魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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旅立ち

最近隣の市、見滝原でも早島と同様に、ある一人の少女が行方不明になった。その少女は見滝原中学校に通う三年生で、両親を交通事故でなくして一人で暮らしていた。

 

彼女は真面目な性格だったらしく、生活態度も成績も悪くはなかった。決して悪行をする生徒ではなかったという。しかし数日前から、何故か少女は学校に無断欠席をしていた。担任教師は毎日家に電話したが、返事が返ってくることはなかった。

 

不審に思ったその教師は、少女の住むマンションへと行き彼女の部屋を訪ねた。だがどういうわけだか、その部屋は最初から鍵が開いており、家に入るとそこには少女の姿がなかったという。辺りを探しても彼女は見つからず、今でも調査は続いている。

 

このように連続して失踪事件が起きたために、警察は入理乃の事件との関係性を疑い、また同じような事件が起こるのではないかと懸念した。その通達は早島中学校にまで伝えられ、急遽職員会議が開かれることとなり、今日は午前授業だけで生徒は早めに帰ることとなった。

 

夏音は授業が終わると真っ先に教科書と荷物をバッグに詰め込んだ。もちろんそのまま家には帰らず、全速力で船花サチの家へと走っていった。数十分後、サチの家につくころにはすっかり息切れしていて、夏音は失礼のないよう呼吸を正してから、インターホンを押した。

 

軽快な音が響き、しばらくしてから聞き覚えのある男性の声が出た。船花サチの伯父であり、義理の親の船花久士だ。夏音は若干緊張して鼓動が速くなっていくのを感じ、口を開いた。

 

「こんな時間にすいません。菊名夏音です。学校が早く終わったので、サチちゃんに、また会いに来ました」

「………菊名君か。いつもすまないね。サチのためにありがとう。鍵を開けよう」

 

数分後、がちゃりと鍵が回る音がして、久士が扉を開けた。夏音は失礼しますと頭を下げてから行儀よく靴を脱いだ。そして案内されるままリビングに入った。部屋が目に飛び込んできて、ふと入理乃と一緒にここにきた時を思い出して胸が痛くなった。

 

「お茶を入れようか。アールグレイでいいかい?」

「はい。ありがとうございます」

 

アールグレイというのが一体何のお茶なのか良くわからなかったが、一応夏音は頷く。久士は頷いて茶をいれるため、厨房に向かった。夏音はソファに座りバッグを膝に置くと、内装の金持ち感と自宅をまた比較して、それに落胆しては立ち直るを繰り返した。

 

そうしているうちに久士がカップを二つ持ってやってきた。夏音はカップを受けとると、中身の紅茶を少し飲む。普通の紅茶とそう変わらない味に思えたが、何でも外国のブランドもので高級茶葉を使っているらしい。小市民の夏音には普段紅茶を飲まないこともあって、よくわからなかった。それでもさすがに失礼なことは言える訳がなく、高級茶葉は違うだのなんだの、出来るだけ世辞を言った。

 

「おお、わかるのかい?これは旅行にいったときに見つけてね。サチもこれが好きなんだ」

「よくサチちゃんと飲まれるんですか?」

「ああ。でも、飽きちゃったらしい。別の茶葉を探して購入しているみたいでね、ずっと阿岡君とそれを飲んでいたみたいなんだ」

 

そう言って久士は柔和な笑顔をつくった。夏音はカップの紅茶を覗きこむ。わずかに揺らすと灯りで反射した光も、波とともに揺らいだ。じっと見つめていると、紅茶の色が血液の色に似ているような気がしてきた。

 

「またサチちゃんと阿岡さんがそのお茶を一緒に飲めるといいですね」

「そうだね。阿岡君がいなくなってから、ずっとサチは引きこもるようになってしまった。だが私はサチに何もしてやれていない。父親だというのにね……」

 

サチの養父は奥歯を噛み締めて俯いた。自分自身が情けなくてその事が悔しいようだった。思わず同情していると、突然彼は顔をあげ、夏音をまっすぐ見て、頭を下げた。

 

「お願いだ。私も君と一緒に彼女と話をさせてくれ。友達の君となら、サチの心を開けるかもしれない」

 

夏音はすぐに頷いた。断る理由もないし、なにより彼の父親としての思いに心を打たれたのだ。彼らは紅茶を飲み干すと、サチの部屋に行くために階段を上り始めた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「お邪魔するよ」

 

そう言って音もなくキュゥべえは部屋に入ってきた。鍵はかけていたはずだが、とちらりと見て締め切ったカーテンが風になびいているのを見て、窓が開けっ放しになっていることに気がつく。冷たい風が入ってきているが、不思議と気にならない。それどころか、もはやすべてがどうでも良い。サチは薄暗い部屋の片隅で、膝を抱えて座りながらそう思う。

 

「元気がないのかい、サチ?」

「………見ればわかるでしょ。そんなこともわかんないの?ハハハ、おかし…」

 

なげやり気味に笑う。キュゥべえは、とたとたと足元まで歩いてきてその赤い目でサチの表情を見た。無機質な二つのそれは、冷たいとか暖かいとか、そんなことが一切感じられない。虫の複眼の無機質さによく似ている。きな臭い奴だとは思っていたが、本当に感情というものがないのだと、改めて実感した。

 

「こんなのが、宇宙人かあ」

 

見た目はかわいいらしいぬいぐるみ。だけどその正体が、遥か遠くからやってきた別の星の文明の存在で、自分達を魔女に変えるべく接触してきたとか詐欺にもほどがあると思う。宇宙人など信じていなかったのに実際に目にすると変な気持ちだ。

 

「やっぱり君はボクのことを、すべて入理乃から聞いたんだね」

 

インキュベーターは尻尾をふった。まるで、最初からわかってたような言い方だった。

 

「うんうん、聞いたよ。エントロピーとかよく分かんないけど、魔女の真実は全部知ってる」

「そのわりには随分と落ち着いているね。普通はもっと取り乱したりするものだけど」

 

魔女の真実、魔法少女の真実、そしてインキュベーターの真実。それらは信じていたものを、土台ごと揺らす。常識が崩れた時の衝撃は、心に大きな傷をつけて色んな感情が剥き出しになる。しかしサチはその剥き出された部分が見えてこないのだろう。キュゥべえは、その事に首を傾げていたようだった。

 

「………それはたぶん、入理乃を殺しちゃったからだと思うけど」

「? それなら、尚更取り乱しそうなものだろうけど……」

「あー、理解しようとしなくていいんじゃない?」

 

説明したところで何故このようになったのか、この宇宙人には理解できはしないだろう。

 

もう投げやりになってしまって、何をするにしてもやる気が起こらなかった。完全に自暴自棄になっていることを自覚しながらも、気力は湧いてこなかった。これまでの全部に絶望したあまり、自分がやってきたことが何の意味もない気がしてきた。

 

いくら本人の意思だったとしても、大切な相棒を殺した。それどころか元々魔法少女であった魔女を何体も殺し、実の親を願いによって死なせた罪の上に、罪状の山を築き上げてしまったのだ。

 

重さに、到底耐えれない。十三歳の心には、あまりに重い現実。受け入れるどころか、拒絶もできなかった。理解した途端に怒りが湧き上がるどころか頭が麻痺して虚脱感に支配されてしまった。生きている理由がもうなかった。

 

だから良いのだ。自分の結末はわかってる。大切なものはこぼれた。後は投げ出すしかないだろう。死ぬしかない。

 

サチは白い獣など、もう認識していなかった。手の中の宝石を見て、笑う。

 

「入理乃。私ももうすぐーーー」

「船花、聞いてますか?」

「はぁ!?その声、か、夏音!?」

 

扉のむこうから夏音の声がしたことに、サチは驚愕して立ち上がった。今頃は学校がある時間のはずだ。彼女がここにいることなどありえない。

 

いや、そんなことはどうでも良い。ドアのところまで走ると、大声で叫んだ。

 

「さっさとここから出てけ!!」

「出て行きませんよ。私は話をしにきたんです。貴女の父も横にいますよ」

「じゃあ、お義父さんだけにして、ここから離れろ!!テメエはお呼びじゃねえ!!」

 

一刻も早く夏音をここから追い出さなければ。彼女には何もするつもりはない。なんのために、入理乃を託したと思っているのだ。彼女には、生きてもらわねばならないというのに!!

 

「何を言っているだ、サチ。友達に失礼だろう!!」

「ここにいてほしくねえんだよ!!この船花様の計画が台無しになるだろうが!!」

「…何を言っているんですか?計画…?」

 

夏音の戸惑った声が聞こえる。しかし、サチはそれどころではない。取り乱し、ドアノブをつかんだ。

 

「!!!」

 

しかし黒々とした穢れはソウルジェムにひびをいれる。もう間に合わない。

 

手から、ソウルジェムーーいいや、魔女の卵、グリーフシードが滑り落ち、床をころころと転がった。そして机の足にこつんとぶつかる。その瞬間グリーフシードから、エネルギーが発生し魔女が生まれだす。その時点でサチの意識はなくなった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

「サチ!!」

 

寄りかかったサチの体が前のめりになり、ドアが開くのと同時に倒れてきた。とっさにサチの体を父親が支える。それとともにまわりが変わっていく。ドアはなくなり壁もなくなり広い場所に放り出される。

 

青空がプリントされた床。それから生える珊瑚や海草。突き刺さっている十字架の墓の横には、難破船と思わしき木の残骸がある。上から差し込む光は、空間を満たして二人を照らして、海の底にいるような錯覚を覚える。

 

完全に異質な空間。幻想にしか存在しない場所。まるで物語に出てくる摩訶不思議な世界のよう。

 

「な、何だ!?サチ、早く起きなさい!!」

 

突然娘が意識がなくなったことに、そして周囲が突如として変わったことに、うろたえる久士。だが夏音は、“何も知らない”久士とは違い、ここがどこか少なくとも彼よりかは正確に理解していた。

 

ここは化け物の住処。そう、魔女の結界だ。それが分かったのは、目の前の空に魔女がいるからだ。

 

巨大なガレー船の姿の魔女。ボロボロの帆船、寂れた木の船体。正面には目玉と牙がつき、サメのような顔をしている。内部や甲板には、骸骨の使い魔を乗せ、彼らがもつ長いオールが魔女の周囲にも展開している。体からは大砲がせり出してハリネズミみたいだ。

 

「魔女…!!」

「あれが何か知っているのかい、菊名君!?」

「……どうして魔女が!?何で……!?」

 

混乱する。わけがわからない。恐怖が走り、頭が真っ白になった。視界が揺れ、魔女に釘付けになる。

 

「お、落ち着くんだ、菊名君」

「で、でも!!」

「いいから、逃げるんだ、じゃないとーー危ない!!」

 

ふいに久士が夏音の体を突き飛ばした。それにより横に倒れこむ。刹那、ぐしゃりと嫌な音がした。それに夏音は顔をあげた。

 

「………え?」

 

自分が見ている男性は本当に船花久士なんだろうか。だってそこに彼はいないではないか。いたのはどう見ても使い魔だ。

 

人サイズの、骨がむき出しのピラニア。それが大きな大きな口で、彼の頭部を引きちぎっていた。

 

直立する父親の体から、どさりとサチの体が落ちる。そして倒れる前にあっというまに使い魔にその体は飲み込まれ、続いてサチの体に、牙が突き刺さる。骨を噛み砕く音を立てながら、使い魔はサチを筆舌し難い有様にしていく。

 

そうして二人の親子は使い魔の腹におさまる。腹部がぽっこりと膨らんだ。でもまだまだ使い魔は物足りない様子。餌を探す目が、ギョロっと動き。

 

夏音と目が合った。

 

「キ、キャアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

思わず悲鳴をあげた。反応した使い魔が牙を打ち鳴らす。その牙にはべっとりと血がついており、夏音はそれを見てさらに小さく悲鳴をあげた。後ずさり声にならぬ声を出した。

 

何故こんなことになった。久士とサチが死んでしまうなんて。そして自分もサチ達と同じようになろうとしているなんて。自分はただ、サチに思いを伝えたかったはずだ。どうしてこんなことが起きたんだ。あまりに理不尽すぎる。こんなの納得ができない。

 

「ああ、あああああああ……。死にたくない。せっかく、せっかく仲良くしようと思ったのに、こんなことになって、こんな形で終わるなんて、そんなの……!!」

 

生存本能が恐怖から逃れたいと、危機から脱したいと訴える。そして、こんな状況が、結果が嫌だと心が言う。ああ、死にたくない、終わりたくない、できることならーー力が欲しい。何も起きない前に行きたい。

 

「菊名夏音。ボクと契約するんだ」

「…キュゥべえ!?」

 

足元には、いつのまにか孵卵器がいた。その白い毛皮は、夏音には今の現状と不釣合いに思えた。

 

「さあ、ボクと契約を。早く願いを言うんだ!!」

「…私。私はーー最初に戻りたい。こんなことになる前、二人と会ったあの日に、もう一度行きたい!!」

 

無我夢中で願いを叫ぶ。瞬間胸が熱くなり、その思いが赤く赤く光ながら目の前に現れた。使い魔が迫り大きく口を開ける。しかしその前に菊名夏音は、己の魂を掴み取る。そして契約によって手に入れた魔法を発動させた。

 

こうして、菊名夏音は、この時間軸から旅立った。




船の魔女、その性質は傀儡。
自身が好きなもの、自由にしてくれるものになったが、自ら動くことはできない。その体に乗り込んだ使い魔が、魔女を操縦する。そのため、己の意に反する行動ばかりさせられている。この魔女は、生前と同じように、束縛され続ける。

船の魔女の使い魔、その役割は決定。
魔女を崇拝し、独善的なまでに彼女を愛している。所詮は骸骨であり、脳みそがないせいか、やや頭のおつむが足りていない。だが、それでもチームワークは抜群で、侵入者には集団で襲い掛かる。また、たまに魚のような姿に変異してしまうらしい。

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