夏音視点に戻ります
「…………」
あれから。
どう言う訳か、私達は車の中にいた。
しかも黒塗りの高級車。
驚く程座席がふかふかで、逆に怖い。
「いやァ、いきなりでごめんねェ。突然びっくりしたでしょ」
と、その時。
運転してくれてる人が話しかけてくれた。
その人はコワモテのおじさんで、おまけにハゲてて眼帯をしていて、黒いスーツを着ている。
いかにもその筋の人っぽい(まあ本当にそうらしいけど)ので、私は居心地が悪いやら、何とやら。
どうにも返答に困ってしまう。
が。
私と一緒に後ろの座席に座っている二人――マチルダと塔子ちゃんはそうじゃないらしく、慣れてる様子で会話をしている。
「ううん、鷹蔵さんが運転してくれるなんて思わなかった。ある意味ラッキーだよラッキー!」
「それにこんな良い車乗ったの初めて〜、これいくらなの?」
「ハハハ! ×××千万円だよ! 塔子ちゃん!」
「マジ? ヤバー!」
……仲良さそうである。
本当どうしてこうなった。
「……」
内心で頭を抱えながら、私はこれまでのことを思い返す。
ここに至るまでの経緯を。
時計の針は、ほんの少しだけ前に巻き戻る……。
◆◇◆◇
――魔女を倒して現実世界に戻ってきたあの時。
私達はどうすれば良いのか、相変わらず困り果てていた。
しんと静まり返った教室。
未だ意識を失い倒れている女生徒達。
そしてそんな中、綺麗なカーテシーをする機械人形の少女。
その人形に挨拶をされたとて、ちょっと反応に困ると言うのが、私達の本音だった。
それに教室内には亡くなった教師と、犯人の女がまだいたのだ。
たとえ魔女に操られた結果とは言え、ここが悲惨な事件現場であることに変わりはない。
ただの学生である私達の手に余る状況だったと言って良い。
それをどう対処すれば良いのかなんて分からなかった。
本気でどうしようかと思ってた。
そんな時。
機械人形は元の姿勢に戻り、抱えている遺体を丁寧に両手で抱き直すと……再び口を開いた。
『――ってことで。ここからの指示はアタシがするから。どうぞよろしく』
その声はノイズ混じりのさっきの声とは違い、自然な肉声そのものの声だった。
スピーカーのような……若干マイクを通しているような、妙にくぐもった声なのだけれど間違いない。
思わず他の二人と顔を見合わせていると、機械人形は微笑み。
『アタシは白亜日華こと狼王のニッカだよ。この人形を通して話しかけてるの。勿論視覚も共有してね』
どうやら遠隔操作みたいなことが出来るらしい。
人形はこゆりさんの顔なのに、どうにも表情はらしくなかった。
まさに別人がそのまま入り込んだかのように、モデルになった人とは正反対の飄々とした態度が溢れ出している。
これが白亜日華なのか。
牛木草の王。魔法少女を束ねるトップが直接出てくるなんて。
何よりそこにいるだけで“空気が変わる”何かをその人は持っていた。
こちらが引き締められるような、妙な威圧感。
緊張する。
そして彼女はこちらへアイカメラを向けさせて。
『そっちの女の子は初めましてかな。お噂はかねがね。確か菊名夏音ちゃん……だったよね?』
「は、はい。と言うかやっぱり私のこと……」
『そりゃあ、まあね。こゆりや柘榴から報告は上がってるよ。とっても面白い子だって』
クスクスクス……と機械人形が笑う。
こう言うことは想定していたとは言え、言葉で言えぬ気恥ずかしさと気まずさがある。
特に何も知らない塔子ちゃん達は、何かあったのかな? って顔で首を傾げてる。
そりゃあそうだよね……と私は私で苦笑いだ。
『とは言え、それはともかく。まず、三人とも無事で安心したよ。報告を聞いた時は本当にヒヤヒヤしたから。それとありがとう。魔女に立ち向かってくれて。きっとこの子も浮かばれる』
「この子?」
『知り合いなんだよ。昔は仲が良くてね……』
それから機械人形が見たのは。
自身の己の腕の中にいる遺体の少女。
深く悲しみを湛えた顔で目を伏せる。
『一緒に戦ったことがあるし、遊びに行ったこともある。それがさ……こんなことになってるなんて。ハハっ……嫌んなっちゃうね。間に合わなかった。寂しいよ、貴女はそういう奴じゃなかったでしょうに。ねぇ、ミヤギちゃん』
そうして皮肉気に笑って笑って、耐えられなくなったのか、しばらく口を閉じて。
機械人形を通じて、ニッカさんの絶望や辛さが伝わってくるようだった。
だから私は思った。
予想よりもずっと、ニッカさんは普通な部分もあるのかもしれない。
王様だけど、仲間の死を悲しむ普通の人。
ちょっと驚いていた。
もっと冷酷なイメージがあったから。
なんとなくこっちも悲しくなった。
するとそれを感じたとったのか、
『それでも。被害がこれ以上出なかったのはきっと君達が来てくれたおかげだから。改めてありがとね。夏音ちゃん達。アタシ、これでやっとミヤギちゃんを弔えるよ』
「……ッ」
『あ〜……別にそんな暗い顔しないでよ三人とも〜。全然、喜んでもいるんからアタシぃ……っと、これじゃあ話が進まないか。じゃあ無理やりにでも切り替えるよ。今から大切な話するよ。よく聞いて』
などと言って、機械人形は真面目な顔して指示を飛ばした。
『まずこの現場は、アタシが部下と警察を動かしてなんとかする。それからミヤギちゃんも、こちらで責任を持って対応します。と、この事件については以上なんだけど……貴女達は騒ぎになる前にここから一刻も早く離れて欲しいの。で、そのまま帰らないでチームの支部まで来て』
「え」
私達の口からびっくりした声が漏れ出る。
てっきり学校に帰してくれると思ったからだ。
だがニッカさん操る機械人形は当然のように言う。
『だって貴女達怪我してるじゃん。治療受けて、魔力を回復させて、それから元の場所に帰るよーに。良い?』
「え、けど学校抜け出して……」
『どっちみちそのボロボロの姿で戻っても大騒ぎになるだけだって。第一、生き残ったんだから体くらい大切にしなさい……いくら魔法少女とは言え、ね?』
そして。
機械人形は続ける。
『あ……それと送迎にはパパ……部下を派遣するから、貴女達は裏門に回って。アタシは今から別ルートで行くから、車が来たら乗せてもらって支部に行くんだよ。分かった?』
その時、女生徒の一人が「ううん」と呻き声を漏らした。
不味い。
『さ、窓から飛び降りた飛び降りた!』
――こうして私達は、急いで教室を離れたのだ。
◆◇◆◇
……とまあ、こんな感じで。
私達はニッカさんの部下の人……鷹蔵さんに車に乗せてもらったという訳だ。
ちなみに機械人形の方は本人が言った通り別の人が操縦する車の方に乗って行った。
その様は大変シュールではあった。
……恐らく遺体と一緒になるのを防ぐためだったんだろうけど。
「……」
よく分からない話で盛り上がってる鷹蔵さんと他の二人を横目に私は思考を巡らせる。
白亜日華は牛木草の王様だ。
それは魔法少女の王様だけでなく、実質的な町の支配者と言っても過言じゃないからだ。
だって彼女は牛木草を裏から支配する暴力団「白狼組」……その跡取りなのである。
これは有名な話だ。
白亜日華は、白狼組を駒として扱っている。
白狼組は昔からこの牛木草に根ざしてきた暴力団。
その気になれば今回のように警察でも会社でもなんでも動かるのだという。
かく言う鷹蔵さんもニッカさんの下で働く世話係……とのことで。
ニッカさんの傘下にあるチームの支部や本拠地も、白狼組の所有するビルにあるとの噂だ。
今向かってるところもその一つだろう。
私は外を見る。
車は市街地に堂々と入り、真っ直ぐに道を走っている。
実はあの校舎から離れて五分と経っていないが、自分でも緊張しているのがよく分かる。
何故って、そりゃあこれから暴力団関係の建物に入る訳だし、第一このままニッカさんが帰してくれるのか疑問だったからだ。
他の子達はともかく、私だけは糸使いにそっくりな家主さんの友達なのだ。
ニッカさんからしてみれば充分警戒対象の筈。
だから考えが正しければ多分……。
それに向こうから接触してきた以上、恐らく本人も出てくるに違いない。
色々とこの後で話をしなきゃいけないのだと思う。
気が重たくなる。
これから先の展開を考えると。
だが。
私だって、聞きたいことは沢山ある。
沢山あったのだ。
向こうが何を考えているのか知りたかった。
「……」
そうやって覚悟を決めて、ぐるぐると考えていると。
数分しない内に車が駐車場に止まった。
到着したらしい。
運転手の鷹蔵さんに促されて降りる。
目的地の建物を見上げた。
なんてことない、それは二階建てのビルに見えた。
ビルとはしては小さい方だろう。だがそれが故に目立たず、こんな場所にさえ暴力団の持ち物があるのかと思うと、妙な気持ちにもなるものだった。
そして。
車から降りた私達を出迎えてくれたのは、ある意味ではこの場にいるのが自然過ぎて意外でも何でもない人物だった。
それは――
「こゆりさん?」
そこにいたのは機械人形じゃない本物のこゆりさん。
挨拶してからこっちに歩み寄る。
「こんにちは。三人とも。大変だったわね。魔女の事件に巻き込まれるだなんて。鷹蔵さんもありがとうございました」
「いやいや何の」
鷹蔵さんとも知り合いのようだった。
そんな彼女の格好は、ツインテールに執事服のようなスーツ。
珍し過ぎる。普段のイメージと全然違うのでつい視線を固定させてしまうと、それに気付いたこゆりさんが顔を赤くさせ、ムッとした表情で怒り出す。
「……って、何ジロジロ見てんのよ夏音」
「す、すみません! つい!」
「言っとくけど、これは使用人としての制服だから私の趣味じゃないわよ。みんなが着ろって言ったんだから」
そう言うとプイッとそっぽを向いてしまうこゆりさん。
不貞腐れている。結構似合ってはいるのだが本人からすると不服なのだろう。
……。
ニッカさんの機械人形もあんな服装だったし、もしかしてニッカさんは意外と良い趣味をしてるのだろうか?
……何故か、隣で鷹蔵さんが気まずそうにしているが。
後、塔子ちゃんとマチルダが、鷹蔵さんをじっと見ているが。
「…………」
「…………」
「……とりあえず案内するからみんなこっちに来て」
こゆりさんが背を向けて建物に向かっていく。
追いかける私達。こっそりテレパシーで塔子ちゃんに聞いてみた。
『こゆりさんの格好について何かあったの? 塔子ちゃん』
『実はこゆりさん……ニッカさん達と白狼組の人にアイドル扱いされてるんだよね〜。だから、結構好き勝手色々な格好させられてて。……鷹蔵さん、こゆりさんのあの執事服を推したらしいから、気不味いんだと思う。確かに可愛いんだけどね〜。揶揄うと良い反応するから。多分褒められてるからあの格好も満更じゃないんじゃない?』
『……』
どうやらこゆりさんは、知り合いの中ではイジられ役らしい。
まあ、あの恥ずかしがり屋の性格である。
なんとなくそのポジションになる理由が分からなくもなかったが、それはそれとしてちょっと不憫だしチョロ過ぎるな思う私なのだった。
おまけSS「日華の始まり」
白亜日華は元来感情が希薄な性格だった。
一見すると人懐っこく明るかったがそれは表向きで、心の奥底では本当の意味での悲しみも喜びもなかった。
その原因は幼少期にあった。
彼女は外国の人身売買の組織に攫われ、そこでペットのように檻に入れられ飼われていた。
たまたま白狼組の当主がそれを見つけ、面白がり、日本へ連れ帰ったが、その頃には既に齢四歳にして喋らず、笑わず、四つん這いに歩き回るという獣のような幼児になっていた。
幸にしてまだ幼かったこと。
そして日華の成長も早かったこともあり、すぐに彼女は人間のふりが上手になった。
言葉も喋れるようになった。
だが壊された人間性にはヒビが入ったまま。
感情の機微は分かるのに自分の心がまるで分からない。
他人と相いれず、人が死のうが喚こうが、まったく共感も出来ない少女になっていた。
そんな日華を当主の祖父は笑う。
所詮はお前は獣なのだと。獣が人の服を着て歩いているのが面白いのだと笑う。
日華もそれは認めていた。
やはり自分はおかしいのだろう。
自分は人とは外れた存在。機械のように心がない者。
だからこそ他の人の感情を知りたいと思う。
この本性を隠し悟られないようにしたいとも思う。
興味があった。
普通の人間に。
特に同年代の女の子は、どう生きて、どう幸福を求め、どう悲しむのだろう。……どうしても知りたかった。
知りたかったのだ。
そんな時に現れたのがキュゥべえだ。
キュゥべえが提案してきた契約は魅力的だった。
何でも願いが叶うということもそうだが、何より魔法少女というものにとても惹かれた。
だって、魔法退治という異質な日常に身を置く彼女達は、きっとその分だけ怒ったり泣いたり、悲しんだりしているからだ。
そんな魔法少女と接すれば、きっと色んな感情の機微を観察出来る。
自分も……私も普通の女の子を理解出来るようになれるかもしれない。
そこにいて良いと誰かが言ってくれるかもしれない。
それにはやはり自分も魔法少女になるのが手っ取り早かった。
願いは適当に叶えた。
何だったろう。確か「ストーカーに悩む友達を助けてあげたい」とかそんな感じだった気がする。
果たして願いは叶い、ストーカーを無事ぶちのめした。
変身した衣装には狼の耳と尻尾が生えていた。
固有魔法「獣化」の影響だ。
何ともらしい格好だ。
皮肉に思えるくらいには。
……それから日華は本格的に魔法少女として活動を始めた。
狙い通りに多くの魔法少女と友好関係を築き、そして敵対した。
だが彼女達を観察しても結局何も理解が出来ないどころか共感もない。
その死を何とも思わない。
やはりこんなものなのか。
がっかりしていた。
半ば後悔しかけていたその時……転機はふと訪れた。
「こんにちは、狼さん。早速ですけど、提案があって来たんです」
なんと恵比寿小豆が新しい共同体の幹部にならないかと日華を誘ってきたのである。
小豆は日華の本性を見抜いていた。
見抜いた上でその冷徹さと合理性が組織にとって必要だと考えているようだった。
「他の子はなかなかそういう判断が出来ませんから。だからもし何かあった時、貴方が率先して、行動して欲しいのです。勿論それは苦しく、損をする役回りですが、貴女以上の適任がいないのです。……どうかお願いします」
そう言ってきた小豆に日華は困惑した。
こんな自分の本性を気持ち悪いと避けもせず、それどころか、言ってしまえば利用しようとするその図太さはなんなのか。
訳が分からなかった。
逆に言い返した。
「でもアタシは、貴女のようにみんなのことを考えられる奴じゃないし、暴力団の関係者だよ? 人間のフリをしてる獣だし、機械のように心が何も動かない。そんな奴が本当に調停役になれると思う?」
「ええ。だって貴女はそれでもとても優しいですから。仲間思いだと思います。それは行動を見ていれば分かる。貴女はみんなのために争いを仲裁したりしてますよね? それは暴力的ではありますが、みんなを守るためでしょう? 違いますか?」
「……」
「貴女の行動原理は人のためにこそある。私にはそう思えます。高潔な方であると」
などと美辞麗句のような言葉を言い切る小豆。
しばらく無言になるしかなかった。
そして次におかしな奴だと日華は思い、笑った。
そこまでハッキリ言われると逆に痛快ですらあったのだ。
「貴女は変だし変わってるね。私より理解出来ない奴だよ」
「えー? そうですか?」
「そうだよ」
「えー?」
小豆は首を傾げている。その様がますますおかしい。
まぁ……普通の魔女退治も飽きてきた頃なのだ。
面白そうな話ではあるのかもしれない。
ここは乗ってやるの一興か。
それにこの妙な小豆という少女といれば、何かが変われるかもしれなかった。
そういう予感があった。
そう考えて……日華は小豆の提案を受け入れることにしたのだった。
そしてこれこそが、日華が人の心を知る始まりだった。