「はあ?そんなのありえないでしょ」
訳がわからないと言いたそうに、船花サチは顔をしかめる。その反応は、予想道理であったものの、自分でも理解不能な出来事であったので、あり得なかろうが、本当であると主張するしかない。
「いや、マジで記憶がないんです!!」
「何でだよ!?馬鹿にしてんの!?」
「してません!!信じられないのはわかってますけど、でもマジなんです!!」
キュゥべえが、夏音の方を向き、尋ねた。
「夏音、覚えていないのは、どこからどこまでなんだい?」
「リノが黙ってしまった辺りから、私が彼女の前ににいたときまで…。あの、さっきも尋ねましたが、私はリノに何て言ったんですか?」
入理乃が、あんなに狼狽するなんて、自分はどんなひどいことを言ってしまったのだろうか。自覚のない、自分がいつのまにかしてしまった行動が招いた事態に対して、困惑、混乱、恐怖などの、様々な感情が起こる。そのなかでも、一番強い感情は、不安だったのか。夏音は胸の中で広がる、漠然とした嫌な予感に、不吉なものを感じていた。
「本当のことを言わなくていいって、テメエは言ったんだよ。少なくとも、今はまだってな」
「私が、そんなことを言ったんですか…」
やはり言った覚えがない。何故自分はそんなことを彼女に言ったのだろうか。わからない。何もかも、わからない。何でこの言葉で彼女が動揺し、逃げたのかも。そして、阿岡入理乃が、何であの魔女のことについて隠しているのかも。
サチが、疑わしげに夏音を見ていたが、しばらくして、不機嫌そうな顔をした。夏音の様子から、どうやら嘘を言っていないのだと、察したらしい。しかし、そのうえで何でそんなことが起きたのかを、不可解に思ったようで、苛ついたように舌打ちをした。
キュゥべえが、何食わぬ顔で、提案する。
「二人とも、とにかく、今は入理乃を探そう」
「……キュゥべい、よくそういう感じでいられるよね。でもテメエの言う通り、今はあいつを探さないといけない。だけど、夏音は帰ってね」
「え!?」
自分だって入理乃が心配なのだ。なのに、何故だ?
「魔法少女の足に追い付けるのは、魔法少女だけだし。それに、これ以上、遅くまで付き合わせてられない。家族に心配かけんのはダメなんだよ、アホ」
「でも私はーーー」
言い終わる前に、サチは夏音が持つバッグを乱暴に奪うと、目に追えない速さで、ジャンプし、館の屋根へ。あっという間にその屋根から飛び降りると、夏音とは反対側に着陸し、その姿は見えなくなった。
「船花……」
「どうする、夏音?家に帰るかい?」
静かに首をふる。こんなときに、帰ってなどいられない。
「私も彼女を探します。だって、友達ですから」
「わかった。じゃあ、二手に別れよう。その方が、効率がいい」
淡々としたキュゥべえの言い方に、思わず、少し怒りを感じながらも、夏音はうなずいた。
「……………見つけたら、知らせてくださいね」
キュゥべえが、もちろんだよ、と答えて、走り去っていく。夏音はそれを見届けると、自分も入理乃を探すべく、館を後にした。
◆◇◆◇
曇っているせいで、すっかり暗くなった空には、星は光っていない。闇の中で、外灯の光に誘われ、虫集まっているのを、そばでベンチに座りながら、入理乃は見ていた。虫たちは、ぶんぶんと外灯の回りを飛び回り、決して遠くにまで離れたりはしなかった。その様子はまるで、暗闇の中で唯一のなにかを求めているかのようだった。
これらの行動は、正の走光性と呼ばれるものにより起こされるらしい。光を当てると、それに反応して、明かりの方に向かうのだ。しかし、こんな話を聞いたことがある。虫がこのような灯りに集まるのは、その人工の光を、月光と勘違いしたためである、とする話だ。上手く飛ぶために、月光の光を使うらしい。
入理乃は、それを聞いたとき、このような虫達を、魔法少女のようだな、と思った。自分達は、願いを叶えるために、キュゥべえと契約した。望みが現実になることが最善であり、それが希望なのだと思った。自分達は、的はずれなことを心から信じていたのだ。そういうところが、そっくりだと感じた。
「やっぱり、ここにいたんだね、入理乃」
軽い足音に目を向ける。キュゥべえの影が、外灯に照らされた地面に映りこんだ。無表情のまま、入理乃は、口を開いた。
「わざとでしょ、あれ」
「それは、何のことを言っているんだい?」
「とぼけないでよ。最初から、全部知ってて、わざと夏音ちゃん達を連れてきたんでしょ」
そう考えるほうが自然だった。だいたい、遅くなっただけで、魔女と戦闘をしているのではないかという結論に至るのは、おかしな話である。何故なら、そういう風に判断する材料も少なく、また魔女がいたとしても、こちらが知らせるはずだと、サチ達は考えるはずだからである。それに、こういうとき、普通家にいってみるとか、しばらく待ってみるとか、そういう行動をとる可能性のほうが高いと思う。
恐らくだが、キュゥべえは、魔女のことを話題にだすことで、魔女を捜索するよう、二人を誘導したのだろう。まったく、ひどい詐欺師だと思う。
「それを言うなら、キミだって、一昨日サチに、紙の袋にソウルジェムをいれるよう言ったのは、わざとじゃないか。そうすることで、夏音にソウルジェムに対する疑問を持たせたんだろ?」
「でも、お前は夏音ちゃんの質問に、誤魔化した返答をしたはずでしょうね。大事な魔法少女候補を失うわけにはいかないから、嘘をついたに違いないわ」
キュゥべえのその紅い瞳をさけるように、そっぽを向く入理乃は、不機嫌そうに、皮肉混じりに、そう言う。ぬいぐるみみたいな、愛らしいその姿を視界にいれるだけで、頭のなかを、激しい感情に襲われる。それが正直不愉快だ。
入理乃は、この魔法の使者が大嫌いだ。どのくらい嫌いかと尋ねられたら、地球上で一番嫌ってると言っても過言ではない両親よりも、さらにその百倍は嫌いだと答えるだろう。希望を語り、絶望を産み出す、得たいの知れぬ、別の生き物。詐欺師、嘘つき、悪魔。そんな言葉が相応しい、滅んでほしいやつ一位に輝く存在だ。
キュゥべえは、心外そうに、
「ボクは嘘はついていないよ。あくまで説明の内容を簡単にしただけさ」
「それは、嘘とおんなじよ。ねえ、インキュベーター?」
入理乃が、低い声で、言い返す。キュゥべえは、ため息をついた。
「やれやれ。むしろ、その事を計算にいれて、彼女に疑問を持たせたくせに。そうやって彼女から真実を遠ざけるたんだろう? ソウルジェムがどんなものかの疑問に対して、僕が答えてやれば、彼女はそれが全ての信じ込む。そうすれば、彼女は余計な考えを持たない」
「……………うるさいわ」
見通されたことに怒りを感じ、ベンチから立ち上がると、入理乃は八つ当たりぎみに、キュゥべえを踏んづけた。靴越しに感じる物体の感覚が、いやに生々しい。そのまま、何回も何回も踏み続ける。軽く蹴って仰向けにする。その動かない表情を、踏み潰した。
「まったく、無駄だと言うのに」
新たなキュゥべえが、闇夜から現れる。入理乃は、まるで威嚇する猫のように、睨み付けた。歩み寄ると、キュゥべえは、言った。
「阿岡入理乃。キミは矛盾している」
「………………」
「キミは彼女のことを、あまり良く思っていないんだろう?なのにどうして彼女を真実から遠ざけたんだい?サチに、ソウルジェムのことについて、聞かれないために、というのもあるだろうけど、きっとそれだけが、目的じゃないはずだ」
黙る。黙り続ける。この悪魔に惑わされてはいけない。彼は、自分を絶望させたいのだ。だから、こうして揺さぶっている。こいつの話に耳を傾ける必要などない。聞いてはいけない。
「ボクは、キミの意図がよくわからないんだ。ただ、言えるのは、キミはまだ彼女に執着しているということ」
「………………」
「そして彼女が、キミにかなり強い友愛を、未だにもっているということだ」
びくりと、体が反応する。そんなことはないと、心が叫ぶ。それを、深紅の瞳は見逃さなかった。
「そのことに、気づかないキミじゃないはずだ。夏音は、キミとの絆を失ったようでいて、失っていなかった。密接な関わりを持ったのは、一昨日からだというのに、キミのことを自分のように心配している」
畳み掛けるように、追い詰めるように、キュゥべえは、その言葉を放った。
「キミが、この場所で、裏切ったのにね」
「ーーーーー!!」
入理乃が、目に見えて動揺した。聞きたくなかったはずなのに、聞いてしまったその言葉が、深く深く心をえぐった。自分の罪、自分の愚かな願いを、明確に言葉にされ、突きつけられた彼女は、それに反論するため、無理矢理にでも、口を開いた。
「わ、私は……」
しかし、何も言えなかった。反論する何かがなかった。あったとしても、それは偽りだ。偽りをいくら言っても、どうしようもないのを、入理乃はわかっている。だって、誤魔化すたびに、今まで自責の念に苛まれてきたのだ。どうあがいても、心の中に、光など宿らない。もう、自分にはーーーー
「………………………」
ソウルジェムがいれてある、紙の袋を握る。そして、キュゥべえを、紙の杭で殺すと、ポケットからスマホをとりだして、番号を打ち、耳にあてる。呼び鈴が、静かな公園に響く。数秒もしないうちに、相手がでた。
「入理乃!!テメエ、勝手にこの船花様から逃げやがって!!今どこいるんだよ!?」
その質問に、公園にいると答えた。そして、唐突に、入理乃は、言った。
「私、話したいことがあるの…………」
「話したいこと………?」
「公園にきて………。そして、よく聞いて。今からすべてを話すから」
そこまで言うと、一方的に話始めた。死人めいた入理乃の顔は、驚くほど、恐怖を感じるほどに、絶望的に笑っていた。