魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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奪われたもの

夏音は、確かめるように、手の指にはめられた赤いソウルジェムに触れる。そして、意識しないうちに、奥歯を密かに噛み締めた。ぐつぐつと、胸の中が煮えたぎっていたのか、我慢できずに、しかしバレぬように、心の声で恨み言を呟いた。

 

「……、どうしたんだい? 急に黙り込むで」

「え……、私…」

 

彼女は、キュゥべえに声をかけられ、はっとした。目に光が灯ったが、同時に夏音は同時に、先程の刹那の記憶が、ポロリと零れていたことに気がついた。そのことに、ぎょっとし、ふと彼女は本日二度目の目眩に、あの前の世界での廃墟の館での出来事を連鎖するように思い出した。

 

あの時、夏音は入理乃に、彼女にとって良くないことを言った。だが、夏音はそんなことをした記憶も自覚もなかった。ただ、一瞬意識がなくなってしまったことは、はっきりと覚えている。

 

今回のこれも、結の時のも、あれは似ている…、いや、むしろ同じか? だとしたらーーー

 

「私、何かやりましたか?」

「何がって…? 黙りこんだ以外、君は何もしていないけど…」

「それならばいいです…」

 

どこか安心して、ほっと胸をなでおろす。何か自分がやらかしていたとしたら、何かを起こしていたとしたら、それほど恐ろしいことは無い。不幸の引き金を、誰だって引きたくないはずだ。まして、自らの意思ではない、無意識でよくわからない状態での行動というのは、あまりにぞっとする。

 

「それで、その子の名前は何でしたっけ…?」

「暁美ほむらだよ」

「そう、その暁美ほむらさんは、どこにいらっしゃるのですか?」

 

ぜひ一度会いたい。同族に会いたい。そうして、安心したいという気持ちで、夏音はキュゥべえに尋ねる。しかし、返事は希望していたものではなかった。彼女は、そう、

 

「見滝原にいるよ」

「………」

 

夏音は、黙るしかなかった。肝心の居場所が、市外だった。考えるまでもない。自分が、市外に行くことはできない。接触することは不可能だ。そもそも、暁美ほむらが市内にいたとしても、会いに行けるかどうかは怪しい。結の陣地外に、自分が入ることは無理なのだから。

 

「しょうがないですね…。本当に、しょうがないですね」

 

だから、夏音は何とも言えぬもどかしい気持ちを無理矢理、頭の片隅に押し込んだ。そのことを、気にしまいと努めた。

 

「それにしても、さっきも言った通り、やっぱり君の魔法は、ほむらとは大分違うね」

「?」

 

同じような願いでも、発す魔法が完全に同じであるとは思わない。だが、そこまで違いがあるのか。話を聞くかぎり、ほむらも、夏音のように時間を遡ってきたのだろう。つまり、ほむらもまた、夏音と同類の魔法を使っているということだ。だから、彼女の能力が自身とそうかけはれているとは思えない。

 

「言うほどに違いがあるのですか?」

「かなり違いがあるよ。ほむらの魔法と君の魔法は、性質的にも根本的なところにおいても、違う。それに、ほむらの魔法には、そもそも君の魔法が引き起こした“副作用”は起こらない」

「………」

 

一瞬、どくりと心臓がはねた。夏音は、目をみ開いてキュゥべえを見た。いや、睨みつけた。それは、ほとんど無意識の行為だった。だからこそ、本人は気づいていなかったし、キュゥべえも興味深そうに、双眼を向けながら、反応を伺うように、説明し始める。

 

「滝に流れる水を思い浮かべてほしい。あるいは、ボールが地に落ちる光景でもいい。それらは、上から下へと落ちるだろう? 決して、下から上へとは向かわない」

「…同じというわけですか? 時間も、上から下へと落ちる。つまり過ぎた過去には戻れない、と? そう貴方は言いたいんですね?」

「そうさ。だからこそ、君達はその世界から飛び出すのさ」

 

時間逆行というのは、ある意味では時間逆行ではない。基本的に、過ぎた過去に戻ることはできない。

 

しかし、それを、擬似的ではあるが、可能にする方法がある。それが時間軸の移動。

 

要するに、別の世界に渡るということだ。まだ未来に到達していない世界に、現在よりも、さらに過去の時間が流れる世界に、ジャンプする。そのような原理で、無理矢理前の時間に戻ってくる。自分達の魔法は、そういうものなのだ。

 

「そこは、二人とも何ら変わらない。時間逆行という魔法の奥底にある、変えようのない摂里だ。だけど、移動方法が、君達二人では手段が違う。決定的にね」

「決定的に?」

「ここからは、推測になるが、恐らくだけど、君の魔法は、指定した時間に戻る魔法なんじゃないのかい?」

「ん……?」

 

思わず、疑問の声をあげる夏音。彼女には、何故キュゥべえがそう考えたのか、まるでわからなかった。

 

「ほむらの魔法はね、自分の経験という時間をもとに過去に遡るんだ。きっかり同じ時間、同じ場所にね。対して君は、魔法を使ったにも関わらず、ほむらのようにならなかった」

 

キュゥべえの言うことに、夏音は微妙な顔で頷く。

 

「…たしかに、私は魔法を使った時に立っていた場所と、同様の場所に、同様に立って、時間を遡っていましたが…」

「つまり、君の魔法は、ほむらの魔法のような性質ではないということだよ。夏音は自身が経験した時間に遡っているんじゃない。時間を指定して、その座標に飛んでいるんだけ」

 

時間を移動しているのであって、場所自体を移動している訳ではないということである。自身がいる世界の時間の流れより、前に戻っているだけ。だから、立っている位置が、魔法使用時と、同じ場所になる。夏音自体が主体となっている、経験という“個”の時間を遡らないために、そのようなことが起こっているのだ。

 

「だから、彼女は私みたいなことが起こらないんですか。あくまで経験した自分の時間をなぞって遡るから、決まった時間、決まった場所に戻ると…」

「これも推測だけど、彼女は自身を、情報かなにかの形で、過去の自分に送っている。そうやって、精神的、肉体的なものを塗りつぶす、一種の乗っ取りのようなことを行って、同一人物が二人いるという矛盾を防いでいるんだろう。だけど、夏音は生身でこちらに来ている。だから、この世界の夏音を消したり、色々しないと、その矛盾を防げないんだろうね」

 

キュゥべえは、絶句する彼女に向けてそう言った。夏音は苦虫を噛み潰したように、渋い顔をして、我慢ならない様子で呟いた。

 

「……同じような魔法なのに。どうして、私の魔法は…」

「同じようなものでも差異というものは、当然あるんだし、気に病む必要はないんじゃないのかい?」

「…………」

 

そんなことを言われても、気にしないわけがない。だって、自分は何もかも失ったのだ。彼女は、何も失っていない。たまらなく、暁美ほむらが羨ましい。

 

「それに、君の魔法は、時を遡るだけの魔法ではないはずだ。ほむらもそうだからね」

「他にも、時間を遡るだけじゃなくて、色々できるってことなんですか? 」

「どんなことができるかまでは、まだわからないけどね。とにかく、その魔法がどんな魔法なのか、君の手で調べるといい。ただし、注意することが一つだけ」

 

キュゥべえの視線が、はめられたソウルジェムに吸い込まれる。夏音は釣られてそれを見て、指輪を卵型の宝石の姿にした。そうして、ぎょっとした。そんな馬鹿な、と思ったが、改めて見ても、ソウルジェムの様子は変わらない。その宝石の濁りは、一度魔法を使っただけにも関わらず、既に三分の一も、光を飲み込んでいた。

 

「やっぱり、思った通りだ。時間逆行のさいに生まれるその矛盾を解決させるために、君は余分に魔力を消費して、色々世界に干渉していたんだ」

「…うわあ、まじですか…。い、いや、それより早く浄化しないと…、あ…!!」

 

と、彼女はふとそこで、グリーフシードを持っていたことを思い出した。前の世界で、サチからもらったそれは、あの時サチ自身に返そうと、制服のポッケトに入れていた。夏音は、サチと一緒に入理乃探そうと思っていたので、もう自分には、この魔女の卵は、無用なものであると感じていたのだ。

 

しかし、そのグリーフシードは。もう手元にない。それに気づいたのは、廃墟から逃げたあと、バスに乗っていて、ポケットを探っていた時で、確かに入れていた黒い宝石は、どこを見ても、なかった。おそらくだが、落とした訳では無いのだろう。たぶん気を失っているうちに、持っていかれたに違いない。

 

「…………」

 

夏音は、複雑な気持ちで、濁ったソウルジェムを見つめた。


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