「本当にいつもごめんね。縄張りを押し付けて。迷惑でしょう?」
ふと、淡い色の髪を二つに結わえた少女が、そう言った。入理乃は、一瞬だけその突然の言葉に驚いたが、すぐに首を振って否定した。
「いや、……そんなことはないよ。ミズハさん。おかげで…グリーフシード……、困ってないもん。それに…ミズハさんは悪くない」
それは、ある意味仕方がないことだったと、今でも思う。彼女、伊尾ミズハは、魔女を狩ることができない魔法少女だった。戦闘する力を持ち合わせてはいるが、その能力のせいで、戦うことができなかったのである。
彼女の固有魔法は、自分に降りかかる災難を回避させること。そのために、魔女と相対すれば、すぐに逃げられてしまった。それどころか、使い魔でさえも、会えばたちまち去っていってしまう。“魔女”というのは、言うまでもなく人に危害を加える存在だ。それに接触するということは、いわば“災難”の一つであり、それを避けさせようと、勝手に魔法が発動するのである。これでは自分の身を守れても、住んでいる街、三滝原は守れない。
だから、隣の市の魔法少女達、船花サチと阿岡入理乃に、三滝原を委ねた。ミズハは、縄張りを譲ったのだ。もちろんサチと入理乃は、二つ返事で了承した。こんなおいしい話、なかなかないからだ。以来、主な狩り場の担当を、早島はサチ、三滝原を入理乃とそれぞれ決め、活動した。
入理乃が三滝原で活動すると決めたのには、理由がある。ミズハの監視をするためだ。サチは単純なので、そこまで勘ぐらないが、なにかミズハに裏があり、不利益なことをおこしている可能性は十分にあった。
というわけで、大事な早島市をサチに任せ、自らはミズハに接触し、こうして、いっしょに彼女の家で遊ぶほど、仲良くなった。ミズハと親しくしているうちに、彼女の人柄の良さもわかってきて、裏切ったりすることはないんだろうな、と思った。それに、彼女は臆病なところがあって、そんなところに勝手に共感してしまっている。いつのまにか、ミズハは入理乃にとって、大切な存在になっていた。
「それでも、他の子に任せるのは、情けない話よ」
そう言って、伊尾ミズハは、困ったように笑った。
入理乃は、それを見て、なんだか胸の辺りがきゅうと締め付けられた。そんな悲しい笑顔をされたら、こっちだって、どうしたらいいのかわからない。ミズハよりも、困った顔をしてしまう。ミズハは、一瞬、ばつが悪そうにしたが、すぐにこの暗くなった雰囲気をどうにかしようと、自室の棚から二台、ゲーム機を取り出すと、ソフトが入っていることを確認してから、明るくこういった。
「ゲームやろう。いつものやつ」
「………うん」
またか、と思いながら、受けとる。ミズハは、えらく、ゲームが好きだった。その中でも、特にダンジョンを攻略するゲームが好きで、それをずっとやっていた。そんな感じのゲームばかりを、当然入理乃もやらされていて、もう飽きてしまった感じがある。でも、気の弱い性格上、悲しいことに、そんなことを言えなかったのだった。
小一時間ほど、ゲームで対戦した。勝利内容は、どちらが先に、ダンジョンの最奥にある宝を手にいれるか。ダンジョンのステージは、二人とも同じだが、キャラは選ぶことができる。ミズハは、強力な“ドラゴンナイト”を選んだ。難点である遅さがネックだが、このキャラが好きだった。入理乃は、ドラゴンナイトの別バージョンを選択した。こちらは力が弱い代わりに、弱点である鈍さが改善されている。
結果は、入理乃の圧勝だった。ミズハが敵を殲滅しているすきに、わざとそばを通り抜けたり、トラップを置いて足止めしたりと、姑息な手で先に進み、涼しい顔で宝箱をゲットした。少々反則のような気もするが、相手が本気で来ることを要求してきたので、本気で戦った。
「ああー、負けたちゃったわ。強いわね」
「そう、なのかな」
「ええ。それにしても、本当、最近始めたばっかなのに、どれもあっという間に強くなっちゃうわ。リノちゃんはなんでもすぐにできて羨ましいわ」
入理乃が、曖昧な顔で笑った。よく言われる言葉にうんざりしたのを、表に出さぬための顔だ。なんでもすぐに出来てしまうなんて、まったくいいことなんかない。過去にはそれでいじめられ、嫉妬された。おかげで、視線が怖くなり、気弱になった。人の本性の奥を、探るようになってしまった。
それに、結果を残しても、親は見向きもしてくれなかった。互いの家の都合で結婚した両親に、愛情はなかった。それは、子である入理乃でさえも、そうであった。寂しかった。
入理乃は、優秀な記録を出せば、親は振り向くと思った。だって、そうすれば、大人はいつもすごいと集まってくるのだから。だから頑張って、色々賞をとった。でも、すぐにそれが無駄だと気づいた。親がそもそも、自分のことをどうでもいいと思っていることが、なんとなく見ているうちにわかったからだ。結局、入理乃は諦めた。親の愛情は、どうやっても手には入らないと悟った。
「なんか、ごめんなさいね。いやなこと言って」
「え…、なんのことかな。全然嫌なこと…、言われてないよ」
「………嘘よね、それ」
ミズハは、優しく笑った。呆気なく看破され、言葉につまる。
「私もよくするの、その曖昧な顔。だから、わかっちゃったの」
伊尾ミズハの事情を、入理乃は知っている。三滝原中学校で、ミズハが所属しているクラスは、いじめが行われているらしい。それはとても酷く陰湿だったらしく、全体を巻き込んで、エスカレートしていった。ミズハは、いじめに加担していた。自分もいじめられたくなかったからだ。しかし、本音ではそんなことをしたくなくて、徐々に現状に嫌気がさした。そして、キュゥべえに頼んで、いじめに巻き込まれないようにしてもらったのだ。曖昧な顔は、その願いの罪悪感からくるものだ。誤魔化すことで、逃げるための行為だ。
「私、なにやってるのかしら。今じゃ学校もあんまり行ってないしだし。一日中ゲームばっかりやって、魔女も殺せない。逃げてばっかり」
「…で、でも、テレビでさ……よっぽどのことあったら、……逃げてもいいっていってたよ」
暗く沈むミズハを浮上させるべく、入理乃は無理矢理明るく言った。でも、ミズハは諦めた目でただ自虐的に笑うだけだ。
「ありがとう。気を使わせちゃって。私のために、そこまでしなくていいのよ。こんなこと愚痴っちゃってごめんなさいね」
「いや…、いくらでも愚痴っちゃっていいよ。というか…むしろ愚痴って」
力強く言った。彼女のつらい思いを、自分が受け止めてやりたいと思ったのだ。彼女が悲しくなると、こちらまで悲しくなってしまう。呆気にとられた表情で、ミズハはしばし目を瞬かせた。
「優しいわね、リノちゃん。何でそんなに私のためにしてくれるの?」
「そ、それはたぶん…ミズハさんが好きだから」
もじもじと赤くなりながら言う。結構恥ずかしくて、目をそらしてしまう。そんなリノを見て、ミズハは驚愕し、目を見開いた。
「な……!!私が好きですって…!?ご、ごめんね、私ノンケなの。お断りさせてもらうわ」
どけ座された。困惑して、さらに顔を赤くさせ、あわてふためいた。
「え、そ、そういう意味じゃないよ!!」
「そういう意味じゃないなら何よ。ナニだけに」
「上手いこと言えてないよ!!」
「アハハハハハ、もう冗談よ。本気にしないで」
そう言って、ミズハは微笑んだ。明らかに、こちらをからかって楽しんでいる。明るく、面白い性格のミズハだが、いろんな意味で、相手をするのは疲れる。
「まあ、学校に行く努力はしなくちゃ。明日学校に行ってみる」
「でも、大丈夫なの?」
「うん。なんか、年下の子に慰めらてるのもなって、思ったのよ」
あ、でも明日じゃなくて、明後日にしようかな、と目をそらしながら言うミズハ。やはり、何だかんだで決心をつけられていないようだった。
しかし、変化はあった。ミズハは外出するようになったらしい。習字教室が終わったとき、ミズハの母からお礼を言われた。ミズハの家は、習字教室をやっていて、習うようになったのも、もとはミズハの薦めだった。両親に言ったら、呆気なく許可してくれた。金はいくらでもあるため、入理乃が通っても痛くも痒くもないのだろう。ここまで楽しく続けられるものが見つかったのは、ミズハのおかげである。
ふと、電話が奥でなった。ミズハの母が、ごめんなさいね、と軽く言う。笑って、いえ、と言うと、そのまま別れを告げて、帰っていった。
夜、ミズハから、電話がかかってきた。大事な話があるから、来てほしいらしい。なんだか、きな臭く感じ、不信を抱いた。両親には何も言わず、言われた空地に急ぐ。電車で、二十五分ほど揺られると、路地裏などを魔法少女の姿で駆け、その場所についた。
そこには、魔女がいた。竜の魔女。石で覆われた魔女。どこか、即視感があった。そうだ、あれは、前にミズハに見せてもらったドラゴンのオリジナルキャラクターに、似てはいないだろうか。ゴブリンの使い魔や、ダンジョンの結界や罠。そして、こんなところに魔女がいること。そして、目の前にある
人間の死体。それらが、頭の中で、ある一つの答えを導き出す。
「………嘘でしょ」
呆然とする。こんなこと、信じられない。だって、ミズハはこんな姿じゃなかった。人間だったはずだ。なのに、どうして、どうしてーーーー魔女になっている!!
魔女の攻撃が来る。炎が、飛びかかってる。入理乃はとっさに避けた。さらに、爪が迫った。それを、紙の盾で防ぐ。
「ミズハさん!!私だよ!!」
訴える。その猛攻をしのぎながら、何度も何度も。でも、届かない。こちらを敵としか見ていない。
「ミズハさん、気づいてよーーーきゃ!!」
尻尾がこちらに向かってきたのに気づいたのは、一歩遅れてから。次の瞬間、すざましい衝撃が、体に襲いかかった。まるで軽い紙切りみたいに、吹き飛ばされ、床にに激突する。あまりの衝撃に、骨が折れ、内臓が揺れた。肺が圧迫され、せり上がってくる異物感に耐えきれず、血を吐いた。
視界が、暗くなり、霞んでいく。前方にいる魔女が、吠えた。翼でその身を包み込む。だんだんと、その姿が薄れていった。逃げている。自分から、去っていく。
「あ……」
魔女と化したミズハに手をゆるゆると伸ばす。行かないでと思いながら。でも、願いは通じなくて、ミズハは行ってしまった。代わりにこちらにやって来たのはキュゥべえ。赤い瞳が、ぶきみに不気味に光っていた。
「貴方、なんなの…?何で、こんなことになったの?」
「彼女は、いじめを受けていた少年の自殺に絶望したんだ。自分が何もできなかった、自分は逃れていた。その事実に耐えきれなかった。そして、ソウルジェムを黒く染めあげ、グリーフシードとなり、伊尾ミズハは魔女となったんだ」
その驚きの真実に、ソウルジャムを意識する。そんな馬鹿なことがあり得るか。ソウルジャムがグリーフシードとなって、魔女になるのなら、それはつまりーー
「まさか、私たちは、脱け殻?こんな石ころが命なの?」
「そうだよ、入理乃。それにしてもさずがだね。こんな短時間でその事実に気づくなんて」
体を魔法で癒し、立ち上がる。睨み付けながら、泣きながら、キュゥべえを見る。体が怒りで震えた。そのまま、憤死してしまうのではないかと思うほど、どうにかなりそうだ。
「何で私達を騙したのよ!!はっきり説明してよ!!お前は一体何者!?」
「ボクはインキュベーター。はるか昔から人類に干渉してきたもの。分かりやすく言えば、宇宙人だね」
「宇宙人……」
現実離れした単語を、なんとか飲み込む。たまらず、様々なことを聞いた。何故魔女を産み出すのか。何故人類に干渉するのか。そして、すべてを聞いて、愕然としたのだ。
あまりの現実に、恐怖する。サチに、こんなこと言えない。言えるはずがない。彼女には、この事実を教えたくない。
でも、もう限界だった。教えたくないけど、伝えることにした。何も言えず、去れないのだ。ああ、今は現実なのだろうか。目の前が、歪む。自分の名を呼ぶ少女は誰だろう。サチなのだろうか。よくわからなかった。でも、一つだけ、伝言を頼まないと。
「夏音ちゃんには何も伝えないでね」
だってあの子が知ったら、首突っ込むにきまってるよ。なんて、言う前に、パキンと何かが割れた。入理乃は、倒れこんだ。涙が、頬を伝った。