Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯 作:馬の羽根
人里から外れた田園の中央部にて互いのことを微塵も知らぬ――否、女の方は男のことを一方的に知っている――男女が邂逅した。
その場から里外部に繋がる門、居住区中央部どちらに進んだとしても同程度の距離だ。時刻は丑の刻、人はおろか草木も眠り出す時間。
「こんな夜更けにどこかに出かけるのですか?」
門で自らのことをウィリアム・ブロディと名乗った男が声をかけた。妖怪が蔓延るという幻想郷、こんな時間に里の外に出る行為は自殺行為といっても過言ではない。
「こんばんは。私はセイバーのマスター、上白沢慧音だ。率直に言おうバーサーカー、私はあなた達と敵対するつもりは無い」
「「なっ……!!」」
ウィリアム――否、ジキルは当然だが同行者の妹紅ですら驚愕していた。普通ならばこちらに情報のアドバンテージがある内は探りを入れるなどするだろうにと妹紅は口に出さずに思った。慧音のその行為は正しく自殺行為であった。
『マ、マスター。緊急事態だ、こちらの素性がすぐにバレた』
バーサーカーは突然の出来事に自身のマスターに念話を送っていた。返事がすぐ帰ってくるとは思わないが……そう、緊急事態なのだ。ジキルの特性を殺すような事態である。
「紅魔館にいるマスターにも伝えてくれ、私は停戦を望む。争うつもりは無いと」
ジキルと妹紅の焦りもよそに慧音はかねてから決めていた言葉を紡いだ。
「私の望みは聖杯戦争の終結、聖杯の破壊だ。
何故かと疑問に思うだろう、それについてもしっかりと話す。まずは――」
「それは聞けねぇ相談だなァ」
慧音の言葉を遮るその声は新たな参戦者が現れた合図だった。三人はその声を目で追った、そこに居たのは――。
「おい、もやし小僧。何オドオドしてんだアンタもサーヴァントだろ?」
月夜に溶け込むような青い衣装、その中で一層朱く輝くのは呪いの朱槍。その者の名は。
「ランサー、クー・フーリンだな」
素人であろうとひと目でわかるその力量、圧倒的なプレッシャーを放つ猛者が門の方向からゆっくり歩み寄ってきた。
「おおっと嬢ちゃん、俺のこと知ってるのか?それは――厄介だな」
一瞬だった、一瞬で間合いを詰めた蒼き閃光は慧音の胸の前にその槍の切っ先を向けていた。
――命というのは一瞬で消え失せる。
そして命を救うのも一瞬だ。
呪いの朱槍の一閃は呪いの聖剣の一振りによって阻まれた。
「貴様が本当のセイバーか……。ハハッ、面白くなってきたじゃねぇか」
霊体化を解いたセイバーはその大剣を横に薙いだランサーはそれを大幅に後ろに跳躍することで回避した。
「マスター下がっていろ、ここからは俺の役割だ」
慧音は対話は望めないと判断したのか指示通りに下がる。それとは正反対に妹紅はジークフリートの隣に並び立ちその拳から火花を散らした、言葉はなくともわかりやすい参加表明である。
「おいバーサーカー!お前はどうする!戦うか否か!」
ランサーの問いかけにバーサーカーは。
「……済まないランサー、マスターからの指示だこの戦いでは僕は中立だ」
「へぇそうかい。むしろそっちの方がありがたいがねぇ」
そのどっちつかずな反応に特に感慨などなくランサーは自慢の槍を握り、改めて構えをとった。
「2対1だ、卑怯だなんて言わねぇさ……二人まとめてかかってきなァ!」
その言葉が合図となり戦いの火蓋が切って落とされた。
一言で表すのならその戦いは壮絶なものだった。辺り一面に撒き散らされた大量の血と蒸発した田圃の水の蒸気がその戦いの凄まじさを物語っている。と言っても血はただ1人のものであるが。
肉が飛ぶ、指が飛ぶ、腕が飛び、血が吹き出す。ランサーに弾かれた妹紅の双腕が宙を舞っている。
炎が燃え上がる、腕が生え、指が戻り、肉が再生する。セイバーの大剣の一振りと共に妹紅の炎を纏った拳がランサーに降り掛かる。
しかし、その
ランサーの渾身の一刺しを受けてもセイバーの肉体には傷はつかず、妹紅の肉体は滅び再生し傷がつかず。
――はっきり言って一進一退というレベルでなく決着がつくことがない戦いだ。その戦いを見守る慧音はもちろんサーヴァントであるバーサーカーでさえ時間を忘れるほどに固唾を飲んで見守るほどの戦いであった。
妹紅の体が槍の柄で弾き飛ばされセイバーの大剣から放たれた剣撃を引き戻した槍で防ぎ、その衝撃を和らげるためランサーが後方に跳躍をしたところで数時間にわたる猛攻に一旦のピリオドが打たれた。
「なかなかやるなセイバー。アンタの技量、この聖杯戦争において一二を争うものだろう。我が魔槍を受け立ち続けるその身の名を知りたい」
セイバーはマスターである慧音に視線を向ける。しかし圧倒されている彼女がその視線に気づくことは無かった。
「ネーベルラントの遍歴騎士、ジークフリートだ」
そして名乗った。それはこの身に傷をつけずとも確実に倒しに来たこの男への最大の敬意の表れでもあった。
「ジークフリートか……ではオレも改めて名乗らせて頂こう。
我が名はクー・フーリン太陽神ルーの息子にして赤枝の騎士。
そして我が宝具を以て、この名をその身に刻むが良い!」
その宣言を皮切りにランサーの槍が激しく光り出す。うねる魔力を感じセイバーは剣を構え直し攻撃に備えた。
「その心臓、貰い受ける―――!」
より強く輝き出す
一歩を踏み出す、それは確実にセイバーとの間合いを詰めた。全身の力を朱槍を掴むその剛腕に乗せる。
「―――
必殺必中の槍、ゲイ・ボルグ。その真名を解放した時点で「《《心臓に命中した》」という結果が作られる。故にこの宝具が放たれた時点で相手の死は確定している。
その槍は今、セイバーの胸に―――ッ!
「私を……ッ!忘れるな―――――ッ!!」
否、断じて否!貫かれたのはセイバーの心臓ではなかった、呪いの朱槍はセイバーを庇った妹紅の心臓を貫きセイバーの胸には槍の切っ先が浅く刺さるのみだった。
セイバーはそれを避けることが出来た、しかし退けることはできない。それは彼の戦闘スタイルによるものでもあった。その身に宿した龍の鎧が因果律の操作をも防ぐのかは分からない。しかし『心臓を貫くという結果』を与えられたその槍は『
故に、セイバーの胸に空いた浅い刺し傷は単純なランサーの腕力によるものだ。矛と盾の戦いは思わぬ横槍によって有耶無耶のまま終結した。
ランサーはゆっくりと槍を妹紅の胸から引き抜く、リザレクションが発動していないということはまだ生きているということだ。
「まさか不死身の嬢ちゃんが庇いに来るなんてな。あんた
「妹紅……!!」
勝負は終わりだと言わんばかりに先程までの殺気を引っ込めたランサー、すべてを俯瞰から見ていた慧音もたまらず飛び出してきた。
そうして倒れ込む妹紅を抱きかかえるセイバーは、なぜ自分を庇ったのかと困惑していた。戦いの最中、彼女の体が不死身であることをマスターから聞き及び、この目で見たとしても、自らをかばって死にゆく妹紅に申し訳なさで胸が埋まっていった。
「オレも調子に乗りすぎたな。また戦場で会おう。次戦う時にはアンタのその胸に風穴を空けてやる」
そう言うとランサーはいつの間にか登っていた朝日の空に消えていった。
「妹紅!妹紅!返事をしろ!なぜリザレクションしないんだ!」
肉体の再生が始まらない妹紅の肉体にすがりつく慧音の瞳には涙が浮かんでいた。そしていつの間にか角に尻尾などの白澤の様相は無くなっていた。
「すまない、マスター……。俺がこの肉体に慢心していたばかりに……」
朝日に照らされて静かに目を閉じている妹紅は死んではいないが再生することもなく浅く呼吸をするのみだった。胸の間大きな傷を無視したならそれは安らかに寝息を立てているようにも見えた。
「回復阻害の呪いだ……」
今までずっと傍観をしていた者が口を開いた。
「クー・フーリンの使うゲイ・ボルグには心臓を必ず貫くという能力以外に回復阻害の呪いがかかっているんだ。
彼女が不死身だとしても上塗りされた呪いの影響で回復ができないのだと思う」
「バー……サーカー?なぜ彼と同じ陣営の貴方が教えてくれるんだ」
バーサーカー、ヘンリージキルは仲間の情報を公開した。それはマスターの命令ではなくバーサーカー自身の判断だった。
「僕にも僕なりの考えがある……それより呪いを解呪できれば彼女も助かる希望がかもしれない」
「……博麗神社だ。博麗神社に向かうぞセイバー、妹紅を担いでくれ」
涙を無理やり拭って立ち上がる慧音はバーサーカーの言葉を心から信じた、妹紅の呪いを解くためにまっすぐ朝日を見つめた、博麗神社は朝日の下にある。
――セイバーは妹紅を抱きかかえ、数時間前のように早足で歩く慧音に追従した。そうしてそれにバーサーカーも同行する形になった。
「バーサーカー、君はなぜ我々に協力する?マスターの指示なのか、それとも――」
「僕は貴方達に正義を見たんだ」
ただそれだけ――バーサーカーはそう言って会話をやめた。セイバーもそれ以上聞くこともなく慧音に続く。
風切羽を切り落とされた不死鳥をもう1度羽ばたかせるために一行は博麗神社へと向かうのだった。
「どうやら総てのサーヴァントが召喚されたようですね。――ようやく本格的に聖杯を巡る殺し合いが始まります。
一度全員を招集した方が良いのではないでしょうか?」
セイバー達の目的地である博麗神社ではまだ寝間着姿の霊夢とルーラーが縁側に並んで茶をすすっていた。
「いやよ、めんどくさいし。全員集めたところであんたお得意の口先で場をかき乱すのは目に見えてるんだから」
「ははは、手厳しいな」
ルーラーと霊夢の付き合いは決して短い訳では無い。しかし互いに相容れないのは恐らく信仰の違いであり持ち合わせている属性の違いだろうか。霊夢の厳しい評価に気にしてるのか気にしてないのか分からない表情で茶をすすると、視界の端にスキマが広がった。
「でも、全員が揃ったなら一度アナウンスすべきよね」
その隙間から半身を出し言葉を発したのは八雲紫、この幻想郷の管理者の1人であり妖怪の賢者でもある。
「そうですね、呼ばないまでもこの妖怪の能力でアナウンスをかけるべきだと私も思いますよ」
紫の意見に乗っかるルーラー、それに嫌な顔をしながら霊夢は渋々と了承した。
「でも私はやらないからね、紫あんたがやりなさいよ。私は別にやることがあるんだから」
そう言って湯呑みに入っていたお茶を喉に流し込むと立ち上がって本殿の方に引っ込んでいってしまった。
「吸血鬼異変から10年ですか……早いものですね」
「ええ、あなたが召喚されてから10年でもありますからね。
まさかあなたが召喚に応じるとは思いませんでしたよ」
「聖人だって叶えたい願いはあるのですよ……さて、魔力消費も馬鹿ではありません。私もしばらく休むとしましょう」
そう言うとルーラーは霊体化し消えていった。
「10年……いいや100年以上です……ついに聖杯戦争を始められる」