こゆりさんに案内されるがまま建物の中に入る。
一階はなんらかの事務所になっているらしく、そのまま素通りする。
二階に上がれば、廊下が二手に分かれている。それぞれ別々の部屋に繋がっているのだろう。
と、ここで、鷹蔵さんが私以外の子達に声をかけた。
私はこゆりさんに手招きされる。
「夏音。貴女はこっちよ。着いてきて」
その際、チラチラと塔子ちゃんとマチルダがこっちを見ていたが、こゆりさんがこう言った。
「大丈夫よ。彼女にはちょっと心配しているお友達が来てるだけだから」
「そっか。それなら……」
そうすると納得したらしく、大人しく彼女達は鷹蔵さんと一緒に行ってしまった。
一方で私は、指示通りこゆりさんについて行く。
一分ぐらい歩いて、左手の部屋の前に来た。
……ちなみにその部屋には窓があって、シルエットが二つ映っている。
一人は知らない人。
そしてもう一人は――見慣れた女の人だった。
しかも彼女はこっちをガン見している。
今か今かと飛び出しそうな勢いだ。
思わずこゆりさんに視線をやって、
「あの、こゆりさん。これって……」
「貴女が思っている通りよ」
その時、いよいよ耐えきれなくなったらしい。
ドアが勢い良くバンと開いて、女の人が――家主さんが飛び込んできた。
「夏音ちゃん!」
大きな声で叫んで、両手を広げて。
「うわ!」
なんか抱きつかれた。
思いっきり。
いきなりのことにびっくりする。
ぐるぐると目を回していると、もう一人、部屋の中にいた人がこっちにやってきて、家主さんに軽く注意する。
「結、結。ちょっと落ち着きなよ。その夏音って子、何がなんだか訳分からなさそうだよ」
「……ヤダ」
すると家主さんが子供のように我儘を言って、私を強く引き寄せたまま、魔法を発動させる。
優しい緑色の光が走る。
それが身体を包み込むと、さっきまで痛んでいた傷が嘘のように塞がっていた。
彼女の固有魔法だ。
そして、言う。
「すごく心配した。心配したんだよ。こゆりちゃんから連絡来た時、心臓が止まるかと思って……気が気じゃなくて」
「結さん」
「無事で良かった。本当に無事で……」
そう言い終わってから、家主さんは更にキツく、キツく抱きしめる力を強くさせる。
恐らく、今回の件を聞いた直後、真っ先にここへ来てくれたのだろう。
着ている服は制服で、学校を早退してきたに違いない。
そのことに私は罪悪感を感じた。
それでも、どうにも心配してくれたことが嬉しくて。
こんな悲しませることをしたというのに、されるがままになっていた。
それどころか、家主さんの背に手を回し、ぽんぽんと軽く叩く。
「ありがとうございます。私は大丈夫ですよ。突然いなくなったりしませんから」
何の根拠もないのに、安心させることを言った。
慰めるかのように。
あやすように。
家主さんは少しだけ幼い口調になる。
「ほんと?」
「はい。私は家主さんと共にいます。これからもずっと」
「うん。うん…………でも、ごめんね。今まで」
そして、そこで唐突に謝られた。
驚きのあまり、声を漏らす。
「え?」
家主さんは続ける。
「だってそうでしょ。……ずっとほったらかしにしてて、守ることすらせず、君の面倒も見なかったじゃない。僕が中途半端だったんだよ。君に甘えて、ずっと日和ってて……一人で大変だったろうに……今日も君は……」
「いえ、でも私だって、色々とやってましたし、それに――」
「ごめんねぇ……」
家主さんは遂に泣いてしまった。
ぐすぐすと、涙を溢れ落とさせる。
優しくてしょうがない人だ。
その思いに駆られ、私は家主さんの背をさすり続けた。
いつまでも、いつまでも。
彼女が泣き止むまで、そうしていた。
◆◇◆◇
「とりあえず、詳しい話は中でしない?」
しばらくして落ち着いてきた頃。
家主さんが私をようやく離してくれたタイミングで、一緒にいた見慣れない女の人が話しかけてきた。
その人はこゆりさんより少し背が高くて、同じくらいの年に見える。
紺色の髪をボブぐらいに切り揃えた、高校生くらいの少女。
髪と同色の目はアーモンド型で、猫目というのだろうか。
随分と綺麗な人だけど、牛木草の上層部の人というのは、外見が整っている人が多いのかもしれない。
この場にいるということは、きっとそういうことだ。
家主さんを監視でもしていたのだろうか。
彼女もまた早退してきたのか、制服にパーカーといった格好だった。
私は結さんと共に中に入る。
全員が入ったところで、ソファを勧められる。
部屋の中は狭く、壁にテレビがあって、大きなソファが向き合うように並べられていただけだった。
そこに私と結さんが入口側、こゆりさんと紺色の髪の人が窓側に座る。
そうして、彼女は手短に名乗る。
「あたしは藤野みいか。よろしくね」
「みいかさん?」
「彼女はニッカさんの直属のグループのリーダーなのよ。つまり、ニッカさんの次に偉い奴って訳」
そういえば名前には聞き覚えがあったのかもしれない。
藤野みいかは白亜日華の協力者。
だが仲間というよりは、利害で繋がった同盟相手なのだと。
その由来が何なのか分からないが、みいかさんは何処となく、そんな紹介をされることに居心地が悪そうにしている。
「あたしは日華のお願いを受けて、結の見張りをしてたんだよ。リーダーとしてな。……流石に一人にはさせておけないし」
みいかさんはそこで結さんを見る。
家主さんは言った。
「夏音ちゃんが追ってた魔女は牛木草の子達もなんとかしなきゃいけないって思ったみたい。すぐに日華ちゃんに情報が行って、人形を派遣してくれたんだよ。それで僕の方にも連絡が行って……」
「アンタ達が他の魔法少女に知らせてくれたおかげだな。ちなみに、今まで会ってきた柘榴は、あたしの相方だよ。今は別の部屋で塔子達を治療してる」
「じゃあ、向こうの部屋には柘榴さんが?」
「ああ。彼女は魔法少女の医療担当なんだ。そうは見えないだろうけど」
みいかさんが苦笑した。
確かに、見えないと言うのは失礼だけど同意する。
柘榴さんは猪突猛進って感じの人だ。
でも腕は嘘じゃあないらしく、こゆりさんが、
「柘榴はああだけど本当にすごいのよ。腕が良いの。つい最近も――」
と謎のフォローを始めた。
みいかさんはそんなこゆりさんを慣れた様子で肘で軽く小突いて止めつつ、
「そして、それはあたしも同じ。リーダーだけど、その前に魔法少女の治療を受け持ってる。と言うことで、夏音? だっけ。その子の様子を見るためにここに来たもあったんだけどな……」
そこでじっと、紺色の瞳がこっちを向いた。
表情は驚きに彩られていた。
「こんなに怪我が早くに治るだなんて……正直言ってびっくりしたよ。結。アンタの魔法はすごいな」
そして呟いた。
本心っぽい感じで。
「本当に引き抜きたいくらいだよ。アンタ、こっそりうちのところで働かないか? 日華に頼めば報酬ぐらい分けてもらえると思うし、完全にこっち側になれば、色々と好都合だろ」
「……そうだね。だけど生憎、僕はそっち側にはいけないよ」
家主さんは私の方に視線をやった。
複雑そうだった。
「僕だって夏音ちゃんとはもっと一緒にいたいよ。そのためならそっちに鞍替えしたって全然良い。でも僕は早島の人間だ。どうしたって早島の人間なんだよ。サチちゃんや入理乃ちゃんが心配だし、一族のこともある。どっちつかずの中途半端だ」
それから迷うように数秒黙って、言葉を紡ぐ。
「それに君達を信頼出来るかっていうと、そうじゃない。どうせ、君達も同じなんだろ。僕が白だと言っても、糸使いとか言うやつと繋がりがあるんじゃないかと思い続けてるんだろ……冗談にしてもそういうの質が悪いよ。みいかちゃん。僕達は利害の上でしか、まだ関係は築けないんだから」
そこで一度言葉を切る。
「……でも、こうやって夏音ちゃんを助けてくれたことは感謝してる。君達は何もやらなかった僕の代わりに夏音ちゃんを守ってくれた。僕よりも先に行動を移した。上から目線だし、僕みたいな奴がこんなこと言ったって、しょうがないんだと思う。でも、ありがとう。心の底から……ありがとう」
そして姿勢を正して、みいかさんの方を向いて、家主さんは深々と頭を下げた。
私は思わず目を見開いた。
こゆりさんも驚いて、唯一みいかさんだけがばつが悪そうに頭を掻いた。
「そういうのは日華に言ってよ。あたしはただ来ただけだっての。ま、そうだよな。一応あたしも半分くらい本気だったんだけど、こっちも悪かったわ。無神経過ぎたよ今のは。顔上げてくれ」
「うん。分かった」
「後、どうせ感謝するなら、全部が終わった後にしてくれ」
みいかさんはそう言ってから、こっちに声をかけた。
「菊名夏音。アンタのソウルジェムを出してくれ。念のため検診するから」
「は、はい」
「――みいかちゃん」
「大丈夫。変なことはしない。ただ見るだけだ」
すると言葉通り、私が指輪から卵型にしたソウルジェムを、みいかさんはふんふんと神妙そうな顔で見続ける。
やがて頷いた。
「うん、これくらいなら濁りを取るだけで良いな。こゆり」
「ええ」
こゆりさんは服のポケットを弄ると、グリーフシードを取り出し、私のソウルジェムの穢れを取ってくれた。
おかげで私のソウルジェムは元の通り、綺麗でピカピカの状態になった。
横で家主さんがほっとしていた。
私が魔力も怪我も回復して、心から安堵しているようだった。
ソウルジェムを指輪に戻す。
ともかく、これで一応治療は終わった……と言っても良いのかもしれない。
だが、ここに連れてこられたのは、それだけじゃあないだろう。
マチルダや塔子ちゃんは純粋に治療のためだろうが、私はそうじゃない。
そう思って改めて気を引き締めていると……みいかさんが口を開いた。
「で、ここからが本題なんだけど……いくつか確認して良いか、夏音」
いよいよ踏み込まんできた。
私は胃がキリキリするのを感じながら答える。
「はい」
「まずは魔女について色々と聞きたい。一つ目、アンタは魔女を追って学校を抜け出した」
「はい」
「二つ目。アンタは口付けのあった男を拘束した」
それから何度も何度も魔女のことについて聞かれ、そのすべてをみいかさんはメモに書き込んでいった。
そうしている内に、みいかさんの顔は渋面になっていく。
「ありがとう。これで大体分かった。成程、報告に上がってる通り大分厄介だった訳だ」
「そんなになんですか」
「大事件過ぎる。こちらとしても処理に困るくらいだ」
そりゃそうだろう。
一方の学校では刃物を持った男が現れ。
もう一方の学校では銃撃事件。
既にニュースとして報道されてもおかしくない。
「おまけに、そんな状況でそれぞれの学校から三人の生徒が一時的に所在不明になってるんだよなぁ……」
「……」
その言葉に、私は黙り込んだ。
自分がどれだけ大事なことをしてしまったのか、改めて思い知らされる。
「夏音。アンタ、その後はどう戻るつもりだった?」
「必死だったので……何も考えてませんでした」
「そっか。じゃあ荷物は?」
「……置きっぱなしです。教室に」
「スマホは?」
「……鞄の中です」
「だよなぁ」
みいかさんが頭を抱えた。
こゆりさんも「あー……」と、何とも言えない顔をする。
確かに……改めて状況を考えてみても詰んでいる。
なにせ複数の学校で大事件が起き、私達三人が行方不明になったのだ。
今頃学校も世間も大騒ぎだろう。おまけに私の場合、スマホは置きっぱなしで連絡も取れない。
かなりの大事である。
……気が重くなりつつも、今度はこちらの方がいくつか確認する。
「えーと、学校側が通報とかは……」
「してるよ」
「警察も?」
「動き出してるよ」
「……」
そりゃそうか。
そうなるか。
でも不味い。
特に警察が動き出しているのは最悪だ。
みいかさんは渋い顔で言ってきた。
「…………ところでアンタの兄貴ってさ、あの人で間違いないんだよな? テレビとか新聞とか雑誌で見たことある、あの人」
「……」
「菊名って聞いて、日華がピンと来たんだ。あの人有名人でしょ。きっと連絡が行って、今頃探し始めてると思うんだよね。随分優秀って話のようだし」
「そうなの?」
その時、結さんが横から聞いてきた。
彼女にとってみれば初耳だろう。
あまり身内のことは話したくなかったが、この際は仕方がない。
私は頷く。
「……そうです。あの人は私の兄です。きっと必死になってくれてる筈です」
だってあの人はそういう人だから。
私を育ててくれた人だから。
だから、きっと今頃心配になって探してくれているに違いない。
……。
………その筈だよね?
ううん……そうに決まっているのだ。
そうじゃなきゃ、ちょっと困る。
ずっと私をほったらかして……一人ぼっちにしてて……それなのに今回も私を見ないなんてのは、嫌だ。
それに両親だって、私を心配しているだろう。
いくら家に帰ってこなくったって、こんな大事に巻き込まれた娘をほったらかして仕事なんかしないだろう。
私は家族に迷惑をかけているのだ。
好き勝手なことをして、孤独を押し付けてきた家族に、逆に迷惑をかけているのだ。
そう思うと、どうしてだか奇妙な気持ちになった。
罪悪感があるような、ないような。
何かを期待するかのような、妙な気持ち。
「……」
しばらくの間、私は再び黙ってしまった。
沈黙が部屋の中に降りた。
どうにも気まずい。
ああ、くそ。
私って嫌な子だ。嫌なことばかり考えてしまう。
こんなこと思いたくないのに、私って奴は何でこうも――。
「夏音ちゃん」
すると家主さんが優しく私の手を握ってくれた。
私はハッとして、彼女の顔を覗く。
「大丈夫?」
寄り添うように、気遣うように。
家主さんは、ただ片手で私の手を握ってくれていた。
私はそれだけで少しだけ落ち着いていく。
そうだ。
私は一人じゃない。家主さんがいる。
私は大丈夫だ。
この人がいれば、私はどんなことがあってもきっと平気になる……。
それよりも今は現状のことだ。
くだらないことで悩んでないで、どうするか考えないといけない。
私は――。
「夏音」
「……」
「今日は一旦、家に帰るか?」
「帰ります」
即答だった。
それ以外に選択肢がないのだから、しょうがない。
正直、もうあの家には帰りたくはない。
それでも帰らなければ、色んな人に迷惑がかかる。結さんも兄さんも、これ以上困らせたくない。
だが、どうすれば帰れるのだろう。
無事に。
普通に帰ったところで、警察の保護やら事情聴取やら、大変面倒臭いことが起きるに決まっている。怪我もしていない。五体満足なのは結構なことだ。けれど、これだけの時間が経っているのだ。
普通に考えれば、誘拐事件を疑われてもなんらおかしくはない。
そこで何と説明すれば良い。
魔女とか使い魔とか言える訳がない!
『なら――そのカバーストーリーを、こっちで用意するってのはどう?』
「!」
突如、思考を読んだかのようにザザッと音がした。
何処からか声が聞こえてくる。
声の出所を探すと、丁度天井にはスピーカーがあり、それが赤くランプをピカピカと点滅させながら音声を流しているのだった。
『またこんな形でごめんね、夏音ちゃん。こっちも忙しいから、今はこうでしか話せないんだよ』
謝ってくる声の主は、どうやらニッカさんのようだった。
六桜花の時以来である。
また遠くにいて、そこから回線を繋いで盗み聞きでもしていたのだろうか。
『話は聞いてたよ』と言ってきたので、結さんが天井を睨みつけて警戒していた。
その雰囲気を感じ取ったらしく、ニッカさんは続ける。
『何も獲って食おうって訳じゃないから安心してよ、結ちゃん。アタシはただ、その子を送り届けたいだけ。拘束したり、監禁しようなんて微塵も思っちゃいない。ていうか、こういう後始末の責任はアタシが最後まで取らなきゃいけないことだからね』
「……そう」
家主さんが、その言葉を聞いて警戒心を少し緩めた。
実際、この状況でニッカさんは驚くほど頼りになるのだろう。
処理は任せるしかないのだ。
こっちは突然出てこられて心臓に悪いのだが……。
『さて、改めまして。初めましてかな、夏音ちゃん』
「……はい」
相変わらずこの人が出るだけ雰囲気が変わる。
ニッカさんはせっかちなのか単刀直入に話し始めた。
『早速だけど、貴女が帰る方法について説明するよ。最初にアタシ達は今回の件で貴女を責めるつもりはないよ。むしろ感謝してるくらい。被害も大きかったけど、逆を言えばあれだけで済んだとも言える。貴女達三人が動かなければ、もっと酷いことになっていた』
「はい」
『でも、仕方なかったとは言え勢いで飛び出したのは不味かったね。これは親御さんや学校からしてみれば、とんでもないことだ。ここで普通に帰れば、待っているのは保護と事情聴取。貴女としても避けたいよね』
「……はい」
『だからこの際、飛び出した後の空白の時間を、魔女狩りじゃなくて別の形で埋めてしまおうと思ってる』
「別の形?」
思わず聞き返す私。
ニッカさんは悪戯っぽく笑った。
『要は夏音ちゃんがどこにいたのかを説明するための筋書きを用意しようってこと』
「……具体的には?」
結さんが尋ねる。
『まず夏音ちゃんは、学校を抜け出した後のことをよく覚えていないで通そっか』
「……え? でも、それじゃあ」
『何も全部嘘をつこうって訳じゃない。実際、魔女の結界に入って、使い魔や魔女と戦ってたんだ。一般人に説明できる内容じゃない。だから、そこは「事件に巻き込まれて混乱していた」という事実だけを残すの』
つまり、余計なことは喋るなということらしい。
知らぬ存ぜぬを通してしまえば、それ以上詮索のしようもない。
『そのうえで、私達が別の説明を用意するって訳』
「それで、どうするんですか?」
今度は私が尋ねる。
『民間の保護施設を使う』
「……施設?」
『そう。事件や家庭環境なんかで、一時的な保護が必要になった未成年を預かる民間の保護施設があることにする』
そこで少し間が空く。
『勿論、完全な架空施設をでっち上げる訳じゃない。アタシ達が以前から協力関係を持ってる実在の施設がある。表向きは普通の民間施設だから、こういう時の受け皿にもなってくれる』
「……そんなところがあるんですか?」
『あるよ。事件に巻き込まれた子供を、一時的に保護すること自体は珍しいことじゃないからね』
まあ……ニッカさんの立場ならそういうこともあるのだろう。
それなら、少なくとも魔女に襲われていましたなんて説明をするよりは、ずっと現実的だ。
『事件で錯乱した夏音ちゃんは混乱のまま学校を離れ、その後、保護施設の職員に保護された。そこで落ち着くまで保護されていた――って形にする』
「……確かに辻褄は合うね」
家主さんが呟いた。
するとニッカさんが言う。
『結ちゃんも知ってるでしょ?』
「……え?」
『以前、こゆりから聞いてない? 牛木草の魔法少女が何かあった時に、一時的に身を隠したり、一般社会に戻るまで保護してもらったりする場所があるって』
「ああ……」
結さんが少し考える。
「そういえば、前に聞いたことがある。こゆりちゃんから、緊急時の避難先としてそういう施設と繋がりがあるって」
『うん、何かと便利なんだね』
なんだろう。
何かうっすら冷たいものが。
『それに、施設側から家族へ説明してもらうこともできる。夏音ちゃんがそこで一時保護されていた、という形にして、家族には職員から引き渡す』
「学校は?」
『そこも施設側から連絡する。学校に事件後、本人が混乱していたため、民間の保護施設で一時的に保護されていたと伝える。細かい部分は本人のプライバシー保護を理由に必要以上には話さない』
「……成程」
『それなら警察に対しても、夏音ちゃん本人が余計な説明をする必要はなくなる。少なくとも学校を出てからどこにいたのか分からないという空白は埋められるよね』
確かに。
これなら何とかなるかもしれない。
『それと荷物ね。スマホも鞄も学校に置きっぱなしなんでしょ?』
「はい」
『それも施設側を通して学校に連絡を入れる。必要なら職員が受け取りに行って、夏音ちゃんへ返す』
「そこまで……」
『やるよ。今回の件はアタシ達にも責任があるからね』
ニッカさんの声が、少しだけ真面目になった。
『学校に魔女に会ってましたなんて説明する訳にもいかない。だったら、現実社会で通用する形に落とし込む。それがアタシ達の仕事だよ』
「……ありがとうございます」
私は素直に頭を下げた。
たとえ向こうにその姿が見えなくとも。
するとニッカさんは少し照れ臭そうに笑った。
『礼はいいって。それより問題は、もう一つある』
「もう一つ?」
『結ちゃんだよ』
「……僕?」
家主さんが自分を指差す。
不思議そうに。
『そう。結ちゃんはどうする? そのまま自分の家に帰るなら、それはそれで問題ない。でも、夏音ちゃんのことが気掛かりでしょ』
「なら僕は夏音ちゃんに付き添いたい」
ほぼさっきの私のように即答だった。
「まだ夏音ちゃんの手、震えてるから」
言われて、私は自分の手を見る。
家主さんが握ってくれてる手を。
確かに、ほんの少し震えていた。
まだ家族と会うのが怖いというのだろうか。
「僕は今の夏音ちゃんを一人にしたくない」
私は何も言えなかった。
家主さんの言葉は強かった。
ニッカさんが少し考えてから言う。
『だったら、一緒に帰ればいい』
「え?」
声を漏らしたのは私とこゆりさんだった。
なんともあっさりとした許可だ。
だからか自らの主人に向かってこゆりさんはびっくりした様子で確認する。
「い、良いんですか? ニッカお嬢。結さんは早島の――」
『分かってる。でも今回は別に良いでしょ。夏音ちゃん頑張ったからさ、それぐらいあっても良いでしょ』
「ニッカさん……」
『ただし、結ちゃんが夏音ちゃんを家まで送ったという形にはしない。学校が違うからね。そこは不自然になる』
ニッカさんは思ったよりも寛大さを見せてくれてから、説明を続ける。
『施設の職員が夏音ちゃんを家まで送り届けるよ。その際に、結ちゃんが本人の友人として付き添っているという形にする。つまり、あくまで結ちゃんはその付き添い。それに結ちゃんは普通に早退してるんでしょ?』
「うん。学校にはもう連絡してある」
『問題なのは、どうして結ちゃんが夏音ちゃんと一緒にいるのか、ってところだけど……そこも説明はつけられる』
「どうするの?」
『結ちゃんは、学校を出たあとに夏音ちゃんがいなくなったことを知って、心配になって探しに来た。で、知り合いを通じて夏音ちゃんが保護されている施設があるって聞いたことにする』
「嘘は言ってないね……」
『何事も方便って奴だよ。施設の方から結ちゃんのところに連絡が来たことにすればいい。もちろん、本物の施設職員が直接連絡したって形にする。――「菊名夏音さんという生徒さんを保護しています。お知り合いの方でしたら、ご家族に連絡するよう本人に伝えてください」ってね』
「それなら……僕がここにいる理由も作れるか」
『そういうこと。結ちゃんは夏音ちゃんの友人として施設に来て、無事を確認した。それで夏音ちゃんが「家に帰る」となったから、一緒に帰ることにした。これなら特別おかしくないでしょ?』
そうだ。これなら結さんが私と一緒に帰ってもおかしくない。
少なくとも、学校が違うという問題は表向きには解消できる。
同時にここまで淡々と状況を処理するニッカさんに慣れのようなものを感じる。
彼女にとってはこのくらいどうってことないのかもしれない。
頭の良い人だ。
『それと、塔子ちゃんとマチルダについては別々に処理するよ』
「二人はどうなるんですか?」
『まずは治療。柘榴が終わったら、それぞれの家族へ連絡する。二人とも別々の家庭に帰すよ。夏音ちゃんと一緒に帰す必要はないからね』
「良かった……」
『それから、学校側への荷物の返却もそれぞれ別にやる。無理に三人を一つの話にまとめる必要はないからね。……っと、今日のところはここまでにしよう』
ニッカさんの声がそこでちょっと低くなる。
ほんのちょっとだけ、分かりやすく。
『結ちゃんも、アタシ達に聞きたいことは色々あるでしょ?』
「……うん」
『糸使いのことも、牛木草のことも。夏音ちゃんのことも』
「そうだね。僕達の立場は曖昧だ。糸使いのことも、どうするかずっと気になっていた」
『アタシだって、貴女達のことは気掛かりだったよ』
僅かに沈黙があった。
『ぶっちゃけると、夏音ちゃん達の存在は面倒でややこしい。おまけに今回の件だ。仕事が増えて敵わないよ…………はぁ…………』
最後の溜息だけ、やけに大きいな。
『でも、今日ここで全部話すつもりはない。アタシ達も整理しなきゃいけないし、そっちだって考える時間が必要でしょ』
「……そうだね」
『だから、牛木草での今後の扱いについては次回にしよう。今日のところは、全員を無事に帰す。それだけでいい』
「分かった」
結さんが頷く。
『うん。それでいい。今日の件は今日の件。明日のことは明日のこと。今後の話は、また改めて』
ニッカさんはそう言ってから、みいかさんとこゆりさんに声をかけた。
『ともかく、そういう感じで今日は帰ってもらうからよろしくね。みいか、こゆり。後のことは頼んだよ』
「はい」
「ああ」
『じゃ、忙しいから切るね』
ザザッ――。
それを最後に、スピーカーから流れていた声が途切れた。
部屋の中に、静けさが戻ってくる。
私は天井を見上げたまま、しばらく呆然としていた。
……帰れる。
本当に、帰れるらしい。
でも。
家に帰ったら、私は何と言えばいいんだろう。
家族は、私を見たら何を思うのだろう。
なんて……。
「……夏音ちゃん」
隣から結さんの声がした。
「帰ろうか」
私は彼女を見る。
その表情は、まだ少し心配そうだった。
「……はい」
私は握ってくれてる手の温もりを感じながら、頷いた。
二・五章新キャラ紹介及びキャラ設定ニ
藤野みいか
江戸柘榴の相方で白亜日華の直属のグループを率いるリーダー。十七歳。
牛木草の幹部の中では比較的落ち着いてはいるが元は共同体と敵対していた他の市の出身。エルの元に身を寄せていた過去があり、共同体崩壊やエルの死で混乱が起こった際に行き場がなかったのを、日華に誘われ仲間になった。
現在は母親が死亡し父親も問題があるため、今回の話に出てきた施設に実際に保護されてお世話になっている。普段は柘榴と行動を共にしており、二人で怪我をした魔法少女の治療を担当する。本部にある魔法少女の墓地も管理しており、命を粗末にする者が大嫌い。