夜遅くまで入理乃を捜索していた夏音は、サチ共々、二人の警察に見つかり、警察署にまで連れていかれた。一人が夏音達の親達に電話をしている横で、もう一人が、自分達を探していたことを、話してくれた。
考えたら当たり前のことだが、中学生の少女達が、こんな時間になっても家に帰らずにいたら、親は心配するに決まっている。警察の協力のもと、二人の親達は、血眼になってあちらこちらを駆け巡ったらしい。学校にも連絡がいき、なんだか大変なことになっていたみたいだ。よく、今まで親達に見つからなかったものだ。
親達が、数十分してからくると、二人は説教をくらった。そして、何故こんな夜遅くにまでうろついていたのか、理由を聞かれた。さすがに魔女のことやら、魔法少女のことは言えなかったが、入理乃のことは素直に話した。もちろん、少々ごまかしはしたが。
それからも、詳しく話を聞き出され、解放されたのは、数時間後だった。サチはやけに黙ったままで、挨拶もせず養父とともに去っていき、夏音は親の車に乗った。車内のなかで、兄からいかに自分達が心配し、焦ったのかを、申し訳なく思いながら聞いた。そして、こんな自分を大切にしてくれる家族を持てたことを、ひそかに嬉しく思い、悲しませないようにしようと、心の中で誓った。
次の日、学校にいけば、同級生から取り囲まれた。どうやら昨日のことが噂になっているらしかった。夏音達が遅い時間まで外にいたことよりも、皆、あの“阿岡入理乃”が何故行方不明になったのかが気になっているようで、質問も彼女のことばかりだった。それは、数日たっても、かわらなかった。
そう、阿岡入理乃が姿を消してから、数日たっているのである。警察が夏音達の証言をもとに、早島市内中を捜索しているが、いっこうにその手がかりは見つからない。それもそのはずで、裏の世界で起こったことは、裏の世界の方法で捜索しなければ意味などない。しかし、彼らは魔女や魔法少女のことを知らない。だから、こうやって表の世界の方法で探すしかないのだ。
もはや警察に期待などないが、それでも何かしらの情報が掴めればよいと思ってしまう。頼みの綱のサチも、入理乃がいなくなってから、学校を休んでいるし、自宅にいっても、会いたくないの一点張りである。己の足で探しても、それこそ何にもならないし、限界がある。
サチのこともそうだが、入理乃のことが心配だ。今ごろ、彼女は何をしているのだろう。
「…ねえ、夏音。何ぼーとしているの?」
未だに自分に怒っているのだろうことは、間違いないだろう。だとしたら謝らければいけない。それから、サチにも。きっと入理乃が見つからないのが原因で、家に閉じ籠っているのだ。彼女が逃げてしまったのは、自分のせい。悪いのは、この菊名夏音。謝罪をして、どうにか彼女達と仲直りする責任が、自分にはある。
「ちょっと……?」
だが、謝罪したところで、果たしてサチは許してくれるのだろうか。サチが協力してくればければ、入理乃は見つからない。一体どうすれば……?
「夏音、聞いてる?」
「………あ、すいません。ボーとして、とうちゃんに気づきませんでした」
さっきから声をかけていたであろう順那が、自分の机の前に立って、膨れっ面をした。気づかなかったと言われ、腹を立てたらしい。少し明るい、量が多い癖のある灰色乃ポニーテールが、そっぽを向いたことで、馬の尻尾のように大きく揺れた。
「ひどすぎ」
「本当、すいませんって」
「許さない。罰として、お父ちゃんを育てようシリーズのアニメ、第一期の視聴をしてもらいます」
お父ちゃんを育てようシリーズとは、ある日突然、赤ん坊になったお父ちゃんを、成人になるまで育てる謎のゲームである。発売当初、そのあまりの突っ込みどころ満載のシステムとゲーム性、シリアスで、引き込まれるストーリーで一部から爆発的な人気をはくした。三期までアニメがつくられたが、その内容はあまりにも奇想天外かつカオスすぎるために、“日本で一番頭がおかしくなるアニメ”という異名がつけられている。
順那はオタクで、生粋のクソアニメ好きであり、このアニメが一番好きだといつも言っていた。だから、夏音は名字の“東”とお“父ちゃん”をかけて、彼女のことを“とうちゃん”と呼んでいるが、順那はそれを案外気に入っている。夏音はネーミングセンスがそこまでないが、この渾名はからかってつけたものだ。
そんな渾名を気に入る順那は、やはり人と感性がずれている。また天然気味なせいか、フレンドリーな性格に反して、友達は夏音くらいなものだ。しかし、それを順那が気にしていないのだから、大したものだと思う。
「ええ、あれをですか?いやです。内容が色々凄すぎて、ついていけないんですよ。何ですか、あれ。何故第一期から第三期まで、最後は父親と母親が離婚するんですか?」
「それがお約束だから」
「意味がわかりません」
というか、あのシリーズは、すべてが意味がわからない。ゲームをしたこともあるが、あれはやっていると馬鹿になる。それぐらい、変なゲームだ。さすが、“日本一頭がおかしくなるアニメ”の異名を持つだけある。
夏音が心の奥底から嫌そうな顔をしたのを、順那はひとしきり笑った。夏音と軽口を何度か交わしたあとで、ふと、真剣な顔になった。
「最近、夏音は変だよ。授業中上の空になったり、遅くまでふらついていたり。真面目な夏音が普段そんなことするはずないよね?阿岡さんのことといい、一体何があったの…?こんなあたしでもよければ相談に乗るよ?」
そう言ってくる友達の顔は、本当に心配そうだった。もしかしたら、話した方がいいのではないか、そんな思いが、言い訳のように浮かんだ。心の中のモヤモヤを吐き出したくて、つい夏音は、本当のことを言おうと、口を開きかけた。しかし、真実を慌てて飲み込んで、ごまかした内容の悩みを話した。
「実は、最近知り合った後輩と喧嘩したんです。それ以来、話もしてくれなくて。どうしたらいいと思います?」
「そんなの決まっているよ。話をしてくれるまで、何度も挑戦するんだよ」
「それでうまくいくんですか?」
実際、諦めずに何度も話しかけようとしているのだ。それでも何も起こってないのだ。だから、こうやって相談しているのに、そんなことを続けても、果たしてサチと話をすることができるのか?
「そんなの、わからないよ」
「わからないんですか……」
「第一、あたし上手く人と話せないもん。良い解決方法なんてそもそも、思い付かないよ」
「思い付かないんですか…」
夏音が、少し後悔したように、じと目になる。はっきりいって、そんな風に言い切られても困るだけである。
「でも、思いは伝え続けなきゃ駄目だよ。あたしはそれで後悔したことあるからさ」
「後悔……?」
思わず聞き返す。順那が、暗く表情に影をおとしながら、しかし努めて明るく笑顔で言った。
「二年前にさ、従姉……ミズハがいじめが原因でひきこもっちゃったんだよね。でもあたし、何でいじめに立ち向かわないんだって、怒っちゃって喧嘩したんだ。ずっとあたしは怒ったままで……、しばらくして、従姉は、失踪しちゃったの。あたしは未だに生きてるって信じてるけど、親戚の間では、死亡扱いだよ」
「そんなことがあったんですか………」
頭の片隅で、入理乃のことがちらつく。このまま何年も見つからない、なんてことが、もしかしたらあるのかもしれない。そう考えると、背後がうっすらと寒くなった気がした。
「それにもう一人の従姉とも、ミズハのことでぎぐしゃくしてるんだ。もう三人仲が良い頃には戻れないよ。だから、伝えた方が良いよ。謝れるうちが花なんだから」
そう言った順那は、精一杯の笑顔で言った。明らかに、こちらを気遣って、元気に振る舞おうとしていた。それが、胸に悲しみを広がらせ、同時にその気遣いが嬉しくも感じられた。
夏音は自分の友人に、感謝しながら言った。
「わかりました。今日、後輩に会ってきますね」
そうして、入理乃を一緒に探そう。見つけたら、謝って許してもらおう。そして、三人で仲良くしよう。そんな決意を、夏音は密かに心の中で誓った。
しかし、そんなことは、もはやできないのだと、夏音はこのとき知らなかった。運命の針が、気づかないうちに狂い始め、歪な音を立てながら、進んでいた。