魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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代償と敵意と仲間

「起きなさい、菊名夏音」

 

ふと、声が聞こえた。その呼び声に、夏音は目を覚ました。そして、次の瞬間、辺りを視線だけで見渡して、目を見開いた。

 

「な……!!」

 

夏音は、予想だにしなかった自分の現状に驚き、様々な疑問が頭を襲う。何故こんな場所に自分はいて、そして彼女が目の前にいるのか。夏音は再度、目を動かして周りを見る。

 

縞模様の壁。ミルク色の床。豪華な家具の数々。大きな照明。そこは、ぱっと見、どこかの館の部屋の中のようであった。だが、長い間、人に管理されていないらしい。壁紙は破れ、床からはあちらこちらに草が生え、家具には埃が被っている。照明は傾いて、今にも落ちそうだ。

 

そして、そんな部屋の片隅に、夏音は椅子に手を縛られ、座らされている。目の前には、自分を呼びかけて起こした少女、阿岡入理乃が、私服のパーカーのフードの奥から、こちらを睨み付けている。

 

「わからないの? 貴女は監禁されてるのよ」

「か、監禁!?」

「当たり前でしょ。貴女をそこらへんに放置しておくことなんて、できないわ」

 

彼女の言い分は、最もであった。自分は彼女達の目から見て、言うまでもなく、怪しすぎるのだ。魔法少女である以上、夏音を警察に突き出すわけにもいかないであろう。下手な真似ができぬよう、サチがしたように、自分を縛って閉じ込めるのは、当然の行為であったのだ。

 

「船花ちゃんに、貴女の扱いを任せられているの。ここにいるのは、私一人よ。ああ、ここから逃げようとしても無駄よ。外には結界が張ってあるもの。魔法少女になりたての貴女が、出られはしないわ」

 

まあ、たとえ結界がなくとも、ここからは逃げられないだろう。夏音は、まだ数時間前に魔法少女になったばかり。それどころか、戦ったことすらなく、己の武器が何であるかさえもわからない。対して、入理乃は三年間魔法少女をやってるベテラン。夏音が敵うはずがない。

 

「…ずいぶんと、流暢にしゃべるじゃないですか。あの弱弱しい態度は、演技なんですか?」

「演技じゃないわ。素よ。でもね、私はどうしても許せないもの、自分の大切なものを壊すもの、そして、自分自身を脅かすもの、すべてが嫌い。そんなやつは、私の敵。つまり、貴女は私にとって恐れる対象じゃない。私は敵には牙を向ける。貴女は私の敵よ」

「て、敵!? 何で!?」

 

あまりの衝撃的な言葉に、つい大きな声で聞き返す。自分は、この少女にそこまでのことをしたのか?いいや、していない。別に自分は入理乃に許せないことをしたわけじゃないし、大切なものを壊したつもりもなければ、入理乃を脅かすなどするはずがない。というか、そもそも夏音はこちらの時間軸にやってきたばかりであり、そんなことをするひまさえもない。

 

「それは、貴女が私の大切なものを壊したから。私の友達を、菊名夏音を殺したから」

「は……? 私が私を殺した…? な、何、それ?」

「そりゃあ、自覚なんてないわよね。あのね、この世界にはね、菊名夏音はいないの。貴女がこの世界に来たからよ」

「……………え?」

 

この世界に来たから?それは、時間を遡ってきたことを言っているのか?だとしたら、何でそんなことを知っている?いや、そもそも、菊名夏音がいないだって?ここに、菊名夏音がいるのに?いや、入理乃が言った夏音は、自分のことではなくて、この世界の菊名夏音のことである。その菊名夏音を、自分が消してしまった…?

 

駄目だ。わけがわからない。頭がこんがらがる。

 

「せ、説明してよ。一体、どういうことなの!?何でそうなってるの!?ていうか、世界は一つじゃないの?」

「世界は一つじゃない。キュゥべえ……インキュベーターから、この宇宙には、あらゆる時間軸が存在しているって話を聞いたことあるの。貴女は、私達と少なからず交流があった過去の時間軸から来たのね」

「……そうですよ。で、でもそんなの、どうしてわかるんです?」

「だって、船花ちゃんの話とか聞くと、貴女は私達のことを知ってたみたいだったもの。こっちでは、菊名夏音はいないから、船花ちゃんは貴女のこと知らないのよ」

 

思い返してみる。ああ、確かに船花サチはこちらを知らなかった。こちらの彼女は、自分に魔法少女の体験コースをさせようとしていたし、そもそも毎日、通学路で顔を合わせていたのだ。彼女は自分と交流する前から、自分を知っていた。だが、この世界では、そんなことがなかったから、自分が誰かわからず、“何者”なのかを問うたのだ。

 

「つまり、貴女は、ここではない、“別の時間軸の菊名夏音”ってこと。だけど、菊名夏音である以上、“この世界の菊名夏音とは同一人物”。でも、同じ人物が二人もいるのはおかしい。矛盾が生じるの」

「じゃ、じゃあ……」

 

“矛盾”を解決するために、この世界の菊名夏音が消えてしまったということなのか? そうしなければ、自分はこの世界に存在できないがために。

 

…では、そうなると、自分はこの世界ではどこに居場所があるんだ。菊名夏音が消えたのなら、その記憶も周りからは消えてるはず。それはもう戻らない。だどすると、

 

「私…、私の家族は…、私を知らない? 兄さんは私のことを忘れてる?」

「そういうことになるわね」

「う、嘘だ!!全部嘘だ!!」

 

ありえない。ありえるはずがない。家族が自分を忘れている?冗談にも程がある。だって、家族は自分を愛してくれていて、そして自分も家族が大事だ。そんなものが失われるなんて、ないに決まってる。帰ればおかえりと言ってくれるはず。阿岡入理乃が言っていることは、すべて出鱈目だ。自分の居場所はある。

 

「嘘じゃないわ。というか、貴女は、“この世界の菊名夏音”ではないでしょ?この世界の菊名家は貴女の家族じゃないわ」

「わ、私の家族よ。貴女の言うこと、むちゃくちゃだもん。本当なんて信じられない。兄さんも父さんも母さんも、私の家族。私は家族を失ってない」

「……。まあ、貴女が家族をなくそうが、いい気味でしかないわ。それよりもーー今から貴女にこの苛立ちをぶちけようかしら」

 

そう言うと、阿岡入理乃は魔法少女へと変身し、袖から取り出した紙で、杭のような尖った短めの棒を生成し、握りしめた。それを見た瞬間、嫌でも、それを何のために使うのかが、すぐにわかってしまった。全身の毛が逆立ち、お腹のあたりが、冷たくなる。ぐるぐると、不安が吹き出そうなほど、かき混ぜられる。

 

だが、入理乃は冷ややかな笑顔で、目を狐のように細めた。

 

「や、やめて…、下さいよ。そんなのしたら…、死んじゃいますよ、私……」

「大丈夫。その程度で魔法少女は死にはしない。ただ、痛いだけ。そう、死ぬほどね」

 

忌々しげに呟くと、彼女は怒りの篭った瞳で睨みつける。それが、夏音には、たまらない程ショックだった。彼女に拒絶され、あろうことか、敵意を向けられていること自体に、心が悲鳴をあげた。だが、彼女はそうやって夏音が苦しそうに顔を歪めるのを、嬉しそうには、笑った。そうやって、何の迷いもなく杭を振り下ろそうとしたーーーその時。ピクリと阿岡入理乃は止まった。

 

「………?」

 

痛みに耐えようと、思わず目を瞑っていた夏音は、くるであろう苦痛がこないことを不審に思い、目を開ける。そこには、杭を消して、腰に手を当てた入理乃が、不満げな顔で立っていた。

 

「…運が良かったわね、本当に」

「運が良い?」

 

首を傾げた瞬間、真ん中の天井から、ゴトン、ゴトンと、何かを外側から打ち付ける音がした。それは、あまりの轟音であり、衝撃だった。それが幾度目か続き、ついには照明が、ガシャンという、氷が割れたみたいな音を立てて、辺りにバラバラに砕け散った。それに唖然とする暇もなく、もう一度の轟音と衝撃。今度は天井を突き破り、崩壊したそれの瓦礫が、これまたすざましい音と共に、土煙をあげながら落ちてきた。

 

「あ…、ああ……」

 

いきなりのことに、夏音は声がでない。目を見開きながらびびってしまう。だが、対して入理乃は、冷静に何が起きていたのか把握していた。そして、嫌そうに、天井を崩落させた人物の名を呟いた。

 

「またか…、広実結め…」

 

ひょこっと、頭上の穴からその人影が顔出す。それは、高校生くらいの、若干背が高い少女。右側の髪を高く結び、左側の髪を三つ編みにした、随分と特徴的な髪型で、スリットの入ったメイド服のスカートからは、緑色に発光する楕円状の宝石がついている飾りをした左太もも見えた。彼女は手に持った鉈を振り上げながら、大声で顔を輝かせた。

 

「何これ、頑丈すぎだよ。魔法少女の力で壊れないとか、ちょっと、どういう事!?凄すぎない、ねえ凄すぎない!?」

「…こんなの…、別に凄いことではない…、と思いますよ…。結さん」

「いや、凄いよ。普通に凄いことだよ」

 

再び、彼女は声を張り上げる。それで、入理乃はびくりと肩を揺らして、一瞬だけ、見えないように眉をひそめた。だが、魔法少女、広実結は気づくことなく、凄いね、と褒めた。しかし、次には姉が妹に言い聞かせるように、

 

「でも、監禁なんて駄目だよ。その子をいじめようとしてたの?」

「で、でずが、私は…」

「僕の言うことが聞こえないの? いくら怪しいからって、その子を監禁したら駄目。それともーーー」

 

そこで、広実結は、にっこりと笑って武器を向けた。

 

「僕と戦う? それはそれで歓迎するよ」

「…………狂人」

 

小さく、阿岡入理乃はそう吐き捨てたのを、夏音は聞き逃さなかった。だが、それを問うことはできなかった。なぜならば、入理乃が、こちらを見て笑っていたからだ。そして、その瞳が、冷徹に自分を射抜いていたからだ。

 

…彼女は、自分を敵としてみている。その事実が、まだ信じていなかった心のどこかに、そっと広がって、それを溶かしていった。

 

入理乃は、無言で部屋から出て行く。それを、少し不満げな様子で、広実結は呟いた。

 

「あーあ、残念…」

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