、私の願いを叶えてくれるでしょう……。
ワーハクタクの能力で知り得た幻想郷の歴史、聖杯戦争の歴史―――そしてその秘匿された歴史の闇。
私がそれを見て見ぬ振りはできるわけが無い。私利私欲で人を傷つけるなど言語道断だ」
彼女の誓いともとれる独白、それを言い切る前に召喚陣の上には徐々に魔力の像が結ばれていた。
「例え一人になっても、私は
視界が白に染まる、それを目を閉じるわけでもなく受け止めるのは決意の表れか。
召喚陣から顕るるは鬼か蛇か……。
「召喚の招きに従い参上した……我が運命はあなたと共にあり、我が剣はあなたの剣だ」
光の奔流から顕現せし者は――竜だった。
そして時は現在に戻る。
現れたサーヴァントはジークフリートと名乗った。『ニーベルンゲンの歌』に謳われる万夫不当の《
無差別とも取れる能力を行使し彼女は幻想郷の歴史の編纂を行っているのだ。
「見ていて楽しいか?それ」
襖越しに白銀の少女――藤原妹紅がジークフリートに問いかけた。慧音はジークフリート……セイバーを呼び寄せた際に二、三問いかけ、すぐに月に一度に行われる作業に戻った。その間セイバーとのコミュニケーションは妹紅に任されていたのだが。
「楽しい、というよりは興味深い」
互いに多くを語らぬ性格ゆえに会話が続くはずもなかった。
慧音との会話ですら――。
『私はあなたのマスターとなる上白沢慧音だ、あなたのクラスと真名を』
『俺の名はジークフリート、クラスはセイバーだ』
『率直に聞きましょう。聖杯を得た曉には何を願うつもりだ』
『聖杯にかけるほど大それた望みはない』
『……そうか……私は今からある作業に戻ります。
その間詳しいことはそこに居る妹紅……藤原妹紅に訊ねてください』
『了解した』
などといった事務的な内容だった。慧音に至っては月一度しかできぬ作業故に気がたっているというのもあるが……。
「お前は――」
もう1度妹紅が訊ねる。
「お前は聖杯戦争をぶっ潰すと言ったら、私たちを止めるか?」
それは聖杯によって顕現したサーヴァントにとっては敵対するか否かと聞く内容だった。次第によってはここで戦いが起こることになるだろう。
「それがマスターの望みであるならば、俺は止めない。
マスターが協力を申し出るのなら俺はできる限り協力しよう」
「それじゃあアンタは何を希望に召喚に応じたんだ。私にとっちゃサーヴァントという存在自体が信用ならない」
妹紅の言葉には何故だか実感があった。それもそのはず、この幻想郷で聖杯戦争が起きたのは今回限りではないのだから。
「……希望か……。
俺が聖杯にかける願いはないが……
「――命すらだと?」
不老不死たる彼女は彼の言葉にほんの少しだけ、彼女自身にも分からぬ憤りを覚えた。妹紅の口から零れ出た音にはその一抹の憤りの感情が漏れ出してしまった。しかしセイバーは気にすることなく彼の望みを口にした。
「俺は、正義の味方になりたいんだ」
「正義の……味方……?それが英霊様の願いだって言うのか」
「あぁ」と呟き、セイバーはその短い音で会話にピリオドを打った。
妹紅には理解出来なかった、いや理解はしているのだ。悠久の時を過ごした妹紅も本来の目的とは別に同じような願いを持ったことがある。妖怪を退治し人を守る、困っている者に肩を貸す。そういったことが正義だというのなら妹紅には素質があったかもしれない。
――だが英霊が歴史に名を残した英雄の影法師だと知っている妹紅には、死後に至っても命をなげうってまで正義の味方になりたいという願いを持つ者が理解出来なかったのだ。死んだ後には何も残らないというのに……。
「なぁ、あんた――」
妹紅は自らの命題の答えを知っているかもしれぬ者に心からの疑問をぶつけたくなった。しかしそれは襖の向こうの強い叩音により遮られた。
「慧音!?どうかしたか!!」
慌てて襖を開け中の様子を伺うとそこには作業に没頭していたはずの慧音が立ち上がっていた。
「……サーヴァントがくる」
人里の門には一人の男が門番に止められていた金色の髪に翠色の瞳を持つ落ち着いた風貌の整った顔立ちの青年だ。
「外来人だな、どこから来た?」
「あ、あぁ……。最初にいたのは湖で、そこから森を沿って歩いてきました」
「霧の湖か……そんな遠くから災難だったな。
いや幸運だったか?満月の夜に妖怪にも襲われず来るなんて……あんた見かけによらずやるんだな」
青年の見た目は荒事などしたことがないといった何方かと言えば机の上で格闘する学者然とした風貌であった。いや見た目の若さからしたら学生と言っても通るだろう。
そもそも幻想郷においては見た目年齢など宛にならないがそれでも村人にとって驚愕するに値する要素だ。
「いいや、今の僕は一般人並のことしかできない……。今日は本当に運が良かったのかもしれない」
戦闘が行われたような傷や汚れはなく、妖怪に対抗できるような武器も持っていないのを見ると本当に運が良かったのだろう。門番は青年の態度は謙遜ではなく事実として受け取った。
「ははは、そうだな。それじゃあ幸運の青年さん、一応これも土地の取り決めだからな人里に入るなら名簿に名前を書いてくれ。名前がわからなくてもあんたってわかる名前だったらなんでもいいさ」
人里にいる外来人を把握するために人里に点在している各関所には名簿が設置されていた。外出する際にもこれは書くことになる。
「よし、じゃあ幻想郷にようこそ。望んできた訳じゃあないと思うが一応な、えぇっと?
"うぃりあむ・ぶろでぃ"?ってぇのか。ようこそウィリアム!人里は君を歓迎しよう。里の中心に付いたら役所に行くといい、外来人の対応をしてくれるだろう」
門番は愛嬌のあるしわくちゃな笑顔を向け青年を歓迎した。何でもないよくある光景だ。
「ありがとう、しばらくはここに滞在しようと思う。もしまた会えたらその時はよろしく」
人里に現れた外来人、幻想郷においては大して珍しくない存在だ。日本だろうと欧米だろうと迷い込む存在は数多くいるのだ。
青年、ウィリアムは門を抜けて月光を反射する田園風景を横目に踏みならされた道を歩きゆっくり里の中心に向かう。しばらく歩くと青年の感性からすると風変わりな見た目の少女二人がこちらに歩いてくるのが見えた。こんな時間に出歩くなどと、ウィリアムは警戒しながら同じく近づく。
今宵は運命の夜、幻想郷は各所において本来ありえない様々な変容を見せる。
――それはこの地にとっての基礎とも呼べる場所でも例外ではない。
博麗神社、この地を覆い隠す強大な結界の基盤。何を祀っているかと聞かれればそこの巫女ですら分からないと答えるが、それは幻想郷自身とも言えるかもしれない。
そんな神社は静寂に満ち。その本殿にて、博麗の巫女は柄にもなく瞑想をしていた。
『残すところは後、一騎ですか。ついに聖杯戦争が始まりましたね』
何も無い空間から声が反響し瞑想をする巫女の耳に届いた。
「見てわからない……取り込み中よ、邪魔しないでくれる?
博麗の巫女は予備動作もなく御札を投げつける。何も無かった空間にマントが翻り御札を包み込んだ。そこに現れたのは先程博麗の巫女、博麗霊夢が口から漏らした正体。
「はは、博麗の巫女というのは怖いものですね。それはともかく貴女のお友達も参加者に選ばれたようですよ」
投げつけられた御札を気にすることもなく、煽るように言葉を続けた。
「知ってるわよ。それにさっき言わなかったかしら?私は、今、瞑想してるのよ。
邪魔を、しないでくれる?」
霊夢の口調にははっきりと苛立ちの様相が聞いて取れた。
「ふふふ……どうやら私は
ルーラーと呼ばれた人物は月光に溶け込んで消えた。本殿には風の音と舌を打ち付ける音だけがひとつ弾けてから――また静寂に満ちていった。