魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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願いとは

時計が十時を指したちょうどに、ベルの鳴る音が聞こえた。夏音が玄関へと、向かい、ドアを開けると、そこには、予想どうり、阿岡入理乃が立っていた。茶色のパーカーのフードを被り、ワンピースを着た彼女は、紙でできた小さな袋を、首から下げていた。

 

「お、おはよう、夏音ちゃん」

「おはよう、リノ」

 

夏音がにこりと笑いかけると、入理乃が途端に赤面して、少しはにかんだ。そして、夏音の足元にいるキュゥべえに視線を移すと、

 

「キュゥべえ君も、おはよう」

「おはよう、入理乃。今日はどこへ行く予定なんだい?」

「船花ちゃんの家よ…。そこで、夏音ちゃんと会って話をしたいらしいの…………」

 

自分に話とは、何なのだろうか、と夏音は一瞬首をかしげたが、すぐに魔法少女の話をしたいのだろう、と思った。ともかく、会ってみなければ、その話の内容もわからない。

 

二人と一匹の集団は、夏音の自宅を出て、入理乃の先導のもと、千花サチの家へと向かいだした。入理乃とキュゥべえの話によると、夏音の家から、およそ三十分でつくらしい。いつもの通学路を通り、途中から、左へと逸れて、公園を横切ったとき、ふいに夏音が口を開いた。

 

「さっきの公園、懐かしいですねえ」

「…………懐かしい?昔ここで遊んだことがあるのかい、夏音」

 

肩にのせた小動物が、質問する。

 

「いえ、そんなことはないんですけど。何ででしょうか?」

 

なぜだろうと疑問に感じる。少なくとも、思い当たることがない。それとも、夏音は覚えてなくて、昔本当は小さい頃、ここで遊んでいたのだろうか。しかし、それなら見覚えがあってもいいものだ。それすらもないのだから、きっと自分はここに来たことがない。

 

「一度見ているとか、かしら?」

「たぶん、この公園に来たのははじめてです」

「………ご、ごめんなさい。ここに来たのは、はじめてだったのね………。違うこと言ってごめんなさい」

 

間違ったことを言って、ごめんなさいと、弱々しく消え入りそうな声で、入理乃は言った。その姿を、じっと夏音は見ていた。彼女のなかで、入理乃の態度が、どこかイライラとしたものとして、広がっていく。そして、ついにおさえきれなくなって、夏音は目の前を歩く少女に問いかけた。

 

「あの、前々から思っていたのですが、どうしてそんなにおどおどしているんですか?」

「………………」

「貴女ほど、頭もよく、何でもできてしまう人が、こんな弱気なのはおかしいと思うんです」

 

それに、そんな人物は、普通自分に自信を持っているのではないだろうか。何もできなくて、だからそのせいで弱気になる、というのはわかる。しかし、何でもできるのに、弱気になる、というのはわからない。そうなる、理由が思いつかない。

 

「だからって……。弱気にならないわけじゃないわ。……優秀でもね、心の中が、弱い人はいるの。…むしろ、優秀だからこそ、それに、苦しめられることもあるの…」

「優秀だからこそ、それに苦しめられる………?」

「人間は自分に足りないものを持っている個体を見ると、自身とどうしても比較をしてしまう。それによる感情は、決して良いものばかりじゃないからね」

 

人間は誰しも、自分より優れた人に対して、様々な感情を感じる。その感情は、実に様々で、羨望、妬み、自己嫌悪、絶望など、人それぞれによって、抱く感情はちがってはくるが、そのどれもが、大抵は、暗い感情だ。なかには、良い感情というのもある。しかし、それさえも、感情を向けられた本人には苦痛となる場合がある。過剰な感情、たくさんの感情を向けられることは、時と場合によっては、心に突き刺さる刃となるのだ。

 

「……夏音ちゃん。唐突だけど、私の願いについての話をしていいかしら?」

「………願いについて、ですか?いいですけど、でも、そんなことを言ってもいいですか?」

 

どんな願いでもたったひとつ叶えるキュゥべえとの魔法少女の契約。その契約した際の願いというものは、きっと本人にとって大切なものだったり、隠したいものだったりするはずだ。なのに、それをあっさり、こんな自分に言ってもよいのだろうか。

 

「いいの。夏音ちゃんには、知っていてほしくて………」

 

そう言いながら、入理乃は少し笑って、

 

「私の願いはね………、決して誉められるような願いじゃないの……。魔法少女はその願いによって、それぞれの魔法が決まる………。私の魔法………紙を操る魔法は………、私の願いによって、生まれたの。だから……、どんな願いをそのキュゥべえ君に私が願ったのか……そこからある程度、推測することができる。夏音ちゃんは…、私が何を願ったと思う?」

「紙を操る魔法だから……、紙に関することとかですか?」

 

それ以外を夏音は考えられなかった。推測できる、と言われても、こんな単純なことしか、答えられない。入理乃は、申し訳なさそうに、ごめんなさい、違うわ、と言った。

 

「紙…、それで思い浮かぶことは、何かしら?」

「新聞とか、雑誌とか、あとは本とかです。それからーーー白紙」

「そう……、白紙。…………白紙は、真っ白。私は、あるものを、真っ白にしたの……」

 

故に、紙の魔法が、入理乃に与えられた。何かを白紙にしたものは、それを操る魔法を、手にいれた。

 

「それって、何かの色を染めたとか、そういうこと何ですか?」

「ごめんなさい…。そういう意味じゃないの…。何かを真っ白にするっていうのは、何かを、なくした、という意味なの。私の願いは………“書道教室の同級生が書道を始めたきっかけを消すこと”。自分よりも優れた才能を持つあの子が書道をしないことを、私は望んだのよ………」

 

あまりのその告白に、夏音は息を飲んだ。信じられなかった。そんなことを、この弱気な少女が願ったとは、どうしても思えなかったし、思いたくもなかった。

 

「な、何で、そんなことをしたのですか?」

「それは………。私がその子に嫉妬したから。どうやっても、自分はあの子のようには、なれないということが、………私にはわかってしまった。はじめて好きになって、全力でやりたいと思ったものだったのに………。よりによって、上をいかれてしまった。優れた自分が、負けてしまった。…………その事実がショックで、あの子さえいなければ………、そう思ったから、あんな願いを叶えてもらったの………」

 

入理乃が、自虐的な笑みを浮かべる。自分が、いかに愚かだったのかを振り替えって。

 

「………、おかしいわよね。私は……、あんなにも、妬まれ続けたり、いじめられ続けた元凶である自分の才能を、……とても疎ましいと思っていたのに、いざと、それを越えられたら嫉妬しちゃうなんて………。思い上がりよね………」

 

自分はどこかで、他の人よりも優れていると思っていたのかもしれない、と入理乃は自分に言い聞かせるように、呟く。水溜まりの上を、彼女はぱしゃりと踏んだ。水が飛び散り、続いた足跡は、道路にくっきりとスタンプのようにうつる。

 

「後悔してるんですか、願いを叶えたことを…?」

「……………わからない。後悔はしていると思うわ。…その子の人生を変えたのだし。………でも、その子に抱いているコンプレックスは、ずっと消えないの。むしろ……、それが、自分のなかで大きくなっているの………」

 

その言葉を聞いて、それは、どうしてなのだろうと、夏音は漠然と、考える。もしかしたら、その子に対して、申し訳ないと思っているからなのだろうか。そして、嫉妬の対象を自分勝手に排除し、その己の浅ましい行為に自分自身を責めているのだろうか。

 

夏音自身、その願いは、よくないものだと思うし、入理乃が当時抱いた思いは、彼女自身の言う通り、思い上がりだと感じる。だから、それに対して、自責の念を持つなとは言わない。でも、

 

「話てくれて、ありがとうございます。おかげで、貴女のことを、少し知ることができました」

「え………?」

 

驚いた声があがる。そんな言葉を想定していなかった彼女は、目を見開いて、実に心底訳がわからないという表情をした。

 

「こ、こんな私なんて、知っても別にどうでもいやつなのに、どうして………」

「私、貴女とは前々から友達になりたかったんです。だから、リノのことを知れて嬉しかったんですよ。それから、この私の前で、自分を卑下するような言葉はやめてください。対等な友人関係を築きたいですからね」

 

そう言って、屈託のない笑みを、夏音は入理乃に向けた。その笑顔に、入理乃は、眩しそうに目を細める。船花と書かれた表札がかけられた白い一軒家が、すぐ目の前で、たたずんでいた。

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