あれから時間が経ったこともあり。
こゆりさんは何回か家主さんに会いに来ていた。
流石に前回のようにグイグイ来ることはなく。
日をおいて、手土産を持ってきたり、世間話や牛木草の話をしては帰っていく。
しかし家主さんは複雑なようで、毎回怯えるような顔をして、辛そうにしていた。
だから迷惑だって分かってたし、部外者だって自覚していたけれども、私は放っておけず、許可を取って一緒についていくようになったのだ。
それをこゆりさんは気にしていないようだった。
……あからさまに“見張り”をしているのに、嫌味に感じたりしないのだろうか。家主さんは私が隣にいると、ホッとした顔をしているのだが……。
…………。
結局、私は私がして欲しかったように、家主さんの手を握ったり、ただ「大丈夫」と言うことしか出来ないのだろう。
たとえそれが、どんなにこゆりさんにとって失礼でも、私は家主さんを守る。
私はそう決めてる。
でも、こゆりさんの話は、私にとっても無視出来るものじゃなかった。
「――え? 牛木草が、どうしてこうなったか……ですか? ……そりゃあ、まあ色々とありますけど……」
そうやってこの際とばかり、彼女の体験談を交えて話された内容は、以下の通りだった。
まず、こゆりさんは今から二年前に契約したらしい。
ちょうど魔法少女が増え始めた時期だ。
当時は今よりももっと周りと話せかったようで……というより、昔から人間関係で上手くいかなかったようで……次第にただ黙って人に従うようになり、そのため「あたしはあたしを押し殺すべきなのか、それとも、あたしはあたしを貫き通すべきなのか」……その正解を知りたいと願ったのだそうだ。
そしてその結果、手に入れたのが金属操作の魔法だ。
変わりたいし、変わりたくないという、中途半端なこゆりさんの思いが反映された、どんな形状にも自由に変化する、液体金属を操る魔法。
そんな強力な力を手に入れるくらい、こゆりさんの魔法少女としての才能はずば抜けていたが――
「あたし、家を出た直後はものすごく荒れていて。人を助けるためとか言いながら、逆に弱い子をいじめてる魔法少女を叩きのめしたり、暴れたい放題だったんですよ。で、その評判を聞きつけて歌羽がやってきたんです」
その古鐘歌羽というのが、牛木草の前リーダー。
元々は新人でありながら前々リーダー、恵比寿小豆のもとで働く部下だった人だ。
――実はその頃、牛木草では小豆さんを中心に、新しい共同体が出来始めていた。
名をプライマリーカラー。
通称、原色と呼ばれていた。
「それはすべての元となる色彩。すべての礎となる存在でした。一つにまとまらなければ大変なことになるからと組織されて……実際、恵比寿小豆は信頼も厚く、先見性もあったので、誰もが彼女を認めていました。しかもあたしのような奴も引き入れてくれて」
他にも恵比寿小豆は、色々なことをやっていたという。
目安箱を置いて情報収集をすると共に困り事を解決。
牛木草を東西南北、四つの地区に分け、それぞれ顔役を置くことで全体を統率。
その顔役だって、ベテラン、中堅、新人と、バランスよくバラけていた。皆から不満が出ないようにと、そこには配慮が伺える。
「その共同体の中で、私は今の仲間達と出会いました。歌羽、柘榴、……ニッカさん。……あの頃は楽しかった。あのまま、その時間が続けば良かったけれど――」
――そうはならなかった。
織部エルが、恵比寿小豆を殺したからだ。
「……おかげで共同体は大混乱。次のリーダーには歌羽がなったんですけど、小豆さん程上手くはいかなくって……最終的にエル率いる外部の魔法少女の集団と、歌羽が率いる原色がぶつかり……共倒れになりました」
そうして共同体は崩壊した。
秩序はなくなった。
後に残ったのは余計な遺恨と、誰が味方か分からない環境だ……。
……そんな状態であっても魔法少女は増えるばかりだったから、皆、好き勝手し初めるのにそう時間はかからなかっただろう。
「そもそも、この牛木草は貧富の差が激しいですからね。虐待、差別、貧困……追い詰められた人間は他人を助けません。それどころか、どうにかしようとしていた顔役の人達も逆恨みされて。対話しようとしてたのに、騙し討ちで殺されました。残ったのはニッカさんだけになりました」
だからこそ、すべてを失ったこゆりさんは、死んだ仲間のためにも、日華さんを支え続けることにしたらしい。
かくして狼王、白亜日華は、修羅のように牛木草を暴力で支配しようとした。それでも牛木草の魔法少女の素質は優れており、抵抗を続けている彼女達は一筋縄ではないかない。日華さんは魔法少女を基本信用しておらず、話し合いをする気はさらさらないらしい。
「あたしだって、無駄だと思ってます。平穏に行きたくたっても、ここはグリーフシードが多くある狩場だから。力のある奴はみーんな頂点に立ちたがる」
「……」
「とは言え、その裏で弱い魔法少女が犠牲になっているのも事実。あたしやニッカお嬢も、彼女達を抑えつけていられないことに関しては、言い訳の余地もない……」
そうやって、こゆりさんは口元に自嘲を浮かべた。
それは重く、自らを攻める、見ていて痛々しくなるような沈んだ顔だ。
しかし、他にやりようがないのも事実だろう。
弱い魔法少女を切り捨てなければいけないくらい、牛木草の状況は詰んでいる。
まず今も新人が増え続けている以上、抱え込み続けてはすぐにパンクしてしまうだろう。そして牛木草はこれでも、周りと比べるとまだ安全地帯だ。そのため他の地域からはひっきりなしに他所の魔法少女が流れ込んでくる。挙げ句の果てには、彼女達を隠れ蓑に、牛木草を乗っ取ろうとする輩もいるくらいだ。
つまるところ、内でも外でも問題が多すぎて、火種を最小限にすることしか出来ないのだ。
逆にここまで現状維持出来ているのも、日華さんのおかげと言える。
それはとんでもない功績だ。
より牛木草の状況を調べるうちに、こりゃどうしようもないと、私だって笑ってしまったくらいだ。
それでも……まさか過去、牛木草がまとまっていた時期があったなんて知らなかった。
もしそのまま平和だったらどうなっていただろうか。
少なくともイジメられたり、グリーフシードを盗んだり、惨めな思いをせずに済んだだろう。それで私も……いや、たらればよそう。
考えるだけでどツボにハマりそうだ。
――そう。
私は昔の牛木草の状況を聞いて、羨望してしまったのだ。
純粋に良いなあって思ってしまった。
そのくせ、こんな凄惨な話を聞いたにも関わらず、何処かもやもやとした気持ちにもなっていたのだった。
それも上から目線で偉そうに。
……まったく、醜く自分勝手な考えだ。
言い訳の余地もないと良いながら、でも実際のところは、ただただ目を逸らしているだけなんじゃないのかって。こゆりさんの灰暗い瞳が物語っているのだ。
……良い加減、何もかもを終わりにしたい。
それが尚更、私の心の内側を擽る。
だって……私はまさしく弱い立場の人間だったんだから。
その立場から言わせてもらうと、こゆりさんの言葉はたまったものではない。
確かにこゆりさんや日華さん、牛木草のまとめ役には同情する。大変だし、頑張ってるんだろう。
だが、私は搾取されたことを覚えている。
後輩が死んだことも忘れられない。
だから諦められたら冗談じゃないし、ちゃんと悪い奴は取り締まって欲しい。
何故――何故、初手で問題を大きくするようなことをしたのだろう。
手を差し伸べず、暴力を持って皆を抑えつけたなら、当然、元あった憎しみは余計に膨らんでいくのに……。
……。
……いや、けれどもやっぱり、それもしょうがないことだったのだろう。
大体何もしなかった訳がないじゃないか。二年もあったんだぞ。
それに私が同じ立場だったらとっくに逃げ出してる。
そこを踏み止まっている時点で……私は彼女達を攻められない。
「それで君は……ずっとずっと戦い続けてるっていうの? 終わりの見えない中で……」
「……、妨害されていると感じている時がありますね」
そして家主さんがそう聞いた時も、唐突に不可解なことを言いながら、こゆりさんは灰暗さを感じさせるように、微笑んだのだ。
「色々とやってもすぐに、上手くいかなくなるんです。かと言ってキュゥべえを皆殺しにする訳にはいきませんしね。“そこには何かの意思を感じる”」
「……意思」
――と、そう言い放ったこゆりさんの言葉にドキリ……としたのは言うまでもない。
だって、“何もしなかった訳がない”と考えたばかりだったのだ。
まるでその答えを言い当てられているように思えて。加えて、こんな異常な状況を作り出している何者かがいるなんて、心底恐ろしかった。
「……」
ていうか良いのかこれ。
今、とんでもないことを聞いている気がするぞ。
こんな他の地域に入り浸ってる、末端の雑魚が知って良い事実なの?
すると、再び私の疑問に答えるよう、思いの外真剣に言われた。
「既に一部の人は知っているので。口外してもらわなければこのくらいは大丈夫です。それに、夏音。貴女だってここにいる以上、知りたいことは知りたいでしょ」
「だ……だからって」
「――まあ、さっきも言った通り。今言った情報は、知っている人なら知っている程度の秘密です」
曰く、自分だけでなく他の人も大勢動いているらしい。
むしろ問題は、その調査で浮かび上がってきた“目撃情報”の方だ。
「どうも“糸使い”――変な女が、牛木草の事件の裏側で見かけてられているようなんです。しかも、魔法で隠蔽された痕跡すらある……」
それはもう、とてもとても厳重に隠蔽されていたそうだ。
長ければ一年、短くて数週間……。
根気よく数人係りで怪しい子を片っ端から調べ上げ、やっとここ最近になって封じられた記憶の蓋がこじ開けられた。つまりこゆりさんもまた、直近になって“糸使い”を思い出したのである。
「もしかしたら、他にも色々とやっているのかもしれません。……とは言え偽の記憶かもしれないのは、既に言った通りですが」
「……。……君さ、前に話してたよね。エルってのがミズハと関わりあるって。そいつの弟がミズハと同じクラスだったんでしょ?」
「はい」
「……ってことはさ、妙な繋がりがあるわけで、こゆりちゃん的には、ミズハの死は利用されたって思ってるの? ミズハは“誰か”に誘導されて殺された、と――」
「はい」
こゆりさんは断言した。
貶められた。辱められた。その死は決して、正しいものではなかったはずなのだ――確信するような言い方だ。
「でも、推測がきっと間違っていたとしても、ミズハが死んだのは本質的に全部、キュゥべえが悪いですよ。それでもし貴女が責任を感じていたとしても……気に病む必要はないと思います」
「……そうかな?」
「ええ……」
そうやって気遣うように頷くこゆりさんは、何処か控えめで、あの人見知りでおどおどしていた時と同じような雰囲気を纏っていて、恐らく“素”のままに、心のままに、そんな言葉を送ったのだろう。
だがしかし。
家主さんの表情は……あまり、良いものではない。
そのため、これ以上は踏み込んではいけないと、悟ったのだろう。
こゆりさんはそこで会話を切り上げたのだった。
「これ、お土産です。よければ食べて下さい」
と、廃墟暮らしと言う割にはどうやって買ったのか疑問が残る程、豪華な菓子折りを、最後に渡して。
その際、私はずっと言えなかったことを――仮面のことを言ったのだが。
「あの、柘榴さんにお礼を! あの仮面のおかげで私は――」
「気にしないで良いわ」
こゆりさんは意味深気に、私に何らかの感情を瞳の奥で覗かせた。
「良く考えてみれば、貴女には生きてもらわなければ“困る”もの。ずっと大切にしていてね、その仮面」
――そして、彼女は帰っていった。
◆◇◆◇
……あれ以来、私はずっと気になっているのだ。
あの言葉の意味を。
こゆりさんの真意を。
こゆりさんは一体、何を考えていたのだろう。
……確実に言えることは、こゆりさんが“私”よりも、家主さんの方を重要視しているということだ。
勿論、死んで欲しいと思われていないだろうが、いっそいてもいなくても、目的が変わることはないだろう。
だが、しかし……。
私が危険な目に合ったとしても、それはそれで困るのかもしれない。
家主さんが怒って、耳を貸さなくなる恐れがあるとか……ただでさえ不安定な家主さんを追い詰めることになる……とか。
後は、私を絆しておけば、家主さんの警戒も解けるだろうという狙いもあったに違いない。
まあ、どっちにしろ、あまり気持ちの良い話ではないか。
大体、話が面倒臭すぎる。
牛木草を地獄に落とした人物がいて?
しかも、そいつを探し出したい?
気持ちは分からなくもないが、何故……家主さんが巻き込まれなければならないのだ。
家主さんは早島の人間だろ。牛木草の問題に手を貸す理由なんて何処にも――
それに私にとっても、これは首を突っ込みたくない厄介ごと。
ただでさえ生きるのに必死なのに、牛木草のために何かが出来るのだろうか。
つーか、たかが知れてるだろ。私如きがどう足掻いたところで。
それよりも、今この瞬間を、どう無事に乗り切るかの方が大事だ。
一年先も、まだ見ぬ大人になった先も。私はもう、未来を何も思い描けないのに。
なのに……何で。こんなにザワザワするんだろう。
――ほんっと。
意味分かんない。
仮面のことで柘榴さんを探すも、空振り気味だし。
ハア……と心の中で溜息。
加えて――
「おい菊名。話ちゃんと聞いているのか?」
「…………」
「菊名?」
「……はい先生」
今こうして久々に学校に来て、先生に怒られていることだけでも気が重い……。
原因は何だって?
……期末テストだよ。流石に成績に関わるから、来なきゃ不味いということで登校したのだ。
で、案の定、こっ酷くお説教を受けているという訳だ。
「まったく。お前と来たら、今までは優等生だったのに。今頃になって――」
それから。
ピーチクパーチク。
うんぬんかんぬん。
どーでも良い内容ばかりを話される。
正直つまらな過ぎて、先生の話はとにかくタルい。テキトーに相槌を打ちつつ、外面だけは反省してます、という感情を貼り付けて、黙ってただ終わるのを待つ。
すると、それが効果的だったのか、恐らくストレス発散で怒りたかっただけの先生は、やがて満足そうにして、
「分かったなら下がりなさい菊名。この後のテストもちゃんと頑張るんだぞ」
「はい」
「ちゃんと明日から学校来いよ」
「はい。失礼します」
私は一言挨拶をして、職員室を出ていった。
廊下を歩き、教室に戻れば、休憩時間だからかヒソヒソとした話し声。
それは私への悪口や、どうしたんだろうって、好奇心からくる話。
やっぱり先生の説教と同じで、全部どうでも良い。
この心の中のモヤモヤに比べればよっぽど。
「はいはい、席につきなさい」
そうやってクラスがガヤガヤしていると、いつの間にか先生がやってきて、次のテストの時間になる。皆は一斉に黙って、自分の席に戻った。
テスト用紙が配られて、先生が試験開始の始まりを告げる……。
◆◇◆◇
「……」
それでまあ、テストの結果は……勉強していたのあってそこそこだと思う。
苦手な教科だったが、今回は暗記が中心だったので、悪い点数にはならないだろう。
クラスの中には、一息つくような雰囲気が流れている。
とは言え、まだまだ二大難関、英語と数学が控えている。
既に賢い子、必死な子、余裕そうだが熱意がありそうな子は教科書を開き、予習を始めていた。
しかし、私もそうしたかったのだが、幸か不幸か。
トイレに行きたくなったのだ。
だが慌てて女子トイレに向かったが、部屋は全部埋まっていた。
というか外にまで列が出来ていた。
こういう時に限って、皆、考えることは同じらしい(大体個室が少ないのも悪いのだ)。
これではテストまで間に合わない。
しょうがない。
一か八か。
私は上の階――どの学年も使っていないフロアまで上がって、その隅にあるトイレに全力ダッシュをかまし、用を足した。
で、何とかギリギリだー、と帰ろうとしたその時。
「……?」
そう、その時だ。
高いところだからか、ふと、窓の外から下の様子が見えたのだ。しかもその場所は丁度グラウドの反対側で、建物の死角になるような位置だった。
何かがおかしいと思うのは当然のことだっただろう。
立ち止まって凝視する。
それは物陰に隠れてコソコソしている、豆粒のような、全身黒づくめの人影……。
アレは何だ。
男……まだ若い。手には刃物のようなもの持っていて――
「!?」
思わずギョっとする。
視力を魔法で強化。すうっと視界が鮮明になるなか、男の首筋には不思議な紋様が浮かんでいるのが確認出来る。
その紋様には覚えがあった。
私はぼんやりと呟く。
「魔女の……口付け」
この最悪なタイミングに怒りを覚えながら。
・100話記念 夏音設定語り 1
主人公、菊名夏音のコンセプトは、もしほむら以外に過去に遡ることが出来る子がいたら?というイフ。
実は夏音の前に原型のキャラがいたが(没になったオリジナル作品の主人公)、その頃はイメージカラーがオレンジで、武器も薙刀だった。
ほむらとは別の性格、目的を持つために、ほむらより壊れてしまった女の子。
ほむらと同じく時間遡行が出来るが、どちらかと言えばドラえもんのタイムベルトに近い能力で(ほむらの能力をコピーしたが、劣化、変質した)、
“肉体”ごと時間を移動するために普通に年を取る。
ほむらと比べれば合理的であり、情はあるが他者を利用し、切り捨てる選択肢をとる。
そのため彼女の時間旅行は、その“目的”もあってか、ゲームで言う周回やリマセラ、隠しルート探索をずっとやっているような感じだった。
年齢は十六歳。
シンボルマークは十字架。ソウルジェムの位置は服の裾(お臍ら辺)。
色は赤。
髪はオレンジ色で、目は青。腰まで届く長髪で、普段は横に結んでいる。
尚、十四歳の時は眼鏡をかけていて、髪の長さも肩までだった。この頃は入理乃のように二つ結びをしていた。身長は百五十七センチぐらいで普通より少し高いくらい。
【挿絵表示】
通っていた学校は牛木草市立輪道中学校。制服はセーラー服。
好きな教科は国語、英語。苦手科目は理科、数学。
社会は好きでも嫌いでもない。成績は普通より少し良いくらいで、この頃は真面目に勉強していたが、十六歳時にはほとんど忘れてしまっていた。
夏音としては、高校進学への未練がかなり強かったようである。