魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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不可解

窓から見える町なみが、後ろへと過ぎ去っていく。エンジン音が僅かに聞こえ、座先ごしに、がたごとという感覚が伝わる。掴む者がいないたくさんのつり革も、一緒にゆらゆらと揺られる。

 

赤く、古いバス。富枝内を走るそれは、頭がうっすらと禿げかかった、めんどくさそうな表情の中年男性に操られて、道路を走る。巡るバス停の距離は長く、またそのそばにある建物や場所は、人が来そうにないところばかり。入り組んだ道を、手洗い運転で通るためか、時々ヒヤリとさせられる。

 

車内の席は、ほとんど埋まっていなかった。平日というのもあるだろうが、こんな調子だ。このバスは、あまり人から使われない。利用するのは、よっぽどの物好きか、行き先が、このバスでしか辿りつけないといった客だけだ。そんな、僅かな乗員も、一人、また一人とバス停に止まる度にいなくなっていく。やがて、車内にいるのは、後座席に座っている自分達のみになってしまった。

 

だからなのか。少しほっとしたように、というか完全にだらけた様子で、結は窓によれかった。しかし、青ざめた顔は、一向に良くならない。ガタン、と車体が揺れたと同時に紫色になって、思わずといったように、口を抑える。彼女はなんとかせり上がってきたものを飲み込むと、また虚ろな目で、宙を見つめた。

 

「あー………」

 

いくらなんでも、具合が悪そうだ。それに、ある意味人間としての尊厳が消えかかっている。これは、やばい。彼女の酔の酷さは、深刻というレベルを最早超えている。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

 

夏音は、死にそうな表情をした彼女を心配しながら言う。結は目だけで隣の少女を見て、ヘラりとなけなしの笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫だよ〜。眠気と酔のダブルパンチとかいう、まるで地獄のような状態だけど、いつものことだし……ウプ…」

 

またも、吐きそうになって、寸でのところで抑える。それで、空元気も消えたのか。限界一歩手前といった感じで、しかし少しふざけた感じで結は、

 

「ヘルプミー」

 

などという、しょうもないダジャレを言った。それに笑っていいのか、笑わないでいた方がいいのか。寒すぎる冗談に、夏音は困り顔になって、苦笑する。

 

「ごめん…、僕こういうの弱いんだよ…。特にこのバスは……、キツイ……。でも、このバスでしか、あそこに行けない。徒歩だと一時間はかかるし……ウプ…」

「そ、そこまで無理しなくていいですよ!!」

「いや、君に歩かせる訳にはいかない。……………、ヴゥ!!」

 

瞬間、必死の形相で、夏音はボタンを押していた。それに気がついた運転手が、ブレーキを踏み、バスが大きく揺れ動く。結は突然のことに驚き、目を見開く。あまりのことに、胃液が引っ込んだ。だがしかし、お、と声に出したのも束の間。車体が止まった拍子に、そのまま座先から転がり落ちた。

 

「……………助かった」

 

だが、お間抜けな醜態を晒しても、結は心底からといった様子で、そう呟いた。夏音は安堵して、長く長くため息をついた。

 

こうして、彼女の人間としての尊厳は、ぎりぎりのところで守られたのだった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

バスを降りた後、夏音達は、移動手段をどうしようか話し合った。まずタクシーは、却下だ。また結が酔ってしまう。次にバスだが、これは同じ理由で却下。というか、乗るためには、十分かけてバス停にまで行かねばならないので、それを考えると、非常にめんどくさい。結局、歩いていこうという話になった。

 

やはり、入り組んだり、坂が多かったりする道を通るみたいだが、それでもバスに乗った分、辿り着くまでの時間は、短縮されている。二十分ぐらいで、目的地に行ける。それならば、多少キツくても、車に乗る必要はない。

 

というわけで、現在二人は、目的地へと足を進めていた。

 

「うう、ごめん。迷惑かけちゃったね?いや、それどころか、命の危機を救ってくれた…、ありがとう、ありがとう…」

 

結は感謝の言葉を連呼する。そこまで車酔いがキツかったらしい。まあ、流石に命の危機は大袈裟な気がする。

 

喉から上ってきた、それほどだったら、別の場所で、特訓するように予定を立てとけばいいのに、という言葉は、あえて抑えた。だって、こちらのために彼女はあえて、苦手なバスに乗り込んでくれた。結が気を使ってくれたのだから、そんなことを言うべきではないだろう。

 

しかし、いつまで謝ったり、感謝しているのだろう。…なんというか、やっぱりこの人は割とオーバーだ。絶対、映画館で号泣するタイプだと、リアクションに困りながら、そう思っていると、ふと結がじっと夏音を見ていることに気がついた。

 

ギクリと体が跳ねる。結の目が、笑っていたのだ。猫のように。さらに瞳を細めると夏音もビクリと反応する。それが面白かったのか、結はぐいっと、口の端と端を上げた。ひきつりそうになりながらも、夏音は結に、

 

「…な、なんでしょうか?」

「いやあ、富枝神社跡地で特訓することについて、何も思っていないのかなあって。他のところでやらねえのかよ、とか」

「いや、それは思ってませんよ」

 

慌てて誤魔化す。本当は思ったが、そんなことを今ここで言えるはずがない。思った、なんて言ったらそもそも失礼だし、そうしたら何をされるかわかったもんじゃない。

 

「そう? まあ、でも一応あの神社跡地にした理由はあるんだよ? なんてったって、早島神社関係の土地だし。あそこには、魔力が残留しているんだよ」

 

その魔力は、一体どこからやってきたものか、一体どのような存在の魔力かわからないが。それでも、昔から莫大な魔力が染み付いていたのだという。明らかに異常なものであったが、さらにおかしなことに、そうなっているのは、早島神社跡地や、富枝神社跡地といった、龍神信仰に関連のある土地のみらしい。

 

「でね、その魔力はこれまた上質な魔力なんだ。それを利用して、入理乃ちゃんとサチちゃんは、富枝神社跡地に、僕への罠を張っていたことがあってね」

「その罠が今もあるんですね」

 

多分、何かあった時のための処置として、富枝神社跡地を特訓場所として選んだのだ。自分が魔法を失敗したりすれば、どんな被害がでるのかわからない。だから結は罠がある場所を選んだ。その罠は、きっと暴走するものを抑え込むためのものだから。

 

そんな推測したこと言った瞬間、結が少し固まった。やがて、複雑な顔ながらも、半分感心、半分驚いた様子で言う。

 

「うん、その通りだよ。頭いいんだね」

「私なんて、頭よくありませんよ」

「いやいや、頭いいよ!天才だよ。僕ってば、頭悪いからさ、憧れるよ」

「そんなことありませんよ」

 

夏音ははっきりとそう否定する。自分は天才ではないということがはっきりとわかっているからだ。天才というのは、自分のような常人ではないーーー阿岡入理乃のような逸脱した人間のことだ。

 

「だけど、早島神社関係のところだけ魔力が残留しているなんて、妙な話ですね」

「そうでしょ、そうでしょ。本当におかしなことだよ。この本家の僕でさえ、そんなこと伝わっていない。でもね、少しひっかかったんだ」

 

本家は、分家とは格が違う。広実一族のなかでは、それだけで優遇され、崇拝のような感情を向けられ、また様々な特権を持ち合わせる。その一つが、“本来の伝説の継承”。今はほぼ忘れられた昔話を受け継ぐ、ということを代々本家は行ってきた。その昔話の中に、疑わしい部分があるらしい。

 

「それは、一体何なんですか?」

「えーとね…、わかりやすいように最初から昔話を話した方がいいかな?」

「え、私に話しちゃって大丈夫なんですか?」

 

代々伝えてきたものを、こんなあっさりと喋っていいものか? それは、重大な掟を破ることなのではないだろうか。

 

「大丈夫、大丈夫。僕、結構お家の規則が大嫌いだから。それで今、一人暮らししているぐらいだよ。だから、あえて破ることぐらいどうってことないよ」

 

“どうってことない”。その部分だけ、彼女の声が低くなった。静かに瞳が揺れる。激しい怒りが一瞬、火花の如く、瞬いて消えた。

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