「あ、そういや、昼休みに一年の子から夏音に伝言頼まれたんだけど」
「一年の子?それって、髪の短い小柄な子ですよね」
「ああ、うん。その子だよ。なんか、放課後校門で待っているっていってた」
と、順那は答える。
一体どういうことだろうか。約束の集合場所は、校門ではなかったはずだ。まさか、自分と一緒に行こうと思ったのだろうか。何か色々言われそうで面倒くさい。何より、サチが何をしてくるのかわからない。
そんな風にちょっと夏音が顔をしかめていると、心配したのか順那が怪訝そうに尋ねる。
「何?あの子と知り合い?何か厄介なことでも起きたんじゃないの?」
「まあ…、色々ありましたよ。色々と…」
「色々ねえ…。もしかして、お化けにでも襲われて助けられた?」
「な、何馬鹿なこと言ってるんですか!?」
相変わらず変わっているというか、変なことばかり言う友人だと思う。しかもほぼ言い当てられている。順那は時々、こういうことばかり言うので普段から気にはしていないが、今回ばかりは心臓が飛び上がりそうになった。
「いや、冗談にマジにならないでよ」
「な…!!あ、貴女にだけは言われたくありません!この不思議ちゃん!!」
「酷い言い草だよ!?…でも本当に何にもなかったんだよね?何もされてないよね?」
「…大丈夫ですよ。少し心配ですけどね」
ちょっと苦笑しながらノートをスポーツバックに突っ込むと、夏音は順那に別れの挨拶を告げて廊下に出る。そのまま一階にまで降りて、下駄箱に行き、上履きから靴にはきかえる。そして下校中の生徒らと共に学校を出て校門に行くと、サチがふわっとした笑みで出迎えた。彼女の肩には、あのぬいぐるみのような獣、キュゥべえが乗っていた。
「やあ、夏音」
「夏音先輩、お待ちしておりました」
「………何で敬語使ってるんですか?頭がどうかしたんですか?アホだとは思っていましたが、こんなにもおかしくなるなんて…。私、可哀想で仕方ありません」
「ひ、ひどいですよ!!何でそんなこと言うんですか!?」
そう言って、大袈裟に驚くサチ。夏音は怪しいものでも見るかのようにサチの顔を睨みつけながら見る。また何かあったのだろうか。この少女はあまり信用ならないのだ。何を企んでるのだろう。
「それより~。先輩、私欲しいものがあるんです」
「欲しいもの?」
上目使いでサチが(といっても夏音は背が高く、サチは背が低いので、常にそうなっているが)妙に猫なで声で言うので眉をひそめる。サチはにんまりと笑いながら言った。
「金」
「ざけんな」
軽くチョップする。ふぎゃっとサチが小さく悲鳴をあげた。サチが恨めしそうに涙目になって睨み付けてくる。夏音はそれを良い笑顔で返すと、無視して歩き出した。
「あー、待ってよ」
慌ててサチが走りよってきて、ごますりをしながら再び金をせびる。
夏音は何も言わず帰り道から大きく外れて駅にまで行くと、バスに乗る。十分ほどで目的のバス停につくとそこで降りる。そこから二十分ほど歩けば本屋に着く。ここが本来の約束の集合場所だ。
と、そこで夏音はひっついてるサチをジロリと見た。サチは未だ、金をくれと言い続けている。相手をするのも馬鹿馬鹿しくて無視していたが、もう我慢の限界だ。
「好い加減にしてください!うるさいです!」
「良いじゃん!!一万円だけ、一万円だけでいいから!!」
「しつこいです!!あとそんなに余裕ないです」
菊名家のおこづかいは、月毎に渡されない。一年が終わるごとに、一気にもらう。故に、計画的に使わねばすぐになくなり、その一年間は何も買えない。だからサチにやるお金などないのだ。この少女にお金を渡すよりも、夏音としてはおこずかいを欲しいものに(神話全集)や必要のあるもの(イヤホン)に使いたい。
「奪う訳じゃないから、これはマジで。私は、嘘つかないから」
「夏音。百円だけでもいいから、渡してみたらいいよ。きっと、面白いものが見られるよ」
「…じゃあ、一円だけですよ」
バックから財布を取りだし、そこから一円をとって渡す。サチがやけに得意顔でにやける。正直言ってうざかった。
三人はキュゥベエの指示で本屋の裏側に回り込むと、サチは持っている一円を両手で包む。魔力を送り込むと、青い光が手の覆いから漏れる。夏音は何をする気か黙って見ていた。
「じゃ、いくよ」
光が極限まで輝く。夏音は思わず目を閉じてしまう。再び目を開けたときにはその彼女の手は開かれていた。そして、その中にあった硬貨は、
「増えてる…?」
手のひらの上には、一円の硬貨があった。しかし渡した一つだけではない。およそ六十枚の硬貨がサチの手の中で山をつくっていた。夏音はしばらく驚きで固まっていたが、やがて敬語も忘れるぐらい興奮したようにはしゃぎ始めた。
「今の、魔法だよね!一体何の魔法を使ったの!?」
「ちょ、何いきなりテンション上がってんの?」
「もしかしなくても物質創造系の能力だよね!?すっごい!!マジですごいし羨ましいよ!だって大体そういうのってカッコイイじゃない!!本当、そういうの憧れなんだよ!!」
「カッコイイ…。憧れ…」
予想していなかったのか、その言葉に船花サチが今度は驚いた。彼女はぽかんとしていたが、少ししてから取り繕ったかのように、当然だと言わんばかりに胸を張った。しかしどう見ても、照れているのはバレバレで、口の端が上がっている。しかし夏音はそれどころじゃなくて、気にすることはなかった。
「ふん、テメエもわかってんじゃんない。そうだよ、船花様の魔法は超スゴいんだよ。私の魔法は、何でも生み出せるんだよ」
「おおー!!」
「この船花サチ様の魔法はレプリカ生成!!あらゆる物のレプリカをつくる魔法!!めっちゃすごいでしょ!!」
サチがどや顔で言い放つ。しかし次の瞬間夏音は真顔になっていた。まるで、どうでもいい話を聞いたかのように一気に冷めてしまった。
「どうしたんだい、夏音。さっきまで、興奮した様子だったのに」
「いや……、以外とショボい能力だったので、ついがっかりしちゃって」
「ついじゃねえよ!!船花様の魔法だってスゲエだろ!!金量産できるんだよ!?」
そう言うと、手からじゃらじゃらと金を出して見せる。金の洪水に身を引きながらも、夏音は言う。
「レプリカじゃないですか。使えないですよね?」
「ばれなきゃ使用していいんだよ。使ってばれたことなんて、一度もないんだし」
「マジですか!?」
だがしかし、その使っているお金はそもそもレプリカだから偽金である。サチはすでにそれを使って買い物やってしまっており、なおかつそのような行為を日常的行っているらしかった。立派な犯罪である。
そんなに感じでドン引きしていたら、突如サチの手から半分ほどのお金が消え、その山も二分の一になっていた。滝のように流れていた硬貨の川も消えてなくなる。夏音が目を見開いてそれらの現象にいちいち驚いているとキュゥべえが、その疑問の答えを言う。
「サチは産み出した物質を自由に消すこともできるんだよ、夏音」
「自在に消す?じゃあ、レプリカを無限につくっても、そのすべてを消せるんですね。なんと微妙な……」
はっきりいって地味な能力であろう。いや、スゴいと思うのだ。だがやはり地味である。それに消したとしても自分でつくったもの限定だからあまり便利そうには思えない。
「微妙ではあるけど、それでも日常的には役立つ魔法だ。しかし、戦闘面ではその魔法だけでは何の役にもたってない。単一の物質ならば限りなく近い物質を生み出すけれど、価値が高いとサチが思うもの、複雑なものほど再現は難しい。機械なんかのレプリカを魔法で造ったところで、ガワだけだからね。そういうところも実に微妙だね」
「キュゥべい?黙らねえと、潰すよ?」
「やれやれ、ごめんよ、サチ」
まったくと、うんざりした声音で言う。それに満足そうにサチが笑った。相変わらずころころと感情が浮き沈む子だな、と夏音は呆れながら思った。
サチは再度魔法を発動させると、金が光に包まれ、次には瓶の中に入った状態になっていた。それをバックにしまいながら、サチが言う。
「とまあ、これが船花様の魔法だよ。魔法少女は契約内容によって魔法が決まってーー」
「あ、それもう知ってます」
「え」
思わず声を出したサチ。そういえばサチは船花家にいく時の入理乃と夏音の会話内容を知らないのだ。もしやサチは魔法少女の魔法について伝えるためにその実演をしようと、お金をせびったのではなかろうか(金をせびったのは単純に金が欲しかったからだろう。一円ぐらいならくれてやらなくもない)。だとしたらなんだか決まりが悪い。
「キュゥべいー。お前この私より先に説明したのかよ?」
疑われたキュゥべえは、しかし、それを否定する。
「ボクが説明したんじゃないよ。入理乃が彼女に魔法のことを説明したんだ。自分の魔法を例にしてね」
「え、じゃあ、アイツ、自分の願いを言ったの!?」
「はい、そうです」
肯定した瞬間、サチが信じられないと呟いた。その予想にもしなかった事実に困惑した彼女は、どこか呆けたように言う。
「マジかよ。まさか自分の願いを言うとか、あり得ないでしょ」
「でもそう言う貴女は、自分の願いを私に言いましたよ?」
「そりゃそうだけど、私は言うほど隠すつもりもないよ。私が悪いわけじゃないし……。でも、入理乃に限って話すのはないんだよ」
…どういう意味だろうか。サチの口ぶりからするに、入理乃はよっぽど願いについて言いたくないのだろう。しかし、じゃあ何で自分に願いのことを話したんだろうか。特別親しくもない夏音に、どうして知ってほしいと思ったのだろうか。
サチは溜め息をついて、額に手をやった。
「……はあ、相変わらず何考えてんのか、わかんねーやつ」
「何考えてんのかわからない?」
阿岡入理乃は、気弱で自己主張をあまりするタイプではない。それにサチには強く出られない。恐らくだが、自分の思いをサチにうまく伝えることは彼女にとっては、難しいことだろう。しかしサチが言う“何考えているのかわからない”には、そのような意味がどうしてだか込められている気がしなかった。
「入理乃ってさー、気弱そうに見えるじゃん?」
「まあ、そうですね」
「うん。だけど、アイツって結構勝手なんだよな」
思わずそんなイメージがなかったので、その言葉に首を傾げる。サチが不満そうに、愚痴るように続けて言う。
「入理乃は、マジでスゴい。さすがは、船花様の相方だ。だけど頭が良すぎて、“どうしてそんな風に考えついたのか”いつもわからない。その思考回路とかわりと意味不明だし、そのくせ何も言わずに突然行動したりする。私はさ、何で入理乃がそうするのかあんまりわかんねえんだよ。ただ一つ言えんのはそれはアイツはアイツの考えで動いていて、そこにはちゃんと根拠があるってことだな」
「貴女、リノを一応信頼してはいるんですね」
勝手に相方が行動することもあるのに、考えが読めないというのに、サチは入理乃のことを信じているのか。あんなに乱暴な態度で接してはいるが、それは夏音に対してもだ。ある意味平等に扱っている。それにどうでも良い奴には本来の素を見せないので、案外サチは入理乃を大切に思っているのかもしれない。
「あたりまえに決まってるでしょ、なに馬鹿なことを言っているんだよ。この船花様が、コンビ相手を信頼しないわけがねえでしょ。このボケが」
「ボケじゃないですって。ていうか、リノ遅すぎません?もうとっくに集合時間すぎてますって」
確か入理乃の学校、蘭ノ家学院は文化祭の振り替え休日で休みだったはずである。だから学校に行ってはおらず、ここにも余裕でつけるはずだ。
何か用事でもできたのだろうか。それならばサチの携帯に電話の一つや二つしてほしい。
「キュゥべえ、何かリノから聞いてません?」
「いや、ボクはなにも聞いていないよ。というか聞いていたら、キミ達に知らせているさ」
「それもそうだな。よし、この私がじきじきに電話してみるね」
サチはそう言ってバックからスマホを出して、素早く番号を入力すると耳に当てた。呼び鈴が辺りに響く。しかししばらく待ってみても、それに返ってくる言葉はない。再度電話をしても駄目だった。
「何かあったんですかね?」
「その可能性は否定できない。もしかしたら、この本屋に向かう途中で魔女にでも遭遇したのかもしれないね」
「魔女にか……。最近ここらへんに一人で来たとき、使い魔らしき気配はしたんだよね。確かそれって、入理乃がここに向かう道の途中だったような……」
「じゃあその使い魔が魔女化して、リノが戦っているんじゃないんですか?だったら行かないと」
万が一という可能性もある。いくら強いとはいえ、負けない保証はどこにもないのだ。
「でも、入理乃なら大丈夫でしょ。それにさすがに考えすぎじゃね?行かなくてよくない?」
「千円あげますけど、それでも行かないんですか?」
「行きます!!」
「…サチは相変わらず単純だなあ」
キュゥベえが千円札を手に喜ぶサチを見て呟いた。夏音はチョロいですよね、とその言葉に同意して、入理乃がいるかもしれない、あるかどうかもわからない魔女の結界へと向かった。