Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯   作:馬の羽根

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第7話 1日目 朝 『願い』

 遠い記憶だ。人にとっては、だが。

 

 全てに絶望し、凡てを諦め、総てを捨てた。

 

 ――――暗い。寒い。陰鬱とした記憶。

 

 私にとって忌まわしき記憶。

 

 世界に絶望した――。

 復讐を誓った、私怨だということは理解してる。

 ただ、父を乏したあいつを見返したかった。だが世界は私を拒絶した。

 

 正義を諦めた――。

 見返りを求めたわけじゃない。認められたい訳でもない。

 ただ、共に生きたかったのだ。

 だが私の正義は悪にならずとも糾弾された。

 

 人を捨てた――。

 拒絶され、弾劾され、誰にも理解されなかった過去の私は逃げるように隠れ住んだ。

 ただ、人外だと恐れられることが怖かったのだ。

 

 ――しかし、私は人であることを捨てた。

 

 

 この姿になった時は身体が思うように動いていた。機能の話じゃない、気持ちの話だ。

 

 いつからだっけか、変化が嫌いになったのは。

 

 変わり映えしないこの竹林の景色は私に似て、本質は変わり続けている。

 

 私の心は本当は変化を望んでいる。肉体に従う必要は無いと叫んでいる。

 

 憎い、私の心が憎い。自ら変化を捨てたクセに、誰よりも変化を望み続ける藤原妹紅の心が。

 

 ――私自身が憎い。

 

 錆び付いた身体は既に名乗るべき名前はなく。

 

 ()()の私に刻んだ()は妹紅という忌み名。

 

 誰か私に正義を教えてくれ。

 

 誰か私の名を呼んでくれ。

 

 ()()()()()()()()――――――。

 

 

 魔法の森、その最奥で刃が混じり合う音が鳴り響く。

「ハッ!まさかたった一夜でこんなに出会えるたァな!」

 セイバーとの戦いを終えたランサーは一度紅魔館に戻るために魔法の森を横切っていた。その途中、またしても新手のサーヴァントに遭遇し交戦していた。

 影を移動し背後に回る、切り伏せたかと思えばそれは(まやか)し。腕や脚に仕込んだ刀で切りかかり、危険となれば飛び道具にて牽制。はっきり言ってやりにくい相手だ。

「しかし、まぁ奇怪な身体をしてやがるな。アサシン、貴様人間ではないな?」

「…………」

「ハン、別に返答は期待してないがな」

 そう、その戦闘スタイルは正しく暗殺者だった。その体躯はしなやかで身軽、攻撃手段は多岐にわたり相手に動きを悟らせない。

 そしてその暗殺者の特徴である身体は――絡繰りで出来ていた。

「――――ッ!」

 アサシンの背中から弾幕が放たれる、それはランサーにあたる前に槍に弾かれ地面や木にぶつかった。しかしその弾幕からは煙幕が放たれランサーの視界を覆った。

「煙幕か暗殺者らしいみみっちい手段じゃねぇか。まぁそんなもの、効くわけはないが――」

 風を切る音が耳を掠めた、これはアサシンの刃でもミサイルじみた弾幕のどれでもない。音源を掴み取る、その正体は――矢であった。

「新手か――ッ!」

 複数の矢が音を立て標的に向かう。その(ぞく)が狙うは猛犬、喉元をめがけ確実に命を狙う。視界の悪い煙幕の中での出来事だ。矢を番えた弓の影すらも把握出来ない。しかし、それは相手も同じはず。

 それでもその一条(いちじょう)は確実にランサーを補足しているのだ。

 ランサーの力量ならば対処はできるが、この場にはアサシンもいる。下手に動くと無傷では済まないだろう。ならばとランサーは宙に文字を刻む。

kano(カノ)!」

 それは松明の灯り、火を灯すルーン。遠見の術でもあるその文字は辺りを照らしながら拡散し、視界を覆っていた深い煙を矢ごと焼き払った。

 広くなった視界に映ったのは朱の着物と5人張りの強弓、そしてアサシンの姿は何処かへ消えていた。

「逃げられたか」

 その事についてはいい、今は堂々と姿を現したあの弓兵に意識を向ける。矢を番えている様子はなく、こちらを見よと言わんばかりに胸を張り仁王立ちしていた。

 

「やあやあ!遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!この龍の地に顕現せし我がクラスはアーチャー!武人の戦いに水を差したことを詫びよう。

 しかし名を連ねる歴人共が聖杯に集う此度の戦争故に、水に流してはくれまいか」

 

 魔法の森全土に響き渡るのではないかというその声量はそれだけでランサーの心をも震わせた。

「別に構わしねぇよ弓兵、それよりオレとやり合おうってんならさっさと矢を番えた方がいいぜ」

「ハッハッハッハ!吾もそうしたいが唯ならぬ気配を感じマスターには無断で来てしまったのでな、本気を出すわけにも行かぬ。

 貴様と戦うには本気でやらねば此方が危ういだろうからな」

 アーチャーの言い方ではまるで戦わないような言い分だ、それでは何故アサシンを手助けするような真似をしたのか……。

「貴様を見込んで頼みがある。いやなに、機会があればで良いのだが。我がマスターの前で(オレ)と全力の全力、全てをかけて戦って欲しいのだ」

「あん?そりゃあ構わねぇが……」

 疑問に思うのは当然のことだ、聖杯戦争において全ての戦いは死力を尽くす全力の闘争である。それを改まって願うというのは、無類のカレー好きにカレーが好きかと聞いているようなものだ。

「うむ、不審に思うのも当然だろう。ここで戦わぬのかと。――だが(オレ)には使命がある……。そう確信しているのだ。故に今ではない、その使命を遂げたならば今一度吾にその長槍を向けるといい」

「断ると言ったら?」

 受ける道理はない。損もないが請け負って益がある訳でもない。今ここで戦ってしまえば良い話なのだから。

「その時はその時だ。吾は別の益荒男を探すとしよう」

「――いいぜ、受けようじゃねぇか。こちらも元より、まだ本気で戦うわけには行かねぇからな」

「快い返事、感謝する。ではいずれ相見(あいまみ)えようぞ」

 アーチャーはどこかへ消えていった。その場に残されたのはランサーただ1人、不完全燃焼といった表情だが気持ちを切り替え紅魔館へと足を進める。

 

「あーやだやだ、もっと単純な頼みだったら気持ちよく受けたんだがねぇ」

 

 この聖杯戦争においてあの願いが成就するとも限らない。例えばあの異様に頑丈な騎士に出会ったならばアーチャーだろうと万全で勝てるとも限らないだろう。それでも願うということは、その使命は重いものなのだろうか。それに、マスターの前でというのも気になるところだ。

 彼をそうさせるマスターとはいったい――。

 

「ともかくこれで全部か……。今回の聖杯戦争は案外早く終わるかもしれねぇな」

 

 負ける気はしねぇが。と心で呟いたランサーの瞳は狂戦士のそれのようだった。

 

 

 

 朝を告げる小鳥の鳴き声、窓から差し込む登り始めた陽の光で目が覚める。

 静かな朝だ。しかしその静寂を打ち破る者が現れるのがこの香霖堂の常だ。

 

「よーぉ香霖!邪魔するぜ!」

 

 ほら来た、ドアを蹴破る音は寝室まで響いてきた。景気のいい事だな。

 

「やぁ魔理沙、こんな朝からなんの用だい。君ってこんなに早起きだったか?」

 

 白黒した魔術使いはやけに大きな荷物を背負っている。まあ、おおよそこの店に泊まるとか言い出すのだろうが……。僕の予想では魔術の実験で失敗して自宅が半壊したってところか?

 

「強いて言うなら遅寝な方だな」

 

「なんだ、また徹夜したのか。成長期には毒だな」

 

 こうして泊まりにくるのは別に珍しい事じゃない、魔理沙だけでなく霊夢だって泊まりに来ることもあるのだから。だがここ最近はそういうこともなかったな、別にどうだって良い――というつもりは無いが。

 そのくらい久しいことだ。

 

「その荷物、今日は泊まって行くのだろう?店のものに傷は付けないでくれよ」

 

「わかってるって。それにしばらく厄介になるから、私の昔の工房使わせてもらうぜ」

 

「工房か、別に構わないが――いや待て魔理沙、ちょっと右手見せてくれないか」

 

 魔理沙の変に隠していた右手に赤いあざのようなものが浮かんだ気がしたのだ。体に浮かぶ字のような紋章、アレは――。

 彼女の右手を引っ張ろうと手を伸ばす……がそれは喉元に現れた剣の切っ先により阻まれてしまった。……やはりか。

 

「余のマスターに触れるでないぞ、魔術師」

 

 現れたのは真紅のドレスを身にまとった何処かあどけなさを残した女性だった。いや少女か?魔理沙より少し上かそこらの年齢に見える。少なくとも見た目年齢などこれらには関係ないのだが。

 

「魔理沙、君――」

 

「お前キャスター!さっき説明しただろって!」

 

「あいたぁ!何をするのだ魔理沙ぁ!余の玉の肌を抓るとは……跡が残ったらどうしてくれるのだ!」

 

 黒と赤が揃えば問答無用で騒がしくなるのかここは……?

 

「あぁっと香霖?これには色々深いわけがあってだなぁ……」

 

「いいや大丈夫だ、まさか君がサーヴァントを召喚するとはな」

 

 僕の言葉に身構える魔理沙のサーヴァントと驚いた表情の魔理沙。まあそうなるだろうなとは思ったが、それなりに来るものがあるな。

 

「待ってくれ、僕は今回の聖杯戦争には参加していない。ただ単に事情通ってだけだ」

 

 そう言って自らの両手の甲を差し出す。令呪は宿ってないからな、なんだったらここで脱いだって構わないが。差し出された手をマジマジと見る彼女らはちょっとだけ滑稽だ。

 

「分かっただろう?他のマスターに協力してる事も無い。しかし、よく僕が魔術師って分かったな?魔理沙に聞いたのかい」

 

 魔理沙の表情を見るに僕の情報はサラッとだけ伝えただけか、それじゃあ僕の妖力を――あぁ、いや。そう言えばキャスターか、それなら分かるだろうが剣を持ったキャスターなんて珍しいな。

 

「余は全てお見通しというやつだ」

 

 自信満々で胸を張っている……まあそういうところでいいか。ともかくこの場でわたわたしてても始まらない。

 

「僕は今回中立だ、積もる話もあるだろうし。まずは上がってくれ、お茶くらいなら特別に出してあげよう」

 

「私も混じってもいいかしら」

 

 はぁ……次から次へと。

 

 開かれた扉の前には人形のような少女、アリス・マーガトロイドが立っていた。傍らには忍者のような人形がいる。恐らくそれもサーヴァントだろうが、何ともわかりやすい組み合わせだ。

 

 しかし――ついに始まったのか、第3次幻想聖杯戦争。前回から58年経ったか……60年と聞いていたが少しだけ早まったようだな。彼女たちにはそれについても話すべきだろうか?

 いや、その前に今すぐにでも戦いだしそうなサーヴァントを引っ込めてほしいが……。

 

「ともかく上がってくれ、ここは休戦ってことで刃をしまって、お茶でも飲もうじゃないか」

 

 店を荒らされても困るからな。

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