魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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※順那ちゃん視点の短編です。
 かのマギ、そして同作者が投稿するこゆマギの根幹のネタバレがあります。それが嫌な方は回れ右をお願いいたします。
 それと3万文字なので注意…。まだまだ書き足りないので後編に続く予定です。


番外編 語られぬ物語
遠い未来の昔話 前編


 夢を見ていた、気がする。

 もう、遠い遠い場所での――五百年もの前の記憶。

 

 そこでの私は、今の私ではなかった。

 初まりの私。顔も、声も、名前も、形も、何もかもが最初のまま。原初の願いを抱いている。

 でも、どれもしっくりこなかった。

 当然だ。随分とここに来るまで、色んなものを取りこぼしてた。私は最早、何者でもないのだろう。自分というものの輪郭が、酷くぼんやりとして久しい。

 

 でも、今でも覚えていることは、確かにある。

 かつての日々、血に塗れた人生。

 そして、私の――私の妹達。

 

 ……ああ、なんて懐かしいのだろう。

 ほら、手を伸ばせば今でも届く。

 丸ごと抱き締めれば暖かさが蘇る。

 たとえ、それが錯覚で、偽物だったとしても、捨てられない大事なもの。

 私の生きる理由だった。

 だからこそ、私は妹達を守りたかったし……私を含め、妹達の存在を周りに認めさせたかったかもしれない。

 

 あの時、私達には何もなかった。

 父も母も、他の一族郎党も、支えていた主君の政治争いに巻き込まれ、皆殺されてしまった。

 私達が生き残ったのは、単に運が良かっただけに過ぎない。まだ小さかったから、狭い箱の中に隠れることができた。それとも単に、本当はバレてて、見逃されたのか。

 

 ともかく私は、隙を見つけ、必死に妹達を連れて逃げた。

 誓ったのは復讐だった。

 人が人を殺す時代、それはありふれた悲劇のお話だったけれど、幼い私にとっては、すべてを壊された出来事だった。

 許せるはずもなかった。すぐに見返してやると決めた。そして皆に託された妹達を守るのだと誓った。

 絶対、無惨に死なせたりなんかしない。

 そのためにはどうしたら良いか。

 

 ――そう、庇護者である私自身が、まず特別になれば良い。

 

 だってこうなったのも、すべてすべて、私の家が平凡だったから。

 だから良いように周りに翻弄されて、最後は蟻を踏み潰すみたいに、ぺちゃんこにされた。

 やはり力は必要なのだ。それ相応の立場がなければ、身なんて守れない。それに私が特別になれば、いくらでも好きに権力を動かせる。妹達の身分を上げれるんだ。

 

 最早、迷いなんてなかった。

 私は地べたを這いずり、居場所を転々としつつ、思いつく限りのことをやった。

 勿論、殆どがまともな手段じゃない。

 あらゆるものを騙し、踏み躙り、殺した。

 私は自ら進んで、両手を血に染めたのだ。

 罪悪感も、良心も、あの日あの時一族と共に殺され、完全に死んでいた。

 

 そうして。

 いつしか私は、願いも忘れる程、気付かぬうちに魔法少女になっていて、領主の姫様達にお支えするようになっていた。

 そこでの役割は、姫様達の道具だ。

 彼女達に命じられるまま、政敵を滅ぼし、工作を行い、この土地を守った。

 

 正直、案外やりがいはあった。

 思った以上に、私はこの土地に愛着というものを持ち合わせていたらしい。

 それは酷い目にあっても尚、かつての幸せな日々に望郷を抱いた故にか。

 他の者が避けるような、危険な役割も進んでこなした。

 

 必然的に、私は重要な働きを繰り返した。

 段々と私の地位は上がっていく。遂に姫様達の側近になれた時、私はこの土地において特別な存在となっていた。

 誰もが私を見ると、頭を垂れる。

 妹達も、良い暮らしが出来ている。

 物凄く気分が良かった。私は最高に幸せだった。

 

 ……だけど、姫様達は言ってたっけか。

 それで本当に良いのですか、って。

 私は何て返しただろう。

 そう確か……、皆、私のことを認めてくれているのに、何か問題でもあるんですか? と、そう返した気がする。

 すると、姫様達は沈痛な顔をして、またも言ったんだ。

 

『確かに貴女のことを、皆は認めてくれているかもしれませんね。ですがそれは恐怖と立場によるもので、本心で貴女のことを敬ったりなんかしていないんですよ。私達を含め、程の良い道具として扱っているだけです。このままでは本当に欲しいものを、いつまで経っても見つけられませんよ』

 

 それを聞いて、私は内心、複雑だったのを覚えている。

 実に様々なことを思った。

 例えば、今更だという諦念。上から目線だという怒り。

 でも、何より一番大きかったのは、困惑だったかもしれない。

 ……本当に欲しいもの。私の願い。

 それを手に入れている筈なのに、そうじゃないと言われて、私はよく分からなくなった。

 まるで、今の自分が間違っているみたいで。

 

 でも、それ以上は何か良くないことが起こる気がして、考えるのをやめた。

 代わりに姫様達の道具として、勢力争いや、他国との戦争のことばかりを気にした。

 まあ……結局のところ、私は昔から何も変わっていなかったのだ。相変わらず、他者を騙し、踏み躙り、殺し――それしかやってこなかったから、それ以外で何かを掴むことを知らなかった。

 修羅の道からはもう引き返せなかった。

 

 やがて、私の前に死神が降りてきた。

 きっかけは何だったか。

 要因があり過ぎて困ってしまう。

 それは姫様達に対する嫉妬だったり。戦争への疲弊だったり。人生への虚しさだったり。

 妹達も、それぞれお産や病気で死んでしまった。姫様達でも死人は生き返らえらせることは出来ない。認めてくれたと思った周りも、その死を心から悼んだりはしない。

 私はそこで、ようやく今更のように気づいた。

 私のやってきたことは、すべてすべて、無意味だったのだと。

 私はもう、最初から――

 

 ……ああ、今更のように、踏み躙り、命を奪った者達の怨嗟が聞こえて来る。

 お前が憎い、死ね、詫びろ。どうしてお前は、未だのうのうと生きている。お前も、あの日の地獄で殺されていれば良かったのに。

 

 私は天へ向けて吠えていた。

 自分の存在が酷く許せない。私なんていなくなってしまえば良い。誰か、誰か私を罰してくれ、頼むから――いやだ、違う。私は、まだ何も手に入れていない。私は特別にならなければ。何もかも奪うこの世界に復讐を。私達の存在を、この土地に認めさせやる。認めさせてやる。認めさせてやる……。

 

 相反する感情が黒い渦を巻いていて、何を考えているのか良く自分でも分からなかった。

 もし、仮に分かったことがあるとすれば、たった一つだけ。

 それは生まれ変わって、人生をやり直したいという、なんとも虚しく、切実な願いで。

 

 私はそれを自覚した途端に嘲笑った。

 命の宝玉が黒く染まった瞬間に、それを叩きつけて――そこで私という個は終わりを告げる“はずだった”。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 目を開けて気がつく。

 また始まったという感覚。

 ……思えば自我の目覚めは、大体が五才前後だけれど、今回は随分と遅いらしい。

 視界に入る手は小さいが、幼子のそれではない。

 

 私は現場把握のため、記憶の蓋を開ける。

 そうそう……私は今確か十才で、ここは広実一族の本邸で、両親は力ある存在として早島を引っ張っているんだった。そしてこの体の名は、広実悦子。例の如く、魔法少女の素質もあるらしい。隣からキュゥべえの声が聞こえて来る。

 

「やあ、おはよう。その感じだと、目覚めたみたいだね」

「ああ、おはよう。本当に久方ぶりだ」

 

 私はそちらの方を向き、ルビーの瞳を見つめながら返す。

 

「それで今は何年だ? かなり文明が発達して混乱している。前回は江戸で黒船来航した辺りだったからな」

「そうかい。それはまあ随分と昔……いや、最近だったんだね」

 

 キュゥべえは驚くことなく言い直した。

 彼とも長い付き合いだ。私の事情を良く知っている。慣れてる風に教えてくれた。

 

「今は西暦、千九百六十年辺りだよ。昭和の時代だ」

「……昭和」

 

 聞き覚えがあるような、ないような。

 だが、これまた長く眠っていたのだろな。……上手く以前のことは思い出せないけど、そんな気がする。

 ともかく私は、赤子が産声を上げるように、伸びをした。この調子だとまたすぐに記憶を封じられるだろうが、それでも束の間の自由。楽しまなければ損だろう。

 それに、

 

「うむ、この格好、実に良いではないか」

 

 私は笑みをこぼし、その場で踊るようにターン。

 ふわりと回る、ふわふわでヒラヒラのもの。

 記憶によればワンピースとか言うらしい。どうやらこの国は外の文化を取り入れたことで、いつの間にか洋服というものが普段着になっているようだ。堅苦しい着物と違い、締め付けられず動きやすい。デザインもなんて可愛らしいんだ。私は一目で気に入っていた。でももっと言えば、もう少しゴテっとしたものが好みかもしれない。

 

 私は洋装の部屋を見渡し、クローゼットを発見する。

 開け放つと、中には今来ているのと同じような服が沢山入っていた。

 流石は金持ちの家。

 

「ふっふっふっふっ、ふーん♪」

 

 私は鼻歌を歌いながら、ワンピースを雑に脱ぎ捨て、クローゼット内を漁る。

 ああでもないこうでもないと悩み、やがて良いと思うものを見つけると、早速身につけた。

 

 姿見の前に立つ。

 フリルいっぱいのシャツに、これまたボリューム感たっぷりの黒いフレアスカート。胸元にもおそろいで、大きな黒いリボンをつける。そして仕上げにボンネットを被れば、そこにはミニチュアの西洋人形がいた。

 うむ、なかなかに良い格好。

 我ながらご満悦になっていると、生意気にもキュゥべえは、私の姿を見てこう言ってきた。

 

「派手すぎやしないかい?」

「何か文句でもあるのか? 今まで質素な格好ばかりだったし、たまには派手な服が着たいのだが?」

「のわりには全身黒いね」

「ま、ある意味私にピッタリだろ」

 

 “喪”に服す色。“闇”の色。“死”を司る色。

 私を一言で体現してるだろう、なんて皮肉にも言ってみせると、キュゥべえも納得したのか、それ以上何も言ってこなかった。

 そうして静寂が訪れる。

 私は改めて、鏡の中の自分をじっと見つめていた。

 

「どうだい? 大分最初のキミにそっくりになってきただろ?」

 

 すると、キュゥべえが聞いてくる。

 こちらの元までやってきて、確認でもするみたいな口調だ。

 私は肩あたりまでの髪を、そっと一房だけ摘んだ。

 本当に……本当に色素の薄い髪だ。

 それに顎のラインも、顔のパーツだって……。

 

 ……いやはや、姫様達の執念には恐れ入る。

 まるで品種改良――いや、実際同じなのか。

 だって広実一族が特定の家と婚姻を結ぶのは、子供の肉体の遺伝子を最初の私に近づけるためなんだし。

 器を完成させることで、私を完全に降臨させることが目的なのだ。

 おかげで、私はこうして今でも、妹の子孫の血に宿り続けている。

 死んでも復活する、永久機関の呪い、“転生の呪い”として。

 

「ふ……」

 

 私は何度目かの……でも先程とは別の笑みを浮かべる。

 私はもう感情の何割かを、取りこぼしていた。

 

「そろそろ行くか、キュゥべえ」

 

 私はそう言いながらキュゥべえを抱き上げる。

 今は午前七時過ぎ。もうすぐ朝ご飯の時間だ。早くしないと使用人に怒られる。

 そうして私は部屋を後にした――これからこの時代ですべき、布石のことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 今回の転生先の家は、一言で言えば冷たかった。

 まず両親の仲がすこぶる悪い。政略結婚だったためか、いつも喧嘩ばかりしている。二人がまともに会話をしているところを、私は数える程しか見ていない。

 そしてそんな両親の間に生まれた私は、所謂育児放棄というものをされていた。幸いにも使用人にいたので必要最低限の生活は出来ているが、完全にいないもの扱いされ、すべてにおいて無視されていたのだった。

 おかげで今生の私は、幼い頃から愛のない生活を送っており、随分と寂しかったようだ。

 まあ、今はなんとも思わないが。

 だってこんなの慣れっこだし。別段、珍しい家庭とも感じない。ただ一つ思うのは、今後似た家庭が生まれないかの心配だった(情報が流れるのか、稀に子孫が真似をしてしまうのだ)。

 

「……もぐ、もぐもぐ」

 

 と、そんなことはさておき。

 ダイニングルーム、私は一人席につき、テーブルに乗せられた料理を食べていく。

 結構、口にあった。

 いつも食べてはいるが、自我が目覚めたためにより新鮮に感じられる。

 そうして、味わいつつも、器用にテレパシーでキュゥべえと会話していた。

 

『じゃあなんだ。お前、ここ最近魔女が増えてるのに、まだ契約していないのか』

『まあね。でも、この土地が特殊なのも悪いよ』

 

 テーブルに乗ったキュゥべえは、まるで溜息でも吐くように、仕方なさそうにする。

 実質、広実一族しか契約できないこの早島では、必然的に素質のある少女も限られてくる。そういう子は得てして因果の量が多く、魔女化した際のエネルギーもまた膨大だが、それでもキュゥべえが苦労するのも無理はない。

 クソみたいな奴だがちょっと同情してしまう。

 

『それで私に迫ろうとしてたってわけか。つくづく飽きんやつめ。私をアテにするんでないわ』

『だから、この土地が特殊なのも悪いと言ってるだろう? それにキミなら、絶対断らないじゃないか。キミはどっちみち、魔法少女になるしかないんだし。まあ、まさかこんなタイミングで目覚めるとは思ってもみなかったけど』

『……』

 

 私はその言葉に眉間の皺をちょっと寄せた。

 こっちだって好きでこの時代に転生しているわけじゃないのだ。

 味噌汁をかき込みつつ、言ってやる。

 

『けど、どっちみち都合が良かったんじゃないのか? 私が起きて』

『そうだね。キミの行動は、いつだってボクに利益を齎してくれる場合が多い』

 

 が、ムカつくことに、嫌味を無視してあっさりと肯定しやがった。

 ならばと、私は更に意地悪い笑みを浮かべ、味噌汁のお椀を置きつつ、行儀悪く箸をカチカチと鳴らす。

 

『今回はそうでもないかもしれんぞ? 私は別に、お前のことを考えて動いたりなんてしてないからな』

『そうかな?』

『……やっぱ面白くないやつだなー』

 

 少しくらい、引っかかったふりくらいすれば良いものを。

 もうちょっとはユーモアというものを身につけて欲しい。

 これだからインキューベーターは……。

 

『で、今回はどんなことを企むつもりだい?』

『規模のデカいヤツ』

『テキトーだね』

『こーいうのは大まかで良いのだよ』

 

 ただし細部は緻密に。

 一つ一つ計算し、地道に積み上げねばならない。

 今回のは、そういう布石だ。

 

「……ん、ご馳走様」

 

 すべて食べ終わり、パンと両手を合わせる。

 食べ物への感謝は当然ないが、形だけしてると区切りがつく。

 それから私は、側にあったハンドベルを鳴らした。

 すぐに若いメイドが隣の部屋から入ってくる。

 

「お呼びでしょうか」

「ああ」

 

 私はそれに相槌を打ちつつ、彼女の顔をチラリと見た。

 ……若干、私と似ている。広実の血が濃ゆい証拠だ。

 

「ということは、お前、この時代の“妹”なんだな」

「……?」

 

 私の呟きに、メイドは訳が分からないというように首を傾げた。

 私は苦笑した。別に意味なんて知らなくて良い。私がこの一族に対し、そう勝手に思ってるだけだ。それに今から本当に私の妹になるのだから、何も関係ない。

 

「“私を姉と認識しろ”」

 

 私はゆっくりと彼女へと人差し指を向けた。

 ただそれだけで良い。

 メイドは一瞬にして、瞳の光を消して、にこやかに笑った。

 

「はい、お姉様。貴女様は私の姉にございます。なんなりとお申し付けを」

「……また暗示かい? お人形ごっこも飽きないね」

 

 私の行動に、キュゥべえは呆れた声。

 我ながらまったくその通りだと思った。

 

 私は言い訳みたいに、「水先案内人は必要だろう」と言って、立ち上がる。

 というのも今生の私は――悦子はあまり外に出ないから、細かいところまでこの地域について詳しくないのだ。

 

 そういう訳で。

 私は早速メイドに話しかける。

 

「さあ、私の“妹”。まずは名前を教えてくれるかな?」

「リエです」

「リエか。うむ、良い名だ。可愛くて羨ましいくらいだ」

 

 悦子とか結構古臭いからな。

 

「リエ、何処かこの町で中心部に近くて、でも人気がないところってないか?」

「はい。確かこの近くに――」

 

 暗示の効果で、すぐにリエは教えてくれた。

 私は満足気に頷き、頭の中でその場所を指定すると、パチン、と指を鳴らす。

 転瞬――私達は空間を跳躍し、その場から飛んでいた。

 

「……よいっと」

 

 降り立つと響く、軽い靴音。

 飛ぶと同時、ブーツを履いたのだ。勿論リエもお揃いのものに変えた。室内用の靴のままは流石に可哀想だ。

 

 私は辺りを見渡す。

 路地裏だった。

 人の気配がなく、かつ中心部に近い場所。

 リエは本当に、要望通りピッタリなところを言ったのだった。

 私達はしばらく歩いた。表通りに出る。

 この時代の街並みと喧騒が私を出迎えた。

 

「……」

 

 聳え立つコンクリートの建物。

 行き交う洋装の人々。

 道路では奇妙な鉄の箱が、ブーブーと排気ガスを吹かせながら何体も走っている。

 あまりにも音が多すぎて煩かった。

 百年以上経っているとはいえ時代の変化はとてつもなく早い。

 この見慣れぬ光景は、まるで私には異世界か、はたまた遠い外国のように思えた。

 ここがかつての故郷とは信じられない。

 何もかも変わり果てていて、私だけが過去に取り残されている。

 それでも、ああ、こうしていると聞こえて来る。

 

『神様』

『ねえ、神様』

『助けて下さい』

『お願いします』

『どうか、どうか』

 

 それは人々の想念、縋るような願いの数々。

 皆が“私”に対して救いを求めていた。

 ……けど本当は分かっている。

 ここに暮らす人々は皆、暗示で操られているのだ。

 無意識に神に依存するよう魔法をかけられている。

 だから、この声は偽物。雑音と同じだ。

 だけど、やっぱり私はいつだって無視出来ない。

 それこそが私が今ここにいる理由だから。

 故に私は答えるように呟く。

 

「……分かっているよ、お前達」

『――どうか』

『神様――』

『苦しいんです。私達に救いを……』

「……ああ、分かっているとも。待っているが良い」

 

 何の返事も返ってこないのに、私はもう一度だけ頷いた。

 リエに町を案内させながら進み始める。

 やはり前の面影は消え失せていた。

 あのよく遊んでいた森も。かつて住んでいた屋敷も。姫様達のお城は崩れて、石垣が残るのみ。博物館で紹介された歴史は間違ったものばかりだった。

 代わりにこの現代で埋めつくされているのは、昔じゃ考えられないものばかりで、例えばテレビとかが良い例だろう。あんなもの、不思議の極みだ。アレの仕組みは一生理解できない。どれだけの技術がそこに使われているのか。

 食べ物一つにしたってそうだ。

 新生野菜、果物、マヨネーズなどの加工品。

 当たり前に並んでるだけで驚愕に値する。

 本当、作るだけで大変だったから。

 

 ……私はこの時代を、なんて豊かな世界なのだろうと感じた。

 きっと生きてるだけで、幸せになるチャンスがたくさん転がっている。

 それなのに、お金が欲しいだの、出世したいだの、病気が治って欲しいだの。

 聞こえて来る声は、昔に比べて実にうるさく我儘だった。

 ま、それもそうだろう。

 余裕がなければ、手が伸ばせる範囲は限られて来る。

 つまり逆を言えば、豊かに成れば成る程、人々の欲望はどんどん膨らんでいくわけで。

 所詮、人も獣。際限なく求めてしまうのが人の性なのだ。

 私も例外なく、こんなにも人間は醜い。

 

「あの、お姉様」

 

 しばらくして。

 リエが話しかけてきた。私は口をもぐもぐとさせて首を傾げる。

 歩き疲れたので、ちょっと公園で小休憩を取っていた最中だったのだ。

 私はベンチに座りながら、リエに買い行かせたお菓子――チーズおつまみを食べていた。

 

「んぐぐ、んぐぐん?」

 

 何か質問?

 私はそのままの状態で聞いた。

 リエはちょっぴり呆れて、でも暗示の効果で、私の言いたいことは分かったみたいだ。

 意を決したように聞いてきた。

 

「お姉様。お姉様はどうして、そんなにいつもいつも、この町を見るとつまらなさそうな顔をするのですか?」

「……」

 

 私は数秒黙り、もがもが、ごくんと、口の中のチーズおつまみを飲み込む。

 自分でも驚くくらい、感情のない声が出た。

 

「私がそんな風に見えるのか?」

「見えます。それに家でも、学校でだってそうでしょう?」

「……もしかしてお前、私に同情なんかしちゃってる?」

「まあ、可哀想だとは」

 

 無関心な言い方だった。

 どうも心の底から思っている訳ではないらしい。

 聞いてきたのは、単純な好奇心からか。

 

 私は溜息をついた。

 忌々しいことに、リエに言われたことで悦子の記憶が浮かんでくる。

 乾いた日常、冷たい家族、上部だけの友達ごっこ。

 自我が芽生えていなかったとは言え、その時の私が“私”であることに代わりはないのだろう。

 幸せな思い出はそれなりにあれど、私はいつも疲れ切っていた。何でもない時でさえ死を望むほどに、いつも疲れ切っていたのだ。

 

「だからこそ、お姉様はおかしいのです」

 

 何の因果か、リエは私の思考を続けるように言った。

 

「この町はこんなにも素晴らしく、ここに生まれただけで幸せなのに。それを認めようとしないだなんて変ですよ」

「………じゃ、そう言うお前は、早島で生きて幸せだと本気で思ってるの?」

「はい。龍神様を崇めて、一族の責務を果たせて。これ程良い生き方はありません」

「自分で選んでないのに?」

「偽物でも喜びは喜びですよ」

「……ハッ」

 

 思わず笑みが溢れる。

 この胸の内に広がるもやもやはなんなのか。

 悲哀? 嘲り? よく分からない。

 私は何に対してこんな感情を抱いているのだろう。

 複雑だ。謝りたくもあるし、ぶっ叩きたくもなる。私はこのリエという妹を、心底可哀想に思っているのかもしれない。

 

 キュゥべえは会話に入ってこなかった。

 ただ静かに私達の側にいる。

 私は何を思ったのか、ふと独り言のように、語られぬ物語を読み上げる。

 

「――昔々、遠い未来のお話です。どこでもなくて、どこにでもある宇宙に、ある一匹の怪物がいました。小さくて、醜くい姿をしていて、その声は外見以上に酷い声でした」

「……何ですか、それ」

 

 唐突に始まる奇妙な話に、リエが訝しそうにする。

 私は肩をすくめた。

 

「ただの御伽噺さ。まあ、聞いておくれ、私の妹」

「……はあ」

 

 リエは何がなんだかよく分からない顔。

 私は気にせず喋り続ける。

 

「怪物はいつも一人ぼっちでした。誰も怪物のことなんて見てくれないし、名前も呼んでくれません。怪物がどれだけ歌っても、その歌はやっぱり酷いもので、無視されてしまいました。――怪物は、誰とも交われなかったのです」

「……随分と可哀想な怪物ですね。必死に愛されようとしてるのに、愛されないだなんて、不憫なものです」

 

 率直な感想に、私は苦笑を浮かべる。

 そりゃ、何も知らなければ、この怪物は哀れな奴に見えるのだろう。

 だけどね。違うんだ。

 

「怪物は全然可哀想じゃないさ。どちらかと言うと怪物は極悪人だ。彼女は多くの者を殺してきた。ただ特別になりたい、認めてもらいたいという願いだけで多くの屍を積み上げ、その山の上で歌っている。姿が醜いのもそのせいだ。心が映し出されてるんだよ。なのに、他の子の綺麗な歌に嫉妬して、おまけに気に入らないからって、綺麗な歌が記録されたレコードを壊したくなるんだ。そんな奴の歌に、一体何の価値がある?」

「……」

「でも、まあ、実は怪物にも歌ってくれって言う奴らは、ごまんといるけどな。ただ、奴らには本当の怪物の歌が聞こえないだけで」

「……え?」

「結局さ、怪物が一人で宇宙にいるのは、神様という名の人中になってるからだよ。望んでないのに、勝手に崇めて奉られて。そんで人としての権利を剥奪されれば、あら不思議。人々の願いを叶える唯のシステムになっちゃうんだ、これが……。まったく、皮肉なものだよな」

 

 私はそう言って正面を向き、遠くを見つめた。

 ずっとずっと、ここでは無い遠くを見つめていた。

 そして。

 

「そろそろ良いだろう」

「……?」

 

 リエは不思議そうな顔をした。

 出会ってばかりだけど。なんだかこの子にはずっとこんな顔をさせている。

 私は申し訳なく思いながら、指をパチン、と鳴らした。

 

 世界が切り替わる。

 辺り一面、真っ青な空。流れる雲。

 眼下にはミニチュアの町が広がっている。

 ……そう、私達は早島市の遥か上空に移動したのだ。

 ちなみに落下の心配はない。魔法の力によってふわふわと浮かせている。

 

「……!? ……!?」

 

 流石のリエもこれには驚いているらしい。

 さっきから口をぱくぱくさせている。

 その彼女を微笑ましく思って、けれど私は無慈悲に死神の鎌を構える。

 

「さよなら、リエ。短い間だったけど、楽しかったよ」

 

 人差し指を向ける。

 瞬間、リエに異変が生じる。

 彼女は頭を抱え、もがくように体をくの字に曲げて苦しみ出した。

 

「ガ……アガアアアア!! ギャアアアアアアアアアアア!!」

 

 その絶叫は、あらゆる死を体験した時のような、絶望の音色だった。

 そしてそれは比喩でもなんでもない。

 彼女は今、私の魂の記憶を見ている。

 勿論、本で例えるなら、まだ一ページの半分だけど……ちょっと見るだけでこの様だ。常人に耐えられるものではない。

 やがて彼女は死んだ。発狂死したのだ。

 もうリエはピクリとも動かず、ただ浮いているだけだった。

 

「……っ」

 

 私はその姿を深い悲しみと共に見ている。

 自分で殺したくせに涙なんかも出てきた。

 けど、心の奥底は凪のように静かだ。

 これが私。

 私は目的のためなら、あらゆる者を切り捨てられる。割り切れる。実行出来てしまう。

 私の本質は機械であり人形なのだ。

 

「玉」

 

 涙も枯れた頃。

 キュゥべえが、私の最初の名前を呼んだ。

 自我が芽生えると、彼はいつもこうやって“玉”と呼ぶ。

 

「一体どうしてリエを殺したんだい? 無意味って訳じゃないんだろう?」

「まあ見ていろ。すぐに答えは分かる」

「――、これは……」

 

 キュゥべえの紅い両目が見開かれた。

 視線は町の中心部――早島神社に向けられている。

 その屋根の上には、金と銀、二対の龍の顎門が浮かんでいた。

 金早龍と銀島龍。

 魔法少女にも、一般人にも見えない、土地と同化しているこの町の神様だ。

 さっきから何かを喰らうよう、一心不乱にバリバリと咀嚼している。

 その周りでは枝葉を広げるよう、蜘蛛の巣状の巨大魔法陣が町中を覆って輝いていた。

 

「まさか、エネルギーの回収……? 島と早に……あり得ないほどの膨大な因果を集めるつもりなのかい?」

「そうさ。私がただで町中を歩き回っていたと思うのか?」

 

 すべてはこの魔法陣を直接土地に刻むためだ。

 何故なら龍神はこの早島そのもの。

 この方法が一番手っ取り早かったのだ。

 

「そして今リエを殺し、上手く魔法陣が作動するか実験した。結果は見事に大成功。彼女の絶望――感情エネルギーが島と早の元へ回収されたって訳か」

 

 キュゥべえは感心するように呟く。

 

「いやはや、恐れ入るね。流石は妖術使いの玉。今に至るまで続く早島の呪いを紡いだキミなら、このくらいは朝飯前なのか」

「当然だろう。体が変わっても私は“私”だ。出力は落ちてるが、生前の魔法ぐらい使えるに決まってる」

「それでも、さらっとこんなことをやってのけるんだから、キミは出鱈目だね。本当、昔から化物みたいに何でもありだよ」

「……」

 

 相変わらず褒めてるんだか褒めてないんだか分からない言い方だった。

 私はなんとも言えない顔をするしかない。

 キュゥべえは可愛らしく尻尾を振ると、

 

「さて、それでエネルギー回収の仕組みを作ったとして……まさか早島の人間から感情エネルギーを集めるんじゃないんだろ? 餌場はどうするつもりなんだい?」

「作るよ」

 

 私は早島の隣の方の町――牛木草を指差す。

 あそこは元々、早島の一部だったところだ。

 この土地に縛られている私が唯一活動できる“外”であり、ちょうど良い具合に人口も増えてきている。まさに絶好の場所だと言えよう。

 

「私は今から、あの町に呪いを振り撒く。過剰に発展させ、因果が集まりやすいよう仕掛けを施す。勿論、魔法少女も沢山育ちやすいようにするから安心してくれ。魔女化の際のエネルギーとかも全部譲るし」

「いたせりつくせりだね」

「前にも言ったが別にお前のためではない。くれぐれも邪魔だけはするなよ」

「勿論さ。でないと今後、キミからの恩恵を受けれなくなるし、むしろボクとしても今回はとても助かる話だからね」

「さいですか」

 

 私は皮肉とも取れるキュゥべえの言葉に鼻を乗らした。

 

「でもそんな膨大な量のエネルギーを集めて一体どうするつもりなんだい? 今のままでも十分、早と島は強力じゃないか」

「……それじゃ足りんのだ」

「足りない?」

「エイリアン野郎には関係のない話だ」

 

 そう、この地球を去るお前には何の関係もない。

 すべては五十年後、訪れる厄災のために。

 だからお前はこれまで通り、私の行いを黙認すれば良い。

 それよりも、

 

「呪いを振り撒くにも起点が必要だ。今あの町で最も魔法少女の因果の中心にいるのは誰だ?」

「夜見ミキオだよ」

「ミキオ……? 魔法少女じゃないのか?」

「彼は魔法少女の研究者さ。その力を解明しようとしてる、なかなか面白い人物だよ」

「ふーん……」

 

 そう言われると少し興味も湧いてくる。

 私は手の中に魔力を凝縮させ、望遠鏡を生み出した。

 側面についたダイヤルを動かし、その筒の口を目に当てる。

 途端、見えたのはまだ若そうな男だった。

 あれが夜見ミキオだろう。見ている感じ、実に使い道のありそうな奴だった。

 

「ふふ……」

 

 私は目から望遠鏡を離して消した。

 口元を緩める。

 ああ、たしかにキュゥべえの言った通り、なかなか面白い。

 これなら布石を予想以上に……。

 

 私は何のアクションもなしに、魔法でリエに火を付けた。

 内側から燃えがった炎は瞬く間に遺体を灰に変えいく。

 すべて散りになった後は、風に乗って流れていった。

 

「――――」

 

 それを見届け、私はキュゥべえを連れてミキオの元へと飛んでいく。

 興味を抱いても酷く無感情だった。

 私はリエと同じく、彼のことを道具としてしか見ていない。

 そしてこの自分自身さえそうだ。

 だから私は私が壊れることを前提で、記憶が忘れたタイミングで偽りの感情を抱くよう、この瞬間にも薄れていく自我にプログラムを施す。

 その結果、酷い死に方をしても別に構わない。

 それが運命。

 運命は変えられないのだから、もう自ら進んで身を委ねるしか、私に残された道はないのだ。

 

 

 

 

 それから私は束の間とも言える自由を過ごした。

 毎日のように牛木草に行っては人々に仕掛けを施す。

 例えば欲望を煽ってやったり、逆に地位を貶めてやったり。

 特になんの芽もない奴のところに行って、力をプレゼントしたりもした。何れ大きく成長し、この地を支配する存在となるだろう。

 

 そうやって至るところに、私は災禍と絶望の種を振り撒く。

 こういうのは基本、地味な作業が多い。

 人は思ったよりも単純じゃないのだ。

 望んだ結果を引き起こすためにはそれなりに緻密な計算が必要で、おかげでかなり疲れるわ、面倒くさいわで、まったく嫌になる。

 ま、別に良いけど。

 

 だって、全部がどうでもいいし。

 私が私である時点で、もう死んでいるようなものだ。

 この無意味な生に、一体何の価値を求めれば良いのか。

 私にはもう分からない。それを考えるのも疲れ果ててしまった。

 今はただ、何れ終わる終焉に翻弄されるのみ。

 その証拠に……ほら、今でも自我は崩れている。

 タイムリミットは残り僅か。

 

 私は盤面の駒を進めるよう、ミキオと親睦を深めていく。

 人と仲良くなるのは造作もない。

 私には手に取るように人の心の隙間が分かる。

 それに従って望む姿を演じてやれば大抵、コロっと落ちるのだ。

 特にミキオは、なんてことない、有象無象のうちの一人だった。そのくせ、変に好奇心があるのだから隙だらけにも程がある。

 すぐに警戒心を解いて、私を丁重にもてなしてくれた。

 道具としては非常に便利だ。

 

 とはいえ、私もミキオと話すのは楽しかった。

 嬉しかった。

 心が薄れていく度に、作り上げた偽物の恋が鳴動する。

 

 やがて一週間、一ヶ月……仕掛けを施し終わった後でも交流は続き、一体どれだけの時が過ぎただろう。

 私はいつの間にか、崩れた自我の代わりに執着心を得た。

 いつ食べても飽きない、甘い甘い綿菓子のような、でも強く焦がれるような、不思議な気持ちだ。

 

 これが私を操っていく。

 既に前世の記憶さえも失っていた私にとって、もうそれはすべてだった。

 だから私は絶対に逃さない。絶対に許さない。

 綿菓子の糸はミキオにも手を伸ばし、魔法少女に関わらないと言った彼を絡め取っていく。

 気がつけば私は願っていた。

 ミキオに魔法少女の因果が集まるように。

 それは私の思惑通りだった。

 強い思いであればある程、因果は絡まり、紡がれていくのだから。

 だから、私は恋の感情を埋め込みと同時、自分を騙した。

 私の取り柄は、魔法少女のことしかない。

 その繋がりを失えば私はミキオの側にいられない。

 そう思わせるように思考を改竄して。

 

 後はいつもの流れと同じだ。

 結局、私はミキオに拒絶された。当たり前だ。無理やりの束縛は相手を逆に遠ざける。しかし私は納得出来ずに荒れに荒れまくり、失意の内に魔女に捕食される。

 痛みに喘ぎながら、ようやくすべてを思い出した。

 

 ――ああ、またこの最後なのか。

 

 ほら、やっぱり運命は変わらないでしょう?

 口元が歪めば体も歪んでいく。

 ああ、お休みなさい。いつか会う日まで。

 頭を噛み砕かれて、私は遂に絶命した。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 そしてまた、次の“私”が始まる。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ――今度の私は、江戸中期に生きた少女だった。

 日の本の中でも比較的平和な時代だ。

 戦国のように戦うこともなく、民草は日々安寧を享受する。

 しかし決して豊かとは言えない。

 しかも、ここの土壌はあまりにも悪かった。

 飢饉、日照り、干ばつ、壊滅的な被害を被ればすぐに再起不能に陥る。

 そして私が生まれたのは丁度そういう時期だった。

 次々と一族の少女達が生贄として身を捧げられていった。

 私の番が回ってくるのも時間の問題だ。

 私はとっくの昔に自我が目覚めていたので、隙を見て逃げ出した。

 記憶も不完全だったから、きっと抜け出せると信じていた。

 

 でも、いくら懸命に走っても、早島からは出られない。

 転移を繰り返しても同じ。何故かすぐに元の場所に戻るのだ。

 一体どうしてこんなことに。

 疑問に思って原因を探っていると、今度は押しつぶされそうなほどの声が聞こえてきた。

 

『助けろ』

『逃げるな』

『お前ばっかりずるい』

『私達を救ってよ』

『何故救ってくれないんだ』

『お前は神様だろう。だったら――』

 

「………!?」

 

 これ以上ないくらい鳥肌が立って、私は耳を塞いだ。

 足が震える。

 

 波のような声の渦は、救いを求める人々の想念だった。

 それが鎖となって私の魂を束縛している。

 逃げられないのも当然だった。

 ならば、この土地の人々をどうにかすれば良い。だが、呪いを解呪する方法は存在しない。

 ましてや、彼らを皆殺しにすることも出来なくて。

 私はなすすべなく広実一族に捕まり、やがて本当の記憶も失って、魔法少女にさせられた。

 結果として早島は救われたが、私の心はまったく晴れない。

 いつしか無意味な日々に絶望し、私はその内魔女になっていた。

 

 また、命が終わる。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 そして次の“私”が始まる。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 ――再び昭和の時代に生まれ変わっていた。

 といっても前回のような平和な時代ではない。

 戦争の時代。

 第二次世界大戦真っ只中の時代だ。

 

 そこでは毎日のようにアメリカとの戦いがラジオで流れていた。

 飽きもせず連勝のニュースが飛び交い、雑誌も教育も戦争一色に染め上げられている。

 お国のために戦うことが何よりも名誉なことだとされていたが、国民の暮らしは当然貧しく、空襲も度々あった。

 

 特に早島は酷かった。

 毎日のようにサイレンが響き渡り、炎の雨が何度も降り注いだ。

 火の海の中で誰もが逃げ回り、焼き殺されていく。

 私の家族も死んでしまった。

 私だけは奇跡的に助かったが、もう後がない。

 悲しむ間も無く魔法少女になるしかなかった。

 目覚めた自我は徐々に薄れていく。

 

 私はいつかのように泥水を啜りながら必死に生きた。

 最初は同じような境遇の子と一緒になって生活した。

 しかし、余裕もないので他の子と喧嘩になる。

 私は気の弱い方だったので、毎日良いようハブられていた。

 このままここにいてもしょうがないだけだ。

 もう用はないと早々に逃げ出す。

 

 次は一人で過ごしてみた。

 力もあるので余裕だろう。

 そう思っても、しかし孤独には耐えられない。

 

 結局、血縁を探し求め、最終的に流れ着いたのは裏社会の闇……広実一族が運営する早島の暗部だった。

 彼らは戦争の道具として、魔法少女を利用していた。

 私は暗殺用として重宝され、遠隔から敵を殺した。

 そうすると政府から報酬が出て、大量の金が流れる。

 それらはすべて早島の復興資金となるのだ。

 大人達は大して褒めてくれながったが、私は何故か自分のやってることが妙に誇らしかった。

 別に気分が良かったという訳ではないが、それでも私は寂しかった。寂しかったから、誰かに必要とされたかった。報われていたかった。

 そのために私は頑張り続ける。だが救いは訪れない。

 私は所詮、大人達にとっては都合の良い道具でしかなく、逃げ出そうとしても早島からは出られずに。

 しばらく経たない内に、私は知らない子に殺された。

 多分、敵から復讐されたのだ。似合いの最後と思った。

 

 そうして、真っ赤に染まった世界で呟く。

 ああ、次はどんなやり直しを? さようなら、さようなら。またいつか会う日まで。

 私は目を閉じて、輪廻の渦に飲み込まていく。

 

 今生の生も終わった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 そして私は繰り返す。繰り返す。生きては死んでを繰り返す。

 

 ――とある時代に姫として生まれた。

 何不自由のない生活だった。

 しかし無理やり結婚させられ、子供を産んだ。

 子供はすぐに病死した。

 悲しくて悲しくて、魔法少女の契約で生き返らせた。

 しかし肝心のその子は女の子で、家の人々は口々に、余分なことを責め立てる。立場を守るために必死で早島に尽くしたが、ついぞ見直されることはなく、私は結局、追い詰められて子供と心中した。

 とても悲しい結末だった。

 

 ――明治の頃に一族の外戚の家に生まれた。

 所謂成金で、紡績で一旗揚げた家だった。

 だがある時、雷で工場は燃えてしまった。

 悲しくて悲しくて、私はキュゥべえと契約した。

 すると全部が元通り。

 嬉しくなって父にそのことを言うと、彼はすごく驚いていた。

 そして、目が眩んだのか、私のことを政治に利用しようとした。

 私は反発したけど、別の魔法少女を見つけてきて、父は早島の経済を滅茶苦茶にした。

 私は父を殺した。これ以上の狼藉は見過ごせなかったからだ。

 だが同時に絶望もしてしまった。父が死んで深い悲しみに囚われたのだ。

 これでこの人生もお終い。

 魔女化してさようなら。

 

 そうしてまた生まれ変わって――平成の世で那お子という少女になった。

 生家は一族の中でも、特に情報管理を担う家だ。

 東家は早島の機密情報を守っていた。

 しかしある時、何処からか情報が漏れてしまう。

 魔女の仕業だった。私はこの問題を解決するために魔法少女となり、海辺にて魔女を追いつめて交戦する。

 だが強力な魔女であったために、私は呆気なく死んでしまった。

 内側から爆死しての最後だった。

 

 ……とまあ、このように。

 振り返るとどれも碌でもない人生ばかりだ。

 私はこんなのを、もう数えただけで千は経験している。

 

 過去も未来も関係ない。

 時間軸さえ飛び越えて、振り子のように行ったり来たりをしながら、あらゆる時代の早島で生まれ変わる。

 そのどれもが例外なく私だ。

 生育環境関係なく、私の意識、魂が、広実一族の女子の赤ん坊にランダムでダウンロードされる。

 記憶の解凍は五、六歳の時。

 そこから徐々に自我が薄れてその時代の“私”となる。

 だが、転生毎に記憶の情報を完全に持ち超せないので、十七を超えて生き残れはしない。

 必ず魔法少女として生き、早島のためにと供物に捧げられる。

 私はずっとそうやって転生してきた。

 

 勿論、その運命から逃れようと必死になったこともある。

 しかしそのどれもが失敗に終わった。

 そもそも自殺したところで無意味なのだ。すぐに生まれ変わり、またゼロからのスタートになる。いくら足掻こうと、私がこの輪廻の渦から解放される術はないのだ。

 

 まったく皮肉なものだと思う。

 私はずっと特別になりたかった。

 だから龍神信仰を造り上げた。

 だが、その末に待っていたのは真の苦しみだった。

 

 こうなったのもすべては自業自得だろう。

 何故ならかつて忘れ去っていた最初の祈りは、文字通り“未来永劫、この土地で誰よりも特別な存在になる”というものだったから。

 そのために私亡き後、双子姫は暴走し、私をこの早島の神様に仕立て上げた。わざわざ、どの時代でも“私”が生まれるように、自身の一族にまで手を加えて。

 おかげで私は私のままに、“早島の神様”として早島を守る存在となってしまった。

 

 それは奴隷に……いや、システムになることと同義だ。

 どう思おうが、私は早島を守り続けなければならない。

 始まりの私が実行していた“特別”になる方法がこれなのだ。

 だから私の体は自然とそういう風に動くし、最終的に私は人々の願いを背負って死ぬ運命にある。

 

 前にも言った通り、本当に数え切れないほどの死を迎えた。

 貫かれて死んで、潰されて死んで、切り付けられて死んで、燃やされて死んで、腐り果てて死んで、踏み砕かれて死んで、拷問されて死んで。

 最早、体験したことのない死に方など存在してないだろう。

 どんな痛みも、私の前では同じことだ。

 それよりも本当に苦痛なのは、また繰り返すこと。長く生きられないこと。孤独なこと。

 私は全部がどうでも良いくせに、全部を破壊したくて堪らなかった。

 普通に生きて死ねる人々が、妬ましくて妬ましくて仕方がなかった。

 

 ……思えば私の本当の願いは、たったそれだけのことだったかもしれない。

 全部、普通で良かったのだ。

 愛し、愛されていればそれで。

 私は幼い頃のように、誰か愛されて死にたかった。

 

 でもそんな奇跡は二度とこないだろう。

 本当の理解者など何処にもいない。

 一体誰が、永劫の時を回帰する私に寄り添えるというのか。

 おまけに私の魂は、祈りのせいで宇宙の外側に縫い付けられている。

 そこには誰もいないんだ。一人ぼっち。

 ここにいると叫べば叫ぶ程、醜い声しか出やしない。

 

 ――あああ……ああああ……あああああああああ……。

 

 私は泣いて泣いて泣きまくる。

 寂しい、辛い、耐えられない。

 ソウルジェムは砕けも濁りもしなかった。

 ただその身を、糸で出来た猫の怪物にしただけだった。

 そんなことでさえ、ますます悲しくなってくる。

 連星のようなレコードを壊したくなった。

 人恋しさから、望遠鏡で他の時間軸を覗きまくった。

 

 そうして長い長い時を過ごし。

 旅の途中、幾つもの転生をした後、遥か未来の世界で、ふとした終わりを垣間見た。

 

「何だアレは」

 

 私はそれを見上げて呟いた。

 その魔女は、世界を覆い尽くすような、果てが見えないくらい大きくて黒い魔女だった。

 まさしく天災と言っても良い存在だ。

 枝分かれした下半身を揺らめかせながら、上へ上へ、伸びていく──渇望するかのように、手を伸ばしていく。

 しかし、両手は何も届かない。欲しいものは手に入れられない。ただ、その手は哀れな魂をつかみとるだけ。

 

 名はすぐに分かった。

 彼女は救済の魔女という。その性質は、慈悲。

 この現世という名の鳥籠から魂を拾い上げ、その手で天国へと導く救世主。しかし、それは何もかもを崩壊させる、恐るべき化け物。

 いや、化け物と形容するには、これはあまりにも強大すぎる。

 これを表す言葉は、それこそ“神様”とか、そういう言葉しかないだろう。

 ワルプルスギスさえ凌ぐ、超弩級の魔女だった。

 

「ハ……、ハハハハハハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!」

 

 乾いた笑い声しか出せなかった。

 何だアレは、何なんだアレは。

 突如現れてはすべてを壊し尽くしていく。

 この早島も例外ではない。何人か魂を吸い取られた。

 もう彼女は止まらないだろう。この地球を十日そこらで壊滅させてしまう。

 

「凄いだろう、玉」

 

 滅びゆく光景の中、隣でキュゥべえは言った。

 

「彼女こそが、ボクらの追い求めてきた理想そのものだよ。これでエネルギーノルマも概ね達成出来た」

「……ハハ、そうか」

「いくら双子姫が強力といえど、まどかには敵わないだろうね。早島も消えてなくだろう。おめでとう。キミはこれで、やっと解放されるんだ」

 

 言祝ぎの言葉。

 私はニヤリと笑う。

 

「何だ。私のこと、どうでも良くないのか?」

「キミの苦しみを、ボクらはずっと見てきたからね。キミたちで言うところの情くらいは持つさ」

「……ッハ、らしくない言い方だな」

 

 それでも彼らは理解者じゃない。私の友達にはなってくれない。

 それどころか私の死を運んでくる腹立たしい連中だ。

 ……まったく嫌で嫌で仕方がない。

 

「そもそも、そんなことで解放されるなら、私はここになどいないではないか」

「? どういう意味だい」

 

 首を傾げるキュゥべえに、私は構わず指を向けた。

 情報を一方的に抜き取る。

 成る程、成る程。

 見滝原、鹿目まどか、時間遡行……。

 なかなか面白いことが起きているらしい。

 それに伴い、更にとんでもない光景を目にした。

 こことは違う、別の時空の光景を。

 

「ハ……ハハ……」

 

 割けるみたいな笑みが浮かんだ。

 私は今こそ、この世界の深淵を知る。

 また腹を捩らせ、しかしさっきよりも笑いに笑った。

 

「アッッハハハハハハハ!! ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 ああ、すごい、すごい。なんて素晴らしい。

 五十年後、何か厄災があるとは予見していたけど、まさかこれ程とは。

 しかも時間遡行? 宇宙の改変? 何それ、聞いたことも見たこともない。

 その結果“こんな神様”が生まれるなんて!

 これなら……これなら私も――

 

 生まれたのは怒りか随喜か。

 ともかく私は、これまでの自分を酷く馬鹿馬鹿しく思っていた。

 だから哄笑は、今や最高潮に達している。

 魔女のケタケタという笑い声と合わせ、歪なハーモニーが生まれた。

 キュゥべえは酷く困惑しているようだった。

 これまた珍しいことだ。面白い。

 

「ふ……」

 

 ここに来てようやく笑いが収まった。

 少し冷静になってきたらしい。

 冷えた頭で、頭上に手を翳す。

 五指から迸る魔力は糸となって、二対の龍の顎門を引っ張ってきた。

 金早龍に銀島龍だ。

 かつて私が支えていた双子姫。

 それが今や私の手足となるなんて、なんておかしいことなのだろう。

 

「行け」

 

 糸で操り、二対の龍を操作する。

 龍の顎門はカパっと口を広げて、その喉奥からそれぞれ、レーザーを発射した。極度に圧縮した超高密度の魔力だ。その威力は核爆発にも匹敵する。

 しかしあの魔女に届いても、まるで効いている様子はない。

 二発、三発、打っても同じこと。格だけならワルプルギスにも劣らないのだが……いかんせん、相手が悪すぎるようだ。

 

 まあ、別に構わない。

 始めからそんなことは分かっている。

 双頭龍はあくまで時間稼ぎ、囮でしかない。

 本命はどちらかと言えばこっちだ。

 

 手を大きく広げ、大気に満ちる魔力を集める。

 この東順那――最後の転生体は、広実一族が造り出した完璧な器だ。

 これまでと違い、記憶も自我も保持されてるどころか、権能にセーフティがない。

 すべてはこの時のためだろう。

 そして五十年前に打っていた布石もこの時のために。

 

「――――」

 

 私は更に力を解放した。

 この空間すべてを塗りつぶすよう、因果の糸が大量に吹き荒れる。

 元になっているのは、牛木草の住民から集めた感情エネルギーだ。

 それを一気に使い潰している。出し惜しみなんてまったくしない。全力全開だ。

 

 やがて糸達は早島とその近辺全域を覆うと、ドームのように結界へ姿を変えた。

 独立した宇宙のように、外界と関係を断ち切っていく。こうなればもう慈悲の魔女の手は届かない。キュゥべえは困惑を通り越して、感嘆するように呟いていた。

 

「これはボクらの干渉遮断フィールドかい? ……なんて規模と精密性なんだ……」

「それだけではないぞ。ほれ」

 

 私は顎門に結んでいた糸を、くん、と人差し指を動かすことで引っ張った。それだけで龍達は動きをピタリと止め、次には魔女を無視し、二人ともこちらへ戻ってきた。

 私のその頭を撫でてあげると、再び糸を操作する。

 龍神達は早島の地中深くへと沈んでいった。

 

 転瞬――ゴゴゴゴゴゴッ。

 地面が揺れる。世界が揺れる。空間は歪曲し、魔女は遠くへと消え去った。すべての揺れが収まると、既にそこは虚空の彼方だ。

 私達は早島の外――正確には早島の外には出られないので、干渉遮断フィールド内にある空間の狭間――に移動していたのだ。

 キュゥべえは何が起きたか分からないって感じだ。

 私は腕を組み、自慢げに言ってやった。

 

「早島を“その近隣”ごと時空の狭間へと転移してやったのだ。もうこの地は何処にもなく、さりとて何処にも存在しない。この宇宙を漂う一つの方舟だ」

「……!?」

 

 キュゥべえは驚愕を隠しきれないように、紅い目を見開いた。

 周囲はスクリーンになっていて、星空瞬く宇宙の中だ。

 その眼下には青い青い星が――地球が存在している。隣には衛星のように、小さなスノードームみたいな球体があった。干渉遮断フィールドに覆われた早島だ。これで宇宙の紫外線などから身を守っている。

 

「……信じられない。こんなことが可能だなんて」

 

 キュゥべえは恐るべきものを見たように呟く。

 そんな彼に対し、自慢するように話しかける。

 

「一応自給自足も可能だぞ? 感情エネルギーは豊富だからな。それを食事として提供してやれば良い」

「ならば住民の認識は? 異変には気づいているんじゃないのかい?」

「そこはいつものように暗示をするまでだ。しばらくすれば、彼らは普段通りの日常に戻る」

「……」

 

 改めて驚いて、キュゥべえはしばらく言葉を無くしていた。

 しかし一つ疑問があったのか、「でも……」と、やがて口を開く。

 

「ここまで大規模なことをやって、早島は持つのかい? せいぜいよくて、二、三年だろう?」

「ま、そうだな」

 

 私は当たり前の指摘に微笑を浮かべる。

 言われなくたって分かっていた。この箱舟は既に瓦解を始めている。

 維持するだけで精一杯なのだ。でも、だからこそ。

 

「他の時間軸でも同じことをやって、魔力を連結させるのだ。大量の因果を紡げれば、膨大な感情エネルギーが手に入るからな。それを無限に繰り返せば、まあなんとかなるだろ。そのための手っ取り早い方法を思い付いたんだ」

「手っ取り早い方法……?」

「お前も知ってる奴だよ」

「というと、時間遡行かい?」

「ザッツライト。大正解♪」

 

 私は拍手で褒めた。

 この器と箱舟なら、今よりももっと因果を弄れる。

 そうすればせいぜい一人くらいは良い奴を見繕ろえるだろう。

 そして、そいつを使えば、時間遡行なんて簡単に出来るのだ。並行世界を螺旋状に束ね、因果を大量に紡ぐことも出来る。

 

「だが、その因果の先を誰に集めるんだい? キミ自身……という訳じゃないんだろう?」

「……」

 

 キュゥべえの問いに、私は無言で返した。

 代わりに指を鳴らし、星空の巨大なスクリーンに別の像を映す。

 それは桃髪の神々しい女神様だ。透ける羽とピンクのドレスを身に纏い、惑星の輪に腰を下ろして、とある一つのレコードに歌を重ねている。

 

「彼女は――」

「鹿目まどか」

 

 その名を口すると、キュゥべえが息を飲むように尻尾を揺らした。

 私は彼の台詞を先回りする。

 

「あの姿は知らない、だろう?」

「――、一体彼女は何なんだ。彼女は本当に、ボクが知ってる鹿目まどかなのか?」

「そうさ。けど、これはイレギュラー。別の時空の話だ」

「……キミはさっきから何が言いたいんだい」

 

 訝しがるキュゥべえ。

 一つ、悩むふりをして、私は遠回りとも思える話を振る。「唐突だが、お前はどうして、私がこんなにも出鱈目なのだと思う?」

 するとキュゥべえはすんなりと乗ってくれた。

 

「それは間違いなくキミの祈りが原因だろうね。キミの祈りが、キミ自身の因果を滅茶苦茶にしてしまった。そして転生を繰り返すことで、キミの存在そのものに因果が集中してしまった。ようは、暁美ほむらが鹿目まどかに齎した現象と同じだ」

 

 つまり、卵が先か、鶏が先か。

 まるでメビウスの輪のように、原因と結果が結びついてしまっているのが、今の私という訳だ。

 でもそれだけじゃない。その祈りはある副作用を私に……いや、世界に波及させた。

 

「あらかじめ言っておくが、私の転生のシステムは極めてシンプルだ。魂が初めから宇宙の上に固定しあって、自我や記憶が、時を飛んで転生する。死んだらまた別の時間軸でやり直しだ。

 しかし、その時点で過去と未来はぐちゃぐちゃなのだ。因果を束ねるどころか上書きして切り離す。可能性が分岐しても一本道に選定される。そうやって時間軸がまとまって、淀んで、一つの次元そのものを形成したとしたら――」

「――まさか、この世界そのものが、あの地球と早島のようなものだと言うのかい? じゃあこの“鹿目まどか”は、元の世界は――」

「ルールが改変された宇宙。対してこの世界は、改変前の宇宙ってことになるな」

 

 まったく馬鹿げた話だ。

 長い間生きてきたのに、こんなことにも気づかないなんて。

 自分の愚鈍さに呆れそうになる。

 でもショックは受けていない。むしろその逆。この女神様の存在は希望そのものだ。私は彼女に感謝したいくらいだ。

 だって、

 

「改変された宇宙では、魔法少女は魔女化することなく、救われるのだから。私もあの女神様と接触すれば、この世界さえ壊せば、救われるのだ」

「キミは……本来交わるはずの無い、断絶された次元の壁を越えようと言うのか……?」

「少し違う」

 

 私は久し振りに相棒を呼び出す。

 身長を大きく超える巨大な鉈。

 乱杭歯のような無骨な刀身は、まさしく私の心のようだ。

 可視化される因果の糸は、私の身を包んで魔法少女の衣装に変質した。

 フリルつきのゴスロリ衣装……ではなく、真っ白な死装束だ。こちらも“玉”としての武装。スリットが入り、大胆に太ももが露出している。

 

「さて、初めますか」

 

 正式な装備を身に纏い、私は足を一本前に、進み出す。

 キュゥべえの、「やめるんだ、玉! そんなことをしたらますます――」という制止の言葉が聞こえたが、気にしない。

 私はそのままふわりと飛び上がり、そして時間軸を物理的に“超えた”。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 また、五百年前の夢の話をしよう。

 

 私は今でも、驚くくらい、幼い頃のことをはっきりと覚えている。

 当時の早島は、とても貧しくて、小さくて、身内同士で争うぐらい権力闘争が激しく、そのくせ他の土地――例えば牛木草なんか――と年中戦争するような、そんな平穏とは無縁の、とても荒れ果てた場所だった。

 当然、誰もが互いを信じられない。何処かギスギスとした雰囲気の中、大人から外の奴らはすべて敵なのだと教えられた。簡単に人を信用するなと言われた。

 

 でもかつては、平和だった頃もあったのだよと、ある時祖父である族長は子供達に話をした。

 祖父は望郷の彼方を見つめながら、遠い遠い昔話を、朗々と語り出す。

 

 それはとある、特別な少女達の話だった。今ならば分かるが、魔法少女の話だ。

 彼女達は神の身使いと呼ばれていた。

 不思議な術を使い、土地を納め、あらゆる戦乱から人々を守っていたという。そして、平和の尊さを訴え続け、人々を励ましていたらしい。

 人々の方も神の身使い達に感謝していた。彼女達を現人神のように崇め、奉り、その周りに集って助け合った。敵にやられても、災害に遭っても、いつでも誇りを忘れず、互助の精神を持ち続けたのだ。

 

 けれど、いつからだろう。

 平和は長く続かなくて、神の身使いたる少女達は少しづつ死んでいき、遂に一人になった時、残された者は怪物に変じた。恐らく寂しさからの絶望、生き残ってしまったが故の自責で、宝石が黒く染まったのだ。

 そして、その姿を目にした時、人々の絆にも亀裂が生じた。

 当たり前だろう。ずっと信じていた希望の象徴が崩れたのだから。

 そうして、人々はそれまで以上に争い合うようになった。

 今日に至るまでの、戦乱の歴史の始まりだ。

 祖父はその過程を余すことなく見てきた、最後の生き証人だった。

 そんな彼が、私達孫の世代へと言ったのだ。

 

「どうか子供達よ、呪いは引き継がないでおくれ。お前達が殺し合う必要は、もう何もないのだ。希望の象徴なんてなくたって、本当は手を取り合えるはず。一度紡がれた平和、誇りは、お前達にも受け継がれているはずなのだ。だから、もう一度この土地に、安寧を齎しておくれ、子供達。どうか、どうか――」

 

 彼は切なる願いを言い残して。

 数日後、何の予兆もなく死んだ。老衰だった。あんなに穏やかな死に顔を見たのは生まれて初めてだった。慕われていたから皆が泣いた。暖かな葬式だった。……とても愛に包まれた。

 多分、当時の早島の状況を考えると、最も幸せな死に方をしたのは祖父だ。祖父はかなり幸運に恵まれていた。

 だから、祖父がいなくなって悲しかったけど、何処かほっともしていた。

 ああ、もうこれ以上、苦しまなくて良いんだって。満足して逝けたんだなって。

 

 そして私はこう思った――死ぬ時は、祖父のように死にたい。

 平凡に生きて、平凡に死んで。皆を愛して、愛されて。

 戦争なんかに巻き込まれたりせず、穏やかな日々の中で、ただ自然に死んでみたい。きっとそうすれば、私は幸せになれる。後悔なく御仏の元へ行ける。祖父の死が、私の望みの原点となった。

 

 でもそれが容易いことでないと、私は幼いながらに知っている。

 平和なんて何処にもない。いつも戦争、戦争、そればかり。内での争いも激しくて、付き合いがあった幼馴染は、ある日実家の政敵に攫われ殺された。密かに恋した使用人の男は、他の家の間者だった。その他にも沢山、幾つも身内の死体が転がるのを私は見てきた。

 

 そんな日々に、希望を見出せるはずもない。

 だからこそより渇望は疼き、祖父の死が尊いものに思える。

 その“終わり”が、普通のものであって欲しいと思う。

 私にはどうすることも出来ない代わりに、ただ神様に――いや、神の身使い達を祀る祠に、祈っていた。

 

 お願いします。どうかどうか、この土地を平和にしてください。

 これ以上皆には苦しんで欲しくないんです。私の大切な人達に、笑顔と安寧をください。どうか、どうか――

 

「熱心だな。毎日来ているのか?」

 

 すると、ある日、私の隣に兄がいた。

 私はびっくりした。その兄は私と酷く年が離れていて、おまけに次期当主だったから、今まで話したことなんて一度もなかったのだ。

 

 私は当然のように萎縮した。元々そんなに気が強い方でもない。

 慌てて謝ろうかと思ったけど、緊張と困惑で、口をパクパクさせるだけだった。そんな私に対し、兄もどうしたら良いか迷うように口を閉じていた。ずっとずっと、無言でいた。

 それで私はハッとなった。この人もまた、気まずいのだと気がついた。

 なのでこちらから話かけることにした。

 

「お兄様。お兄様はどうしてこちらに?」

 

 兄は私と同じようにハッとした。

 バツが悪そうな顔をして、

 

「ただの散歩だ」

 

 と返した。

 私は絶対違うだろと思いつつ(実際は本当にたまたまだったのだが)、「そうですか」とだけ言った。

 また気まずい雰囲気が流れた。

 そうして、何を言えば良いのやら、長い時間悩んでいると、兄の方からしゃがみこんで私と目を合わせ、話題を振ってきた。

 

「玉こそ、ここで何をお願いしていたんだ?」

 

 私は慣れず、急に近くなったら距離に瞳を彷徨わせた。

 何かのプレッシャーを感じるように、ボソボソっと答える。

 

「み、皆が……争いをやめますようにって……お願いしてました」

「争いを? ……そうか。玉は優しいな」

「優しい……?」

 

 私は兄の言うことに首を傾げた。

 

「心が綺麗ということだ。それはとても良いものだよ」

「……」

 

 私は黙る。

 単純に思ってしまった。私のこの心は――兄が言うその綺麗な心とやらは、本当に良いものなのかなって。

 だって、少なくとも、この乱世の時代には不必要なものだ。そんなものあったもいつか他人に漬け込まれるだけ。良いように利用されるだけ。

 まったく何の役にも立たない、言うなれば無用の長物だ。それなのに、この兄は私に真っ直ぐと向かって、言ってくる。

 

「その優しさは大切にしなさい。こんな世の中だからこそ、それはとても尊いものなのだ」

 

 私はまたも黙った。

 兄がそんなことを言うだなんて信じられなかった。

 そのため私は、兄の言うことを疑った。その私の顔を見て、兄は小さく笑う。

 

「まだ分からんのだろうな。しかし、一度失えば、それは二度と手に入らないものなのだ。俺もかつて、玉のように純真だったのだがな。気がつけば、敵を騙したり、殺すことでしか、生きれなくなってしまった」

「? それはどういう……」

「……ようはな、血で血を争う日々が、俺にとっての居場所になってしまっているということよ。小さい頃から人が死ぬのが当たり前だったから、逆に平穏な時間を過ごしても生きている実感がせんのだ」

 

 兄は悲しそうな顔をして、投げやりに言った。

 そこに込められた虚無を、私はなんとなく感じ取った。

 でも、当時の私はまだまだ純粋で、その彼の言いたいことまでは分からなくて。また、難しいことを言っているなと感じた――後になって、兄の言葉を思い知るとも知らず。

 なので、私はとりあえず、曖昧に分かったみたいな顔をした。

 

「……えと……、周りに合わせすぎて、道が分からなくなったってことですか?」

「そうかもな」

 

 兄も、曖昧な顔で返した。

 私の考えなんてお見通しみたいだった。

 そしてふと、兄は聞いてきた。

 

「……玉。お前は、女だ。非力な子供だ。その意味が分かるな?」

「はい」

「お前はこの先、政治の道具として利用されるか、争いに巻き込まれて死ぬだろう。お前の人生は最初から定められ、縛られている。奴隷と同じだ。……そんな人生が嫌だと思ったことはないのか?」

「仕方がないことだと思います」

 

 私ははっきりと答えた。

 いくら平穏を望もうと、私は多くの欲望を諦めてきたのだ。当然のように運命を受け入れていた。

 けれどやはり、兄はなんとも言い難い複雑な表情を浮かべていて。

 どうやら、笑顔も見せない、まるで人形のような私を、哀れでいるようだった。

 

 兄は気遣うように、私の頭を撫でてくれた。

 ぎこちなくて、慣れていない手つきだった。

 それから何を思ったのか、次に感極まったように私を抱きしめて、可哀想になあ、と言った。

 

「お兄様?」

 

 私は思わず困惑して兄を呼んだ。

 だが兄は何も返さず、しばしの間、私を強く抱きしめ続けた。

 やっと口を開いたのは、およそ十五分も後だった。

 

「玉。良いか、玉。今から兄上の言うことをよく聞くんだ。良いな?」

「は、はい。お兄様」

「玉、お祖父様の遺言通り、決して俺達大人から、呪いを引き継ぐな。お前はお前らしく、自由に堂々と生きろ。お前にはその権利がある。お前は、お前の望む通りに生きて良いんだ」

「え……」

 

 私は息を飲む。

 予想外のことに目を見開く。自然と私は聞き返していた。

 

「そんなこと、本当に良いんですか?」

「ああ」

「けど、そんなの絶対、許されるはずがありません。大体、妹達はどうなるですか」

「妹達もお前と同じだ。好きに生きて良い。お前達子供は可能性の塊なのだ」

「でも、でも……」

「大丈夫だ。兄上が全部変えてやる。子供の未来を作るのは、いつだって俺達大人の役割だ。俺がこの土地の争いをなくす。一族の皆と協力してな」

 

 そう言って兄は、私のことを励ました。

 その瞬間のことを……多分、私は永遠に忘れない。

 すごく嬉しくて仕方なかった。初めて未来のことを思えた。

 私は気が付けば、悲しいことなんて一つもありはしないのに、兄に縋りながら、ワンワンと赤ん坊のように泣いていた。

 兄はただ私の背中を撫で続けてくれた。

 

 その日からだ。私が兄に懐くようになったのは。

 私はいつどんな時も、兄のそばに着いて行くようになった。

 兄は大きな存在だった。

 決して口数が多い方ではなかったが、私の我儘を嫌な顔せず引き受けて、忙しい時も常に一緒にいてくれた。まるでもう一人の父だった。

 

 私は多くのものを、兄からもらった。

 楽しいことも、色んな知識も。安らかな時間だってもらった。

 それは兄の膝に寝転がる一時だ。

 私が影で泣いていると、必ずそっと兄がよってきて、胡座をかきながら側に来てくれる。

 私は兄に駆け寄り、悲しいことを沢山喋った。そうして気が済むまで泣きじゃくると、後はちょうど足を組んでるところに頭を乗せて、兄の温もりを感じながら、うとうとと眠った。

 兄といると、いくら悲しいことがあっても、平気になれた。

 

 私は短くない時を兄と共に過ごしたが、その間、私が終始能天気な顔をしているのに対して、兄は裏で厳しい顔をしているようだった。

 彼は以前から早島の状況を憂いていたのだろう。

 祖父が願った真の平穏。それを叶えようと兄は派閥を作り始め、遂には周りの大人達も引き込んで、私の一族は早島を変えようと動き始めた。

 勝手に争いをしている領主を討ち滅ぼさんとした。

 

 しかし派閥のリーダーは兄ではなかった。

 領主の弟だ。私の一族は平凡だったから、大きな力を持つ人物を……支えている主君を頼るしかなかったのだ。

 しかしこの領主の弟がなかなかの曲者だった。

 能力も申し分なく、次代の早島を担う傑物であるに違いなかったが、野心が強過ぎた。優しい顔して兄達を騙し、平和のためと言いつつ、兄達の兵力を利用して邪魔な政敵を潰し、自らが領主に返り咲こうと画策した。

 だから余計な勢力にまで手を出して、領主の弟はピンチになった。

 その結果として何が起こったのか……思い出すだけで、今でも視界が真っ赤に染まる。

 

 なんと領主の弟は、自らの責任を私の一族に押し付けたのだ。

 こいつらが悪いのだと、でっち上げた証拠を作り上げて。

 ……こうして私の一族は、領主の弟の負債によって、命を狙われることとなった。

 

 例の如く、一族郎党皆殺しだ。

 屋敷が燃えたのは一瞬だった。兵が雪崩れ込んできたのは刹那だった。

 大人達は皆、子供たけでもと私と妹達を逃した。

 そのせいで多くの首が飛ぶのを見た。父も、母も……従兄弟も、叔父も、姉さえも。最後まで守ってくれた兄まで死んで、私は思い描いていた未来がガラガラと崩れる音を聞いた。

 抜け殻になった心地だった。

 

 私達はどうにか逃げ出した夜を、何処か現実味のない足取りで歩いていた。この手に繋いだ妹達の温もりだけが、世界に繋がる縁だった。

 しかし妹達は、寒いよ、お腹が空いたよと仕切りに騒ぐ。

 私はそれに対し、壊れたカセットテープのように繰り返した。

 大丈夫だから、大丈夫だから。

 

 でも全然大丈夫じゃなかった。

 既に喉はカラカラで、体力だって限界だ。このままだと皆死んでしまうと不安で不安で仕方がなく、私はどうしたら良いんだろうと途方に暮れていた。

 そんな時……私の淀んだ目に映ったのが、あの神の御使達の祠だった。

 

 いつの間にかこんなところにまで来たらしい。

 私は馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまった。

 毎日毎日祈りを捧げたのに、お前達は何も助けてはくれないのだなと。

 そうして次に、何が神の御使だ、と唾を吐いた。

 

 限界故にか、怒りも頂点に達していた。

 私は鬱血するほど唇を噛み締める。

 あの祠が酷く許せない。神は、運命は、どんな思いで私達を見下ろしているんだろう。

 いつも私達を見捨ててあんまりだ。

 私達はただ、希望を創り出そうとしただけなのに。一生懸命に生きようとしただけなのに。

 それを無情に摘み取るなど、お前はなんなんだ!

 お前は、兄の、皆の仇だ!

 

「うあああああああああああああああああああああ!!! 死ね、死ね、死ねええええええええええ!!!」

 

 私は理不尽な怒りを持って吠える。

 妹達が心配そうな顔をするが、構わない。

 

 手頃な石を祠に投げつけた。

 でも石が小さかったから、跳ね返るだけだった。

 そこで今度はもっと大きい石を持って、祠を何度も何度も殴りつけた。けれど案外丈夫らしく、祠は崩れもしなかった。

 やがて私は力無くへたり込んだ。何をするにも無駄だと気づき、気力が急速に萎えていた。

 だけど、ちょうど目の前に、奇妙な白い獣が現れるのを見た。しかも獣は、頭に響く少年の声で話しかけてくるのだ。

 

「もう気が済んだかい、火雨玉。それ以上の破壊行動はおすすめ出来ないよ。更に体力を消耗するだけだ」

「…………」

 

 私は本格的に、頭がイカれたのかと思った。獣が喋るなんてまずあり得ないと、狐に黙された顔になる。

 しかし私は神の御使の伝承を知っていた。そのお話の中には必ず、キュゥべえと呼ばれる存在が登場するのだ。

 まさにそのキュゥべえに、この獣はそっくりじゃあないか。妹達にも見えていないようだし、何もかもが、教えられた通り……。

 

「ハ……ハハ……」

 

 乾いた笑い声が口から漏れ出る。

 奇妙な運命にクソッタレと叫びたくなった。

 これをチャンスと捉えるには、もう何もかもが今更遅い。それでも、私は選ばれたのだという実感に震えて泣いていた。

 私は今この場において、誰よりも“特別”なのだ。

 

「ねえ、そこの貴方。貴方、キュゥべえなんでしょ」

 

 不思議がる妹達を黙らせ、私は白い獣へと聞いた。

 すると「そうだよ」と、白い獣は答えた。

 私はやっぱりと確信を深めると、本格的に話をする前に、一つだけ訂正する。

 

「キュゥべえ。私を呼ぶ時は、玉とだけ呼んで。もう私は火雨じゃない。その一族はとっくに滅んでいる。だから私はただの玉。玉だよ」

「……そうかい。ならば玉と、君が望むならばそう呼ぼう」

 

 キュゥべえは私の言うことに頷いた。

 それから、早速話を進める。

 

「それではキミの望みを聞こうか。キミは既に、巫のことを知っているようだね」

「うん、お祖父様から聞いたから」

「それなら、願えばなんでも叶うということも?」

「……それは知らない。でも貴方に願えば、お兄様達は本当に帰ってくるの?」

「無論さ」

 

 そうして、キュゥべえは私に歩み寄る。

 私は正直胸が高鳴っていた。もう一度願えば、兄達に会える。そう思うと、もう後は何もいらなかった。

 でも――私が何かを喋る前に、キュゥべえは尻尾に持っていたあるものを差し出した。

 震えた手で受け取れば、キュゥべえは教えてくれた。

 

「キミの兄が残したものだよ。今日に至るまでの日記だ」

「……っ、お兄様の……」

「キミにはまだ難しいだろう。ボクが読んであげようか」

 

 キュゥべえは日記のページをゆっくりと前足で開きながら、内容を読み上げていった。

 そこには事細かく、兄がどういう経緯で、派閥を作り上げていったかが記されていた。そして他にも、私と過ごした日々や、領主に対する不満が綴られていた。

 どうやらそれによると、兄は私や親族を愛する一方で、その愛情故に、この早島に憎悪を爆発させていたらしい。

 無闇に命を奪うこの土地が許せないと、何度も何度も書かれてあった。

 そうして、御仏への罵詈雑言、この世に救いはないという諦観と、もしも神がいればという望みが刻まれていた。

 最後のページに至っては、不条理への憤怒しかない。

 

 私は強く兄の無念を感じ取っていた。

 改めて涙を流す私の横で、キュゥべえは語る。

 

「キミの兄が死んだのは、領主の弟に嵌められたからだ。キミの家に力がなかったばっかりに、良いように利用されたのさ」

「つまり普通だったから……弱かったから、こうなった……」

「そうさ」

「何でたったそれだけのことで……何で、この土地ではどいつもこいつも……っ!!」

 

 私は許せず、もう一度持っていた石で祠を殴った。しかし、やはり祠はびくともしない。

 キュゥべえは無感情に言ってくる。

 

「だから無駄だと言ったじゃないか、玉。そもそも君の腕力じゃ無理だよ」

「……小動物風情が……」

 

 私は気に入らず睨みつける。

 最早何もかもが怒りの対象だ。私は理不尽にキュゥべえに迫った。

 

「もう何なの貴方。さっきから言いた放題!! 私にどうして欲しいんだよ!」

「それは勿論、契約して欲しいのさ。何でそうも怒るんだい?」

「この野郎……!!」

 

 私はキュゥべえの言い草にムカッとなる。私はこの獣を好きになれる未来が見えなかった。絶対大っ嫌い!! ってこの時に思ったのだ。

 でも、おかげで、少し調子が戻ってきていた。

 やがて私はオツムの足りない頭で考え始めた。

 そして、言った。

 

「ねえキュゥべえ。私を特別にしてよ」

「……特別?」

「神様にしてよってこと。ずっとずっと、未来永劫、私はこの土地の神様でい続けたい」

「……これまたとんでもないことを願うね」

 

 キュゥべえは驚いたように目を瞬かせた。

 

「どうしてそんな願いを?」

「決まってるでしょ。だってお兄様の言う通り、この世に御仏なんて何処にもいないじゃない。だから私が本物の神様になって、逆に運命を操作してやるの。二度と大切なものを奪わせやしないし、否定なんかさせない。そんなことをする奴らは皆殺しにする。そんでお兄様や他の皆を生き返らせて、幸せに生きるの。何でも出来るくらい強くなる」

 

 それだけじゃない。

 私は一族の生き残りとして、この土地を平和にするという、兄達の悲願を叶えなければならない。

 そのために、私が絶対の象徴としてこの土地に君臨するのだ。

 ……争い合うくらいなら、ずっとずっと、人々を管理し続けてやる。

 

「私は、この土地を呪うんだ。たとえ私の人生を捧げても、皆に“私達”の存在を認めさせてやる。神の御使で駄目なら、神そのものになって、この土地を平和に導いてやる」

 

 私は兄の本当の願いも忘れ、そう言い放った。……他に使い道もあったのに、そう祈りを消費した。

 そうして、

 

「良いだろう。玉、キミの望みを叶えよう」

 

 私は――未来永劫解けない、呪いを背負うこととなったのだ。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 ……ま、結局のところ。

 私の心は、あの時既に壊れてしまっていたのだ。

 私は一身に早島の呪いを受け継いだ。

 そこに希望も未来もなく、まるで本物の魔女みたいに……多くの人を祟り殺した。

 

 最初はどっかの落武者だったと思う。

 妹達に襲いかかってきたから、何の躊躇もなく殺した。案外呆気なさすぎて、笑ってしまったぐらいには昂揚した。

 そうやってタカが外れた私は、更に野党を襲って、金品や食べ物を巻き上げ、魔法少女と戦っては、グリーフシードを奪い取った。

 

 私にはどうやら魔法少女の才能があったらしい。

 負けることもあったが、基本的にはどんな奴らにも勝つことが出来た。

 妹達はそんな私を怖がっていたようだったが、それでも離れていては生き延びれまいと、私に縋り付いては、嫌われないよういつもニコニコしていた。

 私はそれを愛情だと勘違いし、嬉しくなって、ますます貴女たちを守るからねと、人を殺した。

 

 といっても、やれることなんてのは限られていて、例えば脳筋一筋、大鉈でのミンチだったり、媚びへつらっては隙をつき、毒を飲ませるといった手法しかなかった。

 やはり私はまだまだ子供で、非力だったのだ。

 だからこそ慢心を捨てず、誰も信じなかった。

 そして、全ての善意を振り払い、この土地から逃げるという選択肢も捨て、他者を騙し続ける道を選んだ。

 

 そのためだろうか。

 もうその頃になると、最初の思いも、願いも、見失ってしまっていた。

 自分が“神”になれたのだと微塵も信じてはいなかった。

 私は酷く、自問自答することが増えていた。

 

 どうして私は、まだ生きてるんだっけ。

 どうして私は、こんな風になったんだっけ。

 

 探せども探せども答えは見つからず、私は兄に会いたいがために、兄の日記を抱いて眠った。

 そうすればほんの一瞬でも昔に戻れる気がした。

 でも、安心したことは一度もなかった。

 それどころか涙も既に枯れ落ちていた。

 私は弱い自分を今更だと嘲笑い、最後は兄の日記を焼き払った。

 

 そうして甘えを捨て、私は復讐への道を淡々と進む。

 一族を潰した領主の弟は、真っ先に捉えてから何年も拷問にかけ、殺してやった。

 かつての兄の政敵達は、すべて打首にした後、死体を無惨にしてから家族に送りつけてやった。

 

 そんなんだから、私は多くの悪名と共に、恐れられた。

 悪魔、死神、鬼の子供。

 魔女の魔法を使っていたから、妖術使いとも呼ばれた。

 

 敵もそれなりに多かった。

 一つのところにいると危ないので、その時その時、まるで蝙蝠のように有利な方については、自分にとって最も欲しい人材を引き込み、かつての兄のように派閥を作り上げた。

 勿論、トップの座には自分が座って。

 だけれども、そこまでしても尚、頂点にはまだ一つ手が届かない。

 

 私はどうすれば良いか長い間考えた。

 そうして出た結論は、やはり権力者を使った方が良いということだった。

 そっちの方が皆ついてきてくれるし、古来よりよく使われていた古典的な手法だ。効果は歴史書が教えてくれている。しかし反抗されては敵わない。

 そこでと目をつけたのが、領主の娘である双子姫だった。

 

 というのもこの双子姫、見るからに頭がフワッフワのお花畑だったのだ。傀儡としては十分、もし歯向かっても口八丁で丸め込めば良い。

 そして保険として契約させる前に首輪をつけておけば支配可能と、なんて優良物件なんだと思った。

 

 私は早速双子姫に接触した。

 わざと話を誇張させ、いかにこれまでが悲惨だったか、妹達を愛しているか、といったことを語る。

 そうして、これまでの非道を詫びる代わり、貴女たちの力を貸して欲しいと頼んだ。この土地を守るのは、貴女たちしかいないと言って。

 

 すると狙い通り、双子姫はお人よしな顔で頷いた。

 私はほくそ笑むと、彼女達にこっそりと呪印を刻み、私と妹達を殺させないよう呪いをかけたうえで、キュゥべえを連れてきて契約をさせた。

 

「この土地の象徴となる力を我々に」

 

 それは皮肉にも、かつて私が願った“神になる”という願いに近かった。

 文言は私が決めたものだった。双子姫が強くなればなるほど、私の権力も上がるから。双子姫は平和のためにと軽く了承してくれた。

 

 こうして、双子姫による早島の政治が始まる。

 早と島は仲のいい姉妹だったが、結構性格は違った。

 

 まず早は、ポワポワとした雰囲気の、可愛らしい少女だった。

 なんというか今で言うところの天然系で、魔性の女故に悪い男に引っかかりそうな臭いがぷんぷんし、何処かほったけない雰囲気に、私は妙に何度か絆された。勿論、部下にもファンが多く、民にも優しい。まさに陽を司る存在だ。

 

 一方島はクールな性格だった。

 寡黙で知的、静かに本を読んでいるような子で、頭が良い。爪が甘いが政治に優れ、私の暗い部分にいち早く気づき、暗殺などの裏の仕事を頼むようになった……正直、ここまで割り切りが出来ると思っていなかったが。彼女はやがて陰を司る存在として、早島の魔法少女を引っ張る存在となっていく。

 

 双子姫は、平和の象徴としてかなり機能してくれた。

 もともと因果が強いこともあるが、私が演出に手を加えるなどして神秘性を高めてやると、すぐに民衆は双子姫の虜になった。

 神様じゃ、神様じゃ、と敬って。

 しかしただの神では何の面白みもない。

 そこでもともと根付いていた土着信仰、領主の家系の家紋を利用し、双子姫を龍神様の化身ということにしておいた。

 そうするとますます熱狂的に信者は増えていく。

 

 民達は神の名の元に団結した。その裏で私が悪の芽を剪定する。

 いつものやり方で人々を騙した。

 殺し、操り、呪いをばら撒き。扇動と洗脳で人心を掌握する。

 恐怖と信仰を元にした管理は上手くいき、争いは減り、一応の平和と呼べる安寧の時代がやってきた。

 その象徴たる双子姫は私の手中の中なのだ。

 

 つまりは私こそが、この土地の真の支配者。

 

 姫様達の側近にまで上り詰め、私はあの祠を打ち壊して勝ち誇る。

 遂にお前達を超えたぞ。今度は私が運命を支配する番だ。

 

 私は喜び狂い笑った。

 祠の後に神社を立て、そこで大切な妹達に報告する。

 

「これでお前達の将来は安泰だぞ。もうお前達は奴隷ではない。やっと自由な未来を築ける。好きに生きられるのだ」

 

 そうしたら、妹達は微妙な顔して顔を見合わせた。

 

「……? どうしたんだ、お前達」

「い、いえ。何でも。何でもありませんよ、姉上」

 

 妹達はヘラヘラと笑った。それはいつもと同じ顔だった。

 なのに何処か愛想笑いに見えたのは気のせいだろうか。

 

 自由になったというのに、妹達は私にしがみついたまま、側を離れることなんてしなかった。

 ……今思えば、私は妹達を縛りつけていたのだろうか。

 私は妹達を守ろうと人を殺してきた。それが貴女達のためなのだと常に言い聞かせ、食事も、寝床も、衣類も、遊び相手だって用意してあげてきた。

 そうやって何もかも与えてきたから、妹達は自然と、私に付き従ってないといけないと思ったのかもしれない。そうすれば生き残れなかったから。そうしないと私が何をしでかすか分からなかったから。

 

 私はそんなことにも思考を巡らせなかった。

 私はただ献身という名の押し付けを持って、妹達を飼い殺しにしているに過ぎなかった。

 事実、妹の一人は、私が進めた男と結婚をした。意思を奪った、地位だけがある男と結婚したのだ。

 私は自由だのなんだの言いつつ、心の何処かで思っていたのだろう。

 私の言うことに従っていれば、すべて間違いはない。

 ……そう考えてる時点で、既に間違いは始まっているのに。

 

 やがてその報いはやってきた。

 妹達は時待たずして死んだのだ。

 前にも語った通り、一人は病気、一人はお産で。

 

 当然、二人を助けることも、私には出来た筈だった。

 しかし妹達は嬉々として死ぬことを望んだ。彼女達は既に生きることが苦痛になっているようだった。妹達も、結局一族の皆に会いたかったんだ。

 それが分かったから、私は妹達の死を止められなかった。無論、昔に望んだような、暖かな死ではなかった。

 

 私はそこで、今更のように過ちに気づく。

 すべてのことに後悔していた。

 何故、何故、何故、何故、何故――

 

 それなのに、その頃から双子姫は、まるで私を妹のように――いや、小さい子供のように扱い始めた。

 私が家族を失ったから、その寂しさを埋めてあげたかったのだろうか。

 ある日、気になって聞いてみることにした。

 するとまず、島がこう答えた。

 

「玉、幸せになって欲しいから」

「幸せ……?」

「ええ。だって、貴女はずっと今まで頑張ってきたんです。一つぐらい報われても良いじゃないですか。だから――」

 

 そう次に早が言って、私に近づき、腕を背中に回した。

 島も同じようにした。

 二人の暖かな体温。私は呆然となって目を見開く。

 

「だから抱きしめてあげることにしたのです、玉。貴女の心の傷を、私達は癒してあげたい」

「ん。それに玉、本当は子供。ずっとずっと、今まで甘えたいの押し込めてきた。どうせ私達が年上だし、我慢してきた分、お姉ちゃん達が良い子良い子してあげる」

 

 双子姫の――姫様達の言葉は、まるでその時の私には、ノイズのように聞こえた。

 

 ――何これ……え? ……何だ、これは。

 

 どくどくと、早鐘のように心臓が鳴り響いた。

 それは自分でも自覚していない感情だった。一番認めたくない部分だった。

 故に私は……幼い時に捨てたはずの安らぎを感じていることに、酷く嫌悪している。お花畑の香りは、甘いけどすごく強い。クラクラして吐きそうだ。

 でも私は心と体を切り離せる。

 抱きしめ返しはしなかったけど、双子姫が望むように、ニコリと笑い返した。

 

「はい、ありがとうございます。……姫様方」

 

 それを聞いて、双子姫はパアって明るい顔になった。

 嬉しそうに何度も何度も、私の名前を呼ぶ。

 

 それから、双子姫の甘やかしはエスカレートした。

 振り回され気味だったけど、彼女達は必ず私に優しくしてくれる。

 お休みのキスをして、絵本を読んでもらって、頭を撫でてもらって。

 その日々は、ああ、なんてぬるま湯みたいに生暖かいんだろう。

 

 正直、茶番も良いとこだ。

 こんなの馬鹿にされてるのと同じ。私でままごとをされても困る。

 

 なのに……どうして、こんなにも離れ難いと思うのか。

 今まで感じなかった胸の痛みも、ズキズキと走るようになった。

 良心も中途半端に戻ってきた。眠る度に、地獄から死者の声が無数に聞こえてくる。

 お前が憎い、死ね、詫びろ。

 そのくせ、酷くこの状況に現実味を感じない。光が濃くなれば濃くなるほど、また影も深まるように――日向の世界にいたところで、最早そこに居て良いのかどうか、分からなくなってしまった。だって私は、すべてとも言える妹達を亡くした。

 それよりも、人を殺したり、騙したりしていた方が、ずっと生きているという感じがする。かつての兄と同じだ。だから私は、戦争の道具としての役目に固執した。

 なのに、罪悪感を感じ、吐いてしまう。

 

 ひたすらに双子姫が妬ましかった。

 どうしてこんな感情を教えたのか。お前らは何の気兼ねもなく、優しさを保てて、ずるい。

 ずるい、ずるい、ずるい――

 

 ここまでくると、流石の私でも感情をコントロールすることは出来なかった。

 私は迫り来る死を悟る。

 ならば長くないこの命、せめて精算のために役立たせましょう。

 

 私は姫様達に一言謝り、城を出た。

 この土地を歩きながら、すべての呪いを解呪する。

 この時ばかりは穏やかな気持ちだ。特別だなんてどうでも良い。私はこの土地を解放する。そうすれば同時に私も自由になれるから。

 もう神様とか、真平、ごめんなのだ。

 

 ……しかし運命なのか、私は導かれるように、神社の前にやってきた。

 むくむくと捨てた筈の気持ちが蘇る。

 

 やっぱり皆から認められたい。愛されたい。一人ぼっちは嫌だ。

 私は皆に。

 

「何で会えないの、お兄様っ!!! 」

 

 そうして遂に、ドロドロの感情は黒い渦になった。

 

 私は――

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 ……これが、五百年前の記憶、そのすべてだ。

 しかし私の長きに渡る旅は、ここから紡がれる。

 

 物語は――まだ始まったばかりだ。

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