魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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名付け

「あ、終わったの?」

 

キュゥべえが去ったのを伝えるために、夏音が部屋から出ると、既に廊下には、広実結がいた。彼女はずっと、話が終わるまでそこで座り込んで待っていたらしく、立ち上がると、一つ伸びをした。

 

「お待たせしてすみません」

「いいよ。それに、話ている間に特訓のことを考えれたし」

「特訓…? 私の戦闘訓練のことですか?」

 

つまり、結はその内容を考えてくれていたのか。そこまでしてくれるなど、正直思ってもいなかった。感謝の気持ちよりも、申し訳なくて仕方のない気持ちの方が強くなる。

 

「ありがとうございます、しかし…、そこまでしていただかなくても」

「そこまで謙遜しないでよ。それに僕が特訓の内容を考えるのは、むしろ当然じゃない? 」

「それはそうなんですが…」

 

特訓と言っても、夏音には、何を鍛えたらいいのか、というものがわからない。だから、先輩として結が特訓の内容を考える。それは確かに理に叶っていることなのだろう。しかし、全部任せるのは、違うと夏音は思ってしまう。自分の意見も、きちんと言わなければいけないというのが、夏音の考えだ。それに、しなければならない特訓もある。

 

「何かしたいの?」

「はい。あの…、少しやりたいことがあって…。それを、一人でやりたいんです。そして、そのために、グリーフシードが必要なんです」

 

自身の魔法の特性がどんなものなのかを調べるためには、当然実際に魔法を使わねばならない。だが、それを黙ってやるのはほぼ無理だ。何故ならば、使う場所と、グリーフシードがないからだ。それを提供してもらうためには、今ここで、切り出すしかない。

 

「図々しいお願いだとは思いますが…、いいでしょうか?」

 

ドキドキとした不安を胸に、尋ねる。結は微妙に困った顔で考えて、

 

「グリーフシードが必要…、しかも一人でやる特訓…?もしかして、見られたくない特訓ってわけ? …まさか、固有魔法?」

「……!?」

 

何故、何も言っていないのにわかったのだろうか。先程、少し考えただけで、固有魔法のことがわかったのか? いや、そんなことあるのだろうか。そりゃあ、言ったことは怪しさ100パーセントのことだ。しかし、それだけで固有魔法と判断するには、情報不足過ぎだ。

 

結は、困惑している夏音に、申し訳なさそうに笑った。

 

「あー、ごめん。当てずっぽうだったんだけど…、マジで当たってた?」

「………はい」

 

手に汗をかくのが、はっきりとわかった。本当に、油断も隙も見せない方が良さそうだ。たぶん、それらを見せてしまうと、色々バレそうだ。

 

「うーん。そうだなあ…。とにかく、危険なものじゃなきゃ別にいいけど。それじゃあ、明日、朝からやって、昼の時に一時間ぐらいその時間をつくろうかな。ああ、でもーーー」

 

結は無表情になって、目を細めた。思わず、夏音はその彼女の態度に怯む。まるで、脅すように結はニッコリと笑った。そして、次には低い声で、笑みを浮かべたまま言った。

 

「逃げないでよ。僕のために(・・・・・)、ね?」

「ーーー!!」

 

悪寒がした。毛が逆立つ感覚が、全身に起きた。

 

結の言葉は、一方的だった。結は夏音の気持ちを考えていない。自分の感情しか、彼女には見えていなかった。束縛の欲望と、歪んだ執着のみが、そこに込められていて。自分を繋ごうという結の考えが、とても恐ろしい。

 

思わず一瞬だけ、ここから逃げ出そうと、体がピクリと動いた。しかし、今そんなことをしたら、どうなるのか。間違いなく、広実結は怒る。そうなれば、自分の身が危ないのではーーー気がつけば、夏音は早口で必死に自身の思いとは反対のことを言った。

 

「に、逃げるわけないじゃないですか。私には、逃げる理由がそもそもないですし? 逃げたとして、それでどうにかなるわけないですし、そうですよね、ねえ?」

「うんうん、そうだよね。逃げたいなんて思っていないよね」

 

なんて結は笑っても、しかしその目はこちらをしっかりと捉えている。明らかに見定めているのがはっきりとわかった。

 

「そうですよ。逃げたいなんてこれっぽっちも思っていませんよ。結さん」

 

夏音は苦笑いをして、目を逸らした。それで、結は満足そうに目尻をあげる。だが、すぐに不満そうな、不服そうな表情になった。

 

「結さん、ね…。別にいいけど、結さんじゃなくて、できれば別の名前で呼んでくれないかな?」

「べ、別の名前…? 別の呼称をつけるってことですか?それはーーー」

 

夏音にとって、線引きのようなものだ。名前をつけるその対象を、特別な存在であると定義することだ。自分で考えて、自分でつけて、自分だけが口にする。そうすることで、その名前は、自分だけのものーーー特別なものになるのだ。

 

結を渾名で呼ぶということは、つまりは彼女を特別な存在だと認識することだ。だが、しかし、夏音は広実結を特別な存在だとは、どうしても思いたくない。彼女には、助けてもらったという恩があるが、信頼ができない。何より、彼女は怖いし、それだけで嫌いになりかけていて、なおかつ親しくするほどの関係ではない。

 

「わかりました、広実さん」

 

しょうがなく、苗字の方で呼ぶ。愛称をつけず、別の名前で呼ぶとなると、苗字で呼ぶしかない。だが、結は下の名前で呼ばれるよりも、さらに不満気で、まるで嫌な何かを食べたかのようだった。

 

「その名前は…、ちょっと勘弁して欲しいかも。僕にとって、自分の名前って、“広実”の名前って、重いんだよね。僕には、その重さがきつくて、耐えられない。抱えたくない」

 

一族の名前が、自分には相応しくないのだ、と結は語った。広実結の名前は、いわば鎖そのもの。忌々しい呪いに近い。だから、彼女はだからこそ、“友達”には別の名前で呼んでほしいと、夏音に再度頼んだ。

 

…やはり広実結は、一方的のような気がした。自分の思いを、遠慮なくぶつけて。そうやって、自分に愛称をつけろと、広実結は強制してきたのだ。

 

しかし、どうしてだろう。広実結は、何故かどうしようもなく、必死そうだった。夏音に対して、何かを期待しているようだった。いや、すがりつくといった方が正しいのだろうか。彼女は、救いを待つ小羊みたいに、“それ”

を求めていてーーーだからこそ、夏音は自然と口を開いた。過去の一切を失い、何もかもなくした自分が、“必要とされているということに”、つい嬉しくなってしまったせいで。

 

「…………家主さん」

「家主さん? 」

「家に置いていてくれているから、家主さん。……いい渾名ではないですが…」

 

名前をつけるといっても、あまり深い意味にしたくなくて、この名前にしたが、ネーミングセンスは悪い。“名前”をつけて特別な存在にするという考えを持っているくせして、そういうところが駄目なのは、本当にどうか。自分でも、何故このような考えを持つに至ったのか、不思議に思う。

 

「……家主さん」

「ごめんなさい、変というか、ダサいですよね」

「………………」

「やっぱり、気に入りませんよね…」

 

むしろ、起こらせてしまったのか? と、なると、自分の印象が悪くなったのかもしれない。ただでさえ身勝手なお願いをしたのであるから、そのことを加えると、さらに印象は最悪になる。そうなると、結はどうするのか。自分の身がやばい。

 

黙り込んで、下を向いている結が、どうしても恐ろしく思える。とりあえず、様子を伺おうとしばらく見ていると、突如結がぱっと顔を上げた。

 

「とっても気に入ったよ! 夏音ちゃん!!」

「へ………?」

「いやあ、家主さん。家主さん…、ムフフ」

 

予想に反して、彼女は気持ち悪いほどニヤニヤして喜んでいた。夏音は何となく、ほっとしたような、疲れたような気持ちになった。

 

しかし、このような変な渾名で喜ぶとは。自分の友人と同じ血筋を感じる。同じように喜んでいた順那の姿が、脳裏に浮かんだ。呼び始めた時期などは、校舎内でも、お構い無しに喜んでいた。曰く、信仰する“神”と名前が一緒らしい。あの渾名と一緒の名前など、どんな神だと、そのたびよく思ったものだ。

 

と、そこで学校のことを思い出して、ふと気がついた。そういえば、今日が一日、体育の日で休日なのだから、明日は平日なのだった。明日、特訓に付き合うと言っていたが、朝からやるのならば、スケジュールは良いのだろうか。

 

「家主さん。ところで、大丈夫なんですか? 学校は」

「うん。しばらく休みになったから。なんか複数の場所でテロをやるぞー!!ていう手紙が来たらしい」

「テロ!?」

 

結構な事件が自分の知らぬところで起こっていた。そんなことがあったのか、と思わず聞き返す。

 

「うん。お父さんの職場とかも、急遽休みになったらしくてね」

 

犯人はまだ見つからないらしいが、いたずらという可能性もなくはない。しかしそれでも安全のために、登校禁止になったそうだ。なるほど、と納得すると同時に、元の世界でそんなことがなくて良かったと思った。

 

だが、広実結は訝しげな表情で、夏音をじっと見ていた。

 

「まさかーーーまあ、そんなことあるわけないよね」

 

結は突飛な考えを捨てるためか頭を振りほくそ笑む。夏音は、それに気がつくことはなかった。

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