魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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戦闘シーンは難しい


裏舞台・具

 ――異界が現実を塗り潰す。

 この世あらざる異質な世界。

 使い魔の時と、結界のデザインはほぼ同じだった。

 

 そう。

 地面のあちこち刺さる無数の文房具。宙空に浮かぶ数式。

 そこは校庭を模したような空間だ。

 

 ただし、違いがたった一つだけ。

 その中心に大きな巨木が生えているのである。

 魔女はその上に浮かんでいた。

 

 ……第一の印象としては、デカい。

 大体四メートルぐらいの大きさだ。

 文房具の集合体のような姿で、頭は分度器、縮れた長い髪は色取り取りのテープでできている。両腕はカッターの刃になっていて、下半身は膝に当たる部分に関節を持つ歪な形状のコンパスだ。

 胴体は縦長のペンケース入れ。

 だが、その口は常に開きっぱなし、かつ、中は内臓が詰まっていてなかなかにグロい。チャックに当たる部分は人間の歯になっていた。

 

「――ッ」

 

 あまりの魔力の大きさに、ゾッとする。

 間違いなく大物だ。私達には無相応な程の。

 事実、マチルダも、後から変身した塔子ちゃんも、警戒してはいるが、額に冷や汗を浮かべている。

 それに、大木には“ある物”が吊り下げられていた。

 

 ――少女の死体だ。

 比較的最近死んだのか、それは腐り切る一歩手前の状態だ。

 ここまで伝わってくる腐臭と、溶け始めてる肌と、その肉の隙間から見える剥き出しになった骨。

 可愛らしい六桜花女学院の制服が、今や滲み出た腐敗汁によって汚い色に変色している。

 

 誰に言われずとも、その正体は察せられた。

 アレは私達と同じ、魔法少女だ。この結界の中で息絶えたのだろう。そして、私達も魔女に殺されれば、同じ末路を辿ることになる……。

 そういう意味でも、腹の底に冷たいものが走った。

 

 しかし、二人は覚悟を決めたらしい。それぞれ機関銃と二対のチャクラムを構えた。

 私だって、恐怖を抑えつけて、手の中のハルバードを魔女に向ける。

 力を練り上げ、収束、圧縮、最大展開――

 

「せーのッ――!!」

 

 その瞬間、声を合わせ、私達は空にいる魔女へ向かって攻撃を仕掛けた。三者三様の方法で。

 マチルダは機関銃から何百もの針を撃ち。

 塔子ちゃんはチャクラムを投げ付け。

 私は切先からオーラの渦を放った。

 

 しかし高火力のそれらを――魔女は真正面から受けることなく、難なく回避した。

 更に上に飛ぶことで。

 そしてそこでピタッと静止し、コンパスの足を軸に高速回転。次にはまるでドリルのように、一直線にこちらに落ちてくる。

 

「やば……っ!」

 

 そう悲鳴を上げたのは誰だったか。

 流星のように速く、しかもあの巨体だ。本能的な恐怖に従い、私達は慌てて一目散に走り、散り散りになる。

 そのおかげと言うべきか、魔女から逃れることには成功した。

 だが、再びゾッとすることになった。

 

 魔女が地面に直撃した瞬間、衝撃が結界を轟かせる。

 回転をやめた文房具の魔女の足元では、針の爪先を中心に、蜘蛛の巣状のクレーターができ上がっていた。

 当たればぺちゃんこになってもおかしくない威力だ。生きた心地がしない。

 

 そうして文房具の魔女は、睥睨するかのように辺りを見渡す。丁度その時、弾である針が尽きたのか、マチルダが機関銃をリロードしていた。

 

「……これでも喰らえ!!」

 

 機関銃の銃口が、また連続で火を吹く。

 発砲されたのは新たしいタイプの大針。

 紫色の毒々しい――実際に毒が付与されているだろうそれらの名前は――

 

飛穿蛇毒(ひせんじゃどく)!!」

 

 ダダダダダダダダダダダダダダ――!!

 

 響き渡る轟音。

 その音はまるで、工事現場でダンパが使われている時のような激しい音だ。極太の針が次々に魔女に襲いかかる。

 

 しかし。

 効いていない。

 当たっているのに、ダメージを受けた様子がないのだ。

 

 マチルダが驚愕したように目を見開いた。

 

「嘘でしょ!」

「んrlwっpwpqpqpっっっq^!!!!」

 

 ――そして魔女が吠える。

 いまや完全に文房具の魔女の視線がマチルダに固定されている。

 文房具の魔女は滑るように一直線にマチルダへ突っ込んだ。

 

 それを――遮るように、茨のチャクラムが飛来して邪魔をする。

 

「させないよーっ……!!」

 

 塔子ちゃんの仕業だった。

 彼女が腕を振り下ろすと、チャクラムが旋回しながら分裂し、文房具の魔女の身に降りかかる。

 

 その棘が魔女の肉を抉りにかかかった。

 再生するが動きが鈍る。ここで畳み掛けなければ。

 私もまた、加勢するべく回り込みながら文房具の魔女に接近。背後からハルバードを叩きつける。

 

「やあッ!」

 

 が――弾かれた。

 

 落ちてきた時と同じように、足を軸にして一回転。それだけで文房具の魔女はハルバードとチャクラムを跳ね除けたのである。

 そして今度は私に狙いを変えたらしい。

 そのままくるっともう一度回って勢いを乗せ、たたらを踏んだ私に、カッターの腕を振り下ろす。

 表情がないはずなのに、私のことを笑っている気がした。

 

「ぐっ!?」

 

 咄嗟に斬撃を逸らしたが、力が強過ぎて、腕が痺れた。

 

 おかげで更に後退させられる。そこへ迫るコンパスの足。デカいくせに器用にキックなんかしてきやがった。

 そのあまりの速度に避けることが間に合わず、なんとか柄で防ぐしかない。

 

 完全に防戦一方の流れだ。

 どんどん下がっていく私に、どんどん前に出てくる魔女。

 特訓の成果が生きて捌き切れているが、それも限界に近い。と、ここで塔子ちゃんが来てくれた。

 

「はぁ!!」

 

 彼女は新たに召喚した二対のチャクラを手に、横から魔女へと飛びかかる。

 一撃、二撃、三撃――

 攻撃を加えるたびに魔力の光が走る。

 文房具の魔女の体制が、少し崩れた。

 

「そこ!!」

 

 すかさず、私は低い姿勢になって右足を狙う。

 オーラで筋力と威力を倍加させた上での全力の横凪。

 途端、魔女がグランとふらつく。止めにもう片方の足をマチルダが撃ちまくると、ついに魔女は石に躓くように、ズドンと膝をついた。

 勿論、塔子ちゃんと一緒にその頃には距離をとっている。

 そして、そのタイミングで私は指揮棒のようにハルバードを空へ振った。

 

「串刺しになれ!!」

 

 赤い魔力が迸り、文房具の魔女の下で魔法陣を描くと、円の中心から四つのハルバードが切先を上にして生える。

 練習で新しく覚えた技。

 武器を召喚する魔法だ。

 それぞれ足を、腕を、真下から貫けば、どう見ても生物的ではないのに、ぶしゃりと、そこで初めて赤い液体が流れた。

 

「へmgmrmlrーーーーっs!!」

 

 文房具の魔女が苦痛から悲鳴を上げる。

 しかし無駄だ。

 その巨体は完全にその場で固定されていた。

 

 塔子ちゃんが叫ぶ。

 

「ナイス、夏音ちゃんー!! マチルダちゃん、今のうちにー!」

「了解!!」

 

 呼びかけに答え、マチルダの機関銃が、ガチャガチャと音を立てながら形を変えていく。

 より大きく、より無骨に。

 それはもう機関銃とは呼べない姿になっていった。

 

 これはそう、パイルバンカーだ。

 ある意味ではロマン兵器とでも呼ぶ代物。

 そんなアニメとか漫画でしか見たことがない銃器が、今ジャコリと重い音を立て、魔女に照準を定める。

 

「穿て――飛槍牙貫(ひそうがかん)

 

 転瞬、パイルバンカーから、腕と同じくらいの太さを持つ、大きな大きな杭が射出された。その速度と威力たるや、正直針を打ちだした時の微妙だった火力とは違い、凄まじいものがある。

 

 その金属の杭が、文房具の魔女に深々と突き刺さった。

 ペンケースの胴体に。並の魔女ならこれだけで消し炭になっている。

 はずなのだが――

 

「mfldぇl……」

 

 信じられないことに、まだ……息の根があった。

 ピクピクと痙攣してはいるけれど。

 何だか物凄い嫌な予感がする。

 

 それから文房具の魔女は。

 歌うように、笑うように、声を上げた。

 

「めmwlwーwーwーwーwー……!!」

「――これはっ!」

 

 すると虚空が歪み、そこから何十体も“影”が現れる。

 ここに来て使い魔を召喚しやがったのだ!

 

 そして使い魔達は一斉に私達に襲い掛かり……しかしその一部は反対に文房具の魔女に群がっていく。

 

 で、そいつらはダブルクリップのような見た目をしていた。

 ハルバードの、杭の、根元や先端部分にガッツリその体を挟みこむと、噛み砕いたり、器用に動いて引っこ抜いたりした。

 自然に、「は?」という声が漏れたのも仕方なかったと思う。

 そうして文房具の魔女は自由になると、卑怯なことに空に逃げた。

 当然、こっちは使い魔の相手で手一杯なのに。たまったものではない。

 

 おまけに――

 

「rっぇおえp!! ねぇlっぇーえっpっっっw!!」

 

 文房具の魔女は意地が悪かった。

 周りにカッターやハサミ、三角定規なんかを浮かべると、それらを嫌なタイミングで放ってくるのである。使い魔が巻き込まれてもお構いなしだ。

 

「ッ!」

 

 そのせいで避けたとしても、吹っ飛んできた使い魔にぶつかったり、使い魔に気を取られて逆に掠ったり。

 徐々に徐々に傷が増えていく。

 勿論、私達だって必死の抵抗は続けているのだ。だが、このままでは非常にマズイ。魔力も体力も有限だ。

 だからこそ、私は必死になって二人に聞いた。

 

「な、なんかっ! 打開策があったりしないですか!? マチルダの魔法で、記憶を操作したりとか!」

 

 するとマチルダが涙目になって答えた。

 

「無理だってっ! 私の魔法、魔女には効かないんだよ!」

「ええっ!?」

 

 思わず嘘でしょと言いたくなった。

 普通出来そうなのに! こんな時に思いたくないけど、使い勝手が悪くない!?

 

「じゃあ反対に聞くけど、夏音ちゃんはないの!?」

 

 と、ここでマチルダから逆質問された。

 私は隠す必要もないので、素直に返答する。

 

「魔法陣を利用すれば、なんとか空に移動出来るかと! しかしそうなると――」

「――使い魔が別の二人に集中する……!」

 

 そうなのだ。

 今なんとか対抗できているのは、使い魔の狙いが三人に分散されているからである。

 しかし私がそこから抜けると、その分だけ塔子ちゃん達の負担が増える。

 

 第一、私の実力で文房具の魔女を仕留められるかというと、微妙な話だろう。

 確かに魔法陣を足場とし、空中を走れるといっても、ぶっちゃけこの魔法も覚えたてなのだ。

 どうしてもスピードは落ちる。

 

 でも他に何も思いつかないのも事実だ。

 いや、マチルダのパイルバンカーで使い魔を吹き飛ばしてもらうとか?

 けれど結局再召喚されたら同じことだ。

 文房具の魔女本体をどうにかしないといけないし――

 

 などと考えていれば、ふと、塔子ちゃんが言った。

 

「私、なんとか出来るかもしれないー……」

「本当!?」

 

 即座に私達は食いつた。

 もう藁にも縋る思いだ。

 

「うん。ただしね――」

 

 だが、続く塔子ちゃんの説明で、段々顔を曇らせることになる。

 

 とにかく、その方法は時間がかかるものだったのだ。

 まず魔法の展開だけで五分。塔子ちゃん本人もその間無防備になり、その後もサポートが必要になってくる。

 通りで最初から試そうとしなかった訳だ。

 

 けれど……リスクが大きい分、成功すれば逆転の目がある。

 もうこれしかない。

 

「よし、塔子ちゃんの案でいこう」

「ええ」

 

 私達は頷き合い、早速行動を開始する。

 無論、それを放っておく魔女達ではない。

 攻勢はより苛烈さを増していく。

 

 しかし死物狂いなのはこっちも同じだ。

 マチルダが元に戻した機関銃で、針を飛ばし牽制。

 私が渦を巻くオーラを放出し、道を切り開く。

 そうして二人して塔子ちゃんの元に集合すると、それを見て塔子ちゃんが魔法を紡ぎ始めた。

 

 何かを感じ取ったのか慌てたように魔女が鳴く。

 降り注ぐのは、チマチマ飛ばしてたのより倍以上の数の文房具の雨。

 それを私が、

 

「やらせるか!」

 

 ハルバードの石突を地面に打ち付け、ドーム状の赤い結界を張ることで防ぐ。

 が、例の如くこれまた覚えたての魔法。

 一瞬で結界は消える。

 

 そこへ、カッターを持つスーツ姿の使い魔が突っ込んでくる。

 マチルダがゼロ距離で機銃をぶっ放して風穴を開ける。

 

 ――三十秒。

 

 使い魔の数は膨らむ一方だ。

 そんな奴らから塔子ちゃんを守りながら戦い続けて。

 

 ――二分。

 

 オーラを飛ばし、針の嵐を浴びせ、もう自分でも何を考えているかよく分からないくらい無我夢中。

 短い間だというのに、無限に感じる戦いの中、ふと黒い光の玉が溢れ、空間いっぱいに広がる。

 

 ――五分。

 

 その光は肥大化し、連なると、結びついて使い魔や魔女に纏わり付いた。

 そして具現化するのは、漆黒の茨。

 牙を突き立てるみたいに棘を食い込ませ、

 

「展開完了。眠れ、黒薔薇に抱かれて(スリーピング・ビューティ)

 

 ……刹那。

 闇色の薔薇が、咲き乱れた。

 

 ――スリーピング・ビューティ。

 ――薔薇姫。

 

 その名を冠する薔薇こそが、塔子ちゃんの固有魔法であるという。

 指定した“対象”を茨で縛り、生命力を根こそぎ吸い付くす悪魔の花である。

 欠点は説明された通り、展開時間が長いこと。

 だが、それだけに強力な魔法らしい。

 幻想的なまでに美しい薔薇が脈打つように輝くと、使い魔も、魔女も、段々と干からびていっているのが分かる。

 

 文字通り魔力を奪っていっているのだ。

 無論、この数に、結界を埋め尽くす程の広範囲。

 その分だけ塔子ちゃんの負担も大きいのだが――

 

「――ッ、ゥ――」

「塔子ちゃん頑張って!」

 

 戦う必要のなくなった私とマチルダで、バックアップする。

 それぞれ塔子ちゃんの肩に手を乗せ、力を上乗せするのだ。

 

 そしてこのまま――!!

 

「――ッ!!」

 

 全力の魔力を持って、茨の魔法を維持する私達。

 最初は暴れていた魔女も、徐々に動かなくなって、痙攣を起こし始めて。

 

 ――やがて。

 どのくらい時間が経ったか分からないけれど。

 ふと、糸が切れるように……魔女はガクリと頭を下げた。

 それが合図だった。その体が消えて、同時に使い魔も霧散した。

 

「……」

 

 私達は呆けてその様を見ていた。

 あれだけ激しい戦いだったのに、最後はとても呆気ないものだったからだ。

 

 だが……これで勝ったと信じたい。

 魔女の姿は何処にも見当たらない。復活する様子すらない。

 そうして、誰かがホッと息を漏らした時、塔子ちゃんの気が抜けてしまったのか、ハラハラと黒薔薇は枯れていった。

 役目を終えたのだから当然だ。

 

 そう。

 役目を終えたものは消滅するが必然。

 その――はずだ。

 

「……?」

 

 なのに、どうして、胸騒ぎがするのだろう。

 どうしてだがその時、何かに対して酷い違和感を持ったのだ。

 完全に安堵している二人からは、キョトンとされたが。

 

 しかし辺りを見渡せば違和感の正体はすぐ分かった。

 

 魔女が死んでいるのに結界が崩れていない。

 明らかにおかしい。

 おかし過ぎるでしょ。

 

「まさか」

 

 続いて漏れた呟きは、確信に変わっていた。

 だとしたら“そいつ”が倒れていない理由にも納得がいく。

 だって塔子ちゃんの魔法は、指定した“対象”を攻撃するものなのだから。

 

 つまり逆に考えればこう言えるだろう。

 

 ――“対象外”の敵には、まったく効果がない。

 

 それは転じればメリットになる。

 でも、ここでは悪い方向に働いてしまった。

 誰かが悪いとかいう話ではなく、魔女が一枚上手だった……ただそれだけのことだ。

 

「くっ!」

 

 けど、ヤバい。

 非常にこの状況はヤバい。

 皆魔力もないし、立っているのがやっとの状況だ。

 

 焦燥のまま、相変わらずポケッとしている二人を置き去りに、私はただ一人だけ動く。ボールを投げる時みたいな姿勢をとって、ハルバードを構え直すと――よりそれを巨大化させ、槍投げの要領で投擲したのだ。

 

 そしてハルバードの石突から発射されるのは、炎のようなオーラである。

 ロケット花火を思い浮かべると分かりやすいだろうか。それと同じく、オーラを後ろで放出させて推進力を高めているのだ。

 

 小細工だが、魔力も少なくて済む、威力も高いとっておき。

 そのハルバードは、深々と目標地点に刺さる。

 

 ……校内に聳え立つ、大きな大木に。

 

「え――?」

 

 塔子ちゃんとマチルダが、驚いたように目を見開いている。

 その間にも大木は、わさわさ、わさわさ、枝を動かしている。

 ダメージは少ないように見えた。

 やっぱり……駄目なのかもしれない。私は新しくハルバードを召喚しながら、二人に向かって言う。

 

「気を付けて下さい! アレが本体です! 今までのは全部、偽物だった!」

「は? 偽物……?」

「力を分割させた分身か、使い魔のより集めか! どちらにしろ文房具の化け物は消えたのに、まだ結界は残っています! だとしたら、ただそこにある木として擬態していたとしか考えられない!」

 

 ほら……その証拠に、葉っぱだって、枝だって、幹の部分だって、すべて何百もの文房具が集まって出来たものに、変わっていってる。

 中心にはギョロりと目玉まで生えて。

 

「で、でも――これ以上は、私達ッ!」

「……っ、戦えないので撤退しましょう!」

「!? アンタ正気で言ってんの!?」

 

 咄嗟に放った私の一言に、ここまで来といて何を言い出すんだ、とマチルダが私を咎める。

 

「やらせないって言ってたじゃん!」

「……」

 

 更に鋭く矛盾を指摘され、私は胸中激しく動揺した。

 けれども、けれども……私は本気だった。その気持ちが痛いくらい分かるこそだ。

 

 ――強くなったって思ったのに。

 あ、無理って。今、真っ先に心の底から思っちゃったんだもん。

 だから、

 

「これは仕方がないことです……やるだけやったんですから、倒そうなんて考えちゃいけません……それよりか生徒だけ連れて逃げるとか……魔女が追いかけてこないよう、結界なら私が張りますから……お願い」

「夏音ちゃん……」

 

 何故か、塔子ちゃんが息を飲んだように、瞳を震わせていた。マチルダは無言になってしまっている。

 その視線の先には魔女。

 姿を表した本当の魔女は、怒っているように鳴いている。

 

「mrぇぇーmfmっっpー!! kflmmxっーどどパー後っえp!!!!」

「ッヒ……」

 

 塔子ちゃんが短く悲鳴を上げた。

 当然の反応だ。私はもう一度、繰り返す。

 

「……撤退しましょう。そうでないなら――ッ、……!?」

「mtlprpflふぉpx!!!」

 

 その直後だった。

 言葉を続けようとしたその時、文房具で出来た枝が、こちらに伸びてきていた。後ろにも、上にも、左にも、右にも、隙間なんてなく。

 さっきの茨の魔法が展開された時と同じように。

 

 完全に退路を断たれた形だ。

 青ざめる私。塔子ちゃんは震え、「幸太」と誰かの名を呼ぶ。

 そしてマチルダは周囲をキョロキョロと見渡し……乾いたように笑い声を漏らす。

 

「ハ、ハハハ……」

「……!」

「お、終わ……終わり……どどどど、どうしよ……」

 

 私達の中で一番落ち着きがあると思っていたマチルダは、流石に冷静ではいられなかったらしく、パニックになっていた。

 話し合うという暇すらない。

 ジリジリと圧迫するように文房具の枝は迫る中、圧死される未来がすぐそこまで来ているというのに、しかし反射のように私は助けを求めていた。

 あり得ないと知っておきながら。

 

「だ、誰か――!!」

 

 すると。

 

了解しました(イエス)救援了承(イエス)命令実行(イエス)戦闘モードに移行(イエス)――》

 

 何処からともかく声が聞こえた。

 それは機械音声のようにノイズ塗れな声。なんとなく聞き覚えがあるような、と思った次の瞬間、幾多の閃く線が走ると、埋め尽くされた視界が開けた。

 一秒よりも短い時間だった。

 

《――――》

 

 スタリと上から降りてきたその少女。

 黒のビキニ、しかもスケスケの素材でできた長いコート。

 両手には二振りの灰色の長槍が握られている。頭には三角の耳がぴょこんと生え、お尻からはゆらゆら長い獣の尾が揺れていた。

 

 だが異様なのはそれだけではない。

 その顔が奇妙なことに、こゆりさんそっくりなのだ。

 だから思わず彼女の名を呼びかけようとして、はたと、止まった。

 

 腕の関節に当たる部分……そこが、球体だったのだ。

 そして肌も、髪も、精巧に作られているだけのものだと一発で分かる見た目だった。

 特に目なんか、アイカメラだ。

 

 彼女は人間なんかじゃない。

 機械人形だ。

 ああ、それで声があんなにノイズ混じりなのか、と阿呆のように思う。

 

「――――」

 

 突然現れた少女に、私達は三人とも、唖然としていた。思考は止まってしまっていた。

 

 それは魔女も同じなようだ。

 数分固まり……だが機械少女がまったく気にせず突っ込んできたのを捉えると、慌てたように再生させた何十もの枝を降り注がせた。

 それを少女は、

 

排除(ノン)

 

 器用に双槍を操り、切り伏せる。

 

排除(ノン)排除(ノン)排除(ノン)排除(ノン)

 

 どんどん、どんどん切り伏せて。

 一気に魔女へ肉薄。

 ×字の重なった斬撃が、今度こそ……今度こそ、“文房具の魔女”を真っ二つにした。

 

「んfldlーd……」

 

 そうして、私達が倒せなかった化け物は、ここにきてよく分からない謎の少女によって、雑草でも刈るような手軽さで倒され、消滅した。

 それに伴い、亡き骸が落ちていく。

 機械少女は武器を手放し、その亡き骸をキャッチした。戦いの余波に巻き込まれて、更にぐちゃぐちゃになったのに、ちょっとだけホットしたような気持ちになったのは何故だろう。

 

 多分、この子が人知れず消えることなく帰って来れたからだ。

 同じ魔法少女だからやっぱり思うところがある。

 

 なんて思考を巡らせていたら、機械少女のアイカメラと目が合った。

 

 ……既にこの場は現実世界だった。

 助けてくれたのだから、お礼を言うのが筋だろう。だがあまりにも機械人形は不可解に過ぎて、安堵より困惑の方が強い。

 

 何かを話したいのに、気まずさと警戒で言葉に詰まる。

 

 と、ここでマチルダが前に出た。

 どうやら機械少女の正体を知っているらしく、

 

「……。ねえ、もしかして貴女って……ニッカさんちの子だったりする?」

「? どういうことですか?」

「白亜日華の固有武器は、狼を模した機械の使い魔なんだって。その中でも特に強力なのが、こゆりさんが改造し、その動きと魔法をコピーした人形兵隊――ウルフ・パック」

《――肯定(イエス)その通りデス(デフィニトリィ)

 

 そうあっさりと答え、機械少女は片手で遺体を抱えるようにすると、もう片方の手でコートの裾を摘む。

 

自己紹介(セルフイントラダクション)。私は 月を追う狼(コード・マーナガルム)、通称マーナ。牛木草の学校で使い魔が発生したと聞きつけ、 狼王ニッカ(マスター)の命に従い、 馳せ参じマシタ》

 

 そして見事なまでのカーテンシーをして。

 

《今後とも、よろしくデス(ベストレガート)皆々様(レディーズ)

 

 丁寧に機械人形が頭を下げた。




文房具の魔女
その性質は反骨。
思春期であるこの魔女は、成長し続ける存在でありながら、己を守るため文房具の殻を大樹の形にして身に纏う。文房具はその身に宿る反骨精神や反発心が形になったもので、その奥に眠るのは臆病かつ肥大化した自尊心。更にその自尊心を破った時、隠れているちっぽけなミミズの形をした本性が暴かれるだろう。
狡猾なこの魔女は、本体よりも強力な分身を身代わりとする。そしてその間、大樹の殻で隠した本体を小さくさせ、攻撃に当たりにくいよう気配を遮断する。
この魔女を倒すには、魔力で正確に探知した上、逃げる隙さえ与えず一撃で屠らなければならない。非常に強力な魔女で、既に五人の魔法少女を喰らった危険な魔女である。
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