――異界が現実を塗り潰す。
この世あらざる異質な世界。
使い魔の時と、結界のデザインはほぼ同じだった。
そう。
地面のあちこち刺さる無数の文房具。宙空に浮かぶ数式。
そこは校庭を模したような空間だ。
ただし、違いがたった一つだけ。
その中心に大きな巨木が生えているのである。
魔女はその上に浮かんでいた。
……第一の印象としては、デカい。
大体四メートルぐらいの大きさだ。
文房具の集合体のような姿で、頭は分度器、縮れた長い髪は色取り取りのテープでできている。両腕はカッターの刃になっていて、下半身は膝に当たる部分に関節を持つ歪な形状のコンパスだ。
胴体は縦長のペンケース入れ。
だが、その口は常に開きっぱなし、かつ、中は内臓が詰まっていてなかなかにグロい。チャックに当たる部分は人間の歯になっていた。
「――ッ」
あまりの魔力の大きさに、ゾッとする。
間違いなく大物だ。私達には無相応な程の。
事実、マチルダも、後から変身した塔子ちゃんも、警戒してはいるが、額に冷や汗を浮かべている。
それに、大木には“ある物”が吊り下げられていた。
――少女の死体だ。
比較的最近死んだのか、それは腐り切る一歩手前の状態だ。
ここまで伝わってくる腐臭と、溶け始めてる肌と、その肉の隙間から見える剥き出しになった骨。
可愛らしい六桜花女学院の制服が、今や滲み出た腐敗汁によって汚い色に変色している。
誰に言われずとも、その正体は察せられた。
アレは私達と同じ、魔法少女だ。この結界の中で息絶えたのだろう。そして、私達も魔女に殺されれば、同じ末路を辿ることになる……。
そういう意味でも、腹の底に冷たいものが走った。
しかし、二人は覚悟を決めたらしい。それぞれ機関銃と二対のチャクラムを構えた。
私だって、恐怖を抑えつけて、手の中のハルバードを魔女に向ける。
力を練り上げ、収束、圧縮、最大展開――
「せーのッ――!!」
その瞬間、声を合わせ、私達は空にいる魔女へ向かって攻撃を仕掛けた。三者三様の方法で。
マチルダは機関銃から何百もの針を撃ち。
塔子ちゃんはチャクラムを投げ付け。
私は切先からオーラの渦を放った。
しかし高火力のそれらを――魔女は真正面から受けることなく、難なく回避した。
更に上に飛ぶことで。
そしてそこでピタッと静止し、コンパスの足を軸に高速回転。次にはまるでドリルのように、一直線にこちらに落ちてくる。
「やば……っ!」
そう悲鳴を上げたのは誰だったか。
流星のように速く、しかもあの巨体だ。本能的な恐怖に従い、私達は慌てて一目散に走り、散り散りになる。
そのおかげと言うべきか、魔女から逃れることには成功した。
だが、再びゾッとすることになった。
魔女が地面に直撃した瞬間、衝撃が結界を轟かせる。
回転をやめた文房具の魔女の足元では、針の爪先を中心に、蜘蛛の巣状のクレーターができ上がっていた。
当たればぺちゃんこになってもおかしくない威力だ。生きた心地がしない。
そうして文房具の魔女は、睥睨するかのように辺りを見渡す。丁度その時、弾である針が尽きたのか、マチルダが機関銃をリロードしていた。
「……これでも喰らえ!!」
機関銃の銃口が、また連続で火を吹く。
発砲されたのは新たしいタイプの大針。
紫色の毒々しい――実際に毒が付与されているだろうそれらの名前は――
「
ダダダダダダダダダダダダダダ――!!
響き渡る轟音。
その音はまるで、工事現場でダンパが使われている時のような激しい音だ。極太の針が次々に魔女に襲いかかる。
しかし。
効いていない。
当たっているのに、ダメージを受けた様子がないのだ。
マチルダが驚愕したように目を見開いた。
「嘘でしょ!」
「んrlwっpwpqpqpっっっq^!!!!」
――そして魔女が吠える。
いまや完全に文房具の魔女の視線がマチルダに固定されている。
文房具の魔女は滑るように一直線にマチルダへ突っ込んだ。
それを――遮るように、茨のチャクラムが飛来して邪魔をする。
「させないよーっ……!!」
塔子ちゃんの仕業だった。
彼女が腕を振り下ろすと、チャクラムが旋回しながら分裂し、文房具の魔女の身に降りかかる。
その棘が魔女の肉を抉りにかかかった。
再生するが動きが鈍る。ここで畳み掛けなければ。
私もまた、加勢するべく回り込みながら文房具の魔女に接近。背後からハルバードを叩きつける。
「やあッ!」
が――弾かれた。
落ちてきた時と同じように、足を軸にして一回転。それだけで文房具の魔女はハルバードとチャクラムを跳ね除けたのである。
そして今度は私に狙いを変えたらしい。
そのままくるっともう一度回って勢いを乗せ、たたらを踏んだ私に、カッターの腕を振り下ろす。
表情がないはずなのに、私のことを笑っている気がした。
「ぐっ!?」
咄嗟に斬撃を逸らしたが、力が強過ぎて、腕が痺れた。
おかげで更に後退させられる。そこへ迫るコンパスの足。デカいくせに器用にキックなんかしてきやがった。
そのあまりの速度に避けることが間に合わず、なんとか柄で防ぐしかない。
完全に防戦一方の流れだ。
どんどん下がっていく私に、どんどん前に出てくる魔女。
特訓の成果が生きて捌き切れているが、それも限界に近い。と、ここで塔子ちゃんが来てくれた。
「はぁ!!」
彼女は新たに召喚した二対のチャクラを手に、横から魔女へと飛びかかる。
一撃、二撃、三撃――
攻撃を加えるたびに魔力の光が走る。
文房具の魔女の体制が、少し崩れた。
「そこ!!」
すかさず、私は低い姿勢になって右足を狙う。
オーラで筋力と威力を倍加させた上での全力の横凪。
途端、魔女がグランとふらつく。止めにもう片方の足をマチルダが撃ちまくると、ついに魔女は石に躓くように、ズドンと膝をついた。
勿論、塔子ちゃんと一緒にその頃には距離をとっている。
そして、そのタイミングで私は指揮棒のようにハルバードを空へ振った。
「串刺しになれ!!」
赤い魔力が迸り、文房具の魔女の下で魔法陣を描くと、円の中心から四つのハルバードが切先を上にして生える。
練習で新しく覚えた技。
武器を召喚する魔法だ。
それぞれ足を、腕を、真下から貫けば、どう見ても生物的ではないのに、ぶしゃりと、そこで初めて赤い液体が流れた。
「へmgmrmlrーーーーっs!!」
文房具の魔女が苦痛から悲鳴を上げる。
しかし無駄だ。
その巨体は完全にその場で固定されていた。
塔子ちゃんが叫ぶ。
「ナイス、夏音ちゃんー!! マチルダちゃん、今のうちにー!」
「了解!!」
呼びかけに答え、マチルダの機関銃が、ガチャガチャと音を立てながら形を変えていく。
より大きく、より無骨に。
それはもう機関銃とは呼べない姿になっていった。
これはそう、パイルバンカーだ。
ある意味ではロマン兵器とでも呼ぶ代物。
そんなアニメとか漫画でしか見たことがない銃器が、今ジャコリと重い音を立て、魔女に照準を定める。
「穿て――
転瞬、パイルバンカーから、腕と同じくらいの太さを持つ、大きな大きな杭が射出された。その速度と威力たるや、正直針を打ちだした時の微妙だった火力とは違い、凄まじいものがある。
その金属の杭が、文房具の魔女に深々と突き刺さった。
ペンケースの胴体に。並の魔女ならこれだけで消し炭になっている。
はずなのだが――
「mfldぇl……」
信じられないことに、まだ……息の根があった。
ピクピクと痙攣してはいるけれど。
何だか物凄い嫌な予感がする。
それから文房具の魔女は。
歌うように、笑うように、声を上げた。
「めmwlwーwーwーwーwー……!!」
「――これはっ!」
すると虚空が歪み、そこから何十体も“影”が現れる。
ここに来て使い魔を召喚しやがったのだ!
そして使い魔達は一斉に私達に襲い掛かり……しかしその一部は反対に文房具の魔女に群がっていく。
で、そいつらはダブルクリップのような見た目をしていた。
ハルバードの、杭の、根元や先端部分にガッツリその体を挟みこむと、噛み砕いたり、器用に動いて引っこ抜いたりした。
自然に、「は?」という声が漏れたのも仕方なかったと思う。
そうして文房具の魔女は自由になると、卑怯なことに空に逃げた。
当然、こっちは使い魔の相手で手一杯なのに。たまったものではない。
おまけに――
「rっぇおえp!! ねぇlっぇーえっpっっっw!!」
文房具の魔女は意地が悪かった。
周りにカッターやハサミ、三角定規なんかを浮かべると、それらを嫌なタイミングで放ってくるのである。使い魔が巻き込まれてもお構いなしだ。
「ッ!」
そのせいで避けたとしても、吹っ飛んできた使い魔にぶつかったり、使い魔に気を取られて逆に掠ったり。
徐々に徐々に傷が増えていく。
勿論、私達だって必死の抵抗は続けているのだ。だが、このままでは非常にマズイ。魔力も体力も有限だ。
だからこそ、私は必死になって二人に聞いた。
「な、なんかっ! 打開策があったりしないですか!? マチルダの魔法で、記憶を操作したりとか!」
するとマチルダが涙目になって答えた。
「無理だってっ! 私の魔法、魔女には効かないんだよ!」
「ええっ!?」
思わず嘘でしょと言いたくなった。
普通出来そうなのに! こんな時に思いたくないけど、使い勝手が悪くない!?
「じゃあ反対に聞くけど、夏音ちゃんはないの!?」
と、ここでマチルダから逆質問された。
私は隠す必要もないので、素直に返答する。
「魔法陣を利用すれば、なんとか空に移動出来るかと! しかしそうなると――」
「――使い魔が別の二人に集中する……!」
そうなのだ。
今なんとか対抗できているのは、使い魔の狙いが三人に分散されているからである。
しかし私がそこから抜けると、その分だけ塔子ちゃん達の負担が増える。
第一、私の実力で文房具の魔女を仕留められるかというと、微妙な話だろう。
確かに魔法陣を足場とし、空中を走れるといっても、ぶっちゃけこの魔法も覚えたてなのだ。
どうしてもスピードは落ちる。
でも他に何も思いつかないのも事実だ。
いや、マチルダのパイルバンカーで使い魔を吹き飛ばしてもらうとか?
けれど結局再召喚されたら同じことだ。
文房具の魔女本体をどうにかしないといけないし――
などと考えていれば、ふと、塔子ちゃんが言った。
「私、なんとか出来るかもしれないー……」
「本当!?」
即座に私達は食いつた。
もう藁にも縋る思いだ。
「うん。ただしね――」
だが、続く塔子ちゃんの説明で、段々顔を曇らせることになる。
とにかく、その方法は時間がかかるものだったのだ。
まず魔法の展開だけで五分。塔子ちゃん本人もその間無防備になり、その後もサポートが必要になってくる。
通りで最初から試そうとしなかった訳だ。
けれど……リスクが大きい分、成功すれば逆転の目がある。
もうこれしかない。
「よし、塔子ちゃんの案でいこう」
「ええ」
私達は頷き合い、早速行動を開始する。
無論、それを放っておく魔女達ではない。
攻勢はより苛烈さを増していく。
しかし死物狂いなのはこっちも同じだ。
マチルダが元に戻した機関銃で、針を飛ばし牽制。
私が渦を巻くオーラを放出し、道を切り開く。
そうして二人して塔子ちゃんの元に集合すると、それを見て塔子ちゃんが魔法を紡ぎ始めた。
何かを感じ取ったのか慌てたように魔女が鳴く。
降り注ぐのは、チマチマ飛ばしてたのより倍以上の数の文房具の雨。
それを私が、
「やらせるか!」
ハルバードの石突を地面に打ち付け、ドーム状の赤い結界を張ることで防ぐ。
が、例の如くこれまた覚えたての魔法。
一瞬で結界は消える。
そこへ、カッターを持つスーツ姿の使い魔が突っ込んでくる。
マチルダがゼロ距離で機銃をぶっ放して風穴を開ける。
――三十秒。
使い魔の数は膨らむ一方だ。
そんな奴らから塔子ちゃんを守りながら戦い続けて。
――二分。
オーラを飛ばし、針の嵐を浴びせ、もう自分でも何を考えているかよく分からないくらい無我夢中。
短い間だというのに、無限に感じる戦いの中、ふと黒い光の玉が溢れ、空間いっぱいに広がる。
――五分。
その光は肥大化し、連なると、結びついて使い魔や魔女に纏わり付いた。
そして具現化するのは、漆黒の茨。
牙を突き立てるみたいに棘を食い込ませ、
「展開完了。
……刹那。
闇色の薔薇が、咲き乱れた。
――スリーピング・ビューティ。
――薔薇姫。
その名を冠する薔薇こそが、塔子ちゃんの固有魔法であるという。
指定した“対象”を茨で縛り、生命力を根こそぎ吸い付くす悪魔の花である。
欠点は説明された通り、展開時間が長いこと。
だが、それだけに強力な魔法らしい。
幻想的なまでに美しい薔薇が脈打つように輝くと、使い魔も、魔女も、段々と干からびていっているのが分かる。
文字通り魔力を奪っていっているのだ。
無論、この数に、結界を埋め尽くす程の広範囲。
その分だけ塔子ちゃんの負担も大きいのだが――
「――ッ、ゥ――」
「塔子ちゃん頑張って!」
戦う必要のなくなった私とマチルダで、バックアップする。
それぞれ塔子ちゃんの肩に手を乗せ、力を上乗せするのだ。
そしてこのまま――!!
「――ッ!!」
全力の魔力を持って、茨の魔法を維持する私達。
最初は暴れていた魔女も、徐々に動かなくなって、痙攣を起こし始めて。
――やがて。
どのくらい時間が経ったか分からないけれど。
ふと、糸が切れるように……魔女はガクリと頭を下げた。
それが合図だった。その体が消えて、同時に使い魔も霧散した。
「……」
私達は呆けてその様を見ていた。
あれだけ激しい戦いだったのに、最後はとても呆気ないものだったからだ。
だが……これで勝ったと信じたい。
魔女の姿は何処にも見当たらない。復活する様子すらない。
そうして、誰かがホッと息を漏らした時、塔子ちゃんの気が抜けてしまったのか、ハラハラと黒薔薇は枯れていった。
役目を終えたのだから当然だ。
そう。
役目を終えたものは消滅するが必然。
その――はずだ。
「……?」
なのに、どうして、胸騒ぎがするのだろう。
どうしてだがその時、何かに対して酷い違和感を持ったのだ。
完全に安堵している二人からは、キョトンとされたが。
しかし辺りを見渡せば違和感の正体はすぐ分かった。
魔女が死んでいるのに結界が崩れていない。
明らかにおかしい。
おかし過ぎるでしょ。
「まさか」
続いて漏れた呟きは、確信に変わっていた。
だとしたら“そいつ”が倒れていない理由にも納得がいく。
だって塔子ちゃんの魔法は、指定した“対象”を攻撃するものなのだから。
つまり逆に考えればこう言えるだろう。
――“対象外”の敵には、まったく効果がない。
それは転じればメリットになる。
でも、ここでは悪い方向に働いてしまった。
誰かが悪いとかいう話ではなく、魔女が一枚上手だった……ただそれだけのことだ。
「くっ!」
けど、ヤバい。
非常にこの状況はヤバい。
皆魔力もないし、立っているのがやっとの状況だ。
焦燥のまま、相変わらずポケッとしている二人を置き去りに、私はただ一人だけ動く。ボールを投げる時みたいな姿勢をとって、ハルバードを構え直すと――よりそれを巨大化させ、槍投げの要領で投擲したのだ。
そしてハルバードの石突から発射されるのは、炎のようなオーラである。
ロケット花火を思い浮かべると分かりやすいだろうか。それと同じく、オーラを後ろで放出させて推進力を高めているのだ。
小細工だが、魔力も少なくて済む、威力も高いとっておき。
そのハルバードは、深々と目標地点に刺さる。
……校内に聳え立つ、大きな大木に。
「え――?」
塔子ちゃんとマチルダが、驚いたように目を見開いている。
その間にも大木は、わさわさ、わさわさ、枝を動かしている。
ダメージは少ないように見えた。
やっぱり……駄目なのかもしれない。私は新しくハルバードを召喚しながら、二人に向かって言う。
「気を付けて下さい! アレが本体です! 今までのは全部、偽物だった!」
「は? 偽物……?」
「力を分割させた分身か、使い魔のより集めか! どちらにしろ文房具の化け物は消えたのに、まだ結界は残っています! だとしたら、ただそこにある木として擬態していたとしか考えられない!」
ほら……その証拠に、葉っぱだって、枝だって、幹の部分だって、すべて何百もの文房具が集まって出来たものに、変わっていってる。
中心にはギョロりと目玉まで生えて。
「で、でも――これ以上は、私達ッ!」
「……っ、戦えないので撤退しましょう!」
「!? アンタ正気で言ってんの!?」
咄嗟に放った私の一言に、ここまで来といて何を言い出すんだ、とマチルダが私を咎める。
「やらせないって言ってたじゃん!」
「……」
更に鋭く矛盾を指摘され、私は胸中激しく動揺した。
けれども、けれども……私は本気だった。その気持ちが痛いくらい分かるこそだ。
――強くなったって思ったのに。
あ、無理って。今、真っ先に心の底から思っちゃったんだもん。
だから、
「これは仕方がないことです……やるだけやったんですから、倒そうなんて考えちゃいけません……それよりか生徒だけ連れて逃げるとか……魔女が追いかけてこないよう、結界なら私が張りますから……お願い」
「夏音ちゃん……」
何故か、塔子ちゃんが息を飲んだように、瞳を震わせていた。マチルダは無言になってしまっている。
その視線の先には魔女。
姿を表した本当の魔女は、怒っているように鳴いている。
「mrぇぇーmfmっっpー!! kflmmxっーどどパー後っえp!!!!」
「ッヒ……」
塔子ちゃんが短く悲鳴を上げた。
当然の反応だ。私はもう一度、繰り返す。
「……撤退しましょう。そうでないなら――ッ、……!?」
「mtlprpflふぉpx!!!」
その直後だった。
言葉を続けようとしたその時、文房具で出来た枝が、こちらに伸びてきていた。後ろにも、上にも、左にも、右にも、隙間なんてなく。
さっきの茨の魔法が展開された時と同じように。
完全に退路を断たれた形だ。
青ざめる私。塔子ちゃんは震え、「幸太」と誰かの名を呼ぶ。
そしてマチルダは周囲をキョロキョロと見渡し……乾いたように笑い声を漏らす。
「ハ、ハハハ……」
「……!」
「お、終わ……終わり……どどどど、どうしよ……」
私達の中で一番落ち着きがあると思っていたマチルダは、流石に冷静ではいられなかったらしく、パニックになっていた。
話し合うという暇すらない。
ジリジリと圧迫するように文房具の枝は迫る中、圧死される未来がすぐそこまで来ているというのに、しかし反射のように私は助けを求めていた。
あり得ないと知っておきながら。
「だ、誰か――!!」
すると。
《
何処からともかく声が聞こえた。
それは機械音声のようにノイズ塗れな声。なんとなく聞き覚えがあるような、と思った次の瞬間、幾多の閃く線が走ると、埋め尽くされた視界が開けた。
一秒よりも短い時間だった。
《――――》
スタリと上から降りてきたその少女。
黒のビキニ、しかもスケスケの素材でできた長いコート。
両手には二振りの灰色の長槍が握られている。頭には三角の耳がぴょこんと生え、お尻からはゆらゆら長い獣の尾が揺れていた。
だが異様なのはそれだけではない。
その顔が奇妙なことに、こゆりさんそっくりなのだ。
だから思わず彼女の名を呼びかけようとして、はたと、止まった。
腕の関節に当たる部分……そこが、球体だったのだ。
そして肌も、髪も、精巧に作られているだけのものだと一発で分かる見た目だった。
特に目なんか、アイカメラだ。
彼女は人間なんかじゃない。
機械人形だ。
ああ、それで声があんなにノイズ混じりなのか、と阿呆のように思う。
「――――」
突然現れた少女に、私達は三人とも、唖然としていた。思考は止まってしまっていた。
それは魔女も同じなようだ。
数分固まり……だが機械少女がまったく気にせず突っ込んできたのを捉えると、慌てたように再生させた何十もの枝を降り注がせた。
それを少女は、
《
器用に双槍を操り、切り伏せる。
《
どんどん、どんどん切り伏せて。
一気に魔女へ肉薄。
×字の重なった斬撃が、今度こそ……今度こそ、“文房具の魔女”を真っ二つにした。
「んfldlーd……」
そうして、私達が倒せなかった化け物は、ここにきてよく分からない謎の少女によって、雑草でも刈るような手軽さで倒され、消滅した。
それに伴い、亡き骸が落ちていく。
機械少女は武器を手放し、その亡き骸をキャッチした。戦いの余波に巻き込まれて、更にぐちゃぐちゃになったのに、ちょっとだけホットしたような気持ちになったのは何故だろう。
多分、この子が人知れず消えることなく帰って来れたからだ。
同じ魔法少女だからやっぱり思うところがある。
なんて思考を巡らせていたら、機械少女のアイカメラと目が合った。
……既にこの場は現実世界だった。
助けてくれたのだから、お礼を言うのが筋だろう。だがあまりにも機械人形は不可解に過ぎて、安堵より困惑の方が強い。
何かを話したいのに、気まずさと警戒で言葉に詰まる。
と、ここでマチルダが前に出た。
どうやら機械少女の正体を知っているらしく、
「……。ねえ、もしかして貴女って……ニッカさんちの子だったりする?」
「? どういうことですか?」
「白亜日華の固有武器は、狼を模した機械の使い魔なんだって。その中でも特に強力なのが、こゆりさんが改造し、その動きと魔法をコピーした人形兵隊――ウルフ・パック」
《――
そうあっさりと答え、機械少女は片手で遺体を抱えるようにすると、もう片方の手でコートの裾を摘む。
《
そして見事なまでのカーテンシーをして。
《今後とも、
丁寧に機械人形が頭を下げた。
文房具の魔女
その性質は反骨。
思春期であるこの魔女は、成長し続ける存在でありながら、己を守るため文房具の殻を大樹の形にして身に纏う。文房具はその身に宿る反骨精神や反発心が形になったもので、その奥に眠るのは臆病かつ肥大化した自尊心。更にその自尊心を破った時、隠れているちっぽけなミミズの形をした本性が暴かれるだろう。
狡猾なこの魔女は、本体よりも強力な分身を身代わりとする。そしてその間、大樹の殻で隠した本体を小さくさせ、攻撃に当たりにくいよう気配を遮断する。
この魔女を倒すには、魔力で正確に探知した上、逃げる隙さえ与えず一撃で屠らなければならない。非常に強力な魔女で、既に五人の魔法少女を喰らった危険な魔女である。