船花家は普通の一軒家と比べると、比較的大きく、軽く豪邸と言っても差し支えないほどであった。白い壁に茶色の屋根が特徴であり、童話にでも出てきそうな外観は、どことなく清廉さを思わせる。塀で囲われた庭も、家の大きさに相応しくとても広いようだった。ちらっと見た限りでは、芝生も伸び放題になっておらず、きちんと手入れがなされているらしい。
二人は庭へと入ると、船花家に近く。入理乃が手をのばし、チャイムを鳴らす。少し間が空き、しばらくすると男性がスピーカーを通じて、阿岡君、久しぶりと親しげに話しかけた。夏音はどうしてこちらのことがわかったのかと驚いたが、すぐにカメラで見ているのだろう、と納得した。
「そばにいる子は、一体誰なんだい?」
「船花ちゃん……サチちゃんの友人です。三人で遊ぶ約束を彼女としていたのですが、聞いていませんか?」
「ああ、そういえばサチからそんな話を聞いたな。今鍵を開けるから、中に入って、リビングで娘を待っていてくれ」
直後ガチャンと音がした。遠隔操作か何かで鍵が開いたのだろう。夏音はすごいなと思いながら、言われた通りにドアを開け、中に入って玄関を見渡す。
外が外なら、中もすごいかと予想していたが、茶色のシックな壁紙に、白い靴入れと至って案外普通だ。しかし靴入れの上にはボトルシップがあって、精巧な作りをしているのが素人の目にもよくわかり、かなりの値段がするだろうと思われた。その隣には、サチと、その父親であろう妙齢の男性の写真が飾られてあった。砂浜で貝殻を持って笑いあっている様子から見るに、本当に仲が良いのだろう。
リビングに行けば、大きい白いソファーやら、近年噂になっている憧れのハイスクリーンのテレビがあったりと、こちらは予想どうりの部屋だった。家具はどれも値段が高そうなものばかりで、見ているだけで気後れしてしまいそうだ。
「なんか、お金持ちの家って感じです……」
そのお洒落な内装に、貧乏くさい自宅と比較して、密かに敗北感を味っている夏音に、入理乃は、
「船花ちゃんのお養父さんね……、有名な資産家なんだって。……
「聞いたことあるような、ないような………」
たしか、ニュースでその人物が出ていような気がするが、記憶があやふやだった。夏音がテレビで見るのは、アニメやらバラエティーやらが中心であり、ニュースはあまり見ない。だから、興味がないものその分野に関しては、そこまで記憶にとどめていなかった。
「おまたせ、夏音、入理乃、キュゥべい」
がちゃりと扉が開き、赤いチェックのシャツに黒のスカートを着たサチが、何やら上機嫌で、リビングに入ってきた。鼻唄を歌いながら、私の部屋で話そうよと明るく笑うサチに、ただただ、夏音は困惑するしかない。しかし、入理乃は何故サチがこんな風になっているのかを理解しているようで、苦笑していた。夏音は、キュゥべえにこっそりと耳打ちし、
『あー、あー、聞こえてます?リノ』
『聞こえてるわ、夏音ちゃん』
テレパシーで返事する入理乃。途端、夏音が嬉しそうに顔を輝かせ、キュゥべえを見ながら、感激したように言う。
『……すげえ、本当にマジでテレパシーが使えるんだ。そして、キュゥべえはただの影がうすい淫獣じゃなかったんだ……』
『夏音、キミはボクのことをどんな目で見てるんだい?』
キュゥべえが、そう尋ねる。夏音はそれを無視して、入理乃に、再びキュゥべえを介して、テレパシーを送る。
『船花は一体どうなっているんですか?なんか、妙に優しいんですけど』
昨日の様子とは、まるで違う。感情の起伏が激しく、かつわがままで、自分勝手なあのサチには見えない。何かあったのか、逆に心配になってくる。
『たぶん、だけど………お義父さんに、何かしてもらったんじゃないかしら………。サチは、お義父さんのことが、…とても好きだから……』
『そうなんですか。なんか意外ですね』
サチが父を好きとは、驚いた。普通、この年頃だと、父親のことを、何かと嫌ったりするものである。それに、サチは年下のくせに反抗的だから、何となく親や先生などにも、自分と同じような態度をとっているように、夏音には思えた。
「ここが私の部屋だよ」
二階に上がって進んだ先にある突き当たりの部屋を、サチが開ける。中に入りながら、夏音はちらりと部屋の内装を見た。白の壁いっぱいにはられた海の写真に、ボトルシップがのってある勉強机。青い毛布のベット。こじんまりとした本棚は、教科書よりも、漫画やゲームのソフトなどが、大半を占めている。中央にある折り畳み式の机の真ん中には、事前に用意してあったのか、様々な種類のお菓子が入れられてある容器が、鎮座している。
「どうぞ、腰かけて。お菓子も好きなの食べていいよ?」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて」
夏音が机の前に座り、遠慮なく菓子の山からクッキーの袋をとって、あけた。それを、ベットで腰掛けながらニヨニヨ笑うサチ。と、そこで、困り眉だった入理乃が、はっと気づいたように、声を張り上げた。
「夏音ちゃん、それはーーー」
「っ!!」
しかし、時はすでに遅く、夏音は言葉にならない声をあげた。思わず、口元を隠しながら、それを、吐き出す。混乱しながら、夏音は考える。自分は、クッキーを食べようとしたはずだった。なのに、カキン、と固い鉄のようなものを、噛んだ感覚がした。そして中で、ゴムのような味が、口いっぱいに広がった。一瞬で理解する。これは、クッキーなどではない。これは、クッキーによく似た何かだ。
では、何のためにこんなものを用意したのか?答えはもう、わかりきっている。夏音は目の前で笑っているサチに向かって怒った。
「船花!!ふざけるのもいい加減にしてくださいよ!?」
「フフフフ、何怒ってんの?こんなのに引っ掛かるテメエのが悪いんじゃん。フフ、アハハハハハ!!」
そういって、サチは、ベットに倒れこんで、腹をねじらせ笑った。そして、傑作だ、あー、傑作だと夏音を散々馬鹿にした。さすがに入理乃が注意するが、途端に不機嫌になったサチに睨まれて、しゅんとなった。
「あ~あ、せっかくお義父さんに、新しいボトルシップ買ってもらったのになあ。夏音がきたせいで、嫌な雰囲気になって、嬉しかった気持ちがどっかにいっちゃったよ」
「お前が呼んだんですけどねえ、その夏音は。ていうか、そもそも何で魔法少女体験コースをしようと思ったんですか?そう言うくらいだったら、しなきゃいいでしょう?」
怒りを通り越して、むしろ呆れながら言う。すると、先程まで寝転がっていたサチが起き上がって、逆に夏音に対して呆れたように、さも当然のような顔をしていった。
「わかんないの?船花様は、テメエのために魔法少女体験コースをしてやってんだよ。契約する前に魔法少女がどんななのか、紹介してやろうと思ったんだよ。この船花サチ様に泣いて感謝しろよ、ボケカス!!」
瞬間、一同に、皆が無言になった。入理乃が、若干苦笑し、夏音は、驚きのあまり固まった。キュゥべえは、首をかしげ、尻尾を揺らしていた。
「ま、まともだ………。思ったより、まともな理由でした。驚きましたよ。考えはまともなんですね、キュゥべえ」
「そうだね。サチはこんな性格だけど、考えることや言うことはまともだ。まあ、目的を達成するためのやり方は乱暴だけれど」
「キュゥべいー、首をへし折られたいのかなあ?」
むんず、と首が捕まれ、持ち上げられるキュゥべえ。やれやれといったようすで、キュゥべえは、
「わかったよ。ごめん、サチ」
「うむうむ。わかればいいんだよ、キュゥべい」
満面な笑みを浮かべた少女は、白い小動物をぱっと離す。ふぎゃっと、キュウべえが地に落ちて、小さく悲鳴をあげた。その光景を、夏音はドン引きしながら見ていたが、入理乃はいつものことだったので、特に気にせず、苦笑して眺めていた。
「そういえば、入理乃から聞いたんですけど、貴女話をしたいそうじゃないですか。一体何の話をしたいんですか?」
「魔法少女体験コースの話だよ。夏音には、放課後に、毎日結界のなかに一緒に来てもらうと思ってるんだ」
「拒否権は?」
「もちろんねーよ」
実に良い笑顔で、サチが言う。マジかよと、夏音はちょっと顔をひきつらせて笑った。毎日とは、なかなかに、ハードである。いつ死ぬかもわからない場所に飛び込んでいくなんて、嫌にもほどがある。
「それから、今日もこれから魔女狩りいくから」
「やっぱりそうですか…」
「あ、でも、その前にーーー」
と、そこでサチがニヤリと、笑った。それだけで、入理乃は相方が何をしようとしているのか、ある程度検討がついたらしい。戸惑った顔をして、困ったように眉をひそめた。でも、止めなかった。彼女には止められなかったし、むしろ、夏音にも聞かせたほうがいいと判断したらしく、おとなしく黙っていた。
サチは、キュゥべえを見た。その赤い目をじっと見た。そして、瞳を細めた。その瞳には、深い感情と感情とが、それぞれ混じっているように、夏音には見えた。そして、それがどういう感情なのか、理解ができなかった。
「私が、何で魔法少女になったか、について話すね。先輩の失敗談としてさ」
そう言うと、サチは語り始めた。あの三年前の出来事を。自分の願いのことをーーー
色々と忙しくなってきたので、これから、更新が遅くなると思います。