本屋の裏手から出て、夏音達はしばらく歩く。彼女らは、一言二言、会話を交えつつ、ソウルジェムに注目した。卵型の宝石を眺め、反応が出るのか出ないのか、ドキドキしながら見ていると体感時間は引き伸ばされて、一秒一分が長く感じられる。夏音はできるのならば、反応しないでくれと願い、ソウルジェムを睨みつけた。
本屋から十五分歩いたところで、コンビ二の前を通る。その前方にある信号機を渡りきり、次の信号を待つ。長すぎる信号にサチがイラつき初め、ようやく赤が青に変わり渡った瞬間。タイミングよく宝石が点滅し始め、夏音達は食い入るようにソウルジェムを見つめた。
急いで横向の白線の列の向こう側へと向かうと、夏音達はソウルジェムを確認する。やはり、見間違いではなかったようだ。青い光が明滅を繰り返している。明らかに魔女の魔力に呼応している。
「ソウルジェムが、僅かだけど魔力に反応してるね」
サチが歩きながらソウルジェムに視線を向けた。改めて見れば、確かにサチが言う通り、宝石の反応はわりと鈍い。しかし反応しているのに変わりはない。この反応は、この近くを魔女が通ったという証明に他ならないのだ。
夏音はキュゥべえと共に、ソウルジェムを覗きこみながらサチに問いかけた。
「これって、船花が言っていた、使い魔が魔女化したやつの反応なのでは?」
「いや、魔力パターンがあの使い魔とは違う。これは、別の魔女だよ。えーと………、夏音」
「貴女今一瞬私の名前忘れましたよね?」
「……だけど、魔女が実際にいるということは、入理乃が今、その魔女と戦闘をしているか、もしくは捜索しているのか、そのどちらかをしている可能性はますます高くなったと思うよ」
キュゥべえがそう言い、尻尾を振った。しかしそこで、夏音が首をかしげる。
「でも、ずっと思ってたけど、そうする前に電話するってもんが、普通じゃないんですか?」
「そうする暇もないほどのことが起きたのかもしれない。まあ、どっちにしろ、このまま魔女を放置しておくわけにはいかない。そうだね、サチ?」
「うん。入理乃がいようがいまいが、この船花様が派手にやってやるよ」
高笑いをしながら、船花サチは胸をはる。夏音は、それに、何だか大丈夫か、と心配になる。魔女に対する不安は、拭いきれていない。キュゥべえはそんな二人を気にせず、赤い瞳で遠く見ている。雲は、赤い太陽の光で、オレンジに染まっていた。
魔力の反応を追って歩く。進む度に、ソウルジェムの点滅具合も、強くなる。魔女結界を想像すると、なんだかどうしようもないほど、喉が乾いた。途中から、夏音達は、人気のない脇道に入り込んだ。
近所でも有名な廃墟への、近道だ。魔女が出そうな場所は、ここら辺では、せいぜい数ヵ所しかない。そして、一番近いのは、それらのうちの一つであるその廃墟だ。
数分もかからないうちに、夏音達はそこにたどり着く。窓ガラスが割れた、風化した屋敷が、蔦があちらこちらに巻き付かれ、いかにもホラー映画に出てくるような相貌をしている。恐ろしく不気味なものだったから、夏音は少々恐怖を感じた。
ソウルジェムの反応が、ここに魔女がいると、告げている。古びた門をあけ、サチは躊躇なく、夏音は恐る恐る、ぼうぼうと草が生えた庭に入っていく。サチは館の入り口で止まると、魔法少女の姿となり、結界への扉を強引にこじ開けた。その際に、ばちり、となにかが弾けた感触が、彼女の体にかけめぐった。
「……うっそ、マジでビンゴだったよ」
「まさか、本当にリノが戦っているんですか!?」
「しかも、この感じだと苦戦しているみたいだね。急いで中に入ろう!」
キュゥべえの言葉に、二人は頷く。不安が、的中したのだ。一刻も早く、助けにいかねばならない。サチが、夏音をちらりと見て、そして、
「夏音は残って」
「え、でも私はーーー」
「テメエがいったところで何になるんだよ。入理乃が苦戦してるってことは、相当こいつはやべえんだよ!!」
この結界に入るには、夏音はあまりにも足手まといだ。魔法少女だったらともかく、夏音には魔女や使い魔に対抗する力がない。彼女はただの少女だ。そんな夏音を、普通の魔女だったらともかくとして、こんな強力な魔女からは、守りきれるはずがない。この結界に入ったが最後、夏音は生きて帰ってこれはしないだろう。
夏音は、思わず黙った。その事を理解したからこそ、悔しくて仕方がなかった。無力感が、こころをいっぱいに満たし、胸が苦しかった。
「……気をつけて行ってきてね、サチ」
「こんな魔女なんざ、すぐに終わらせて入理乃を助けてきてやるよ!!鞄よろしく!!」
持っていた鞄を、サチは軽く投げる。慌てて夏音がバックをキャッチする。不適に笑うと、水兵の魔法少女は、相方を救うため、結界へと侵入した。
◆◇◆◇
サチは入った直後、戦いにくいなと眉をひそめざる負えなかった。なぜならばサチがいたその場所は、両脇を壁に挟まれた石畳の通路だったからだ。延々と続くその先の道を見て、サチは溜息をつきたくなった。
サチの武器は、巨大な錨。その大きさ、重さを生かして、強烈な一撃一撃を敵に食らわせてやるのがサチの基本スタイルだ。しかし、ここでは横の幅がそこまで広くはないから、武器などあまり振り回せない。武器の性質上、サチは小回りがきかないのだ。このような狭い場所では、サチの動きには制限がついてしまう。
だが良い利点もあった。まずこの空間では、構造上敵が前か後ろか、両方しかこない。警戒する場所が三百六十度ではないだけで、かなり気配が察知しやすく、対処もしやすい。そして狭いが故に少量の使い魔でしか、こちらに向かってこないのだから、ありがたいことこの上ない。
サチは、小柄な二体のゴブリンを見据える。いかにも雑魚モンスターというビジュアルのそいつらは、手になまくらのようなナイフを持っていて、下半身に、毛皮でできたズボンをはいていた。
錨を、しっかりと両手で持ち上げ、ゴブリンどもに水平に向けた。この程度のナイフ、結の鉈と比べれば全然恐るにたらない。サチはニヤリと笑みを浮かべーー突如として、突進を開始した。
「邪魔だああああああああ!!」
使い魔に、接近する。周りが、後方に流れていく。一陣の風と化したサチは、緑の魔物がその武器を掲げるより速く、その先へと進む。モンスターが吹っ飛ばされ、空中で胴体から別れて血をまき散らした。気色悪い見た目のわりに、その色は人間と同じ赤だった。
サチはその後も、武器をまっすぐに向けながら、走って、使い魔を切り裂いていった。後ろからくる敵には、あらかじめ背後の道を、複数の巨大な錨を呼び出して、壁をつくって塞ぎ対処した。サチの魔法が物を造る魔法なせいか、こういう武器の召喚は大した魔力を消費せず、苦もなくできてしまう。サチの唯一得意な魔法といっても、過言ではなかった
『入理乃のクソゴミー!!返事しやがれー!!』
あまりの暴言をテレパシーで発しながら、入理乃を探す。しかし、やはり反応は返ってこない。サチの表情にも流石に焦りが浮かんできた。
いくら呼び掛けても何も返事がないということは、もはや入理乃は無事ではないのかもしれない。最悪の場合になったとしても、おかしくない。サチの脳裏に魔法少女の先輩の死体が、一瞬だけよぎった。途端サチは乾いた笑い声を上げ、馬鹿馬鹿しいと否定する。
「……そんなわけないに決まってんじゃん。冗談も程々にしないと」
入理乃が、死ぬはずがない。だって、入理乃はすごいのだから。戦闘能力はさることながら、その戦術眼は折り紙つきだ。そんな入理乃が、サチが手こずらない使い魔や魔女になんて負けるはずがないし、それに何より彼女はこの船花様のパートナーなのだ。そんな予感は、当たるはずがない。そう思いながら足を踏み出した、その時だった。
カチリ。何かが、作動する音が聞こえた。思わず足元を見る。サチは、敷いてある石のうちの一つを踏んでいた。その石がーーわずかに紅く発光していることに、気がついた刹那、辺り一面の景色ががらりとかわった。
そこは王宮の間だった。紋章が描かれてある深紅の布が、王座の背後にかけられてある。大理石でできた床には、華美な絨毯が敷かれてある。さぞかし、豪華絢爛な部屋であったであろう。
そこは、しかし酷い有り様であった。爪が壁に後を残し、焼き焦げた布と絨毯は、見るも無惨に引き裂かれている。象徴たる王座はひっくり返っており、床には無数のヒビが走っている。
それらは、随分と前につけられたものなのだろうか。いいや、違う。それらは今つけられたもの。この結界のラスボス、石のドラゴン、石像の魔女と、パートナーの入理乃との、目の前で行われている戦闘によるものにほかならない。
ドラゴンが鋭い爪で、猛攻を仕掛ける。それを入理乃がすんでのところで回避するも、散乱していた小粒ほどの石が舞って顔に血が流れる。拭っている間にも再びドラゴンが、発達した尻尾を振るう。鞭は材質が石でありながらしなやかに、しかし相当の攻撃力を以って襲いかかる。入理乃は大いに焦りながら下駄を鳴らし跳躍。どうにかしてかわし、距離をとる。床に尻尾が激突し、結界全体にヒビが広がった。
その戦闘は入理乃が圧されていた。傷だらけで、魔女の攻撃に対処するのに苦労しているようだった。しかし彼女が防戦一方であったかというと、そうでもなかった。攻撃しようと思えば、こちらからいくらでもやりようはあったのだ。でも入理乃はやらなかった。決して、自分から攻撃しようという素振りを見せない。
石像の魔女の口が開く。それと同時に、熱が竜の目の前で集まる。そしてそれは、急速に集束し、炎の固まりとなっていく。サチは途端冷たいものを体にぶち込まれたような感覚に陥った。
「ッ!!やばい!!」
まずい。炎はまずい。それは、入理乃の明確な弱点だ。入理乃は防御が得意とはいえ、生み出す盾は紙である。強固な紙でも炎ではたやすく燃えてしまうだろう。石の龍の攻撃は、入理乃には強烈過ぎる一撃だ。
サチは、呆然とする彼女に、一心不乱で飛び出した。
「入理乃!!」
驚く入理乃が、サチの名を言いかける。しかしその前に、サチが入理乃に飛びかかる。遅れて熱線が、二人がいた場所に放たれ、絨毯を燃やし床に焦げを造った。魔法少女達は倒れ、ごろごろと転がって柱にぶつかった。
入理乃はすぐに体を起こし、同じようにして隣に立ったサチを見た。
「何でここにいるの……!?」
「それは、私の台詞だよ!!テメエ、遅いと思ってここまで来てみれば、何やってんだよ!!そんな怪我までして!!」
恫喝され、入理乃がびくりと肩を揺らす。口を噛み締め、何か言いたそうに瞳が揺れる。サチは、一瞬だけ戸惑ったように眉をひそめたが、すぐに切り替える。上から下へと下ろされた魔女の手を、錨で受け止め、力をありったけこめて逆に押し返した。
ズドン、と魔女が後ろのめりになって倒れた。天井からパラパラ砂つぶが舞う。サチは隙は逃さないとばかりに、上に手を掲げる。大きな錨が怪物の上に召喚され、鉤爪が魔女を向いたままの形で空中に固定される。サチはその錨を下に降下させるため、錨と連動している手を振り下ろそうとしーー瞬間、入理乃がその手をつかんだ。
「待って!!殺さないで!!」
「何言ってんだ!?正気か!?」
「………とにかく攻撃しないで!!今は撤退したほうがいいわ。深追いしちゃダメ」
入理乃が、普段とは真逆の強い口調で言う。サチは、入理乃の全身を見た。あちこちが切り裂かれた着物のから見える肌には、痛々しい生傷や火傷が目立つ。頭の怪我は相当ひどく、血が流血している。もう戦えるようには見えないほどボロボロだ。
「……わかった、今は逃げよう」
「ありがとう。船花ちゃん」
そうやって話している間に、ふと魔女が起き上がり翼を震わせた。サチは冷や汗をかき、警戒して入理乃を守るように前に立った。ドラゴンは咆哮した。長く、長く、その音が鳴り響く。部屋に反響し、鼓膜を震わし、地を揺らした。二人は耳を手で防ぎ、苦悶の表情を浮かべる。
と、突然音がやんだ。ドラゴンが制止する。サチは、奇妙なものでも相手にするように、石像の魔女を見た。その巨大な翼が、魔女の体を包む。その姿はまるで大きな卵のように見えた。
「逃げる、魔女が………」
入理乃が呟いた途端に王宮の間が崩れ去る。魔女の姿がうすれ、遠くなっていく。それを入理乃は、苦い顔でいつまでもいつまでも、見続けていた。
石像の魔女。その性質は現実逃避。
臆病な性格で、普段は最深部にて眠り続けている。その眠りを妨げるものが、現実を直視することが、何より嫌い。しかし、結界内を管理したり、使い魔を生み出したりする場合は、嫌々起きている。わりとめんどくさがり。
石像の魔女の手下。その役割はトラップ
結界が使い魔化したもの。侵入者に対して、様々な罠を発動させる仕組みそのもので、その罠の内容も、日々進化している。
石像の魔女の手下。その役割は撃退。
所謂、ゲームにおける雑魚モンスター。もとはどろどろの粘液だが、魔女に指定されたモンスターに、擬態させられている。ちなみに、一度擬態させられたら、もう本来の姿には戻らない。